説明

大脳皮質電気刺激のための方法および装置

大脳皮質を刺激するための方法であって、(a)制御システム(7)により、電極アレイ(8)を通じて電気信号が大脳皮質(6)から収集されるステップと、(b)電極アレイに対応する仮想アレイを有する仮想神経場により刺激信号が決定され、仮想アレイが、収集信号を入力として受信し、仮想神経場が、大脳皮質標的内の神経作用の周波数スペクトルを制御するようになされ、それぞれの刺激信号が、仮想アレイのそれぞれの点の仮想電位の値によって決定されるステップと、(c)刺激信号が、電極アレイ(8)を通じて大脳皮質内で放出されるステップとを含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、大脳皮質を電気的に刺激するための方法および装置に関する。
【背景技術】
【0002】
脳電気刺激は、多数の神経疾患、とりわけパーキンソン病を治療するための方法として知られている。
【0003】
脳電気刺激は、脳深部刺激(DBS)および運動野硬膜外刺激(EMCS)を含む。
【0004】
DBSでは、電極が視床下核内で患者の脳内に深く埋め込まれ、これは長時間の重大な外科手術を必要とする。DBS方法の一例は、たとえば米国特許公開公報第2008/046025号明細書(Tassら)において開示されている。
【0005】
反対にEMCSでは、電極は硬膜上に浅く埋め込まれ、これはより迅速で低侵襲性の手術を必要とするだけであり、患者への危険性がより低い。EMCS方法の一例は、たとえばFranziniらによって開示されている(Neurol.Res.、2003年、25号、123〜26頁)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】米国特許公開公報第2008/046025号明細書
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Franziniら、Neurol.Res.、2003年、25号、123〜26頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、より詳細には、大脳皮質刺激(CS)に関する。
【0009】
本発明の1つの目的は、知られているCS方法の効率性を改善することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
この目的のために、本発明によれば、患者の大脳皮質内に、最終的に硬膜を貫通して埋め込まれる少なくとも1つの電極を有する電極アレイが、制御システムによって制御される、CSのための方法が提供され、この方法は、少なくとも以下の、
(a)少なくとも1個であるn個の電気信号がそれぞれ、前記電極アレイの別々の電極にて前記制御システムにより大脳皮質から収集される測定ステップと、
(b)前記制御システムが、測定ステップ(a)で電気信号を収集した電極アレイのそれぞれの電極に対応する、n個の点の仮想アレイを有する仮想神経場により、n個の刺激信号を決定する処理ステップであって、前記仮想アレイが、収集信号を、n個のそれぞれの点上の入力として受信し、前記仮想神経場が、大脳皮質内の神経作用の周波数スペクトルを制御するようになされ、それぞれの刺激信号が、仮想アレイのそれぞれの仮想点での前記仮想電位の値によって決定されるステップと、
(c)前記刺激信号が前記制御システムにより、仮想アレイのそれぞれの点に対応する前記電極アレイの別々の電極にて大脳皮質内で放出される刺激ステップとを含む。
【0011】
これらの性質のおかげで、
制御システムおよび電極アレイの埋込みは、重大な外科手術を必要とせず、電極アレイの埋込みが比較的浅いことにより、患者にとってより安全となり、
制御システムは、大脳皮質自体と同様のやり方で動作し、その活動はまた、連続的な神経場としてモデル化することができ(具体的にはWilsonおよびCowanの、Kybernetik、1973年、13巻(2号)、55〜80頁、ならびにAmari、Biol.Cybern.、1977年、27巻(2号)、77〜87頁を参照されたい)、これは、生物学的動作により近く、したがってより有用な制御システムの動作に寄与し、
制御システムは、大脳皮質との閉ループ内で動作して、必要なときのみ、たとえばパーキンソン病の治療の場合に振戦が存在するときのみ大脳皮質を刺激し、これにより、正常な運動野活動の撹乱を最低限に抑え、制御システムによる消費電力をより少なくするが、このことは、そのような制御システムが埋め込まれ電池で動作する場合特に重要であり、
電極アレイの電極の数に応じて、刺激方法の空間分解能を高くすることができ、(かつ、すべての電極が個別に制御されるので刺激は選択的であり)、大脳皮質内の電波のスケールに対応するメゾスコピックスケールで、大脳皮質活動を測定し刺激することを可能にし、このこともまた、そのような場合に本発明の効率性を高める。
