説明

希土類金属錯体の製造方法

【課題】希土類金属錯体、特に蛍光希土類金属錯体の製造に際し、希土類金属酸化物を塩に変換することなく、直接原料として用いることにより、製造工程を減らし、製造コストを大幅にダウンさせることを目的とする。
【解決手段】希土類金属錯体を製造するに当り、希土類金属酸化物粉末を分散させた溶媒と少なくとも化学量論的量の無機酸との混合物を加熱しながら、この中へ配位子供給原料を加えて反応させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、NMRのシフト試薬、蛍光プローブ、蛍光ラベル剤、太陽電池モジュール材などとして有用な希土類金属錯体を、希土類金属酸化物を原料として1段階で製造する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
希土類金属錯体は、通常、酸化状態3が最も安定であるが、Eu、Yb、Smは酸化状態2の錯体も形成することができ、またCeは四価の化合物を形成する。その結合はイオン性が大きく、また高位の配位数をとりやすいので、正電荷(通常は3+)を中和するのに必要な陰イオン性配位子と反応させることにより、希土類金属錯体とすることができる。さらに、これに中性有機配位子を反応させた希土類金属錯体も知られている。
【0003】
そして、これまでに、例えばC55やC5(CH35やC8CH8のような炭化水素基を配位子としてもつ多数の希土類金属錯体が知られ、その中の一部は化合物の合成中間体、重合触媒などとして用いられている(非特許文献1参照)。
【0004】
最近に至り、有機化合物と金属イオンとの結合体を材料として開発する研究が進められた結果、6〜8座のアミノ酸誘導体を配位子とした希土類金属錯体を有効成分とするNMR用キラルシフト試薬、光学分割試薬(特許文献1参照)、ナフトアルデヒド、アセトナフトン又は10‐メチルアクリドンのような芳香族カルボニル化合物と、マグネシウムイオン、ルテチウムイオン、イッテルビウムイオン、スカンジウムイオンのような金属イオンとの錯体からなる発光材料(特許文献2参照)などが提案され、また、本発明者らも先に、有機溶剤に可溶な有機カルボン酸残基3個と中性有機配位子1個を有する赤色領域で発光する蛍光希土類金属錯体を提案した(特許文献3参照)。
【0005】
ところで、これらの希土類金属錯体を製造する場合、これまでは希土類金属の酸化物から希土類金属の塩、例えばトリフルオロメタンスルホネート(トリフラート)、塩酸塩、硝酸塩、トリメチルシリルトリフルオロメタンスルホネートを調製し、これを配位子形成原料と反応させることが必要であった。
【0006】
【特許文献1】特開2002−20358号公報(特許請求の範囲その他)
【特許文献2】特開2003−183639号公報(特許請求の範囲その他)
【特許文献3】特願2005−118665号(特許請求の範囲その他)
【非特許文献1】「第4版実験化学講座18 有機金属錯体」、社団法人日本化学会編、丸善株式会社発行、p.36−48
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、希土類金属錯体、特に蛍光希土類金属錯体の製造に際し、希土類金属酸化物を塩に変換することなく、直接原料として用いることにより、製造工程を減らし、製造コストを大幅にダウンさせることを目的としてなされたものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、蛍光希土類金属錯体を製造する際に、希土類金属の供給原料として希土類金属酸化物から煩雑な工程により調製される希土類金属塩を用いることなく、簡単に入手し得る希土類金属酸化物を直接用いる方法を開発するために鋭意研究を重ねた結果、希土類金属酸化物粉末を溶媒中に懸濁させ、化学量論的に過剰量の無機酸を加え、加熱して得た溶液の中へ配位子供給原料を導入して反応させれば、1段階で希土類金属錯体が得られることを見出し、この知見に基づいて、本発明をなすに至った。
【0009】
すなわち、本発明は、希土類金属錯体を製造するに当り、希土類金属酸化物粉末を分散させた溶媒と少なくとも化学量論的量の無機酸との混合物を加熱しながら、この中へ配位子供給原料を加えて反応させることを特徴とする希土類金属錯体の製造方法を提供するものである。
【0010】
本発明方法は、中心金属として希土類金属を用いる金属錯体の製造方法であるが、この中心金属となる希土類金属については特に制限はなく、希土類に属する金属、すなわちランタン、セリウム、プラセオジム、ネオジム、プロメチウム、サマリウム、ユウロピウム、ガドリニウム、テルビウム、ジスプロシウム、ホルミウム、エルビウム、ツリウム、イッテルビウム、ルテチウム、スカンジウム及びイットリウムの中から任意に選んで用いることができる。
