説明

多能性幹細胞をステロイドホルモン産生細胞に分化誘導する方法

【課題】間葉系幹細胞に転写因子であるSteroidogenic factor(SF−1)を安定導入することにより、ステロイドホルモン産生細胞に分化させる方法について、SF−1により多能性幹細胞から直接ステロイドホルモン産生細胞に分化させる方法を提供する。
【解決手段】多能性幹細胞(ES細胞)から間葉系幹細胞に分化誘導を行った後に、SF−1を発現させてステロイドホルモン産生細胞を分化させる。具体的には、遺伝子挿入による細胞に対する悪影響がなく、導入した遺伝子が恒常的に発現することのできる多能性幹細胞のRosa26・locusにSF−1と薬剤制御性遺伝子群を導入して、薬剤によりコンディショナルにSF−1を発現することができるES細胞を作製し、間葉系幹細胞に分化誘導し、その後SF−1を発現させてステロイドホルモン産生細胞を分化させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、ES細胞などの多能性幹細胞から、副腎皮質ホルモンや男性ホルモン、女性ホルモンなどのステロイドホルモンを産生する細胞を創り出す方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒトを含む哺乳動物の主要なステロイドホルモン産生組織は、生殖腺と副腎である。ノックアウトマウスの解析により。これまでに多数の遺伝子がステロイドホルモン産生細胞の形成に関わることが示唆されているものの、その群しい作用機構には不明な点が多く残されている(非特許文献1)。これは、生殖腺や副腎がステロイドホルモン産生細胞以外の複数の細胞系列から形成されるため、その前駆細胞を単離することが事実上不可能であることや、これらの細胞に分化誘導できる細胞株が存在しないということによると考えられる。
これまで、本発明者らは、様々な間葉系幹細胞に転写因子であるSteroidogenic factor(SF-1)を安定導入し、培地にcAMPを添加することにより精巣や副腎のステロイドホルモン産生細胞に分化することを報告してきた(特許文献1、非特許文献3)。その後同様の報告もされている(特許文献2)。しかし、ES細胞で同様の方法を行った場合、SF-1安定導入株を得ることは、ほとんどできず、得られた場合でもステロイドホルモンを産生することはなかった。過去に、Crawfordらが、ES細胞にSF-1を安定導入したところ、cAMPあるいはレチノイン酸によりP450sccを発現することを報告している(非特許文献2)。
なお、ES細胞から間葉系幹細胞への分化については、中胚葉経由(meso)で誘導する系と外胚葉経由(ecto)で誘導する系が知られている(非特許文献4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】国際公開WO2005/085425
【特許文献2】特開2006-122040
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Genes Cells 2, 95-106 (1997)
【非特許文献2】Molecular and Cellular Biology Vol. 17, No. 7, 3997-4006 (1997)
【非特許文献3】Endocrinology 147(9):4104-4111 (2006)
【非特許文献4】Cell. 2007 Jun 29;129(7):1377-88.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
Crawfordらが、SF-1を安定導入したES細胞は、培地に細胞外基質を加えた時にプロジェステロンを合成したが(非特許文献2)、コレステロールの輸送系がないことから自律的にステロイドホルモンを産生することはできなかった。また、この実験の再現は難しく、本発明者らも効率的に追試できていない(後記の比較例1を参照)。
これらの結果は、SF-1により多能性幹細胞から直接ステロイドホルモン産生細胞を分化させることが難しいことを示す。
一方、本発明者らは間葉系幹細胞からステロイドホルモン産生細胞を創りだせることを明らかにしているが(特許文献1、非特許文献3)、以下のようないくつかの問題点を含んでいる。
