説明

安定化されたアンスラサイクリン系化合物の凍結乾燥製剤

アムルビシンの凍結乾燥製剤であって、L−システインまたはその塩を含有し、かつ製剤中の水分が0〜約4重量%である、長期保存時にも安定な凍結乾燥製剤、および、当該製剤の製造方法を提供する。当該製剤は、癌化学療法剤として有用である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、癌化学療法剤として有用であるアムルビシンまたはその塩の安定化された製剤に関する。
【背景技術】
下記式(1):

で示される(7S,9S)−9−アセチル−9−アミノ−7−[(2−デオキシ−β−D−エリスロ−ペントピラノシル)オキシ]−7,8,9,10−テトラヒドロ−6,11−ジヒドロキシ−5,12−ナフタセンジオン(以下、アムルビシンと称す。)およびその塩は、癌化学療法剤として有用であることが知られている(例えば特公平3−5397号公報(対応米国特許4,673,668号)参照。)。かかるアムルビシンの塩酸塩には、数種の結晶形があるが、そのうちの特定の結晶が熱安定性に優れていることも知られている(例えば日本特許第2975018号公報(対応米国特許4,952,566号)参照。)。
アムルビシンなどのアンスラサイクリン系化合物は溶液中で不安定であるが、このような化合物を注射剤として製剤化する場合には粉末充填もしくは凍結乾燥を施して用時溶解型の注射剤とする方法が一般に行われている。
アムルビシンの安定化された製剤として、L−システインまたはその塩を含有する製剤が知られている(例えば日本特許第2603480号公報(対応米国特許6,376,469号)参照。)。
【発明の開示】
一方で、アムルビシンの代表的な分解物として、下記式(2):

で示される脱糖体(以下、脱糖体(2)と称す。)や下記式(3):

で示される脱アミノ体(以下、脱アミノ体(3)と称す。)があり、これら分解物は、アムルビシン製剤の製造工程や保存の過程で増加する傾向が認められた。医薬品の品質保証という観点から、長期にわたりこれら分解物の増加をできるだけ抑制することは極めて重要であり、アムルビシン製剤をさらに安定化する方法の開発が望まれていた。
なお、アムルビシン以外にも、臨床応用されているアンスラサイクリン系抗癌剤が存在する。アムルビシン以外の市販アンスラサイクリン系抗癌剤は、以下に示す通り、アンスラサイクリンの9位に水酸基を有する構造であるのに対し、アムルビシンは9位にアミノ基を有するとの構造上の相違がある。従って、分解物として脱アミノ体(3)を生成するのはアムルビシンのみであり、このことが、他のアンスラサイクリン系抗癌剤との安定性の相違に結びついている。


実際に、日本国内で販売されているアンスラサイクリン系抗癌剤(いずれも注射用製剤)に関し、注射用水又は生理食塩液で溶解した時のpHは以下の通りである(日本医薬情報センター編、「医療薬日本医薬品集(第24版)」、2001年版)。
塩酸アクラルビシン 5.0〜6.5
塩酸イダルビシン 5.0〜7.0
塩酸エピルビシン 4.5〜6.0
塩酸ダウノルビシン 5.0〜6.5
塩酸ドキソルビシン 5.0〜6.0
塩酸ピラルビシン 5.0〜6.5
これに対し、塩酸アムルビシンの場合は、pH3.5以上で脱アミノ体(3)の生成が増加傾向となるため、上記アンスラサイクリン系抗癌剤に見られるような高いpHでは不安定であり、臨床投与用凍結乾燥製剤を生理食塩液または5%ブドウ糖注射液で溶解した時のpHは2.4〜3.0である。
すなわち、他のアンスラサイクリン系抗癌剤と比較して、塩酸アムルビシンの安定pHは酸性側に偏っており、安定なpH範囲も狭い。このように、有効成分の安定性が異なるため、アムルビシン製剤の安定化方法の開発に際しては、他のアンスラサイクリン系抗癌剤とは異なった、アムルビシン特有の条件検討を行う必要がある。
