説明

巻線用導体

【課題】モーターなどの電気機器に組み立てた後の絶縁特性に優れ、端子部材との接続箇所の強度が高い巻線に適した巻線用導体、及びこの導体の製造方法、並びに巻線を提供する。
【解決手段】本発明の巻線用導体は、その表面をX線回折することにより求めた(111)面の回折強度に対する(200)面の回折強度の比をI(200)、この導体と同じ組成からなる微粉末を上記導体と同一条件下でX線回折することにより求めた(111)面の回折強度に対する(200)面の回折強度の比をIo(200)とするとき、I(200)/Io(200)≦3を満たす。(200)面を配向させないように伸線の途中段階で中間熱処理を施すと共に、この中間熱処理後の最終伸線加工の総加工度を90%以下とする。そして、最終伸線加工後に最終熱処理を施す。得られた導体は、伸び、耐力、耐熱性に優れる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、種々の電気機器のコイルに利用される巻線の導体に適した巻線用導体、及びその製造方法、並びに巻線に関する。特に、モーターなどの電気機器に組み立てた後の絶縁特性に優れ、端子部材との接続箇所の強度が高い巻線が得られる巻線用導体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
種々の電気機器、例えば、モーターのコイルに利用される巻線として、タフピッチ銅といった純銅からなる導体の表面に絶縁被膜が形成されたエナメル線が知られている。例えば、モーターステータの組み立てには、エナメル線により形成したコイルをステータのスロットに挿入する挿入工程や、組み立ての最終段階において巻線の端部に端子部材を接続するヒュージング工程がある。上記挿入工程では、巻線の表面に大きな荷重が加わることで絶縁被膜が局所的に薄くなるなどして、組み立て後に巻線が所定の絶縁特性を満たさなくなる可能性がある。そのため、巻線には、挿入工程などで絶縁被膜が局所的に薄くなり難いことが望まれる。上記ヒュージング工程では、巻線を加熱して絶縁被膜を消失させ、導体と端子部材とを電気的及び機械的に接続する。巻線には、このヒュージング工程により接続した端子部材との接続箇所の強度が高いことが望まれる。
【0003】
上記要望に答えるために、絶縁被膜を特殊なものとしたり(特許文献1,2)、巻線の巻回方法を工夫したり、端子部材を工夫するなどの対応がとられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平08-264027号公報
【特許文献2】特開2008-016266号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述のように従来は、絶縁被膜などを改善することが検討されているものの、導体自体について十分な検討がなされていなかった。
【0006】
工業的にコイルを形成する場合、一般に、型枠の周りをノズルが回転するフライヤー巻線機が利用される。フライヤー巻線機により巻線を巻回する場合、特に、線径が0.9〜1.3mmといった比較的太い巻線では、巻線を型枠に巻き付ける方向とは逆の方向に導体が曲げられることがある。この逆方向への曲げなどが加わったコイルを型枠から外すと、コイルの広がりが大きくなり易く、所定の形状のコイルが得られないことがある。このような所定の形状から広がったコイルでは、挿入工程においてスロットに挿入する際に、巻線の表面に大きな荷重が加わり易くなる。その結果、上述のように絶縁被膜が局所的に薄くなって、所定の絶縁性を満たさなくなる恐れがある。従って、コイルに形成した後に所定の形状から広がり難く(所定の形状を維持し易く)、モーターなどの電気機器に組み立てた後においても所定の絶縁特性を満たすことができる巻線用導体の開発が望まれる。
【0007】
