説明

多層絶縁電線

【課題】絶縁被覆層の膜厚を薄くするとともに、耐溶剤性、耐熱性に優れた多層絶縁電線を提供する。
【解決手段】導体と、前記導体を被覆する2層以上の絶縁層とを有する多層絶縁電線であって、前記絶縁層のうち、最外層が、結晶性樹脂からなるベース樹脂75〜95質量%と液晶ポリマー5〜25質量%とからなる樹脂組成物を含む高分子材料から形成され、前記最外層の膜厚が他の絶縁層の膜厚よりも薄い多層絶縁電線。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多層絶縁電線に関し、詳しくは変圧器用として好適な多層絶縁電線に関する。
【背景技術】
【0002】
変圧器の構造は、IEC規格(International Electrotechnical Communication Standard)Pub.60950などによって規定されている。即ち、これらの規格では、巻線において一次巻線と二次巻線の間には少なくとも3層の絶縁層(導体を被覆するエナメル皮膜は絶縁層と認定しない)が形成されていること又は絶縁層の厚みは0.4mm以上であること、一次巻線と二次巻線の沿面距離は、印加電圧によっても異なるが、5mm以上であること、また一次側と二次側に3000Vを印加した時に1分以上耐えること、などが規定されている。
このような規格のもとで、従来、主流の座を占めている変圧器は、図2に断面図で例示するような構造が採用されてきた。この変圧器は、フェライトコア1上のボビン2の周面両側端に沿面距離を確保するための絶縁バリヤ3が配置された状態でエナメル被覆された一次巻線4が巻回されたのち、この一次巻線4の上に、絶縁テープ5を少なくとも3層巻回し、更にこの絶縁テープの上に沿面距離を確保するための絶縁バリヤ3を配置したのち、同じくエナメル被覆された二次巻線6が巻回された構造である。
【0003】
しかし、近年、図2に示した断面構造の変圧器(トランス)に代わり、図1で示したように、絶縁バリヤ3や絶縁テープ層5を含まない構造の変圧器が用いられるようになった。この変圧器は図2の構造の変圧器に比べて、全体を小型化することができ、また、絶縁テープの巻回し作業を省略できるなどの利点を備えている。
図1で示した変圧器を製造する場合、用いる1次巻線4及び2次巻線6では、いずれか一方もしくは両方の導体4a(6a)の外周に少なくとも3層の絶縁層4b(6b),4c(6c),4d(6d)が形成されていることが前記したIEC規格との関係で必要になる。
【0004】
このような巻線としては、導体の外周に絶縁テープを巻回して1層目の絶縁層を形成し、更にその上に、絶縁テープを巻回して2層目の絶縁層、3層目の絶縁層を順次形成して互いに層間剥離する3層構造の絶縁層を形成するものが知られている。また、絶縁テープの代わりにフッ素樹脂を、導体の外周上に順次押出被覆して、全体として3層の絶縁層を形成したものも公知である(例えば、特許文献1参照。)。
【0005】
しかしながら、前記の絶縁テープ巻の場合は、巻回する作業が不可避である為、生産性は著しく低く、その為電線コストは非常に高いものになっている。
また、前記のフッ素樹脂押出の場合では、絶縁層はフッ素系樹脂で形成されているので、耐熱性は良好であるという利点を備えているが、樹脂のコストが高く、さらに高剪断速度で引っ張ると外観状態が悪化するという性質がある。そのために製造スピードを上げることが困難で、絶縁テープ巻と同様に電線コストが高いものになってしまうという問題点がある。
【0006】
こうした問題点を解決するため、導体の外周上に、1層目、2層目の絶縁層として結晶化を制御し分子量低下を抑制した変性ポリエステル樹脂を押出し、3層目の絶縁層としてポリアミド樹脂を押出被覆した多層絶縁電線が実用化されている(例えば、特許文献2及び3参照。)。
このようにして形成される押出絶縁層の全体の厚みは通常、各層の厚みは20〜60μm、3層では60〜180μmの範囲内にあるようにされている。このことは、絶縁層の全体の厚みが薄すぎると得られた発熱による機器への影響で電気特性の低下が大きく、実用に不向きな場合があり、逆に厚すぎると小型化に不向きであり、コイル加工が困難になるなどの場合があることによる。
