尾懸垂テストおよび強制水泳テストにおけるマウスの無動化を制御する遺伝子
【課題】尾懸垂テスト(TST)および強制水泳テスト(FST)における無動化を制御する遺伝子を特定し、その遺伝子を鬱病や躁病などの気分障害の発現機序の解明や有効な抗鬱薬などの気分障害改善薬の開発のために利用する方法を提供する。
【解決手段】TSTおよびFSTにおける無動時間を減少させる作用を有するタンパク質(USP46タンパク質)を支配している責任遺伝子がQTL(量的形質遺伝子座群)解析の結果、第5染色体上の変異ユビキチン特異的ペプチダーゼ遺伝子であること、さらに異常行動を示すマウスにおいてはこのusp46遺伝子が変異しており、無動化行動がusp46遺伝子によって支配されていることを確認した。
【解決手段】TSTおよびFSTにおける無動時間を減少させる作用を有するタンパク質(USP46タンパク質)を支配している責任遺伝子がQTL(量的形質遺伝子座群)解析の結果、第5染色体上の変異ユビキチン特異的ペプチダーゼ遺伝子であること、さらに異常行動を示すマウスにおいてはこのusp46遺伝子が変異しており、無動化行動がusp46遺伝子によって支配されていることを確認した。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、尾懸垂テスト(TST)および強制水泳テスト(FST)におけるマウスの無動時間を減少させる作用を有するタンパク質をコードする単離された変異ユビキチン特異的ペプチダーゼ(usp46)遺伝子および当該作用を有する変異USP46タンパク質に関する。また、本発明は変異usp46遺伝子を有するコンジェニックマウスに関する。
【背景技術】
【0002】
正常なマウスを水槽の中で強制的に泳がせたり(強制水泳テスト(FST))、尾を固定してぶら下げたりする(尾懸垂テスト(TST))と、逃避しようとして暴れるが、しばらくすると逃避を放棄して無動状態になる。この無動状態に陥った時間(無動時間)がヒトにおける鬱状態の程度を反映するとされており、抗鬱薬を評価する1つのパラメーターとなっている。
【0003】
遺伝的に純化された近交系マウスや遺伝子改変マウスを用いたFSTおよびTSTにおける無動時間の解析は、抗鬱薬の評価や鬱関連行動の発現機序を探る上で極めて有用であり、従来から多くの研究がなされている(非特許文献1、非特許文献2)。
【0004】
【非特許文献1】Cryan JFら、Molecular Psychiatry 4:326-357,2004
【非特許文献2】Yoshikawaら、Genome Res 12:357-366,2002
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、強制水泳や尾懸垂行動のような複雑な遺伝形質の解析は極めて困難であるために、それらの行動を支配している遺伝子を特定することは未だ実現していない。
【0006】
従って当該分野において、強制水泳や尾懸垂行動を支配している遺伝子を特定し、その遺伝子を鬱病や躁病などの気分障害の発現機序の解明や有効な抗鬱薬などの気分障害改善薬の開発のために利用することが望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本願発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、正常なマウスと異なり、CSマウス(Abe Hら、J comp Physiol 184(3):234-251,1999;Watanabe Tら、NeuroSci Res 54(4):295-301,2006)はTSTおよびFSTにおいて無動時間を全く示さない異常行動を示すことを見出した。そこでCSマウスと野生型マウスとを交配し、染色体上の遺伝子マーカーを用いてどの染色体部位がどちらの系統から由来したかを明らかにして、無動時間の長短と比較した(QTL(量的形質遺伝子座群)解析)。その結果、この異常行動に関わっている遺伝子座群が第5染色体上にあることを見出した。さらに、CSマウスと野生型マウスとの交配により作製したコンジェニックマウスおよびサブコンジェニックマウスを用いた解析より、TSTおよびFSTにおける無動化を支配している責任遺伝子が第5染色体上のユビキチン特異的ペプチダーゼ46(usp46)遺伝子であることを見出し、さらに異常行動を示すマウスにおいてはこのusp46遺伝子が変異していることを見出した。そして、変異usp46遺伝子を有するマウスへ野生型usp46遺伝子を導入するレスキュー実験を行い、TSTおよびFSTにおける無動化行動がusp46遺伝子によって支配されていることを確認した。本願発明者らは、これらの知見を基に本発明を完成させるに至った。
【0008】
すなわち、本願発明は以下のとおりである。
[1] 配列番号1の塩基配列、または該塩基配列に1から数個のヌクレオチドの欠失、置換、付加もしくは挿入を含む塩基配列からなり、TSTおよびFSTにおける無動時間を減少させる作用を有するタンパク質をコードする単離された変異ユビキチン特異的ペプチダーゼ(usp46)遺伝子。
[2] 配列番号3のアミノ酸配列、または該アミノ酸配列に1から数個のアミノ酸の欠失、置換、付加もしくは挿入を含むアミノ酸配列からなり、TSTおよびFSTにおける無動時間を減少させる作用を有する変異ユビキチン特異的ペプチダーゼ(USP46)タンパク質。
[3] [1]の遺伝子を含む発現ベクター。
[4] [3]の発現ベクターを含む形質転換体。
[5] CSマウスと野生型マウスとの交配により得られる、[1]の遺伝子を含むコンジェニックマウス。
[6] [1]の遺伝子をホモ接合型で有する、[5]のコンジェニックマウス。
【発明の効果】
【0009】
本発明の変異usp46遺伝子は、ヒトでの鬱状態の程度を反映していると考えられている、TSTおよびFSTにおける無動時間を減少させることが可能である。さらに、本発明の変異usp46遺伝子は、ムシモール(GABAA受容体のアゴニスト)に対する反応性の低下、営巣行動の低下、アルコール嗜好性の低下、明暗周期下の明開始に伴う活動亢進などの行動異常を生じ得る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明は、配列番号1の塩基配列、または該塩基配列に1から数個のヌクレオチドの欠失、置換、付加もしくは挿入を含む塩基配列からなり、TSTおよびFSTにおける無動時間を減少させる作用を有するタンパク質をコードする単離された変異ユビキチン特異的ペプチダーゼ(usp46)遺伝子に関する。
【0011】
本発明の変異usp46遺伝子は、配列番号1の塩基配列からなり、野生型usp46遺伝子の塩基配列(配列番号2:NM_177561.2)における271〜273位の塩基を欠失している。
【0012】
また、本発明の変異usp46遺伝子には、配列番号1の塩基配列において、1から数個のヌクレオチドの欠失、置換、付加または挿入を有し、かつTSTおよびFSTにおける無動時間を減少させる作用を有するタンパク質をコードする塩基配列からなるものも含まれ得る。「1から数個」の範囲は特には限定されないが、例えば、1から20個、好ましくは1から10個、より好ましくは1から7個、さらに好ましくは1から5個、特に好ましくは1から3個、あるいは1個または2個である。
【0013】
また、本発明の変異usp46遺伝子には、配列番号1の塩基配列に相補的な配列からなる塩基配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつTSTおよびFSTにおける無動時間を減少させる作用を有するタンパク質をコードする塩基配列からなるものも含まれ得る。ここで、ストリンジェントな条件とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいい、例えば、ナトリウム濃度が、10mM〜300mM、好ましくは20〜100mMであり、温度が25℃〜70℃、好ましくは42℃〜55℃での条件をいう。
【0014】
さらに、本発明の変異usp46遺伝子には、配列番号1の塩基配列とBLAST(Basic Local Alignment Search Tool at the National Center for Biological Information(米国国立生物学情報センターの基本ローカルアラインメント検索ツール))等(例えば、デフォルトすなわち初期設定のパラメーター)を用いて計算したときに、80%以上、より好ましくは90%以上、最も好ましくは95%以上の相同性を有する塩基配列からなり、かつTSTおよびFSTにおける無動時間を減少させる作用を有するタンパク質をコードする塩基配列からなるものも含まれ得る。このような遺伝子には、例えば、マウスと異なる哺乳動物種(例えば、ヒト)のオルソログをコードする遺伝子が含まれ得る。
【0015】
本発明の変異usp46遺伝子がコードするタンパク質は、野生型のusp46遺伝子がコードするタンパク質と比較して、TSTおよびFSTにおける無動時間を25%以上、好ましくは50%以上、さらに好ましくは75%以上、特に好ましくは90%以上減少させる作用を有し得る。
【0016】
本発明の変異usp46遺伝子がコードするタンパク質は、鬱状態の程度を緩和する効果を有し得る。
【0017】
また、本発明の変異usp46遺伝子がコードするタンパク質は、野生型のusp46遺伝子がコードするタンパク質と比較して、ムシモール(GABAA受容体のアゴニスト)に対する反応性の低下、営巣行動の低下、アルコール嗜好性の低下、明暗周期下の明開始に伴う活動亢進などの行動異常を生じさせ得る。
【0018】
本発明はまた、配列番号3のアミノ酸配列、または該アミノ酸配列に1から数個のアミノ酸の欠失、置換、付加または挿入を含むアミノ酸配列からなり、TSTおよびFSTにおける無動時間を減少させる作用を有する変異USP46タンパク質に関する。
【0019】
本発明の変異USP46タンパク質は、配列番号3のアミノ酸配列からなり、野生型USP46タンパク質のアミノ酸配列(配列番号4:NM_177561.2)における第91位のリシン残基を欠失している。
【0020】
また、本発明の変異USP46タンパク質には、配列番号3のアミノ酸配列において、1から数個のアミノ酸の欠失、置換、付加または挿入を有し、かつTSTおよびFSTにおける無動時間を減少させる作用を有するタンパク質をコードするアミノ酸配列からなるものも含まれ得る。「1から数個」の範囲は特には限定されないが、例えば、1から20個、好ましくは1から10個、より好ましくは1から7個、さらに好ましくは1から5個、特に好ましくは1から3個、あるいは1個または2個である。このようなタンパク質には、例えば、マウスと異なる哺乳動物種(例えば、ヒト)のオルソログなどが含まれ得る。
【0021】
また、本発明の変異USP46タンパク質は、ポリペプチドのC末端またはN末端に標識ペプチドを結合させた融合タンパク質の形態であっても良い。代表的な標識ペプチドには、6〜10残基のヒスチジンリピート(Hisタグ)、FLAG、mycペプチド、GFPポリペプチドなどが挙げられるが、標識ペプチドはこれらに限られるものではない。
【0022】
本発明の変異USP46タンパク質は、野生型のUSP46タンパク質と比較して、TSTおよびFSTにおける無動時間を25%以上、好ましくは50%以上、さらに好ましくは75%以上、特に好ましくは90%以上減少させる作用を有し得る。
【0023】
本発明の変異USP46タンパク質は、鬱状態の程度を緩和する効果を有し得る。
【0024】
また、本発明の変異USP46タンパク質は、野生型のUSP46タンパク質と比較して、ムシモール(GABAA受容体のアゴニスト)に対する反応性の低下、営巣行動の低下、アルコール嗜好性の低下、明暗周期下の明開始に伴う活動亢進などの行動異常を生じさせ得る。
