説明

多成分有機化合物の一括測定方法

【課題】有機化合物、特に大気中に混在している多成分の微量揮発性有機化合物の測定において、親イオンのシグナルを用いて異性体をも区別し、高感度、かつリアルタイムに検出し、濃度を測定する有機化合物の測定方法を提供する。
【解決手段】イオン源でHを生成し、電圧印加状態で前記Hと試薬VOCを反応させVOC・Hを生成する第1段目の陽子移動反応と、前記第1段目の陽子移動反応に続き、電圧印加状態で前記VOC・Hと試料ガスを反応させVOC・Hを生成する第2段目の陽子移動反応と、前記VOC・Hを検出し、検出したVOC・Hに基づき試料ガス中のVOCの濃度に換算する分析手段とからなる有機化合物の測定方法において、陽子親和力の異なる複数の試薬VOCを順次連続的に前記Hに反応させることを特徴とする多成分有機化合物の一括測定方法の構成とした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機化合物、特に大気中に混在している多成分の微量揮発性有機化合物を選択的に高感度、かつリアルタイムに検出し、濃度を測定する有機化合物の測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
揮発性有機化合物(olatile rganic ompound)とは、VOCとして略すことがあり、パラフィン類、オレフィン類、芳香族炭化水素のようなものがある。
【0003】
大気中の揮発性有機化合物を測定する装置としては、(1)クロマトグラフを用いて有機化合物を分離し、水素炎イオン化検出器、もしくは電子衝撃イオン化四重極質量分析計で検出するガスクロマトグラフ(GC−FID、GC−MS)が市販されている。
【0004】
しかし、(1)ガスクロマトグラフを用いた有機化合物の検出では、前処理、分離に時間を要するため、リアルタイムでの測定は困難で、また有機化合物の中には反応性が高いものも含まれ、前処理(濃縮など)の段階で有機化合物が変質する可能性がある。
【0005】
(2)一次イオンとして水の放電で生成するHを用い、陽子移動反応によりプロトンを揮発性有機化合物(M)に付加させ、ドリフトチューブ内で生成したMHに四重極質量分析計(QMS)で電場をかけて質量ごとに分別する陽子移動反応質量分析装置(PTR−MS)も市販されている。電場は時間的に変動し、任意の質量成分のみ、検出器(SEM)に到達する。また、イオントラップ質量分析計を用いた陽子移動反応飛行時間型質量分析装置(PTR−ITMS)もある。
【0006】
ここで、陽子移動反応(Proton−Transfer−Reaction)とは、次式1で示される反応である。
M+H→MH+HO・・・式1
「M」は、VOCである。
【0007】
PTR−MSではソフトな陽子移動反応を利用するので、VOCがドリフトチューブ内で壊されることなく検出でき、また、ガスクロマトグラフを用いた分離を必要とせずに多種類のVOCを定量することができる利点がある。加えて、比較的高い時間分解能での測定が可能なので、濃度変動が激しい発生源近く(都市域)での観測が可能である。
【0008】
しかし、(2)市販のPTR−MSはsub ppbv濃度レベルの有機化合物を検出できるという高感度な装置ではあるが、四重極マスフィルターを用いるため、多成分を同時に検出することはできない。
【0009】
また、(3)図21(非特許文献1のFig.1)に示すように、PTR−MSで質量分析計として飛行時間型質量分析計33を用いた陽子移動反応飛行時間型質量分析計29(PTR−TOFMS)が開発されつつある。
【0010】
非特許文献1に記載の陽子移動反応飛行時間型質量分析計29は、放射線源30を用いてHの生成するイオン源とドリフトチューブ31がリフレクトロン33c付き飛行時間型質量分析計33に取り付けられている。
【0011】
しかし、非特許文献1に記載の陽子移動反応飛行時間型質量分析計29は、Hの生成に放射線源30を用いるため、野外に持ち出すことができず野外でのリアルタイムでの測定ができないことと、感度が放電を用いた市販のPTR−MSより2桁落ちるという欠点がある。

【非特許文献1】R.S.Blake,et al,Anal.Chem.3841−3845(2004)76.
【0012】
また、非特許文献2に記載の放電を利用するイオン源で、容易に持ち運び可能なホロカソード放電式陽子移動反応容器をリフレクトロン付き飛行時間型質量分析計に取り付けたホロカソード放電式陽子移動反応飛行時間型質量分析計が開発されつつある。
【0013】
しかし、非特許文献2に記載の発明は、感度が市販のPTR−MSよりも1桁落ちることと、試料気体に起因するNOやOが多く生成され、これらのイオンによる干渉のため低濃度の揮発性有機化合物を測定することができない。
【非特許文献2】C.J.Ennis,et al,Int.J. Mass.Spectrom.72−80(2005)247.
【0014】
そこで、本発明者等は、有機化合物、特に大気中の微量揮発性有機化合物を多成分同時に高感度、リアルタイムに検出し、濃度を測定する特許文献1の「有機化合物の測定装置及び有機化合物の測定方法」を開発した。
【特許文献1】特開2007−187507号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
PTR−ITMS、PTR−TOFMS、更には特許文献1に記載の発明では、一次イオンとしてHを用いているため、ほぼ全ての揮発有機化合物を検出できるというメリットがある。しかし、何れの測定装置、測定方法であっても、親イオンのシグナルを用いて異性体を区別して検出することができなかった。なお、「親イオン」とは、化合物を分解せずにイオン化したものであり、PTRイオン化ではMHを親イオンという。ITMSでは、特別な分離操作の後、前記異性体の区別は可能であるが、以下に述べる問題点があった。
【0016】
従来の同重体・異性体を分離する方法としては、
(1)ガスクロマトグラフによる方法
当該方法では、前処理(濃縮など)、分離に時間を要するため、リアルタイムでの測定は困難であり、また有機化合物の中には反応性が高いものも含まれ、前処理の段階で有機化合物が変質する可能性がある。
(2)ITMSによる方法
当該方法では、注目する質量のものだけ抽出し、その後、衝突誘起解離(Collision−induced dissociation)法を用いて、フラグメントイオンを検出する手法がある。しかし、フラグメントパターンが特徴的であるとは限らず、特に定量的な扱いは難しい。
(3)化学イオン化による方法
当該方法は、一次イオンにNO+やOを用いて、生成するフラグメントイオンが異なることを利用する方法ある。しかし、実大気中には多種多様な揮発性有機化合物が存在するため、フラグメントイオンを検出する方法では、親イオンを検出しているのか、それともフラグメントイオンを検出しているのか区別できず、実大気での揮発性有機化合物の検出・定量は実用的ではない。
【0017】
そこで、本発明は、有機化合物、特に大気中に混在している多成分の微量揮発性有機化合物の測定において、親イオンのシグナルを用いて異性体をも区別し、高感度、かつリアルタイムに検出し、濃度を測定する有機化合物の測定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明は、上記の課題を解決するために、イオン源でHを生成し、電圧印加状態で前記Hと試薬VOCを反応させVOC・Hを生成する第1段目の陽子移動反応と、前記第1段目の陽子移動反応に続き、電圧印加状態で前記VOC・Hと試料ガスを反応させVOC・Hを生成する第2段目の陽子移動反応と、前記VOC・Hを検出し、検出したVOC・Hに基づき試料ガス中のVOCの濃度に換算する分析手段とからなる有機化合物の測定方法において、陽子親和力の異なる複数の試薬VOCを順次連続的に前記Hに反応させ、特定のVOC・Hに特異的なVOC・Hを質量分析することにより、試料ガス中の複数のVOC濃度を一括測定することを特徴とする多成分有機化合物の一括測定方法の構成とした。さらに、前記イオン源が、水蒸気導入口2aのある押出し電極9と、前記押出し電極9の次に配置された絶縁体である第一スペーサー11と、前記第一スペーサー11の次に配置され前記押出し電極9方向に突出した突部10bの中心に穿孔10aが穿設された引出し電極10と、前記引出し電極10の次に配置された絶縁体である第二スペーサー11dと、前記第二スペーサー11dの次に配置され背面にすり鉢状の切込部12eを有し中心に穿孔12aが穿設された接続電極12からなり、前記押出し電極9と前記第一スペーサー11と前記引出し電極10で形成されたイオン発生空間22の前記押出し電極9と前記引出し電極10の凸部10bで放電し、水蒸気をHにすることを特徴とする多成分有機化合物の一括測定方法の構成とした。
【0019】
