説明

導電粉とその製造方法

【課題】厚膜抵抗体用の導電粉として用いてペーストを得て、該ペーストを焼成して抵抗体としたときに、ペースト中での分散性が良好であり、さらに良好な電気的特性の抵抗体を形成することができ、かつ工業的に利用しやすい鉛を含まない導電粉とその製造方法を提供する。
【解決手段】導電粉は、平均粒径が20〜80nmであり、かつ被覆膜の厚さが0.2〜2nmであるとともに、酸化イリジウムを全量の4〜30質量%含有することを特徴とする。また、その製造方法は、酸化ルテニウム粉と塩化イリジウム酸塩を、それぞれに含有されるルテニウムとイリジウムの配合割合が、酸化イリジウム/(酸化ルテニウム+酸化イリジウム)の質量比で4〜30:100になるように調整して混合し、混合物を酸化性雰囲気下に540〜800℃で0.5〜60分間焙焼に付した後、焙焼物を水洗浄に付すことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、導電粉とその製造方法に関し、さらに詳しくは、厚膜抵抗体用の導電粉として用いてペーストを得て、該ペーストを焼成して抵抗体としたときに、ペースト中での分散性が良好であり、さらに良好な電気的特性の抵抗体を形成することができ、かつ価格や供給面でも工業的に利用しやすい鉛を含まない導電粉とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
厚膜抵抗体は、チップ抵抗器、厚膜ハイブリッドIC及び抵抗ネットワーク等に広く用いられている。厚膜抵抗体の製造方法としては、通常、絶縁体基板の表面に形成された導電体回路パターン又は電極の上に、導電粉を均一に分散させたペーストを印刷し、これを焼成する工程が用いられる。
【0003】
上記厚膜抵抗体の製造に用いるペーストは、導電粉とガラス結合剤をビヒクルと呼ばれる有機媒体中に均一に分散させることにより製造されている。このうち、導電粉は厚膜抵抗体の電気的特性を決定する最も重要な役割を担い、酸化ルテニウム(RuO)やルテニウム酸鉛(PbRu)の微粉末が広く用いられている。一般に、酸化ルテニウムは低抵抗域から1kΩまでの中抵抗値域の広範囲の導電物として使用され、10kΩ以上の高抵抗域では、ルテニウム酸鉛が用いられることが多い。
【0004】
ところが、近年、電子機器から毒性のある鉛の使用を排除することが求められ、高抵抗領域の厚膜抵抗体用の導電粉として、ルテニウム酸鉛粉に代わる鉛を含有しない導電粉が望まれている。この解決策として、導電粉として、BiRu、CaRuO、SrRuO、BaRuO、LaRuO等の化学式で表わされる種々のルテニウム系酸化物粉(例えば、特許文献1参照。)、あるいは、酸化イリジウム(IrO)粉(例えば、特許文献2参照。)が提案されている。
【0005】
しかしながら、ルテニウム酸鉛粉に代わる導電粉として提案されているルテニウム系酸化物粉では、ペースト化した後、該ペーストを膜状に印刷し焼成して得られた抵抗体の電気的特性が悪く、実用化されるに至ったものはない。一方、酸化イリジウム粉は、ルテニウム酸鉛粉に代わる鉛を含有しない導電粉として有用な特性を有している。ところが、酸化イリジウム粉には、イリジウムがルテニウムに比べて生産量が少なく、価格が不安定であるため、ペースト及び厚膜抵抗体の価格を変動させることになるばかりか供給も不安定であり、ルテニウム酸鉛粉の代替材料として工業的に利用する上で問題がある。
【0006】
ところで、ルテニウム酸鉛粉の使用されていた高抵抗域のうち、中抵抗側(10k〜100kΩ)を、従来から低中抵抗域で使用されていた酸化ルテニウム粉の使用領域を高抵抗側に伸ばすということも解決策の1つの方法であり、従来、酸化ルテニウム粉を中抵抗領域で使用できるようにする検討がなされてきた。しかしながら、10k〜100kΩの抵抗域では、酸化ルテニウム粉を用いた際に、厚膜抵抗体の電気的特性の1つであるノイズが5dBより大きくなるという問題を解決することができなかった。
【0007】