【0025】
本発明の変異USP46タンパク質は、下記の本発明の形質転換体より、当業者にとって周知であるように、遺伝子工学的手法を用いて、製造・精製することが可能である。
【0026】
本発明はまた、上記変異usp46遺伝子を含む発現ベクターに関する。
【0027】
本発明の発現ベクターを適当な宿主細胞に導入することによって、変異usp46遺伝子にコードされる変異USP46タンパク質を発現させることが可能である。
【0028】
本発明の発現ベクターは、当業者に周知である遺伝子工学的手法を用いて作製することができる。すなわち、当業者に公知である一般的な遺伝子導入および発現用のベクターに、上記変異usp46遺伝子を組み込んで作製することができる。本発明の発現ベクターに用いることができるベクターとしては、プラスミド、ファージ、ウイルス等、宿主細胞において複製可能である限り特に限定されないが、例えば、pBR322、pBR325、pUC118、pUC119、pKC30、pCFM536などの大腸菌プラスミド、pUB110などの枯草菌プラスミド、pG-1、YEp13、YCp50などの酵母プラスミド、λgt110、λZAPIIなどのファージのDNA、およびレトロウイルス、ヘルペスウイルス、ワクシニアウイルス、ポックスウイルス、ポリオウイルス、シンビスウイルス、センダイウイルス、SV40、免疫不全症ウイルス(HIV)などのDNAウイルスまたはRNAウイルスが挙げられる。ベクターには、目的遺伝子の他に、宿主細胞における複製を可能とする複製起点、および形質転換体を同定する選択マーカー、さらに、好ましくは、宿主細胞由来の適切な転写または翻訳制御配列が、所望により変異usp46遺伝子配列に連結されて含まれ得る。制御配列の例には、転写プロモーター、オペレーター、またはエンハンサー、mRNAリボソーム結合部位、ならびに転写および翻訳開始および終結を調節する適切な配列が含まれる。用いることができるプロモーターとしては、宿主細胞内にて遺伝子発現を駆動できる限り、特に限定されず、例えばT3プロモーター、T7プロモーター、U6プロモーター、H1プロモーターなどのPolIIIプロモーターなど、当業者に公知であるプロモーターを適宜使用することができる。選択マーカーとしては、通常使用されるものを常法により用いることができ、例えばアンピシリン、ブレオマイシン、ハイグロマイシン、ネオマイシン、ピューロマイシンなどの耐性遺伝子やウリジンやアルギニンなどの生合成遺伝子などが挙げられる。
【0029】
本発明はまた、上記発現ベクターを含む形質転換体に関する。
本発明の形質転換体は上記発現ベクターを宿主細胞に導入して形質転換することによって作製することができる。
【0030】
上記発現ベクターを宿主細胞に導入する方法としては、リン酸カルシウム法または塩化カルシウム/塩化ルビジウム法、エレクトロポレーション法、エレクトロインジェクション法、PEGなどの化学的な処理による方法、遺伝子銃などを用いる方法などが挙げられる。
【0031】
宿主細胞として用いることができるものとしては、E. coli、酵母、SF9、SF21、COS1、COS7、CHO、HEK293など周知の細胞が挙げられる。
【0032】
上記発現ベクターが導入された形質転換体は、変異USP46タンパク質を発現し得る。発現されたタンパク質は、宿主細胞より、タンパク質精製に用いられる公知の方法、例えば、硫安塩析、有機溶媒(エタノール、メタノール、アセトン等)による沈殿分離、イオン交換クロマトグラフィー、等電点クロマトグラフィー、ゲルろ過クロマトグラフィー、疎水性クロマトグラフィー、吸着カラムクロマトグラフィー、基質または抗体などを利用したアフィニティークロマトグラフィー、逆相カラムクロマトグラフィーなどのクロマトグラフィー、精密ろ過、限外ろ過、逆浸透ろ過等の濾過処理など、を1つまたは複数組み合わせて用いて精製することが可能である。
【0033】
本発明はまた、CSマウスと野生型マウスとの交配により得られる、上記変異usp46遺伝子を含むコンジェニックマウスに関する。
【0034】
本発明のコンジェニックマウスは、上記変異USP46タンパク質を産生し得る。
本発明のコンジェニックマウスは、当業者に公知の方法によって作製することが可能であり、CSマウスに野生型マウスを用いて戻し交配を繰り返し行うことによって作製できる。
【0035】
CSマウスは、NBC系統およびSIIマウスの交配により作製されたマウス(Staats J、Cancer Res 45:945-977, 1985)であり、名古屋大学生命農学研究科動物行動統御学研究室海老原史樹文博士より入手することが可能である。
【0036】
利用することが可能な野生型マウスは、特に限定されず、PGN2/Ms、SK/CamEi、SM/J、C57BL/6J、129/SvJ、SWR/J、NC/Nga、A/J、CBA/J、DBA/2Jなどの実験用近交系を用いることが可能であるが、好ましくはC57BL/6Jを用いる。
【0037】
本発明のコンジェニックマウスは、第5染色体上に変異usp46遺伝子をヘテロ接合型またはホモ接合型に有するマウスを含むが、好ましくは第5染色体上に変異usp46遺伝子をホモ接合型に有するマウスである。
【0038】
本発明のコンジェニックマウスは、野生型マウスと比較して、TSTおよびFSTにおいて25%以上、好ましくは50%以上、さらに好ましくは75%以上、特に好ましくは90%以上減少した無動時間を示し得る。
【0039】
また、本発明のコンジェニックマウスは、野生型マウスと比較して、ムシモール(GABAA受容体のアゴニスト)に対する反応性の低下、営巣行動の低下、アルコール嗜好性の低下、明暗周期下の明開始に伴う活動亢進などの行動異常を示し得る。
【0040】
本発明はまたヒトの精神疾患を治療するための医薬組成物に関する。
【0041】
TSTおよびFSTにおける無動時間はヒトでの鬱状態の程度を反映していると考えられており、無動時間の減少を指標として抗鬱薬などの薬理効果が試験されている。変異usp46遺伝子を有するマウスにおいては、この無動時間が減少していることから変異usp46遺伝子の遺伝子産物は鬱状態を改善するのに有効であり得る。
【0042】
本発明の医薬組成物は、上記変異USP46タンパク質、上記変異usp46遺伝子を含む発現ベクターおよび上記発現ベクターが導入された形質転換体からなる群から選択される物質を有効成分として含み得る。
【0043】
本発明の医薬組成物は、経口投与または非経口投与(例えば、静脈内投与、動脈内投与、注射による局所投与、腹腔または胸腔への投与、皮下投与、筋肉内投与、舌下投与、経皮吸収または直腸内投与など)、移植などの手段によって投与し得る。また、投与経路に応じて適当な剤形とすることが可能であり、具体的には注射剤、懸濁剤、乳化剤、軟膏剤、クリーム剤錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、丸剤、細粒剤、トローチ錠、直腸投与剤、油脂性坐剤、水溶性坐剤等の各種製剤形態に調製し得る。これらの各種製剤は、通常用いられている賦形剤、増量剤、結合剤、浸潤剤、崩壊剤、表面活性剤、滑沢剤、分散剤、緩衝剤、保存剤、溶解補助剤、防腐剤、着色料、香味剤、および安定化剤などを用いて常法により製造し得る。
【0044】
本発明の医薬組成物に含まれ得る上記変異USP46タンパク質、発現ベクターおよび形質転換体は、患者の年齢、体重、疾患の重篤度などの要因によって変化し得るが、発現ベクター、およびタンパク質であれば1回につき体重1kgあたり0.0001mg〜100mg、形質転換体であれば約102細胞〜約109細胞の範囲から適宜選択される量を含めることができる。
【0045】
また本発明は、鬱病や躁病などの気分障害の発現に関与する物質のスクリーニング方法に関する。以下の実施例にて詳細に記載されるように、本発明の変異usp46遺伝子およびその遺伝子産物、ならびに野生型usp遺伝子およびその遺伝子産物は、鬱状態の程度を制御し得る。従って、本発明の変異usp46遺伝子および変異USP46タンパク質、ならびに野生型usp遺伝子および野生型USPタンパク質の発現、活性などに影響を与える物質をスクリーニングすることによって、気分障害の発現に関与する因子を同定することが可能である。
【実施例】
【0046】
(1)QTL解析
1.表現型の判定:
TST及びFSTは連続する三日間で行い、初日にTSTを、二日目・三日目にFSTを行った。実験はマウス飼育舎において、11:00〜15:00の間に行った。
【0047】
TSTの方法:
マウスの尾にガムテープで輪ゴムをつなぎ、三足スタンドに取り付けたクランプのはさみ部分に引っ掛けてマウスを宙吊りにした。このとき、マウスの鼻先が約30cmの高さにくるようにした。試行時間は7分間とし、後半6分間のうちマウスが無動化した時間を測定した。
【0048】
FSTの方法:
直径20cm、高さ30cmのプラスチック製のシリンダーに25℃の水を15cmの高さまで入れ、その中でマウスを泳がせた。一日目は15分間泳がせ、二日目は7分間泳がせた。二日目の7分間を試行時間とし、後半6分間のうちマウスが無動化した時間を測定した。
【0049】
2.遺伝子型の判定:
ゲノムDNAの抽出は片耳をサンプルとして行った。組織をProteinase K(Takara)によって消化した後、DNAをエタノール沈殿によって抽出した。遺伝子型判定は、以下の表1に挙げたマイクロサテライトマーカーを用いて行った。
【0050】
【表1】
【0051】
PCR反応は定法(Silver, 1995)にて行った。PCR産物を3.5%アガロース(FMC Bioproducts)で泳動し、エチジウムブロマイド染色後にUV下で泳動パターンを比較することにより遺伝子型を判定した。
【0052】
3.インターバルマッピング:
CS系統(以後CSと記載)のマウスとC57BL/6J系統(以後B6と記載)のマウスとを交配し、得られたF2 (N=203)にTST、およびFSTを行い、それらの個体の遺伝子型を表 1に示したマイクロサテライトマーカーを用いて決定した。F2の各染色体部位の遺伝子型と表現型の相関をMAP MANAGER QTXb20 for windows (http://www.mapmanager.org/mmQTX.html)を用いてインターバルマッピングを行うことにより調べた。ゲノムワイドな有意水準Significant level及びSuggestive levelは1000回のpermutation testによって算出した。
【0053】
4.QTL解析の結果
CSマウスおよびB6マウスを用いたTSTおよびFSTにおける、無動時間の解析結果を図1に示す。CSマウスはTSTおよびFSTにおいて無動時間を全く示さなかった。
表1に示したマイクロサテライトマーカーを用いたインターバルマッピングの結果を以下の表2および図2に示す。
【0054】
【表2】
【0055】
表2中、ピークLODスコア (分散%)はfree genetic modelによって算出し、アスタリスクは、有意なQTLを示す。ピーク位置は、マーカーの組換えおよびMouse Genome Informatics (MGI : http:// www.informatics.jax.org/)のコンセンサスマップより推測されるセントロメアからの距離を示す。
【0056】
表2および図2の結果より、TSTおよびFSTにおける異常行動の責任遺伝子が第4および第5染色体上にあること、特に第5染色体上に有意なQTLが存在することがわかった。
【0057】
(2)コンジェニック系統の解析
1.B6.CS-Ngu1053系統の作製:
遺伝子型の判定は上記と同様の方法で行った。ただし、サンプリングは交配用のものは離乳前に、行動実験を行うものは試験場所であるコイトトロンに移してから行動実験を行うまでの間に、耳標(夏目製作所)による個体識別と同時に行った。