また、巻線の端部に端子部材を接続するに当たり、ヒュージングを行った際、特に、線径が0.5mm以下といった細径の巻線では、絶縁被膜の消失に必要な加熱圧縮工程において導体が押し潰されることがある。導体が過度に押し潰されると、導体と端子部材との接続箇所の強度が低下して、この接続箇所から断線する恐れがある。そのため、ヒュージング時に導体が押し潰され難く、端子部材との接続箇所が所定の強度を満たすことができる巻線用導体の開発が望まれる。
【0008】
本発明は、上記事情を鑑みてなされたものであり、その目的の一つは、モーターなどの電気機器に組み立てた後の絶縁特性に優れ、端子部材との接続箇所の強度が高い巻線が得られる巻線用導体、及び巻線を提供することにある。また、本発明の他の目的は、上記巻線用導体の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは種々検討した結果、成形したコイルが所定の形状から広がり難く、モーターなどの電気機器を組み立てた後に上記広がりに起因すると考えられる巻線の絶縁特性の低下を低減するためには、ある程度耐力と伸びが高い導体が好ましい、との知見を得た。そして、このような導体は、線状への加工の途中段階で中間熱処理を施し、この中間熱処理後の伸線条件を特定の条件とし、更に最終熱処理を施して、特定の面を配向させないようにすることが好ましい、との知見を得た。更に、本発明者らは種々検討した結果、ヒュージング時に導体が押し潰され難く、この押し潰しに伴う接続箇所の強度の低下を低減するためには、ある程度耐熱性が高い導体が好ましい、との知見を得た。そして、このような導体は、線状への加工の途中段階で中間熱処理を施し、この中間熱処理後の伸線条件を特定の条件とし、更に最終熱処理を施して、特定の面を配向させないようにすることが好ましい、との知見を得た。これらの知見に基づき、本発明製造方法は、線状の素材に中間熱処理を施すこと、中間熱処理後の伸線条件、及び最終熱処理を施すことを規定する。
【0010】
具体的には、本発明の巻線用導体の製造方法は、銅又は銅合金からなる導体の表面に絶縁被膜が形成されて巻線に利用される巻線用導体を製造する方法に係るものであり、以下の中間熱処理工程と、最終伸線加工工程と、最終熱処理工程とを具える。
中間熱処理工程:銅又は銅合金からなり、線状に加工が施された素材に中間熱処理を施す。
最終伸線工程:上記中間熱処理を施した熱処理材に最終伸線加工を施す。特に、この最終伸線加工の総加工度は、90%以下とする。
最終熱処理工程:上記最終伸線加工が施された最終伸線材に最終熱処理を施して、巻線用導体を形成する。
【0011】
上記本発明製造方法により、特定の面の配向度合いが小さい本発明巻線用導体が得られる。具体的には、本発明の巻線用導体は、銅又は銅合金からなる導体の表面に絶縁被膜が形成されて巻線に利用されるものであって、以下の配向性を有する。
配向性:上記導体表面をX線回折することにより求めた(111)面の回折強度に対する(200)面の回折強度の比をI(200)、この導体と同じ組成からなる微粉末を上記導体と同一条件下でX線回折することにより求めた(111)面の回折強度に対する(200)面の回折強度の比をIo(200)とするとき、この巻線用導体は、I(200)/Io(200)≦3を満たす。
【0012】
上記本発明巻線用導体を導体とし、この導体の表面に形成された絶縁被覆を具える本発明巻線も、上記本発明巻線用導体と同様の配向性を有する。
【0013】
