説明

巨大地震の震源域リアルタイム推定法

【課題】 マグニチュード9.0前後の巨大地震が発生した場合、マグニチュードの飽和の問題で、気象庁マグニチュードは、8.0程度より大きくならない。このため、津波予測は過小評価となり、津波被害拡大の原因になっている。また、緊急地震速報も、点震源モデルで震度を予測するため、震度が過小評価となる。従来技術には、巨大地震の震源域の広がりをリアルタイムで推定する方法が開発されていない。
【解決手段】 リアルタイム震度断層最短距離との関係に関する経験式を用いて、リアルタイム震度から、断層最短距離を求め、地図上に投影することにより、震源域の時間・空間的分布を求める。震源域の広がりから、マグニチュードの飽和の問題のチェックが可能であり、正確な津波予報が期待できる。また、この震源域の空間分布から、緊急地震速報の震度を正確な予測が可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は巨大地震が発生した場合にその震源域の空間的分布をリアルタイムで推定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
モーメントマグニチュードを除く、気象庁定義やRichter等によるマグニチュードは、8を超える巨大地震の場合、地震の規模が大きくなっても、マグニチュードが大きくならない、いわいる、マグニチュードの飽和の問題があることが知られている。このため、巨大地震が発生しても、気象庁等によるマグニチュードから、どの程度の規模の地震が発生したかを知ることは困難である。例えば、2011年3月11日の東日本大震災では、地震発生直後に決定されたマグニチュードは7.9であったが、その2日後に、モーメントマグニチュードの結果から、マグニチュードを9.0に変更した。マグニチュードの過小評価が原因で、気象庁による津波の波高予測は、実際の津波に比べ一桁近く過小評価となり、このため、避難が遅れ、多くの尊い人命が奪われた。本発明は、巨大地震の震源域の空間的広がりをリアルタイムで求める手法を提供することにより、津波予測システム、緊急地震速報配信システム、緊急地震速報受信端末装置等の高精度化を行うものである。
【0003】
津波の波高予測では、地震の規模を正確に求める必要がある。現在の津波予測波高は、気象庁マグニチュードを用いて計算されている。非特許文献1に書かれているように、気象庁マグニチュード(Mj)は固有周期5秒のWiechert式地震計の振幅(A)を用いて、
【数1】

と定義されている。Δは震央距離、hは深さで、Kは振幅の距離減衰を表す関数である。マグニチュードと断層の長さ(L)に関する関係式は、多くの著者により示されており、[非特許文献1]では、
【数2】

となっている。
【0004】
非特許文献1には、この他、大きい地震では、規模が大きくてもマグニチュードの値はその割に大きくならない現象、いわゆるマグニチュードの飽和が起こることも示されている。地震モーメント(MO)は、断層運動の大きさに対応する量であり、地震波スペクトルの長周期側の極限での振幅で定義されている。非特許文献1に示されているように、モーメントマグニチュード(Mw)は、地震モーメントから定義されるマグニチュードで、以下の定義となっている。
【数3】