【0058】
まず、雄のCSマウスと雌のB6マウスを交配してF1(N1)を得た。続いて雄のF1と雌のB6マウスを交配してN2を得た。N2の雄の中からTSTとFSTにおいて無動時間が減少していることを指標にして2匹選抜し、雌のB6マウスと交配させN3を得た。N3の雄の中からCSマウス由来の5番染色体断片をもつものを選抜し、スピードコンジェニック法(Markel et al, 1997)によってコンジェニック系統を作製した。N3の目的導入領域以外の全染色体について遺伝子型の判定を行い、B6ホモのアレルによく置き換わっている雄個体を次の戻し交配に用いた。これを繰り返し、D5BC40-D5Mit259をCSとB6のヘテロで、これ以外の全てのマイクロサテライトマーカーについてB6ホモ接合でもつ N7-1053を得た。N7-1053を雌のB6マウスと交配させ、D5BC40-D5Mit259のみをヘテロ接合でもつN8の雌雄を得た。これらの個体を交配させ、D5BC40-D5Mit259をB6のホモ、B6とCSのヘテロ、CSのホモ接合でもつ個体を作製し、以下の表現型解析を行った。N7-1053から複製したD5BC40-D5Mit259をCSのホモ接合でもつマウスをB6.CS-Ngu1053系統(以後、1053と記載)マウスと命名した(図3参照)。なお、本発明のコンジェニックマウスは、独立行政法人理化学研究所バイオリソースセンター(理研BRC)にB6.CS-Ngu1053(登録番号01852)の名称で2007年12月13日に寄託した。
【0059】
2.コンジェニック系統の表現型解析
コンジェニック系統の表現型解析はコイトトロンの前室で行った。マウスを実験の1週間前からコイトトロン(7:00 light on)に移した。実験開始の2時間前から前室に移し適応させた後、上記と同様の方法でTST及びFSTを行った。
【0060】
その後、以下の方法でムシモール投与後の正向反射テスト、営巣行動、アルコール嗜好性、明暗周期下での行動解析の順に解析を行った。
【0061】
正向反射テスト
GABAA受容体のアゴニストであるムシモール(3mg/kg)を皮下投与し、マウスの正向反射の消失継続時間を調べた。ムシモールは生理食塩水に溶かして使用した。正向反射の有無はマウスをアクリル製のV字型のくぼみに仰向けにおいて判断した。これをムシモール投与から10分毎に、正向反射が回復するまで行った。
【0062】
ニトラゼパム投与による影響
ニトラゼパム投与(1mg/kg、20mg/kg)群及びVehicle投与群(0.3%CMC:Carboxymethylcellulose)のマウスを用いた。ニトラゼパムはGABAA受容体のベンゾジアゼピン結合部位のアゴニストであり、チャネルの開口頻度および開口時間を増加させる作用を有する。ニトラゼパムは0.3%CMCに溶かして使用した。ニトラゼパムまたはVehicleを皮下投与し、45分後にTSTまたはオープンフィールドテストを行った。
【0063】
オープンフィールドテストの方法:装置は40×40×40cmからなるプラスチック製の箱を用いた。この装置の床にはそれぞれ縦横5cm間隔で線が引かれており、5cm四方の正方形64区画に分けられている。装置の中心にマウスを静かに置き、自由に活動させて歩行運動量(床にかかれた区分線を横切った回数)を測定した。測定時間は5分間とした。
【0064】
営巣行動テスト
マウスを消灯の約一時間前に約2.5g、約5 cm2の巣材(Lillico)の入ったテストケージ(単独飼育、おがくずの床敷、餌及び水は自由摂取)に移動させた。翌日の午前中、使用されないまま残った巣材の重量を計測し、使用前の重量との比を計算し、巣材の使用率とした。また、形成された巣の質を1.巣材の90%以上が未使用、2.50-90%が未使用、3.10-50%が未使用、4.0-10%が未使用でつくられた巣に高さがないもの、5.0-10%が未使用でつくられた巣に高さがあるもの、という基準でスコアを算出した。
【0065】
アルコール嗜好性
マウスを5日間、給水瓶を二つ設置したテストケージ(単独飼育、おがくずの床敷、餌及び水は自由摂取)で飼育した。次の5日間の初日に片方の給水瓶に水、もう片方に5%エタノール(v/v)を入れ、マウスの体重を計測した。位置による嗜好性をなくすため、3日目に給水瓶の位置を入れ換えた。5日目に水と5%エタノールの重量を計測し、それぞれの消費量を算出し、アルコール嗜好性(5%エタノール消費量 / 水消費量+5%エタノール消費量)を計算した。次の5日間は10%エタノール、その次の5日間は20%エタノールを用いて同様の作業を行った。
【0066】
明暗周期下での行動解析
マウスを回転輪の付いたプラスチック製ケージで明期12時間(7:00〜19:00)、暗期12時間(19:00〜7:00)の光条件下で15日間飼育した。回転輪を回したシグナルをマイクロスイッチによりカウントし、The Chronobiology Kit (Stanford Software Systems) により記録した。記録したデータのうち、最初の5日間を除いた10日間の回転輪活動をAnalyze98およびClock lab software (Actimetrics) により解析した。アクティビティプロファイルは各個体の平均活動量(count/min)で標準化したものを用いた。
【0067】
4.表現型の解析結果
1053マウスを用いた表現系解析の結果を以下に示す。
TSTおよびFSTにおいて、1053マウスは、B6マウスよりも無動時間が短く、CSマウスと同じく無動時間の減少が観察された(図4参照)。
【0068】
正向反射テストにおいて、1053マウスはB6マウスよりも正向反射消失時間が短く、CSマウスと同じくムシモールに対する反応性が低下していることが観察された(図5参照)。
【0069】
ニトラゼパム投与による影響を調べたところ、CSマウスおよび1053マウスにおいて見られるTSTにおける無動時間の減少が、B6マウスのレベルまで回復することが観察された(図6のA参照)。ニトラゼパムは抗不安作用だけでなく筋弛緩作用もあることが知られており、ニトラゼパム投与後のTSTにおける無動状態は、筋弛緩によって個体の活動性が低下している可能性も考えられた。そこでオープンフィールドテストにおける歩行活動量を調べたところ、ニトラゼパム投与群と非投与群の間で自発活動量に有意な差がみられなかった(図6のB参照)。このことから、TSTにおけるニトラゼパム投与による無動時間の回復は筋弛緩作用によるものではないことが示唆された。ニトラゼパム投与の結果を上記正向反射テストの結果と合わせて考慮すると、CSマウスおよび1053マウスはGABAA受容体系に何らかの異常があることが示唆される。
【0070】
営巣行動テストにおいて、1053マウスはB6マウスよりも巣材の使用率および巣の質が共に低下し、CSマウスと同じく営巣行動の低下が観察された(図7参照)。
【0071】
アルコール嗜好性テストにおいて、1053マウスはCSマウスと同じく、B6マウスよりもアルコールに対する嗜好性が低下していることが観察された(図8参照)。
【0072】
明暗周期下での行動解析において、1053マウスは明開始直後20分間に急激な活動量の増加がみられ、CSマウスと同じく明開始に伴う急激な活動亢進が観察された(図9Aおよび図9B参照)。
【0073】
これら表現型の解析結果より、1053マウスはCSマウスと同様の表現型を有することが示され、CSマウスにおける異常行動の責任遺伝子が第5染色体上にあることが確認された。
【0074】
(3)サブコンジェニック系統の作製
1053に導入したCS由来のD5BC40-D5Mit259ゲノム領域の間で、B6のD5BC40-D5Mit259ゲノムと組み換えを起こしている個体を選抜し、上記と同様の方法で系統化した。得られた2系統のマウスをそれぞれ、B6.CS-Ngu 3042系統(以後、3042と記載)マウス、B6.CS-Ngu 2271系統(以後、2271と記載)マウスと命名した。これらのマウスを用いて表現型と遺伝子型の判定を上記と同じく行った。
【0075】
サブコンジェニック系統の遺伝子型の判定結果
結果を図10および図11に示す。3042マウスは1053マウスと同様にTSTにおいて無動時間の減少が見られ、一方、2271マウスは無動時間の減少が見られなかった(図10参照)。
【0076】
TSTにおいて無動時間の減少が見られた1053マウスおよび3042マウスと、無動時間の減少が見られなかった2271マウスにおける第5染色体上のマイクロサテライトマーカー遺伝子の由来を解析した結果、無動時間減少の有無で差異が示されたのは第5染色体上のD5B6CS40(74.19)-D5B6CS103(74.71)領域であった(図11参照)。すなわち、この領域内に無動化を支配する責任遺伝子が存在することを確認した。
【0077】
この領域にある遺伝子を図12に示す。この領域には、Usp46、1700112M01Rik、2700023E23Rik、Rasl11bおよびScfd2が含まれており、これら遺伝子を無動化を支配する責任遺伝子の候補遺伝子として同定した。
【0078】
(4)候補遺伝子の検討
1.ORFの塩基配列の比較
TRIZOL Reagent(Invitrogen)を用いて、B6、2271、CSおよび1053のマウスよりRNAを抽出し、SuperScript III RT(Invitrogen)によって逆転写を行った。各系統由来のcDNAより候補遺伝子Usp46、1700112M01Rik、2700023E23Rik、Rasl11bおよびScfd2それぞれをPCRによって増幅し、ABI Prism BigDye Terminator Cycle Sequencing Ready Reaction Kit v3.1(Applied Biosystems)によってシークエンスサンプルを調製した。シークエンスはABI Prism(Applied Biosystems)を用いて行った。
【0079】
2.候補遺伝子塩基配列の比較結果
各系統に由来する各候補遺伝子の塩基配列を、各系統間でアライメントした結果、無動時間の減少を生じるCSおよび1053由来のUsp46と、無動時間の減少を生じないB6および2271由来のUsp46との間に違いが見られた。他の生物種におけるUsp46の塩基配列と比較した結果(図13参照)、CSおよび1053由来のUsp46においては、B6および2271由来のUsp46および他の生物種のUsp46に存在する第91位のリシンが欠失していることがわかった。
【0080】
(5)トランスジェニックマウスの作製・解析
1.BAC DNAの精製
MSM/Ms系統由来のBACクローンMSMG01-414M07(Usp46の上流12 kb〜下流91 kbを含む)を理研BRCから入手した。このクローンを12.5mg/mlのクロラムフェニコールを含む500mlのLB培地で培養し、NucleoBond BAC 100 kit (MACHEREY-NAGEL) を用いてBAC DNAを精製した。MSM/Ms系統由来の約160kbpの配列とベクター由来の約10kbp配列を分離するため、制限酵素Not I (Takara) によって消化後、パルスフィールドゲル電気泳動を行った。ゲルから切り出したDNAをTEで透析して精製した。
【0081】
2.トランスジェニックマウスの作製
精製したBAC DNAを1 ng/μlに調製し、B6由来の前核受精卵にマイクロインジェクションをして導入した。この受精卵をICR系統の卵管に移植して仮母とした。ファウンダーの検出はPCRとサザンブロッティング法によって行った。
【0082】
3.トランスジェニックマウスの交配