アムルビシン製剤の安定化方法として、前述の通り、製剤中にL−システインまたはその塩を添加する方法が知られている。この方法により、脱アミノ体(3)の生成は抑制できるものの、条件によっては脱糖体(2)の生成が増加する場合があった。
アムルビシン製剤の製品上市のために、工業的製造方法を実施する上での検討を行う必要が生じた。そこで、本発明者らは、当該L−システイン含有製剤のさらなる安定化方法について鋭意検討を続けた結果、驚くべき以下の知見を見出し、本発明を完成するに至った。
(1)アムルビシン凍結乾燥製剤中に含まれる水分が脱糖体(2)の生成に大きく影響し、水分を一定範囲内にコントロールすれば、脱糖体(2)の生成が抑制され、長期保存時にも安定な凍結乾燥製剤が得られること。
(2)一方、凍結乾燥製剤の製造工程において、溶液状態での工程の温度が分解物(主に脱アミノ体(3))の生成に影響し、十分低温で当該工程を行うことにより、当該工程における該分解物の生成が抑制され、結果として、凍結乾燥製剤の長期保存後の最終的な分解物(脱糖体(2)および脱アミノ体(3))含有量を抑制しうること。
すなわち、本発明は以下のとおりである。
[1] アムルビシンまたはその塩を含有する凍結乾燥製剤であって、以下の特徴を有する安定化製剤:
(1)L−システインまたはその塩を含有し; かつ
(2)製剤中の水分が凍結乾燥粉末重量に対して0〜約4重量%である。
[2] 製剤中の水分が凍結乾燥粉末重量に対して0〜約3.5重量%である項[1]記載の安定化製剤。
[3] 製剤中の水分が凍結乾燥粉末重量に対して約0.5〜約3.5重量%である項[1]記載の安定化製剤。
[4] 製剤中の水分が凍結乾燥粉末重量に対して約0.5〜約2.0重量%である項[1]記載の安定化製剤。
[5] L−システインまたはその塩の含有量が、アムルビシンまたはその塩100mg(力価)に対し約0.5〜約250mgである項[1]〜[4]のいずれか記載の安定化製剤。
[6] L−システインまたはその塩の含有量が、アムルビシンまたはその塩100mg(力価)に対し約3〜約45mgである項[1]〜[4]のいずれか記載の安定化製剤。
[7] アムルビシンの塩が塩酸塩である項[1]〜[6]のいずれか記載の安定化製剤。
[8] L−システインの塩が塩酸塩である項[1]〜[7]のいずれか記載の安定化製剤。
[9] L−システインまたはその塩が、塩酸アムルビシン100mg力価に対して、(1)約5〜約20mgの範囲のL−システイン、または(2)それに相当する量のL−システイン塩である項[1]〜[8]のいずれか記載の安定化製剤。
[10] さらに賦形剤を含む、項[1]〜[9]のいずれか記載の安定化製剤。
[11] 賦形剤が乳糖である、項[10]記載の安定化製剤。
[12] アムルビシンの塩が、粉末X線回折図において回折角(2θ):6.3±0.3、10.1±0.3、20.3±0.3、26.5±0.3および26.9±0.3度に主ピークを示す結晶性塩酸アムルビシンである項[1]〜[11]のいずれか記載の安定化製剤。
[13](a)アムルビシンまたはその塩、および(b)L−システインまたはその塩を含有する水溶液を調製し、その水溶液を無菌濾過し、さらに凍結乾燥することにより、項[1]〜[12]のいずれか記載の安定化製剤を製造する方法。
[14]下記工程(1)〜(4)を含む、項[1]〜[12]のいずれか記載の安定化製剤の製造方法:
(1)(a)アムルビシンまたはその塩、および(b)L−システインまたはその塩を水に溶解して水溶液を調製し、
(2)(1)の水溶液のpHを約2〜約5に調整し、
(3)(2)の水溶液を無菌濾過し、
(4)(3)で得られた水溶液を凍結乾燥する。
[15] アムルビシンの塩が塩酸塩である項[14]記載の製造方法。
[16] L−システインの塩が塩酸塩である項[14]または[15]記載の製造方法。
[17]工程(2)においてpHを約2.0〜約3.5に調整する、項[14]〜[16]のいずれか記載の製造方法。
[18]工程(2)においてpHを約2.2〜約3.0に調整する、項[14]〜[16]のいずれか記載の製造方法。