また、前記複数の試薬VOCが、陽子親和力5〜10kJ/mol間隔で選択され、かつ陽子親和力の小さいVOCから第1段目の陽子移動反応系内に導入されることを特徴とする前記何れかに記載の多成分有機化合物の一括測定方法の構成、前記複数の試薬VOCが、陽子親和力725〜850kJ/molの範囲において8種以上、より詳しくは陽子親和力780〜840kJ/molの範囲において8種以上、好ましくは陽子親和力725〜850kJ/molの範囲において10種以上であることを特徴とする前記何れかに記載の多成分有機化合物の一括測定方法の構成、前記複数の試薬VOCが、携帯型ボンベに各々収納され、所定時間経過毎に順次切り換え、第1段目の陽子移動反応系内に導入され、試料ガス採取場所でVOC濃度を測定することを特徴とする前記何れかに記載の多成分有機化合物の一括測定方法の構成とした。
【0020】
加えて、前記複数の試薬VOCの導入後、非イオン化ガスを試薬VOCと同圧力で陽子移動反応系内に導入し、Hを一次イオンとして試料ガスと反応させることを特徴とする前記何れかに記載の多成分有機化合物の一括測定方法の構成、さらに前記複数の試薬VOCが、アセトニトリル、トルエン、p−キシレン、イソブテン、アセトン、メチルアセテート、2−ブタノン、3−ペンタノンであり、かつ前記配列順に第1の陽子移動反応系内に導入し、Hと反応させることを特徴とする前記何れかに記載の多成分有機化合物の一括測定方法の構成とした。
【0021】
加えて、前記複数の試薬VOCが、ヨウ化メチル、ベンゼン、メタノール、アセトアルデヒド、アセトニトリル、トルエン、p−キシレン、イソブテン、アセトン、メチルアセテート、2−ブタノン、3−ペンタノン、3−ヘキサノンであり、かつ前記配列順に第1の陽子移動反応系内に導入し、Hと反応させることを特徴とする請求項1〜請求項6の何れかに記載の多成分有機化合物の一括測定方法の構成とした。
【0022】
さらに、 前記試薬VOCが、前記第1段目の陽子移動反応において、フラグメント化し、VOC・Hと異なる陽子化イオンになり、前記第2段目の陽子移動反応において、前記試料ガスに陽子を移動させることとなることを特徴とする前記何れかに記載の多成分有機化合物の一括測定方法の構成、また前記試薬VOCが、イソブタノールであることを特徴とする多成分有機化合物の一括測定方法の構成とした。
【0023】
そして、VOC濃度の一括測定が、Hを生成する放電式のイオン源2と、前記イオン源2に接続する陽子移動反応系内を形成するドリフトチューブ35と、前記ドリフトチューブ35で生成されたVOC・Hを通す輸送チャンバー4と、前記輸送チャンバー4内に配置するビーム成形輸送部材6と、前記輸送チャンバー4に接続する飛行時間型質量分析計5とからなる有機化合物の測定装置34で行われることを特徴とする前記何れかに記載の多成分有機化合物の一括測定方法の構成とした。
【発明の効果】
【0024】
本発明は、以上の構成であるから以下の効果が得られる。複数の試薬VOCを使用するため、有機化合物、特に大気中に混在している多成分の微量揮発性有機化合物を選択的に高感度、かつリアルタイムに検出し、濃度を測定することができる。選択的にとは、異性体などの同重体を区別して有機化合物を特定して測定することをいう。また、化学組成の異なる同重体は原理的には質量高分解能のTOFMSを用いることにより区別可能であるが、質量低分解能のTOFMSやQMSでも区別可能になることも含まれる。
【0025】
また、本発明の放電式イオン源2を用いることにより、イオン発生空間22への試薬VOC及び試料ガスの逆流を抑え放電を安定化させる。従って、Hを高濃度で生成でき、かつドリフトチューブ35内で、第1段、第2段目の陽子移動反応が高頻度で起こり、VOC・Hを高効率で飛行時間型質量分析計5などの質量分析計に導入することができる。
【0026】
さらに、複数の試薬VOCを携帯型ボンベに各々準備すれば、よりコンパクトな装置となり、野外の測定において便宜である。
【0027】
加えて、コンパクトで前処理が入らないことから、測定箇所に持ち込むことができ、測定物質の劣化、減少なく、大気中の有機化合物濃度を高精度で一括測定することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
本発明は、有機化合物、特に大気中に混在している多成分の微量揮発性有機化合物の測定において、異性体などの同重体をも区別し、高感度、かつリアルタイムに検出し、濃度を測定する有機化合物の測定方法を提供する目的を、イオン源でHを生成し、電圧印加状態で前記Hと試薬VOCを反応させVOC・Hを生成する第1段目の陽子移動反応と、前記第1段目の陽子移動反応に続き、電圧印加状態で前記VOC・Hと試料ガスを反応させVOC・Hを生成する第2段目の陽子移動反応と、前記VOC・Hを検出し、検出したVOC・Hに基づき試料ガス中のVOCの濃度に換算する分析手段とからなる有機化合物の測定方法において、陽子親和力の異なる複数の試薬VOCを順次連続的に前記Hに反応させ、特定のVOC・Hに特異的なVOC・Hを質量分析することにより、試料ガス中の複数のVOC濃度を一括測定することを特徴とする多成分有機化合物の一括測定方法の構成とすることで実現した。
【0029】
さらに、本発明に用いる有機化合物の測定装置として、Hを生成する放電式のイオン源2と前記イオン源2に接続し、試料VOCのVOC導入口35aを有する第1サンプラー36及び試料ガスの試料導入口35bを有する第2サンプラー37を備え、陽子移動反応系内を形成するドリフトチューブ35と輸送チャンバー4と前記輸送チャンバー4内に配置するビーム成形輸送部材6と前記輸送チャンバー4に接続する飛行時間型質量分析計5からなる陽子移動反応飛行時間型質量分析計であって、前記イオン源2が、水蒸気導入口2aのある押出し電極9と、前記押出し電極9の次に配置された絶縁体である第一スペーサー11と、前記第一スペーサー11の次に配置され前記押出し電極9方向に突出した突部10bの中心に穿孔10aが穿設された引出し電極10と、前記引出し電極10の次に配置された絶縁体である第二スペーサー11dと、前記第二スペーサー11dの次に配置され背面にすり鉢状の切込部12eを有し中心に穿孔12aが穿設された接続電極12からなり、前記押出し電極9と前記第一スペーサー11と前記引出し電極10で形成されたイオン発生空間22の前記押出し電極9と前記引出し電極10の凸部10bで放電し、水蒸気をHにすることを特徴とする有機化合物の測定装置34の構成とした。
【0030】
なお、イオン源としては、放電式のイオン源2の他、従来からのホロカソード放電式イオン源、放射線源によるものなど、何れの装置、方法であってもHを生成することでできればよい。測定場所により、好適なイオン源を適宜選択することができる。
【0031】
また、ドリフトチューブ35は、本発明の特徴である後述の2段式陽子移動反応を行えれば、ここで示した形状、方法に限定されることなく、種々の形状、方法を採用することができる。また、輸送チャンバー4及びビーム成形輸送部材6も同様に、ここに例示した形状、方法に限定されるものでない。
【0032】
分析手段としては、飛行時間型質量分析計、その他、四重極質量分析計、磁場型質量分析計、イオントラップ質量分析計、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析計などあらゆるタイプの質量分析計と組み合わせ、使用することができる。
【0033】
VOCとしては、Hと陽子移動反応を起こすもので、ドリフトチューブ内でフラグメンテーションが起こらないことを要する。そして、陽子親和力780〜840kJ/molの範囲において8種以上、かつ陽子親和力5〜10kJ/mol間隔で選択することが望ましい。
【0034】
具体的には、アセトニトリル(779kJ/mol)、トルエン(784kJ/mol)、p−キシレン(794kJ/mol)、イソブテン(802kJ/mol)、アセトン(812kJ/mol)、メチルアセテート(822kJ/mol)、2−ブタノン(827kJ/mol)、3−ペンタノン(837kJ/mol)が例示でき、好適である。これらVOCはここに記載の順番、即ち陽子親和力が小さいVOCから大きいVOCへ切り換え、第1段目の陽子移動反応系に導入し、Hと反応させる。
【0035】
連続して、VOCをHに反応させる場合、陽子親和力が小さいVOCから大きいVOCの順で第1段目の陽子移動反応系に導入することが望ましい。陽子親和力が大きいVOCは、分子量の大きく、吸着性も高い傾向にある。また、先のVOC1が、陽子移動反応系内24に残存することがある。
【0036】
VOCを陽子親和力が大きいものから小さいものの順に変えて第1段目の陽子移動反応系に導入した場合、少しでも陽子親和力が大きいものが反応系に残存してしまうと、陽子親和力の小さいVOCを導入しても、その直前のVOCとして用いた陽子親和力が大きいVOCがHと反応し、目的のVOC・Hの生成が阻害される。従って、第2段目の陽子移動反応において、試料ガスのイオン化が起こりにくく、測定精度が低下してしまう。
【0037】
一方、VOCを陽子親和力が小さいものから大きいものみ切り換えて第1段目の陽子移動反応系に導入すると、直前に使用していたVOC1がいくら残存していても、その影響を受けることなく、後から陽子移動反応系内に導入された陽子親和力の大きいVOCにHの陽子が移動する。
【0038】
