説明

多酸性新規清酒酵母及びこれを用いて製造する清酒の製造法

【課題】酸度の高い濃醇タイプの清酒の製造法を提供すること、さらに、この製造法を実現させる新規な酵母菌株を提供すること。
【解決手段】本発明は、コハク酸、乳酸、リンゴ酸の生産性が高く酢酸の生産量が低いサッカロミセス セレビシエに属する新規な酵母菌株FERM P−20988、及び該酵母菌株を用いる清酒の製造法等を提供する。本発明の酵母菌株を用いれば、酸度の高い濃醇タイプの清酒を製造することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な酵母菌株及び該酵母菌株を用いる濃醇タイプの清酒を製造する方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、全国のほとんどの清酒製造場では(財)日本醸造協会から販売されている「きょうかい酵母」を使用している。長年にわたり酸の生産能が低い菌株を選抜しているといわれており、現在のきょうかい酵母を用いても酸度の高い濃醇タイプの清酒を製造することはできない。
【0003】
酸度の高い清酒を製造するために多酸性酵母の開発が行われている。リンゴ酸を多く生産する酵母として、ジメチルコハク酸感受性変異株(相川元庸、水津哲義、市川英治、川戸章嗣、安部康久、今安聰:醗工,70,473(1992):非特許文献1)、又はシクロヘキシミド耐性株(吉田清、稲橋正明、中村欽一、野白喜久雄:醸協、88,645(1993):非特許文献2)を用いる方法などが行われている。また、変異処理した清酒酵母から、リンゴ酸脱水素酵素低生産性であって炭素源を唯一乳酸とした場合に生育しない清酒酵母株が分離されており、これを用いてリンゴ酸及び乳酸の多い清酒を製造する方法も提案されている(特許第3010549号公報:特許文献1)。
【0004】
これらの場合、変異処理を行い目的の特性を有する株を分離する方法がとられているが、変異処理を行なうと、一般に清酒もろみ中でのアルコール生成能やアルコール耐性という特性が失われることが知られている。
【0005】
HAP4遺伝子を組換え技術により形質転換することでリンゴ酸及びコハク酸を高生産する酵母も開発されている(特開2004−113004号公報:特許文献2)。しかし、組換え技術により得られた酵母で製造した清酒が日本の消費者には受け入れられないため、この酵母の実用化は極めて困難といえる。
【特許文献1】特許第3010549号公報
【特許文献2】特開2004−113004号公報
【非特許文献1】相川元庸、水津哲義、市川英治、川戸章嗣、安部康久、今安聰:醗工,70,473(1992)
【非特許文献2】吉田清、稲橋正明、中村欽一、野白喜久雄:醸協、88,645(1993)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
そこで、本発明の課題は酸度の高い濃醇タイプの清酒の製造方法を提供すること、さらに、その製造方法を実現させる新規な酵母菌株を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、検討を重ねた結果、これまでのように変異処理することなく清酒もろみ中で自然突然変異した株を分離することにより、清酒製造に従来から多用されていた酵母(例えば、協会9号酵母)よりもリンゴ酸、コハク酸及び乳酸を多く生成し、且つ酢酸の生成能の低い酵母菌株を見いだし、そして、この酵母菌株を用いて清酒を製造した場合、前述の課題を解決できることを発見した。
【0008】
即ち、本発明は以下に関する。
[1]受託番号FERM P−20988で表される酵母菌株。
[2][1]の酵母菌株を用いることを特徴とするアルコール飲料又は発酵食品の製造方法。
[3]清酒の製造方法である、[2]の方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明の酵母菌株は、コハク酸、乳酸、リンゴ酸の生産性が高く酢酸の生産量が低いという特性を有するので、これを使用すれば、酸度の高い濃醇タイプの清酒を製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明は、受託番号FERM P−20988で表される酵母菌株(以下、15BY14−6株と呼ぶ場合がある)を提供する。受託番号FERM P−20988で表される酵母菌株は、茨城県つくば市東1−1−1中央第6、独立行政法人産業技術総合研究所に寄託されている(受領日:平成18年8月11日)。
【0011】
本発明は、清酒もろみ中に含まれるサッカロマイセス セレビシエに属する酵母の自然突然変異した株を培地中で生育させ、この培養によりリンゴ酸高生産株を選別し、さらに、リンゴ酸、コハク酸、及び乳酸を多量に生産し、且つ酢酸の生産量が少ない菌株を取得したことに基づくものである。
【0012】
本発明の酵母菌株は、サッカロマイセス セレビシエに属し、通常の培養条件下では、以下の様な表現形質を有している:
(1)形態は5〜6μmの円形又は卵円形である。
(2)出芽により増殖する。
(3)TTC染色により赤色に染まる。
【0013】
本発明の酵母菌株は、TTC染色により赤色に染まることから、野生酵母ではなく清酒酵母であると考えられる。
【0014】
本発明の酵母菌株は、リンゴ酸、コハク酸及び乳酸を多量に生産する。その産生量は、従来の清酒製造に多用される協会9号株と比較して、それぞれ、約2.5倍、約1.2倍、約1.2倍である(該酵母菌を用いて製造された清酒中の濃度として比較)。その一方で、本発明の酵母菌株は酢酸の産生量が低く、その産生量は協会9号株と比較して、約0.1倍である(該酵母菌を用いて製造された清酒中の濃度として比較)(下記表4参照)。その結果、本発明の酵母菌株を用いれば、協会9号株等よりも酸度の高い濃醇タイプの清酒等のアルコール飲料や発酵食品を製造することができる。
【0015】
本発明の酵母菌株は、発酵力に優れており、日本酒度のきれ、及びグルコース消費量が、協会9号株よりも高い。また、清酒の製造工程における炭酸ガス減量の経過、得られる清酒中のエタノール濃度、及び香気成分含有量は、本発明の酵母菌株は協会9号株とほぼ同等である(下記実施例2参照)。
【0016】
また、本発明の酵母菌株では、協会9号株と比較して、下記表2に示すような遺伝子の発現量が変化している。
【0017】
本発明の酵母菌株は、通常の酵母の培養に用いられる自体公知の方法により培養することができる。例えば、本発明の酵母菌株は、YM−10培地や麹エキス培地中、好気性条件下で約20〜30℃にて培養することができる。
【0018】
本発明の酵母菌株は、優れた発酵力を有しており、リンゴ酸、コハク酸及び乳酸を多量に生産し、酢酸の産生量が低いという特性を有しているので、本発明の酵母菌株を用いれば、酸度の高い濃醇タイプのアルコール飲料(清酒、焼酎、ビール、ワイン、ウイスキー等)又は発酵食品(パン等)を製造することができる。特に、本発明の酵母菌株は、清酒の製造に有用であり、本発明の酵母菌株を用いれば、酸度の高い、濃醇タイプの清酒を製造することができる。
【0019】
本発明の酵母菌株を用いたアルコール飲料及び発酵食品の製造は、一般的な製造方法に従って行うことができる。通常、該方法は、本発明の酵母菌株によるアルコール発酵工程を含む。例えば、清酒は通常、蒸米、米麹、および水を主な原料とし、麹を製造する工程である製麹工程により製造された麹の作用によって蒸米を糖化させて米糖化液を得(糖化工程)、米糖化液に酵母を作用させアルコール発酵させてもろみを得(発酵工程)、もろみを濾す等して固液分離(固液分離工程)することによって製造されるが、この発酵工程において本発明の酵母菌株が使用され得る。
【0020】
以下に実施例を挙げ、本発明を更に詳しく説明するが、本発明は下記実施例等に何ら制約されるものではない。
【実施例】
【0021】
(実施例1:15BY14−6株の取得)
福岡県内酒蔵の清酒もろみから採取したサンプルを滅菌水により適宜希釈した後、YMプレートに塗布し、30℃で3日間培養を行った。生育した213株を分離した。取得した213株をそれぞれ30mlのYM−10培地に一白金耳接種し、20℃で3日間静置培養後、遠心分離した上清を有機酸分析に供した。対照の協会7号株(K−7)のリンゴ酸、コハク酸、乳酸生産量(それぞれ99μg/ml、394μg/ml及び75μg/ml)より高いリンゴ酸、コハク酸、乳酸生産性のいずれかを示した菌株として、7株が得られた。また対照の協会9号株(K−9)のリンゴ酸、コハク酸、乳酸生産量(それぞれ152μg/ml、391μg/ml及び56μg/ml)より高いリンゴ酸、コハク酸、乳酸生産性のいずれかを示した菌株として、14株が得られた。一次スクリーニングで取得した合計21株を麹エキス培地(ボーメ7)30mlに一白金耳接種し、20℃で10日間培養後、遠心分離した上清を有機酸分析に供した。結果を表1に示す。
【0022】
【表1】

