説明

大動脈瘤モデル動物

【課題】 ヒト大動脈瘤の病理組織像に近似した病理組織像を示す動物モデルおよびその作成方法を提供すること。
【解決手段】 腹部大動脈に動脈瘤を有し,大動脈瘤内に壁在血栓が形成されていることを特徴とする,大動脈瘤モデル動物が開示される。本発明はまた、腹部大動脈に動脈瘤を有し,大動脈瘤壁の循環不全状態を生じていること、大動脈瘤壁の外膜における脂肪細胞の占有面積が同じ動物の腹部大動脈の動脈瘤部以外の部位の外膜における脂肪細胞の占有面積の2倍以上であることを特徴とする,大動脈瘤モデル動物を提供する。本発明はまた、このような大動脈瘤モデル動物の作成方法も提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,腹部大動脈に大動脈瘤が形成されたモデル動物,およびその作成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
腹部大動脈瘤(AAA)は,65歳以上の男性の5−10%に見られる疾患であり,全人口の死因の第13位となっている。大動脈壁が脆弱となり破裂に至った場合の死亡率は80%を越える。現況では,外科手術が唯一の根治的治療であり,破裂時の救命率は30 -50 %と高率である。大動脈瘤の予防や内科的治療の開発のためには,その病態生理を理解することが重要である。腹部大動脈瘤は,遺伝,局所,全身因子が絡み合って進行している。男性,タバコ,高血圧は,大動脈瘤の危険因子として特に知られている。この複雑な病態のメカニズムを解明するために多くの研究がなされ,その手段として複数の動物モデルが大動脈瘤モデルとして使用されている(非特許文献 1:Alan Daugherty and Lisa A. Cassis ,Mouse Models of Abdominal Aortic Aneurysms. Arterioscler. Thromb. Vasc. Biol. 2004;24;429-434)。
【0003】
基礎実験として用いられている主な大動脈瘤動物モデル
【表1】

【0004】
これらのモデル動物は,血管壁を構成する内膜,中膜,外膜3層のうち,内膜の動脈硬化や中膜の炎症に焦点を置いて作成されたものである。最近発表された新しいモデルも既存の手法を組み合わせているにすぎない(非特許文献 2:Tanaka A, et al., J Vasc Surg 2009;50:1423-32.)。
【0005】
しかし,これらの動物モデルの最大の問題点は,ヒトの病理組織像の一部を再構成しているにすぎず,実際のヒト大動脈瘤の病理像とは異なっていることが指摘されている点である。具体的には,動物モデルにおいて内膜肥厚や中膜変性は,炎症等の影響によりヒト大動脈瘤と同様に再現されているが,ヒトの大動脈瘤の病理像の多くは,壁在血栓を有し,外膜に脂肪細胞の増加を認める。壁在血栓の増加,外膜の脂肪細胞の増加は病態との関連性が強いと考えられるにも関わらず,これまでの動物モデルでは再現されていない。またいずれのモデルもラットや,マウスといった小動物のモデルがほとんどであり,より大型の動物でも作成可能な大動脈瘤モデルが求められている。したがって大動脈瘤病態の解明や,破裂や増大を抑制する薬物療法の開発,さらにはステントグラフト内挿術のような血管内治療の開発に必要となる,よりヒトに近似した病理組織像を有する動物モデルの作成が必須である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Alan Daugherty and Lisa A. Cassis, Arterioscler. Thromb. Vasc. Biol. 2004;24;429-434
【非特許文献2】Tanaka A, et al., J Vasc Surg 2009;50:1423-32
