説明

尿量の測定方法

【課題】 他の尿測定項目に影響を与えず、安価で簡便かつ正確に尿量を測定する方法の提供。
【解決手段】 容器に、酵素基質を含有させる工程、蓄尿する工程、該酵素基質を含んだ尿および酵素により該酵素基質濃度を測定する工程、全尿量を算出する工程を含む、全尿量を測定する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、臨床検査の分野において、他の尿測定項目に影響を与えず、簡便かつ正確に尿量を測定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
尿は多くの生体成分やその終末産物及び中間代謝物などを含んでおり、生体の機能の状態を把握するために重要な検体である。尿中に含まれるこれらの成分は、尿中の濃度として測定されるが、尿は水分の摂取量や発汗の程度、健康状態や疾患の程度により尿量が大きく変化し、濃度を確認するだけでは機能の状態を把握し難い。そこで、尿中の成分の基準範囲は、1日の排泄量で表わされる。そのためには1日分の尿が必要であり、実際には24時間分の尿を蓋付き蓄尿瓶、プラスチックバックなどに集め、このものを検体とし、成分濃度を測定し、尿量から1日の排泄量に換算する方法が行なわれている。
【0003】
尿量の測定方法は、たとえば(1)蓋付き蓄尿瓶やプラスチックバックに集められた尿をメスシリンダー等の計量用具で測定する方法、(2)自動蓄尿装置による方法、(3)メモリを付与した容器を用いた方法、(4)24時間尿の1/50を正確に比例採取する用具により測定する方法等が知られている。
【0004】
方法(1)のメスシリンダー等の計量用具を用いる場合、24時間蓄尿は疾患によっては5,000mlを超える場合があり、一般的な大きさの計量用具では計測できない、計量時にこぼしてしまい正確な液量が不明になる、重くて搬送が困難である等の問題があった。
方法(2)の自動蓄尿装置を用いる場合には、正確な尿量の測定、看護労力の軽減、衛生面の改善など多くの利点があるものの、細菌の増殖をきたし易い(臨床検査法提要 改定第31版P138)、外来の患者には使用できない、機器が高額であるなどの問題を抱えていた。
方法(3)のメモリを付与した容器を用いる場合は、伸縮性のある容器を用いているため、正確な尿量は読み取れない等の問題を有していた。
方法(4)の尿量の1/50を比例採取する用具(ユリンメートP:住友ベークライト)を用いた場合は、価格が高いうえ、全尿量の正確性に欠けるという問題もあった。
【0005】
そこで、このような問題を解決するために、蓄尿前に蓄尿容器に600〜800nmに吸収を持つ物質を添加しておき、蓄尿後その物質の濃度を測定することにより、尿量を求める方法が知られている(たとえば特許文献1)。しかし、該方法に用いられている物質は金属指示薬、又は比色試薬に分類される物質であり、尿中の金属イオン測定値や金属を要求する酵素を対象とした項目または金属を必要とする酵素を用いた測定項目の測定値に誤差を生じさせる問題があった。また、予め蓄尿に色がつくため、600〜800nmの波長域で測定を行う他の測定項目に影響を与える等の問題もあった。
【0006】
また、4−アミノアンチピリン、過ヨウ素酸およびN-エチル-N-(3−メチルフェノル)-N'-サクシニルエチレンジアミンを用いて、酸化還元反応による色の変化から尿量を測定する方法が知られている(たとえば非特許文献1)。しかし、4−アミノアンチピリン(4−AA)は尿中で不安定であり、尿保存中にその濃度が減少するという問題があった。そのため、蓄尿後に4−AAを添加しなければならず、添加を忘れる、2重に添加を行う等の不安があった。
【0007】
【特許文献1】特開2000−283981号公報
【非特許文献1】第9回東海サンプリング研究会 講演記録集No.9
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従って、本発明は、上記問題点を解決し、他の測定項目に影響を与えない安価で簡便かつ正確な尿量を測定する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を進める中で、尿に添加する添加剤に所定の酵素基質を選択することにより、該酵素基質が、1)温度、光、pH等に安定で、水溶性である、2)尿の定性反応、定量反応に影響を与えない、3)毒性が無く安全である、4)他の尿対象項目と同時に汎用自動分析で安価に測定できる、5)色、臭い等患者に違和感を与えない、6)尿中成分により尿保存中に変化を受けないものであること見出し、さらに研究を進めた結果、容器に、酵素基質を含有させる工程、蓄尿する工程、該酵素基質を含んだ尿および酵素により該酵素基質濃度を測定する工程、全尿量を算出する工程を含む、全尿量を測定する方法により、簡便かつ正確に尿量を求めることができる本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は、容器に、酵素基質を含有させる工程、蓄尿する工程、該酵素基質を含んだ尿および酵素により該酵素基質濃度を測定する工程、全尿量を算出する工程を含む、全尿量を測定する方法に関する。
