説明

工業用X線管

【課題】小型であり、軽量であり、X線放出量が多い工業用X線管を提供する。
【解決手段】内部が真空である容器2の内部に陰極4A及び陽極6を収納して成り、陰極4Aで発生した電子を陽極6に当てて当該陽極からX線を発生する工業用X線管1において、陰極4Aはグラファイトによって形成されており、このグラファイトは複数の炭素六角網面が積層して成る層状結晶であり、このグラファイトの層成長方向は結晶軸のc軸方向であり、炭素六角網面の結晶軸に基づいてグラファイトを切断し、その切断面を電子放出面としている。例えば、結晶軸のa軸及びb軸の方向を各炭素六角網面の各層の間で任意の方向となるように設定し、c軸に平行な面でグラファイトを切断し、その切断面を電子放出面とすることができる。また、c軸に直角な面でグラファイトを切断することもできる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プラントの配管パイプ等といった構造物の非破壊検査を行う際に用いられる工業用X線管であって、陰極から放出された電子を陽極に当てて当該陽極からX線を発生する工業用X線管に関する。
【背景技術】
【0002】
上記の工業用X線管として、従来、フィラメントによって陰極を形成し、通電によりそのフィラメントから熱電子を放出させ、その熱電子を陽極に当てることによりその陽極からX線を発生する構成の工業用X線管が知られている。このX線管は、高圧電源に加えてフィラメント電源が必要であるので大型で重いという問題点を有している。
【0003】
X線管の分野ではないが、例えばディスプレイ、すなわち画像表示の分野において、カーボンナノチューブを用いて電界放出(Field Emission)に基づいて電子を放出する電子放出素子が知られている(例えば、非特許文献1、特許文献1)。また、X線管の分野でも、カーボンナノチューブを用いて電子放出素子を形成することが知られている(例えば、特許文献5、特許文献6、特許文献7)。電界放出は、物質表面に強い電位を印加したときにその物質の表面から電子が放出される現象である。カーボンナノチューブは、六炭素環で構成される針状、すなわちアスペクト比(粒子長/粒子径)が非常に大きい状態、で管状の粒子である。
【0004】
やはりディスプレイの分野において、グラファイト粒子を用いて電界放出に基づいて電子を放出する電子放出素子が知られている(例えば、特許文献2)。グラファイトとは、炭素六角網面(複数の六炭素環が連なって1つの層を構成している面)が複数個層状に積層されて成る層状構造物質である。
【0005】
また、黒鉛ブロック、炭素棒、炭素フィルム又は炭素繊維の炭素六角網面の層方向に対して垂直にカットした端面を電子放出面とする電子放出素子が知られている(例えば、特許文献3)。
【0006】
また、X線管ではないが、蛍光表示装置において、電子を放出する部分であるカソード構造体のエミッタ部分(電子放出部分)を柱状グラファイトによって構成したものが知られている(例えば、特許文献4)。柱状グラファイト、すなわちグラファイト構造が柱状に丸まって成る柱状構造、が複数個、ほぼ同一方向を向いて集合した構造がカーボンナノチューブである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2000−090813号公報([0082]〜[0097]段落、図10,11,12,13,14)
【特許文献2】特開2000−090813号公報([0063]〜[0076]段落、図2,7,8)
【特許文献3】特開2000−156148号公報(第2〜3頁、図1,2)
【特許文献4】特開平11−135042号公報([0019]〜[0023]段落、図1)
【特許文献5】特開2001−250496号公報(第3頁、図1)
【特許文献6】特開2001−266780号公報(第3頁、図1)
【特許文献7】米国特許第6,456,691号明細書
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】斎藤弥八、「カーボンナノチューブフィールドエミッタ」、表面科学,Vol.23,No.1,pp.38−43,2002、三重大学工学部
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、非特許文献1、特許文献1、特許文献4、特許文献5及び特許文献6に開示されたカーボンナノチューブは、直径0.4〜50nm程度の極めてアスペクト比(粒子長/粒子径)の大きい構造をしており、多数のカーボンナノチューブ集合体の中で放電電圧が低い部分から最初に放電する。そして、局所的に大電流が流れた後、他の部分で放電する。局所的に大電流が流れた部分は短時間で劣化するので、電流が不安定になり易く、寿命が短いという問題がある。