また、酸化ルテニウム粉と酸化イリジウム粉を混合して使用する方法では、十分な電気的特性を得ようとする際に、混合物は、結果的に酸化イリジウム粉を全量に対し50質量%を超えて含有することが必要になってしまい、ペースト及び厚膜抵抗体の価格変動の問題を満足させることはできなかった。
【0008】
以上の状況から、価格及び供給が安定しており、かつ厚膜抵抗体としたときに良好な電気的特性が得られる導電粉とその製造方法が求められている。
【特許文献1】特開2006−69836号公報(第1頁、第2頁)
【特許文献2】特開2006−273636号公報(第1頁、第2頁)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、上記の従来技術の問題点に鑑み、厚膜抵抗体用の導電粉として用いてペーストを得て、該ペーストを焼成して抵抗体としたときに、ペースト中での分散性が良好であり、さらに良好な電気的特性の抵抗体を形成することができ、かつ価格や供給面でも工業的に利用しやすい鉛を含まない導電粉とその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記目的を達成するために、厚膜抵抗体用の導電粉とその製造方法について、鋭意研究を重ねた結果、酸化イリジウムで被覆された酸化ルテニウム粉からなる特定の構造を有する導電粉であって、特定の平均粒径、被覆膜の厚さ及び酸化イリジウム含有量を有する導電粉を用いたところ、ペースト中での分散性が良好であり、さらに良好な電気的特性の抵抗体を形成することができ、かつ工業的に利用しやすいことを見出し、また、酸化ルテニウム粉と特定のイリジウム原料と混合し、得られた混合物を特定の条件で焙焼に付し、さらに水洗浄に付すことで、上記導電粉が得られることを見出し、これらから本発明を完成した。
【0011】
すなわち、本発明の第1の発明によれば、電気的特性に優れる厚膜抵抗体形成用ペーストに用いられる酸化イリジウムで被覆された酸化ルテニウム粉からなる導電粉であって、
平均粒径が20〜80nmであり、かつ被覆膜の厚さが0.2〜2nmであるとともに、酸化イリジウムを全量の4〜30質量%含有することを特徴とする導電粉が提供される。
【0012】
また、本発明の第2の発明によれば、酸化ルテニウム粉と塩化イリジウム酸塩を、それぞれに含有されるルテニウムとイリジウムの配合割合が、酸化イリジウム/(酸化ルテニウム+酸化イリジウム)の質量比で4〜30:100になるように秤量し、これらを混合に付し、得られた混合物を酸化性雰囲気下に540〜800℃の温度で0.5〜60分間の時間で焙焼に付した後、得られた焙焼物を水洗浄に付すことを特徴とする第1の発明の導電粉の製造方法が提供される。
【0013】
また、本発明の第3の発明によれば、第2の発明において、前記混合は、塩化イリジウム酸塩を水に溶解し、得られた水溶液に酸化ルテニウム粉を投入しスラリーを形成し、該スラリーを撹拌した後、スラリーのまま乾燥することを特徴とする導電粉の製造方法が提供される。
【0014】
また、本発明の第4の発明によれば、第2又は3の発明において、前記塩化イリジウム酸塩は、ヘキサクロロイリジウム(IV)酸アンモニウム及び/又はヘキサクロロイリジウム(IV)酸カリウムであることを特徴とする導電粉の製造方法が提供される。
【0015】
また、本発明の第5の発明によれば、第2又は3の発明において、前記酸化ルテニウム粉の粒径は、酸化イリジウムで被覆して得られる導電粉の平均粒径が20〜80nmとなるように選択することを特徴とする導電粉の製造方法が提供される。
【発明の効果】
【0016】
本発明の導電粉とその製造方法は、厚膜抵抗体用の導電粉として用いてペーストを得て、該ペーストを焼成して抵抗体としたときに、良好な電気的特性の抵抗体を形成することができ、かつ主成分としてルテニウムを用いる酸化イリジウムで被覆された酸化ルテニウム粉からなる特定の構造を有する導電粉であるので、価格および供給面でも工業的に利用し易いものであり、また、その製造方法は、上記導電粉を工業的に効率的に製造することができるので、その工業的価値は極めて大きい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明の導電粉とその製造方法を詳細に説明する。