しかしながら、近年の電気・電子機器の小型化に伴い、絶縁被覆層の厚さを薄くすることが求められている。一方で、絶縁被覆層の厚さを薄くすることで、発熱による機器への影響が懸念されることから、より高い耐熱性が必要とされている。また、絶縁被覆層の厚さを薄くすることで、ワニス等で処理における耐溶剤性が低下することが懸念されるため、より高い耐溶剤性が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】実開平3−56112号公報
【特許文献2】米国特許第5,606,152号明細書
【特許文献3】特開平6−223634号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記のような問題を解決するために、本発明は、絶縁被覆層の膜厚を薄くするとともに、耐溶剤性、耐熱性に優れた多層絶縁電線を提供することを目的とする。さらに本発明は、このような耐熱性、耐溶剤性に優れた絶縁電線を巻回してなる、信頼性の高い変圧器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の上記課題は、以下に示した多層絶縁電線及びこれを用いた変圧器によって達成された。
すなわち本発明は、
(1)導体と、前記導体を被覆する2層以上の絶縁層とを有する多層絶縁電線であって、前記絶縁層のうち、最外層が結晶性樹脂からなり、前記最外層の膜厚が他の絶縁層の膜厚よりも薄いことを特徴とする多層絶縁電線、
(2)前記最外層の膜厚が5〜20μmであることを特徴とする(1)項に記載の多層絶縁電線、
(3)前記結晶性樹脂が、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリフェニレンスルフィドのいずれか1つであることを特徴とする(1)または(2)に記載の多層絶縁電線、
(4)前記結晶性樹脂が、液晶ポリマー5〜25質量%を含有するポリエステル系樹脂であることを特徴とする(1)または(2)項に記載の多層絶縁電線、
(5)前記結晶性樹脂が、熱可塑性エラストマー1〜20質量%を含有することを特徴とする(3)または(4)のいずれか1項に記載の多層絶縁電線、
(6)前記結晶性樹脂が、ポリアミドであることを特徴とする(1)または(2)に記載の多層絶縁電線、
(7)(1)〜(6)のいずれか1項に記載の多層絶縁電線を用いてなることを特徴とする変圧器、および
(8)導体の外周に、少なくとも1層の絶縁層を押出し被覆し、次いで、被覆された絶縁層の外周に、結晶性樹脂組成物を押出し被覆して、膜厚が他の絶縁層の膜厚よりも薄い最外層を形成することを特徴とする多層絶縁電線の製造方法、
を提供するものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、絶縁層のトータルの被膜厚さを薄くし、かつ、耐溶剤性および耐熱性に優れ、さらに長期安定性にも優れた多層絶縁電線を提供することができる。さらに本発明の多層絶縁電線を用いてなる本発明の変圧器は、電気特性に優れ、信頼性が高い。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明の一実施態様で、3層絶縁電線を巻線とする構造の変圧器を示す断面図である。
【図2】従来構造の変圧器の1例を示す断面図である。
【図3】試験例1の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の一の実施態様の多層絶縁電線は、導体と、前記導体を被覆する2層以上の絶縁層とを有する多層絶縁電線であって、前記絶縁層のうち、最外層が結晶性樹脂からなり、前記最外層の膜厚が他の絶縁層よりも薄い電線である。
本実施態様に用いられる結晶性樹脂としては、例えば、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリブチレンテレフタレート(PBT)、ポリエチレンナフレート(PEN)、ポリフェニレンスルフィド(PPS)、ポリアミド(PA)が挙げられ、PET、PBT、PPS、およびPAが好ましい。
【0013】
本発明の別の実施態様の多層絶縁電線は、前記最外層が、結晶性樹脂からなるベース樹脂75〜95質量%と液晶ポリマー(LCP)5〜25質量%とを含有する樹脂組成物からなるものである。
本発明において「結晶性樹脂」とは、高分子鎖の一部に規則正しく配列された結晶組織を持つ樹脂を意味する。