【0010】
特許文献2に開示された電子放出素子、すなわちグラファイトを用いた電子放出素子、は画像表示装置の部品として用いられるものであり、X線管に用いられるものではない。また、この電子放出素子は、電気伝導度が大きく、仕事関数が小さいので電界放出電極として適しているが、成型が困難であり、使用時の形状が安定しない等という問題があった。
【0011】
特許文献3に開示された電子放出素子、すなわち、黒鉛ブロック等の炭素六角網面の層方向に対して垂直にカットした端面を電子放出面とする電子放出素子は、画像表示装置等といった電子ビーム利用機器の部品として用いられるものであり、X線管に用いられるものではない。この電子放出素子においては、同文献の図2に示されているように、複数の炭素六角網面の層の結晶軸、すなわちa軸、b軸、c軸が各層間で互いに一致している。このため、電子放出面からの電子の放出量が少ないという問題があった。
【0012】
本発明は、従来装置における上記の問題点を解消するために成されたものであって、小型であり、軽量であり、X線放出量が多い工業用X線管を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明に係る工業用X線管は、内部が真空である容器の内部に陰極及び陽極を収納して成り、陰極で発生した電子を陽極に当てて当該陽極からX線を発生する工業用X線管において、前記陰極はグラファイトによって形成されており、当該グラファイトは複数の炭素六角網面が積層して成る層状結晶であり、前記炭素六角網面の結晶軸に基づいてグラファイトを切断し、その切断面を電子放出面とすることを特徴とする。
【0014】
このX線管によれば、フィラメントによって陰極を構成するのではなく、グラファイトによって陰極を構成したので、フィラメント電源が不要であり、そのため、小型で軽量のX線管を製造できるようになった。
【0015】
また、一般に、工業用X線管は高電圧を利用して高強度のX線を発生する。グラファイトは高電圧に適しており、高電圧の印加により高強度の電子を発生できる。このため、グラファイトを用いた工業用X線管は、小型且つ軽量でありながら高強度のX線を発生できる。
【0016】
従来、画像表示装置の分野においてグラファイト粒子を用いて陰極を形成することや、蛍光表示装置の分野において柱状グラファイトを用いて陰極を形成することがあった。しかしながら、工業用X線管においてグラファイトによって陰極を形成することは知られていなかった。本発明においてグラファイトによって工業用X線管の陰極を形成したことにより、小型で軽量であり高強度のX線を発生できる工業用X線管を実現できた。
【0017】
また、従来、画像表示装置等の分野においてグラファイトを用いて電子放出素子を形成することがあったが、この従来の場合には、グラファイトの結晶軸について特別の考慮は成されていなかった。これに対し、本発明では、グラファイトの結晶軸を考慮して電子放出面を特定することにしたので、工業用X線管の陰極として好適である陰極を実現できた。
【0018】
例えば、結晶軸のc軸方向に層成長したグラファイトに関して、炭素六角網面の各層内の結晶軸のa軸及びb軸が各層間でランダムな方向を向くように設定すれば、これらの層を切断して電子放出面を形成したとき、電子放出面に臨み出ている結晶構造は適度のバラツキを持っており、その結果、電子放出面からの電子の放出量を多くすることができる。
【0019】
また、例えば、結晶軸のc軸方向に層成長したグラファイトをc軸に直角な面で切断し、その切断面を約0.5μm(rms)程度の表面粗さとなるように研磨し、研磨したその面を電子放出面とすることができる。この表面を原子レベルのスケールで表現すると、炭素の六角網面から成るクラスタの集合体であり、且つそれぞれのクラスタはc軸の周りにランダムに回転した配置をとっている。このような配置をとった場合、c軸に平行な面でグラファイトを切断した場合に比べて電子放出効率は劣ることになるが、劣化に強く寿命が長くなるという効果がある。
【0020】
その理由として次のことが考えられる。一般にX線管においては、陰極から放出した電子を陽極に入射させることによりX線を発生させる。その際、陽極から反跳電子又はイオンが放出される。反跳電子は、電子がターゲットに衝突したときにそのターゲットによって跳ね返された電子である。また、イオンは、電子がターゲットに衝突したときにそのターゲットの表面の金属がイオン化して飛び出したものである。また、管球内が真空であるといってもその管球内には不純物質が存在しており、その不純物質が電子の衝突を受けてイオン化することがある。上記のイオンはこのようなイオンも含むものである。
【0021】