[19] 工程(1)ないし(3)を約15℃以下で行うことを特徴とする項[14]〜[18]のいずれか記載の製造方法。
[20] 工程(1)ないし(3)を約10℃以下で行うことを特徴とする項[14]〜[18]のいずれか記載の製造方法。
[21] アムルビシンの塩が、粉末X線回折図において回折角(2θ):6.3±0.3、10.1±0.3、20.3±0.3、26.5±0.3および26.9±0.3度に主ピークを示す結晶性塩酸アムルビシンである、項[14]〜[20]のいずれか記載の製造方法。
[22] 下記工程(1)〜(4)を含む、アムルビシンの安定な凍結乾燥製剤の製造方法:
(1)塩酸アムルビシン、塩酸アムルビシン100mg力価に対して約5〜約20mgの範囲のL−システイン(またはそれに相当する量のL−システイン塩)、および賦形剤を含有する水溶液を調製し、
(2)(1)の水溶液のpHを約2.0〜約3.5に調整し、
(3)(2)の水溶液を無菌濾過し、
(4)(3)で得られた水溶液を凍結乾燥して、製剤中の水分が凍結乾燥粉末重量に対して0〜約4重量%である凍結乾燥製剤を得る。
[23] 賦形剤が乳糖である、項[22]記載の製造方法。
[24] 項[1]〜[12]のいずれか記載の安定化製剤を含有する癌化学療法剤。
[25] 項[13]〜[23]のいずれか記載の製造方法により製造された凍結乾燥製剤を含有する癌化学療法剤。
【図面の簡単な説明】
図1は、様々な量の水分を含むアムルビシン凍結乾燥製剤を40℃での安定性試験(実験例2および3)に供した際の、分解物の一つである脱糖体(2)の生成量を表す。横軸は経過時間/月を表している。各々の折れ線は、それぞれ、以下の製剤のデータを表す。
●:実験例2の水分添加製剤B(開始時水分=5.0%)
○:実験例2の水分添加製剤A(開始時水分=3.5%)
△:実験例2のブランク(水分無添加製剤)(開始時水分=1.3%)
×:実施例2で得られた製剤(開始時水分=0.7%)
◆:実施例3で得られた製剤(開始時水分=0.6%)
【発明を実施するための最良の形態】
以下に、本発明をさらに詳細に説明する。
本明細書において、特に記載した場合を除き、製剤中の「水分」とは凍結乾燥粉末重量に対しての重量%を表す。脱糖体(2)および脱アミノ体(3)の含量は、アムルビシンに対する重量%を表す。
製剤中の水分は0〜約4重量%、好ましくは0〜約3.5重量%、より好ましくは約0.5〜約3.5重量%、さらに好ましくは約0.5〜約2.0重量%が効果的である。
アムルビシンの塩に利用出来る酸としては、塩酸の他に臭化水素酸、くえん酸、酒石酸、乳酸、フマル酸、マレイン酸、メタンスルホン酸などがあげられる。塩酸アムルビシンの場合には、より安定な結晶形である、β型結晶性塩酸アムルビシン(粉末X線回折図において回折角(2θ):6.3±0.3、10.1±0.3、20.3±0.3、26.5±0.3および26.9±0.3度に主ピークを示す結晶性塩酸アムルビシン;特許第2975018号公報)を用いることがより好ましい。粉末X線回折パターンは、リガク電機(株)のX線回折装置RINT2500VによりCu・Kαの1.541Åを用いて測定することができる。
L−システインの塩としては通常は塩酸塩が用いられ、その他の塩としては硫酸塩などがあげられる。L−システインまたはその塩は、その水和物等の溶媒和物であってもよい。例えば好ましいものとして、L−システイン塩酸塩一水和物があげられる。
L−システインまたはその塩の添加量および添加方法としては特に限定されないが、アムルビシンの安定化度あるいは添加物の薬理活性などの関係から、例えば塩酸アムルビシン100mg(力価)に対して約0.5〜約250mg、好ましくは約3〜約80mg、さらに好ましくは約3〜約45mgが適当である。特に好ましくは、塩酸アムルビシン100mg力価に対して、L−システインを約5〜約20mgの範囲で、またはそれに相当する量のL−システイン塩を添加することが適当である。ここで、「それに相当する量のL−システイン塩」とは、含まれるL−システインの量が等モルであることを表す。例えば、L−システイン121.2mgに「相当する量の」L−システイン塩酸塩は157.6mgであり、同様に、「相当する量の」L−システイン塩酸塩一水和物は175.6mgである。L−システイン塩としてL−システイン塩酸塩一水和物を用いる場合、「約5〜約20mgの範囲のL−システイン」に相当する量とは、L−システイン塩酸塩一水和物約7.2−約29mgである。