【0012】
本発明の方法の様々な実施形態において、場合によっては以下のステップのうちの1つおよび/またはそれ以外に依拠することができる。すなわち、
nが少なくとも50であり、
電極アレイの同じ電極を通じて順に、それぞれの収集信号が収集され、対応する刺激信号が放出され、
前記電極アレイが、1mm当たり少なくとも4本の電極の電極密度を有し、
前記電極アレイが、大脳皮質上に、16〜1000mmの間で構成される表面積を覆い、
前記電極アレイが、1次運動野内に埋め込まれ、
前記測定ステップ(a)、処理ステップ(b)、および刺激ステップ(c)が、周期的に繰り返され、
前記測定ステップ(a)と前記刺激ステップ(c)の間に行われるトリガステップ(a’)で、前記収集信号によりトリガ条件が満たされた場合にのみ前記刺激ステップ(c)が実行され、
前記トリガステップ(a’)が、前記測定ステップ(a)と前記処理ステップ(b)の間で行われ、前記処理ステップ(b)が、前記トリガ条件が満足された場合にのみ実行され、
前記トリガステップ(a’)にて、制御システムが、収集信号の振幅を、少なくとも1つの所定の周波数に関して判定し、前記トリガ条件が、前記振幅が所定の閾値より大きいことを含み(そのような振幅はたとえば、前記所定の周波数に対応する一定の帯域幅内の、収集信号の周波数スペクトルの振幅とすることができる)、
仮想神経場が、所定の帯域幅内の大脳皮質の神経作用を弱め、または強め、
仮想神経場が、10Hzの標的周波数を含む前記所定の帯域幅内の、大脳皮質の神経作用を弱める。
【0013】
本発明の別の目的は、大脳皮質を刺激するための装置であり、この装置は、
患者の大脳皮質内に、最終的に硬膜を貫通して埋め込まれるようになされたn個の電極を備え、nが少なくとも1である電極アレイと、
前記電極アレイを制御する制御システムとを備え、前記制御システムは、
(a)n個の電気信号をそれぞれ、前記電極アレイの別々の電極から収集し、
(b)前記電気信号を収集する電極アレイのそれぞれの電極に対応する、n個の点の仮想アレイを有する仮想神経場によりn個の刺激信号を決定し、前記仮想アレイが、収集信号を、n個のそれぞれの点上の入力として受信するように構成され、前記仮想神経場が、前記大脳皮質内の神経作用の周波数スペクトルを制御するようになされ、それぞれの刺激信号が、仮想アレイのそれぞれの点での前記仮想電位の値によって決定され、
(c)仮想アレイの点に対応する前記電極アレイのそれぞれの電極を通じて、前記刺激信号を大脳皮質に放出するようになされる。
【0014】
本発明の装置の様々な実施形態において、場合によっては以下の構成のうちの1つおよび/またはそれ以外に依拠することができる。すなわち、
nが少なくとも50であり、
制御システムが、電極アレイの同じ電極を通じて順に、それぞれの収集信号を収集し、対応する刺激信号を放出するようになされ、
前記電極アレイが、1mm当たり少なくとも4本の電極の電極密度を有し、
前記電極アレイが、16〜1000mmの間で構成される表面積を有し、
制御システムが、収集信号の測定、刺激信号の決定、および刺激信号の放出を周期的に繰り返すようになされ、
制御システムが、収集信号によってトリガ条件が満たされた場合にのみ、前記刺激信号を放出するようになされ、
制御システムが、収集信号の振幅を、少なくとも1つの所定の周波数に関して判定するようになされ、前記トリガ条件が、前記振幅が所定の閾値より大きいことを含み(そのような振幅はたとえば、前記所定の周波数に対応する一定の帯域幅内の、収集信号の周波数スペクトルの振幅とすることができる)、
仮想神経場が、所定の帯域幅内の大脳皮質の神経作用を、弱めまたは強めるようになされ、
仮想神経場が、10Hzの標的周波数を含む前記所定の帯域幅内の、大脳皮質の神経作用を弱めるようになされる。
【0015】
本発明の別の特徴および利点は、添付の図面を参照しながら非限定的な実施例として示される、本発明の一実施形態の以下の詳細な説明から明らかになる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の一実施形態による、患者の頭部内への電気刺激装置の可能な埋込みを示す線図である。
【図2】図1の電気刺激装置を示す、患者の頭部の詳細断面図である。
【図3】図2の装置において使用可能な電極アレイの実施例を示す図である。
【図4】図2の電気刺激装置を示すブロック図である。
【図5】本発明による電気刺激装置による制御を伴うおよび伴わない大脳皮質の神経集団の活動のシミュレーションを、時間の関数として示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