反跳電子やイオンが再び陰極まで飛行して当該陰極の表面に衝突すると、陰極材料に損傷を与え、陰極の特性を劣化させることが知られている。このことに関連して、c軸に直角な方向、すなわち六角網面に平行な方向を電子放出面とし、この電子放出面を陽極に向けることにより、比較的安定な六角網面に反跳電子又はイオンを衝突させることができる。そしてこれにより、陰極材料の劣化を低減できるのである。
【0022】
本発明に係る他の実施態様の工業用X線管は、内部が真空である容器の内部に陰極及び陽極を収納して成り、陰極で発生した電子を陽極に当てて当該陽極からX線を発生する工業用X線管において、前記陰極はグラファイトによって形成されており、当該グラファイトは複数の炭素六角網面が積層して成る層状結晶であり、当該グラファイトの層成長方向は結晶軸のc軸方向であり、結晶軸のa軸及びb軸の方向は各炭素六角網面の各層の間で任意の方向であり、前記c軸に平行な面で前記グラファイトが切断され、その切断面が電子放出面であることを特徴とする。
【0023】
このX線管によれば、グラファイトが結晶軸のc軸方向に層成長し、炭素六角網面の各層内の結晶軸のa軸及びb軸は各層間でランダムな方向を向いているので、これらの層を切断して電子放出面を形成したとき、電子放出面に臨み出ている結晶構造は適度のバラツキを持っており、その結果、電子放出面からの電子の放出量を多くすることができる。
【0024】
本発明に係るさらに他の実施態様の工業用X線管は、内部が真空である容器の内部に陰極及び陽極を収納して成り、陰極で発生した電子を陽極に当てて当該陽極からX線を発生する工業用X線管において、前記陰極はグラファイトによって形成されており、当該グラファイトは複数の炭素六角網面が積層して成る層状結晶であり、当該グラファイトの層成長方向は結晶軸のc軸方向であり、結晶軸のa軸及びb軸の方向は各炭素六角網面の各層の間で任意の方向であり、前記c軸に直角な面で前記グラファイトが切断され、その切断面が電子放出面であることを特徴とする。
【0025】
このX線管によれば、陽極からの反跳電子又はイオンを比較的安定な六角網面に衝突させることができ、その結果、陰極材料の劣化を低減でき、これにより、劣化に強く寿命が長い工業用X線管を提供できる。
【0026】
本発明に係る工業用X線管において、前記陰極の形状は、(1)直径0.5〜1.0mmの針形状、(2)幅0.5〜1.0mmで長さが5.0〜20mmである線形状、(3)直径1.0〜20mmの円柱形状、又は(4)円筒形状とすることができる。これらの形状は、必要とされるX線ビームの断面形状に応じて適宜に選択して用いられる。
【0027】
本発明に係る工業用X線管は、前記陰極を1000℃以上に加熱するヒータを有することができる。このようにヒータを加熱することにより、汚染や劣化によって特性が低下した陰極の表面を除去して、清浄な面を露出させることができ、X線回折の長寿命化を達成できる。なお、ヒータは、陰極自身に電流を流してそれを発熱させる構成を採用することもできる。
【0028】
電子顕微鏡の分野において、電界放電を行う電子銃の表面の汚染を除去すること、及び電子銃の形状を整えることを目的として、電子銃に対してフラッシング処理と呼ばれる通電処理が行われることが知られている(例えば、特開平1−272039)。このフラッシング処理は電子銃の全体の形状を変化させるものであるが、本発明による加熱処理は陰極全体の形状を変化させるわけではなく、個々の炭素六角網面(すなわちグラフェンシート)の形状を整えるものである。
【0029】
本発明に係る工業用X線管は、前記陰極と前記陽極との間に印加する電圧を制御する電圧制御手段を有することができ、当該電圧制御手段は前記陰極と前記陽極との間の電圧−電流特性を記憶でき、当該電圧−電流特性に従って前記陰極と前記陽極との間に電圧を印加できる。この構成により、X線測定を繰返して行うことによって陰極長さに変化が生じる場合でも、最適な電圧を印加することが可能となる。
【発明の効果】
【0030】
本発明に係る工業用X線管によれば、フィラメントによって陰極を構成するのではなく、グラファイトによって陰極を構成したので、フィラメント電源が不要となり、小型で軽量のX線管を製造できるようになった。フィラメントを用いた場合には太くて剛性の高い電源ケーブルをX線発生部につなげる必要があり、可搬性(持ち運び性)やパイプライン中での自走性(自身で移動する性質)が損なわれていた。これに対し、本発明の工業用X線管は、高い可搬性及び高い自走性の両方を達成できる。
【0031】
一般に、医療用途で使用される電圧は、40〜125kV程度のように比較的低い電圧である。これに対し、工業用途で使用される電圧は200〜300kV程度のような高電圧である。グラファイトによって陰極を形成した本発明のX線管は、高電圧に適しており、高電圧で稼働されることにより高強度のX線を発生できる。つまり、本発明に係るグラファイトを用いたX線管は工業用途に適している。
