説明

定量・定性分析方法

【課題】Au膜等を利用して、例えばDNA等の定量・定性解析を行う電気化学的な分析方法において、作用電極の電位安定を極めて短時間で行うことができ、再現性を向上させ、ひいては測定精度の向上に寄与する。
【課題を解決するための手段】自らは酸化還元せずにサンプル液6との間で電子の授受を行いうる元素で構成されており、なおかつ表面に所定の応答性物質が固定化されている作用電極4を前記サンプル液6に浸すことにより、当該サンプル液6中に含まれる測定対象物質が前記応答性物質に応答して生じる、作用電極4の電位変化を測定するようにした測定対象物質の定量及び/又は定性分析方法において、前記サンプル液6に、前記測定対象物質とは反応しない酸化還元物質を含有させるようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Au膜等を利用して、例えばDNA等の定量・定性解析を行う電気化学的な分析方法等に関するものである。
【背景技術】
【0002】
Auは耐腐食性に富み、しかも多種の有機物質に対する良好な吸着性を有することから、近年、Auの表面に応答性物質を固定しておき、その応答性物質に対応する有機物質が当該応答物質に結合するときの、その応答物質の応答を捉えて有機物質を定量・定性分析する試みが盛んになされている。
【0003】
その応答を捉える1つの方法としてAu電位を測定する電気化学的な方法があり、DNA、たんぱく質の検出を中心に研究が進められている。具体的に一例を説明すると、まず、検出したいDNA(以下T−DNAとも言う)を含有させたサンプル液に、前記DNAの相補DNA(以下、P−DNAとも言う)を表面に固定化したAu膜を浸す。そうすると、T−DNAがP−DNAとハイブリタイゼーションを起こす。このときT−DNAはリン酸基に負電荷を持っているので、Au膜近傍の電位が下がる。この電位変化を測定することで、T−DNAの定性・定量分析を行うことができる(特許文献1、2)。
【0004】
ところで、実際にAu膜の電位変化を精密に測定するためには、その信号の変化量がドリフト量に埋もれてしまわないように、できる限りAu膜の電位を安定した状態にする必要がある。
【0005】
しかしながら、Auは、電位が安定するまでに、図1に示すように通常でも10時間以上を要し、非常に時間がかかるという不具合がある。これは測定での初期設定時のみならず、途中で液を交換する場合でも同様に生じる不具合である。なお図1中PBはサンプル液であるリン酸緩衝液の略である。
【0006】
また、例えば、ハイブリタイゼーションを行わせる際に使用する溶液と、電位を測定する際に使用する溶液とが異なり、途中で液を交換する必要がある場合に、この液交換を行うだけでAu電極の電位が変わり、実際に測定したい電位変化量を再現性よく精密に測定することができない。
【0007】
ところで、測定に多くの時間を要し、液交換時等での再現性にも乏しいという不具合は金電極に限られたものではない。要は、化学的に安定であって、自らは酸化還元せずにサンプル液との間で電子の授受を行いうる元素で構成されている電極を使用した場合に同様に生じ得ることなのである。
【特許文献1】特開平11−201775
【特許文献2】特開2001−33274
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
そこで本発明は、この種の電気化学測定方法において、作用電極の電位安定を極めて短時間で行うことができ、再現性を向上させ、ひいては測定精度の向上に寄与することをその主たる所期課題としたものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
すなわち、本発明に係る電気化学測定方法は、自らは酸化還元せずにサンプル液との間で電子の授受を行いうる元素で構成されており、なおかつ表面に所定の応答性物質が固定化されている作用電極を、前記サンプル液に浸すことにより、このサンプル液中に含まれる測定対象物質を前記応答性物質に応答させ、その結果生じる作用電極の電位変化を測定することで測定対象の定量及び/又は定性分析を行う方法であって、前記サンプル液に、前記測定対象物質とは反応しない酸化還元物質を含有させることを特徴とするものである。