(1)間葉系幹細胞は、多能性幹細胞とは異なり無限に増殖させることができないため、将来細胞治療などに利用する場合、十分量の細胞数を準備することが難しい。
(2)従来の方法では、プラスミドやレトロウイルスに組み込んだ遺伝子を細胞中の染色体にランダムに導入するため、染色体の様々な位置に外来遺伝子が挿入されてしまい、挿入された場所によっては、細胞のがん化を引き起こす可能性も生じるため、将来の移植を考えると従来法をそのまま利用することは難しい。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の問題(1)については、多能性幹細胞を利用できれば、無限に増殖できるため、十分量の多能性幹細胞をもとにステロイドホルモン産生細胞を創りだせば、移植等に十分の細胞を確保することができる。
上記問題(2)については、多能性幹細胞特有の性質である相同組み換え等を利用して、染色体の特定の部位のただ一か所に外来遺伝子を挿入することにより、細胞がん化等の危険性をほぼ完全に回避することができる。
そこで、本発明者らは、多能性幹細胞(ES細胞)から間葉系幹細胞に分化誘導を行った後に、SF-1を発現させてステロイドホルモン産生細胞を分化させることを考えた。
そのため、遺伝子挿入による細胞に対する悪影響がなく、導入した遺伝子が恒常的に発現することのできる多能性幹細胞のRosa26・locusにSF-1と外部の薬剤によりSF−1遺伝子の発現を制御できる遺伝子群(以下「薬剤制御性遺伝子群」という。)を導入して、薬剤によりコンディショナルにSF-1を発現することができるES細胞を作製し、これを間葉系幹細胞に分化誘導し、その後SF-1を発現させてステロイドホルモン産生細胞に分化させることに成功し、本発明を完成させるに至った。
【0007】
即ち、本発明は、ROSA26 locusにSF−1遺伝子(配列番号1)と外部の薬剤によりSF−1遺伝子の発現を制御できる遺伝子群を挿入した多能性幹細胞を用意する第1段階、該多能性幹細胞を該薬剤による制御によりSF−1遺伝子の発現を抑制して、間葉系幹細胞に分化誘導する第3段階、及び前段階で得られた細胞を該薬剤による制御によりSF−1遺伝子の発現を促進して、ステロイドホルモン産生細胞に分化誘導する第4段階から成る、多能性幹細胞をステロイドホルモン産生細胞に分化誘導する方法である。
第3段階において、コラーゲン上で4日以上培養する又はレチノイン酸の存在下で培養することにより、間葉系幹細胞に分化誘導することが好ましい。
第3段階の前に、さらに、前記多能性幹細胞を該薬剤による制御によりSF−1遺伝子の発現を抑制して培養してもよい。
第4段階において、前記細胞を更にcAMPで刺激してもよい。
【0008】
更に、得られたステロイドホルモン産生細胞にステロイドホルモンを産生させて、ステロイドホルモンを得る第5段階を含んでもよい。
また、本発明は、ROSA26 locusにSF−1遺伝子(配列番号1)と外部の薬剤によりSF−1遺伝子の発現を制御できる遺伝子群を挿入した多能性幹細胞であって、
外部の薬剤によりSF−1遺伝子の発現を制御できる遺伝子群がテトラサイクリン制御性トランス活性化因子(tTA)遺伝子(配列番号2)とTetO配列(配列番号3)の繰り返し配列であって、ROSA26 locusに更にテトラサイクリン制御性トランス活性化因子(tTA)遺伝子(配列番号2)が挿入され、SF−1遺伝子を発現させるプロモーターがその上流にTetO配列(配列番号3)の繰り返し配列を有する多能性幹細胞である。
【発明の効果】
【0009】
本発明の方法により、従来不可能であった、多能性幹細胞からステロイドホルモン産生細胞への分化誘導が可能になった。
多能性幹細胞は無限に増殖できるため、十分量の多能性幹細胞をもとにステロイドホルモン産生細胞を創りだすことで、移植等に十分の細胞を調製することができる。
本発明では、染色体の特定の部位のただ一か所に外来遺伝子を挿入するため、細胞がん化等の危険性をほぼ完全に回避することができるため、将来の移植に用いる上で大きなメリットとなる。