上記構成を具える本発明製造方法によれば、(200)面が優先方位となることを効果的に抑制することができる。ここで、(200)面は、伸線などの加工後に熱処理を施す場合において、熱処理直前の加工の加工度が増すに伴い配向し易い方位である。従って、例えば、所望の径となるように伸線を続けてこの加工度が大きくなると、この伸線後に熱処理を施して得られた線材は、(200)面が強く配向する。そこで、本発明製造方法では、伸線といった加工の途中段階で中間熱処理を施して、(200)面が強く配向することを低減する。また、この中間熱処理以後に行う最終伸線では、加工度をあまり高くせず、かつ、最終伸線後に最終熱処理を施すことによって(200)面が再度配向することを抑制する。このように中間熱処理、特定の最終伸線加工、及び最終熱処理により、(200)面の配向を低減して、導体の伸びや耐力、耐熱性に優れた本発明巻線用導体を製造することができる。このような本発明導体は、耐力や伸びに優れることから、この導体を具える巻線によりコイルを形成する際に型枠への巻き付け方向とは逆の方向の曲げが与えられ難く、コイルの形成後、所定の形状を維持し易い。従って、本発明導体を具える巻線、例えば、モーターを組み立てた後における巻線の絶縁特性の低下を低減して、上記組み立て後にも所定の絶縁特性を満たすことができる。また、線径が0.5mm以下といった細径の導体であっても、耐熱性に優れることから、ヒュージング時に押し潰され難く、導体と端子部材とが強固に接続されて、この接続箇所が断線することを防止することができる。以下、本発明をより詳細に説明する。
【0014】
<巻線用導体>
《導体の組成》
導体の構成材料は、銅又は銅合金とする。銅は、タフピッチ銅(酸素:0.02〜0.05質量%含有、残部:Cu及び不可避的不純物)といった純銅が挙げられ、銅合金は、Ag,Sn,Caなどといった添加元素を含有するものが挙げられる。巻線の用途では、導電率が高いこと(65%IACS以上)が求められるため、銅合金の場合、添加元素の含有量を調整して、所定の導電率を満たすようにする。
【0015】
《配向性》
本発明導体は、上述のように(200)面の配向度合いが小さく、I(200)/Io(200)≦3である。(200)面の配向度合いは小さい方が好ましく、I(200)/Io(200)≦2がより好ましく、実質的に(200)面が配向していないこと、即ち、I(200)/Io(200)=1が望ましい。(200)面の配向度合いは、主に最終伸線時の総加工度を調整することで変化することができ、総加工度が小さいほど、配向度合いを小さくできる。
【0016】
また、本発明導体は、導体表面をX線回折することにより求めた(111)面の回折強度に対する(220)面の回折強度の比をI(220)、この導体と同じ組成からなる微粉末を上記導体と同一条件下でX線回折することにより求めた(111)面の回折強度に対する(220)面の回折強度の比をIo(220)とするとき、I(220)/Io(220)≦4を満たす。本発明導体を調べたところ、(220)面も余り配向していなかった。従って、(200)面及び(220)面の配向度合いが小さいことが本発明導体の特徴と言える。
【0017】
上記配向性は、導体の表面をX線回折することで調べる。導体断面をX線回折した場合でも、表面をX線回折した場合と概ね同様の結果となる。なお、絶縁被膜を具える巻線の場合、絶縁被膜の表面からX線回折することで、導体の表面のX線回折を求められるため、導体のX線回折にあたり、巻線の絶縁被膜を除去しなくてもよい。
【0018】
《線径》
本発明導体の線径は、用途に応じて適宜選択することができる。線径を40μm(0.04mm)以上3mm以下とすると、汎用の巻線の導体に好適に利用することができる。特に、線径が0.5mm以下である本発明導体は、上述のように耐熱性に優れることから、ヒュージング時に押し潰され難く、このような細径の巻線が望まれる分野に好適に利用することができる。線径は、伸線時の加工度を調整することで、適宜変化させることができる。
【0019】
《耐力及び伸び》
本発明製造方法により上述のように耐力及び伸びが高い導体が得られる。本発明導体は、例えば、0.2%耐力が120MPa以上、伸びが25%以上を満たす。好ましくは、0.2%耐力:125MPa以上、伸び:30%以上である。0.2%耐力は、(200)面の配向度合いを調整することで変化することができ、(200)面の配向度合いが小さいほど、0.2%耐力が大きくなる傾向にある。伸びは、後述するように熱処理条件により調整することができる。