また、本発明において「液晶ポリマー」とは、メソゲン基を含み、ポリエステル等と共重合させることで260〜350℃で流動性を有する液晶相を示す重合体を意味する。
【0014】
本実施態様において、最外層を構成する樹脂組成物は、実質的に、結晶性樹脂からなるベース樹脂と液晶ポリマーを所定量配合される樹脂組成物であり、その配合量としては、ベース樹脂が75〜95質量%、好ましくは80〜90質量%であり、液晶ポリマーが5〜25質量%、好ましくは10〜20質量%である。液晶ポリマーの含有量が少なすぎると所望の耐熱効果が得られず、多すぎると伸び特性が低下し、電線として可とう性が維持できない場合がある。高分子材料中、上記樹脂組成物は80質量%以上であることが好ましい。
【0015】
上記の樹脂組成物に用いられるベース樹脂としては、結晶性樹脂からなるもので、芳香族ジカルボン酸またはその一部が脂肪族ジカルボン酸で置換されているジカルボン酸と脂肪族ジオールとのエステル反応で得られたポリエステル系樹脂が好ましく用いられる。例えば、PET、PBT、PENなどを代表例としてあげることができる。
【0016】
このポリエステル系樹脂の合成時に用いる芳香族ジカルボン酸としては、例えば、テレフタル酸、イソフタル酸、テレフタルジカルボン酸、ジフェニルスルホンジカルボン酸、ジフェノキシエタンジカルボン酸、ジフェニルエーテルカルボン酸、メチルテレフタル酸、メチルイソフタル酸などをあげることができる。これらのうち、特にテレフタル酸が好適である。
【0017】
芳香族ジカルボン酸の一部を置換する脂肪族ジカルボン酸としては、例えば、コハク酸、アジピン酸、セバシン酸などをあげることができる。これらの脂肪族ジカルボン酸の置換量は、芳香族ジカルボン酸の30モル%未満であることが好ましく、特に20モル%未満であることが好ましい。一方、エステル反応に用いる脂肪族ジオールとしては、例えば、エチレングリコール,トリメチレングリコール,テトラメチレングリコール,ヘキサンジオール,デカンジオールなどをあげることができる。これらのうち、エチレングリコール,テトラメチルグリコールが特に好適である。また、脂肪族ジオールとしては、その一部がポリエチレングリコールやポリテトラメチレングリコールのようなオキシグリコールになっていてもよい。
【0018】
本発明において好ましく用いることができる市販の樹脂としては、ポリエチレンテレフタレート(PET)は、バイロペット(東洋紡社製、商品名)、ベルペット(鐘紡社製、商品名)、帝人PET(帝人化成社製、商品名)等がある。ポリエチレンナフタレート(PEN)は帝人PEN(帝人化成社製、商品名)等が挙げられる。
【0019】
上記の樹脂組成物に用いられる液晶ポリマーは、その分子構造、密度、分子量等は特に限定されるものではなく、溶融したときに液晶を形成する溶融液晶性ポリマー(サーモトロピック液晶ポリマー)が好ましく、その溶融液晶性ポリマーとしては、溶融液晶性ポリエステル系共重合体が好ましい。
このような溶融液晶性ポリエステルとしては、(i)長さの異なる剛直な直線性のポリエステル2種をブロック共重合して得られる剛直さ成分同士の共重合型のポリエステル、(ii)剛直な直線性のポリエステルと剛直な非直線性のポリエステルをブロック共重合して得られる非直線性構造導入型のポリエステル、(iii)剛直な直線性のポリエステルと屈曲性のあるポリエステルの共重合による屈曲鎖導入型のポリエステル、(iv)剛直鎖で直線性のポリエステルの芳香族環上へ置換基を導入した核置換芳香族導入型ポリエステルがある。
【0020】
このようなポリエステルの繰り返し単位としては、次のa.芳香族ジカルボン酸に由来するもの、b.芳香族ジオールに由来するもの、c.芳香族ヒドロキシカルボン酸に由来するものを挙げることができるが、これらに限定されるものではない。
【0021】
a.芳香族ジカルボン酸に由来する繰り返し単位:
【0022】
【化1】