pHはアムルビシンの特性から考えてpH約2〜約5の間に調整されていることが望ましく、より好ましくはpH約2.0〜約3.5の付近であり、さらに好ましくはpH約2.2〜約3.0、特に好ましくはpH約2.4〜約3.0の範囲が挙げられる。この場合に、pH調節剤として塩基、および/または酸を加えてもよい。
ここで、本発明においてpH調節剤として用いることのできる塩基としては、例えばアルカリ金属(例えばナトリウム、カリウムなど)の水酸化物、アルカリ土類金属(例えばマグネシウム、カルシウムなど)の水酸化物、弱酸のアルカリ金属塩などが挙げられる。弱酸のアルカリ金属塩としては、例えば、炭酸塩、炭酸水素塩、リン酸塩、リン酸水素塩、リン酸二水素塩、クエン酸塩、クエン酸水素塩、クエン酸二水素塩などが挙げられる。これらは、水和物であってもよく、また、任意の2つまたはそれ以上を混合して用いることもできる。
pH調節剤として用いることのできる塩基の具体例としては、例えば水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸水素カリウム、リン酸水素ナトリウム、リン酸水素カリウム、リン酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム、クエン酸二水素ナトリウム、水酸化カルシウム、あるいはこれらの水和物、さらにこれらの混合物などが挙げられる。好ましい塩基の例としては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸カリウムなどが挙げられる。さらに好ましくは、水酸化ナトリウムまたは水酸化カリウムが挙げられる。
本発明においてpH調節剤として用いることのできる酸としては、例えば塩酸、硫酸などが挙げられる。
本発明の凍結乾燥製剤において、必要ならば通常の製剤成分として添加されうる賦形剤等の添加物を加えてもよい。賦形剤としては、例えば、乳糖、ショ糖、パラチノース、ブドウ糖、マルトース、果糖、マンニトール、エリスリトール、キシリトール、マルチトール、イノシトール、デキストラン、ソルビトール、アルブミンおよびこれらの混合物などが挙げられる。好ましい賦形剤としては、乳糖、ショ糖、ブドウ糖、マルトース、果糖、マンニトール、キシリトール、イノシトール、デキストランおよびこれらの混合物などが挙げられる。さらに好ましくは、乳糖、マンニトールおよびこれらの混合物が挙げられる。
凍結乾燥製剤の製法は、例えばアムルビシンまたはその塩、L−システインまたはその塩、および必要に応じ賦形剤等を注射用蒸留水に溶解し、微量の塩基および/または酸でpH調整した後、無菌濾過した液をバイアル瓶に充填して凍結乾燥を施し粉末状態で製剤とするもので、注射剤はこの状態で保存がおこなわれ、用時水に溶解されて投与に使用される。この際、溶液状態での分解を抑制するため、溶解から凍結乾燥直前までの工程は、好ましくは約15℃以下で、さらに好ましくは約10℃以下で行うことが望ましい。
本発明のアムルビシンまたはその塩を含有する安定化された凍結乾燥製剤は、癌化学療法剤として、種々の癌疾患の治療に用いることができる。治療対象となる癌は、特に制限されないが、血液癌および固型癌等を含む癌疾患が挙げられる。ヒトの治療に用いる場合の投与量としては、静脈内投与の場合、例えばヒトの体表面積mあたり1日量5〜300mg、好ましくは20〜250mg、更に好ましくは35〜160mgの範囲で連続点滴投与して処置することができる。投与スケジュールとしては、例えば単回投与、1日1回3日間連日投与等を挙げることができる。