そして、一番陽子親和力の大きいVOCを導入した後、ドリフトチューブ35内でイオン化しない非イオン化ガス、例えばNなどを陽子移動反応系内24に導入するとよい。なお、非イオン化ガスは、VOCと同一のVOC導入口35aを使用すれば切り換え作業のみであり簡便である。また、VOC導入口35aと異なる箇所から導入してもよいが、その場合、VOCの陽子移動反応系内24への導入を止め、陽子移動反応系内24の圧力を一定に保つようにする。なお、非イオン化ガスとしては、その他、HO陽子親和力の大きいO、さらにHe、Ne、Arといった希ガスでもよい。
【0039】
非イオン化ガスを複数のVOCの最後に導入することで、Hと試料ガスを反応させること、さらに第1サンプラー36から陽子移動反応系内24を洗浄することができ、その後、最も陽子親和力の小さいVOCからまた測定を開始することができる。また、陽子移動反応系内24の圧力を維持したままHと試料ガスを反応させることも可能になる。従って、短期間かつ精度良く、繰り返し有機化合物を一括測定することができる。
【0040】
以下、添付図面に基づいて、本発明である多成分有機化合物の一括測定方法について詳細に説明する。
【実施例1】
【0041】
図1は、本発明である多成分有機化合物の一括測定方法に用いられる有機化合物の測定装置の一例の断面模式図である。
【0042】
有機化合物の測定装置34は、発明者等の特許文献1に記載の有機化合物の測定装置1のドリフトチューブ35において、試料導入口3aに替えてイオン源2の直下(次)に試薬VOCの導入路であるVOC導入口35aを設け、さらにVOC導入口35aの直下(ドリフトチューブ電極14を挟んだ次)に試料ガスの導入路である試料導入口35bを設けたものである。
【0043】
即ち、本発明である有機化合物の測定装置34は、イオン源2と、ドリフトチューブ35と、輸送チャンバー4と、ビーム成形輸送部材6及び飛行時間型質量分析計5からなる。なお、図1中のV1〜V6は印加する電圧、HVは高電圧を表す。
【0044】
有機化合物の測定装置34を用いた本発明である有機化合物の一括測定方法では、先ず、水蒸気を水蒸気導入口2aからイオン源2に挿入し、V1の電圧を掛け、イオン源2でHが生成(式2)され、前記Hはドリフトチューブ35に送り込まれる。
O→H・・・式2
【0045】
その状況下で、試薬VOCをVOC導入口35aからドリフトチューブ35内に送り、次式3により、VOC・Hが生成される(以下、第1段目の陽子移動反応という。)。
+VOC→VOC・H+HO・・・式3
【0046】
さらに、測定する試料ガスを第1段目の陽子移動反応部の直下(次)部の試料導入口35bからドリフトチューブ35内に送り、前記VOC・Hと前記試料ガス中のVOCがドリフトチューブ35内で衝突し、次式4に示すようにVOC・Hが生成される(以下、第2段目の陽子移動反応という。)。
VOC・H+VOC→VOC・H+HO・・・式4
【0047】
VOC・Hを一次イオンとして用いることで、VOCの陽子親和力よりも大きい陽子親和力を持つ有機化合物(VOC)だけがイオン化でき、VOCの陽子親和力よりも小さい陽子親和力を持つ有機化合物はイオン化できないことになる。
【0048】
異性体などの同重体は、質量数は同じでも陽子親和力は異なる(大小の差がある)ことから、適切なVOC・Hを用いることにより、同重体を区別して検出できることになる。
【0049】
VOC・Hの生成は、これまでVOCに放射線源を照射する等での生成が試みられてきたが、ハードなイオン化方法であるため特殊な場合でしか良い結果がえられていない。
【0050】
本発明では、VOC・Hの生成にHからの陽子移動反応イオン化というソフトなイオン化方法を用いているところが特徴的である。このような2段階の陽子移動反応により、有機化合物を測定する飛行時間型質量分析計を2段式陽子移動反応飛行時間型質量分析計(two-stage
proton transfer reaction time-of-flight mass spectrometer)と命名した。
【0051】
このとき有機化合物の測定装置34は、ドリフトチューブ35に連結されたプレッシャーゲージ3dでドリフトチューブ35内の圧力を監視しながら所定の圧力に一定に維持するよう水蒸気、試料VOC、試料ガスの導入量を制御するとともに、第一ポンプ3cでドリフトチューブ35内の中性分子を排気する。
【0052】
なお、輸送チャンバー4に送り込まれる水分子を減少させるために、窒素導入口3bからドリフトチューブ35と輸送チャンバー4の接合部分に窒素ガスを噴射し、ドリフトチューブ35内に流れ込んだ窒素ガスを第一ポンプ3cで中性分子とともに除去する。これにより、水クラスターイオンのシグナルの干渉が取り除かれるため、より多くの有機化合物由来のイオンを検出できる。窒素ガスに換えて、反応性が低い、ヘリウム、アルゴン等の希ガスを使用してもよい。
【0053】
次に、前記VOC・Hは、輸送チャンバー4を短い距離通過し、ビーム成形輸送部材6を通過し、イオン加速チャンバー5aに送り込まれる。最後に飛行時間型質量分析計5でイオン濃度を測定する。
【0054】
ここで、輸送チャンバー4内に配置されるビーム成形輸送部材6は、輸送チャンバー4を通過したイオンを円錐体6aの頂点に穿設された穿孔6bで切り出し、3つの円筒状の電極からなるイオンレンズ6z’で、イオンビームを成形し、軌道修正部6oでイオンビーム軌道を修正して、飛行時間型質量分析計5のパルス引出し電極5gへ輸送する。円錐体には電圧V4(−60V)を、イオンレンズに中央のイオンレンズには、電圧V5(+30V)の電圧を印加し、他2つのイオンレンズは接地している。なお、軌道修正部に電圧を印加し、軌道を修正する必要はなかった。
【0055】
飛行時間型質量分析計5は、ドリフトチューブ35で生成したVOC・Hに高電圧パルスを印加し、VOC・Hをその質量に依存した飛行速度で飛行させるパルス引出し電極5g並びに前記VOC・Hの軌道を修正する軌道修正部5eが内部にあるイオン加速チャンバー5aと、軌道を収束させるイオンレンズ5hが内部にある軌道調整部5bと、VOC・Hの質量により分離する飛行チャンバー5cと、MCP検出器5iが内部にあるイオン検出部5dからなる。飛行距離は約50cmでは質量分解能(m/Δm)は約100であった。
【0056】
なお、本発明である有機化合物の測定装置34による有機化合物の測定方法では、差動排気システムを駆動させる。差動排気システムとは、イオン検出部5dの真空度を高めるため、飛行時間型質量分析計5の真空度を急激に高めることができないため、前段で段階的に減圧するシステムである。
【0057】
VOC・Hが生成後は、真空度が高い方が、VOC・Hの残存率が高まるため、輸送チャンバー4に連結された第二ポンプ4a、第三ポンプ4bによって真空度を高める。そのためここでは、2台のポンプを用いた。他の気体分子が存在するとVOC・Hと衝突し、VOC・Hが喪失してしまうからである。結果的に測定精度を下がってしまうことになる。
【0058】
同様な理由から、イオン加速チャンバー5aに連結された第四ポンプ5j、及び飛行チャンバー5cに連結された第五ポンプ5kによって、真空度を段階的に高めることが必要である。
【0059】
なお、飛行時間型質量分析計5は、一般に市販されているものでよく、リフレクトロンを取り付けてもよい。リフレクトロンを取り付けることで、VOC・Hの飛行速度の補正を行うこともでき、また、VOC・Hの飛行距離が長くなるため、質量分解能(m/Δm)は向上する。
【0060】
以下、有機化合物の測定装置34の運転条件を説明する。3枚の電極からなるパルス引出し電極5gの1枚目、2枚目間に輸送チャンバー4を通過したイオンが輸送されてくる。1枚目、2枚目の電極にパルス的に高電圧(HV)を印加し、イオンをイオンビームの進行方向に対して、垂直方向にあるMCP検出器5iに向けて引き出す。
【0061】
1枚目、2枚目の電極には高速で高電圧を印加する必要があるので、パルサーボックス5f内にあるトランジスタスイッチを用いる。1枚目、2枚目の電極にはそれぞれ、5kV、4.5kVの電圧を立ち上がり約70n秒で1μ秒間、高電圧を印加する。3枚目の電極は常に接地している。
【0062】
MCP検出器5iの方向へ引き出されたイオンは軌道修正部5eでイオンビーム軌道の修正を行い、軌道調整部5bにあるイオンレンズ5hに電圧V6(1.3kV)を印加することによって、イオンの拡散を抑え、イオン検出部5dのMCP検出器5iに衝突させることで、イオンを検出している。MCP検出器5iには−2kVの高電圧をかけて動作させる。なお、軌道修正部5eの軌道修正板に電圧をかけてイオンビーム軌道を修正する必要はなかった。
【0063】
イオンの飛行距離は、50cmでイオンの質量数に応じてイオンの速度が異なるため、質量数の軽いイオンほどパルス電圧の印加から早い時間で、質量数の重いイオンほど遅く飛行チャンバー5c内を飛行してMCP検出器5iに到達する。なお、高速でイオンを検出する必要があるため、立ち上がり、立ち下り1n秒のMCP検出器5iを用いた。また、有機化合物の測定装置34の質量スペクトルの半値全幅は、質量数19、59、107で、それぞれ0.35、0.56、0.60であった。