1.導電粉
本発明の導電粉は、電気的特性に優れる厚膜抵抗体形成用ペーストに用いられる酸化イリジウムで被覆された酸化ルテニウム粉からなる導電粉であって、平均粒径が20〜80nmであり、かつ被覆膜の厚さが0.2〜2nmであるとともに、酸化イリジウムを全量の4〜30質量%含有することを特徴とする。
【0018】
上記導電粉において、酸化イリジウムで酸化ルテニウム粉を特定の厚さで被覆してなる特定の平均粒径を有するものであることが重要である。これにより、導電粉中に占める酸化イリジウムの含有割合を4〜30質量%にして、イリジウムの使用量を抑えて、工業的に利用し易いものとなる。すなわち、酸化イリジウムで酸化ルテニウム粉を被覆した構造の粉末とすることにより、従来の酸化ルテニウムと酸化イリジウムの混合粉、或いは両者の均一複合粉からなる導電粉に比べて、少ないイリジウム含有量にかかわらず、電気特性の改善効果が大きい導電粉となる。
【0019】
上記導電粉の平均粒径としては、20〜80nmである。これにより、導電粉のペースト中への分散性が良くなり、ノイズが下げられ、良好な電気的特性の抵抗体を形成することができる。すなわち、平均粒径が80nmを超えると、導電粉を用いてペーストを製造する際に、ペースト中への分散性が悪くなり、ノイズが大きくなってしまう。一方、平均粒径が20nm未満では、導電粉の凝集が強くなり、かえってペースト中への分散性が悪くなる。ここで、導電粉の平均粒径とは、下記の実施例に記載の測定方法に従って、BET法で求めた比表面積より算出された粒径を意味する。
【0020】
上記導電粉の酸化イリジウムからなる被覆膜の厚さとしては、0.2〜2nmであり、好ましくは0.5〜1nmである。すなわち、被覆膜の厚さが0.2nm未満では、酸化ルテニウム粉の表面全体を被覆しきれず、電気特性、特にノイズの改善効果が十分ではない。一方、被覆膜の厚さが2nmを超えると、酸化イリジウムの含有量が大きくなる割りに、改善効果は低い。
【0021】
上記導電粉の全体に占める酸化イリジウムの含有割合としては、4〜30質量%である。ここで、酸化イリジウムの含有割合が4質量%未満では、所定の被覆膜の厚さが得られず、酸化イリジウムの効果が十分でない。一方、被覆量が30質量%を超えると、電気特性改善が大きくは増加しないばかりか、イリジウムの使用量が増加するだけである。
【0022】
上記導電粉の形状としては、特に限定されるものではないが、ペーストの調製において、有機ビヒクル中に均一に分散させることができる略球状であることが好ましい。図1は、本発明の導電粉の一例を表すSEM(走査型電子顕微鏡)像である。図1より、上記導電粉の形状としては、略球状であることが分かる。この形状の制御は、製造方法において用いる酸化ルテニウム粉の形状に依存するものである。
【0023】
上記のように、上記導電粉は、厚膜抵抗体形成用のペーストの調製において、ガラス結合剤とともに有機ビヒクル中に均一に分散させることができる。そして、得られたペーストを用い、通常の方法にしたがって塗布し、その後焼成することにより、電気特性が優れた厚膜抵抗体を形成することができる。
【0024】
上記ペーストの調製の方法としては、例えば、導電粉、ガラス結合剤及び有機ビヒクルを混合した後、スリーロールミルなどにより混練、分散して調製する方法が用いられる。ここで、ガラス結合剤としては、ペーストを用いる対象部品や使用条件などに応じて選定され、例えば、SiO、B、Al、CaOなどを含むガラスフリットが用いられる。また、有機ビヒクルとしては、ペーストを用いる対象部品や使用条件などに応じて選定することができ、例えば、セルロース系樹脂などの有機バインダーをターピネオールなどの溶剤に溶解させたものが用いられる。
【0025】
2.導電粉の製造方法