【0023】
【化2】

【0024】
b.芳香族ジオールに由来する繰り返し単位:
【0025】
【化3】

【0026】
【化4】

【0027】
c.芳香族ヒドロキシカルボン酸に由来する繰り返し単位:
【0028】
【化5】

【0029】
成形工程での操業性、耐熱性、絶縁皮膜の力学的特性等のバランスから、液晶ポリマーは下記の繰り返し単位を含むものが好ましく、さらに好ましくはこの繰り返し単位を全体の少なくとも30モル%以上含むものである。
【0030】
【化6】

【0031】
好ましい繰り返し単位の組み合わせは下記(I)〜(VI)に記載する繰り返し単位の組み合わせが挙げられる。
【0032】
【化7】

【0033】
【化8】

【0034】
【化9】

【0035】
【化10】

【0036】
【化11】

【0037】
【化12】

【0038】
このような液晶ポリマーの製造方法については、例えば、特開平2−51523号公報、特公昭63−3888号公報、特公昭63−3891号公報等に記載されている。
これらの中で、(I)、(II)、(V)に示す組み合わせのものが好ましく、さらに好ましくは(V)に示す組み合わせのものが挙げられる。
【0039】
液晶ポリマーは流動化温度が300℃以上であり、また溶融時の粘度も従来使用されているポリエチレンテレフタレートや6,6ナイロンの粘度以下であるため、高速での押出し被覆処理が可能となり、低コストで絶縁被覆電線を製造することができる。
【0040】
上記の液晶ポリマーのみを用いた皮膜は、伸びが数%と極めて低いため、屈曲性に問題がある。そこで、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレートなどのポリエステル系樹脂を液晶ポリマーに配合することで皮膜の伸びを改善し、可とう性を良好にすることが可能になる。
液晶ポリマー以外のポリエステル系樹脂と液晶ポリマーの混合方法は任意の方法を用いることができる。
【0041】
本実施態様において、少なくとも最外層を形成する樹脂組成物は、熱可塑性エラストマー(反応性改質樹脂)を含むことが好ましい。この場合、上記の樹脂組成物を連続層とし、熱可塑性エラストマーを分散相とする樹脂分散体であることが好ましい。本発明における熱可塑性エラストマーの含有量は、20質量%以下であることが好ましく、4〜13質量%であることがさらに好ましい。このように熱可塑性エラストマーを含むことで被膜の柔軟性を向上させることができる。
熱可塑性エラストマーが20質量%より多いと耐熱性がやや低くなる。これは、結晶性樹脂組成物のベース樹脂や液晶ポリマーに比べて、エラストマー成分の耐熱性が低いためと推定される。
【0042】
また、上記樹脂分散体は、液晶ポリマーを含む樹脂組成物(A)と、熱可塑性エラストマー(B)との溶融混練等の過程における化学反応により(A)成分の中に(B)成分が均一微細分散された、(A)成分を連続相とし(B)成分を分散相とする樹脂分散体であることが好ましい。
【0043】
本発明の一つの好ましい実施態様においては、熱可塑性エラストマーとして、ポリエステル系樹脂と反応性を有する官能基として、エポキシ基、オキサゾリル基、アミノ基及び無水マレイン酸残基からなる群から選ばれる少なくとも1つの基を含有する樹脂を用いたものである。そのうちでも特にエポキシ基を含有することが好ましい。
上記の反応性を有する官能基を含有する樹脂は、同一分子内で該官能基含有単量体成分を0.05〜30質量部有することが好ましく、0.1〜20質量部有することがより好ましい。該官能基を含有する単量体成分量が少なすぎると本発明の効果を発揮しにくく、また多すぎると前記ポリエステル系樹脂組成物との過反応によるゲル化物が発生しやすく、好ましくない。
【0044】