図1に示すように、本発明は、大脳皮質刺激を行うための、すなわち患者Pの大脳皮質内に電気刺激を加えるための、ヒト患者Pの頭部2内に埋め込むことができる新規の電気刺激装置1を提供する。電気刺激装置1はたとえば、パーキンソン病、または本態性振戦、ジストニアなど他の運動障害、または他の神経学的もしくは神経心理学的障害を治療するために使用することができる。一変形形態では、電気刺激装置1は、大脳を増強する目的で、所定の周波数帯域幅内の大脳皮質活動を増大させるために使用することもできる。
【0018】
図2に示すように、患者の頭部2は、頭蓋骨4を覆う皮膚3を含む。頭蓋骨4は、硬膜5と呼ばれる厚い膜を覆い、硬膜5は大脳皮質6、すなわち脳の表面部分を覆う。電気刺激装置1は、たとえば脳の前頭葉の後部に位置する1次運動野と呼ばれる(一般にM1区域と呼ばれる)脳の特定の領域上など、任意の大脳皮質標的上に埋め込むことができる。
【0019】
図2に示すように、電気刺激装置1はたとえば、
たとえば患者2の頭部の皮膚3と頭蓋骨4との間に埋め込むことができる制御システム7と、
たとえば1次運動野など大脳皮質6の任意の適切な部分に対応して、頭蓋骨4と硬膜5との間または硬膜5と大脳皮質6との間に埋め込むことができる電極アレイ8と、
たとえば中央処理装置7と電極アレイ8との間の結線など接続部9とを備えることができる。
【0020】
制御システム7は、電池が装着された超小型電子回路である。
【0021】
電極アレイ8は、たとえば、
頭蓋骨4と硬膜5との間または硬膜5と大脳皮質6との間に配置される、剛性または好ましくは可撓性マットの形とすることができる基部プレート8aと、
基部プレート8aから下向きに大脳皮質6に向かって突出し、大脳皮質の表面を、最終的には大脳皮質と直接接触するように硬膜5を貫通することができる、少なくとも1つの、好ましくは複数の電極8bとを備えることができる。
【0022】
一変形形態として、電気刺激装置は、単一ブロック内に制御システム7および電極アレイを両方備え、頭蓋骨4と硬膜5の間または硬膜5と大脳皮質6との間に配置することができる、一体型装置とすることができる。
【0023】
電極アレイの基部プレート8aは、前記電極8bが制御システム7に個別に接続されるように結線9を個別に電極8bに接触させる超小型回路を含む。
【0024】
電極アレイ8は、患者の穿頭後に埋め込まれ、手術後は、結線9用に穴4aが頭蓋骨4内に残される。
【0025】
図3および図4に示すように、電極8bは、基部プレート8aから、たとえば1〜3mmなど、数ミリメートルの高さhだけ延びることができる。電極アレイ8は、1mm当たり少なくとも4個の電極(たとえば1mm当たり4〜100個の電極、好ましくは1mm当たり5〜50個の電極)の密度で、基部プレート8a上に配置された少なくとも50個の電極8b、好ましくは100個より多い電極を備えることができる。基部プレート8aは、数ミリメートル(たとえば約4mm〜約1cmなど)の幅l、および数ミリメートル(たとえば約4mmから数cmなど)の長さLだけ延びることができ、大脳皮質組織上で、16mm〜数cm(たとえば16〜1000mm、好ましくは16〜100mmなど)の間の表面積を覆う。
【0026】
電極アレイ8の上記電極密度で、それぞれの電極8bは、約100〜1000個のニューロンの神経集団に対応し、1次運動野の部分をメゾスコピックスケールでマッピングすることができる。したがって電極アレイは、大脳皮質から電気信号(電圧)を収集し、電気刺激信号を良好な空間分解能で、とりわけ大脳皮質内で生じる電気現象と同様のスケールの空間分解能で大脳皮質に送るのに、よく適合している。
【0027】
電極アレイは、たとえば米国のCybernetics Neurotechnology SystemsInc.によって市販されている「Utah」タイプの電極アレイなど、脳インプラントとして使用される既存の電極アレイと同様のものとすることができる。
【0028】
制御システム7(CPU)を、図4のブロック図に示す。制御システム7は、電池(図示せず)を備え、結線9(INT.)を通じてまたは他の任意の通信インターフェースを通じて電極アレイ8のそれぞれの電極8bと通信する、超小型自律電子回路とすることができる。制御システム7は、以下のモジュールを備え、その一部は、ソフトウェアまたはハードウェアモジュールのいずれかとすることができる。
【0029】
それぞれの電極8aによって収集されたアナログ電気信号を受信および増幅するための増幅器10(AMPL.)。この増幅器はまた、収集され増幅されたすべての信号をサンプリングし数値形式に変換するためのアナログ−数値変換器を備える(サンプリングレートは、たとえば約1kHzとすることができ、増幅は、収集され増幅された信号がたとえば1Vなどの最大振幅を有するようなものとすることができ、収集信号の最大振幅は、増幅前はたとえば約100μV(マイクロボルト)である)。