本発明の導電粉の製造方法は、酸化ルテニウム粉と塩化イリジウム酸塩を、それぞれに含有されるルテニウムとイリジウムの配合割合が、酸化イリジウム/(酸化ルテニウム+酸化イリジウム)の質量比で4〜30:100になるように秤量し、これらを混合に付し、得られた混合物を酸化性雰囲気下に540〜800℃の温度で0.5〜60分間の時間で焙焼に付した後、得られた焙焼物を水洗浄に付すことを特徴とする。これによって、電気的特性に優れる厚膜抵抗体形成用ペーストに用いられる酸化イリジウムで被覆された酸化ルテニウム粉からなる導電粉であって、平均粒径が20〜80nmであり、かつ被覆膜の厚さが0.2〜2nmであるとともに、酸化イリジウムを全量の4〜30質量%含有する導電粉が得られる。
【0026】
上記製造方法において、酸化ルテニウム粉と塩化イリジウム酸塩を、それぞれに含有されるルテニウムとイリジウムの配合割合を、酸化イリジウム/(酸化ルテニウム+酸化イリジウム)の質量比が4〜30:100になるように秤量し、これらを混合に付し、得られた混合物を酸化性雰囲気下に所定の温度で所定の時間で焙焼に付すことが重要である。これによって、所定の被覆膜の厚さと平均粒径を有する、酸化イリジウムで被覆された酸化ルテニウム粉が得られる。すなわち、前記ルテニウムとイリジウムの配合割合及び焙焼の条件が上記の特定値を外れると、下記に詳細に説明するように、所望の導電粉を得ることができない。
【0027】
上記製造方法に用いる酸化ルテニウム粉としては、特に限定されるものではないが、強い凝集をしていないものが望ましい。すなわち、酸化ルテニウム粉の凝集が強いと、混合時に分散しにくいので、酸化イリジウムで均一に被覆できない。また、酸化ルテニウム粉の形状としては、特に限定されるものではないが、ペーストの調製において、有機ビヒクル中に均一に分散させやすい略球状の導電粉を得るため、略球状であることが好ましい。
また、上記酸化ルテニウム粉の製造方法としては、特に限定されるものではないが、例えば、水酸化ルテニウム粉を600〜800℃の温度で酸化性雰囲気下に焙焼に付すことにより得られる。
【0028】
上記酸化ルテニウム粉の粒径としては、酸化イリジウムで被覆して得られる導電粉の平均粒径が20〜80nmとなるように選択する。すなわち、目標するとする導電粉の平均粒径と被覆膜の厚さを勘案して選定する。例えば、酸化イリジウムの含有割合の下限値である4質量%を選択した場合には、被覆前後での導電粉の平均粒径は、被覆膜が極薄いため実質的に変化しないため、酸化ルテニウム粉としては、被覆して得られる導電粉の平均粒径と同じ20〜80nmのものが用いられる。ところが、酸化イリジウムの含有割合の上限値である30質量%を選択した場合には、被覆後での導電粉の平均粒径が増加するので、平均粒径の増加分と所望する被覆後の平均粒径を勘案して用いる酸化ルテニウム粉の粒径を選択すればよい。なお、酸化ルテニウム粉の粒径の評価方法としては、下記の実施例に記載の測定方法に従って、SEM観察により測定したものを用いた。すなわち、BET法により求めた平均粒径は、粒子が凝集している際には、実際の粒径より大きくなってしまう。
【0029】
上記製造方法に用いる塩化イリジウム酸塩としては、特に限定されるものではないが、ヘキサクロロイリジウム(IV)酸アンモニウム((NHIrCl)又はヘキサクロロイリジウム(IV)酸カリウム(KIrCl)、或いはこれらの混合物が用いられる。なお、これらは、乾燥状態にある粉末が望ましいが、水分を含んだものであってもよい。また、これらの粒径としては、特に限定されるものではなく、乳鉢、ボールミル等を用いて、解砕されるものであればよい。
【0030】
上記製造方法に用いる混合の方法としては、特に限定されるものではなく、酸化ルテニウム粉の粒径を変化させない、すなわちこれを砕くほど大きな粉砕能力を有しないものであれば、乳鉢、ボールミル、シェーカー等の一般的な混合装置が用いて行われる。しかしながら、塩化イリジウム酸塩の粒径が大きい場合には、酸化ルテニウム粉と混合する前に、乳鉢、ボールミル等で解砕することが好ましい。これによって、酸化ルテニウム粉への被覆の均一性が向上する。また、塩化イリジウム酸塩を粉砕することができるが、酸化ルテニウム粒子を粉砕しない範囲の粉砕能力を有する粉砕装置を用いて、塩化イリジウム酸塩を粉砕しながら酸化ルテニウム粉と混合する方法も用いられる。