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は,現状のモデル動物ではヒト腹部大動脈瘤の病理像が十分に反映されていないという従来の問題点を解決するために,ヒト大動脈瘤の病理組織像に近似した動物モデルの作成方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは,これまでヒトの大動脈瘤の臨床と基礎研究に従事しており,大動脈瘤外膜側のvasa vasorum(脈管の栄養をつかさどる脈管:VV)の閉塞を発見し,大動脈瘤の増大に血管壁局所の循環障害が関与していることを見いだした。さらに,動物モデルにおいて局所の循環障害を血管壁に生じさせる方法を見いだし,腹部大動脈瘤の形成に成功した。本発明の動物モデルの大動脈瘤病理組織像では,壁の内膜肥厚や中膜変性像に加え,従来の動物モデルでは認められなかった,壁在血栓の増加や外膜の脂肪細胞の増加が再現されている。これにより,ヒトの病理組織像により近似したモデル動物を作成することが可能となった。
【0009】
本発明は,腹部大動脈に動脈瘤を有し,大動脈瘤内に壁在血栓が形成されていることを特徴とする,大動脈瘤モデル動物を提供する。別の態様においては,本発明は,腹部大動脈に動脈瘤を有し,大動脈瘤壁の外膜における脂肪細胞の占有面積が同じ動物の腹部大動脈の動脈瘤部以外の部位の外膜における脂肪細胞の占有面積の2倍以上であることを特徴とする,大動脈瘤モデル動物を提供する。脂肪細胞の占有面積は,組織学的に,または超音波を用いて測定される。
【0010】
好ましい態様においては,本発明の大動脈瘤モデル動物においては,瘤部血管の直径が,同じ動物の腹部大動脈の動脈瘤部以外の部位の血管の直径の2倍以上である。血管の直径は,組織学的に,または超音波を用いて測定される。
【0011】
また好ましくは,本発明の大動脈瘤モデル動物においては,大動脈瘤壁においてMMP−9の発現が検出される。また好ましくは,本発明の大動脈瘤モデル動物においては,大動脈瘤壁においてPPARγ2の発現が検出される。
【0012】
また好ましくは、循環不全状態を反映して、瘤壁組織中のATP値や、Heme B値の低下が検出される。
【0013】
別の観点においては,本発明は大動脈瘤モデル動物の製造方法を提供する。この方法は,動物の腹部大動脈に切開口を設けてカテーテルを挿入し,切開口を縫合した後,カテーテル挿入部で大動脈を外側から糸で結紮することを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明のモデル動物は,従来のモデル動物に比し,ヒトの病理組織像と近似した病理組織像を示し,ウサギやイヌなどの大動物にも応用が可能であることから,動脈瘤の病態解明やメカニズムの解明のみならず,予防や治療薬の開発,さらにはステントグラフト内挿術などの血管内治療法の開発にも利用可能なモデルになり得る。また,従来のモデルを用いた基礎研究では見逃されてきた新たなメカニズムの解明や,治療薬の開発などにつながるものと期待される。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】図1は,本発明のモデル動物の作成手順を示す。
【図2】図2は,術後1〜4週の動脈切片(短軸)のエラスチンカワンギーソン染色(弾性線維染色)像を示す。
【図3】図3は,超音波により測定した術後1〜4週の最大血管径を示す。
【図4】図4は,4週間後に腎動脈下の腹部大動脈に形成された大動脈瘤を示す写真である。
【図5】図5は,手術後1,2,4週間後の腹部大動脈壁のエラスチンカワンギーソン染色(弾性線維染色)像を示す。
【図6】図6は,大動脈瘤壁の抗MMP-9抗体による免疫組織染色像を示す。
【図7】図7は大動脈瘤壁の外膜部分の走査電子顕微鏡写真を示す。
【図8】図8は,大動脈瘤部位の血管の超音波検査並びにエラスチカワンギーソン染色(弾性線維染色)の結果を示す。
【図9】図9は,大動脈瘤壁外膜における脂肪細胞の増加を示すエラスチカワンギーソン染色(弾性線維染色)像を示す。
【図10】図10は,大動脈瘤壁外膜における脂肪細胞の占有面積を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