9匹得られたファウンダーのうち、MSMG01-414M07の全長が導入されていることを確認した6匹をそれぞれ系統化し、Line4−9(TgB6/B6)とした。まず、ファウンダー(TgB6/B6)をB6/B6.CS-Ngu1053 F1 (B6/ CS)と交配し、TgB6/CSの遺伝子型をもつ個体を選抜した。この個体をB6/B6.CS-Ngu1053 F1 (B6/CS)と交配させることにより、Tgをもつかもたないか、コンジェニックの導入領域をB6/B6、B6/CS、CS/CSでもつか、合計六種類の遺伝子型(すなわち、B6/B6tg、B6/CStg、CS/CStg、B6/B6、B6/CS、CS/CS)をもつマウスを作製した。
【0083】
4.トランスジェニックマウスの表現型解析
上記コンジェニック系統と同様にTST及びFSTを行い、その後、ムシモール投与後の正向反射テスト、営巣行動、アルコール嗜好性、明暗周期下での行動解析の順に解析を行った。
【0084】
5.トランスジェニックマウスのIn situ ハイブリダイゼーションによるUsp46発現解析
Usp46の配列(NM_177561.2)を元にアンチセンスプローブを設計した。オリゴヌクレオチドの標識は3’tailing法により行った。標識化合物には35S-dATP(NEG034H、NEN)を使用し、Terminal deoxynucleotidyl transferase、recombinant(rTDT、Invitrogen)を用いて37℃にて2時間反応させた。放射活性は液体シンチレーションカウンター(LSC-5100、Aloka)により測定した。
【0085】
4.0%パラホルムアルデヒド(TAAB)にて切片の固定を10分間行い、さらにプレハイブリダイゼーション(スライド1枚につきプレハイブリダイゼーション溶液を200μl)を室温で2時間行った。その後0.1×SSC・0.1%ザルコシル(Sigma)にて洗浄し、乾燥させたスライド1枚につき5×105dpmの放射標識オリゴヌクレオチド・ハイブリダイゼーション溶液(50〜75μl)を42℃にて約12時間パラフィルム下にて浸透させた。ハイブリダイゼーション後の洗浄は、2×SSC・0.1%ザルコシルに室温で30分間、0.1%×SSC・0.1%ザルコシルに55℃で40分間×2回行った。乾燥させた切片をオートラジオグラム用カセット(Hypercassette、Amersham)に入れ、X線フィルム(Biomax-MR、Kodak)を室温にて14〜21日間感光させた。X線フィルムの現像には自動現像機(FPM800A、FUJI)を用いた。使用した試薬の組成は以下に示した。
PBS(pH7.4)
8.1mMリン酸水素二ナトリウム・12水
1.5mMリン酸二水素カリウム
2.7mM塩化カリウム
0.14mM塩化ナトリウム
SSC(pH7.4)
0.15M塩化ナトリウム
15mMクエン酸ナトリウム
プレハイブリダイゼーション溶液
0.2mg/ml酵母tRNA(Invitrogen)
33mMトリス(pH8.0)
1mMエチレンジアミン四酢酸(EDTA)(pH8.0)(同人化学)
デンハルト溶液 0.002%フィコール(Pharmacia)
0.002%ポリビニルピロリドン(Sigma)
0.002%ウシ血清アルブミン(FractionV)(Sigma)
600mM塩化ナトリウム
50%脱イオン化ホルムアミド
0.25%ドデシル硫酸ナトリウム
ハイブリダイゼーション溶液
上記のプレハイブリダイゼーション溶液
10%硫酸デキストラン(Pharmacia)
0.1M (±)-Dithiothreitol
【0086】
6.トランスジェニックマウスの表現型およびUsp46発現の解析結果
上記コンジェニックマウスの表現型解析において見られたTSTにおける無動時間の減少が、正常Usp46が導入された(Tgをもつ)トランスジェニックマウスにおいては回復していることが示された(図14参照、図中Tgをもつマウスの結果はドットパターンにて示される)。
【0087】
また、上記コンジェニックマウスの表現型解析において見られた、ムシモール反応性の低下、営巣行動の低下、アルコール嗜好性の低下、明開始に伴う急激な活動亢進といった異常行動が、正常Usp46が導入された(Tgをもつ)トランスジェニックマウスにおいては回復していることが示された(図15〜18B参照、図中Tgをもつマウスの結果はドットパターンにて示される)。
【0088】
これらの結果は、TSTおよびFSTなどにおいて見られるマウスの無動行動が第5染色体上に存在するusp46遺伝子によって支配されていることを示す。また、CSマウスにおいて見られる異常行動の原因が、第91位のリシンが欠失している変異usp46遺伝子によるものであることが示された。
【0089】
B6マウスおよびトランスジェニックマウスにおいてUsp46は嗅球、嗅皮質、大脳皮質、帯状束、海馬、アミダグラ、小脳などにおいて発現していることが検出された(図19参照)。
【産業上の利用可能性】
【0090】
本発明の変異usp46遺伝子は、ヒトでの鬱状態の程度を反映していると考えられている、TSTおよびFSTの無動時間を減少させることが可能である。従って、本発明の変異usp46遺伝子および野生型usp46遺伝子は、ヒトにおける鬱病や躁病などの気分障害の発現機序の解明や抗鬱薬などの有効な気分障害改善薬の開発に重要な貢献をすることが期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0091】
【図1】図1は、CSマウスのTSTおよびFSTにおける無動時間の解析結果を示す図である。
【図2】図2は、TSTおよびFSTに関するインターバルマッピングの解析結果を示す図である。
【図3】図3は、1053マウスの染色体の由来を示す模式図である。白色部がCS由来の染色体を示す。
【図4】図4は、1053マウスのA:TSTおよびB:FSTにおける無動時間の解析結果を示す図である。B6: C57BL/6J系統、CS:CS系統、1053:B6.CS-Ngu1053系統
【図5】図5は、B6、CSおよび1053のマウスを用いたムシモール投与後の正向反射テストの解析結果を示す図である。B6: C57BL/6J系統、CS:CS系統、1053:B6.CS-Ngu1053系統
【図6】図6は、ニトラゼパム投与後のB6、CSおよび1053のマウスにおける、TSTにおける無動時間の解析結果(A)およびオープンフィールドテストの解析結果(B)を示す図である。B6: C57BL/6J系統、1053:B6.CS-Ngu1053系統、CS:CS系統
【図7】図7は、B6、CSおよび1053のマウスを用いた営巣行動テスト(A:巣材の使用率、B:巣の質)の解析結果を示す図である。B6: C57BL/6J系統、CS:CS系統、1053:B6.CS-Ngu1053系統
【図8】図8は、B6、CSおよび1053のマウスを用いたアルコール嗜好性テストの解析結果を示す図である。B6: C57BL/6J系統、CS:CS系統、1053:B6.CS-Ngu1053系統
【図9A】図9Aは、B6、CSおよび1053のマウスを用いた明暗周期下での24時間の行動解析の結果を示す図である。B6: C57BL/6J系統、CS:CS系統、1053:B6.CS-Ngu1053系統
【図9B】図9Bは、B6、CSおよび1053のマウスを用いた明暗周期下での明開始に伴う行動解析の結果を示す図である。グラフは、明開始直後20分間の活動量の平均(count/min)を24時間の活動量の平均(count/min)で除した値を示す。B6: C57BL/6J系統、CS:CS系統、1053:B6.CS-Ngu1053系統
【図10】図10は、サブコンジェニックマウス(2271および3042)、CSおよび1053のマウスにおける、TSTにおける無動時間の解析結果を示す図である。1053:B6.CS-Ngu1053系統、2271:B6.CS-Ngu 2271系統、3042:B6.CS-Ngu 3042系統、CS:CS系統、B6: C57BL/6J系統
【図11】図11は、サブコンジェニックマウスの染色体の由来を示す模式図である。1053:B6.CS-Ngu1053系統、2271:B6.CS-Ngu 2271系統、3042:B6.CS-Ngu 3042系統
【図12】図12は、第5染色体のD5B6CS40(74.19)−D5B6CS103(74.71)の領域に存在する遺伝子を示す。アスタリスクはCSマウスおよび1053マウスのusp46遺伝子において3塩基の欠損が見られた箇所を示す。
【図13】図13は、各系統のマウスに由来するUSP46タンパク質のアミノ酸配列と他生物種のUSP46タンパク質のアミノ酸配列との配列比較の結果を示す図である。B6: C57BL/6J系統、2271:B6.CS-Ngu 2271系統、CS:CS系統、1053:B6.CS-Ngu1053系統
【図14】図14は、トランスジェニックマウスのTSTにおける無動時間の解析結果を示す図である。B6: C57BL/6J系統、CS:CS系統
【図15】図15は、トランスジェニックマウスを用いたムシモール投与後の正向反射テストの解析結果を示す図である。B6: C57BL/6J系統、CS:CS系統
【図16】図16は、トランスジェニックマウス用いた営巣行動テスト(A:巣剤の使用率、B:巣の質)の解析結果を示す図である。B6: C57BL/6J系統、CS:CS系統
【図17】図17は、トランスジェニックマウスを用いたアルコール嗜好性テストの解析結果を示す図である。B6: C57BL/6J系統、CS:CS系統
【図18A】図18Aは、トランスジェニックマウスを用いた明暗周期下での24時間の行動解析の結果を示す図である。B6: C57BL/6J系統、CS:CS系統
【図18B】図18Bは、トランスジェニックマウスを用いた明暗周期下での明開始に伴う行動解析の結果を示す図である。グラフは、明開始直後20分間の活動量の平均(count/min)を24時間の活動量の平均(count/min)で除した値を示す。B6: C57BL/6J系統、CS:CS系統
【図19】図19は、脳におけるusp46遺伝子発現の解析結果を示す図である。B6: C57BL/6J系統、Tg:トランスジェニックマウス(TgB6/CS)
【技術分野】
【0001】
本発明は、尾懸垂テスト(TST)および強制水泳テスト(FST)におけるマウスの無動時間を減少させる作用を有するタンパク質をコードする単離された変異ユビキチン特異的ペプチダーゼ(usp46)遺伝子および当該作用を有する変異USP46タンパク質に関する。また、本発明は変異usp46遺伝子を有するコンジェニックマウスに関する。
【背景技術】
【0002】
正常なマウスを水槽の中で強制的に泳がせたり(強制水泳テスト(FST))、尾を固定してぶら下げたりする(尾懸垂テスト(TST))と、逃避しようとして暴れるが、しばらくすると逃避を放棄して無動状態になる。この無動状態に陥った時間(無動時間)がヒトにおける鬱状態の程度を反映するとされており、抗鬱薬を評価する1つのパラメーターとなっている。
【0003】
遺伝的に純化された近交系マウスや遺伝子改変マウスを用いたFSTおよびTSTにおける無動時間の解析は、抗鬱薬の評価や鬱関連行動の発現機序を探る上で極めて有用であり、従来から多くの研究がなされている(非特許文献1、非特許文献2)。
【0004】
【非特許文献1】Cryan JFら、Molecular Psychiatry 4:326-357,2004
【非特許文献2】Yoshikawaら、Genome Res 12:357-366,2002
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、強制水泳や尾懸垂行動のような複雑な遺伝形質の解析は極めて困難であるために、それらの行動を支配している遺伝子を特定することは未だ実現していない。
【0006】