上記の反応性を有する官能基を含有する樹脂としては、オレフィン成分とエポキシ基含有化合物成分からなる共重合体であることが好ましい。また、アクリル成分又はビニル成分の中、少なくとも1種類以上の成分とオレフィン成分及びエポキシ基含有化合物成分からなる共重合体であってもよい。
上記の反応性を有する官能基は、絶縁電線においては、実質的に全ての基が反応したものとなる。
【0045】
上記の反応性を有する官能基を含有する樹脂の代表的な例としては、エチレン/グリシジルメタアクリレート共重合体、エチレン/グリシジルメタアクリレート/アクリル酸メチル3元共重合体、エチレン/グリシジルメタアクリレート/酢酸ビニル3元共重合体、エチレン/グリシジルメタアクリレート/アクリル酸メチル/酢酸ビニル4元共重合体などが挙げられる。中でもエチレン/グリシジルメタアクリレート共重合体、エチレン/グリシジルメタアクリレート/アクリル酸メチル3元共重合体が好ましい。市販の樹脂では、例えば、ボンドファースト(住友化学工業社製、商品名)、ロタダー(アトフィナ社製、商品名)が挙げられる。
【0046】
また、上記の反応性を有する官能基を含有する樹脂は、ブロック共重合体、グラフト共重合体、ランダム共重合体、交互共重合体のいずれであっても良い。また、ジエン成分を一部エポキシ化したもの又はグリシジルメタクリル酸のようなエポキシ含有化合物をグラフト変性したものであってもよい。また、これらの共重合体は、熱安定性を上げるため、水素添加されたものも好ましい。
【0047】
また、本発明の別の好ましい実施態様においては、熱可塑性エラストマーとして、アクリレートもしくはメタクリレートまたはそれらの混合物から得られるゴム状コアとビニル系単独重合体もしくは共重合体よりなる外側シェルとを有するコア−シェル重合体、ポリエチレンの側鎖にカルボン酸もしくはカルボン酸の金属塩を結合させたエチレン系共重合体なども用いることができる。
【0048】
また、ベース樹脂と液晶ポリマーの混合方法、および上記の樹脂組成物と熱可塑性エラストマーの混合方法は任意の方法を用いることができる。
【0049】
本発明における各絶縁層を構成する高分子材料(樹脂)には、求められる特性を損なわない範囲で、他の耐熱性樹脂に通常使用される添加剤、無機充填剤、加工助剤、着色剤なども添加することができる。
【0050】
本発明は、多層絶縁層を形成する各層の膜厚のうち、最外層の膜厚を最も薄くするものである。このように、絶縁層の最外層の膜厚を最も薄いものとすることで全体の膜厚を薄くしながら、耐絶縁性に優れた多層絶縁電線を得ることができる。
【0051】
本発明においては、多層絶縁層を形成する各層の膜厚のうち、最外層の膜厚が好ましくは5〜20μm、さらに好ましくは10〜20μmである。最外層の膜厚が上記の範囲とすることで耐電圧を下げることなく絶縁層の膜厚が薄い多層絶縁電線を得ることができる。
【0052】
本発明における絶縁層の層数は特に限定はないが2〜4層であることが好ましい。
絶縁層の全体の厚み(被膜厚さ)は3層では50〜120μmの範囲内にあるようにすることが好ましい。このことは、絶縁層の全体の厚みが薄すぎると得られた耐熱多層絶縁電線の電気特性の低下が大きく、実用に不向きな場合があり、逆に厚すぎると小型化に不向きであり、コイル加工が困難になるなどの場合があることによる。
最外層以外の絶縁層の各層の膜厚は20〜60μmが好まく、30〜50μmがさらに好ましい。また、最外層以外の絶縁層を形成する材料も特に限定はないが結晶性樹脂であることが好ましい。
【0053】