また、本発明は、容器に酵素基質を含有させて蓄尿した後、該酵素基質を含んだ尿および酵素により該酵素基質濃度を測定する工程、全尿量を算出する工程を含む、全尿量を測定する方法に関する。
さらに、前記方法に用いる、酵素基質を含んでなる蓄尿容器に関する。
【0011】
蓄尿の尿量測定はその操作性のため、非常にいやがられる作業の一つであった。また、正確性を考慮すると高額な機器、容器を使用するしかなかった。しかし、本法を用いれば、安価で簡易かつ正確に尿量の測定が行え、また、その検体を尿の他項目の測定に使用することができる。昨今の煩雑な作業の多い医療現場において、このように安価で簡易且つ正確な尿量測定を可能としたことは、実用上意義深いものといえる。
【発明の効果】
【0012】
本発明の尿量測定方法は、他の尿測定項目に影響を与えず、簡便かつ正確に尿量を測定することができる。
また、本発明のうち、容器に酵素基質を含有させて蓄尿した後、該酵素基質を含んだ尿および酵素により該酵素基質濃度を測定する工程、全尿量を算出する工程を含む、全尿量を測定する方法においては、尿量の測定が確実に行なわれる。
また、酵素基質がp-ヒドロキシ安息香酸であるものにおいては、全尿量をより効率的に求めることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明の尿量測定方法は、容器に、酵素基質を含有させる工程、蓄尿する工程、該酵素基質を含んだ尿および酵素により該酵素基質を測定する工程、全蓄尿量を産出する工程を含むことにより、全蓄尿量を求める方法である。
特に、蓄尿前に、容器内に酵素基質を含有させておくことは、使用前に容器内に酵素基質の存在を目視で確認できるため、測定の確実性という観点から好ましい。
【0014】
本発明に用いられる容器としては、蓄尿するための蓄尿容器である。蓄尿容器として一般的に使用されている蓋付き蓄尿瓶やプラスチックバックなど、尿を収容できるものであればどのようなものを使用しても良い。このうち、持ち運びの観点から、プラスチックバックが好ましい。
【0015】
酵素基質としては、尿量測定に悪影響を与えないものであれば特に限定はないが、(1)温度、光、pH等に安定で、水溶性であること、(2)尿の定性反応、定量反応に影響を与えないこと、(3)毒性が無く安全であること、(4)他の尿対象項目と同時に汎用自動分析で安価に測定できること、(5)色、臭い等患者に違和感を与えないこと、(6)尿中成分により尿保存中に変化を受けないこと、の要件を満たす酵素基質が、簡便かつ正確に尿量を測定できる点で好ましい。
なお、(6)の尿中成分により尿保存中に変化を受けないこととは、尿に溶解してから24時間室温で安定であることを示し、尿中の酵素により分解されたり、尿中の酸化性物質及び還元性物質により消費される様なものであってはならないことをいう。
【0016】
このような酵素基質としては、たとえば、p−ヒドロキシ安息香酸等の安息香酸誘導体、p−ニトロフェニル−β−グルコピラノシド等の糖誘導体、サリチル酸およびアセトアミノフェン等の薬物・薬物代謝物、タンパク分解酵素用合成基質、ペプチド分解酵素用合成基質、ホルムアルデヒド、エタノール、メタノール等の揮発性有機化合物ならびにこれらの塩などが挙げられる。また、塩としては、ナトリウムやカリウムなどのアルカリ金属塩、カルシウムなどのアルカリ土類金属塩、アンモニウム塩などが挙げられる。
ホルムアルデヒドやエタノール、メタノールのような揮発性有機化合物は、蓄尿後にプラスチックバックなどに添加することが、正確に測定できる点で好ましい。
サリチル酸、アセトアミノフェン等の薬物及び薬物の代謝物として尿中に存在が予想される物質は、これらの物質を尿中に排泄させる薬物を投与しない場合に好ましく用いられる。
p−ヒドロキシ安息香酸等の安息香酸誘導体、p−ニトロフェニル−β−グルコピラノシド等の糖誘導体、タンパク分解酵素用合成基質、ペプチド分解酵素用合成基質は、正確に尿量を測定できることから、好ましく用いられる。これらのうち、特にp−ヒドロキシ安息香酸は、より正確に測定でき、安価であり好ましく使用できる。