モデル動物を作製する対象動物としては,ラット,マウス,モルモット,ハムスター,ウサギ,イヌ,サル、ブタなど,当該技術分野において入手可能な任意の実験動物を用いることができる。正常動物の他,免疫系,糖代謝,脂質代謝などに異常をもつ疾病モデル動物を用いてもよい。以下に,ラットを例として大動脈瘤モデル動物の作成方法を説明するが,当業者に理解されるように,この方法を適宜改変して,ラット以外の動物についても同様に大動脈瘤モデル動物を作成することができる。
【0017】
週齢8−12週の雄のスプラグドーリー(SD)ラットをベントバルビツール腹腔内投与により麻酔する。手術は以下の手順で行う(図1および実施例を参照)。
(a)仰臥位にて腹部正中切開にて開腹。腎動脈下から左右総腸骨動脈分岐部近傍まで腹部大動脈を周囲組織より剥離し,クランプで遮断の後,小切開口を開ける。そこから16−18Gの末梢静脈留置用カテーテルを大動脈内に挿入する。
(b)カテーテルを挿入の後,挿入した切開口を縫合糸で縫合する。
(c)カテーテル挿入部で大動脈を外側から糸で結紮して,カテーテルを固定する。
【0018】
カテーテルとしては,血管内に挿入するために用いられる医療用カテーテルないしカニューレの任意のものを用いることができる。プラスチックカテーテルが好ましいが,他の材質のカテーテルを用いてもよい。カテーテルの形状,直径および長さ,ならびに大動脈に形成する切開口の位置や大きさは,使用する動物の血管のサイズに合わせて適宜選択することができる。大動脈とカテーテルとを一緒に結紮する際には,血管壁外膜の外側のvasa vasorum(脈管の栄養を司る脈管)の血流が減少するように結紮するが、大動脈壁への血流が完全に遮断されて壊死してしまわないよう留意する。
【0019】
カテーテルを留置したまま血流を再開させ,継続して飼育すると,2〜4週間でヒト腹部大動脈瘤と類似した病理組織像を示す大動脈瘤が形成される。腎動脈下結紮により,腹部大動脈壁における循環障害が生じ,このことにより,外膜における脂肪細胞の増加および組織酸素代謝不全(循環不全)が惹起されて,大動脈瘤が形成されたと考えられる。本発明にしたがえば,モデル動物において,以下に示すようなヒト腹部大動脈瘤の病理組織学的特徴をもつ大動脈瘤を形成することができる。
【0020】
図2は,術後1〜4週の動脈切片(短軸)のエラスチンカワンギーソン染色(弾性線維染色)像を示す。血管径が拡大しており,瘤化が生じていることがわかる。図3は,超音波により測定した術後1〜4週の最大血管径を示す。術後約4週間で,元の大動脈径の約2倍に拡張した大動脈瘤が形成され,瘤内に壁在血栓の形成が認められる。図4は,4週間後に腎動脈下の腹部大動脈に形成された大動脈瘤を示す写真である。
【0021】
図5は,手術後1,2,4週間後の腹部大動脈壁のエラスチンカワンギーソン染色(弾性線維染色)像を示す。次第に大動脈中膜弾性線維(楕円部分)が被薄化していることが観察される。
【0022】
図6は,大動脈瘤壁を抗MMP-9 (matrix metaroproteinase-9:マトリックスメタロプロテナーゼ9)抗体により免疫組織染色を行った結果を示す。大動脈瘤壁の脂肪細胞の周囲でMMP-9発現が認められる(矢印部位)。MMP-9は脂肪細胞やマクロファージ、好中球等の炎症細胞により分泌される蛋白質分解酵素であり,エラスチンおよびコラーゲン等の細胞外マトリクス蛋白質を分解する活性を有する。この結果は,細胞外マトリクス蛋白質の分解が大動脈の構造的一体性の喪失に寄与しており,これが大動脈瘤の破裂の一因となっていることを示唆する。図7は大動脈瘤壁の外膜部分の走査電子顕微鏡写真を示す。外膜を構成するコラーゲン線維が、正常径大動脈壁と比べて、増加した脂肪細胞に圧排され、著しく傷害されている像が認められる。
【0023】
大動脈瘤部位の血管の超音波検査並びにエラスチカワンギーソン染色(弾性線維染色)により,大動脈瘤内に壁在血栓が形成されることが確認された(図8)。
【0024】