本発明に用いられる導体としては、金属裸線(単線)、または金属裸線にエナメル被覆層や薄肉絶縁層を設けた絶縁電線、あるいは金属裸線の複数本またはエナメル絶縁電線もしくは薄肉絶縁電線の複数本を撚り合わせた多心撚り線を用いることができる。これらの撚り線の撚り線数は、高周波用途により随意選択できる。また、心線(素線)の数が多い場合(例えば19−、37−素線)は、撚り線ではなくてもよい。撚り線ではない場合、例えば複数の素線を略平行に単に束ねるだけでもよいし、または束ねたものを非常に大きなピッチで撚っていてもよい。いずれの場合も断面が略円形となるようにすることが好ましい。
【0054】
本発明の多層絶縁電線は、従来周知の方法により、導体の外周に任意の厚みの1層目の絶縁層を押出し被覆し、次いで、この1層目の絶縁層の外周に任意の厚みの2層目の絶縁層を押出し被覆するという方法で、順次絶縁層を押出し被覆し、最後に、上記の樹脂組成物を他の絶縁層より膜厚が薄くなるように押出して、最外層を被覆することによって製造することができる。
【0055】
上記の多層絶縁電線を用いた変圧器の本発明の実施態様としては、図1に示すようなフェライトコア1上のボビン2内に、絶縁バリヤや絶縁テープ層を組込まないで、1次巻線4及び2次巻線6が形成されている構造ものが好ましい。また、上記本発明の多層絶縁電線は他のタイプの変圧器にも適用できるものである。
【実施例】
【0056】
次に本発明を実施例に基づきさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0057】
実施例1
PET 80質量%、LCP 15質量%、熱可塑性エラストマー 5質量%を2軸押出機を用いて混合し樹脂組成物を得た。次にこの樹脂組成物を単軸押出機を用いて、線径1.0mmの銅線からなる導体上に順に第1層、第2層、第3層を順次押出し被覆した。被覆された第1〜第3層は冷却することで、一体化せず、多層絶縁電線とすることができる。第1層の膜厚は20μm、第2層の膜厚は20μm、第3層の膜厚は15μmであった。
なお、PETとしては帝人化成製、商品名帝人PETを、LCPとしてはユニチカ製、商品名ロッドランを用いた。また、熱可塑性エラストマーは「ボンドファースト7M」(商品名:住友化学工業社製)を用いた。
【0058】
比較例1
第1層の膜厚を16μm、第2層の膜厚を28μm、第3層の膜厚を32μmとした以外は、実施例1と同様にして多層絶縁電線を製造した。
【0059】
比較例2
第1層の膜厚を29μm、第2層の膜厚を19μm、第3層の膜厚を28μmとした以外は、実施例1と同様にして多層絶縁電線を製造した。
【0060】
実施例2
第1層の膜厚を30μm、第2層の膜厚を32μm、第3層の膜厚を19μmとした以外は、実施例1と同様にして多層絶縁電線を製造した。
【0061】
比較例3
第1層の膜厚を41μm、第2層の膜厚を34μm、第3層の膜厚を35μmとした以外は、実施例1と同様にして多層絶縁電線を製造した。
【0062】
試験例1
上記の実施例1〜2、並びに比較例1〜3絶縁電線を用い、順次、250℃×1hr、175℃×20hr、225℃×3hr、175℃×21hr、225℃×3hr、175℃×21hr、225℃×3hr、30℃×95%×48hrの条件で処理した湿熱後耐電圧を測定した。
結果を図3に棒グラフにより示した。また、図3に各多層絶縁電線の絶縁層全体の厚さ(被膜厚さ)を折れ線グラフにより示した。
図3に示されるように、実施例1および2の多層絶縁電線は、比較例1ないし3の多層絶縁電線に比べ湿熱後耐電圧の値が高く、特に、実施例2では、ほぼ同じ被膜厚さの比較例1および2に比べ耐電圧は2倍以上の値であった。
【0063】
実施例3
線径1.0mmの銅線からなる導体上に、PET(帝人化成製、商品名帝人PET)を厚さ40μmに被覆して第1層を形成し、次いで、PPS(DIC製、商品名FZ2200A8)を厚さ41μmに被覆して第2層を形成し、次いで、PA66(エムスケミージャパン 製、商品名グリロン)を厚さ20μmに被覆して第3層を形成し、多層絶縁電線を製造した。