【0064】
パルス引出し電極5gへ高電圧を印加するタイミングは、第一パルス発生器8aで制御しており10kHzで高電圧のスイッチのオン・オフを行っている。MCP検出器5iで検出されたイオンシグナルは、第一パルス発生器8aと同期された時間変換器7により、高電圧のスイッチのオンからシグナルを検出した時間が記憶され、横軸がイオンの到達時間、縦軸がイオンのカウント数のヒストグラムが作成される。横軸のイオンの到達時間はイオンの質量数に変換可能であるため、このヒストグラムが質量スペクトルに相当する。
【0065】
このような検出を10kHzでの繰り返しで積算していく。この積算の開始、終了を制御するのが、第二パルス発生器8bで、60秒間の積算を行うように制御する。第一パルス発生器8a、第二パルス発生器8bは、計算機8によって制御され、また、時間変換器7で得られたデータは計算機8に入力され、60秒ごとの質量スペクトルとして保管される。
【0066】
図2は、イオン源とドリフトチューブと輸送チャンバーの断面模式図である。放電式のイオン源2は、水蒸気導入口2aがある押出し電極9と、前記押出し電極9の次に配置された絶縁体である第一スペーサー11と、前記第一スペーサー11の次に配置された引出し電極10と、前記引出し電極10の次に配置された絶縁体である第二スペーサー11dと、前記第二スペーサー11dの次に配置された接続電極12からなる。これら3種の電極がHを生成する放電に関与している。
【0067】
前記押出し電極9と前記第一スペーサー11と前記引出し電極10で形成されたイオン発生区間22で放電し、水蒸気をHにする。押出し電極9に取り付けられた水蒸気導入口2aからなるべく円筒対称になるように水蒸気を導入する。放電は主に押出し電極9と引出し電極10の狭い領域で起こり、Hは引出し電極10の中心の細長い穿孔を通り、イオンビームに成形させられ接続電極12の穿孔を通過し、ドリフトチューブ35内である陽子移動反応系内24に導入される。
【0068】
なお、引出し電極10と第二スペーサー11dと接続電極で囲まれた逆流防止空間23は、試料ガスがイオン発生空間22に逆流することを防止し、Hビームを成形し、圧力調整機能を有する。
【0069】
逆流防止空間23の圧力は、ドリフトチューブ35内の陽子移動反応系内24の圧力(約5.0Torr)より、やや高い圧力(約5.1Torr)を保ち、またイオン発生空間22の圧力は、逆流防止空間23の圧力よりさらにやや高い圧力(約5.2Torr)を維持することが望ましい。これにより試料ガスがイオン発生空間22に逆流すること極めて低下させることができる。
【0070】
試料ガスがイオン発生空間22に逆流することで、NO、Oなどが発生し、Hの生成を妨げ、またドリフトチューブ35内でのVOCとの陽子移動反応と拮抗し、VOC・Hの生成効率が低下する。結果的に有機化合物の測定精度が低くなってしまうこととなる。
【0071】
ドリフトチューブ35は、VOCを導入する第1サンプラー36と、前記第1サンプラー36の次に配置されるドリフトチューブ電極14と、前記ドリフトチューブ電極14の次に配置される試料サンプルを導入する第2サンプラー37と、前記第2サンプラー37の次に配置されるドリフトチューブ電極14eと、前記ドリフトチューブ電極14eの次に配置される絶縁リング15dと、前記絶縁リング15dの次に配置されるドリフトチューブ電極14fと、前記ドリフトチューブ電極14f次に配置される絶縁リング15eと、前記絶縁リング15e配置されるドリフトチューブ電極14gと、前記ドリフトチューブ電極14gの次に配置される中性分子を排気する第一ポンプ3c及びドリフトチューブ35内の圧力を監視するプレッシャーゲージ3dに連結するチューブ付絶縁体16と、前記チューブ付絶縁体16の次に配置されるイオンビームをオリフィス(小孔)へ導くためのインレットレンズ17と、輸送チャンバー4に連結されるフランジ19と、前記インレットレンズ17と前記フランジ19に挟まれた窒素ガスを通す導管付スペーサー18と、前記フランジ19にセットされ、VOC・Hが通過するオリフィス(小孔)が穿設された円盤20からなる。
【0072】
ドリフトチューブ35内に出射されたHイオンビームは、先ず、第1サンプラー36から導入されたVOCと衝突し、陽子移動反応系内24で第1段目の陽子移動反応を起こす。続いて、生成物VOC・Hと第2サンプラー37から導入された有機化合物を含む試料ガスと衝突し、陽子移動反応系内24で第2段目の陽子移動反応を起こす。なお中性気体は、ドリフトチューブ35下流の第一ポンプ3cによって排気され、イオンはインレットレンズ17を通過して、高真空の輸送チャンバー4へ運ばれる。
【0073】
ドリフトチューブ35内の圧力は、プレッシャーゲージ3dでモニターしており、5Torrを保つようにした。その内訳は、水蒸気量が約0.5Torr、試料ガス量が約4.5oTorrである。
【0074】
インレットレンズ17の穿孔17aには窒素ガスを導入することができるようにしており、水蒸気によるクラスターイオンの生成を抑えるとき必要に応じて導入する。なお、窒素ガスの導入量は0.1Torr程度で十分である。
【0075】
押出し電極9、引出し電極10、接続電極12、ドリフトチューブ電極14、14e、14f、14gは、各電極間には、抵抗R1(1MΩ)、R2(1MΩ)、R3(390kΩ)が設けられ、末端には抵抗R4(390Ω)があるV1(5kV直流)に接続され、電場によりVOC・Hを輸送チャンバー4に輸送する。
【0076】
インレットレンズ17は、上記系とは独立してV2(150V)に、フランジ19にはV3(25V)に接続されている。また、円錐体6aにはV4(−60V)を接続することで、VOC・Hイオンの損失をさらに低下することができるため、電圧を印加してもよい。
【0077】
押出し電極9、引出し電極10、接続電極11、ドリフトチューブ電極14、14e、14f、14g、インレットレンズ17、フランジ19、円錐体6aは導体であり、電圧が印加される。導体としては、腐食につよいステンレス、アルミニウムなどが挙げられるが、通常電極として使用されている素材であれば何れでもよい。なお円盤20は、ステンレスからできている。
【0078】
また、第一スペーサー11、第二スペーサー11d、第1、第2サンプラー36、37、絶縁リング15d、15eチューブ付絶縁体16、導管付スペーサー18は、帯電防止性が高い絶縁素材でできており、隣り合う電極間を絶縁する。例えば、帯電防止性が高い絶縁素材強化ポリテフロン(登録商標)をベースとした日本ポリペンコ株式会社製/セミトロン(登録商標)がある。
【0079】
上記、各電極と各絶縁体は、Oリングで密閉され、支柱3e及び支柱3fによってフランジ19に固定される。なお、支柱3e、支柱3fは絶縁体、又は金属棒に絶縁素材をコーティングしたものである。
【0080】
支柱3eは1本の棒状であり各電極に設けられた孔に貫通して下端をフランジ19の上面に螺着され、他端である上部は別のネジで固定する。支柱3fは、隣り合う電極間を固定する棒であって、一方の端にネジ穴があり、他端が前記ネジ穴に螺着するネジであり、各々が連結し、その連結してできた支柱3fの下端がフランジ19の上面に螺着され、他端である上部は別のネジで固定する。
【0081】
また、ドリフトチューブ電極の数は、一様な電場をドリフトチューブ35内に作ることができれば特に4枚に限定さることなく、ドリフトチューブ35の長さによって適時変更する。
【0082】
なお、円錐体6aの頂点に穿設されたVOC・Hビームが通過する穿孔6bと円盤20に穿設されたオリフィスとの距離L1が、陽子移動反応生成物の減衰を改善する。結果は示さないが、その距離は10mmでは格段に陽子移動反応物の減衰を改善することができた。
【0083】
図3は、押出し電極の説明図である。図3Aは押出し電極9の平面図である。図3Bは、図3AのA’−A’位置での断面図である。図3Cは押出し電極9の背面図である。
【0084】
押出し電極9は、水蒸気を導入する水蒸気導入口2aを有する水蒸気導入管9aを上面に取り付けた円形の電極である。孔9b、孔9cで他の電極と絶縁素材でできた支柱3e及び支柱3fでフランジ19に連結固定される。背面には凹んだ凹部9eがあり、次の第一スペーサー11と嵌合する。また、V1を印加するコネクタを配線接続孔9dに差込み通電される。
【0085】
なお、水蒸気導入管9aは、円筒対象に複数設けることが望ましい。導入された水蒸気が局所的に高濃度になることがなく、イオン発生空間22に均一に存在することとなり、放電によりより効率的にHOが生成できるからである。
【0086】
図4は、引出し電極の説明図である。図4Aは引出し電極10の平面図である。図4Bは図4AのA’−A’位置での断面図である。図4Cは引出し電極10の背面図である。
【0087】
引出し電極10は、押出し電極9方向に突出した凸部10bと背面が窪んだ凹部10fよりなり中心に穿孔10aが穿設された円形の電極である。孔10c、孔10dで他の電極と絶縁素材でできた支柱3e及び支柱3fでフランジ19に連結固定される。背面の凹んだ凹部10fは、次の第二スペーサー11dと嵌合する。また、V1を印加するコネクタを配線接続孔10eに差込み通電される。