【0032】
従来、画像表示装置の分野においてグラファイト粒子を用いて陰極を形成することや、蛍光表示装置の分野において柱状グラファイトを用いて陰極を形成することがあった。しかしながら、工業用X線管においてグラファイトによって陰極を形成することは知られていなかった。本発明においてグラファイトによって工業用X線管の陰極を形成したことにより、小型で軽量であり高強度のX線を発生できる工業用X線管を実現できた。
【0033】
また、従来、画像表示装置等の分野においてグラファイトを用いて電子放出素子を形成することがあったが、この従来は、グラファイトの結晶軸について特別の考慮は払われていなかった。これに対し、本発明では、グラファイトの結晶軸を考慮して電子放出面を特定することにしたので、工業用X線管の陰極として好適である陰極を実現できた。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】本発明に係る工業用X線管の一実施形態の断面図である。
【図2】図1のX線管の主要部である陰極及びその周辺の構成を示す断面図である。
【図3】陰極の変形例を示す図である。
【図4】陰極と陽極との間の電圧−電流特性のグラフを示す図である。
【図5】陰極の構成物質であるグラファイトの電子顕微鏡写真を示す図である。
【図6】グラファイトの層成長過程を模式的に示す図であり、(a)は側面図、(b)は平面図である。
【図7】本発明に係る工業用X線管の他の実施形態の断面図である。
【図8】陰極の変形例を示す斜視図である。
【図9】本発明に係る工業用X線管のさらに他の実施形態の断面図である。
【図10】本発明に係る工業用X線管のさらに他の実施形態で用いるグラファイトの一例を模式的に示す斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0035】
以下、本発明に係る工業用X線管を実施形態に基づいて説明する。なお、本発明がこの実施形態に限定されないことはもちろんである。また、これ以降の説明では図面を参照するが、その図面では特徴的な部分を分かり易く示すために実際のものとは異なった比率で構成要素を示す場合がある。
【0036】
(第1の実施形態)
図1は、本発明に係る工業用X線管の一実施形態の断面図を示している。本実施形態のX線管1はセラミック(例えばアルミナ(Al))製又はガラス製の封入容器2を有している。封入容器2は円筒形状であり、その内部は真空に維持されている。封入容器2は、固体モールド、絶縁油含侵、高圧絶縁ガス封入、等の方法により電気絶縁を行った上で、可搬型の容器に収納される。封入容器2は、測定対象物3、例えば建築構造物のフレーム等、の所まで測定者によって持ち運ばれる。
【0037】
封入容器2の内部の一端側(図1の下端側)に陰極4Aが設けられ、他端側(図1の上端側)に陽極6が設けられている。一般に、高電圧に晒される構造体においては、空気、絶縁体、金属の3重点から沿面放電を発することが知られている。本実施形態では、その沿面放電を防止するために、セラミック製の封入容器2の端部を窪ませて陰極4Aや陽極6を設けている。
【0038】
本実施形態のX線管では、例えば200kVの高電圧が陰極4Aと陽極6との間に印加され、最高で200keVのエネルギのX線が陽極6から発生し、厚さ50mm以上の鉄製パイプのX線透過像が撮影される。このような高エネルギのX線はセラミック製の容器を容易に透過するため、本実施形態では、X線を封入容器2の外部へ取り出すための特別なX線窓は、封入容器2には設けられていない。
【0039】
但し、食品等の透過撮影のように20keV以下の低エネルギ領域を使用する際には、例えば陽極6の近傍であって符号7で示す部分に、例えばBe(ベリリウム)によってX線透過用の窓を設ける。
【0040】
陰極4Aは、図2に示すように、導電性及び熱伝導性を有する支持枠8によって支持されている。支持枠8は、例えばステンレス鋼によって形成されている。支持枠8の周囲には加熱手段としてのヒータ9が設けられている。
【0041】
支持枠8は、例えば図3(b)に示すように、円筒形状に形成されている。陰極4Aは、支持枠8の先端に設けた断面円形状の凹部空間内に収容されており、円柱形状に形成されている。陰極4Aは、その長さは例えば100μm以上であり、その直径は例えば1.0〜20mmの範囲内の適宜の値である。この寸法の円柱形状の陰極4Aは大電流を流すことを目標とする場合に好適である。
【0042】