【0011】
これらの希土類金属は、通常、錯体の製造において、トリフルオロメタンスルホン酸塩(トリフラート)のような塩として用いられているが、本発明方法は、このような塩の代りに容易に入手可能な希土類金属酸化物を用いることに特徴を有するので、これまで希土類金属塩を用いて錯体を製造していた方法に普遍的に適用できるが、以下配位子として有機カルボン酸残基3個と中性有機配位子1個とを含む蛍光希土類金属錯体の製造を例として、本発明方法を詳細に説明する。
【0012】
ここで、有機カルボン酸残基を配位子として供給する原料としては、例えば一般式
RCO2H (I)
(式中のRは脂肪族、脂環族又は芳香族炭化水素基である)
で表わされる有機カルボン酸又はその塩が用いられる。
【0013】
上記の式中の脂肪族炭化水素基は飽和又は不飽和のいずれでもよいし、また直鎖状又は枝分れ状のいずれでもよい。このような脂肪族炭化水素基の例としては、メチル基、エチル基、n‐プロピル基、イソプロピル基、n‐ブチル基、sec‐ブチル基、t‐ブチル基、直鎖状又は枝分れ状のペンチル、ヘキシル、オクチル、ノニル又はデシル基、ステアリル基、パルミチル基のような長鎖アルキル基、直鎖状又は枝分れ状のブテニル基、ペンテニル基、ヘキセニル基、デセニル基、オレイル基などを挙げることができる。
【0014】
また、脂環族炭化水素基は飽和又は不飽和の4〜7員炭素環をもつ炭化水素基であり、このような脂肪族炭化水素基の例としては、シクロブチル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基、シクロヘプチル基、2‐メチルシクロヘキシル基、1,4‐ジメチルシクロヘキシル基、シクロペンテニル基、シクロヘキセニル基などを挙げることができる。
【0015】
次に芳香族炭化水素基は単環式又は多環式のいずれでもよく、このような芳香族炭化水素基の例としては、フェニル基、ビフェニル基、ナフチル基、アントラニル基など、芳香環をもつ炭化水素基を挙げることができるが、これらの芳香環は、アルキル基、アルコキシ基、ハロゲン原子、水酸基、メルカプト基、アルキルメルカプト基などで置換されていてもよい。
【0016】
また、塩としては、アルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩、アンモニウム塩などが用いられる。
これらの炭化水素基の中で炭素数が多いものは得られる希土類金属錯体の有機溶媒に対する可溶性が大きいので好ましい。
【0017】
また、蛍光希土類金属錯体の特性を損うような配位子の取り込みを抑制し得るという点で、かさ高い炭化水素基が好ましいので、前記式(I)で示される有機カルボン酸としては、1‐ナフトエ酸、2‐ナフトエ酸、4‐メチル‐1‐ナフトエ酸、p‐(t‐ブチル)安息香酸、3,3‐ジメチルブタン酸、炭素数10以上の高級脂肪酸が好ましい。
【0018】
他方、中性有機配位子の供給原料としては、希土類金属錯体の中性配位子として用いられているものであればどのようなものでもよいが、得られた希土類金属錯体を蛍光材料として使用することを目的とする場合には、吸収した光が中心金属イオンを励起し、希土類金属錯体に特有の赤色ないし緑色の蛍光を発生させるものが好ましい。
【0019】
このようなものとしては、含窒素化合物、例えばアルキルアミン、アニリンのようなアミン類、イミダゾール、トリアゾール、ピリミジン、ピラジン、アミノピリジン、ピリジン、アデニン、チミン、グアニン、シトシンなどを挙げることができるが、特に1,10‐フェナントロリンやビピリジルのような2座配位の含窒素化合物が好ましい。
【0020】
本発明方法においては、中心金属の供給源として希土類金属酸化物、例えばSc23、Y23、La23、Eu23、Sm23などが用いられる。これらの希土類金属酸化物は、粒径100μm以下、好ましくは10μm以下の粉末とし、有機溶剤中に分散して用いられる。
【0021】
この際用いる有機溶剤は、これまで希土類金属錯体の製造に際して慣用されていたものの中から任意に選ばれる。このような有機溶剤としては、例えばメタノール、エタノール、プロパノール、アセトニトリル、ジメチルホルムアミド(DMF)、ジエチルアセトアミド、テトラヒドロフラン(THF)、アセトン、クロロホルム、メチレンクロライド、酢酸エチル、酢酸ブチル、ジメチルスルホキシド、ジエチルスルホキシドなどがある。