また,外膜における脂肪細胞の増加が認められた(図9および10)。ヘマトキシリンエオジン染色ならびに脂肪染色にて脂肪細胞の増加が確認されると共に,その占有面積が正常大動脈より有意に増加している。さらに,MALDI−IMSを用いて測定したところ,大動脈瘤部位の外膜にトリグリセリド(TG)の蓄積が認められ,大動脈瘤壁で脂肪細胞が増加していることを示す。また,大動脈瘤部位のVVにおけるリゾホスファチジルコリン(LPC)およびホスファチジルコリン(PC)の組成を調べたところ,動脈硬化性分解に特徴的なLPC(1−アシル16:0)およびPC(16:0/20:4)の分布プロファイルが認められた。
【0025】
上記の病理組織学的特徴ならびに脂質分布の特徴は,いずれもヒト腹部大動脈瘤において観察されるものと一致している。特に,壁在血栓の形成および外膜における脂肪細胞の増加は,従来のモデル動物では再現できなかったものであり,本発明にしたがって,よりヒトに類似した病理組織像を有するモデル動物を作成することが可能となった。
【実施例】
【0026】
以下に実施例により本発明をより詳細に説明するが,本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
【0027】
方法
質量顕微鏡分析(IMS)
血管サンプルは,次のようにして調製した。クリオスタット(CM1950;Leica,Wetzlar,Germany)を用いて組織ストリップを8μm厚の切片に切断した。次に切片を酸化インジウムスズ(ITO)コーティングガラススライド(Bruker Daltonics,Bremen,Germany)にマウントした。2,5−ジヒドロキシ安息香酸(2,5−DHB)溶液(50mg×mL−1,70%メタノール/0.1%トリフルオロ酢酸中)を,0.2mmノズル口径のエアブラシ(Procon Boy FWA Platinum;Mr.Hobby,Tokyo,Japan)を用いて切片にスプレーした。IMSは,直行するMALDI光源を備えたハイブリッド四重極飛行時間(TOF)質量分析機(QSTARXL;Applied Biosystems,Foster City,CA,USA)を用いて行い,正イオンモードにおいて出力調節可能なYAGレーザーを100Hzの繰り返し数でパルスした。二次元イオン密度画像は,BioMap(Novartis,Basel,Switzerland)を用いて作成した。
【0028】
生物学的分子の同定
ホスファチジルコリン(PC),コレステロールエステル(CE),およびトリグリセリド(TG)の同定は,MALDI−四重極イオントラップ(QIT)−TOF質量分析機(AXIMA−QIT;Shimadzu,Kyoto,Japan)を用いてタンデム質量分析(MS/MS)を行った。
【0029】
脂質分析
TG,総コレステロール(TC),および遊離脂肪酸(FFA)の量は,比色法により定量した。
【0030】
免疫蛍光染色
組織切片(8μm)は,リン酸緩衝化食塩水(PBS;pH7.4)中4%パラホルムアルデヒドで,室温で10分間固定化した。PBSですすいだ後,切片を10%ヤギ正常血清(Nichirei Biosciences,Tokyo,Japan)でプレインキュベーションし,マウス抗プロリル4−ヒドロキシラーゼ(線維芽細胞マーカー)(1:50;Acris Antibodies GmbH,Herford,Germany)およびウサギ抗PPARγ2(1:50;Life Span BioSciences,Seattle,WA,USA)とともに,4℃で一晩インキュベーションした。免疫反応性は,Alexa Fluor 488−コンジュゲート化抗マウス免疫グロブリンG(IgG)およびAlexa Fluor 594−コンジュゲート化抗ウサギIgG(分子Probes,Invitrogen,Carlsbad,CA,USA)を用いて可視化した。すべてのAlexa Fluor−コンジュゲート化二次抗体は,使用時に200倍に希釈した。スライドは,核染色試薬である4’,6−ジアミジノ−2−フェニルインドール(DAPI)を含むグリセロール系ベクタシールド(Vectashield)媒体(Vector Laboratories,Burlingame,CA,USA)中でマウントした。
【0031】
組織学的分析