陰極4Aは、後で詳しく説明するように、炭素六角網面(すなわち、グラフェン)から成る層を複数枚積層して成る物質であるグラファイトによって形成されている。そして、それら複数枚の炭素六角網面を積層方向と平行の方向で切断してできた端面4a(図2参照)が電子放出面となっている。
【0043】
図1において、陰極4Aから陽極6に至る電子の進行経路に沿って、陰極4A側から順に、引出し電極(すなわち、グリッド)11、静電レンズ12、マグネティックレンズ13が、それぞれ、設けられている。引出し電極11及び静電レンズ12は封入容器2の内部に設けられ、マグネティックレンズ13は封入容器2の外部に設けられている。
【0044】
電圧印加回路14はコントローラ16からの指令に従って、引出し電極11の陰極4Aに対する電圧Vgを制御し、結果的に陽極6の陰極4Aに対する電圧Vaを制御する。電圧印加回路14は、また、静電レンズ12へ所定の電圧を印加する。マグネティックレンズ13は本実施形態では永久磁石である。マグネティックレンズ13は電磁石とすることもできる。電圧印加回路14とコントローラ16は協働して、陰極−陽極間の電圧を制御するための電圧制御手段を構成している。
【0045】
引出し電極11に引出し電圧Vgが印加されると、陰極4Aの電子放出面4aから電界放出(Field Emission)に基づいて電子が放出される。この電子は陰極4Aと陽極6との間の電圧Vaによって加速されて、陽極6へ衝突し、その部分からX線Rが発生し、X線窓7から外部へ取り出される。このX線Rを測定対象物3に照射し、測定対象物3を透過したX線によって2次元X線検出器17を露光する。このX線露光により、2次元X線検出器17の受光面にX線像が形成され、このX線像を観察することにより、測定対象物3の特性、例えば傷や欠陥があるか否か等、を検査することができる。
【0046】
2次元X線検出器は、例えばX線フィルムや、イメージングプレートや、CCD(Charge Coupled Device)検出器や、半導体ピクセル検出器等によって構成される。静電レンズ12及びマグネティックレンズ13は、それぞれ、電子の軌道を適宜に修正する。
【0047】
陰極4Aと陽極6とを結ぶ回路中に電流計18が設けられている。電流計18は、例えば抵抗及び電圧計測回路で構成されている。電流計18の出力信号はコントローラ16に伝送される。コントローラ16は、マイクロプロセッサ及びメモリを含んで構成されている。メモリの内部には、陽極電圧Vaと陽極を流れる電流Iとの関係を示すグラフである図4の電圧−電流特性を記憶する領域が設定されている。
【0048】
コントローラ16は、測定を行っている間の任意の1回又は複数回のタイミングで電圧−電流特性を測定し、メモリ内の所定の記憶領域にその特性データを記憶する。X線測定が継続して行われると、陰極4Aの放電特性が経時変化することが考えられる。陰極4Aの放電特性が経時変化すると、陽極6を流れる電流値に変化が生じることがあるが、コントローラ16は電圧−電流特性に従って最適な電圧を選定できる。
【0049】
なお、陰極4Aの放電特性が経時変化することの原因の1つとして、陰極4Aを構成するグラファイトの形状が変化することが考えられる。また、X線管を繰り返して使用すること、及び陰極の清浄化処理であるフラッシング処理を繰り返して行うこと、等により陰極の表面汚染の度合いや陰極の長さが変化していくことも考えられる。
【0050】
図5は、図2の陰極4Aの電子放出面4aを走査型電子顕微鏡で矢印A方向から撮影した写真、いわゆるSEM写真である。図5(a)から明らかなように、シート状のグラフェン、すなわち炭素六角網面が多数枚、電子放出方向(図5(a)の紙面垂直方向すなわち紙面を貫通する方向)と平行に並んでいる。図5(b)は切断された後の電子放出面4aを示しており、先端部分が斜め方向へ傾いている状態が示されている。この場合でも、多数枚の炭素六角網面が電子放出方向(図5(b)の紙面垂直方向)と平行に並んでいることが視認できる。
【0051】
本実施形態の陰極4A、すなわちグラファイトは、図6(a)に模式的に示すように層状結晶であり、層成長方向Bは結晶軸のc軸方向である。すなわち、各炭素六角網面の層のc軸方向は一致している。一方、互いに積層されている各炭素六角網面の層内の結晶軸であるa軸及びb軸は、図6(b)に模式的に示すように、各層の(001)面内で互いに角度的にランダムに(すなわち無秩序に)ずれている。
【0052】
そして、結晶軸がずれている状態で積層している複数の炭素六角網面がc軸方向(すなわち炭素六角網面の積層方向:図6(b)の紙面を透過する方向)に平行な面P1で切断され、その切断面が電子放出面として用いられる。このように、陰極4Aであるグラファイトを構成する多層の炭素六角網面のa軸及びb軸が各層間でランダムにずれていることにより、それらを切断して得られた電子放出面から効率良く多量の電子を放出することが可能となった。