【0030】
増幅された信号を増幅器10から受信し、以下で詳細に説明する神経場方程式を解き、それぞれの電極8bのための電気刺激信号を放出するためのデジタル処理装置11(NFE)。この処理装置11は、収集信号を増幅器10による増幅後に受信するが、一変形形態では、この処理装置はアナログ回路であることがあり(具体的にはZouらの、Network:Computation in Neural Systems、Informa、2006年9月、17巻(3号)、211〜233頁を参照)、その場合、収集信号をアナログ形式で処理装置11に送信することができる。
【0031】
収集信号の過去の値を記憶するための、処理装置11に接続されたバッファ12(BUFF.)。
【0032】
収集信号の周波数解析を行うための、増幅器10の出力に接続されたトリガモジュール13(TRIG.)。このトリガモジュール13は、収集信号の周波数スペクトルの振幅が、一定の周波数範囲内の、たとえばパーキンソン病の治療の場合10Hz前後(たとえば8〜12Hz)の所定の閾値を超えないときに、処理装置11による刺激信号の算出(または少なくともそのような刺激信号の放出)を禁止するように、処理装置11に接続される。
【0033】
処理装置により送信された仮想電位信号を周波数信号値に変換するための、処理装置11の出力に接続された電圧−周波数変換器14(CONV.)。
【0034】
変換器14からのそれぞれの周波数信号を、変換器14により算出された周波数に対応する瞬時周波数を有する一連の電圧パルスに変換するための、変換器14の出力に接続された刺激モジュール15(STIM.)。この刺激信号は、刺激パラメータモジュール15によって、電極アレイの対応する電極8bへと送信される。前記刺激モジュール15はまた、電気刺激(たとえば最大周波数、振幅、パルス幅など)のパラメータを管理するように適合させることができる。この刺激モジュールは、そのようなパラメータを調整するために、(たとえば無線通信による、または誘導通信による)非接触リンクを通じて、外部装置(図示せず)によって作動させることができる。
【0035】
電極8bからの収集信号の受信が、同じ電極への刺激信号の送信と異なる時間に生じることを保証するための、たとえば時計など同期モジュール16(SYNC.)(それぞれの電極は、大脳皮質から信号を収集するためおよび刺激信号を大脳皮質に送信するために、交互に使用される)。
【0036】
ここで、電気刺激装置1の動作を説明する。
【0037】
この動作は、制御システム7により周期的かつ連続的に繰り返される、4ステップのサイクルを含む。
【0038】
(a)前記制御システム7によって、n個の電気信号がそれぞれ、前記電極アレイ8の別々の電極8bを通じて大脳皮質6から収集される測定ステップ。nは実際、電極アレイ8の電極8bの数とすることができる。
【0039】
(a’)制御システム7(およびより詳細にはトリガモジュール13)が、収集信号の振幅を少なくとも1つの所定の周波数(たとえば10Hzなど)に関して判定し、前記振幅が所定の閾値よりも大きいかどうかをチェックするトリガステップ(そのような振幅はたとえば、前記所定の周波数に対応する、たとえば8〜12Hzなど一定の帯域幅内の、収集信号の周波数スペクトルの振幅とすることができる)。その振幅が所定の閾値よりも大きい場合、刺激ステップ(c)および場合によっては処理ステップ(b)を禁止することができ、処理は再びステップ(a)にて開始する。そうでなければ処理はステップ(b)に進む。
【0040】
(b)前記制御システムが、測定ステップ(a)で電気信号を収集した電極アレイのそれぞれの電極に対応する、n個の点の仮想アレイを有する仮想神経場により、n個の刺激信号を決定する処理ステップ。前記仮想アレイは、収集信号を、n個のそれぞれの点上の入力として受信し、前記仮想神経場は、前記大脳皮質標的内の神経作用の周波数スペクトルを制御するようになされ、それぞれの刺激信号が、仮想アレイのそれぞれの点での前記仮想電位の値によって決定される。
【0041】
(c)前記刺激信号が前記制御システムにより、仮想アレイの点にそれぞれ対応する前記電極アレイの別々の電極を通じて、大脳皮質内で放出される刺激ステップ(それぞれの収集信号および対応する刺激信号はそれぞれ、電極アレイの同じ電極を通じて順に収集および放出される)。
【0042】
本発明がパーキンソン病の治療に使用される場合、仮想神経場は、大脳皮質標的内の所定の帯域幅内の神経作用を、低い周波数内に弱めるように適合される。この標的帯域幅は、たとえば10Hzの標的周波数を含むことができ、たとえば8〜12Hzで変動することができる。
【0043】
制御システム7の処理装置11によって解かれる連続的な仮想神経場の方程式は、以下のように書くことができ、
【0044】
【数1】