従って当該分野において、強制水泳や尾懸垂行動を支配している遺伝子を特定し、その遺伝子を鬱病や躁病などの気分障害の発現機序の解明や有効な抗鬱薬などの気分障害改善薬の開発のために利用することが望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本願発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、正常なマウスと異なり、CSマウス(Abe Hら、J comp Physiol 184(3):234-251,1999;Watanabe Tら、NeuroSci Res 54(4):295-301,2006)はTSTおよびFSTにおいて無動時間を全く示さない異常行動を示すことを見出した。そこでCSマウスと野生型マウスとを交配し、染色体上の遺伝子マーカーを用いてどの染色体部位がどちらの系統から由来したかを明らかにして、無動時間の長短と比較した(QTL(量的形質遺伝子座群)解析)。その結果、この異常行動に関わっている遺伝子座群が第5染色体上にあることを見出した。さらに、CSマウスと野生型マウスとの交配により作製したコンジェニックマウスおよびサブコンジェニックマウスを用いた解析より、TSTおよびFSTにおける無動化を支配している責任遺伝子が第5染色体上のユビキチン特異的ペプチダーゼ46(usp46)遺伝子であることを見出し、さらに異常行動を示すマウスにおいてはこのusp46遺伝子が変異していることを見出した。そして、変異usp46遺伝子を有するマウスへ野生型usp46遺伝子を導入するレスキュー実験を行い、TSTおよびFSTにおける無動化行動がusp46遺伝子によって支配されていることを確認した。本願発明者らは、これらの知見を基に本発明を完成させるに至った。
【0008】
すなわち、本願発明は以下のとおりである。
[1] 配列番号1の塩基配列、または該塩基配列に1から数個のヌクレオチドの欠失、置換、付加もしくは挿入を含む塩基配列からなり、TSTおよびFSTにおける無動時間を減少させる作用を有するタンパク質をコードする単離された変異ユビキチン特異的ペプチダーゼ(usp46)遺伝子。
[2] 配列番号3のアミノ酸配列、または該アミノ酸配列に1から数個のアミノ酸の欠失、置換、付加もしくは挿入を含むアミノ酸配列からなり、TSTおよびFSTにおける無動時間を減少させる作用を有する変異ユビキチン特異的ペプチダーゼ(USP46)タンパク質。
[3] [1]の遺伝子を含む発現ベクター。
[4] [3]の発現ベクターを含む形質転換体。
[5] CSマウスと野生型マウスとの交配により得られる、[1]の遺伝子を含むコンジェニックマウス。
[6] [1]の遺伝子をホモ接合型で有する、[5]のコンジェニックマウス。
【発明の効果】
【0009】
本発明の変異usp46遺伝子は、ヒトでの鬱状態の程度を反映していると考えられている、TSTおよびFSTにおける無動時間を減少させることが可能である。さらに、本発明の変異usp46遺伝子は、ムシモール(GABAA受容体のアゴニスト)に対する反応性の低下、営巣行動の低下、アルコール嗜好性の低下、明暗周期下の明開始に伴う活動亢進などの行動異常を生じ得る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明は、配列番号1の塩基配列、または該塩基配列に1から数個のヌクレオチドの欠失、置換、付加もしくは挿入を含む塩基配列からなり、TSTおよびFSTにおける無動時間を減少させる作用を有するタンパク質をコードする単離された変異ユビキチン特異的ペプチダーゼ(usp46)遺伝子に関する。
【0011】
本発明の変異usp46遺伝子は、配列番号1の塩基配列からなり、野生型usp46遺伝子の塩基配列(配列番号2:NM_177561.2)における271〜273位の塩基を欠失している。
【0012】
また、本発明の変異usp46遺伝子には、配列番号1の塩基配列において、1から数個のヌクレオチドの欠失、置換、付加または挿入を有し、かつTSTおよびFSTにおける無動時間を減少させる作用を有するタンパク質をコードする塩基配列からなるものも含まれ得る。「1から数個」の範囲は特には限定されないが、例えば、1から20個、好ましくは1から10個、より好ましくは1から7個、さらに好ましくは1から5個、特に好ましくは1から3個、あるいは1個または2個である。
【0013】
また、本発明の変異usp46遺伝子には、配列番号1の塩基配列に相補的な配列からなる塩基配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつTSTおよびFSTにおける無動時間を減少させる作用を有するタンパク質をコードする塩基配列からなるものも含まれ得る。ここで、ストリンジェントな条件とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいい、例えば、ナトリウム濃度が、10mM〜300mM、好ましくは20〜100mMであり、温度が25℃〜70℃、好ましくは42℃〜55℃での条件をいう。
【0014】
さらに、本発明の変異usp46遺伝子には、配列番号1の塩基配列とBLAST(Basic Local Alignment Search Tool at the National Center for Biological Information(米国国立生物学情報センターの基本ローカルアラインメント検索ツール))等(例えば、デフォルトすなわち初期設定のパラメーター)を用いて計算したときに、80%以上、より好ましくは90%以上、最も好ましくは95%以上の相同性を有する塩基配列からなり、かつTSTおよびFSTにおける無動時間を減少させる作用を有するタンパク質をコードする塩基配列からなるものも含まれ得る。このような遺伝子には、例えば、マウスと異なる哺乳動物種(例えば、ヒト)のオルソログをコードする遺伝子が含まれ得る。
【0015】
本発明の変異usp46遺伝子がコードするタンパク質は、野生型のusp46遺伝子がコードするタンパク質と比較して、TSTおよびFSTにおける無動時間を25%以上、好ましくは50%以上、さらに好ましくは75%以上、特に好ましくは90%以上減少させる作用を有し得る。
【0016】
本発明の変異usp46遺伝子がコードするタンパク質は、鬱状態の程度を緩和する効果を有し得る。
【0017】
また、本発明の変異usp46遺伝子がコードするタンパク質は、野生型のusp46遺伝子がコードするタンパク質と比較して、ムシモール(GABAA受容体のアゴニスト)に対する反応性の低下、営巣行動の低下、アルコール嗜好性の低下、明暗周期下の明開始に伴う活動亢進などの行動異常を生じさせ得る。
【0018】
本発明はまた、配列番号3のアミノ酸配列、または該アミノ酸配列に1から数個のアミノ酸の欠失、置換、付加または挿入を含むアミノ酸配列からなり、TSTおよびFSTにおける無動時間を減少させる作用を有する変異USP46タンパク質に関する。
【0019】
本発明の変異USP46タンパク質は、配列番号3のアミノ酸配列からなり、野生型USP46タンパク質のアミノ酸配列(配列番号4:NM_177561.2)における第91位のリシン残基を欠失している。
【0020】
また、本発明の変異USP46タンパク質には、配列番号3のアミノ酸配列において、1から数個のアミノ酸の欠失、置換、付加または挿入を有し、かつTSTおよびFSTにおける無動時間を減少させる作用を有するタンパク質をコードするアミノ酸配列からなるものも含まれ得る。「1から数個」の範囲は特には限定されないが、例えば、1から20個、好ましくは1から10個、より好ましくは1から7個、さらに好ましくは1から5個、特に好ましくは1から3個、あるいは1個または2個である。このようなタンパク質には、例えば、マウスと異なる哺乳動物種(例えば、ヒト)のオルソログなどが含まれ得る。
【0021】
また、本発明の変異USP46タンパク質は、ポリペプチドのC末端またはN末端に標識ペプチドを結合させた融合タンパク質の形態であっても良い。代表的な標識ペプチドには、6〜10残基のヒスチジンリピート(Hisタグ)、FLAG、mycペプチド、GFPポリペプチドなどが挙げられるが、標識ペプチドはこれらに限られるものではない。
【0022】
本発明の変異USP46タンパク質は、野生型のUSP46タンパク質と比較して、TSTおよびFSTにおける無動時間を25%以上、好ましくは50%以上、さらに好ましくは75%以上、特に好ましくは90%以上減少させる作用を有し得る。
【0023】
本発明の変異USP46タンパク質は、鬱状態の程度を緩和する効果を有し得る。
【0024】
また、本発明の変異USP46タンパク質は、野生型のUSP46タンパク質と比較して、ムシモール(GABAA受容体のアゴニスト)に対する反応性の低下、営巣行動の低下、アルコール嗜好性の低下、明暗周期下の明開始に伴う活動亢進などの行動異常を生じさせ得る。
【0025】
本発明の変異USP46タンパク質は、下記の本発明の形質転換体より、当業者にとって周知であるように、遺伝子工学的手法を用いて、製造・精製することが可能である。
【0026】
本発明はまた、上記変異usp46遺伝子を含む発現ベクターに関する。
【0027】
本発明の発現ベクターを適当な宿主細胞に導入することによって、変異usp46遺伝子にコードされる変異USP46タンパク質を発現させることが可能である。
【0028】
本発明の発現ベクターは、当業者に周知である遺伝子工学的手法を用いて作製することができる。すなわち、当業者に公知である一般的な遺伝子導入および発現用のベクターに、上記変異usp46遺伝子を組み込んで作製することができる。本発明の発現ベクターに用いることができるベクターとしては、プラスミド、ファージ、ウイルス等、宿主細胞において複製可能である限り特に限定されないが、例えば、pBR322、pBR325、pUC118、pUC119、pKC30、pCFM536などの大腸菌プラスミド、pUB110などの枯草菌プラスミド、pG-1、YEp13、YCp50などの酵母プラスミド、λgt110、λZAPIIなどのファージのDNA、およびレトロウイルス、ヘルペスウイルス、ワクシニアウイルス、ポックスウイルス、ポリオウイルス、シンビスウイルス、センダイウイルス、SV40、免疫不全症ウイルス(HIV)などのDNAウイルスまたはRNAウイルスが挙げられる。ベクターには、目的遺伝子の他に、宿主細胞における複製を可能とする複製起点、および形質転換体を同定する選択マーカー、さらに、好ましくは、宿主細胞由来の適切な転写または翻訳制御配列が、所望により変異usp46遺伝子配列に連結されて含まれ得る。制御配列の例には、転写プロモーター、オペレーター、またはエンハンサー、mRNAリボソーム結合部位、ならびに転写および翻訳開始および終結を調節する適切な配列が含まれる。用いることができるプロモーターとしては、宿主細胞内にて遺伝子発現を駆動できる限り、特に限定されず、例えばT3プロモーター、T7プロモーター、U6プロモーター、H1プロモーターなどのPolIIIプロモーターなど、当業者に公知であるプロモーターを適宜使用することができる。選択マーカーとしては、通常使用されるものを常法により用いることができ、例えばアンピシリン、ブレオマイシン、ハイグロマイシン、ネオマイシン、ピューロマイシンなどの耐性遺伝子やウリジンやアルギニンなどの生合成遺伝子などが挙げられる。
【0029】
本発明はまた、上記発現ベクターを含む形質転換体に関する。
本発明の形質転換体は上記発現ベクターを宿主細胞に導入して形質転換することによって作製することができる。
【0030】
上記発現ベクターを宿主細胞に導入する方法としては、リン酸カルシウム法または塩化カルシウム/塩化ルビジウム法、エレクトロポレーション法、エレクトロインジェクション法、PEGなどの化学的な処理による方法、遺伝子銃などを用いる方法などが挙げられる。