vasa vasorum(VV)は,α平滑筋アクチンの染色により組織学的に調べた。VV中の内腔および中膜面積を測定した。内腔面積は内弾性板により囲まれた面積として定義され,中膜面積は外弾性板と内弾性板に囲まれた面積として定義される。頸部外膜VVと大動脈瘤外膜VVとの間でこれらの面積を比較した。
【0032】
実験動物および手順
体重620−800gの雄スプラグドーリーラットは日本SLC(Shizuoka,Japan)から購入し,餌および水は自由に与えた。ラットをジエチルエーテルおよびペントバルビタールで麻酔した。ラットに循環障害誘発性大動脈瘤を再形成するために,次の4群を試験した。
I群(対照群):ラットには開腹のみを行った。したがって,大動脈壁は,血管内腔からの直接の拡散,周囲組織,およびVV循環により栄養が供給される。
II群:大動脈壁を周囲組織から分離した。この群においては,大動脈壁は血管内腔からの直接拡散およびVV循環の両方により栄養が供給される。
III群:腹部大動脈を周囲組織から分離した後にプラスチックカテーテル(23G留置針,Medikit:Supercath,Tokyo,Japan)を挿入した。カテーテルの挿入により,大動脈の内側への内腔拡散が妨害され,大動脈はVVによってのみ栄養が供給される。
IV群:周囲組織から分離し,プラスチックカテーテルを挿入した後,腹部大動脈を5−0モノフィラメント糸でプラスチックカテーテルと一緒に結紮した。この群においては,腹部大動脈はVV循環によってのみ栄養を与えられる。ただし、結紮部より遠位側の大動脈VVへの血流は低下している。
【0033】
手術後,各ラットにおける腹部大動脈の最大直径を7日ごとに超音波で測定した(VisualSonics:Veno770,Toronto,Canada)。
【0034】
手術の4週間後,ラットを開腹して,大動脈を取り出し,2つの切片に分けた。結紮部位から遠位側は循環障害領域であると考えられ,プラスチックカテーテル挿入位置から近位側は,正常な循環を有する領域であると考えられる。サンプルをイソペンタン中で凍結し,−80℃で保存した。総脂質を抽出した後,FFAおよびTGの量を測定した。
【0035】
大動脈壁におけるATP含有量を測定するためには,液体窒素を腹部内腔に直接注入して,生きた組織を瞬間凍結し,動脈瘤形成を含む大動脈組織を取り出し,使用するまで−80℃で保存した。MALDI−IMSにより大動脈壁中のATPの分布を調べた。
【0036】
統計学的分析
結果は,StatViewソフトウエア(ver.5.0,SAS Institute,Cary,NC)を用いて分析した。
【0037】
結果
ラットにおける循環障害誘発性腎動脈下大動脈瘤
ラット腹部大動脈を用いて,動脈瘤形成に及ぼす循環障害の影響を調べた。試験した4群のうち,IV群のラットのみがプラスチックカテーテル挿入部の遠位側に腎動脈下大動脈瘤を形成した。
【0038】
大動脈循環障害を模倣するラットモデル(すなわちIV群)を用いて,大動脈組織における遊離脂肪酸(FFA)のレベルを測定した。大動脈組織におけるFFAのレベルは,プラスチックカテーテルを腎動脈下の腹部大動脈に挿入して結紮した後6時間で,対照ラットの2倍もの高さに上昇していた。FFAのレベルは,4週間まで上昇し続けた。
【0039】
ラット大動脈を超音波で経時的に観察すると,腹部大動脈はプラスチックカテーテル留置部位の下で徐々に拡張していた(図2)。4週間において,プラスチックカテーテル留置のすぐ下の大動脈面積は,最初のものの最大直径のほぼ2倍であった(図3)。
【0040】
IV群のラットの,手術の0,1,2,4週間後における腹部大動脈壁のエラスチカワンギーソン染色像を図5に示す。また,壁在血栓を有する薄い中膜弾性線維が認められた(図8)。
【0041】
IMSを用いて大動脈組織の外膜/内中膜におけるCE(コレステロールエステル),TG(トリグリセリド)およびPCを分析した。大動脈瘤部では頸部と比較して外膜における著しいTGの蓄積を示した。
【0042】