【0020】
<巻線>
上記本発明導体の表面に絶縁被膜を具えることで、上述のように耐力、伸び、及び耐熱性に優れる本発明巻線が得られる。本発明巻線は、導体自体が上記優れた効果を有することから、特別な絶縁被膜を設けたり、巻回方法を工夫したり、特別な端子部材を用いなくても、コイル成形後にコイルが所定の形状から広がり難いため、モーターなどに組み立てた後でも絶縁特性に優れ、所定の絶縁特性を満たすことができる。かつ本発明巻線は、ヒュージング時に押し潰され難いため、接続端子との接続箇所の強度が高い。従って、絶縁被膜は、汎用のエナメル膜を利用することができる。
【0021】
<巻線用導体の製造方法>
《素材の準備》
後述する中間熱処理などを施す素材は、上述した純銅や添加元素の含有量を調整した銅合金からなる鋳造材に圧延を施した線材(圧延材)や、この圧延材に総加工度(総断面減少率)が65%〜90%の伸線加工を施した線材(予備伸線材)が利用できる。
【0022】
《中間熱処理》
上記線状に加工された素材に中間熱処理を施す。中間熱処理の目的は、(1)この熱処理前の加工により素材に導入された歪みを除去する、(2)組織を再結晶化させることで、特定面の配向度合いを低減する、ことにある。これらの目的を達成するには、中間熱処理は、この熱処理後の線材の伸びが10%以上となるように行うことが好ましい。このような中間熱処理は、以下のバッチ処理又は連続処理のいずれを適用してもよい。
【0023】
<バッチ処理>
バッチ処理とは、加熱用容器(雰囲気炉、例えば、箱型炉)内に予め加熱対象を入れた状態で加熱する処理方法であり、一度の処理量が限られるものの、加熱対象全体の加熱状態を管理し易いため、伸びの高い線材を得易い処理方法である。この処理の場合、熱処理後の線材の伸びが10%以上となる条件は、例えば、中間熱処理前に施された加工の加工度が70%〜90%程度であり、純銅からなる素材の場合、素材の温度を175℃以上400℃以下とすることが挙げられる。保持時間は、30分以上が好ましい。素材温度が175℃未満又は保持時間が30分未満では、歪み除去や組織の再結晶化が十分に行えず、以降の最終伸線加工時に断線が生じ易くなったり、伸びや耐力の十分な向上効果が得られない。400℃超では、軟化し過ぎて最終伸線加工ができなくなる。より好ましい条件は、素材温度:250℃以上350℃以下、保持時間:1時間以上10時間以下である。
【0024】
<連続処理>
連続処理とは、加熱用容器内に連続的に加熱対象を供給して、加熱対象を連続的に加熱する処理方法であり、連続的に加熱できる点で作業性に優れる処理方法である。連続処理には、加熱対象を抵抗加熱により加熱する直接通電方式、加熱対象を電磁誘導により加熱する間接通電方式、加熱雰囲気とした加熱用容器(パイプ型炉)内に加熱対象を導入して熱伝導により加熱する炉式が挙げられる。連続処理の場合、所望の特性(ここでは、伸び)に関与し得る制御パラメータを適宜変化させ、そのときの特性(伸び)を測定し、このような測定データを予め作成しておく。そして、このデータに基づいて、所望の特性値(伸び:10%以上)が得られるようにパラメータを調整するとよい。通電方式の場合、制御パラメータは、容器内への供給速度(線速)、加熱対象の大きさ(線径)、電流値などが挙げられる。炉式の場合、制御パラメータは、容器内への供給速度(線速)、加熱対象の大きさ(線径)、炉の大きさ(パイプ型炉の直径)、加熱雰囲気の温度(300〜700℃が好ましい)などが挙げられる。伸線機の伸線材の排出側に例えば、通電方式の軟化装置を配置させている場合、線速は数百m/min以上、特に400m/min以上とすることで、加熱雰囲気の温度が350〜600℃のバッチ処理に相当する熱処理とすることができ、この連続処理後において伸びが10%以上の線材が得られる。
【0025】