【0088】
凸部10bを設けることで、イオン発生空間22の一定の容積を確保しながら、確実に押出し電極9の背面と放電(図2で点線で示している)で起こり、水蒸気からHを高濃度に生成する。さらに、凸部10bを設けることで、穿孔10aの長さL2をより長く確保することができ、より試料ガスの逆流を低減することが可能になる。
【0089】
穿孔10aの直径D1は、5mm、2mm、1mmで試験した結果、何れも非特許文献2でfig.6に示されている結果より、Hの生成効率は格段に向上していた。結果はここでは示さないが、1mmが最も良好であった。
【0090】
また、背面の凹部10fは、接続電極12と放電を起こさないようにするとともに、逆流防止空間23の容積をより広くし、試料ガスの逆流を確実に防止する効果を発揮する。
【0091】
図5は、第一スペーサーの説明図である。図5Aは第一スペーサー11の平面図である。図5Bは図5AのA’−A’位置での断面図である。なお、背面は平面と同一である。また第一スペーサー11と第二スペーサー11dは同一形状である。
【0092】
第一スペーサー11は、中央にある穿孔10aがあるリング状である。平面、背面にそれぞれ溝11b、溝11cが設けられ、Oリングを嵌め上下の電極と密封固定される。
【0093】
図6は、接続電極の説明図である。図6Aは接続電極12の平面図である。図6Bは図6AのA’−A’位置での断面図である。図6Cは接続電極12の背面図である。
【0094】
接続電極12は、引出し電極10方向が窪んだ凹部12gと背面が窪み中心がすり鉢状に窪んだ切込部12eを有する凹部の中心に穿孔12aが穿設された電極である。孔12b、孔12cで他の電極と絶縁素材でできた支柱3e及び支柱3fで連結固定される。背面の凹んだ凹部12fは、次の第1サンプラー36と嵌合する。また、V1を印加するコネクタを配線接続孔12dに差込み通電される。
【0095】
なお、背面をすり鉢状の切込部12eを設けることで、イオンが穿孔12aを通る距離を短くして、穿孔12aでのイオンの喪失を小さくする利点がある。
【0096】
図7は、第1、第2サンプラーの説明図である。図7Aは第1、第2サンプラー36、37の平面図である。図7Bは図7AのA’−A’位置での断面図である。なお、背面は平面と同一である。
【0097】
第1、第2サンプラー36、37は、リング状の本体の中心に孔13aがあり、側面にVOC導入口35a又は試料導入口35bを備えた2本の試料導入管13d、試料導入管13fがあり、試料導入管13d、13fには試料ガスが導入される管路13e、管路13gが設けられている。また平面、背面にはそれぞれ溝13b、溝13cが設けられ、Oリングを嵌め上下の電極と密封固定される。
【0098】
なおここでは、試料導入管13d、13fを二本としたが、側面に等間隔で対象的に複数の試料導入管13dを設けることが望ましい。試料ガスを均一にドリフトチューブ35に導入することができ、試料ガスがHと効率的に、高頻度で陽子移動反応が起すことができるためである。
【0099】
図8は、ドリフトチューブ電極の説明図である。図8Aはドリフトチューブ電極14の平面図である。図8Bは図8AのA’−A’位置での断面図である。なお、背面は平面と同一である。また、ドリフトチューブ電極14、14e、14f、14gは、同一形状である。そこでドリフトチューブ電極14を参照して説明する。
【0100】
ドリフトチューブ電極14は、中央に穿孔14aが穿設され、第1、第2サンプラー36、37方向及び背面共に凹み薄いリング部14hがある円形の電極である。孔14b、孔14cで他の電極と絶縁素材でできた支柱3e及び支柱3fで連結固定される。接着部14iで、上下の絶縁素材と接触する。また、V1を印加するコネクタを配線接続孔14dに差込み通電される。リング部14hはドリフトチューブ35内の電場を一様にするためなるべく薄い方が良い。本発明では1.5mmとした。
【0101】
図9は、絶縁リングの説明図である。図9Aは絶縁リング15dの平面図である。図9Bは図9AのA’−A’位置での断面図である。なお、背面は平面と同一である。また、絶縁リング15eは絶縁リング15dと同一形状である。そこで絶縁リング15dを参照して説明する。
【0102】
絶縁リング15dは、中央にある孔15aがあるリング状である。平面、背面にそれぞれ溝15b、溝15cが設けられ、Oリング21を嵌め上下の電極と密封固定される。
【0103】
図10は、チューブ付絶縁体の説明図である。図10Aはチューブ付絶縁体16の平面図である。図10Bは図10AのA’−A’位置での断面図である。なお、背面は平面と同一である。
【0104】
チューブ付絶縁体16は、リング状の本体の中心に孔16aがあり、側面に陽子移動反応系内24の圧力を調整、不要な中性分子を排気する第一ポンプ3cに接続された排気管16dと、陽子移動反応系内24の圧力を監視するプレッシャーゲージ3dを連結するゲージ取付管16eが取り付けられている。また平面、背面にはそれぞれ溝16b、溝16cが設けられ、Oリングを嵌め上のドリフトチューブ電極14gと次のインレットレンズ17と密封固定される。
【0105】
図11は、インレットレンズの説明図である。図11Aはインレットレンズ17の平面図である。図11Bは図11AのA’−A’位置での断面図である。図11Cはインレットレンズ17の背面図である。
【0106】
インレットレンズ17は、平面及び背面の内部が窪んだ凹部17d、凹部17eの中心に穿孔17aが穿設された円形の電極である。背面の溝17cにOリングを嵌め次の導管付スペーサー18に接着する。また、V2を印加するコネクタを穴17bに差込み通電される。
【0107】
図12は、導管付スペーサーの説明図である。図12Aは導管付スペーサー18の平面一部透視図である。図12Bは図12AのA’−A’位置での断面図である。図12Cは導管付スペーサー18の背面図である。
【0108】
導管付スペーサー18は、中央が上に突出した凸部18dを有する円形状の絶縁体であって、内部に窒素ガスを挿通させる導管18bを凸部18dの側面から開け、背面の溝18cと連結する。導管18bは、中央の穿孔18aから放射状に凸部18dの側面に貫通する。これにより、均一圧力の窒素ガスが穿孔18aに噴射することができる。噴射された窒素ガスは、エアーカーテンとして機能し、水分子の通過を阻止する。
【0109】
図13は、フランジの説明図である。図13Aはフランジ19の平面図である。図13Bは図13AのA’−A’位置での断面図である。図13Cはフランジ19の背面図である。
【0110】
フランジ19は、円形のプレート19nとガス送入管19bと接続管19hからなる。プレート19nは、平面に内部に導管付スペーサー18を嵌め込む凹部19l、Oリングを嵌め込む溝19g、各電極を固定する支柱3e及び支柱3fを留める固定穴19e、電圧V3を印加するための配線と取り付けるネジ穴19dがある。さらに、凹部19lには、オリフィスが穿孔されている円盤20を嵌め込む凹部19fがある。
【0111】
また、背面には、すり鉢状の傾斜部19kがある。傾斜部19kがあることによって、第二ポンプ4a及び第三ポンプ4bによる中性分子の排気を効率的に行うことができる。中央には、VOC・Hが通過する孔19aが穿設されている。さらにプレート19n内部には、窒素ガスを送通させる横穴19cがある。
【0112】
ガス送入管19bは、導管付スペーサー18の穿孔18aに噴射する窒素ガス等の供給源と連結する管である。接続管19hは、Oリング21aを嵌め込む溝19jが設けられたリングで、輸送チャンバー4の上部に接続しクランプ等の留具で固定される。
【0113】
図14は、図13の一部拡大図である。図14Aは図13B’部の部分拡大図である。図14Bは図13C’部の部分拡大図である。
【0114】
穿孔19aより広い円形の円盤20を嵌め込む凹部19fが平面状にあり、凹部の深さL3は、0.1mm以下である。内部には横穴19cに連結し、導管付スペーサー18の溝18cに連結する窒素ガスの通り道である縦穴19mがある。
【0115】
図15は、フランジの凹部にセットする円盤の説明図である。図15Aは平面図である。図15Bは図15AのA’−A’位置での断面図である。なお、背面は、平面と同一である。
【0116】
円盤20は、フランジ19平面の凹部19fに嵌め込むステンレスなどの導体からできている。円盤20の中央には、直径約0.4mmのオリフィス20aが穿設されている。
【0117】
図16は、ビーム形成輸送部材の縦断面図である。図17は、ビーム形成輸送部の断面図である。ビーム成形輸送部材6は、円錐体6aと、リング6cと、筒6dと、リング6eと、円盤6fと、イオンレンズ6z’と軌道修正部6oからなり、図17に示す点線矢印がVOC・Hの通過位置及び方向である。
【0118】