多能性幹細胞から、がん化する危険性などの極めて少ないステロイドホルモン産生細胞を作れるようになったことから、これを再生医療に応用して、先天性ステロイドホルモン欠損症の患者や、副腎皮質ホルモンの投与により一時的に副腎皮質ホルモン合成が低下している患者に移植することで、安全性の高い新たな治療法の開発が可能となる。
副腎皮質ホルモンが産生されない先天性副腎皮質ホルモン欠損症の場合、継続的なホルモン補充療法が必要であるが、本発明のホルモン産生細胞を用いた再生医療は患者の負担を減らすことが期待される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】実施例1で、SF−1遺伝子(配列番号1)と薬剤制御性遺伝子群を組み込んだES細胞の調整方法の概略を示す図である。AはROSA26 locus(約11Kb)の概略を示す。BはKnock-in Vector(図2)を示す。DはExchange Vector(配列番号4)を示す。tTA: テトラサイクリン制御性トランス活性化因子の遺伝子(配列番号2)、loxP及びloxPV: Cre組み換え酵素の認識配列、hCMV*-1: テトラサイクリン制御性トランス活性化因子が結合するTetO配列(配列番号3)を7回繰り返した配列を5'側に持つサイトメガロウイルスのプロモーター、Hygro: ハイグロマイシン耐性遺伝子、pA:ポリアデニレーション配列と、上流の遺伝子にpolyAを付加する。IRES(internal ribosomal entry site):たんぱく質合成を開始するためのリボソーム複合体の形成部位又は進入部位であり、その下流遺伝子を合成することを可能にする配列、その上流と下流の遺伝子を同時に共発現させることが可能となる。GFP: 緑色蛍光タンパク質をコードする遺伝子
【図2】実施例1で用いたKnock-in Vectorの地図である。CVM*-1 promoter部分(6683-7115)は、CMV ptomoterの5'側にTetO配列(配列番号3)を7回繰り返した配列(6683-6977)を有する。
【図3】培養後の組換えES細胞の蛍光顕微鏡写真である。Normは、明視野での顕微鏡観察、Venusは、蛍光顕微鏡による蛍光観察を示す。0 dayはES細胞をシャーレに捲いた状態、2 days TC+は、テトラサイクリン存在下で2日間培養したのちのES細胞、2 days TC-は、テトラサイクリン非存在下に2日間培養したのちのES細胞を示す。
【図4】実施例1で組み換えたES細胞のSF−1の発現を確認した電気泳動図である。
【図5】用意したES細胞を中胚葉経由(meso)と外胚葉経由(ecto)で間葉系幹細胞へ分化したことを確認した電気泳動図である。PDGFR-αは、血小板由来増殖因子(PDGF)α受容体を示し、PDGF-βは、血小板由来増殖因子βを示す。
【図6】組み換えたES細胞のステロイド合成系遺伝子(P450scc)の発現を確認した電気泳動図である。+は、テトラサイクリン存在下、-はテトラサイクリン非存在下で2日間培養後、Aはテトラサイクリン非存在下でさらにcAMPの刺激を加えた場合を示す。
【図7】組み換えたES細胞の各種ステロイド合成系の遺伝子の発現を確認した電気泳動図である。
【図8】比較例1で、ES細胞に直接SF-1遺伝子を導入した場合の、ステロイドホルモン合成系の遺伝子の発現を調べた電気泳動図である。CはSF-1が発現している状態、Aは更にcAMPで刺激を加えた場合を示す。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明の方法を、ROSA26 locusにSF-1遺伝子と薬剤制御性遺伝子群を挿入した多能性幹細胞を作製する段階(第1段階)、この細胞を当該薬剤による制御下でSF-1を発現させずに培養する段階(第2段階)、多能性幹細胞を間葉系幹細胞へ分化させる段階(第3段階)、該薬剤による制御下でSF-1を発現させて間葉系幹細胞をステロイドホルモン産生細胞に分化させる段階(第4段階)、及びステロイドホルモン産生細胞からステロイドホルモンを得る段階(第5段階)、の各段階ごとに説明する:
【0012】
第1段階:
この段階では、多能性幹細胞にSF-1遺伝子(配列番号1)と外部の薬剤によりSF−1遺伝子の発現を制御できる遺伝子群(薬剤制御性遺伝子群)を組み込む。