【0023】
表1において、リンゴ酸、コハク酸、乳酸の単位は(μg/ml)である。
表1に示すとおり、数株のリンゴ酸、コハク酸、乳酸生成量が、K−7及びK−9に比べ、増加していた。そのうち特に15BY14−6のリンゴ酸、コハク酸、乳酸生成量が、K−7及びK−9に比べ、バランスよく増加していた。香気成分の生成に関しては、15BY14−6はK−7及びK−9と遜色なかった。したがって、リンゴ酸、コハク酸、乳酸を多量に生成する自然突然変異した株、15BY14−6株を新規な清酒製造用菌株として選択した。
【0024】
15BY14−6株の形態は5〜6μmの円形または卵円形であり、出芽により増殖した。TTC染色性を調べたところ、赤色に染まったことから、野生酵母ではなく清酒酵母であると判断した。また、15BY14−6株はK−9株を使用した清酒もろみから分離されていることから、K−9株由来の可能性が極めて高いと考えられた。
【0025】
15BY14−6株の特性を調べるために、K−9株を対照としたDNAマイクロアレイによる遺伝子発現解析を行った。酵母菌株をYM-10培地(0.3% yeast extract,0.3% malt extract,0.5% Polypeptone,10% glucose) 30mlに一白金耳接種し、30℃で3日間静置して前培養を行った。次に、酵母密度が1×105cells/mlになるように100mlのYM-10培地に植菌を行い、30℃で静置培養を行った。30時間経過後サンプリングを行い、素早く4℃で遠心分離した。Total RNA はhot phenol 法で調製した。total RNAから標識cDNAを調製した。K−9株の方は Cy5で標識を行い、15BY14−6株の方は Cy3で標識を行った。2つの標識labeled cDNA を混合した後、DNA マイクロアレイとハイブリダイズを行った。DNA マイクロアレイを洗浄後、フルオロイメージアナライザ(FLA-8000 富士フィルム)で画像をスキャンし、画像解析ソフトArray vison(Amersham)で蛍光強度を定量化した。独立した実験を2回行った。
【0026】
DNAマイクロアレイによる遺伝子発現解析の結果、表2に示すような発現量の変化した遺伝子が抽出された。15BY14−6株はK−9に比べて表2に示すような遺伝子の発現量が変化した新規な菌株であることが確認された。尚、表中、「発現量増加」とはK−9株と比較して発現量が2倍以上であることを、「発現量減少」とはK−9株と比較して発現量が0.5倍以下であることをそれぞれ示す。この15BY14−6株は、FERM P−20988として産業技術総合研究所特許生物寄託センターに寄託されている。
【0027】
【表2】