モーメントマグニチュードは、巨大地震の場合にも飽和することはない。
【0005】
2011年東日本大震災では、Mjは7.9であった。気象庁は、地震発生から2日後に、外国のデータを用いてMwを決定し、マグニチュードが9.0に変更した。Mwは、地震の正確な規模を表すパラメータであるが、欠点は、決定に数10分かかり、津波警報等に間に合わないことである。2004年スマトラ沖地震でも、同様に、地震発生直後のマグニチュードは8.0であったが、その後9.1に変更された。マグニチュードが1違うと、地震波のエネルギーは32倍違うことから、地震発生直後に推定された地震の規模は、実際の規模に比べ、著しく小さい。東日本大震災での津波警報や緊急地震速報は、地震発生直後に求められるマグニチュード7.9が用いられたため、津波警報は一桁近く過小評価となり、その結果、多くの住民の避難が遅れ、津波被害が拡大した。
【0006】
津波の高精度予測の方法としては、沖合での津波の波高を海底津波計やGPSを用いて測定し、伝達する方法がある。2011年東日本大震災では、気象庁は、津波計のデータを用いて警報の訂正を行っているが、測定に時間がかかり、警報を出すタイミングが遅れた。また、航空機で、SAR技術を用いて津波を測定する方法(例えば、特許文献1)も提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許公開2009−229424,三菱電機株式会社平成20年3月8日(2009.10.8)津波監視装置。
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】地震学 第2版、宇津徳治著、共立出版、昭和59年。
【非特許文献2】司 宏俊・翠川三郎(1999):断層タイプおよび地盤条件を考慮した最大加速度・最大速度の距離減衰式、日本建築学会構造系論文集,523,63−70.
【非特許文献3】松崎伸一・久田嘉章・福島美光(2006):断層近傍まで適用可能な震度の距離減衰式の開発、日本建築学会構造系論文集,604,201−208.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
マグニチュード9.0の東日本大震災では、震源域の南北の広がりは500kmであった。従来技術では、断層運動を開始した点(震源)の位置を決定し、震度予測を行うものである。震源域が広い巨大地震の場合には、震源から遠く離れた場所では、予測震度が著しく小さくなるという課題がある。津波予測では、式(2)に示すマグニチュードと断層長の関係を考慮し、行っている。しかし、気象庁マグニチュードには、飽和の問題があることから、地震の規模が大きくなっても、マグニチュードが大きくならない。この結果、地震の規模を小さめに評価し、津波の波高を過小評価するという課題がある。
【0010】
本発明は、巨大地震の震源域の広がりをリアルタイムで推定する手法を提供することにより、津波予測や緊急地震速報の高度化に資し、地震被害の軽減を目指すものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
地震が発生し、リアルタイムで求められるマグニチュードが、時間とともに大きくなり、約8.0程度まで大きくなったとする。この場合、前述のマグニチュードの飽和の問題で、更に大きな巨大地震の発生が進行しても、マグニチュードから、それを知ることはできない。
【0012】
緊急地震速報を用いた震度予測では、司・翠川(非特許文献3)による震度の予測式の利用が推奨されている。この予測式は、過去に発生した地震の震度と、断層最短距離、気象庁マグニチュードとの関係に関する経験的である。緊急地震速報では、断層の空間分布の情報が得られないことから、断層最短距離の替わりに、断層等価震源距離が用いられている。松崎他(非特許文献3)では、過去に発生した地震で、断層の空間分布が求められている地震について、断層最短距離と、震度、気象庁マグニチュードとの関係から、断層近傍まで適用できる震度の距離減衰式を求めている。従来研究は、震度が断層最短距離の関数で表されることを示している。
【0013】
上述のように、震度が断層最短距離の関数で表せることを示している。本発明では、従来研究を利用して、リアルタイム震度から、観測点毎に断層最短距離を求め、それを、図1に示す位置に投影することにより、震源域の端の位置を決定する。多くの観測点について、震源と震源域の端までの長さが求められると、震源域の端までの距離の方位分布が得られ、震源域の空間的広がりが求められることになる。また、その時間変化から、巨大地震の震源域が拡大する様子を時間、空間的に推定するものである。以下に詳細な方法を記す。
【0014】
j番目の観測点で、マグニチュードから推定される震度に比べ、より大きな震度が観測されたとし、非特許文献2や非特許文献3等の関係式を用いて、逆に観測点から断層までの最短距離の時間変化を求めることは可能である。そこで、j観測点による、時刻tにおける断層最短距離、Rj(t)を、
【数4】

と置く。
【0015】
ここに、M(t)は、時刻tにおける緊急地震速報によるマグニチュード、Δjは、震央距離、hは、震源の深さ、Sj(t)は、時刻tにおける観測点jでのリアルタイム震度である。断層最短距離を、速度、あるいは、加速度等の最大値のデータを用いて求める場合には、Sj(t)は、速度、あるいは、加速度の最大値である。
【0016】
時刻tにおける、震源域の端の位置は、図1に示すように、震源と観測点とを結ぶ直線上で、観測点jからRj(t)離れた位置であるとし、その水平方向の座標を(Xj(t),Yj(t))とする。観測点iでも同様に、断層最短距離Ri(t)が求められ、震源域の端の位置の座標、(Xi(t),Yi(t))が求められる。簡単のため、断層が水平であると仮定すると、震央から、震源域の端までの距離、すなわち、震央からの断層の長さ、Djは
【数5】