【0031】
宿主細胞として用いることができるものとしては、E. coli、酵母、SF9、SF21、COS1、COS7、CHO、HEK293など周知の細胞が挙げられる。
【0032】
上記発現ベクターが導入された形質転換体は、変異USP46タンパク質を発現し得る。発現されたタンパク質は、宿主細胞より、タンパク質精製に用いられる公知の方法、例えば、硫安塩析、有機溶媒(エタノール、メタノール、アセトン等)による沈殿分離、イオン交換クロマトグラフィー、等電点クロマトグラフィー、ゲルろ過クロマトグラフィー、疎水性クロマトグラフィー、吸着カラムクロマトグラフィー、基質または抗体などを利用したアフィニティークロマトグラフィー、逆相カラムクロマトグラフィーなどのクロマトグラフィー、精密ろ過、限外ろ過、逆浸透ろ過等の濾過処理など、を1つまたは複数組み合わせて用いて精製することが可能である。
【0033】
本発明はまた、CSマウスと野生型マウスとの交配により得られる、上記変異usp46遺伝子を含むコンジェニックマウスに関する。
【0034】
本発明のコンジェニックマウスは、上記変異USP46タンパク質を産生し得る。
本発明のコンジェニックマウスは、当業者に公知の方法によって作製することが可能であり、CSマウスに野生型マウスを用いて戻し交配を繰り返し行うことによって作製できる。
【0035】
CSマウスは、NBC系統およびSIIマウスの交配により作製されたマウス(Staats J、Cancer Res 45:945-977, 1985)であり、名古屋大学生命農学研究科動物行動統御学研究室海老原史樹文博士より入手することが可能である。
【0036】
利用することが可能な野生型マウスは、特に限定されず、PGN2/Ms、SK/CamEi、SM/J、C57BL/6J、129/SvJ、SWR/J、NC/Nga、A/J、CBA/J、DBA/2Jなどの実験用近交系を用いることが可能であるが、好ましくはC57BL/6Jを用いる。
【0037】
本発明のコンジェニックマウスは、第5染色体上に変異usp46遺伝子をヘテロ接合型またはホモ接合型に有するマウスを含むが、好ましくは第5染色体上に変異usp46遺伝子をホモ接合型に有するマウスである。
【0038】
本発明のコンジェニックマウスは、野生型マウスと比較して、TSTおよびFSTにおいて25%以上、好ましくは50%以上、さらに好ましくは75%以上、特に好ましくは90%以上減少した無動時間を示し得る。
【0039】
また、本発明のコンジェニックマウスは、野生型マウスと比較して、ムシモール(GABAA受容体のアゴニスト)に対する反応性の低下、営巣行動の低下、アルコール嗜好性の低下、明暗周期下の明開始に伴う活動亢進などの行動異常を示し得る。
【0040】
本発明はまたヒトの精神疾患を治療するための医薬組成物に関する。
【0041】
TSTおよびFSTにおける無動時間はヒトでの鬱状態の程度を反映していると考えられており、無動時間の減少を指標として抗鬱薬などの薬理効果が試験されている。変異usp46遺伝子を有するマウスにおいては、この無動時間が減少していることから変異usp46遺伝子の遺伝子産物は鬱状態を改善するのに有効であり得る。
【0042】
本発明の医薬組成物は、上記変異USP46タンパク質、上記変異usp46遺伝子を含む発現ベクターおよび上記発現ベクターが導入された形質転換体からなる群から選択される物質を有効成分として含み得る。
【0043】
本発明の医薬組成物は、経口投与または非経口投与(例えば、静脈内投与、動脈内投与、注射による局所投与、腹腔または胸腔への投与、皮下投与、筋肉内投与、舌下投与、経皮吸収または直腸内投与など)、移植などの手段によって投与し得る。また、投与経路に応じて適当な剤形とすることが可能であり、具体的には注射剤、懸濁剤、乳化剤、軟膏剤、クリーム剤錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、丸剤、細粒剤、トローチ錠、直腸投与剤、油脂性坐剤、水溶性坐剤等の各種製剤形態に調製し得る。これらの各種製剤は、通常用いられている賦形剤、増量剤、結合剤、浸潤剤、崩壊剤、表面活性剤、滑沢剤、分散剤、緩衝剤、保存剤、溶解補助剤、防腐剤、着色料、香味剤、および安定化剤などを用いて常法により製造し得る。
【0044】
本発明の医薬組成物に含まれ得る上記変異USP46タンパク質、発現ベクターおよび形質転換体は、患者の年齢、体重、疾患の重篤度などの要因によって変化し得るが、発現ベクター、およびタンパク質であれば1回につき体重1kgあたり0.0001mg〜100mg、形質転換体であれば約102細胞〜約109細胞の範囲から適宜選択される量を含めることができる。
【0045】
また本発明は、鬱病や躁病などの気分障害の発現に関与する物質のスクリーニング方法に関する。以下の実施例にて詳細に記載されるように、本発明の変異usp46遺伝子およびその遺伝子産物、ならびに野生型usp遺伝子およびその遺伝子産物は、鬱状態の程度を制御し得る。従って、本発明の変異usp46遺伝子および変異USP46タンパク質、ならびに野生型usp遺伝子および野生型USPタンパク質の発現、活性などに影響を与える物質をスクリーニングすることによって、気分障害の発現に関与する因子を同定することが可能である。
【実施例】
【0046】
(1)QTL解析
1.表現型の判定:
TST及びFSTは連続する三日間で行い、初日にTSTを、二日目・三日目にFSTを行った。実験はマウス飼育舎において、11:00〜15:00の間に行った。
【0047】
TSTの方法:
マウスの尾にガムテープで輪ゴムをつなぎ、三足スタンドに取り付けたクランプのはさみ部分に引っ掛けてマウスを宙吊りにした。このとき、マウスの鼻先が約30cmの高さにくるようにした。試行時間は7分間とし、後半6分間のうちマウスが無動化した時間を測定した。
【0048】
FSTの方法:
直径20cm、高さ30cmのプラスチック製のシリンダーに25℃の水を15cmの高さまで入れ、その中でマウスを泳がせた。一日目は15分間泳がせ、二日目は7分間泳がせた。二日目の7分間を試行時間とし、後半6分間のうちマウスが無動化した時間を測定した。
【0049】
2.遺伝子型の判定:
ゲノムDNAの抽出は片耳をサンプルとして行った。組織をProteinase K(Takara)によって消化した後、DNAをエタノール沈殿によって抽出した。遺伝子型判定は、以下の表1に挙げたマイクロサテライトマーカーを用いて行った。
【0050】
【表1】
【0051】
PCR反応は定法(Silver, 1995)にて行った。PCR産物を3.5%アガロース(FMC Bioproducts)で泳動し、エチジウムブロマイド染色後にUV下で泳動パターンを比較することにより遺伝子型を判定した。
【0052】
3.インターバルマッピング:
CS系統(以後CSと記載)のマウスとC57BL/6J系統(以後B6と記載)のマウスとを交配し、得られたF2 (N=203)にTST、およびFSTを行い、それらの個体の遺伝子型を表 1に示したマイクロサテライトマーカーを用いて決定した。F2の各染色体部位の遺伝子型と表現型の相関をMAP MANAGER QTXb20 for windows (http://www.mapmanager.org/mmQTX.html)を用いてインターバルマッピングを行うことにより調べた。ゲノムワイドな有意水準Significant level及びSuggestive levelは1000回のpermutation testによって算出した。
【0053】
4.QTL解析の結果
CSマウスおよびB6マウスを用いたTSTおよびFSTにおける、無動時間の解析結果を図1に示す。CSマウスはTSTおよびFSTにおいて無動時間を全く示さなかった。
表1に示したマイクロサテライトマーカーを用いたインターバルマッピングの結果を以下の表2および図2に示す。
【0054】
【表2】
【0055】
表2中、ピークLODスコア (分散%)はfree genetic modelによって算出し、アスタリスクは、有意なQTLを示す。ピーク位置は、マーカーの組換えおよびMouse Genome Informatics (MGI : http:// www.informatics.jax.org/)のコンセンサスマップより推測されるセントロメアからの距離を示す。
【0056】
表2および図2の結果より、TSTおよびFSTにおける異常行動の責任遺伝子が第4および第5染色体上にあること、特に第5染色体上に有意なQTLが存在することがわかった。
【0057】
(2)コンジェニック系統の解析
1.B6.CS-Ngu1053系統の作製:
遺伝子型の判定は上記と同様の方法で行った。ただし、サンプリングは交配用のものは離乳前に、行動実験を行うものは試験場所であるコイトトロンに移してから行動実験を行うまでの間に、耳標(夏目製作所)による個体識別と同時に行った。
【0058】
まず、雄のCSマウスと雌のB6マウスを交配してF1(N1)を得た。続いて雄のF1と雌のB6マウスを交配してN2を得た。N2の雄の中からTSTとFSTにおいて無動時間が減少していることを指標にして2匹選抜し、雌のB6マウスと交配させN3を得た。N3の雄の中からCSマウス由来の5番染色体断片をもつものを選抜し、スピードコンジェニック法(Markel et al, 1997)によってコンジェニック系統を作製した。N3の目的導入領域以外の全染色体について遺伝子型の判定を行い、B6ホモのアレルによく置き換わっている雄個体を次の戻し交配に用いた。これを繰り返し、D5BC40-D5Mit259をCSとB6のヘテロで、これ以外の全てのマイクロサテライトマーカーについてB6ホモ接合でもつ N7-1053を得た。N7-1053を雌のB6マウスと交配させ、D5BC40-D5Mit259のみをヘテロ接合でもつN8の雌雄を得た。これらの個体を交配させ、D5BC40-D5Mit259をB6のホモ、B6とCSのヘテロ、CSのホモ接合でもつ個体を作製し、以下の表現型解析を行った。N7-1053から複製したD5BC40-D5Mit259をCSのホモ接合でもつマウスをB6.CS-Ngu1053系統(以後、1053と記載)マウスと命名した(図3参照)。なお、本発明のコンジェニックマウスは、独立行政法人理化学研究所バイオリソースセンター(理研BRC)にB6.CS-Ngu1053(登録番号01852)の名称で2007年12月13日に寄託した。
【0059】
2.コンジェニック系統の表現型解析
コンジェニック系統の表現型解析はコイトトロンの前室で行った。マウスを実験の1週間前からコイトトロン(7:00 light on)に移した。実験開始の2時間前から前室に移し適応させた後、上記と同様の方法でTST及びFSTを行った。
【0060】
その後、以下の方法でムシモール投与後の正向反射テスト、営巣行動、アルコール嗜好性、明暗周期下での行動解析の順に解析を行った。
【0061】
正向反射テスト
GABAA受容体のアゴニストであるムシモール(3mg/kg)を皮下投与し、マウスの正向反射の消失継続時間を調べた。ムシモールは生理食塩水に溶かして使用した。正向反射の有無はマウスをアクリル製のV字型のくぼみに仰向けにおいて判断した。これをムシモール投与から10分毎に、正向反射が回復するまで行った。
【0062】
ニトラゼパム投与による影響
ニトラゼパム投与(1mg/kg、20mg/kg)群及びVehicle投与群(0.3%CMC:Carboxymethylcellulose)のマウスを用いた。ニトラゼパムはGABAA受容体のベンゾジアゼピン結合部位のアゴニストであり、チャネルの開口頻度および開口時間を増加させる作用を有する。ニトラゼパムは0.3%CMCに溶かして使用した。ニトラゼパムまたはVehicleを皮下投与し、45分後にTSTまたはオープンフィールドテストを行った。