【0053】
グラファイトを原子レベルで見ると、グラファイトは厚さ10〜数100nmの炭素六角網面(すなわち、グラフェンシート)の積層構造体であり、シート面内はπ電子による電気伝導により、電気抵抗が小さく、仕事関数も小さく、電子放出体として最適である。
【0054】
陰極4A、すなわちグラファイトの製造方法としては、例えば、テフロン(登録商標)のようなグラファイト前駆体を例えば1100℃で成型し、真空中で加熱して結晶化させ、成型後に400℃〜600℃で1時間以上の真空中アニール処理を行って脱ガスするという方法が考えられる。結晶化は、各層の結晶軸のa軸及びb軸が互いにランダムにずれるように行われる。
【0055】
あるいは、グラファイト単結晶を切断してグラファイトを製造することもできる。この場合、端面に機械的な力を加えると炭素六角網面が折れるおそれがあるので、表面形状を整えるためにAr(アルゴン)イオンエッチング、酸素プラズマ等を用いることができる。成型後に400℃〜600℃で1時間以上の真空中アニール処理を行って脱ガスする。グラファイトの製造の際には、炭素六角網面の各層の結晶軸のa軸及びb軸がランダムにずれるように行われる。
【0056】
X線測定を繰返して行うと、陰極4Aの端面である電子放出面4aから陰極物質が昇華して行く。また、不純物による汚染や、陽極6からの金属イオンの衝撃による欠陥発生等により、陰極4Aの表面の特性は劣化する。特性劣化が生じたと判断された場合には、コントローラ16は、X線測定が行われていない適宜のタイミングでヒータ9に通電してこれを発熱させ、陰極4Aを例えば1000℃以上に加熱する。この加熱により、陰極4Aの表面が真空中で昇華し、劣化等した表面が除去され、当該陰極4Aの表面が清浄化される。この清浄化により、陰極における電界放出特性の劣化を防ぎ、長寿命化を達成できる。この清浄化処理は、フラッシング処理と呼ばれることがあり、必要に応じて適時に複数回実行される。
【0057】
なお、ヒータ9を用いて陰極4Aを加熱することに代えて、陰極4Aそれ自身、すなわちグラファイトそれ自身に電流を流すことにより当該陰極4Aを加熱することもできる。
【0058】
(第2の実施形態)
図7は、本発明に係る工業用X線管の他の実施形態の断面図を示している。図7において、図1に示した構成要素と同じ構成要素は同じ符号を付して示すものとして、その説明は省略する。
【0059】
図1に示したX線管1においては、陰極4Aから放出された電子を陽極6に衝突させ、当該陽極6の前方側へX線を放射させた。これに対し、図7に示すX線管21では、陽極26として透過型ターゲットを用いている。陰極4Aから放出された電子が陽極26に衝突すると、当該陽極26の後方側へX線が出射する。
【0060】
透過型ターゲットとしては、例えばW(タングステン)とBe(ベリリウム)とを積層して成るシートを用いる。X線管の内側にWを配置すると、加速された電子はWシートに衝突して白色X線及び蛍光X線を発生し、それらのX線がBeシートを透過する。減速した電子は導電性であるターゲットを通じて電源に回収される。W及びBeシートの厚さは、X線管から取り出すX線エネルギに応じてX線吸収を計算し、それに基づいて最適値に設定される。
【0061】
(第3の実施形態)
図9は本発明に係る工業用X線管のさらに他の実施形態を示している。この実施形態に係るX線管は図1に示したX線管1である。もちろん、このX線管1を図7に示したX線管21又はその他近似の構成を有したX線管とすることもできる。
【0062】
X線管1は、バッテリ24、電源回路30及び電気制御系27と共に、固体モールド、絶縁油含侵、高圧絶縁ガス封入、等の方法により電気絶縁を行った上で、可搬型の容器25に収納されている。そして、その容器25が台車22上に固定されている。台車22は車輪23a,23bを有している。車輪23a,23bの少なくとも1つは動力源によって駆動される駆動輪である。動力源を含んだ駆動系の図示は省略している。なお、容器25を台車22に載せることに代えて、容器25に直接、車輪23a,23bを設けても良い。電気制御系27は、例えば、図1に示した電圧印加回路14及びコントローラ16を含んでいる。
【0063】
電気制御系27から容器25の外部へ通信用ケーブル28が延びており、その通信用ケーブル28の先端に操作入力ユニット29が接続されている。操作入力ユニット29はボタンスイッチ、入力量調整スイッチ等といった各種のスイッチを備えており、測定者によって操作される。通信用ケーブル28は、可撓性、柔軟性を備えた軽い線材であり、台車22の動きに良好に追従する。
【0064】