多能性幹細胞は、ES細胞であることが好ましいが、一旦分化した細胞を初期化して得られるiPS細胞(特許第4183742号等)であってもよい。
薬剤制御性遺伝子群は、多能性幹細胞において薬剤により目的の遺伝子の発現を制御できる作用をもつ蛋白質あるいはその認識配列の遺伝子のことをいう。
このような薬剤による制御は、通常、薬剤の存在又は非存在(又は、添加/無添加)により、SF-1遺伝子を発現させるためのプロモーターをOn/Offすることにより行われる。
このような薬剤(及び薬剤制御性遺伝子)として、例えば、エクダイソン(エクダイソン受容体遺伝子(NM_165461)及びエクダイソン応答性配列(Genes Dev. 1991 Jan;5(1):120-31.):エクダイソンを加えることで、エクダイソン受容体が活性化され、エクダイソン応答性配列に結合し、下流に挿入した目的遺伝子の発現を誘導する)、デキサメサゾン(グルココルチコイド受容体遺伝子(NM_000176)及びグルココルチコイド応答性配列(J Steroid Biochem. 1989 May;32(5):737-47.):デキサメサゾンを加えることで、グルココルチコイド受容体が活性化され、グルココルチコイド応答性配列に結合し、下流に挿入した目的遺伝子の発現を誘導する)、亜鉛などの重金属の金属イオン(メタロチオナイン応答性配列(Nature. 1985 Oct 31-Nov 6;317(6040):828-31):亜鉛などの重金属の金属イオンを加えることで、細胞内に普遍的に存在するMTF-1(NM_005955)(この場合はほとんどの細胞でMTF-1が発現しているため、遺伝子として導入する必要がない)が金属イオンにより活性化され、メタロチオナイン応答性配列に結合して、下流に挿入した目的遺伝子の発現を誘導する)、テトラサイクリンなどを挙げることができる。
このなかで、テトラサイクリンとその薬剤制御性遺伝子群(テトラサイクリンの認識配列であるTetO反復配列(配列番号3)、テトラサイクリン制御性をもたらすtTA遺伝子(配列番号2))は、薬剤非存在下になって初めて発現誘導される系として使うことができ、分化誘導した細胞を薬剤の非存在下で利用することが可能なため好ましい。
【0013】
本発明の方法に用いる誘導因子である転写因子(SF-1)は生殖腺・副腎型のステロイドホルモン産出細胞に発現するオーファン核内レセプターであり、ステロイドホルモン産出酵素の転写を司ることが知られている(Endocrine Reviews vol.18, No.3, 361-377 (1997); The FASEB Journal vol.10 1569-1577 (1996))。SF-1は間葉系幹細胞と動物種が違っても、基本的に結合するDNAの標的配列が共通なため、同じ効果が得られるものと考えられる。
本発明のシステムにおいては、挿入した遺伝子SF-1を薬剤の有無により自在に発現を制御する。本発明の好ましいシステムでは、挿入したSF-1遺伝子の上流にTetO反復配列を有し、その配列にテトラサイクリン非存在下にだけ結合してSF-1遺伝子の転写を促進することができるテトラサイクリン制御性トランス活性化因子(tTA)遺伝子を挿入する。そのため、テトラサイクリン存在下ではtTAは働かず、テトラサイクリン非存在下でSF-1遺伝子が発現誘導されるため、薬剤の有無により自在にSF-1遺伝子の発現を制御することができる。
【0014】
これら遺伝子を、ROSA26遺伝子座(マウスやラットでは6番染色体、ヒトでは3番染色体に存在する。ROSA26 locusは約11kbの領域を占めている。)のただ一か所に導入する。具体的には、これら遺伝子を、ROSA26 promoterの3'側に挿入するが、好ましくは、後ろの部分を取り除いてROSA26 locusをそっくり挿入遺伝子と入れ替える。この挿入場所は、その場所に遺伝子挿入などの変化が生じても、細胞に対する悪影響がないことが知られており好ましい。この場所に遺伝子を挿入することにより、導入した外来の遺伝子が、恒常的に発現することになる。挿入された場所によっては、速やかに発現が抑制される場合が多々あるが、この遺伝子座は、そのような制御を受けることがない。
【0015】
第2段階:
この段階では、第1段階で得られた組換え多能性幹細胞を当該薬剤による制御下でSF-1を発現させずに培養する。この段階は、この組換え多能性幹細胞を生存させる保存の目的であるため、任意である。
培地としては、ゼラチンコートを行ったシャーレ上で、GMEM(Wako)に2%〜20%のFBS(BizScience)と100U/ml〜10000 U/mlのLIF(Wako)を加えた培地が好ましい。
培地中の薬剤濃度は、通常0.0001〜0.01mM、好ましくは0.001〜0.003mMである。
【0016】
第3段階:
この段階では、上記の多能性幹細胞を、間葉系幹細胞へ分化させる。
この段階では、上記薬剤による制御により、SF-1を発現させないことが肝要である。多能性幹細胞(ES細胞)の状態でSF-1が発現すると、ES細胞の増殖維持に悪影響を及ぼし、多能性幹細胞(ES細胞)の増殖が止まりやがて死滅する。このことは、ES細胞にSF-1を発現させてもステロイドホルモン産生細胞にならない(非特許文献2)ことを説明していると考えられる。
多能性幹細胞(ES細胞)を間葉系幹細胞へと分化誘導するには2つの方法があり、中胚葉経由(meso)で誘導する系と外胚葉経由(ecto)で誘導する系が知られている(非特許文献4)。
中胚葉経由で間葉系幹細胞への誘導を行う場合には、コラーゲンコートしたシャーレで4日以上培養すると、中胚葉経由で間葉系へと分化する。
外胚葉経由で間葉系幹細胞への誘導を行う場合には、2日間コラーゲンコートしたシャーレで培養した後、レチノイン酸を加えてさらに3日間培養を継続すると、外胚葉経由で間葉系幹細胞へと分化する。レチノイン酸は、遺伝子の転写を制御して高等動物の増殖や分化を調節する機能を持つ。多能性幹細胞をレチノイン酸存在下で培養することで、多能性幹細胞を間葉系幹細胞へと分化させることができる。
このうち、外胚葉経由で間葉系幹細胞への誘導を行う方法が効率が高いので好ましい。
培地中の薬剤の濃度は前段階と同じ範囲であり、培地中のレチノイン酸の濃度は、通常10〜500mM、好ましくは75〜150mMである。
【0017】
第4段階:
この段階では、間葉系幹細胞を薬剤による制御によりSF-1を発現させて培養し、間葉系幹細胞はステロイドホルモン産生細胞に分化する(特許文献1、非特許文献3)。
培地としては、レチノイン酸とテトラサイクリンを含まないα-MEMに2〜20%FBS、2-メルカプトエタノール(5〜500μM, SIGMA)が好ましい。
【0018】
なお、間葉系幹細胞をステロイド産生細胞に分化させるために、間葉系幹細胞を更にcAMPで刺激してもよいし、間葉系幹細胞を哺乳類の生殖器官に移植してもよい。
in vitroで行う場合、例えば、ヒト由来のものは10%FBS含有のDMEM (Dulbecco's Modified Eagle's Medium)、マウス由来のものは10%FBS含有のIMDM(Iscove's Modified Dulbecco's Medium)又はDMEMを培養液として用いてもよい。培養条件は通常の培養細胞と同じく温度37℃、CO2濃度5%のインキュベーターで培養を行うことができる。
SF-1の濃度は細胞1×105細胞あたり約0.1〜10μg、好ましくは1μg程度、cAMPの濃度は約0.5〜2.0mM、好ましくは1mM程度である。
一方、間葉系幹細胞を哺乳類の生殖器官に移植すると、何らかの因子が細胞に働いて(器官移植の場合は、周囲の細胞との相互作用など)、SF-1が幹細胞に発現してくるようになり、SF-1を介してステロイドホルモン産生細胞に分化することができる。
間葉系幹細胞の分化においてcAMPは補助的なものである。また、cAMPは、濃度の違いはあれ、細胞内に必ず存在しており、cAMPの場合は外部から加えなくとも、何らかの原因で細胞内の濃度が上昇することもよくある。
間葉系幹細胞が分化するステロイド産生細胞として、副腎皮質細胞、卵巣顆粒膜細胞、卵巣夾膜細胞、精巣ライディッヒ細胞、精巣セルトリ細胞等が挙げられる。
【0019】
第5段階:
得られたステロイドホルモン産生細胞から、常法に従ってステロイドホルモンを産生することができる。
ステロイドとして、プロゲスチン、アンドロゲン、エストロゲン、グルココルチコイド、ミネラルコルチコイドなど、コレステロールから合成されるすべてのステロイドホルモン等を得ることができる。