【0063】
オープンフィールドテストの方法:装置は40×40×40cmからなるプラスチック製の箱を用いた。この装置の床にはそれぞれ縦横5cm間隔で線が引かれており、5cm四方の正方形64区画に分けられている。装置の中心にマウスを静かに置き、自由に活動させて歩行運動量(床にかかれた区分線を横切った回数)を測定した。測定時間は5分間とした。
【0064】
営巣行動テスト
マウスを消灯の約一時間前に約2.5g、約5 cm2の巣材(Lillico)の入ったテストケージ(単独飼育、おがくずの床敷、餌及び水は自由摂取)に移動させた。翌日の午前中、使用されないまま残った巣材の重量を計測し、使用前の重量との比を計算し、巣材の使用率とした。また、形成された巣の質を1.巣材の90%以上が未使用、2.50-90%が未使用、3.10-50%が未使用、4.0-10%が未使用でつくられた巣に高さがないもの、5.0-10%が未使用でつくられた巣に高さがあるもの、という基準でスコアを算出した。
【0065】
アルコール嗜好性
マウスを5日間、給水瓶を二つ設置したテストケージ(単独飼育、おがくずの床敷、餌及び水は自由摂取)で飼育した。次の5日間の初日に片方の給水瓶に水、もう片方に5%エタノール(v/v)を入れ、マウスの体重を計測した。位置による嗜好性をなくすため、3日目に給水瓶の位置を入れ換えた。5日目に水と5%エタノールの重量を計測し、それぞれの消費量を算出し、アルコール嗜好性(5%エタノール消費量 / 水消費量+5%エタノール消費量)を計算した。次の5日間は10%エタノール、その次の5日間は20%エタノールを用いて同様の作業を行った。
【0066】
明暗周期下での行動解析
マウスを回転輪の付いたプラスチック製ケージで明期12時間(7:00〜19:00)、暗期12時間(19:00〜7:00)の光条件下で15日間飼育した。回転輪を回したシグナルをマイクロスイッチによりカウントし、The Chronobiology Kit (Stanford Software Systems) により記録した。記録したデータのうち、最初の5日間を除いた10日間の回転輪活動をAnalyze98およびClock lab software (Actimetrics) により解析した。アクティビティプロファイルは各個体の平均活動量(count/min)で標準化したものを用いた。
【0067】
4.表現型の解析結果
1053マウスを用いた表現系解析の結果を以下に示す。
TSTおよびFSTにおいて、1053マウスは、B6マウスよりも無動時間が短く、CSマウスと同じく無動時間の減少が観察された(図4参照)。
【0068】
正向反射テストにおいて、1053マウスはB6マウスよりも正向反射消失時間が短く、CSマウスと同じくムシモールに対する反応性が低下していることが観察された(図5参照)。
【0069】
ニトラゼパム投与による影響を調べたところ、CSマウスおよび1053マウスにおいて見られるTSTにおける無動時間の減少が、B6マウスのレベルまで回復することが観察された(図6のA参照)。ニトラゼパムは抗不安作用だけでなく筋弛緩作用もあることが知られており、ニトラゼパム投与後のTSTにおける無動状態は、筋弛緩によって個体の活動性が低下している可能性も考えられた。そこでオープンフィールドテストにおける歩行活動量を調べたところ、ニトラゼパム投与群と非投与群の間で自発活動量に有意な差がみられなかった(図6のB参照)。このことから、TSTにおけるニトラゼパム投与による無動時間の回復は筋弛緩作用によるものではないことが示唆された。ニトラゼパム投与の結果を上記正向反射テストの結果と合わせて考慮すると、CSマウスおよび1053マウスはGABAA受容体系に何らかの異常があることが示唆される。
【0070】
営巣行動テストにおいて、1053マウスはB6マウスよりも巣材の使用率および巣の質が共に低下し、CSマウスと同じく営巣行動の低下が観察された(図7参照)。
【0071】
アルコール嗜好性テストにおいて、1053マウスはCSマウスと同じく、B6マウスよりもアルコールに対する嗜好性が低下していることが観察された(図8参照)。
【0072】
明暗周期下での行動解析において、1053マウスは明開始直後20分間に急激な活動量の増加がみられ、CSマウスと同じく明開始に伴う急激な活動亢進が観察された(図9Aおよび図9B参照)。
【0073】
これら表現型の解析結果より、1053マウスはCSマウスと同様の表現型を有することが示され、CSマウスにおける異常行動の責任遺伝子が第5染色体上にあることが確認された。
【0074】
(3)サブコンジェニック系統の作製
1053に導入したCS由来のD5BC40-D5Mit259ゲノム領域の間で、B6のD5BC40-D5Mit259ゲノムと組み換えを起こしている個体を選抜し、上記と同様の方法で系統化した。得られた2系統のマウスをそれぞれ、B6.CS-Ngu 3042系統(以後、3042と記載)マウス、B6.CS-Ngu 2271系統(以後、2271と記載)マウスと命名した。これらのマウスを用いて表現型と遺伝子型の判定を上記と同じく行った。
【0075】
サブコンジェニック系統の遺伝子型の判定結果
結果を図10および図11に示す。3042マウスは1053マウスと同様にTSTにおいて無動時間の減少が見られ、一方、2271マウスは無動時間の減少が見られなかった(図10参照)。
【0076】
TSTにおいて無動時間の減少が見られた1053マウスおよび3042マウスと、無動時間の減少が見られなかった2271マウスにおける第5染色体上のマイクロサテライトマーカー遺伝子の由来を解析した結果、無動時間減少の有無で差異が示されたのは第5染色体上のD5B6CS40(74.19)-D5B6CS103(74.71)領域であった(図11参照)。すなわち、この領域内に無動化を支配する責任遺伝子が存在することを確認した。
【0077】
この領域にある遺伝子を図12に示す。この領域には、Usp46、1700112M01Rik、2700023E23Rik、Rasl11bおよびScfd2が含まれており、これら遺伝子を無動化を支配する責任遺伝子の候補遺伝子として同定した。
【0078】
(4)候補遺伝子の検討
1.ORFの塩基配列の比較
TRIZOL Reagent(Invitrogen)を用いて、B6、2271、CSおよび1053のマウスよりRNAを抽出し、SuperScript III RT(Invitrogen)によって逆転写を行った。各系統由来のcDNAより候補遺伝子Usp46、1700112M01Rik、2700023E23Rik、Rasl11bおよびScfd2それぞれをPCRによって増幅し、ABI Prism BigDye Terminator Cycle Sequencing Ready Reaction Kit v3.1(Applied Biosystems)によってシークエンスサンプルを調製した。シークエンスはABI Prism(Applied Biosystems)を用いて行った。
【0079】
2.候補遺伝子塩基配列の比較結果
各系統に由来する各候補遺伝子の塩基配列を、各系統間でアライメントした結果、無動時間の減少を生じるCSおよび1053由来のUsp46と、無動時間の減少を生じないB6および2271由来のUsp46との間に違いが見られた。他の生物種におけるUsp46の塩基配列と比較した結果(図13参照)、CSおよび1053由来のUsp46においては、B6および2271由来のUsp46および他の生物種のUsp46に存在する第91位のリシンが欠失していることがわかった。
【0080】
(5)トランスジェニックマウスの作製・解析
1.BAC DNAの精製
MSM/Ms系統由来のBACクローンMSMG01-414M07(Usp46の上流12 kb〜下流91 kbを含む)を理研BRCから入手した。このクローンを12.5mg/mlのクロラムフェニコールを含む500mlのLB培地で培養し、NucleoBond BAC 100 kit (MACHEREY-NAGEL) を用いてBAC DNAを精製した。MSM/Ms系統由来の約160kbpの配列とベクター由来の約10kbp配列を分離するため、制限酵素Not I (Takara) によって消化後、パルスフィールドゲル電気泳動を行った。ゲルから切り出したDNAをTEで透析して精製した。
【0081】
2.トランスジェニックマウスの作製
精製したBAC DNAを1 ng/μlに調製し、B6由来の前核受精卵にマイクロインジェクションをして導入した。この受精卵をICR系統の卵管に移植して仮母とした。ファウンダーの検出はPCRとサザンブロッティング法によって行った。
【0082】
3.トランスジェニックマウスの交配
9匹得られたファウンダーのうち、MSMG01-414M07の全長が導入されていることを確認した6匹をそれぞれ系統化し、Line4−9(TgB6/B6)とした。まず、ファウンダー(TgB6/B6)をB6/B6.CS-Ngu1053 F1 (B6/ CS)と交配し、TgB6/CSの遺伝子型をもつ個体を選抜した。この個体をB6/B6.CS-Ngu1053 F1 (B6/CS)と交配させることにより、Tgをもつかもたないか、コンジェニックの導入領域をB6/B6、B6/CS、CS/CSでもつか、合計六種類の遺伝子型(すなわち、B6/B6tg、B6/CStg、CS/CStg、B6/B6、B6/CS、CS/CS)をもつマウスを作製した。
【0083】
4.トランスジェニックマウスの表現型解析
上記コンジェニック系統と同様にTST及びFSTを行い、その後、ムシモール投与後の正向反射テスト、営巣行動、アルコール嗜好性、明暗周期下での行動解析の順に解析を行った。
【0084】
5.トランスジェニックマウスのIn situ ハイブリダイゼーションによるUsp46発現解析
Usp46の配列(NM_177561.2)を元にアンチセンスプローブを設計した。オリゴヌクレオチドの標識は3’tailing法により行った。標識化合物には35S-dATP(NEG034H、NEN)を使用し、Terminal deoxynucleotidyl transferase、recombinant(rTDT、Invitrogen)を用いて37℃にて2時間反応させた。放射活性は液体シンチレーションカウンター(LSC-5100、Aloka)により測定した。
【0085】
4.0%パラホルムアルデヒド(TAAB)にて切片の固定を10分間行い、さらにプレハイブリダイゼーション(スライド1枚につきプレハイブリダイゼーション溶液を200μl)を室温で2時間行った。その後0.1×SSC・0.1%ザルコシル(Sigma)にて洗浄し、乾燥させたスライド1枚につき5×105dpmの放射標識オリゴヌクレオチド・ハイブリダイゼーション溶液(50〜75μl)を42℃にて約12時間パラフィルム下にて浸透させた。ハイブリダイゼーション後の洗浄は、2×SSC・0.1%ザルコシルに室温で30分間、0.1%×SSC・0.1%ザルコシルに55℃で40分間×2回行った。乾燥させた切片をオートラジオグラム用カセット(Hypercassette、Amersham)に入れ、X線フィルム(Biomax-MR、Kodak)を室温にて14〜21日間感光させた。X線フィルムの現像には自動現像機(FPM800A、FUJI)を用いた。使用した試薬の組成は以下に示した。
PBS(pH7.4)
8.1mMリン酸水素二ナトリウム・12水
1.5mMリン酸二水素カリウム
2.7mM塩化カリウム
0.14mM塩化ナトリウム
SSC(pH7.4)
0.15M塩化ナトリウム
15mMクエン酸ナトリウム
プレハイブリダイゼーション溶液
0.2mg/ml酵母tRNA(Invitrogen)
33mMトリス(pH8.0)
1mMエチレンジアミン四酢酸(EDTA)(pH8.0)(同人化学)