台車22は、X線管1、バッテリ24、電源回路30及び電気制御系27を載せた状態で、測定対象であるパイプ31の中に配置される。パイプ31は、例えばプラント内の配管である。台車22は、測定者による操作入力ユニット29の操作により、パイプ31の内部を走行して任意の測定個所に配置される。台車22従ってX線管1が所定個所に配置されると、測定者の指示に応じてX線管1からX線Rが放射され、パイプ31の外部に設置されたX線検出器17にパイプ31のX線撮影像が結像される。
【0065】
従来の工業用X線管は陰極としてフィラメントを用い、このフィラメントを通電によって発熱させて熱電子を放出させ、この熱電子からX線を得ていた。この場合には、フィラメントに高電圧を印加して大電流を供給する必要があった。高電圧及び大電流の供給にあたっては、太くて剛性の高い電源ケーブルが必要であった。このため、従来の工業用X線管を測定対象であるパイプの中で走行させて測定を行うことには困難が伴っていた。特に、パイプが曲がっている場合には測定が非常に困難であった。
【0066】
本実施形態に係る工業用X線管1においては陰極がグラファイトによって形成され、電界放出に基づいて電子を発生させるので、フィラメントを用いた場合のような大電流を供給する必要がない。従って、本実施形態で用いるバッテリ24は小型であり、太くて剛性の高い電源ケーブルも不要である。容器25の外部へ延び出る線状部材としては電気信号を伝送するための細くて柔軟性のある通信用ケーブルだけで済む。そのため、X線管1及び小型のバッテリ24を搭載した台車22は大きな負荷を受けることなく、パイプ31の中を自由に走行でき、X線管1はX線測定を支障なく行うことができる。
【0067】
なお、電気制御系27と操作入力ユニット29とは、通信用ケーブル28に代えて、無線LANを用いることできる。こうすれば、台車22のパイプ31内での走行が、さらに、自由になる。また、自走機能を持ったX線管1は、人が到達できない高所の配管や、複雑に入り組んだ配管密集部等に対する測定を容易に実行できる。
【0068】
グラフェン各層間で結晶軸をランダムにずらせてあるグラファイトを用いた本実施形態のX線管1は、消費電力が非常に低い。このため、例えば、80Whのリチウム・イオンバッテリを搭載し、50WのX線管を1時間以上駆動可能である。
【0069】
(第4の実施形態)
以上に記載した実施形態では、図6(b)に示したように、結晶軸のc軸方向に層成長したグラファイトを、c軸に対して平行な面P1で切断した。これに対し本実施形態では、図10に示すように、結晶軸のc軸方向に層成長したグラファイトGを、c軸に対して直角な面P2で切断する。さらに本実施形態では、切断した面P2を約0.5μm(rms)程度の表面粗さとなるように研磨し、研磨したその面を電子放出面とした。
【0070】
この表面は、原子レベルのスケールで表現すると、炭素の六角網面Mから成るクラスタの集合体である。そして、それぞれのクラスタはc軸の周りにランダムに回転した配置をとっている。このような配置をとることにより、陰極の電子放出効率はc軸に平行な面で切断した場合に比べて劣るが、劣化に対して強く寿命の長い陰極を提供できる。
【0071】
このように陰極の寿命を長くできる理由の1つとして、次のような理由が考えられる。
すなわち、一般のX線管においては、陰極から放出した電子を陽極に入射させることによりX線を発生させる。その際、陽極から反跳電子又はイオンが放出され、この反跳電子が再び陰極まで飛行して当該陰極の表面に衝突することにより、陰極材料に損傷を与え、特性を劣化させることが知られている。本実施形態のようにc軸に直角な方向、すなわち六角網面に平行は方向を電子放出面とし、この面を陽極に向けることにより、比較的安定な六角網面に反跳電子又はイオンを衝突させることができ、これにより、陰極材料の劣化を低減できるのである。
【0072】
(その他の実施形態)
以上、好ましい実施形態を挙げて本発明を説明したが、本発明はその実施形態に限定されるものでなく、請求の範囲に記載した発明の範囲内で種々に改変できる。
例えば、上記の実施形態では、陰極4Aを図3(b)に示すような円柱形状の構成とした。しかしながら、陰極は図3(a)に示すような直径0.5〜1.0mmの針形状の陰極4Bとすることができる。この陰極4BはマイクロフォーカスのX線ビームを形成する際に好適である。
【0073】
また、陰極は図3(c)に示すような幅0.5〜1.0mmで長さが5.0〜20mmの線状の陰極4Cとすることができる。この陰極4CはラインフォーカスのX線ビームを形成する際に好適である。さらに、陰極は図3(d)に示すような円筒形状の陰極4Dとすることができる。この陰極4Dは透過型ターゲットに対して好適に用いられる。