円錐体6aは、輸送チャンバー4に向かって先端が細くなり、頂点にVOC・Hビームが通過する穿孔6bが穿設された内部が中空のイオンガイドである。穿孔6bの直径D2、及び円錐体6aの頂点の内角∠Aが、ドリフトチューブ35内で生成したVOC・Hの損出量と関係があることを見いだしている。なお、円錐体6aに換えてヘキサポール等のイオンガイドを用いても良い。
【0119】
リング6cは、前記穿孔6bと円盤20のオリフィス20aとの距離を調整する筒状の絶縁体である。円錐体6aと筒6dを連結する。また、円錐体6aは導体(SUS)でできていることから、電圧を印加することができ、電圧V4(−60V)であるとき、VOC・Hの残存率が高い。従って、円錐体6aに電圧V4を印加することもあることから、リング6cは、絶縁体素材を採用した。
【0120】
筒6dは、内部にVOC・Hが通過するイオンレンズ6z’を配置し、輸送チャンバー4とイオン加速チャンバー5aを分断し、導体でできている。イオンレンズ6z’は、3個の同一形状の第一イオンレンズ6x、第二イオンレンズ6y、第三イオンレンズ6zのからなり、第一イオンレンズ6xと第二イオンレンズ6yが留具6wで固定されている。
【0121】
第三イオンレンズ6zは、取付板6hに留具6s’で固定され、取付板6hと輸送チャンバー4に近い第一、第二レンズに支柱6q、6r及び留具6wを介して連結される。
【0122】
円盤6fは、輸送チャンバー4とイオン加速チャンバー5aに挟まれ、輸送空間26とイオン加速空間27を仕切る部材である。リング6eが前記筒6dと円盤6fに挟まれている。筒6dに電圧を印加することも可能とするためリング6eは絶縁素材でできている。円盤6fの平面、背面にはそれぞれ、溝6g、溝6pが設けられ、Oリングによって、平面側は、輸送チャンバー4に、平面側はイオン加速チャンバー5aにそれぞれ密封連結する。
【0123】
上述のようにしてなるイオンレンズ6z’取付板6h及び支柱6i、支柱6jを介して前記円盤6fに固定され、筒6dの所定の位置に配置する。
【0124】
なお、リング6c、留具6c’、留具6w、リング6e、支柱6q、支柱6rなどは、上述したセミトロン(登録商標)の他、金属に似た特性を持ち柔軟性に富むアセタール樹脂であるデュポン株式会社製/デルリン(登録商標)を使用してもよい。
【0125】
軌道修正部6oは、2対の平行電極6k、平行電極6lを留具6sで固定板6uに固定し、支柱6n’を介して取付板6hに固定され、イオンレンズ6z’の下端に位置する。その先端に穿孔6tが穿設された板6mがある。導体として一般に使用されている部材でよい。
【0126】
図18は、本発明である有機化合物の測定装置内の圧力の説明図である。本発明による差動排気システムは、輸送チャンバー4内の輸送空間26、イオン加速チャンバー5a内のイオン加速空間27及び飛行チャンバー5c内の飛行検出空間28の三段排気系になっている。
【0127】
前提として、HOの流量約0.02l/分でイオン発生空間22の圧力を約5.2Torr、逆流防止空間23の圧力を5.1Torr、試料ガスの流量約0.18l/分であるとき、ドリフトチューブ35の陽子移動反応系内24の圧力を5.0Torrに第一ポンプ3cで調整する。
【0128】
第一段の輸送チャンバー4の輸送空間26の真空度は、〜10−4Torr、320l/秒の流量で第二ポンプ4a、第三ポンプ4bで排気する。
【0129】
イオン加速チャンバー5aのイオン加速空間27の真空度は、〜10−5〜10−6Torr、750l/秒の流量で第四ポンプ5jで排気する。
【0130】
飛行チャンバー5cの飛行検出空間28の真空度は、〜10−6〜10−7Torr、250l/秒の流量で第五ポンプ5kで排気する。それぞれ別に駆動するポンプで排気し、段階的に真空度(Torr)を上げる。
【0131】
図19は、実施例1の有機化合物の測定装置34において、試薬VOCを順次、アセトニトリル、トルエン、p−キシレン、イソブテン、アセトン、酢酸メチル、2−ブタノン、3−ペンタノンと切り替えたときのメチルビニルケトンとその異性体であるメタクロレインの検出結果である。
【0132】
図19の横軸は、陽子親和力(kJ/mol)で、縦軸がMCP検出器5iでの検出強度である。「MACR(直線)」はメタクロレインの陽子親和力の位置、「MVK(直線)」はメチルビニルケトンの陽子親和力の位置を表している。
【0133】
試薬VOCは、上記試薬を概ね陽子親和力780〜840kJ/molの範囲において、ほぼ等間隔に上記8種を使用した。
【0134】
VOCの反応系への導入量は、0.1%のVOC/Nの混合ガスを各々準備して、0.2Torrであった。
【0135】
VOCの反応系への導入量は、次式5の条件を満たすことを要する。「k」は、第1段目の陽子移動反応(H+VOC→VOC・H+HO上記式3)の反応速度定数であり、2×10−9cm/molecule/s程度である。「t」は、ドリフトチューブ35内での第1段目の陽子移動反応時間であり、図1のドリフトチューブ35では100μs程度である。[VOC]は、陽子移動反応系内24(ドリフトチューブ35)内のVOCの濃度(molecule/cm)である。
kt[VOC]>1・・・式5
【0136】
従って、前記反応時間内で第1段目の陽子移動反応が終了するための条件は、次式6となる。当該実施例の示すように、0.1%のVOC/Nの混合ガスを各々準備して、0.2Torr導入すれば、[VOC]=6×1012molecule/cmとなり、前記条件を満たすこととなる。
[VOC]>5×1012molecule/cm・・・式6
【0137】
「MA(黒丸)」は、Hを一次イオンにして検出されたメタクロレインのイオンシグナルを100とした時の各々のVOCから式3により生成される一次イオンを用いてメタクロレインを検出した時のイオンシグナル強度である。第2サンプラー37からメタクロレインを1ppmv程度流し、第1サンプラー36から窒素とVOCを切替ることにより得られる。
【0138】
「MVK(白抜四角)」は、Hを一次イオンにして検出されたメチルビニルケトンのイオンシグナルを100とした時の各々のVOCから式3により生成される一次イオンを用いてメチルビニルケトンを検出した時のイオンシグナル強度である。測定方法は前述と同じである。VOCの陽子親和力が検出したい化合物の陽子親和力より約10kJ/mol大きくなると検出の効率が極端に小さくなる、つまり二段目のイオン化が進まなくなることがわかる。
【0139】
従って、メチルビニルケトンとその異性体であるメタクロレインを区別して、検出・定量に試薬VOCとして、酢酸メチルを使用できることが分かる。
【0140】
図20は、実施例1の有機化合物の測定装置34において、15分間隔で、Hと試薬VOCであるアセトンを切り替えたときの酢酸エチルとその異性体である1,4−ジオキサンの検出結果である。
【0141】
「1−stage」とは、イオン源2に水蒸気導入口2aから水蒸気を導入し、第1サンプラー36からドリフトチューブ35に窒素を流しHを一次イオンに用いた場合である。「2−stage」とは、第1サンプラー36からドリフトチューブ35に導入されている窒素を、ボンベに用意したアセトンに切り替えて流し、(CHCO・Hを一次イオンに用いた場合である。
【0142】
図20(a)のm(質量)/z(荷電数)19はHを、m/z59は(CHCO・Hの検出結果を示している。図20(b)は、親イオンである質量数89のCHCOOC・H或いはcyclo−O(CHO(CH・Hの検出結果を示している。
【0143】
図20(a)は、15分間隔で、1−stageから2−stageに繰り返し切り替えたときのH(質量数19)と、(CHCO・H(質量数59)の検出結果である。
【0144】
図20(a)に示すように、1−stageから2−stageに切り替えた場合、H(質量数19)はアセトンと反応することにより減少し、(CHCO・H(質量数59)が増加する。
【0145】
図20(a)から1−stageと2−stageの切り換え直後、直ちに一次イオンが切り替わっていることがわかる。即ち、図1に示す有機化合物の測定装置34のイオン源2、及びドリフトチューブ35におけるVOCガス(イオン源2の直下)、試料ガスの導入位置が好適であるといえる。
【0146】
図20(b)は、第2サンプラー37から酢酸メチルと1,4−ジオキサンの1対1混合ガス(各々1ppmv)を常に流したときの検出結果である。1−stageでは酢酸メチルと1,4−ジオキサン両方とも検出される。親イオンの質量数は89である。2−stageに切り替えると、アセトンの陽子親和力(812kJ/mol)は酢酸メチル(836kJ/mol)より小さいが、1,4−ジオキサン(798kJ/mol)より大きいので、酢酸メチルだけ検出され、1,4−ジオキサンは検出されなくなる。このための2−stageでは質量数89のイオンシグナルが、1−stageの時に比べて減少している。
【0147】
従って、図20(b)から、多成分有機化合物から目的の有機化合物を区別して、検出することが、簡易かつ短時間で可能であることが分かる。よって、陽子親和力の異なるVOCを一定時間ごとに切り換えて一次イオンとして使用することで、多成分有機化合物の組成を一括測定することが容易にできる。
【実施例2】
