説明

導電性有機超薄膜の製法

【課題】耐環境性が向上し、かつ導電性に優れた有機超薄膜(LB膜)を簡便な工程で工業的に有利に製造する方法を提供する。
【解決手段】式(I)の電荷移動有機錯体と式(II)の第4級アンモニウム塩とを、酸性水溶液液面上でイオン交換して、導電性有機超薄膜を得る。



【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、導電性有機超薄膜(LB膜)の新規な製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
水面上に有機分子の単分子膜を作成し、これを固体基板上に累積することによって得られる超薄膜はLB膜とも呼ばれ、分子性エレクトロニクスの分野において大変興味深い物質とされている。
しかし、一般にLB膜それ自体は絶縁体であることから、メモリデバイス、スイッチング素子などのナノマテリアル素子などの導電性を必要とする分子エレクトロニクスに応用可能な物質とするためには導電性を付与する必要がある。
【0003】
これまでに、LB膜に導電性を付与する方法としては、種々の方法が提案されており、例えば、基板上に設けたジアルキルジメチルアンモニウム−Ni(dmit)2の1:1錯体からなる単分子膜を臭素酸化あるいは電解酸化する方法(非特許文献1)や、基板上に設けたトリアルキルメチルアンモニウム−Au(dmit)2の1:1錯体からなる単分子膜を臭素酸化あるいは電解酸化する方法(特許文献1)などが知られている。
なお、dmitとは、「1,3−ジチオール−2−チオン−4,5−ジチオレート」を意味する。
【0004】
これらの方法によれば、それなりの導電性を付与することが可能となるが、LB膜を一旦基板上に製膜する工程と当該製膜されたLB膜を酸化処理する工程の2工程を必要とするため、その製造工程が複雑となり、また得られたLB膜の耐環境性に劣るといった難点があった。
【0005】
【非特許文献1】T.Nakamura 等:Chem lett, 1667(1988)
【特許文献1】特開平2−200688号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、耐環境性が向上し、かつ導電性に優れた有機超薄膜(LB膜)を簡便な工程で工業的に有利に製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者等は、導電性に優れたLB薄膜を複雑なプロセスを経ることなく簡便に製造する方法に関し鋭意検討した結果、有機第4アンモニウム塩を含む既存の導電性電荷移動金属錯体と有機第4級アンモニウム塩とのイオン交換反応を利用し、かつかかる反応を特定な条件下で行うと、意外にも、一段階で導電性に優れたLB膜が得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち、この出願によれば、以下の発明が提供される。
〈1〉下記一般式(I)で示される電荷移動有機錯体と下記一般式(II)で示される第4級アンモニウム塩とを、酸性水溶液液面上でイオン交換することを特徴とする導電性有機超薄膜の製造方法。
【化1】