式中、
Lは、
【0045】
【数2】

と等しい演算子であり(すなわちここで考える実施例では
【0046】
【数3】

であり、たとえば
【0047】
【数4】

となるようにλは0とすることができ、γは1とすることができる)、
は、電圧に対応する仮想神経場内の電位であり(以下、添え字「a」は仮想神経場を表す)、
xは、仮想神経場内の空間位置(注:ここで考えるような2次元仮想神経場内であり、xは2次元ベクトルであることに注意されたい)であり、
tは時間であり、
Ωは、神経場の空間領域(すなわち、電極アレイの表面積に対応する仮想アレイの表面積)であり、
d(x,y)は、空間領域Ω内の2つの空間位置x、yの間の距離であり、
vは、仮想神経場内の信号の伝搬速度であり、
βは、仮想神経場内のシナプスの強さであり、
(d(x,y))は、仮想場の結合カーネル、すなわち、位置xおよびyにある神経集団がシナプスにより結合される確率であり、
S(V)は、電位Vと、対応するニューロンの発火率との間の対応を提供する(すなわち電位値Vが放電周波数に変換される)シグモイド関数であり、
θは、発火閾値であり、
I(x,t)は、外部入力であり、ここでI(x,t)は、電極8bを通じて収集され仮想神経場内の仮想アレイの点に加えられる、電気信号V(x,t)の関数である(以下添え字「r」は、実際の神経場、すなわち大脳皮質神経場を表す)。
【0048】
ここで考える実施例では、以下の式を、I、W、およびSについて用いることができ、
【0049】
【数5】

(AtayおよびHuttのSIAMJ.Appl.Math.、2005年、65巻(2号)、644〜666頁を参照されたい。式(1b)は、W、W、War、Wraを知るために、ここで述べるすべての結合カーネルに用いることができる)
【0050】
【数6】

式中、
βarは、実際の神経場と仮想神経場との間のシナプスの強さであり、
arは、実際の神経場と仮想神経場との間の結合カーネル、すなわち、実際の場内および仮想場内のそれぞれの位置xおよび位置yにあるそれぞれの神経集団が、シナプスにより連結される確率であり、
【0051】
【数7】

は遅延であり、
およびaは、それぞれ興奮性シナプス重量および抑制性シナプス重量であり、
rは、興奮性繊維と抑制性繊維との間の空間範囲の比であり、
maxは、神経場内のニューロンの最大放電率であり、
λは、無次元パラメータである。
【0052】
ここで考える実施例では、上記パラメータの典型的な値は、以下の、
max:約100Hz、
v:約1m/秒、
θ:約3mV、
β、β、βra、βar:約2、
:約50、
:約30、
r:約0.5、
のようにすることができる。
【0053】
上記の方程式(1)から(1c)、および測定された電気信号V(x,t)に基づいて、処理装置11は、V(x,t)を測定した電極アレイ8の電極8bに対応する仮想領域のそれぞれの点について、仮想電位V(x,t)の値を算出する。
【0054】
次いで、仮想アレイのそれぞれの点に対応するそれぞれの仮想電位V(x,t)は、変換器14により、上述のシグモイド関数S(V(x,t))によって与えられる刺激周波数f(x)に変換される。
【0055】
次いで、それぞれの刺激周波数f(x)は、刺激パラメータモジュール15によって一連のパルスに変換され、振幅、パルス幅、および最大パルス周波数に関して刺激信号E(x,t)を形成する(f=1/T、ここでTは、同じ刺激信号E(x,t)の2つの連続パルスの開始時の間の合計時間である)。刺激パラメータモジュールは次いで、刺激信号E(x,t)を電極8の対応する電極8bに送信して、大脳皮質6内でそれを放出することを可能にする。ここで考える例では、すべての刺激信号E(x,t)が、同じ最大周波数f、振幅、およびパルス幅を有することができ、様々な電極8bに同時に送られる刺激信号E(x,t)は、刺激信号の送信に割り当てられた時間枠中に放出されるパルス数が互いに異なる。たとえば、パルスの振幅は、約1Vとすることができ、パルス幅は、約50〜150μs(マイクロ秒)、好ましくは約60〜90μsとすることができる。パルスの最大周波数fは、たとえば300〜500Hzの範囲内とすることができる。
【0056】
刺激モジュール15は、制御システム7による処理のため、記録期間より少なくとも50μs後の所定の遅延τで、刺激信号を送信することができる。そのような遅延は、生体システムの制御に適した本発明のリアルタイム機能と適合可能である。
【0057】
モジュール13のトリガ条件が満たされる場合、連続的な記録期間の間に、刺激信号が電極アレイ8に送信される。
【0058】
本発明の、大脳皮質と仮想神経場との間に閉ループを作り出すための効率性は、大脳皮質自体が連続的な神経場として機能すると考えると説明することができる。実際、神経場モデルは、幻覚中の進行波および視覚パターンなど、大脳皮質現象をうまく説明および予測してきた(具体的にはErmentroutおよびCowanの、Biol.Cybern.、1979年、3号、137〜150頁を参照されたい)。次いで、この実際の神経場は、以下のように説明することができ、
【0059】
【数8】