【実施例】
【0020】
以下、実施例にて本発明を例証するが本発明を限定することを意図するものではない。
以下の実施例において、間葉系幹細胞への分化は、血小板由来増殖因子α受容体(PDGFR-α)と血小板由来増殖因子β(PDGF-β)の遺伝子発現を、表1に示すプライマーを用いたRT-PCRによって調べた。
【表1】

【0021】
また各種ステロイドホルモン合成酵素の遺伝子発現は、表2に示すプライマーを用いたRT-PCRによって調べた。
【表2】

【0022】
実施例1
以下の手順により、ES細胞にSF−1遺伝子と薬剤制御性遺伝子群を組み込み、このES細胞を薬剤(テトラサイクリン)の存在下で一旦間葉系幹細胞に分化させ、その後、薬剤(テトラサイクリン)を除去してSF−1を発現させて、この間葉系幹細胞をステロイドホルモン産生細胞に分化させた。
【0023】
工程1
この工程では、ES細胞にSF-1遺伝子(配列番号1)と薬剤制御性遺伝子群tTA(配列番号2)を組み込み、薬剤(テトラサイクリン)によりコンディショナルにSF-1を発現することができるES細胞を作製した。組み換え操作の概略を図1に示す。Knock-in Vector(図1B、図2)(75μg)をエレクトロポーレーション(800V、3μF)でマウス由来のES細胞(図1A)に導入した。その後ハイグロマイシンB(100μg/ml)存在下でGMEM(Wako)、10%FBS(BizScience)にLIF(1000U/ml, Wako)を加えた培地で7〜10日間培養し、ROSA26 locus(図1A)にKnock-in Vector(図1B、図2)が挿入された(ROSA-TET locus)ES細胞株(図1C)を樹立した。
このES細胞(図1C)を、ゼラチンコートを行ったシャーレ上で、GMEM(Wako)に10%FBS(BizScience)とLIF(1000U/ml, Wako)を加えた培地で培養した。テトラサイクリン(1μg/ml(SIGMA)存在下で、一晩培養を行った後、ラットSF-1遺伝子(Gene Bank NM_053344,配列番号1)のコーディング領域(配列番号1の1〜1389番目)を組み込んだExchange Vector(図1D、配列番号4)とpCAGGS-Cre(熊本大学医学部、荒木喜美先生より供与)それぞれ5μgをLipofectoamin 2000(インビトロジェン)・10μl、GMEM・125μlと混合して15分置いた後、培地に加えてトランスフェクションを行った。
その結果、(ROSA-TET locus)ES細胞(図1C)に、SF-1遺伝子が挿入された(図1E)。
【0024】
2日後に、テトラサイクリン(TC,SIGMA社製)存在下(0.002mM)、ピューロマイシン(1.5μg/ml, SIGMA)で10〜14日間セレクションを行った。そして、生き残ったコロニーのピックアップを行い24ウエルプレートに移した。この後、増殖したクローンをテトラサイクリン非存在下で6ウエルプレートに播き、2日後に、蛍光顕微鏡(Zeiss社製)で観察して、組み換えの成否を、テトラサイクリンの除去による蛍光タンパク質の発現とハイグロマイシンBの感受性を確かめることによって調べた。
この段階では、多能性幹細胞での、SF-1遺伝子の発現を抑制するために、テトラサイクリン存在下(0.002mM)で培養する。テトラサイクリン存在下では、導入したSF-1遺伝子プロモーターが働かず、発現しない。
【0025】
蛍光顕微鏡写真を図3に示す。
テトラサイクリン存在下で2日間培養したもの(2 days TC+)は、GFPは発現せず、蛍光は観察されない。
一方、テトラサイクリン非存在下に2日間培養したもの(2 days TC-)は、テトラサイクリン非存在下なので、GFPは発現し、ES細胞は蛍光を発している。
さらに、細胞からRNAを回収し、RT-PCRによりSF-1の発現を確かめた(図4)。
また、これらのクローンをハイグロマイシン存在下で培養したところ、死滅したことから、これらはハイグロマイシンに対する感受性があり、正しい位置で組み換えが行われているものと考えられる。
【0026】
工程2
この工程では、前工程で用意したES細胞を間葉系幹細胞へ分化誘導した。