【0031】
この中で、特に、塩化イリジウム酸塩の水溶液に、酸化ルテニウム粉を投入しスラリーを形成し、該スラリーを撹拌した後、スラリーのまま乾燥する方法により得られた混合物は、酸化ルテニウム粉の表面上に塩化イリジウム酸塩が均一に分散されているので、均一に酸化イリジウムで被覆された酸化ルテニウム粉が得られるので、好ましく用いられる。
上記塩化イリジウム酸塩の水溶液の濃度としては、特に限定されるものでなく、酸化ルテニウム粉に対する所望の割合でイリジウムを含有するものが用いられるが、このスラリーは乾燥されるので、できるだけ高濃度のものが好ましい。また、上記スラリーの濃度としては、特に限定されるものでないが、このスラリーは乾燥されるので、できるだけ高濃度のスラリーが好ましい。
【0032】
上記製造方法に用いる焙焼方法としては、特に限定されるものではなく、塩化イリジウム酸塩、酸化ルテニウム等の原料との反応性がなく、かつ耐熱性のある容器、例えば、アルミナ製容器の内部に、上記原料からなる混合物を入れ、該容器を、管状炉、マッフル炉等の一般的な焼成装置内部に設置して所定温度で加熱することにより行なうことができる。
【0033】
上記製造方法に用いる焙焼の雰囲気としては、酸化性雰囲気下であれば、特に限定されるものではなく、酸素ガス等の酸化性ガスを含有する雰囲気が用いられるが、大気雰囲気下が経済的で好ましく、大気気流中がより好ましい。
【0034】
上記製造方法に用いる焙焼の温度としては、540〜800℃であり、540〜700℃がより好ましい。すなわち、焙焼温度が540℃未満では、塩化イリジウム酸塩の分解と酸化が不十分となる。一方、焙焼温度が800℃を超えると、短時間でも、酸化イリジウムからなる被覆膜中のイリジウムと酸化ルテニウム粉中のルテニウムが相互に拡散してしまい、酸化イリジウムと酸化ルテニウムが固溶した複合酸化物粉が形成される。
【0035】
上記製造方法に用いる焙焼の時間としては、0.5〜60分間である。すなわち、酸化イリジウムからなる被覆膜の厚さ、焙焼温度等に応じて適宜選定されるものであるが、塩化イリジウム酸塩が分解し酸化イリジウムを生成するのに十分な0.5〜60分間の範囲のできるだけ短時間とする。ここで、酸化イリジウム被覆膜が薄い場合、あるいは焙焼温度が高い場合には、前記拡散現象で酸化イリジウムで被覆された粉の形態とならず、均一酸化物粉となってしまうため、焙焼時間を短く設定する必要がある。また、酸化イリジウム被覆膜が厚い場合でも、高温で長時間焙焼すると凝集が進むので好ましくない。これらの関係を考慮して、適正な焙焼時間に調整される。
【0036】
以上のように、上記焙焼条件としては、比較的低温度と短時間が選ばれるので、焙焼しただけでは、塩化イリジウム酸塩の分解物が焙焼物中に残留しやすい。この分解物としては、塩化カリウム、塩化アンモニウム、塩素、カリウム等が挙げられるが、これらは、これに続く、水洗浄に付すことで除去できる。
【0037】
上記製造方法に用いる水洗浄方法としては、特に限定されるものではないが、例えば、例えば、まず、焙焼物を水に投入し、攪拌機又は超音波洗浄器を使用して攪拌し、その後、濾過して導電粉を回収する方法が用いられる。この方法において、上記水投入、攪拌洗浄及び濾過からなる操作を数回繰返し行なうことが好ましい。ここで用いる水としては、特に限定されるものではないが、導電粉に対して有害な不純物元素を含有していない水が用いられるが、特に純水が好ましい。
【0038】
上記焙焼物の水スラリーの濃度としては、特に限定されるものではなく、上記上記水投入、攪拌洗浄及び濾過からなる操作の繰り返しにより、上記分解物が十分に除去されるように選ばれる。
【0039】
なお、水洗浄後の導電粉は、水分を蒸発させ乾燥される。この乾燥の方法としては、特に限定されるものではないが、例えば、水洗浄後の導電粉をステンレスパッド上に置き、大気オーブン又は乾燥機などの市販の乾燥装置で、90〜110℃の温度に設定して数時間加熱することにより行なうことができる。
【実施例】
【0040】