(式中、Mはニッケルまたは金原子を、R〜Rは炭素数1〜8のアルキル基を表す)
【化2】

(式中、R〜Rは炭素数1〜24のアルキル基であり、同一であっても異なっていてもよいが、その中の少なくとも1つは炭素数10〜24の長鎖アルキルを表し、Xはハロゲンイオンを表す)
〈2〉酸性水溶液が塩酸の水溶液であることを特徴とする上記〈1〉に記載の導電性有機超薄膜の製造方法。
〈3〉酸性水溶液が過酸化水素の水溶液であることを特徴とする上記〈1〉に記載の導電性有機超薄膜の製造方法。
〈4〉酸性水溶液が塩酸と過酸化水素を含む水溶液であることを特徴とする上記〈1〉に記載の導電性有機超薄膜の製造方法。
〈5〉上記一般式(I)で示される電荷移動有機錯体と上記一般式(II)で示される第4級アンモニウム塩とを、前者の混合比が後者より大となる条件下で、イオン交換することを特徴とする導電性有機超薄膜の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明方法によれば、導電性に優れたLB薄膜を複雑なプロセスを経ることなく1段階で簡便に製造することができる。また、反応原料として、有機第4アンモニウム塩を含む既存の導電性電荷移動金属錯体と有機第4級アンモニウム塩とのイオン交換反応を利用でき、かつ、かかる反応を酸性水溶液の存在下で行うといった安価なプロセスにより効率的に、耐環境性が向上し、かつ導電性に優れた超薄膜(LB膜)を工業的に有利に製造することができる。また、本発明方法によれば、単分子を規則的に配列することが可能であるため、微細なパターンを作成することができる。また、再現性が大きく安定した膜を作成することができる。本発明方法で得られる導電性有機超薄膜は、メモリデバイス、スイッチング素子などのナノマテリアル素子などのデバイスとして利用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
前記したように、これまでの高い導電率を持つLB膜は、有機単分子膜を基板上にまず累積し、その後、該有機単分子膜を化学的酸化あるいは電解質水溶液中での電解酸化することによって作製されてきた(前褐非特許文献1、特許文献2)が、この方法では、製膜工程と酸化処理工程の2工程を必要とし、またプロセスが複雑である上、品質管理に手間がかかるといった多くの問題があった。
これに対して、本発明の、酸性水溶液下での特定な有機錯体と第4級アンモニウム塩とのイオン交換反応を利用し、反応系中に水素イオンを導入する方法(以下、本発明の第一の態様の導電性有機超薄膜の製法ともいう)によれば、一段階のプロセスで水面上の有機導体からなる薄膜の電気伝導度の制御を可能としたことにより、LB膜の伝導度を簡便に制御することができる。
また、本発明の、上記特定な有機錯体と第4級アンモニウム塩とのイオン交換反応を利用しつつ前者の混合比を後者より大となる方法(以下、本発明の第二の態様の導電性有機超薄膜の製法ともいう)によれば、生成する金属錯体の価数を効率よく制御できることから、同じくLB膜伝導度を1段階で制御することが可能となる。
【0010】
本発明の第一の態様の導電性有機超薄膜の製造方法は、下記一般式(I)で示される電荷移動有機錯体と下記一般式(II)で示される第4級アンモニウム塩とを、酸性水溶液液面上で、イオン交換することを特徴としている。
【化1】