この時点で、テトラサイクリンを存在させないと(SF-1は発現している)、細胞は増殖せず、やがて死滅した。ES細胞の状態でSF-1が発現すると、ES細胞の増殖維持に悪影響を及ぼすため、ES細胞の増殖が止まりやがて死滅する。
一方、テトラサイクリン存在下で培養し続けた細胞は、増殖し続けた。SF-1を発現していないので、ES細胞の増殖に悪影響が出ない。
次に、これらの細胞を中胚葉経由(meso)と外胚葉経由(ecto)で間葉系幹細胞へ分化誘導した。
中胚葉経由(meso)で間葉系幹細胞を誘導するときは、4型コラーゲンでコートされたシャーレ(BD Bioscience)上で、α-MEMに10%FBS、2-メルカプトエタノール(50μM, SIGMA)とテトラサイクリン存在下で4日間の培養した。
一方、外胚葉経由(ecto)で間葉系幹細胞を誘導するときは、4型コラーゲン上で2日間培養した後に、培地にレチノイン酸(100nM, SIGMA)を加えさらに3日間培養した。
すると、どちらも間葉系幹細胞のマーカーであるPDGFRαが発現していたことから(図5)、ES細胞はこれらの系で間葉系幹細胞に分化できたといえる。なお、元のES細胞では、間葉系幹細胞のマーカーは全く発現していない(図5、ES)。
【0027】
工程3
次に、テトラサイクリンを除去しSF-1を発現させた。
培地の交換によりテトラサイクリンの除去を行った後、それぞれ3日後の細胞からRNAの抽出を行いRT-PCRによりステロイド合成系遺伝子(P450scc)の発現を調べた。方法は前工程と同じであるが、さらに、テトラサイクリンを除去した1日後に8br-cAMP(1mM)を加えさらに2日間培養することによりcAMPの刺激を加えて、発現を調べた。結果を図6に示す。
中胚葉経由の細胞と外胚葉経由の細胞のいずれにおいても、テトラサイクリン存在下(+)ではSF-1が発現していないため、ステロイドホルモン合成酵素(P450scc)の遺伝子発現は見られない。
一方、テトラサイクリン非存在下(-)で2日間培養した場合、SF-1が発現誘導されるのでP450sccも発現するが、中胚葉経由の細胞では、外胚葉経由の細胞にくらべP450scc遺伝子の発現は低かった。
さらにcAMPの刺激を加えた場合(A)、中胚葉経由の細胞でもP450sccの発現は高くなった。
外胚葉経由の細胞では、cAMPの刺激がなくとも、十分にP450scc遺伝子の発現が誘導された。
【0028】
次に、ステロイド合成系の各遺伝子(StAR, Hsd3b1, Cyp17, Cpy21, Cyp11b1, Cyp11b2nなど)の発現を調べた。外胚葉経由で分化させた細胞で、P450sccの発現量が、cAMPの刺激なしでも非常に高かったことから(図6)、ここでは外胚葉経由で誘導した間葉系幹細胞を用いた。
ES細胞を、4型コラーゲン上で2日間培養した後に、培地にレチノイン酸(100nM, SIGMA)を加えさらに3日間培養した。その後培地交換によりレチノイン酸とテトラサイクリンの除去を行った。テトラサイクリン除去後、それぞれ3日後の細胞からRNAの抽出を行いRT-PCRによりステロイド合成系の遺伝子の発現を調べた。結果を図7に示す。ステロイド合成系の各遺伝子の発現が確認された。
【0029】
比較例1
マウスのES細胞(EB3)を10%FBS(BizScience)とLIF(1000U/ml, Wako)を含む培地で培養し、そこにSF-1遺伝子を組み込んだレトロウイルス(タカラバイオ社製)を感染させて、SF-1遺伝子を発現するES細胞株を樹立した。SF-1を発現しているES細胞株からRNAを抽出し、RT-PCRにより、ステロイドホルモン合成系の遺伝子(StAR, P450scc, Hsd3B1, Cyp21, Cyp17)の遺伝子発現を調べた。結果を図8に示す。