【実施例】
以下に実施例をあげて本発明の説明を行うが、本発明はこれらに限定されるものではない。なお、以下の実施例、実験例においては、特許第2975018号公報記載の方法により製造された、β型結晶性塩酸アムルビシンを使用した。
凍結乾燥製剤の水分は、凍結乾燥時の真空度、温度および乾燥時間などの条件により異なるが、実験例、実施例に示すようにこれらを調節することにより水分を制御することができる。
【実施例1】
塩酸アムルビシン20mg力価に対してL−システイン塩酸塩一水和物3.2mgおよび賦形剤としてラクトース(乳糖)50mgを加えて塩酸アムルビシンの濃度が5mg/mlになるよう注射用蒸留水に溶解し、微量の水酸化ナトリウムおよび塩酸でpH約3に微調整して無菌濾過をおこない、18ml容量バイアルに10ml充填した。これを凍結乾燥機にいれ、充分凍結した後、温度と真空度を制御しながら凍結乾燥ケーキが融解しないように水分を20℃,49時間で昇華および乾燥した後、ゴム栓及びキャップシールすることにより安定な凍結乾燥製剤を得た(水分;0.9%)。
【実施例2】
塩酸アムルビシン20mg力価に対してL−システイン塩酸塩一水和物3.2mgおよび賦形剤としてラクトース(乳糖)50mgを加えて塩酸アムルビシンの濃度が5mg/mlになるよう注射用蒸留水に溶解し、微量の水酸化ナトリウムおよび塩酸でpH約3に微調整して無菌濾過をおこない、18ml容量バイアルに4ml充填した。これを凍結乾燥機にいれ、充分凍結した後、温度と真空度を制御しながら凍結乾燥ケーキが融解しないように水分を20℃,24時間で昇華および乾燥した後さらに40℃,8時間乾燥し、ゴム栓及びキャップシールすることにより安定な凍結乾燥製剤を得た。(水分;0.7%)
【実施例3】
塩酸アムルビシン20mg力価に対してL−システイン塩酸塩一水和物3.2mgおよび賦形剤としてラクトース(乳糖)50mgを加えて塩酸アムルビシンの濃度が5mg/mlになるよう注射用蒸留水に溶解し、微量の水酸化ナトリウムおよび塩酸でpH約3に微調整して無菌濾過をおこない、18ml容量バイアルに10ml充填した。これを凍結乾燥機にいれ、充分凍結した後、温度と真空度を制御しながら凍結乾燥ケーキが融解しないように水分を20℃,37時間で昇華および乾燥した後さらに40℃,12時間乾燥し、ゴム栓及びキャップシールすることにより安定な凍結乾燥製剤を得た。(水分;0.6%)
実験例1
塩酸アムルビシン20mg力価に対してL−システイン塩酸塩一水和物3.2mgおよび賦形剤としてラクトース(乳糖)50mgを加えて注射用蒸留水に溶解し、微量の水酸化ナトリウムおよび塩酸でpH約3に微調整して無菌濾過をおこない、18ml容量バイアルに充填した。これを凍結乾燥機にいれ、充分凍結した後、温度と真空度を制御しながら凍結乾燥ケーキが融解しないように7時間かけて水分を昇華および乾燥した後、ゴム栓をしキャップシールすることにより凍結乾燥製剤Aを得た。また、バイアル充填及び凍結まで上述と同じように実施した後、温度と真空度を制御しながら凍結乾燥ケーキが融解しないように34時間かけて水分を昇華および充分に乾燥した後、ゴム栓、キャップシールをした凍結乾燥製剤Bを得た。この両凍結乾燥製剤について水分(カールフィッシャー法により測定)及び分解物(HPLC法により測定)について測定した結果を表1に示す。
表1

上記データに見られるように、脱糖体(2)や脱アミノ体(3)など分解物の生成量は乾燥時間によって変化しないものの水分は乾燥時間によって大きく異なることが確認された。
実験例2