この多層絶縁電線について試験例1と同様に湿熱後耐電圧を測定した結果、耐電圧は10.1kVであった。
【0064】
比較例4
第1層の膜厚を35μm、第2層の膜厚を36μm、第3層の膜厚を36μmとした以外は実施例3と同様にして多層絶縁電線を製造した。
この多層絶縁電線について試験例1と同様に湿熱後耐電圧を測定した結果、耐電圧は9.4kVであった。
【0065】
実施例3の多層絶縁電線は、比較例4の多層絶縁電線に比べ、被膜厚さが薄いにも関わらず、湿熱後耐電圧の値は高くなった。
【0066】
実施例4
線径1.0mmの銅線からなる導体上に、PET(帝人化成製、商品名帝人PET)を厚さ33μmに被覆して第1層を形成し、次いで、PPS(DIC製、商品名FZ2200A8)を厚さ19μmに被覆して第2層を形成し、多層絶縁電線を製造した。
この多層絶縁電線について試験例1と同様に湿熱後耐電圧を測定した結果、耐電圧は4.7kVであった。
【0067】
比較例5
第1層の膜厚を34μm、第2層の膜厚を34μmとした以外は実施例4と同様にして多層絶縁電線を製造した。
この多層絶縁電線について試験例1と同様に湿熱後耐電圧を測定した結果、耐電圧は1.5kVであった。
【0068】
実施例4の多層絶縁電線は、比較例5の多層絶縁電線と比べ、被膜厚さが薄いにも関わらず湿熱後耐電圧はおよそ3倍の値となった。
【符号の説明】
【0069】
1 フェライトコア
2 ボビン
3 絶縁バリヤ
4 一次巻線
4a 導体
4b,4c,4d 絶縁層
5 絶縁テープ
6 二次巻線
6a 導体
6b,6c,6d 絶縁層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
導体と、前記導体を被覆する2層以上の絶縁層とを有する多層絶縁電線であって、前記絶縁層のうち、最外層が結晶性樹脂からなり、前記最外層の膜厚が他の絶縁層の膜厚よりも薄いことを特徴とする多層絶縁電線。
【請求項2】
前記最外層の膜厚が5〜20μmであることを特徴とする請求項1に記載の多層絶縁電線。
【請求項3】
前記結晶性樹脂が、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリフェニレンスルフィドのいずれか1つであることを特徴とする請求項1または2に記載の多層絶縁電線。
【請求項4】
前記結晶性樹脂が、液晶ポリマー5〜25質量%を含有するポリエステル系樹脂であることを特徴とする請求項1または2に記載の多層絶縁電線。
【請求項5】
前記結晶性樹脂が、熱可塑性エラストマー1〜20質量%を含有することを特徴とする請求項3または4に記載の多層絶縁電線。
【請求項6】
前記結晶性樹脂が、ポリアミドであることを特徴とする請求項1または2に記載の多層絶縁電線。
【請求項7】
請求項1ないし6のいずれか1項に記載の多層絶縁電線を用いてなることを特徴とする変圧器。
【請求項8】
導体の外周に、少なくとも1層の絶縁層を押出し被覆し、次いで、被覆された絶縁層の外周に、結晶性樹脂を押出し被覆して、膜厚が他の絶縁層の膜厚よりも薄い最外層を形成することを特徴とする多層絶縁電線の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2010−218772(P2010−218772A)
【公開日】平成22年9月30日(2010.9.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−61881(P2009−61881)
【出願日】平成21年3月13日(2009.3.13)
【出願人】(000005290)古河電気工業株式会社 (4,457)
【Fターム(参考)】