式中、
Lは、方程式(1)のために既に定義された演算子であり、
Vrは、大脳皮質の実際の神経場(すなわち大脳皮質標的)内の電圧に対応する、実際の神経場内の平均電位であり、
Xは、実際の神経場内の空間位置(注:ここで考えるような2次元仮想神経場内であり、xは2次元ベクトルであることに注意されたい)であり、
tは時間であり、
Ωは、神経場の空間領域(すなわち電極アレイの表面積に対応する仮想アレイの表面積)であり、
d(x,y)は、空間領域Ω内の2つの空間位置x、yの間の距離であり、
vは、実際の神経場内の信号の伝搬速度であり、
βは、実際の神経場内のシナプスの強さであり、
(d(x,y))は、実際の神経場の結合カーネル、すなわち位置xおよびyにある神経集団がシナプスにより結合される確率であり、
S(V)は、電位Vと対応するニューロンの発火率との間の対応を提供する(すなわち、電位値が放電周波数に変換される)シグモイド関数であり、Sをたとえば上記式(1c)によって表すことができ、
θは、発火閾値であり、
E(x,t)は、刺激装置1から来る電気刺激である。
【0060】
電気刺激E(x,t)は、神経場全体にわたり、電位Vに応じて変わり、
【0061】
【数9】

式中
【0062】
【数10】

は、未知関数であり、ここで
【0063】
【数11】

は遅延である。この関数は未知であるが、仮想神経場が実際の大脳皮質ネットワークのようにふるまう、すなわち仮想神経場が大脳皮質標的と同じ方程式により説明されると仮定して、以下の形に書き換えることができ、
【0064】
【数12】

式中、βraは、仮想の神経場と実際の神経場との間のシナプスの強さであり、Wraは、仮想の神経場と実際の神経場との間の結合カーネル、すなわち、仮想場内および実際の場内のそれぞれの位置xおよび位置yにあるそれぞれの神経集団が、シナプスにより結合される確率である。
【0065】
方程式(4)を方程式(2)に代入すると、方程式(5)が得られる。
【0066】
【数13】

上記で既に説明したように、仮想神経場の方程式は、同様の形(6)として書くことができる。
【0067】
【数14】

したがって、仮想神経場と実際の神経場との間の結合は、2つの結合された微積分方程式(5)および(6)によってモデル化することができる。
【0068】
仮想神経場のパラメータは、(障害を軽減するために)ある周波数の大脳皮質活動を弱めるために、または(たとえば感覚を増強する目的で)ある周波数のそのような大脳皮質活動を増大させるために、大脳皮質標的の周波数スペクトルの、したがって大脳皮質内の実際の電位(電圧)信号の周波数スペクトルの、所望の制御を獲得するように適合される。たとえば、パーキンソン病の治療では、所定の帯域幅の電位信号を、低い周波数内(たとえば上述のような8〜12Hzの標的帯域幅内など、たとえば10Hz前後)に弱めることが適切となる。
【0069】
これらのパラメータを設定するために、2つの可能なアプローチを用いることができる。
【0070】
A.第1のアプローチは、2つの神経場方程式(5)および(6)(一方は刺激装置1の仮想神経場について、一方は大脳皮質標的の実際の神経場について)によって形成されるシステムの、解析的研究である。この第1のアプローチにおける様々なステップは、
1)システムの平衡状態を算出することと、
2)小さい外部入力に応答する平均電位の式を得るために、ほぼ平衡の線形化方程式を記録することと、
3)大脳皮質標的のグリーン関数、すなわち外部入力に対する応答関数を算出することと、
4)グリーン関数を用いて、電位の自己相関関数を算出することと、
5)パワースペクトルが自己相関関数のフーリエ変換であることを示すウィーナーヒンチンの定理を用いることと、
6)仮想アレイのパラメータに応じて、ニューロン標的内のニューロン活動のパワースペクトルの解析式を得ることとして要約され得る。結果的に、(障害を軽減するために)弱められるべき、または(感覚を増強する目的で)強められるべき周波数帯域に応じて、パラメータの値をパワースペクトルの解析式から選択することができる。
【0071】
B.第2のアプローチは、2つの神経場方程式(5)および(6)によって形成されるシステムの数値的研究である。そうするためには、たとえばオイラー法または4次ルンゲ・クッタ法など数値的方法を用いて、両方の神経場方程式が解かれる。その結果、大脳皮質標的および仮想アレイの両方に関する空間および時間のそれぞれの点で、電位値が算出される。大脳皮質標的内の算出された電位のスペクトログラム(すなわち時間周波数解析)により、仮想アレイのパラメータに応じて、ニューロン活動のパワースペクトルが与えられる。こうして、どの周波数帯域が(治療目的で)低減され、または(増大目的で)増大されるかを、仮想アレイのパラメータに応じて調査することが可能になる。そのような数値的研究を導くために、いくつかの理論的結果が存在する。たとえば、神経場モデルにおいて用いられるより一般的な距離依存結合カーネルは(具体的にはAtayおよびHuttの、SIAM J.Appl.Math.、2005年、65巻(2号)、644〜666頁を参照されたい)、
【0072】
【数15】