【0148】
発明者等は、鋭意研究を進めた結果、図19に示した試薬VOCに加え、図23に示す新たなVOCを多成分有機化合物の一括測定に使用することができることを見出した。図23は、本発明の多成分有機化合物の一括測定に採用できる試薬VOC一覧である。
【0149】
VOCの列の背景に色(シャドー)を付けたVOCが新たに見出された試薬VOCである。*印が付されていたVOCの他は、実施例1と同様に試薬VOCに、第1段目の陽子移動反応によって、陽子が単に付加され、一次イオン(VOC・H)となる。
【0150】
図23の*1(ヨウ化メチル)では、後述するように、ヨウ化メチル(試薬VOC)に単にHが付加されるのではなく、試薬VOC・Hと異なるイオン(陽子化ヨウ化エチル)が、第2段目の陽子移動反応の一次イオンとなる。
【0151】
図23の*2も同様に異なるイオン(陽子化イソブテン)が、第1段目の陽子移動反応時にフラグメント化され、生成される(フラグメントイオン)。なお、試薬VOCとしてイソブタノールを用いた場合は、フラグメント化により、陽子化イソブテンが生成されるため、陽子親和力は、イソブテンの値(802)を記載した。
【0152】
新たに、上記試薬VOCを見出したことにより、図19に示す試薬VOCセットより、異性体をも区別して、一層精度よく有機化合物の混合物である試料ガスから、有機化合物を特定して、その濃度を測定することができるようになる。特に、下限においては、一次イオンであるHの陽子親和力約690kJ/molに近づき、上限も3ペンタノン(837kJ/mol)から843kJ/molに広がった。
【0153】
図24は、VOCであるヨウ化メチルの第1段目の陽子移動反応の説明図である。(A)に反応過程の化学反応式を、(B)にヨウ化メチルにHを反応させたときの第1段目の陽子移動反応生成物のカウント結果を示した。図24(B)の横軸は質量数(m/z)、縦軸がMCP検出器5iでの検出イオン強度である。
【0154】
図24(B)の測定方法は、図1、図2に示す有機化合物の測定装置34を用いた。第一サンプラー36から約1%のヨウ化メチル/Nの混合ガスを約0.5Torr流し、第ニサンプラー37には純空気を流し、第1段目の陽子移動反応生成物を図1に示した飛行時間型質量分析計5に備えられたMCP検出器5iで検出した。なお、縦軸のイオン強度は、所定時間でのシグナル数の積算値である。
【0155】
図24(B)の結果から明らかなように、第1段目の陽子移動反応下では、図24(A)の(1)Hからの陽子移動反応、(2)重合反応、(3)平衡反応が起きていると思われる。
【0156】
なお、(3)の陽子化ヨウ化メチルは、ヨウ化メチルの陽子親和力が693であるため、試料ガス中の有機化合物(VOC/陽子親和力700kJ/mol以上)に、陽子を移動させることがなく、実質的に第2目の陽子移動反応の一次イオンとはなり得ない。
【0157】
即ち、VOC≧陽子親和力700(kJ/mol)とした場合、
陽子化ヨウ化メチルは、次式7にしたがい陽子をVOCに与える。
CHI・H(693)+VOC(700)→VOC・H+H0・・・式7
一方、陽子化ヨウ化エチルでは、次式8の反応は起こらない。
I・H(725)+VOC(700)→VOC・H+H0・・・式8
【0158】
ここで、式7で生成されたVOC・H(700)は、図24(A)の(3)に示すCIに次式9にしたがい陽子をヨウ化エチル(725)に与える。
VOC・H(700)+CI(725)→CI・H+VOC・・・式9
【0159】
従って、図24(B)に示すように、陽子化ヨウ化メチルと、陽子化ヨウ化エチルは、1:3の比率で生成されるが、試薬VOCとして、ヨウ化メチルを用いた場合の陽子親和力は、ヨウ化エチルの725kJ/molで、第1段目の陽子移動反応に陽子化ヨウ化エチルのみが一次イオンとして、試料ガス中のVOCに陽子を供給し得る。
【0160】
図24(A)の(3)は、平衡反応であり、CI・Hが第2段目の陽子移動反応によって消費された場合、補充されることになるが、一次イオンに比べ、試料ガス中の有機化合物(VOC)は極めて少なく、平衡反応の影響は、検査精度誤差以下であるので、平衡反応の影響は無視してよい。
【0161】
図25は、VOCであるイソブタノールの第1段目の陽子移動反応の説明図である。(A)に反応過程の化学反応式を、(B)にイソブタノールにHを反応させたときの第1段目の陽子移動反応生成物のカウント結果を示した。図25(B)の横軸が質量数(m/z)、縦軸がMCP検出器5iでの検出イオン強度である。図25(B)の測定方法は、図24(B)と同様であるが、第一サンプラー36から0.1%のイソブタノール/N混合ガスを約0.2Torr導入した。
【0162】
図25(B)の結果から明らかなように、第1段目の陽子移動反応下では、図25(A)の(1)Hからの陽子移動反応、(2)フラグメンテーション反応が起きていると思われる。
【0163】
結果的に、試薬VOCとして、イソブタノールを用いた場合、第2段目の陽子移動反応のための一次イオンは、第1段目の陽子移動反応で生成する陽子化イソブタノールからフラグメンテーション反応によって生成された陽子化イソブテンとなる。従って、イソブタノールは、イソブテンの陽子親和力(802kJ/mol)として使用できる。よって、イソブタノールは、試薬VOCであるイソブテンの代替試料VOCとなり得る。図25(B)の結果が、図26(B)の結果と一致した質量スペクトルを示すことからも、明らかである。
【0164】
図26は、VOCであるイソブテンの第1段目の陽子移動反応の説明図である。(A)に反応過程の化学反応式を、(B)にイソブテンにHを反応させたときの第1段目の陽子移動反応生成物のカウント結果を示した。図26(B)の横軸が質量数(m/z)、縦軸がMCP検出器5iでの検出イオン強度である。図26(B)の測定方法は、図25(B)と同様であるが、第一サンプラー36から0.1%のイソブテン/N混合ガスを約0.2Torr導入した。
【0165】
なお、イソブタノールからのフラグメンテーションによって生成されるフラグメントイオンは、イソブテンのみである。従来では、陽子移動反応生成物のフラグメント化は、問題点であったが、本発明の2段式陽子移動反応においては、断片化を逆手にとって、新たな試薬VOCとすることができることとなる。他にも、特定の物質にフラグメント化されるVOCであれば、本発明の試薬VOCとして採用できる。
【図面の簡単な説明】
【0166】
【図1】本発明である多成分有機化合物の一括測定方法に用いられる有機化合物の測定装置の一例の断面模式図である。
【図2】イオン源とドリフトチューブと輸送チャンバーの断面模式図である。
【図3】押出し電極の説明図である。
【図4】引出し電極の説明図である。
【図5】第一スペーサーの説明図である。
【図6】接続電極の説明図である。
【図7】第1、第2サンプラーの説明図である。
【図8】ドリフトチューブ電極の説明図である。
【図9】絶縁リングの説明図である。
【図10】チューブ付絶縁体の説明図である。
【図11】インレットレンズの説明図である。
【図12】導管付スペーサーの説明図である。
【図13】フランジの説明図である。
【図14】図13の一部拡大図である。
【図15】フランジの凹部にセットする円盤の説明図である。
【図16】ビーム成形輸送部材の斜視図である。
【図17】ビーム形成輸送部材の断面図である。
【図18】有機化合物の測定装置内の圧力の説明図である。
【図19】実施例1の有機化合物の測定装置34において、試薬VOCを順次、アセトニトリル、トルエン、p−キシレン、イソブテン、アセトン、酢酸メチル、2−ブタノン、3−ペンタノンと切り替えたときのメチルビニルケトンとその異性体であるメタクロレインの検出結果である。
【図20】実施例1の有機化合物の測定装置34において、15分間隔で、Hと試薬VOCであるアセトンを切り替えたときの酢酸エチルとその異性体である1,4−ジオキサンの検出結果である。
【図21】放射線を用いたイオン源からなる陽子移動反応飛行時間型質量分析計(非特許文献1のFig.1)の模式図である。
【図22】特許文献1の有機化合物の測定装置の断面模式図である。
【図23】本発明の有機化合物の一括測定に採用できる試薬VOC一覧である。
【図24】VOCであるヨウ化メチルの第1段目の陽子移動反応の説明図である。
【図25】VOCであるイソブタノールの第1段目の陽子移動反応の説明図である。
【図26】VOCであるイソブテンの第1段目の陽子移動反応の説明図である。
【符号の説明】
【0167】
1 有機化合物の測定装置
2 イオン源
2a 水蒸気導入口
3 ドリフトチューブ
3a 試料導入口
3b 窒素導入口
3c 第一ポンプ
3d プレッシャーゲージ
3e 支柱
3f 支柱
4 輸送チャンバー
4a 第二ポンプ
4b 第三ポンプ
5 飛行時間型質量分析計
5a イオン加速チャンバー
5b 軌道調整部
5c 飛行チャンバー
5d イオン検出部
5e 軌道修正部
5f パルサーボックス
5g パルス引出し電極
5h イオンレンズ
5i MCP検出器
5j 第四ポンプ
5k 第五ポンプ
6 ビーム成形輸送部材