【0022】
本発明方法においては、上記の希土類金属酸化物粉末を、上記の有機溶剤中に加え、かきまぜることによって均一に分散させる。この際の有機溶剤の使用割合としては、希土類金属酸化物に対し、質量比で1:30ないし1:300、好ましくは1:50ないし1:200の範囲で選ばれる。
【0023】
次いで、この希土類金属酸化物粉末の分散液の中へ、無機酸を加え、必要に応じかきまぜながら加熱する。
この際用いる無機酸としては、塩酸、塩素酸、硫酸、硝酸のような強酸が用いられる。この無機酸の使用量は、希土類金属酸化物粉末に対して少なくとも化学量論的量、好ましくは若干過剰量とするのがよい。
【0024】
また、加熱温度としては、特に制限はないが、通常は40℃以上、好ましくは60〜100℃の範囲で選ばれる。この加熱処理は、分散液がほぼ透明の溶液になるまで続けられる。この処理時間は、希土類金属の種類、無機酸の種類、無機酸の濃度などにより左右されるが、通常は10分ないし5時間の範囲である。
【0025】
このようにして、ほぼ透明状態の溶液が得られたならば、次にこの中へ配位子供給原料すなわち前記一般式(I)の有機カルボン酸及び含窒素化合物を加え、反応させる。
この反応は、瞬時に進行し、沈殿が生成して液から分離するので、暫時放置したのち、沈殿をろ別し、必要に応じ洗浄し、乾燥する。
このようにして、希土類金属の質量に基づき60%以上の収率で、所望の希土類金属錯体を得ることができる。
以上、有機カルボン酸残基3個と中性有機配位子1個とをもつ希土類金属錯体の製造方法の例として説明したが、本発明がそれ以外の希土類金属錯体、例えばトリスアミノ酸誘導体を配位子とした希土類金属錯体の製造に際しても適用し得ることはいうまでもない。
【発明の効果】
【0026】
本発明方法によれば、希土類金属錯体の製造に際し、これまでは希土類金属酸化物から煩雑な方法で調製していた希土類金属塩を原料として用いる必要があったのを、この希土類金属酸化物をそのまま原料として用い、1段階で希土類金属錯体を製造することができるので、作業時間の短縮及び製造コストの低減を行うことができ、工業的に実施する場合に大きなメリットとなる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
次に、実施例により本発明を実施するための最良の形態を説明するが、本発明はそれらによって何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0028】
酸化ユウロピウム(Eu23)粉末0.71g(2mmol)をメタノール50mlに懸濁し、加熱、撹拌しながら濃塩酸1.3ml(約15.6mmol)を加え、添加終了後、さらに20分間加熱、撹拌することにより、ほぼ透明な溶液を調製した。
次に、1‐ナフトエ酸2.07g(12mmol)、1,10‐フェナントロリン0.72g(4mmol)及びトリエチルアミン1.22g(12mmol)をメタノール30mlに溶解した溶液を一挙に加えたところ、瞬時に白色沈殿が生成した。この反応生成物を冷蔵庫に入れ2時間静置したのち、沈殿をろ別し、冷メタノール10mlで2回洗浄したのち、乾燥した。
このようにして、ユウロピウム錯体(C452926Eu)2.45gを得た。酸化ユウロピウムに基づく収率は72%であった。
このものの元素分析結果は、計算値(C:63.91%、H:3.46%、N:3.31%)に対して、測定値(C:63.40%、H:3.36%、N:3.38%)であった。
また、このものの赤外線吸収スペクトルの主なピークは、1606.41、1579.41、1526.38、1424.17、1376.93、842.74、788.74、728.96、657.61cm-1に観測され、ユウロピウム供給原料として、ユウロピウムトリフラートを用いて製造した同じユウロピウム錯体の場合と一致していた。
【実施例2】
【0029】
酸化サマリウム(Sm23)粉末0.70g(2mmol)をメタノール50mlに懸濁し、加熱、撹拌しながら濃塩酸1.3ml(約15.6mmol)を加え、添加終了後、さらに20分間加熱、撹拌することにより、ほぼ透明な溶液を調製した。
次に、1‐ナフトエ酸2.07g(12mmol)、1,10‐フェナントロリン0.72g(4mmol)及びトリエチルアミン1.22g(12mmol)をメタノール30mlに溶解した溶液を一挙に加えたところ、瞬時に白色沈殿が生成した。この反応生成物を冷蔵庫に入れ2時間静置したのち、沈殿をろ別し、冷メタノール10mlで2回洗浄したのち、乾燥した。