《最終伸線加工》
上記中間熱処理後の熱処理材に施す最終伸線加工(冷間)は、総加工度を90%以下とする。より好ましい総加工度は、70%以上90%以下である。最終伸線加工の総加工度を高過ぎないように調整することで、最終熱処理後に得られる巻線用導体において、(200)面が配向することを低減することができる。
【0026】
《最終熱処理》
上記最終伸線加工後に更に最終熱処理を施して、結晶組織を再結晶化させ、(200)面の配向が小さい結晶組織とすると、伸びや耐力、耐熱性が優れる傾向にある。最終熱処理の具体的な条件は、例えば、純銅からなる最終伸線材に対して、上述したバッチ処理により熱処理を行う場合、線材温度を175℃以上400℃以下とし、保持時間を30分以上とすることが挙げられる。最終的に得られた線材の伸びが25%以上となるように熱処理条件を調整する。なお、最終熱処理後に、表面性状の改善などの理由により、加工度が10%以下の伸線加工を施してもよい。加工度が上述のように小さい場合、配向性に与える影響は少ない。また、熱処理条件を調整することで平均粒径を変化させることができる。平均粒径が小さく、微細な組織であることが好ましい。例えば、線径が0.9mm程度の場合、平均粒径は5μm以下が好ましい。
【発明の効果】
【0027】
本発明巻線用導体を具える本発明巻線は、コイルに成形後、所定の形状から広がり難いため、広がりに起因する絶縁特性の低下が少なく、電気機器に組み立てた後においても絶縁特性に優れ、ヒュージング時に導体が押し潰され難いため、端子部材との接続箇所の強度が高い。本発明巻線用導体の製造方法は、上記本発明導体を製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0028】
[試験例1]
線径が0.8mmの巻線用導体を具える巻線を作製し、導体の配向性、機械的特性、及びモーターコイルとしたときの絶縁特性を調べた。
【0029】
(試料1-1)
試料1-1は、以下のように作製した。タフピッチ銅からなる圧延材(鋳造材に冷間圧延を施したもの)を用意して、この圧延材に伸線加工を施し、線径が2.0mmの素材(予備伸線材)を得た。この素材に中間熱処理を施して、線材の結晶組織を再結晶化させた。中間熱処理は、連続処理が可能な軟化炉(ここでは、パイプ型炉)を用い、この熱処理後の線材(熱処理材)の伸びが10%以上となるように軟化炉を調整して行った。中間熱処理後、得られた熱処理材に最終伸線加工を施し、線径が0.8mmの線材(最終伸線材)を得た(総加工度:84%)。この線径:0.8mmの線材に、上記軟化炉を用いて最終熱処理を施し(加熱雰囲気の温度:550℃)、線材の結晶組織を再結晶化させた。最終熱処理後に得られた線材を巻線用導体とし、この表面に市販のワニスを塗布して絶縁被膜(厚さ:40μm)を形成し、エナメル線(巻線)を得た。このようなエナメル線を複数作製して、試料1-1とした。
【0030】
(試料1-2)
試料1-2は、以下のように作製した。試料1-1と同様の圧延材に伸線加工を施し、線径が2.5mmの素材(予備伸線材)を得た。この素材に、試料1-1と同様に、熱処理後の線材(熱処理材)の伸びが10%以上となるようにパイプ型炉にて中間熱処理を施した後、最終伸線加工を施し、線径が0.8mmの線材(最終伸線材)を得た(総加工度:約90%)。この線径:0.8mmの線材に、上記試料1-1と同様の条件で最終熱処理を施し、得られた線材を巻線用導体とし、試料1-1と同様にしてエナメル線(巻線)を得た。このエナメル線を試料1-2とした。
【0031】
比較例:(試料100)
試料100は、以下のように作製した。試料1-1と同様の圧延材に伸線加工を施し、線径が0.8mmの線材を得た(総加工度:99%以上)。この線径:0.8mmの線材に、上記試料1-1と同様の条件でパイプ型炉により最終熱処理を施し、得られた線材を巻線用導体とし、試料1-1と同様にしてエナメル線(巻線)を得た。このエナメル線を試料100とした。