以下に、本発明の実施例及び比較例によって本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は、これらの実施例によってなんら限定されるものではない。なお、実施例及び比較例で用いた原料酸化ルテニウム粉の粒径、及び導電粉の平均粒径の評価、及び抵抗体の電気的特性の評価方法は、以下の通りである。
【0041】
(1)原料酸化ルテニウム粉の粒径の測定:10万倍で撮影したSEM像について、200〜300個の粒子の直径を測定し、その平均を求めた。
(2)導電粉の平均粒径の測定:比表面積測定装置(ユアサアイオニクス(株)製、マルチソーブ−16)を用いてBET1点法により比表面積を求め、それから算出した。
(3)導電粉の被覆膜の厚さの評価:使用した塩化イリジウム酸塩のイリジウム重量から生成した酸化イリジウム重量を求め、これを密度で除して酸化イリジウムの体積を算出し、この体積分の皮膜が酸化ルテニウム粉上に形成されたとして、その皮膜厚さを計算で求めた。
【0042】
(4)抵抗体の電気的特性の測定:電気的特性として面積抵抗値とノイズを測定した。得られた導電粉1〜2gをガラス結合剤(主成分:SiO及びB)とビヒクル(主成分:ターピネオール)4〜6gに混合してペースト化した。このペーストを1mm×1mmの大きさで、7〜9μmの膜厚で、膜状に印刷し、大気雰囲気中850℃で30分間焼成して得られた抵抗体の電気的特性(抵抗値及びノイズ)を測定した。ここで、抵抗値はデジタルマルチメーター(KEITHLEY社製、Model2001Multimeter)を用いて4端子法で測定した。また、ノイズはノイズメーター(Quan−Tech社製、Model315C)を用いて、1/10W印加時の電圧変動を測定することで行った。
【0043】
(実施例1)
原料として、水酸化ルテニウム(同和鉱業(株)製、グレード:99.9%)を大気雰囲気中にて800℃で2時間焙焼して得た、SEMによる平均粒径が約50nmの酸化ルテニウム粉2.00gと、ヘキサクロロルテニウム(IV)酸アンモニウム(住友金属鉱山(株)製、グレード:99.9%)0.40gを秤量した。なお、ヘキサクロロイリジウム(IV)酸アンモニウムの秤量値は、焙焼により生成される酸化イリジウムの重量が0.20gであり、酸化ルテニウム粉の表面に形成される被覆膜の厚さが0.5nmとなるように計算で求めた重量であり、これにより得られる導電粉中の酸化イリジウムの含有割合が9質量%となる。
まず、これら秤量物を、シェーカーで混合し、酸化ルテニウム粉と塩化イリジウム酸塩の混合物を得た後、アルミナ製の皿にのせ、管状炉を用いて焙焼した。焙焼では、昇温開始時から大気を毎分3Lで流し、アルミナ皿上の温度が560℃なったところで3分間保持した後、そのまま炉内で冷却した。
次いで、得られた焙焼物を純水200mL中に投入し、超音波洗浄器を用いて10分間の攪拌後、濾紙で濾過して粉末を回収した。ここで、純水投入、攪拌、及び濾過からなるこれらの操作をさらに2回繰返した後、ステンレスパッドに移し、大気乾燥機にて90℃で10時間乾燥して、導電粉を得た。表1に導電粉の作製条件を示す。
【0044】
その後、上記評価方法により、導電粉の平均粒径の測定、及び抵抗体の電気的特性の評価を行なった。このとき、ペースト中への分散性は良好であった。結果を表2に示す。
【0045】
(実施例2)
原料として、水酸化ルテニウム(同和鉱業(株)製、グレード:99.9%)を大気雰囲気中にて800℃で2時間焙焼して得た、SEMによる平均粒径が約50nmの酸化ルテニウム粉2.00gと、ヘキサクロロイリジウム(IV)酸アンモニウム(住友金属鉱山(株)製、グレード:99.9%)0.16gを秤量した。なお、ヘキサクロロイリジウム(IV)酸アンモニウムの秤量値は、焙焼により生成される酸化イリジウムの重量が0.08gであり、酸化ルテニウム粉の表面に形成される被覆膜の厚さが0.2nmとなるように計算で求めた重量であり、これにより得られる導電粉中の酸化イリジウムの含有割合が4質量%となる。