【0017】
酵素基質の形態は、粉末状、顆粒状、錠剤状、液状など、いずれの形態でも良いが、保存や運搬の点から、粉末状、顆粒状、錠剤状が望ましい。
酵素基質の量は、その測定試薬において基質の量がわかる程度の感度を与える量が添加されていれば良い。ただし、乏尿、多尿の患者に対しても適用できるように、添加された酵素基質が100mlから5000ml程度までの尿に適応することが望まれる。例えばp−ヒドロキシ安息香酸、または、その塩を酵素基質とした場合は、50〜10000mg、好ましくは125〜7500mg、さらに好ましくは250〜5000mg、最も好ましくは500〜2500mgである。
【0018】
また、尿検体の場合、他の測定項目では、尿検体を5倍程度に希釈して測定する場合があるため、その場合には、希釈されることを考慮し、前述の濃度の5倍濃い濃度とし、添加量は250〜50000mg、好ましくは625〜37500mg、さらに好ましくは1250〜25000mg、特に好ましくは2500〜12500mgである。
また、本発明では、蓄尿容器に予めチモールなどの防腐剤を添加してもかまわない。
【0019】
酵素基質濃度を測定する酵素は、p−ヒドロキシ安息香酸を基質にした場合、p−ヒドロキシ安息香酸ヒドラーゼ、p−ニトロフェニル−β−グルコピラノシドを基質にした場合、β−グルコシダーゼ又はグルコアミラーゼ、サリチル酸を基質にした場合、サリチル酸モノオキシゲナーゼ、アセトアミノフェンを基質にした場合、アリルアシルアミダーゼ、ホルムアルデヒドを基質にした場合、ホルムアルデヒドデヒドロゲナーゼ、タンパク分解酵素用合成基質を基質にした場合、ペプシン、キモトリプシン、トリプシン、エラスターゼなど、ペプチド分解酵素用合成基質を基質にした場合、アミノペプチダーゼKなど、エタノール、メタノールを基質にした場合、アルコールデヒドロゲナーゼなどが使用できる。
【0020】
尿中の酵素基質濃度を測定するには、その酵素基質と反応する酵素や補酵素を含む測定試薬が必要となる。この測定試薬は尿中の酵素基質濃度を測定することが可能であれば、その組成は問わない。たとえば、酵素基質にp−ヒドロキシ安息香酸を用いた場合には、表1に示すような組成が挙げられる。この場合、酵素にp−ヒドロキシ安息香酸ヒドラーゼを用い、補酵素として共存させるニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(NADPH)の340nmにおける吸光度減少を測定する。この吸光度の減少はU-3300形分光光度計の様な分光光度計やH-7170S形自動分析装置のように、臨床検査の現場で使用されている汎用型の分析装置等を用いて測定する。
【0021】
本発明の尿量測定方法は、具体的には以下の手順により行なわれる。
1)酵素基質濃度測定工程
予め酵素基質の既知の標準液を調製し、特定の波長で吸光度を測定し、検量線を作成する。次に、酵素基質を含んだ尿を検体として用いて、その吸光度測定を行い、予め作成した検量線から酵素基質の濃度を算出する。
【0022】
2)尿量算出工程
尿量を算出する方法としては(1)酵素基質濃度と尿量の関係式から尿量を求める方法、(2)予め酵素基質濃度と尿量の表を作成し、酵素基質濃度から尿量を求める方法、(3)既知の酵素基質標準液に標準液濃度に対応する尿量を表示値として付与し、検量線を求め、得られた吸光度変化量から尿量を算出する方法が挙げられる。さらに、他の尿測定項目において、分析パラメーターに尿を検体とした場合、得られた蓄尿量から他の尿測定項目の尿中濃度を1日量へ換算する式を組み込み、1日量として表示させることも可能である。
例えば(1)の方法を用いると、予め容器に酵素基質をA mg含有させ、蓄尿後の酵素基質濃度がB mg/dlであった場合の尿量 C mlは以下の式により算出される。
C = 100 × A / B
【0023】
以下に実施例によって本発明を説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【実施例1】
【0024】
精製水および尿に、p−ヒドロキシ安息香酸アンモニウム塩を0、30、100、300mg/dlとなるように添加して検体を調製した。表1に示す測定試薬を用い、表2に示すパラメーターに設定した日立7150形自動分析装置により検体の吸光度変化量を測定した。測定後、検体を室温に24時間放置し、再度測定を行い、放置前後での測定値を比較した。比較対象として、精製水および尿に、4−アミノアンチピリンを1.6mmol/lとなるように添加した検体を調製し、表3に示した試薬を用いて同様の操作を行った。その結果を表4に示す。
【0025】
【表1】