であり、式中、
zは、神経場内の2点の間の距離であり、
およびaは、それぞれ興奮性シナプス重量および抑制性シナプス重量であり、
rは、興奮性繊維と抑制性繊維との間の空間範囲の比率である。
【0073】
解析的研究(たとえばAtayおよびHutt、SIAM J.Appl.Math.、2005年、65巻(2号)、644〜666頁を参照)は、W(z)の形に応じて、様々なニューロン活動パターンを観察することができることを示している。たとえば、局部的興奮性/横方向(lateral)抑制性(a>a>0およびr>1)の結合カーネルは、大脳皮質全体にわたるニューロン活動の定常波および伝搬波の両方を可能にする。結果的に、神経場方程式の解析的研究からの指針を用いると、大脳皮質標的を効率的に制御するための適切なパラメータ値を、数値シミュレーションを用いて決定することができる。
【0074】
単純化した例
空間が考慮されない(すなわち単一の電極8bを有する電極アレイの使用と同等の)、本発明の単純化された一例を、数値シミュレーションによって実行した。この例では、実際の神経場が、興奮性集団(添え字E)および抑制性集団(添え字I)の両方を含むと考えられる。制御しなければ、興奮性集団は、5Hzの強力な病理的活動を生み出す(通常、パーキンソン病中に視床下核内で生じる)。仮想神経場の仮想集団(添え字A)の刺激は、興奮性集団Eにもたらされ、実際の神経場および仮想神経場の両方の変化が、2つの結合された方程式(7)および(8)によって表される(以下では、実際の神経場に関する限り、興奮性集団Eの電位についてのみ述べる)。
【0075】
【数16】