【0074】
上記の実施形態では、図6(a)に示したように、矢印Bで示す1方向に結晶層を成長させることによって概ね平板状のグラファイトを形成した。しかしながら結晶層を成長させる方向は1方向に限られることはなく、複数方向とすることもできる。例えば、図8に示すように、放射状に延びる3方向C1〜C3に結晶層を成長させることによって、いわゆる花弁状のグラファイトを形成し、これを陰極4Eとして用いることもできる。
【0075】
以上の実施形態では、グラファイトを結晶のc軸に対して平行又は直角の方向で切断し、その切断面を電子放出面とした。しかしながら、グラファイトの切断方向は、c軸に対して平行又は直角の方向に限られず、c軸に対する任意の斜め方向とすることもできる。
【符号の説明】
【0076】
1.X線管、 2.封入容器、 3.測定対象物、 4A,4B,4C,4D,4E.陰極、 4a.電子放出面、 6.陽極、 7.X線窓、 8.支持枠、 9.ヒータ、 11.引出し電極、 12.静電レンズ、 13.マグネティックレンズ、 14.電圧印加回路(電圧制御手段)、 16.コントローラ(電圧制御手段)、 17.2次元X線検出器、 18.電流計、 21.X線管、 22.台車、 23a,23b.車輪、 24.バッテリ、 25.容器、 26.陽極(透過型ターゲット)、 27.電気制御系、 28.通信用ケーブル、 29.操作入力ユニット、 30.電源回路、 31.パイプ、 B.層成長方向、 G.グラファイト、 M.炭素の六角網面、 P1.c軸に対して平行な面、 P2.c軸に対して直角な面、 R.X線

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内部が真空である容器の内部に陰極及び陽極を収納して成り、陰極で発生した電子を陽極に当てて当該陽極からX線を発生する工業用X線管において、
前記陰極はグラファイトによって形成されており、
当該グラファイトは複数の炭素六角網面が積層して成る層状結晶であり、
前記炭素六角網面の結晶軸に基づいてグラファイトを切断し、その切断面を電子放出面とする
ことを特徴とする工業用X線管。
【請求項2】
内部が真空である容器の内部に陰極及び陽極を収納して成り、陰極で発生した電子を陽極に当てて当該陽極からX線を発生する工業用X線管において、
前記陰極はグラファイトによって形成されており、
当該グラファイトは複数の炭素六角網面が積層して成る層状結晶であり、当該グラファイトの層成長方向は結晶軸のc軸方向であり、結晶軸のa軸及びb軸の方向は各炭素六角網面の各層の間で任意の方向であり、前記c軸に平行な面で前記グラファイトが切断され、その切断面が電子放出面である
ことを特徴とする工業用X線管。
【請求項3】
内部が真空である容器の内部に陰極及び陽極を収納して成り、陰極で発生した電子を陽極に当てて当該陽極からX線を発生する工業用X線管において、
前記陰極はグラファイトによって形成されており、
当該グラファイトは複数の炭素六角網面が積層して成る層状結晶であり、当該グラファイトの層成長方向は結晶軸のc軸方向であり、結晶軸のa軸及びb軸の方向は各炭素六角網面の各層の間で任意の方向であり、前記c軸に直角な面で前記グラファイトが切断され、その切断面が電子放出面である
ことを特徴とする工業用X線管。
【請求項4】
前記陰極の形状は、直径0.5〜1.0mmの針形状、幅0.5〜1.0mmで長さが5.0〜20mmである線形状、直径1.0〜20mmの円柱形状、又は円筒形状であることを特徴とする請求項1から請求項3のいずれか1つに記載の工業用X線管。
【請求項5】
前記陰極を1000℃以上に加熱するヒータを有することを特徴とする請求項1から請求項4のいずれか1つに記載の工業用X線管。
【請求項6】
前記ヒータは、陰極自身に電流を流してそれを発熱させる構成であることを特徴とする請求項5記載の工業用X線管。
【請求項7】
前記陰極と前記陽極との間に印加する電圧を制御する電圧制御手段を有しており、当該電圧制御手段は前記陰極と前記陽極との間の電圧−電流特性を記憶し、当該電圧−電流特性に従って前記陰極と前記陽極との間に電圧を印加することを特徴とする請求項1から請求項6のいずれか1つに記載の工業用X線管。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2012−49119(P2012−49119A)
【公開日】平成24年3月8日(2012.3.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−166917(P2011−166917)
【出願日】平成23年7月29日(2011.7.29)
【出願人】(000250339)株式会社リガク (206)