【0026】
【表2】

【0027】
【表3】

【0028】
【表4】

表4からも分かるように、精製水へ添加した場合と尿に添加した場合でp−ヒドロキシ安息香酸の測定値に違いはみられず、製造時と24時間後でも測定値は同程度であり、p−ヒドロキシ安息香酸は尿中で安定であった。一方、4−アミノアンチピリンは、精製水へ添加した場合と尿に添加した場合で測定値が異なり、放置前後の比較では、尿中では5%程度の濃度低下を示した。
【実施例2】
【0029】
尿検体Aにp−ヒドロキシ安息香酸アンモニウムを300mg/dlとなるように添加したものと添加していないものを検体として、表5に示す項目の測定を実施例1と同様に行い、p−ヒドロキシ安息香酸アンモニウムが他の測定項目に与える影響を確認した。さらに、検体を室温で24時間放置し、再度測定を行い、放置前後の変化を確認した。測定パラメーターは各社標準パラメーターを使用した。
また、特許文献1の実施例に記載の方法が他の測定項目に与える影響を確認した。具体的には、尿検体B200mlにユニバーサルBTを2ml添加したものと添加していないものを検体として、表5に示す項目の測定を実施例1と同様に行い、ユニバーサルBTが他の測定項目に与える影響を確認した。さらに、検体を室温で24時間放置し、再度測定を行い、放置前後の変化を確認した。
なお、用いた試薬(サイアスは登録商標)は関東化学株式会社のものを使用した。
【0030】
【表5】

※印は10倍希釈して測定した項目:測定値は実測値
p−ヒドロキシ安息香酸の有無は各項目の測定値に影響を与えず、また、24時間放置前後にも測定値の違いは認められなかった。特許文献1に開示された方法では、ユニバーサルBT添加によりNAG、Ca、Mg、IPの測定値に不誤差を与えた。したがって、p−ヒドロキシ安息香酸は正確な尿量測定に有効な酵素基質である。
【実施例3】
【0031】
尿にp−ヒドロキシ安息香酸アンモニウム塩を20、40、60、80、100、200、300、400、800、1200mg/dlとなるように添加して検体を調製した。表1に示す測定試薬を用い、表6に示すパラメーターに設定した日立7170S形自動分析装置により検体のp−ヒドロキシ安息香酸濃度を測定した。予め容器に1200mgのp−ヒドロキシ安息香酸アンモニウム塩を含有させた場合のp−ヒドロキシ安息香酸濃度(mg/dl)と尿量(ml)の関係から以下の式を用いて尿量を求めた。
尿量=100×1200/p−ヒドロキシ安息香酸濃度
その結果を表7に示す。
【0032】
【表6】

【0033】
【表7】

※印は5倍希釈して測定
p−ヒドロキシ安息香酸アンモニウム塩を酵素基質に用いた場合、100mlから6000mlの尿量を正確に測定することが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明の尿量測定方法によれば、他の測定項目に影響を与えないで、安価、簡便かつ正確に尿量を測定することができる。したがって、生体の機能の状態をいち早く把握することができ、医療現場や臨床検査に大きく貢献するものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
容器に、酵素基質を含有させる工程、蓄尿する工程、該酵素基質を含んだ尿および酵素により該酵素基質濃度を測定する工程、全尿量を算出する工程を含む、全尿量を測定する方法。
【請求項2】
酵素基質を含有させた容器に蓄尿した後、該酵素基質を含んだ尿および酵素を用いて該酵素基質濃度を測定する工程、全尿量を算出する工程を含む、全尿量を測定する方法。
【請求項3】
酵素基質がp−ヒドロキシ安息香酸またはその塩であることを特徴とする、請求項1または2のいずれかに記載の方法。
【請求項4】
酵素がp−ヒドロキシ安息香酸ヒドロラーゼあることを特徴とする、請求項1または2のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
請求項1から4のいずれかに記載の方法に用いる、酵素基質を含んでなる蓄尿容器。
【請求項6】
酵素基質がp−ヒドロキシ安息香酸またはその塩であることを特徴とする、請求項5に記載の蓄尿容器。

【公開番号】特開2006−149262(P2006−149262A)
【公開日】平成18年6月15日(2006.6.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−343558(P2004−343558)
【出願日】平成16年11月29日(2004.11.29)
【出願人】(591045677)関東化学株式会社 (99)
【Fターム(参考)】