と置かれる。
【0017】
多くの観測点での、震央と、震源域の端とを結ぶ直線の分布から、図1の点線で示す領域の内部が震源域として求められる。これを時間的に調べることにより、震源域の空間、時間的分布を推定することが可能である。
【0018】
大きな揺れが到着する前の震度予測は、断層の端が、(Xj(t),Yj(t))まで拡大しているとして、観測点毎に断層最短距離を求めることにより行うことができる。断層最短距離は、S波振幅を用いて求められる量であることから、解析に用いた観測点では、大きな揺れが既に到着しており、揺れる前の予測を行うことはできない。しかし、解析に用いた観測点より遠方に位置する観測点には、大きな揺れの前の警報伝達が可能である。
【0019】
断層がどこまで拡大するかについては、断層運動が終了しないと予測することは難しい。ある時刻に推定された震源域に対し、ある方向では、さらに、震源域が50kmとか、100km拡大を続ける可能性がある。巨大地震の場合には、ある時刻で求められた断層が、更にある特定の距離だけ拡大するというモデルを用いて震度を予測するようにする。
【発明の効果】
【0020】
図2に本発明の方法を用いた東日本大震災の震源域のリアルタイム推定結果の例を示す。図は、緊急地震速報が配信されてから、171秒後の結果である。余震分布から推定された震源域の分布とよく一致している。図3は、本発明による震度の推定法を示す図である。方位毎に、断層最短距離を求め、震度を予測することにより、リアルタイムでの正確な震度予測が可能になる。この結果は、本発明により、震源域の広がりをリアルタイムで精度よく決定でき、リアルタイムでの高精度震度予測が可能となることを示すものである。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明による、断層の広がりの推定法を示した図である。
【図2】本発明によりリアルタイムで求められた東日本大震災の断層の分布と気象庁による震源分布から求められた震源域を示した図である。
【図3】本発明による方法を適用して求められた、方位毎の東日本大震災の断層面の広がりを示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
地震計を内蔵した緊急地震速報受信端末を普及させる。地震が発生すると、受信端末は、リアルタイム震度等の情報を約1秒間に一回、センターサーバーに送信する。センターサーバーは、気象庁によるマグニチュードが8.0前後の閾値、Mkより大きければ、マグニチュードが飽和し、巨大地震である可能性がある地震が発生中であるとして、巨大地震発生モードに入る。
【0023】
巨大地震発生モードでは、気象庁によるマグニチュードを用いて、(2)式の断層の長さとマグニチュードの関係から断層の半径を求め、震央を中心に円を描き、断層域であるとする。
【0024】
次に、観測点毎に、マグニチュードから予測される震度と、観測震度とを比較し、マグニチュードから予測される震度に比べ、測定震度が大きい場合は、(5)式から断層長を求め、震源から、観測点の方位の方向に、長さDj(t)の線分をプロットする。このプロットの分布から、震源域の分布を推定する。津波予測は、震源域の広さから、マグニチュードの飽和の問題が発生したか判断し、行う。
【0025】
震度予測は、先ず、震央から見た観測点の方位を求め、10度〜20度の方位間隔を設定し、観測点毎に、どの方位ブロックに入るか決める。次に、方位ブロック毎に、断層長の平均値を求める。震央から近い観測点では、大きな揺れは早く到着するが、遠方の観測点では、揺れが届くまでに時間がかかる。方位ブロック毎に平均値を決定する際には、遠く離れた観測点のデータを含めないようにする必要がある。そこで、平均値は、震度の大きい順、あるいは、震央からの距離の近い順に、複数個の観測点の平均とする。
【0026】
一般に、地球内部の不均質性や、地盤増幅特性の影響等の理由で、予測震度と、観測震度とには、大きなばらつきがある。本発明の方法では、ばらつきが原因で、巨大地震でないのに、巨大地震であると判断する可能性がある。
【0027】
従来研究から、断層の破壊が伝播する速度は、最大でも2.8km/秒程度であることが知られている。マグニチュードの飽和の問題で、マグニチュードから推定される震源域の広さより大きい震源域となる地震、すなわち、巨大地震が発生したとする。マグニチュードから想定される断層半径をDeとする。この場合、巨大地震に対応する断層運動は、断層が、距離Deだけ進んだ後から、すなわち、De/Vr秒後から開始する。ここに、Vrは破壊伝播速度である。巨大地震に対応するS波が観測点に到着する時刻Tfは、
【数6】

となる。ここに、TO,Tsは発震時刻、震源から観測点迄のS波走時であり、Vr,Vsは、断層破壊伝播速度、S波速度である。
【0028】
時刻Tf迄に測定されるリアルタイム震度は、巨大地震になる前の揺れによるものであることから、この値が大きくなっても、断層が特定の方向に拡大したとしないようにする必要がある。断層最短距離の決定では、時刻Tfまでの区間での震度を、地球内部の不均質性や、地盤増幅特性による補正項とみなし、時刻Tf以降の震度を補正することにより、より精度の高い断層の広がりが推定できると思われる。
【産業上の利用可能性】
【0029】
巨大地震に対応した緊急地震速報装置、津波警報装置としての利用が考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
地震発生時のリアルタイム震度、加速度、速度のどれかの最大値の時間変化を用いて、断層最短距離を求め、その値を、震源と、観測点とを結ぶ直線上、あるいは、推定される断層面上に投影することにより求める、震源域の位置のリアルタイム決定法。
【請求項2】
請求項1の決定法を用いて得られる震源域の位置を利用して、地震動予測を行うことを特徴とするリアルタイム地震動予測システム
【請求項3】
請求項1の決定法を用いて得られる震源域の位置を利用して、津波予測を行うことを特徴とする津波予測システム
【請求項4】
請求項2の地震動予測システムからの地震情報を利用した地震情報受信・警報端末装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2013−7728(P2013−7728A)
【公開日】平成25年1月10日(2013.1.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−151258(P2011−151258)
【出願日】平成23年6月22日(2011.6.22)
【出願人】(507368711)株式会社ホームサイスモメータ (5)