6a 円錐体
6b 穿孔
6c リング
6c’ 留具
6d 筒
6e リング
6f 円盤
6g 溝
6h 取付板
6i 支柱
6j 支柱
6k 平行電極
6l 平行電極
6m 板
6n 支柱
6n’ 支柱
6o 軌道修正部
6p 溝
6q 支柱
6r 支柱
6s 留具
6s’ 留具
6t 穿孔
6u 固定板
6w 留具
6x 第一イオンレンズ
6y 第二イオンレンズ
6z 第三イオンレンズ
6z’ イオンレンズ
7 時間変換器
8 計算機
8a 第一パルス発生器
8b 第二パルス発生器
9 押出し電極
9a 水蒸気導入管
9b 孔
9c 孔
9d 配線接続孔
9e 凹部
10 引出し電極
10a 穿孔
10b 凸部
10c 孔
10d 孔
10e 配線接続孔
10f 凹部
11 第一スペーサー
11a 孔
11b 溝
11c 溝
11d 第二スペーサー
12 接続電極
12a 穿孔
12b 孔
12c 孔
12d 配線接続孔
12e 切込部
12f 凹部
12g 凹部
13a 孔
13b 溝
13c 溝
13d 試料導入管
13e 管路
13f 試料導入管
13g 管路
14 ドリフトチューブ電極
14a 穿孔
14b 孔
14c 孔
14d 配線接続孔
14e ドリフトチューブ電極
14f ドリフトチューブ電極
14g ドリフトチューブ電極
14h リング部
14i 接着部
15a 孔
15b 溝
15c 溝
15d 絶縁リング
15e 絶縁リング
16 チューブ付絶縁体
16a 孔
16b 溝
16c 溝
16d 排気管
16e ゲージ取付管
17 インレットレンズ
17a 穿孔
17b 穴
17c 溝
17d 凹部
17e 凹部
18 導管付スペーサー
18a 穿孔
18b 導管
18c 溝
18d 凸部
19 フランジ
19a 穿孔
19b ガス送入管
19c 横穴
19d ネジ穴
19e 固定穴
19f 凹部
19g 溝
19h 接続管
19j 溝
19k 傾斜部
19l 凹部
19m 縦穴
19n プレート
20 円盤
20a オリフィス
21 Oリング
21a Oリング
22 イオン発生空間
23 逆流防止空間
24 陽子移動反応系内
26 輸送空間
27 イオン加速空間
28 飛行検出空間
29 陽子移動反応飛行時間型質量分析計
30 放射線源
30a 水蒸気導入口
31 ドリフトチューブ
31a 電極
31b スペーサー
31c 試料導入口
32 輸送チャンバー
32a イオンレンズ
33 飛行時間型質量分析計
33a イオン加速チャンバー
33b 飛行チャンバー
33c リフレクトロン
33d MCP検出器
33e 時間変換器
33f パルス引出し電極
33g 軌道修正部
34 有機化合物の測定装置
35 ドリフトチューブ
35a VOC導入口
35b 試料導入口
36 第1サンプラー
37 第2サンプラー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオン源でHを生成し、電圧印加状態で前記Hと試薬VOCを反応させVOC・Hを生成する第1段目の陽子移動反応と、前記第1段目の陽子移動反応に続き、電圧印加状態で前記VOC・Hと試料ガスを反応させVOC・Hを生成する第2段目の陽子移動反応と、前記VOC・Hを検出し、検出したVOC・Hに基づき試料ガス中のVOCの濃度に換算する分析手段とからなる有機化合物の測定方法において、
陽子親和力の異なる複数の試薬VOCを順次連続的に前記Hに反応させ、特定のVOC・Hに特異的なVOC・Hを質量分析することにより、試料ガス中の複数のVOC濃度を一括測定することを特徴とする多成分有機化合物の一括測定方法。
【請求項2】
前記イオン源が、水蒸気導入口のある押出し電極と、前記押出し電極の次に配置された絶縁体である第一スペーサーと、前記第一スペーサーの次に配置され前記押出し電極方向に突出した突部の中心に穿孔が穿設された引出し電極と、前記引出し電極の次に配置された絶縁体である第二スペーサーと、前記第二スペーサーの次に配置され背面にすり鉢状の切込部を有し中心に穿孔が穿設された接続電極からなり、
前記押出し電極と前記第一スペーサーと前記引出し電極で形成されたイオン発生空間の前記押出し電極と前記引出し電極の凸部で放電し、水蒸気をHにすることを特徴とする請求項1に記載の多成分有機化合物の一括測定方法。
【請求項3】
前記複数の試薬VOCが、陽子親和力5〜10kJ/mol間隔で選択され、かつ陽子親和力の小さいVOCから第1段目の陽子移動反応系内に導入されることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の多成分有機化合物の一括測定方法。
【請求項4】
前記複数の試薬VOCが、陽子親和力725〜850kJ/molの範囲において、8種以上であることを特徴とする請求項1〜請求項3の何れかに記載の多成分有機化合物の一括測定方法。
【請求項5】
前記複数の試薬VOCが、携帯型ボンベに各々収納され、所定時間経過毎に順次切り換え、第1段目の陽子移動反応系内に導入され、試料ガス採取場所でVOC濃度を測定することを特徴とする請求項1〜請求項4の何れかに記載の多成分有機化合物の一括測定方法。
【請求項6】
前記複数の試薬VOCの導入後、非イオン化ガスを試薬VOCと同圧力で陽子移動反応系内に導入し、Hを一次イオンとして試料ガスと反応させることを特徴とする請求項1〜請求項5の何れかに記載の多成分有機化合物の一括測定方法。
【請求項7】
前記複数の試薬VOCが、アセトニトリル、トルエン、p−キシレン、イソブテン、アセトン、メチルアセテート、2−ブタノン、3−ペンタノンであり、かつ前記配列順に第1の陽子移動反応系内に導入し、Hと反応させることを特徴とする請求項1〜請求項6の何れかに記載の多成分有機化合物の一括測定方法。
【請求項8】
前記複数の試薬VOCが、ヨウ化メチル、ベンゼン、メタノール、アセトアルデヒド、アセトニトリル、トルエン、p−キシレン、イソブテン、アセトン、メチルアセテート、2−ブタノン、3−ペンタノン、3−ヘキサノンであり、かつ前記配列順に第1の陽子移動反応系内に導入し、Hと反応させることを特徴とする請求項1〜請求項6の何れかに記載の多成分有機化合物の一括測定方法。
【請求項9】
前記試薬VOCが、前記第1段目の陽子移動反応において、フラグメント化し、VOC・Hと異なる陽子化イオンになり、前記第2段目の陽子移動反応において、前記試料ガスに陽子を移動させることとなることを特徴とする請求項1〜請求項8の何れかに記載の多成分有機化合物の一括測定方法。
【請求項10】
前記試薬VOCが、イソブタノールであることを特徴とする請求項9に記載の多成分有機化合物の一括測定方法。
【請求項11】
VOC濃度の一括測定が、Hを生成する放電式のイオン源と、前記イオン源に接続する陽子移動反応系内を形成するドリフトチューブと、前記ドリフトチューブで生成されたVOC・Hを通す輸送チャンバーと、前記輸送チャンバー内に配置するビーム成形輸送部材と、前記輸送チャンバーに接続する飛行時間型質量分析計とからなる有機化合物の測定装置で行われることを特徴とする請求項1〜請求項10の何れかに記載の多成分有機化合物の一括測定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【図26】
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【公開番号】特開2010−2408(P2010−2408A)
【公開日】平成22年1月7日(2010.1.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−277093(P2008−277093)
【出願日】平成20年10月28日(2008.10.28)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成19年11月23日 インターネットアドレス「http://www.sciencedirect.com/jasms」に発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年7月25日 インターネットアドレス「http://www.sciencedirect.com/science?_ob=ArticleURL&_udi=B6VND−4T2M64Y−1&_user=10&_coverDate=11%2F15%2F2008&_rdoc=4&_fmt=high&_orig=browse&_srch=doc−info(%23toc%236176%232008%23997219998%23699547&23FLA%23display%23Volume)&_cdi=6176&_sort=d&_docanchor=&_ct=15&_acct=C000050221&_version=1&_urlVersion=0&_userid=10&md5=1d38eafeba7f936607cc650409833737」に発表
【出願人】(501273886)独立行政法人国立環境研究所 (30)
【出願人】(506014402)
【出願人】(506014398)
【Fターム(参考)】