大動脈瘤外膜は,線維芽細胞マーカーであるプロリル4−ヒドロキシラーゼ(P4H)により陽性に染色され,PPARγ2についても陽性であった。この結果と,上述のFFAのレベルの上昇の結果を合わせると,循環障害の状態でFFA濃度が上昇し,線維芽細胞においてPPARγ2発現が誘導され,線維芽細胞から脂肪細胞への分化転換が生じていることが示唆される。
【0043】
外膜中の脂肪細胞の面積は顕著に増加していた(図9および10)。さらに,走査電子顕微鏡により,脂肪細胞が侵入した大動脈瘤外膜において変性したコラーゲン構造が示された(図7)。脂肪細胞はTNFαを分泌しており,脂肪細胞の周囲の組織ではMMP9も陽性染色を示した(図6)。腹部大動脈は,内側の血管壁(内膜),中間の層(中膜),および外側の血管壁(外膜)の3層から構成され,外側の外膜層が動脈引張強度に最も寄与することが知られている。したがって,この結果は,脂肪細胞の増加および炎症細胞の浸潤により大動脈壁中のエラスチンおよびコラーゲン線維が分解して,その構造的一体性を低下させ,このことにより動脈瘤の成長および破裂が促進されることを示唆する。
【0044】
α平滑筋アクチンの免疫染色により,ラットモデルの大動脈瘤壁の vasa vasorum (VV)の多くは狭窄していることが示された。また,平滑筋細胞の増殖により中膜肥厚が認められた。これはヒト大動脈瘤において観察されるものと同様である。高分解能MALDI−IMSを用いる測定により,閉塞した大動脈瘤の vasa vasorum 中のLPCおよびPCの主要な酸成分はC16:0(パルミチン酸)およびC20:4(アラキドン酸,AA)であると同定された。また,MALDI−IMSにより血液循環を評価したところ,頸部外膜と比較して外膜HemeBの分布が減少していた。さらに,大動脈瘤外膜ATPは劇的に枯渇していた。これらの結果を合わせると,大動脈瘤外膜において循環障害が生じ,その結果として組織酸素代謝不全が生じていることがわかる。循環障害誘発性組織代謝不全および続く慢性炎症は,大動脈の構造的一体性の喪失に寄与し,これが動脈瘤壁の破裂の可能性を増加させているのであろう。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明のモデル動物は,動脈瘤の病態解明のメカニズムの解明のみならず,予防や治療薬の開発,さらには新たな血管内治療法の開発に有用である。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
腹部大動脈に動脈瘤を有し,大動脈瘤内に壁在血栓が形成されていることを特徴とする,大動脈瘤モデル動物。
【請求項2】
腹部大動脈に動脈瘤を有し,大動脈瘤壁の外膜における脂肪細胞の占有面積が同じ動物の腹部大動脈の動脈瘤部以外の部位の外膜における脂肪細胞の占有面積の2倍以上であることを特徴とする,大動脈瘤モデル動物。
【請求項3】
瘤部血管の直径が,同じ動物の腹部大動脈の動脈瘤部以外の部位の血管の直径の2倍以上である,請求項1または2に記載の大動脈瘤モデル動物。
【請求項4】
大動脈瘤壁においてMMP−9の発現が検出される,請求項1−3のいずれかに記載の大動脈瘤モデル動物。
【請求項5】
大動脈瘤壁においてPPARγ2の発現が検出される,請求項1−4のいずれかに記載の大動脈瘤モデル動物。
【請求項6】
大動脈瘤壁において組織中のATPやHemeBの低下、すなわち循環不全が検出される、請求項1−5のいずれかに記載の大動脈瘤モデル動物。
【請求項7】
大動脈瘤モデル動物の製造方法であって,動物の腹部大動脈に切開口を設けてカテーテルを挿入し,切開口を縫合した後,カテーテル挿入部で大動脈を外側から糸で結紮することを特徴とする方法。




【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2012−235715(P2012−235715A)
【公開日】平成24年12月6日(2012.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−105426(P2011−105426)
【出願日】平成23年5月10日(2011.5.10)
【出願人】(504300181)国立大学法人浜松医科大学 (96)
【Fターム(参考)】