【0032】
得られた試料1-1,1-2,100について、配向性を調べた。具体的には、各試料の表面に対して反射法によるX線回折を行い、(111)面の回折強度、(200)面の回折強度、及び(220)面の回折強度を調べた。そして、(111)面の回折強度に対する(200)面の回折強度の比:I(200)、(111)面の回折強度に対する(220)面の回折強度の比:I(220)を求めた。また、上記試料と同じ組成(タフピッチ銅)の微粉末を用意して、上記試料と同様の条件でX線回折を行い、(111)面の回折強度、(200)面の回折強度、及び(220)面の回折強度を調べ、(111)面の回折強度に対する(200)面の回折強度の比:Io(200)、(111)面の回折強度に対する(220)面の回折強度の比:Io(220)を求めた。求めた回折強度の比から、配向度合い:I(200)/Io(200)、I(220)/Io(220)を求めた。その結果を表1に示す。なお、X線は、絶縁被膜を十分に透過できるため、この試験では絶縁被膜を除去しなかった。
【0033】
得られた試料1-1,1-2,100について、JIS Z 2241(1998)に記載される引張試験に基づいて0.2%耐力(MPa)、及び伸び(%)を測定した。ここでは、各試料のそれぞれについて、JIS Z 2201(1998)の記載に準じて試験片を作製して、引張試験を行った。また、この試験では、試料ごとに10個の試験片を用意して、それぞれの試験片の0.2%、及び伸び(%)耐力を測定し、各試料における10個の試験片の平均を表1に示す。
【0034】
また、得られた試料1-1,1-2,100を用いて、モーターステータ用コイルを作製し、絶縁特性を調べた。ここでは、環状のヨークの内周側にティースが突出したモーターステータに利用するコイルを形成した。コイルは、直方体状の型枠(縦:80mm長、横:160mm長、角R:15mmの断面角丸め長方形状)に各試料のエナメル線を巻き付けて形成した。得られたコイルを、上記ステータのスロットに一旦挿入した後、スロットから取り出し、この取り出したコイルの絶縁破壊電圧(JIS C 3003 (1999))を測定した。測定した絶縁破壊電圧をモーター組み立て後の巻線の絶縁特性(kV)として評価した。その結果を表1に示す。
【0035】
更に、上記コイルをスロットに挿入する前に、形成したコイルの広がり度合いを調べた。ここでは、各試料のエナメル線をそれぞれ上記直方体状の型枠に巻回した後、型枠から外し、各コイルにおいて隣り合うターンがつくる角度を測定した。具体的には、コイルを形成するあるターンtnの一つの短辺snに対して、このターンtnに隣り合う次のターンtn+1の短辺であって、短辺snに隣り合う短辺sn+1がなす角度を測定し、この角度をコイルの広がり度合い(deg)として評価した。その結果を表1に示す。
【0036】
【表1】

【0037】
表1に示すように、中間熱処理を施し、最終伸線加工の総加工度を低めにし、かつ最終熱処理を施すことで、(200)面が配向することを低減できることが分かる。また、(200)面の配向度合いが小さい試料1-1,1-2は、伸びと耐力が共に高く、かつ絶縁特性に優れる巻線であることが分かる。このように絶縁特性が高くなった理由は、伸びや耐力が向上したことにより、コイル成形後の広がり度合いが小さくなったことで所定の形状が維持され易くなった結果、局所的に絶縁被膜が薄くなることを抑制できたためであると考えられる。
【0038】
[試験例2]
線径が0.4mmの巻線用導体を具える巻線を作製し、導体の配向性、及びヒュージング処理後の接続性能を調べた。
【0039】
(試料2-1)