【0028】
(実施例2:15BY14−6株を用いた清酒の製造)
前記変異株(15BY14−6)及び対照株協会9号(K−9)を用いて、表3に示す仕込配合で清酒の小仕込試験を行った。なお、上記協会9号酵母は、吟醸酒の製造に広く利用されかつ親株であると考えられるため、これを対照株として用いた。
【0029】
【表3】

【0030】
この清酒製造では、麹米には徳島精工株式会社製乾燥麹(精米歩合60%)を使用し、掛米には徳島精工株式会社製α化米(精米歩合60%)を用いた。発酵温度は13℃で行った。留添後、21日目に上槽した。小仕込試験における炭酸ガス減量の経過はK−7又はK−9に比較して差は認められなかった。このことから、今回新たに取得した株は十分実用性のある酵母であると判断した。製成酒の成分は、表4に示すとおりであった。生成したエタノール濃度に関して、取得した株はK−9と同等であった。日本酒度のきれ及びグルコースの消費量は取得した株の方がよく、発酵力に優れることが示された。取得した株はK−9よりコハク酸を1.2倍、乳酸を1.2倍、リンゴ酸を2.5倍多く生産し、好ましい酸ではない酢酸を0.1倍しか生産しなかった。酸度としては取得した株の方がK−9より高かった。香気成分の生産能力はほぼ同等であった。
【0031】
【表4】

【0032】
15BY14−6株を用いて製造された清酒は、K−9株の清酒に比べてコハク酸含量が1.2倍、乳酸含量が1.2倍、リンゴ酸含量が2.5倍及び酢酸含量が0.1倍であった。ビーカーレベルでの製造試験で得られた清酒(純米酒)を15℃で8ヶ月間貯蔵し、専門パネラー5名により官能評価を行った。評価は、良い方を1とし悪い方を5とする5段階で行った。その結果15BY14−6株の清酒の評価は平均2.2、K−9株の清酒の評価は2.5であり、15BY14−6株の方がやや濃醇で評価が優れていた。さらに、燗をつけての評価でも優れていた。
【産業上の利用可能性】
【0033】
本発明の酵母菌株は、コハク酸、乳酸、リンゴ酸の生産性が高く酢酸の生産量が低いという特性を有するので、該菌株を使用すれば、酸度の高い濃醇タイプの清酒を製造することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
受託番号FERM P−20988で表される酵母菌株。
【請求項2】
請求項1の酵母菌株を用いることを特徴とするアルコール飲料又は発酵食品の製造方法。
【請求項3】
清酒の製造方法である、請求項2の方法。

【公開番号】特開2008−99627(P2008−99627A)
【公開日】平成20年5月1日(2008.5.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−285986(P2006−285986)
【出願日】平成18年10月20日(2006.10.20)
【出願人】(591065549)福岡県 (121)
【出願人】(506284773)
【Fターム(参考)】