(式中、Mはニッケルまたは金原子を、R〜Rは炭素数1〜8のアルキル基を表す)
【化2】

(式中、R〜Rは炭素数1〜24のアルキル基であり、同一であっても異なっていてもよいが、その中の少なくとも1つは炭素数10〜24の長鎖アルキルを表し、Xはハロゲンイオンを表す)
【0011】
上記一般式(I)で示される有機錯体は従来公知の物質であり、陰イオン部分は、通常、[M(dmit)2-で表される。ここで、dmitとは、「1,3−ジチオール−2−チオン−4,5−ジチオレート」を意味する。また、陽イオン部分は所謂第4級アンモニウム塩の残基であり、R〜Rは炭素数1〜8の直鎖状または分岐状アルキル基を表す。具体的には、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基などが挙げられる。
【0012】
本発明においては、イオン交換反応性の点からみて、一般式(I)で示される有機錯体として、水溶性の有機錯体を用いることが好ましい。具体的には、Mがニッケルで、R〜Rが、メチル基、エチル基、プロピル基又はブチル基であるものを用いることが望ましい。
【0013】
また、上記一般式(II)で示される第4級アンモニウム塩としては従来公知のものが使用できる。具体的には、R〜Rは炭素数1〜24のアルキル基であり、その中の少なくとも1つは炭素数10〜24の長鎖アルキル基であるものが用いられる。
具体的には、デシル基、ウンデシル基、ドデシル基、テトラデシル基、ペンタデシル基、ヘキサデシル基、ヘプタデシル基、オクタデシル基、ノナデシル基、エイコシル基、ウンエイコシル基、ドエイコシル基、トリエイコシル基及びテトラエイコシル基などが挙げられる。
Xはハロゲンイオンを表し、塩素、臭素、ヨウ素などが例示される。
【0014】
本発明においては、イオン交換反応性の点からみて、一般式(II)で示される第4級アンモニウム塩としては、水難溶性のものを用いることが好ましい。具体的には、R〜Rが、たとえば、オクタデシル基で、Xが臭素であるものを用いることが望ましい。
【0015】
本発明の第一の態様の製法では、酸性水溶液存在下での特定な有機錯体と第4級アンモニウム塩とのイオン交換反応を利用し、反応系中に水素イオンを導入することで、水面上の有機導体からなる薄膜の電気伝導度を制御可能としたことにより、LB膜の伝導度を1段階で制御可能となる。
【0016】
酸性水溶液としては、特に制限はないが、塩酸、過酸化水素、硝酸、硫酸、リン酸などの無機酸の水溶液が用いられる。本発明で好ましく用いられる水溶液は塩酸と過酸化水素の水溶液である。
また、塩酸水溶液と過酸化水素水溶液を併用した場合には、電荷移動有機錯体と第4級アンモニウム塩の混合モル比に比例して電気伝導度を高めることができるので、本発明においては、酸性水溶液として、塩酸水溶液と過酸化水素水溶液を組み合わせて使用することが望ましい。
この場合、過酸化水素溶液の濃度は3%程度としておくことが望ましい。
【0017】
本発明の第一の態様においては、酸性水溶液下でのイオン交換反応を実施する前に、予め、前記特定な有機錯体と第4級アンモニウム塩とを有機溶媒に溶解させておくことが望ましい。
有機溶媒としては特に制限はないが、アセトニトリルとベンゼンとの混合溶媒を用いることが好ましい。
【0018】
本発明の第一の態様による導電性有機超薄膜の製造方法について、電荷移動金属錯体として、tetrabuthylammonium・ Ni(dmit)2 ([TBA]+[Ni(dmit)2]-)を、第4級アンモニウム塩として、ジオクタデシルジメチルアンモニウムブロマイド([N(C18H37)2(CH3)2]+[Br]-)を、酸性水溶液として塩酸水溶液を用いた場合を例にとりその反応態様を具体的に説明する。
[TBA]+ [Ni(dmit)2]-と[N(C18H37)2(CH3)2]+[Br]-とを、各々、ベンゼン:アセトニトリル1:1の混合溶媒に溶解した後、混合し、水面上に展開する。最初から、下層水に塩酸を添加することで、ジオクタデシルジメチルアンモニウム−Ni(dmit)2 ( [N(C18H37)2(CH3)2]+ [Ni(dmit)2]-)からなるLB膜が水面上に形成し、tetrabuthylammoniumbromide(TBA+Br-)が下層水中に溶解する。
【0019】
【化3】