試料2-1は、以下のように作製した。タフピッチ銅からなる圧延材(鋳造材に冷間圧延を施したもの)を用意して、この圧延材に伸線加工を施し、線径が0.8mmの素材(予備伸線材)を得た。この素材に中間熱処理を施して、線材の結晶組織を再結晶化させた。中間熱処理は、パイプ型炉を用いて、この熱処理後の線材(熱処理材)の伸びが10%以上となるようにパイプ型炉を調整して行った。中間熱処理後、得られた熱処理材に最終伸線加工を施し、線径が0.4mmの線材(最終伸線材)を得た(総加工度:75%)。この線径:0.4mmの線材に、上記パイプ型炉を用いて最終熱処理を施し(加熱雰囲気の温度:500℃)、線材の結晶組織を再結晶化させた。最終熱処理後に得られた線材を巻線用導体とし、この表面に市販のワニスを塗布して絶縁被膜(厚さ:17μm)を形成し、エナメル線(巻線)を得た。このエナメル線を試料2-1とした。
【0040】
(試料2-2)
試料2-2は、試料2-1と同様の圧延材に伸線加工を施し、線径が1.2mmの素材(予備伸線材)を得た。この素材に、試料2-1と同様に熱処理後の線材の伸びが10%以上となるようにパイプ型炉にて中間熱処理を施し、この中間熱処理後、熱処理材に最終伸線加工を施し、線径が0.4mmの線材(最終伸線材)を得た(総加工度:89%)。この線径:0.4mmの線材に試料2-1と同様の条件で最終熱処理を施し、得られた線材を巻線用導体とし、試料2-1と同様にしてエナメル線(巻線)を得た。このエナメル線を試料2-2とした。
【0041】
比較例:(試料200)
試料200は、試料2-1と同様の圧延材に伸線加工を施し、線径が0.4mmの線材を得た(総加工度:99%以上)。この線径:0.4mmの線材に、上記試料2-1と同様の条件でパイプ型炉により最終熱処理を施し、得られた線材を巻線用導体とし、試料2-1と同様にしてエナメル線(巻線)を得た。このエナメル線を試料200とした。
【0042】
得られた試料2-1,2-2,200について、試験例1と同様にして配向度合い:I(200)/Io(200)、I(220)/Io(220)を調べた。その結果を表2に示す。
【0043】
また、得られた試料2-1,2-2,200について耐熱性を調べた。ここでは、上記絶縁被膜を形成する前の巻線用導体をサンプルとし、各サンプルを熱機械分析試験装置に取り付け、一定荷重を加えながら、雰囲気温度を50℃/分の速度で昇温したときに生じる各サンプルの伸びを測定する。そして、測定した伸びの増加速度が最小となる時の雰囲気温度を求め、この温度を巻線用導体の耐熱性(℃)として評価した。その結果を表2に示す。
【0044】
更に、得られた各試料2-1,2-2,200の端部にそれぞれ、ヒュージング処理を施して銅製の端子部材を接続し、端子部材との接続箇所における強度を調べた。ここでは、各試料のエナメル線に上記端子部材を機械的に係止した後、ヒュージング処理により、エナメル線と端子部材とを電気的に接続して評価サンプルを作製した。各評価サンプルの接続箇所が引張試験機のチャック間の中心となるように、評価サンプルを引張試験機に取り付け、一定の速度で評価サンプルに引張変形を加えたときに破断する荷重を測定し、この荷重を接続箇所における強度(N)として評価した。その結果を表2に示す。
【0045】
また、上記試料のエナメル線(巻線)と端子部材との接続箇所を切断し、断面形状を金属顕微鏡(倍率:25倍)で観察し、端子部材の接続後における巻線の導体の潰れ度合いを調べた。具体的には、断面観察により導体の最小径:dmin(ヒュージングの際に巻線が圧縮される方向と平行する方向に導体の線径を測定し、この測定した線径の最小値)を測定し、端子部材を接続する前の導体の線径:d0(0.4mm)と上記最小径との差:(d0-dmin)を求め、端子部材を接続する前の導体の線径d0に対する上記差(d0-dmin)の割合:(d0-dmin)/d0を求め、この割合をヒュージング処理による導体の潰れ度合い(%)として評価した。その結果を表2に示す。
【0046】
【表2】

【0047】