塩酸アムルビシン20mg力価に対してL−システイン塩酸塩一水和物3.2mgおよび賦形剤としてラクトース(乳糖)50mgを加えて注射用蒸留水に溶解し、微量の水酸化ナトリウムおよび塩酸でpH約3に微調整して無菌濾過をおこない、18ml容量バイアルに充填した。これを凍結乾燥機にいれ、充分凍結した後、温度と真空度を制御しながら凍結乾燥ケーキが融解しないように水分を昇華させ、その後充分乾燥した後、ゴム栓をキャップシールすることにより凍結乾燥製剤を得た(水分;1.3%、脱糖体(2);0.63%、脱アミノ体(3);0.12%)。得られた凍結乾燥製剤を、それぞれ、約3.5%(水分添加製剤A)および約5%(水分添加製剤B)の水分になるよう調湿(水分添加)した後、40℃−3ヶ月、6ヶ月の保存安定性試験を行い、水分(カールフィッシャー法により測定)及び分解物(HPLC法により測定)を測定した結果を表2に示す。
表2

実験例3
実施例2および実施例3で得られた凍結乾燥製剤について、40℃−3ヶ月、6ヶ月の保存安定性試験を行い、水分(カールフィッシャー法により測定)及び分解物(HPLC法により測定)を測定した結果を表3に示す。
表3

実験例2および実験例3の結果を合わせて、図1および図2に図示した。
上記安定性データに見られるように、長期保存時の脱糖体(2)の生成量は、安定性試験開始時の水分に依存し、製剤中の水分を0〜約4重量%の範囲内にコントロールした凍結乾燥製剤は、水分の多い製剤にくらべ顕著な安定性の向上、特に脱糖体(2)生成の抑制が認められ、長期保存時にも十分安定な凍結乾燥製剤であることが確認された。また、脱アミノ体(3)の生成量には大きな差はないが、水分が少なくなるとやや増加する傾向が見られた。
実験例4
ガラスビーカーに塩酸アムルビシン20mg力価に対してL−システイン塩酸塩一水和物3.2mgおよび賦形剤としてラクトース(乳糖)50mgを加えて注射用蒸留水に溶解し、微量の水酸化ナトリウムおよび塩酸でpH約3に微調整した。この溶液をそれぞれ5℃、10℃、15℃、および25℃の恒温槽に入れた。開始時、6時間経過後、および24時間経過後に溶液をサンプリングし、HPLC法により分解物を定量した。脱糖体(2)および脱アミノ体(3)の、開始時に対する増加量を表4に示す。
表4

脱アミノ体(3)が約1%以上存在すると、アムルビシン凍結乾燥製剤から注射用溶液を調製する際の濁りの原因となるため、その生成は極めて微量に抑制する必要がある。一方、実験例2および実験例3からもわかるように、凍結乾燥製剤の長期保存時にも脱アミノ体(3)は僅かずつ増加するため、脱アミノ体(3)の生成量を抑制する上で、溶液状態での製剤工程における生成量を抑制することは非常に重要である。
表4に示すように、塩酸アムルビシンを溶液状態で放置したとき、脱アミノ体(3)の生成量は溶液の温度に依存する。従って、溶液状態での製剤工程における生成量を抑制し、最終的に「長期保存後の脱アミノ体(3)の含有量」を抑制するためには、製剤製造工程の中で、溶液状態での製剤工程(例えば、前記 項[13]における工程(1)ないし(3))を、好ましくは約15℃以下で、さらに好ましくは約10℃以下で行うことが望ましい。
他のアンスラサイクリン系抗癌剤は、アムルビシンと異なり、アンスラサイクリンの9位にアミノ基を持たないことから、上記の脱アミノ体の生成について考慮する必要がなく、製剤工程においては脱糖体のみを考慮すればよい。
上記の製造条件により、アムルビシン凍結乾燥製剤の大量製造が可能になった。
【産業上の利用可能性】
本発明により、癌化学療法剤として有用であるアムルビシンの、長期保存時にも十分安定な凍結乾燥製剤を得ることができる。
【図1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
アムルビシンまたはその塩を含有する凍結乾燥製剤であって、以下の特徴を有する安定化製剤:
(1)L−システインまたはその塩を含有し; かつ
(2)製剤中の水分が凍結乾燥粉末重量に対して0〜約4重量%である。
【請求項2】
製剤中の水分が凍結乾燥粉末重量に対して0〜約3.5重量%である請求項1記載の安定化製剤。
【請求項3】
製剤中の水分が凍結乾燥粉末重量に対して約0.5〜約2.0重量%である請求項1記載の安定化製剤。