ES細胞にSF-1を発現させてもステロイドホルモン合成系の遺伝子は発現誘導されなかった(C)。さらに8-Br-cAMP (1mMcAMP)を培地に加えて2日間細胞を刺激しても(A)、これらの遺伝子は発現誘導されなかった。このことから、ES細胞にSF-1を直接発現させてもステロイドホルモン産生細胞へとは分化誘導されないことが示された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ROSA26 locusにSF−1遺伝子(配列番号1)と外部の薬剤によりSF−1遺伝子の発現を制御できる遺伝子群を挿入した多能性幹細胞を用意する第1段階、該多能性幹細胞を該薬剤による制御によりSF−1遺伝子の発現を抑制して、間葉系幹細胞に分化誘導する第3段階、及び前段階で得られた細胞を該薬剤による制御によりSF−1遺伝子の発現を促進して、ステロイドホルモン産生細胞に分化誘導する第4段階から成る、多能性幹細胞をステロイドホルモン産生細胞に分化誘導する方法。
【請求項2】
第3段階において、コラーゲン上で4日以上培養する又はレチノイン酸の存在下で培養することにより、間葉系幹細胞に分化誘導する請求項1に記載の方法。
【請求項3】
第3段階の前に、さらに、前記多能性幹細胞を該薬剤による制御によりSF−1遺伝子の発現を抑制して培養する第2段階を含む請求項1又は2の方法。
【請求項4】
第4段階において、前記細胞を更にcAMPで刺激することを含む請求項1〜3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記薬剤による制御が、該薬剤の存在又は非存在により、SF−1遺伝子を発現させるためのプロモーターをOn/Offすることにより行われる請求項1〜4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記薬剤が、エクダイソン、デキサメサゾン、重金属の金属イオン又はテトラサイクリンである請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記薬剤がテトラサイクリンであり、外部の薬剤によりSF−1遺伝子の発現を制御できる遺伝子群がテトラサイクリン制御性トランス活性化因子(tTA)遺伝子(配列番号2)とTetO配列(配列番号3)の繰り返し配列であって、ROSA26 locusに更にテトラサイクリン制御性トランス活性化因子(tTA)遺伝子(配列番号2)が挿入され、SF−1遺伝子を発現させるプロモーターがその上流にTetO配列(配列番号3)の繰り返し配列を有し、テトラサイクリンの存在によりSF−1遺伝子の発現が抑制され、テトラサイクリンの非存在によりSF−1遺伝子の発現が促進される請求項1〜6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
更に、得られたステロイドホルモン産生細胞にステロイドホルモンを産生させて、ステロイドホルモンを得る第5段階を含む請求項1〜7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
前記多能性幹細胞がES細胞又はiPS細胞である請求項1〜8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれか一項に記載の方法を行うことから成るステロイドホルモン産生細胞の製法。
【請求項11】
ROSA26 locusにSF−1遺伝子(配列番号1)と外部の薬剤によりSF−1遺伝子の発現を制御できる遺伝子群を挿入した多能性幹細胞であって、
外部の薬剤によりSF−1遺伝子の発現を制御できる遺伝子群がテトラサイクリン制御性トランス活性化因子(tTA)遺伝子(配列番号2)とTetO配列(配列番号3)の繰り返し配列であって、ROSA26 locusに更にテトラサイクリン制御性トランス活性化因子(tTA)遺伝子(配列番号2)が挿入され、SF−1遺伝子を発現させるプロモーターがその上流にTetO配列(配列番号3)の繰り返し配列を有する多能性幹細胞。
【請求項12】
前記多能性幹細胞がES細胞又はiPS細胞である請求項11に記載の細胞。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−15630(P2011−15630A)
【公開日】平成23年1月27日(2011.1.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−161573(P2009−161573)
【出願日】平成21年7月8日(2009.7.8)
【出願人】(504145320)国立大学法人福井大学 (287)
【Fターム(参考)】