表2に示すように、試験例1と同様に、中間熱処理を施し、最終伸線加工の総加工度を低めにし、かつ最終熱処理を施すことで、(200)面が配向することを低減することができることが分かる。また、(200)面の配向度合いが小さい試料2-1,2-2は、導体の線径が0.5mm以下の細径であっても、耐熱性が高く、かつ接続箇所における強度が高い巻線であることが分かる。接続箇所の強度が高くなったのは、ヒュージング処理時の導体の潰れ度合いが小さかったためであると考えられる。
【0048】
なお、上述した実施形態は、本発明の要旨を逸脱することなく、適宜変更することが可能であり、上述した構成に限定されるものではない。例えば、素材の組成、線径、絶縁被膜の組成などを変化させることができる。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明巻線は、自動車、各種の家庭用電気機器、時計などに利用されるコイルの巻線に好適に利用することができる。本発明巻線用導体は、上記本発明巻線の導体に好適に利用することができる。本発明製造方法は、上記本発明巻線用導体の製造に好適に利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
銅又は銅合金からなる導体の表面に絶縁被膜が形成された巻線として利用される巻線用導体であって、
前記導体表面をX線回折することにより求めた(111)面の回折強度に対する(200)面の回折強度の比をI(200)、前記導体と同じ組成からなる微粉末を前記導体と同一条件下でX線回折することにより求めた(111)面の回折強度に対する(200)面の回折強度の比をIo(200)とするとき、前記導体は、I(200)/Io(200)≦3を満たすことを特徴とする巻線用導体。
【請求項2】
前記導体表面をX線回折することにより求めた(111)面の回折強度に対する(220)面の回折強度の比をI(220)、前記導体と同じ組成からなる微粉末を前記導体と同一条件下でX線回折することにより求めた(111)面の回折強度に対する(220)面の回折強度の比をIo(220)とするとき、前記導体は、I(220)/Io(220)≦4を満たすことを特徴とする請求項1に記載の巻線用導体。
【請求項3】
前記導体の線径が40μm以上3mm以下であることを特徴とする請求項1又は2に記載の巻線用導体。
【請求項4】
前記導体の線径が0.5mm以下であることを特徴とする請求項1又は2に記載の巻線用導体。
【請求項5】
前記導体の0.2%耐力が120MPa以上であり、かつ伸びが25%以上であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の巻線用導体。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の巻線用導体と、この導体の表面に形成された絶縁被膜とを具えることを特徴とする巻線。
【請求項7】
銅又は銅合金からなる導体の表面に絶縁被膜が形成された巻線として利用される巻線用導体を製造する巻線用導体の製造方法であって、
銅又は銅合金からなり、線状に加工が施された素材に中間熱処理を施す工程と、
前記中間熱処理を施した熱処理材に最終伸線加工を施す工程と、
前記最終伸線加工を施した最終伸線材に最終熱処理を施して、巻線用導体を形成する工程とを具え、
前記最終伸線加工の総加工度は、90%以下とすることを特徴とする巻線用導体の製造方法。

【公開番号】特開2010−205623(P2010−205623A)
【公開日】平成22年9月16日(2010.9.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−51364(P2009−51364)
【出願日】平成21年3月4日(2009.3.4)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【出願人】(309019534)住友電工ウインテック株式会社 (67)
【Fターム(参考)】