デンハルト溶液 0.002%フィコール(Pharmacia)
0.002%ポリビニルピロリドン(Sigma)
0.002%ウシ血清アルブミン(FractionV)(Sigma)
600mM塩化ナトリウム
50%脱イオン化ホルムアミド
0.25%ドデシル硫酸ナトリウム
ハイブリダイゼーション溶液
上記のプレハイブリダイゼーション溶液
10%硫酸デキストラン(Pharmacia)
0.1M (±)-Dithiothreitol
【0086】
6.トランスジェニックマウスの表現型およびUsp46発現の解析結果
上記コンジェニックマウスの表現型解析において見られたTSTにおける無動時間の減少が、正常Usp46が導入された(Tgをもつ)トランスジェニックマウスにおいては回復していることが示された(図14参照、図中Tgをもつマウスの結果はドットパターンにて示される)。
【0087】
また、上記コンジェニックマウスの表現型解析において見られた、ムシモール反応性の低下、営巣行動の低下、アルコール嗜好性の低下、明開始に伴う急激な活動亢進といった異常行動が、正常Usp46が導入された(Tgをもつ)トランスジェニックマウスにおいては回復していることが示された(図15〜18B参照、図中Tgをもつマウスの結果はドットパターンにて示される)。
【0088】
これらの結果は、TSTおよびFSTなどにおいて見られるマウスの無動行動が第5染色体上に存在するusp46遺伝子によって支配されていることを示す。また、CSマウスにおいて見られる異常行動の原因が、第91位のリシンが欠失している変異usp46遺伝子によるものであることが示された。
【0089】
B6マウスおよびトランスジェニックマウスにおいてUsp46は嗅球、嗅皮質、大脳皮質、帯状束、海馬、アミダグラ、小脳などにおいて発現していることが検出された(図19参照)。
【産業上の利用可能性】
【0090】
本発明の変異usp46遺伝子は、ヒトでの鬱状態の程度を反映していると考えられている、TSTおよびFSTの無動時間を減少させることが可能である。従って、本発明の変異usp46遺伝子および野生型usp46遺伝子は、ヒトにおける鬱病や躁病などの気分障害の発現機序の解明や抗鬱薬などの有効な気分障害改善薬の開発に重要な貢献をすることが期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0091】
【図1】図1は、CSマウスのTSTおよびFSTにおける無動時間の解析結果を示す図である。
【図2】図2は、TSTおよびFSTに関するインターバルマッピングの解析結果を示す図である。
【図3】図3は、1053マウスの染色体の由来を示す模式図である。白色部がCS由来の染色体を示す。
【図4】図4は、1053マウスのA:TSTおよびB:FSTにおける無動時間の解析結果を示す図である。B6: C57BL/6J系統、CS:CS系統、1053:B6.CS-Ngu1053系統
【図5】図5は、B6、CSおよび1053のマウスを用いたムシモール投与後の正向反射テストの解析結果を示す図である。B6: C57BL/6J系統、CS:CS系統、1053:B6.CS-Ngu1053系統
【図6】図6は、ニトラゼパム投与後のB6、CSおよび1053のマウスにおける、TSTにおける無動時間の解析結果(A)およびオープンフィールドテストの解析結果(B)を示す図である。B6: C57BL/6J系統、1053:B6.CS-Ngu1053系統、CS:CS系統
【図7】図7は、B6、CSおよび1053のマウスを用いた営巣行動テスト(A:巣材の使用率、B:巣の質)の解析結果を示す図である。B6: C57BL/6J系統、CS:CS系統、1053:B6.CS-Ngu1053系統
【図8】図8は、B6、CSおよび1053のマウスを用いたアルコール嗜好性テストの解析結果を示す図である。B6: C57BL/6J系統、CS:CS系統、1053:B6.CS-Ngu1053系統
【図9A】図9Aは、B6、CSおよび1053のマウスを用いた明暗周期下での24時間の行動解析の結果を示す図である。B6: C57BL/6J系統、CS:CS系統、1053:B6.CS-Ngu1053系統
【図9B】図9Bは、B6、CSおよび1053のマウスを用いた明暗周期下での明開始に伴う行動解析の結果を示す図である。グラフは、明開始直後20分間の活動量の平均(count/min)を24時間の活動量の平均(count/min)で除した値を示す。B6: C57BL/6J系統、CS:CS系統、1053:B6.CS-Ngu1053系統
【図10】図10は、サブコンジェニックマウス(2271および3042)、CSおよび1053のマウスにおける、TSTにおける無動時間の解析結果を示す図である。1053:B6.CS-Ngu1053系統、2271:B6.CS-Ngu 2271系統、3042:B6.CS-Ngu 3042系統、CS:CS系統、B6: C57BL/6J系統
【図11】図11は、サブコンジェニックマウスの染色体の由来を示す模式図である。1053:B6.CS-Ngu1053系統、2271:B6.CS-Ngu 2271系統、3042:B6.CS-Ngu 3042系統
【図12】図12は、第5染色体のD5B6CS40(74.19)−D5B6CS103(74.71)の領域に存在する遺伝子を示す。アスタリスクはCSマウスおよび1053マウスのusp46遺伝子において3塩基の欠損が見られた箇所を示す。
【図13】図13は、各系統のマウスに由来するUSP46タンパク質のアミノ酸配列と他生物種のUSP46タンパク質のアミノ酸配列との配列比較の結果を示す図である。B6: C57BL/6J系統、2271:B6.CS-Ngu 2271系統、CS:CS系統、1053:B6.CS-Ngu1053系統
【図14】図14は、トランスジェニックマウスのTSTにおける無動時間の解析結果を示す図である。B6: C57BL/6J系統、CS:CS系統
【図15】図15は、トランスジェニックマウスを用いたムシモール投与後の正向反射テストの解析結果を示す図である。B6: C57BL/6J系統、CS:CS系統
【図16】図16は、トランスジェニックマウス用いた営巣行動テスト(A:巣剤の使用率、B:巣の質)の解析結果を示す図である。B6: C57BL/6J系統、CS:CS系統
【図17】図17は、トランスジェニックマウスを用いたアルコール嗜好性テストの解析結果を示す図である。B6: C57BL/6J系統、CS:CS系統
【図18A】図18Aは、トランスジェニックマウスを用いた明暗周期下での24時間の行動解析の結果を示す図である。B6: C57BL/6J系統、CS:CS系統
【図18B】図18Bは、トランスジェニックマウスを用いた明暗周期下での明開始に伴う行動解析の結果を示す図である。グラフは、明開始直後20分間の活動量の平均(count/min)を24時間の活動量の平均(count/min)で除した値を示す。B6: C57BL/6J系統、CS:CS系統
【図19】図19は、脳におけるusp46遺伝子発現の解析結果を示す図である。B6: C57BL/6J系統、Tg:トランスジェニックマウス(TgB6/CS)
【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1の塩基配列、または該塩基配列に1から数個のヌクレオチドの欠失、置換、付加もしくは挿入を含む塩基配列からなり、尾懸垂テスト(TST)および強制水泳テスト(FST)における無動時間を減少させる作用を有するタンパク質をコードする単離された変異ユビキチン特異的ペプチダーゼ(usp46)遺伝子。
【請求項2】
配列番号3のアミノ酸配列、または該アミノ酸配列に1から数個のアミノ酸の欠失、置換、付加もしくは挿入を含むアミノ酸配列からなり、TSTおよびFSTにおける無動時間を減少させる作用を有する変異ユビキチン特異的ペプチダーゼ(USP46)タンパク質。
【請求項3】
請求項1記載の遺伝子を含む発現ベクター。
【請求項4】
請求項3記載の発現ベクターを含む形質転換体。
【請求項5】
CSマウスと野生型マウスとの交配により得られる、請求項1記載の遺伝子を含むコンジェニックマウス。
【請求項6】
請求項1記載の遺伝子をホモ接合型で有する、請求項5記載のコンジェニックマウス。
【請求項1】
配列番号1の塩基配列、または該塩基配列に1から数個のヌクレオチドの欠失、置換、付加もしくは挿入を含む塩基配列からなり、尾懸垂テスト(TST)および強制水泳テスト(FST)における無動時間を減少させる作用を有するタンパク質をコードする単離された変異ユビキチン特異的ペプチダーゼ(usp46)遺伝子。
【請求項2】
配列番号3のアミノ酸配列、または該アミノ酸配列に1から数個のアミノ酸の欠失、置換、付加もしくは挿入を含むアミノ酸配列からなり、TSTおよびFSTにおける無動時間を減少させる作用を有する変異ユビキチン特異的ペプチダーゼ(USP46)タンパク質。
【請求項3】
請求項1記載の遺伝子を含む発現ベクター。
【請求項4】
請求項3記載の発現ベクターを含む形質転換体。
【請求項5】
CSマウスと野生型マウスとの交配により得られる、請求項1記載の遺伝子を含むコンジェニックマウス。
【請求項6】
請求項1記載の遺伝子をホモ接合型で有する、請求項5記載のコンジェニックマウス。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9A】
【図9B】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18A】
【図18B】
【図19】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9A】
【図9B】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18A】
【図18B】
【図19】
【公開番号】特開2009−254248(P2009−254248A)
【公開日】平成21年11月5日(2009.11.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−104962(P2008−104962)
【出願日】平成20年4月14日(2008.4.14)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り GCOE若いちからシンポジウム 名古屋大学システム生命科学 GCOE第1回シンポジウムにてポスター発表 主催者名:国立大学法人名古屋大学 発表日:平成20年3月5日〜6日 番号:P11
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.WINDOWS
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成21年11月5日(2009.11.5)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年4月14日(2008.4.14)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り GCOE若いちからシンポジウム 名古屋大学システム生命科学 GCOE第1回シンポジウムにてポスター発表 主催者名:国立大学法人名古屋大学 発表日:平成20年3月5日〜6日 番号:P11
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.WINDOWS
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【Fターム(参考)】
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