【0010】
このようなものであれば、加えた酸化還元物質が作用電極との間で酸化又は還元反応を惹起して作用電極の電位を短時間で安定させることとなる。その結果、測定時間を短縮でき、しかも液交換時等における電位再現性も大きく向上する。なお、酸化還元物質を大量に入れるとその作用で電位が主として定まってしまい、応答性物質の応答による電位変化を測定できなくなる。したがって、酸化還元物質は、応答性物質の応答による電位変化を阻害しない程度にサンプル液に含有させるのが好ましい。その具体的な量は、酸化還元物質の種類にもよるが、数nmol/l〜数mmol/lくらいがよく、より好適には数百nmol/l、さらに好ましくは約100nmol/l又はそれ以下がよい。
【0011】
本発明の効果が特に顕著に発揮される測定対象物質としては、たんぱく質、核酸、アミノ酸等の生体構成分子を挙げることができる。
【0012】
より具体的には、前記測定対象物質としてDNAを挙げることができる。この場合前記応答性物質は、前記DNAの相補DNAにすればよい。こうすることで、それらDNA及び相補DNAがハイブリタイゼーションを引き起こす際の作用電極の電位変化を測定することができる。
【0013】
DNAやRNAのハイブリタイゼーション以外の応答反応としては、複合体を形成する一対の分子、例えば抗原−抗体反応、糖−レクチン、リガンド−レセプタ、ビオチン−アビジン、酵素−基質等を挙げることができる。すなわち、対分子のいずれかを作用電極に応答性物質として固定化しておき、対応する他方の対分子(測定対象物質)が反応を起こして結合する際の電位変化を測定すればよい。言うまでもないが、このとき測定対象物質は電荷を持つなど、結合によって作用電極に電位変化をもたらすものである必要がある。
【0014】
前記作用電極を構成する元素としては、代表的にはAuが好適である。生体構成分子を測定する場合に、その応答性物質を、チオール基を介して簡単に固定化できるからである。その他の元素としては、Pt、Ag等の貴金属類や、C、或いはTi、W、Sn、In又はIrなどを挙げる事ができる。
【0015】
前記酸化還元物質は、基本的にどのようなものでも構わない。作用電極との反応において可逆性は必要なく、要は、作用電極を構成する元素との関係でより電位安定に優れたものがよい。その一方で、測定対象物質や応答性物質と反応してこれを変質させるようなものは除かれる。作用電極がAuの場合は、フェリシアン化カリウムやフェロシアン化カリウム、H、アスコルビン酸等が望ましい。その他に、ベンゾキノンやハイドロキノンなどのキノン類、あるいはジチオスレイトール等のチオール類も、この発明で使用可能な酸化還元物質として挙げられる。ただし、例えば作用電極にAuを用い、DNA等の応答性物質をチオール結合させる場合には、酸化還元物質としてチオール類を選択すると、応答性物質には好ましくない(置換することがある)が、チオール結合以外の方法により応答性物質を作用電極に固定した場合には、電位安定のための酸化還元物質としてチオール類は好適なものとなる。
【0016】
酸化還元物質毎の具体的な好ましい濃度としては、電子吸引性のあるフェリシアン化カリウム、Hの場合は、約40μmol/l〜7mmol/lである。一方、電子吸引性のあるフェロシアン化カリウム、アスコルビン酸では、約5μmol/l〜500μmol/lが好ましい。実験データから、この範囲以上の酸化還元物質を添加しても、電位安定機能が飽和して、逆に測定対象物質の電位変化を阻害する恐れがあり、この範囲以下であると、電位安定機能が十分に機能しないと考えられる。
【発明の効果】
【0017】
このような構成の本発明によれば、加えた酸化還元物質が作用電極との間で酸化又は還元反応を惹起して作用電極の電位を短時間で安定させることとなる。その結果、測定時間を短縮でき、しかも液交換時等における電位再現性も向上する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下に本発明の一実施形態について図面を参照して説明する.