このようにして、サマリウム錯体(C452926Sm)2.33gを得た。酸化サマリウムに基づく収率は69%であった。
このものの元素分析結果は、計算値(C:64.03%、H:3.46%、N:3.32%)に対して、測定値(C:63.98%、H:3.39%、N:3.23%)であった。
また、このものの赤外線吸収スペクトルの主なピークは、1605.45、1584.24、1533.13、1422.24、1376.93、843.70、788.74、728.96、656.64cm-1に観測された。
【実施例3】
【0030】
酸化ユウロピウム(Eu23)粉末0.36g(1mmol)をメタノール50mlに懸濁し、加熱、撹拌しながら濃塩酸0.6ml(約7.2mmol)を加え、添加終了後、さらに25分間加熱、撹拌することにより、ほぼ透明な溶液を調製した。
次に、トリス(2‐アミノメチルアミン)0.59g(4mmol)をメタノールに溶解した溶液5mlを加えて、2分間加熱、撹拌を行い、続いて3‐t‐ブチルサリチルアルデヒド1.07g(6mmol)をメタノール5mlに溶解した溶液を加えた後、5分間加熱、撹拌を行った。3‐t‐ブチルサリチルアルデヒド溶液を加えた瞬間、黄色のにごりが生じたが、すぐににごりが消えて、透明な溶液になった。溶液を冷蔵庫に入れて、静置した。析出した沈殿をろ別して、冷メタノール5mlで2回洗浄したのち、乾燥した。
このようにして、ユウロピウム錯体(C395143Eu・H2O)1.13gを得た。酸化ユウロピウムに基づく収率は71%であった。
このものの元素分析結果は、計算値(C:59.00%、H:6.73%、N:7.06%)に対して、測定値(C:58.80%、H:6.89%、N:7.08%)であった。
また、ESI−MSを測定した結果、m/z:777に、[C395143Eu+H+]に相当するピークが観測された。
【実施例4】
【0031】
酸化イットリウム(Y23)粉末0.23g(1mmol)をメタノール50mlに懸濁し、加熱、撹拌しながら濃塩酸0.6ml(約7.2mmol)を加え、添加終了後、さらに25分間加熱、撹拌することにより、ほぼ透明な溶液を調製した。
次に、トリス(2‐アミノメチルアミン)0.59g(4mmol)をメタノールに溶解した溶液5mlを加えて、2分間加熱、撹拌を行い、続いて3‐t‐ブチルサリチルアルデヒド1.07g(6mmol)をメタノール5mlに溶解した溶液を加えた後、5分間加熱、撹拌を行った。3‐t‐ブチルサリチルアルデヒド溶液を加えた瞬間、黄色のにごりが生じたが、すぐににごりが消えて、透明な溶液になった。溶液を冷蔵庫に入れて、静置した。析出した沈殿をろ別して、冷メタノール5mlで2回洗浄したのち、乾燥した。
このようにして、イットリウム錯体(C395143Y・0.5H2O)0.95gを得た。酸化イットリウムに基づく収率は66%であった。
このものの元素分析結果は、計算値(C:64.90%、H:7.26%、N:7.76%)に対して、測定値(C:65.00%、H:7.19%、N:7.73%)であった。
また、ESI−MSを測定した結果、m/z:713に、[C395143Y+H+]に相当するピークが観測された。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明方法は、NMRのシフト試薬、蛍光プローブ、蛍光ラベル剤、太陽電池モジュール材料などとして有用な希土類金属錯体を効率よく製造するために利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
希土類金属錯体を製造するに当り、希土類金属酸化物粉末を分散させた溶媒と少なくとも化学量論的量の無機酸との混合物を加熱しながら、この中へ配位子供給原料を加えて反応させることを特徴とする希土類金属錯体の製造方法。
【請求項2】
無機酸が濃塩酸である請求項1記載の希土類金属錯体の製造方法。
【請求項3】
無機酸との反応を60〜100℃の温度に加熱して行う請求項1又は2記載の希土類金属錯体の製造方法。

【公開番号】特開2007−230842(P2007−230842A)
【公開日】平成19年9月13日(2007.9.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−57023(P2006−57023)
【出願日】平成18年3月2日(2006.3.2)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(593140255)サンビック株式会社 (12)
【Fターム(参考)】