まず、ヘキサクロロイリジウム(IV)酸アンモニウムを純水50mLに溶解し、その中に酸化ルテニウム粉を投入して攪拌してスラリーとした。このスラリーを蒸発皿に移し、95℃にセットした乾燥機で約2時間乾燥した後、得られた乾燥物を乳鉢で解砕し、酸化ルテニウム粉と塩化イリジウム酸塩の混合物を得た。この乾燥粉を、アルミナ製の皿にのせ、管状炉を用いて焙焼した。焙焼では、昇温開始時から大気を毎分3L流し、アルミナ皿上の温度が560℃なったところで3分間保持した後、そのまま炉内で冷却した。次いで、得られた焙焼物を純水200mL中に投入し、超音波洗浄器を用いて10分間の攪拌後、濾紙で濾過して粉末を回収した。ここで、純水投入、攪拌、及び濾過からなるこれらの操作をさらに2回繰返した後、ステンレスパッドに移し、大気乾燥機にて90℃で10時間乾燥して、導電粉を得た。表1に導電粉の作製条件を示す。
【0046】
その後、上記評価方法により、導電粉の平均粒径の測定、及び抵抗体の電気的特性の評価を行なった。このとき、ペースト中への分散性は良好であった。結果を表2に示す。
【0047】
(実施例3〜12)
ヘキサクロロイリジウム(IV)酸アンモニウムの秤量値を変えて、導電粉中の酸化イリジウムの含有割合、焙焼温度及び焙焼時間を表1に示す条件に変更したこと以外は実施例2と同様に行い、導電粉を作製し、導電粉の平均粒径の測定、及び抵抗体の電気的特性の評価を行なった。このとき、ペースト中への分散性は良好であった。表1に導電粉の作製条件を示す。また、結果を表2に示す。
【0048】
(実施例13)
塩化イリジウム酸塩として、ヘキサクロロイリジウム(IV)酸アンモニウムに代えて、ヘキサクロロイリジウム(IV)酸カリウム(住友金属鉱山(株)製、グレード:99.9%)0.44gを用いて、酸化ルテニウム粉表面に形成される酸化イリジウム被覆膜の厚さが0.3nm、及び導電粉中の酸化イリジウムの含有割合が9質量%となるようにしたこと、及び焙焼において560℃で3分間の条件を用いたこと以外は実施例2と同様にして、導電粉を作製し、導電粉の平均粒径の測定、及び抵抗体の電気的特性の評価を行なった。このとき、ペースト中への分散性は良好であった。表1に導電粉の作製条件を示す。また、結果を表2に示す。
【0049】
(実施例14)
水酸化ルテニウム(同和鉱業(株)製、グレード:99.9%)を大気雰囲気中にて700℃で2時間焙焼して得た、SEMによる平均粒径が約20nmの酸化ルテニウム粉2.00gを用いたこと、ヘキサクロロイリジウム(IV)酸アンモニウムの秤量値を1.00gとして、酸化ルテニウム粉表面に形成される酸化イリジウム被覆層の厚さが0.5nm、及び導電粉中の酸化イリジウムの含有割合が21質量%となるようにしたこと、及び焙焼を560℃で3分間の条件を用いたこと以外は実施例2と同様にして導電粉を作製し、導電粉の平均粒径の測定、及び抵抗体の電気的特性の評価を行なった。このとき、ペースト中への分散性は良好であった。表1に導電粉の作製条件を示す。また、結果を表2に示す。
【0050】
(比較例1)
酸化イリジウムを被覆していない導電粉として、ヘキサクロロルテニウム(IV)酸カリウム(住友金属鉱山(株)製、グレード:99.9%)を750℃で1時間大気雰囲気下に焙焼して得た、平均粒径が68nmの酸化ルテニウム粉を用いて、抵抗体の電気的特性の評価を行なった。また、結果を表2に示す。
【0051】
(比較例2)
ヘキサクロロイリジウム(IV)酸アンモニウムの秤量値を0.40gとして、酸化ルテニウム粉表面に形成される酸化イリジウム被覆膜の厚さが0.5nm、導電粉中の酸化イリジウムの含有割合が9質量%となるようにしたこと、及び焙焼を800℃で120分間の条件を用いたこと以外は実施例2と同様にして導電粉を作製し、導電粉の平均粒径の測定、及び抵抗体の電気的特性の評価を行なった。このとき、ペースト中への分散性は良好であった。表1に導電粉の作製条件を示す。また、結果を表2に示す。
【0052】
(比較例3)
水酸化ルテニウム(同和鉱業(株)製、グレード:99.9%)を大気雰囲気中にて700℃で、4時間焙焼して得た、平均粒径が35nmの酸化ルテニウムと、ヘキサクロロイリジウム(IV)酸アンモニウムを840℃で焙焼して得た、平均粒径が45nmの酸化イリジウムを、Ir/(Ir+Ru)モル比が0.3になるように配合した混合物からなる導電粉を用いて、上記測定方法に従って、抵抗体の電気的特性の評価を行なった。結果を表2に示す。