【請求項4】
L−システインまたはその塩の含有量が、アムルビシンまたはその塩100mg(力価)に対し約0.5〜約250mgである請求項1〜3のいずれか記載の安定化製剤。
【請求項5】
L−システインまたはその塩の含有量が、アムルビシンまたはその塩100mg(力価)に対し約3〜約45mgである請求項1〜3のいずれか記載の安定化製剤。
【請求項6】
アムルビシンの塩が塩酸塩である請求項1〜5のいずれか記載の安定化製剤。
【請求項7】
L−システインの塩が塩酸塩である請求項1〜6のいずれか記載の安定化製剤。
【請求項8】
L−システインまたはその塩が、塩酸アムルビシン100mg力価に対して、(1)約5〜約20mgの範囲のL−システイン、または(2)それに相当する量のL−システイン塩である請求項1〜7のいずれか記載の安定化製剤。
【請求項9】
さらに賦形剤を含む、請求項1〜8のいずれか記載の安定化製剤。
【請求項10】
賦形剤が乳糖である、請求項9記載の安定化製剤。
【請求項11】
アムルビシンの塩が、粉末X線回折図において回折角(2θ):6.3±0.3、10.1±0.3、20.3±0.3、26.5±0.3および26.9±0.3度に主ピークを示す結晶性塩酸アムルビシンである請求項1〜10のいずれか記載の安定化製剤。
【請求項12】
(a)アムルビシンまたはその塩、および(b)L−システインまたはその塩を含有する水溶液を調製し、その水溶液を無菌濾過し、さらに凍結乾燥することにより、請求項1〜11のいずれか記載の安定化製剤を製造する方法。
【請求項13】
下記工程(1)〜(4)を含む、請求項1〜11のいずれか記載の安定化製剤の製造方法:
(1)(a)アムルビシンまたはその塩、および(b)L−システインまたはその塩を水に溶解して水溶液を調製し、
(2)(1)の水溶液のpHを約2〜約5に調整し、
(3)(2)の水溶液を無菌濾過し、
(4)(3)で得られた水溶液を凍結乾燥する。
【請求項14】
アムルビシンの塩が塩酸塩である請求項13記載の製造方法。
【請求項15】
L−システインの塩が塩酸塩である請求項13または14記載の製造方法。
【請求項16】
工程(2)においてpHを約2.0〜約3.5に調整する、請求項13〜15のいずれか記載の製造方法。
【請求項17】
工程(1)ないし(3)を約15℃以下で行うことを特徴とする請求項13〜16のいずれか記載の製造方法。
【請求項18】
工程(1)ないし(3)を約10℃以下で行うことを特徴とする請求項13〜16のいずれか記載の製造方法。
【請求項19】
アムルビシンの塩が、粉末X線回折図において回折角(2θ):6.3±0.3、10.1±0.3、20.3±0.3、26.5±0.3および26.9±0.3度に主ピークを示す結晶性塩酸アムルビシンである、請求項13〜18のいずれか記載の製造方法。
【請求項20】
下記工程(1)〜(4)を含む、アムルビシンの安定な凍結乾燥製剤の製造方法:
(1)塩酸アムルビシン、塩酸アムルビシン100mg力価に対して約5〜約20mgの範囲のL−システイン(またはそれに相当する量のL−システイン塩)、および賦形剤を含有する水溶液を調製し、
(2)(1)の水溶液のpHを約2.0〜約3.5に調整し、
(3)(2)の水溶液を無菌濾過し、
(4)(3)で得られた水溶液を凍結乾燥して、製剤中の水分が凍結乾燥粉末重量に対して0〜約4重量%である凍結乾燥製剤を得る。

【国際公開番号】WO2004/050098
【国際公開日】平成16年6月17日(2004.6.17)
【発行日】平成18年3月30日(2006.3.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−556847(P2004−556847)
【国際出願番号】PCT/JP2003/015196
【国際出願日】平成15年11月27日(2003.11.27)
【出願人】(000002912)大日本住友製薬株式会社 (332)
【Fターム(参考)】