この例では、τ=τ=6ms(ミリ秒)は、2つの神経場の膜時間定数であり、a=0.05、b=0.1、e=f=0.05(a、b、e、fは無次元シナプス重量)、およびS、S、Sは、3つの集団のシグモイド関数である。
【0076】
図5は、この例における大脳皮質内のシミュレーションされた電気的信号を示す図であり、電気信号の振幅を時間の関数として示す。信号の振幅は、ニューロンの発火率によりHz/細胞で表される。図5は、本発明により放出される刺激信号が、振幅が大きい5Hzの信号を制御するのに有効であることを示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
患者の前記大脳皮質(6)内に埋め込まれるようになされた少なくとも1つの電極(8b)を有する電極アレイ(8)が制御システム(7)によって制御される大脳皮質刺激装置において刺激信号を決定するための方法であって、
(a)少なくとも1個であるn個の電気信号がそれぞれ、前記電極アレイ(8)の別々の電極(8b)にて前記制御システム(7)によって収集される測定ステップと、
(b)前記制御システム(7)が、前記測定ステップ(a)で電気信号を収集した前記電極アレイのそれぞれの電極(8b)に対応する、n個の点の仮想アレイを有する仮想神経場により、n個の刺激信号を決定する処理ステップであって、前記仮想アレイが、前記収集信号を、前記n個のそれぞれの点上の入力として受信し、前記仮想神経場が、前記大脳皮質内の神経作用の前記周波数スペクトルを制御するようになされ、それぞれの刺激信号が、前記仮想アレイのそれぞれの点での前記仮想電位の値によって決定される処理ステップと、
(c)前記刺激信号がそれぞれ、前記仮想アレイの前記点にそれぞれ対応する前記電極アレイ(8)の前記電極(8b)にて、前記制御システム(7)により放出される刺激ステップと、
を少なくとも含む方法。
【請求項2】
nが少なくとも50であり、前記電極アレイ(8)が、1mm当たり少なくとも4個の電極の電極密度を有する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記電極アレイ(8)の前記同じ電極(8b)を通じて順に、それぞれの収集信号が収集され、前記対応する刺激信号が放出される、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記測定ステップ(a)、処理ステップ(b)、および刺激ステップ(c)が、周期的に繰り返される、前記請求項のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記測定ステップ(a)と前記刺激ステップ(c)の間に行われるトリガステップ(a’)において前記収集信号によりトリガ条件が満たされた場合にのみ、前記刺激ステップ(c)が実行される、前記請求項のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記制御システムが、前記トリガステップ(a’)にて、前記収集信号の振幅を少なくとも1つの所定の周波数に関して判定し、前記トリガ条件が、所定の閾値より大きい前記振幅を有することを含む、前記請求項のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記仮想神経場が、所定の帯域幅内の前記大脳皮質の前記神経作用を、弱めまたは強めるようになされる、前記請求項のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
前記仮想神経場が、10Hzの標的周波数を含む前記所定の帯域幅内の、前記大脳皮質の神経作用を弱めるようになされる、前記請求項に記載の方法。
【請求項9】
大脳皮質を刺激するための装置であって、
患者の前記大脳皮質(6)内に埋め込まれるようになされた少なくとも1個であるn個の電極(8b)を備える電極アレイ(8)と、
前記電極アレイ(8)を制御するための制御システム(7)とを備え、前記制御システムが、
(a)n個の電気信号をそれぞれ、前記電極アレイ(8)の別々の電極(8b)から収集し、
(b)前記電気信号を収集する前記電極アレイのそれぞれの電極に対応する、n個の点の仮想アレイを有する仮想神経場によりn個の刺激信号を決定し、前記仮想アレイが、前記収集信号を、前記n個のそれぞれの点上の入力として受信するように構成され、前記仮想神経場が、前記大脳皮質内の神経作用の前記周波数スペクトルを制御するようになされ、それぞれの刺激信号が、前記仮想アレイのそれぞれの点での前記仮想電位の値によって決定され、
(c)前記仮想アレイの前記点に対応する前記電極アレイ(8)の前記電極(8b)にてそれぞれ、前記刺激信号を前記大脳皮質内で放出するようになされる、装置。
【請求項10】
nが少なくとも50である、請求項9に記載の装置。
【請求項11】
前記制御システム(7)が、前記電極アレイ(8)の前記同じ電極(8b)を通じて順に、収集信号を収集し、前記対応する刺激信号を放出するようになされる、請求項9または請求項10に記載の装置。
【請求項12】
前記電極アレイ(8)が、1mm当たり少なくとも4個の電極の電極密度を有する、請求項9から11のいずれか一項に記載の装置。
【請求項13】
前記電極アレイ(8)が、16〜1000mmの間で構成される表面積を有する、請求項9から12のいずれか一項に記載の装置。
【請求項14】
前記制御システム(7)が、前記収集信号の測定、前記刺激信号の決定、および前記刺激信号の放出を周期的に繰り返すようになされる、請求項9から13のいずれか一項に記載の装置。
【請求項15】
前記制御システム(7)が、前記収集信号によってトリガ条件が満たされた場合にのみ前記刺激信号を放出するようになされる、請求項9から14のいずれか一項に記載の装置。
【請求項16】
前記制御システム(7)が、前記収集信号の振幅を少なくとも1つの所定の周波数に関して判定するようになされ、前記トリガ条件が、前記振幅が所定の閾値より大きいことを含む、請求項9から15のいずれか一項に記載の装置。
【請求項17】
前記仮想神経場が、所定の帯域幅内の前記大脳皮質の神経作用を、弱めまたは強めるようになされる、請求項9から16のいずれか一項に記載の装置。
【請求項18】
前記仮想神経場が、10Hzの標的周波数を含む前記所定の帯域幅内の、前記大脳皮質の神経作用を弱めるようになされる、前記請求項17に記載の装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公表番号】特表2012−526572(P2012−526572A)
【公表日】平成24年11月1日(2012.11.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−510190(P2012−510190)
【出願日】平成22年4月21日(2010.4.21)
【国際出願番号】PCT/EP2010/055252
【国際公開番号】WO2010/130538
【国際公開日】平成22年11月18日(2010.11.18)
【出願人】(508192256)
【Fターム(参考)】