【0053】
【表1】

【0054】
【表2】

【0055】
表1、2より、実施例1〜14では、酸化ルテニウム粉と塩化イリジウム酸塩を、それぞれに含有されるルテニウムとイリジウムの配合割合が、酸化イリジウム/(酸化ルテニウム+酸化イリジウム)の質量比で4〜30:100になるように調整して混合し、得られた混合物を酸化性雰囲気下に540〜800℃の温度で0.5〜60分間の時間で焙焼に付した後、得られた焙焼物を水洗浄に付し、本発明の方法により行われたので、導電粉中の酸化イリジウムの含有割合が4〜30質量%で、平均粒径が20〜80nmで、被覆膜の厚さが0.2〜2nmの導電粉が得られ、それを用いてなる抵抗体は、ノイズが低く電気的特性も良好であることがわかる。
これに対して、比較例1、3では、導電粉は、酸化イリジウムを被覆していないものであり、それを用いてなる抵抗体は、電気的特性の評価において満足すべき結果が得られないことがわかる。また、比較例2では、焙焼がこれらの条件に合わないので、得られた導電粉の平均粒径が大きく、かつ、拡散により均一複合粉になっているので、それを用いてなる抵抗体は、電気的特性の評価において満足すべき結果が得られないことが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0056】
以上より明らかなように、本発明の導電粉とその製造方法は、特にチップ抵抗器、厚膜ハイブリッドIC及び抵抗ネットワーク等に広く用いられている厚膜抵抗体分野で利用されるペースト用の導電粉とその製造方法として好適である。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】本発明の導電粉の一例を表すSEM(走査型電子顕微鏡)像である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電気的特性に優れる厚膜抵抗体形成用ペーストに用いられる酸化イリジウムで被覆された酸化ルテニウム粉からなる導電粉であって、
平均粒径が20〜80nmであり、かつ被覆膜の厚さが0.2〜2nmであるとともに、酸化イリジウムを全量の4〜30質量%含有することを特徴とする導電粉。
【請求項2】
酸化ルテニウム粉と塩化イリジウム酸塩を、それぞれに含有されるルテニウムとイリジウムの配合割合が、酸化イリジウム/(酸化ルテニウム+酸化イリジウム)の質量比で4〜30:100になるように秤量し、これらを混合に付し、得られた混合物を酸化性雰囲気下に540〜800℃の温度で0.5〜60分間の時間で焙焼に付した後、得られた焙焼物を水洗浄に付すことを特徴とする請求項1に記載の導電粉の製造方法。
【請求項3】
前記混合は、塩化イリジウム酸塩を水に溶解し、得られた水溶液に酸化ルテニウム粉を投入しスラリーを形成し、該スラリーを撹拌した後、スラリーのまま乾燥することを特徴とする請求項2に記載の導電粉の製造方法。
【請求項4】
前記塩化イリジウム酸塩は、ヘキサクロロイリジウム(IV)酸アンモニウム及び/又はヘキサクロロイリジウム(IV)酸カリウムであることを特徴とする請求項2又は3に記載の導電粉の製造方法。
【請求項5】
前記酸化ルテニウム粉の粒径は、酸化イリジウムで被覆して得られる導電粉の平均粒径が20〜80nmとなるように選択することを特徴とする請求項2又は3に記載の導電粉の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2009−12992(P2009−12992A)
【公開日】平成21年1月22日(2009.1.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−174133(P2007−174133)
【出願日】平成19年7月2日(2007.7.2)
【出願人】(000183303)住友金属鉱山株式会社 (2,015)
【Fターム(参考)】