【0019】
この実施形態に係る測定装置1は、図2に示すように、サンプル液等の液体を収容するセル2と、セル2内の液に浸漬させる比較電極3及び作用電極4と、それら電極3、4間の電圧を検出する電圧検出機構5とを備えたものであり、セル2内に測定対象物質であるT−DNAを含有させたサンプル液6を入れ、比較電極3に対する作用電極4の電位を前記電圧検出機構5で測定するように構成している。
【0020】
しかして、作用電極4にはAu電極を用いており、その表面にチオール基を介して応答性物質であるP−DNAを固定している。また、前記サンプル液6には、さらにAu電極4に対する酸化還元物質である微量(ここでは約100nmol/l)のアスコルビン酸を含有させている。なお、後述するデータでは、Au電極4の電位を電位測定デバイス(ISFET、Chemical Charge coupled device(ケミカルCCD)等)を用いて増幅した電位を表示するようにしている。
【0021】
次に、このような構成した装置1を用いて実際に測定を行った実施例につき、データを参考にして説明する。
【0022】
図3は、Au電極の安定時間を、サンプル液(リン酸緩衝液)にアスコルビン酸を含有させた場合とさせていない場合で比較した出力電圧の時系列データを示している。なお、この測定では、再現性をみるために2チャンネル(CH1、CH2)で測定している。
【0023】
このデータからアスコルビン酸がない状態では、液交換前後のドリフトは1分間では測定に十分な程度には安定しない。しかもCH1とCH2で大きく電位が異なっていることから、再現性に乏しいことがわかる。一方、アスコルビン酸を入れた方は、ドリフト量、液交換時電位再現性ともに飛躍的に性能が向上していることがわかる。したがって、この方法を活用すれば、ドリフトが安定するまでの時間を大幅に短縮でき、また液交換時の電位再現性も改善して、DNAの定量・定性分析を迅速かつ正確に行うことができる。
【0024】
酸化還元物質の電位安定化機能を示す他のデータとして、図4、図5を挙げる。
図4はフェロシアン化カリウム添加によるAu電極の電位変化を示す。また、図5に各種の酸化還元物質の追加によるAu電極の出力濃度変化の濃度依存性を示す。
【0025】
実験結果において、K[Fe(CN)]とHの添加では、45.5μmol/l〜6.71mmol/lの濃度範囲で飽和曲線型の濃度依存性を示した。これはその電子吸引性によりAu薄膜(Au電極)中の電子を抜き取る為と考えられる。また、電子供与性のK[Fe(CN)]やアスコルビン酸の添加では5.5μmol/l〜500μmol/lの濃度範囲において出力減少が見られ、その後ほぼ飽和することが示された。このことは、これら酸化還元物質を大量に入れても飽和してその電位安定効果にそれ以上寄与することはなく、実際の測定では、少なくとも前記範囲(非飽和領域内)で用いることが必要であることを示している。
【0026】
その他,本発明は、各説明の構成を適宜組み合わせるなど、その趣旨を逸脱しない範囲で種々変形が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】従来のAu電極のドリフトを示す出力電位の時系列データ。
【図2】本発明の一実施形態における測定装置の概略図。
【図3】サンプル液交換前後における作用電極の出力電圧の、アスコルビン酸を入れた場合と入れない場合を比較した時系列グラフ。
【図4】フェロシアン化カリウム添加によるAu電極の電位変化を示す時系列グラフ。
【図5】各種の酸化還元物質の追加によるAu電極の出力濃度変化の濃度依存性を示すグラフ。
【符号の説明】
【0028】
3 ・・・比較電極
4 ・・・作用電極(Au電極)
6 ・・・サンプル液

【特許請求の範囲】
【請求項1】
自らは酸化還元せずにサンプル液との間で電子の授受を行いうる元素で構成されており、なおかつ表面に所定の応答性物質が固定化されている作用電極を前記サンプル液に浸すことにより、当該サンプル液中に含まれる測定対象物質が前記応答性物質に応答して生じる、作用電極の電位変化を測定するようにした測定対象物質の定量及び/又は定性分析方法であって、
前記サンプル液に、前記測定対象物質とは反応しない酸化還元物質を含有させることを特徴とする定量及び/又は定性分析方法。
【請求項2】
前記測定対象物質が、生体構成分子である請求項1記載の定量及び/又は定性分析方法。
【請求項3】
前記測定対象物質がDNAであり、前記応答性物質が前記DNAの相補DNAであって、それらDNA及び相補DNAがハイブリタイゼーションを引き起こす際の作用電極の電位変化を測定するようにしている請求項1又は2記載の定量及び/又は定性分析方法。
【請求項4】
前記作用電極を構成する元素が、Au、Pt、Ag、C、Ti、W、Sn、In又はIrである請求項1乃至3いずれか記載の定量及び/又は定性分析方法。
【請求項5】
前記酸化還元物質が、フェリシアン化カリウム、フェロシアン化カリウム、H、アスコルビン酸、キノン類又はチオール類である請求項1乃至4いずれか記載の定量及び/又は定性分析方法。
【請求項6】
前記酸化還元物質の濃度を数nmol/l〜数mmol/lの範囲に設定している請求項1乃至5いずれか記載の定量及び/又は定性分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−39773(P2008−39773A)
【公開日】平成20年2月21日(2008.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−183110(P2007−183110)
【出願日】平成19年7月12日(2007.7.12)
【出願人】(305060567)国立大学法人富山大学 (194)
【出願人】(000155023)株式会社堀場製作所 (638)