ここで生成した[Ni(dmit)2]-は−1価のままでは絶縁体である。
一方塩酸の存在では化4の反応も平行して進行する。
【化4】

【0020】
また、過酸化水素存在下では、化4の代わりに化5の反応が進行する。
【化5】

したがって、最終生成物内には、[Ni(dmit)2]-と[Ni(dmit)2]0が共存することとなり、このため高導電性の部分が形成されるものと推定される。
【0021】
本発明の第二の態様の導電性有機超薄膜の製造方法は、上記一般式(I)で示される電荷移動有機錯体と上記一般式(II)で示される第4級アンモニウム塩とを、前者の混合比が後者より大となる条件下で、イオン交換することを特徴とする。
上記一般式(I)で示される電荷移動有機錯体と上記一般式(II)で示される第4級アンモニウム塩とを、前者の混合比が後者より大となる条件下で行うと、[M(dmit)2]の価数が−1と0との混合状態を制御でき、且つ安定化できる。
具体的には、上記一般式(I)で示される電荷移動有機錯体は上記一般式(II)で示される第4級アンモニウム塩に対して、混合比で2〜10倍好ましくは2〜5倍とする。
【実施例】
【0022】
以下、本発明を実施例により更に詳細に説明する。
【0023】
実施例1
電荷移動有機錯体(一般式(I);R〜R:ブチル基)と第4級アンモニウム塩(一般式(II);R〜Rは:オクタデシル基、R〜R:メチル基、X:Br)を1:1の混合比で、アセトニトリル―ベンゼン(1:1)の混合溶媒に溶かし、担持用液体として塩酸を用いてpH3に調整した水溶液を用い、通常のラングミュア・トラフ法により単分子膜を作成した。
一方、あらかじめアラキジン酸で疎水化処理したガラス基板上に金電極を蒸着した基板を用意し、この基板上に上記単分子を25mN/mの表面圧で12層累積した。この累積膜は、十分安定な単分子膜を形成することが分かった。上記LB膜について2端子法で導電率を測定したところ、6.9x10-3 (S/cm)であった。
【0024】
比較例1
実施例1において、担体用液体として塩酸水溶液を使用しない以外は実施例1と同様にして、累積膜を作成した。このLB膜の導電率は、3.5x10-3 (S/cm)であった。
【0025】
実施例2
実施例1において、電荷移動有機錯体と第4級アンモニウム塩の混合モル比を2:1とした以外は実施例1と同様にして、累積膜を作成した。このLB膜の導電率は、2.2x10-2 (S/cm)であった。
【0026】
比較例2
実施例2において、担体用液体として塩酸水溶液を使用しない以外は実施例2と同様にして、累積膜を作成した。このLB膜は絶縁体であった。
【0027】
実施例3
実施例1において、担持用液体として塩酸水溶液に代えて3%の過酸化水素水溶液を用いた以外は、実施例1と同様にして累積膜を作成した。このLB膜の導電率は、1.7x10-3 (S/cm)であった。
【0028】
実施例4
実施例3において、電荷移動有機錯体と第4級アンモニウム塩の混合モル比を2:1および5:1とした以外は実施例3と同様にして、累積膜を作成した。このLB膜の導電率は、それぞれ、6.3x10-4 (S/cm)および5.8x10-2 (S/cm)であった。
【0029】
実施例5
実施例1において、担持用液体として、塩酸を用いてpH3に調整した溶液に3%の過酸化水素を混合した水溶液を用いた以外は実施例1と同様にして累積膜を作成した。このLB膜の導電率は、7.7x10-4 (S/cm)であった。
【0030】
実施例6
実施例5において、電荷移動有機錯体と第4級アンモニウム塩の混合モル比を2:1および5:1とした以外は実施例1と同様にして、累積膜を作成した。このLB膜の導電率は、それぞれ、5.7x10-4 (S/cm)および1.3x10-1 (S/cm)であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(I)で示される電荷移動有機錯体と下記一般式(II)で示される第4級アンモニウム塩とを、酸性水溶液液面上でイオン交換することを特徴とする導電性有機超薄膜の製造方法。
【化1】

(式中、Mはニッケルまたは金原子を、R1〜R4は炭素数1〜8のアルキル基を表す)
【化2】

(式中、R〜Rは炭素数1〜24のアルキル基であり、同一であっても異なっていてもよいが、その中の少なくとも1つは炭素数10〜24の長鎖アルキルを表し、Xはハロゲンイオンを表す)
【請求項2】
酸性水溶液が塩酸の水溶液であることを特徴とする請求項1に記載の導電性有機超薄膜の製造方法。
【請求項3】
酸性水溶液が過酸化水素の水溶液であることを特徴とする請求項1に記載の導電性有機超薄膜の製造方法。
【請求項4】
酸性水溶液が塩酸と過酸化水素を含む水溶液であることを特徴とする請求項1に記載の導電性有機超薄膜の製造方法。
【請求項5】
上記一般式(I)で示される電荷移動有機錯体と上記一般式(II)で示される第4級アンモニウム塩とを、前者の混合比が後者より大となる条件下で、イオン交換することを特徴とする導電性有機超薄膜の製造方法。