説明

平板状刃物

【課題】刃部材の剛性を維持しつつ高価な材料の使用を抑えてコストを低減すると共に、研磨性の良好な平板状刃物を提供する。
【解決手段】平板状刃物10は、刃部材11を台部材15の取付凹部16にろう材あるいは接着剤で固定し、刃部材11の表層12側に切刃稜11aを形成したものである。刃部材11は、高硬度の高速度工具鋼である表層12と、高速度工具鋼より焼き入れ硬化能の低い合金鋼である中間層13と、焼き入れ硬化能のほとんどない軟鋼である下層14を鍛接で接合させることにより形成される。刃部材11は、焼き入れ焼き戻し処理が行われ、表層12が刃物に適した硬度に硬化され、台部材15の取付凹部16に固定される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、重ねた紙を切断する紙断裁機や、木材やプラスチック等を切断または切削する加工機械に用いられる平板状刃物であって、特に切刃稜を有する刃部材が高速度工具鋼で形成された平板状刃物に関する。
【背景技術】
【0002】
この種の平板状刃物については、切削性能を高めるために、刃先部分に高硬度の高速度工具鋼のようなタングステン、モリブデン等の稀少金属を多く含む高価な鋼材を使用する必要があるが、刃物全体を高価な高速度工具鋼で形成することにより製造コストが非常に高価であった。また、近年のこれら稀少金属の資源減少に伴う価格の著しい高騰が、この種の平板状刃物をさらに高価なものとしている。これに対して、例えば特許文献1に示すように、刃主要部(台部材)と刃先部分(刃部材)を重ね合わせて接合させて刃物を構成し、刃主要部を安価な鋼材で形成し、刃先部分を高価な工具鋼等で形成したものが知られている。この刃物は、例えば特許文献2に示すように、安価な鋼材製の台部材に高価な鋼材製の刃部材を接合させて、両者が重ね合わされた端部に台部材側から研磨加工を施して傾斜面(しのぎ面)を形成することにより刃先部分の先端側に切刃稜が設けられる。
【特許文献1】特開2005−313268号公報
【特許文献2】特開平2−104432号公報
【0003】
ところで、紙断栽用としての刃部材の剛性を考慮すると、刃部材には所定厚さ以上からなる材料が必要であった。すなわち、刃部材の厚さを薄くしすぎるとその剛性が低下し、刃物使用時に撓みが生じることにより、断栽の加工精度が低下することになる。例えば、従来の高速度工具鋼製の断栽刃では、3〜5mm程度の厚みの高速度工具鋼の刃部材が必要である。そのため、刃物を上述したように刃部材と台部材と分けても、稀少金属を多く含む刃部材自体が高価になるため、刃物のコストを十分に下げられない。また、高速度工具鋼製の刃部材は、焼き入れにより高硬度となり、耐摩耗性に優れたものになるが、その傾斜面を研磨して切刃稜を形成する際に、高硬度であることにより研磨性が悪くなり、研磨作業が困難になるという問題もある。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、上記問題を解決しようとするもので、刃部材の剛性を維持しつつ高価な材料の使用を抑えてコストを低減すると共に、研磨性の良い平板状刃物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記目的を達成するために本発明の構成上の特徴は、表層と中間層と下層が層状に圧延された圧延鋼板の表層に切刃稜を加工形成してなる刃部材を有する平板状刃物であって、表層が高硬度の高速度工具鋼であり、中間層が高速度工具鋼より焼き入れ硬化能の低い合金鋼であり、下層が焼き入れ硬化能のほとんどない鋼材であることにある。
【0006】
表層は、高速度工具鋼からなるもので、その厚さは0.1mm以上であることが好ましい。0.1mmより薄いと、平板状刃物を完成させるにおいて、表層の厚みの班を制御するのが困難になり、刃物の剛性や耐摩耗性等の切削性能への影響が顕著になる。0.1mmより厚くしても切削性能に変わりはなく、厚くするほど素材コストが上昇する。中間層は、高速度工具鋼より焼き入れ硬化能が低いが、高速度工具鋼の焼き入れ焼き戻しの条件でHRC58(ロックウェル硬度のCスケール)程度以上、より好ましくはHRC60以上が得られる合金鋼であり、例えば工具鋼、軸受鋼、耐衝撃鋼等から採用される。表層に続く中間層の硬度が低すぎると、剛性が低下し、表層に作用する切断時や切削時の力を十分に支えきれず、刃物が変形しやすくなる。なお、合金鋼は、国際標準ISOの規定で合金元素Al, B, Co, Cr, Cu, La, Mo, Nb, Ni, Pb, Se, Te, Ti, V, W, Zrを1種類以上で所定の下限量以上を含むものとされており、これには高速度工具鋼も含まれているが、本発明の中間層をなす合金鋼は焼き入れ硬化能が低いものであり、焼き入れ硬化能が高い高速度工具鋼を含まないものとする。
【0007】
中間層の厚さは2.5〜3.5mmであることが好ましい。中間層は、紙等を切断する際に切刃稜に作用する切断の反力により刃先部分が撓もうとするのを支えるものであり、2.5mmより薄いと、切刃稜を支える強度が不十分でありそのために表層の厚さを厚くする必要があり、また3.5mmより厚くしてもかえって刃部材が厚くなりすぎることになる。また、中間層は、表層ほどではなくてもよいがある程度焼き入れ硬化能を有する必要がある。中間層が熱処理時にほとんど硬化しないと、表層の厚みを従来程度にする必要があり、そのため、工具鋼、軸受鋼、耐衝撃工具鋼等程度の焼き入れ硬化能を有するものであることが必要になる。
【0008】
下層は、合金鋼以外の焼き入れ硬化能のほとんどないその他の鋼であり、特に軟鋼とすることにより、熱処理後の刃部材の反りを抑制できる効果があり、反り等のひずみを矯正するのも容易である。例えば、軟鋼を省いて高速度工具鋼と合金鋼の2層とすると、熱処理後の刃部材の反りが矯正出来ないような非常に大きなものとなり、刃部材として使用できないという結果であった。下層の厚さは0.5〜1.0mmであることが好ましい。0.5mmより薄いと、熱処理後の刃部材の反りを抑制する効果が得られにくくなり、また1.0mmより厚くしてもかえって刃部材が厚くなりすぎることになる。上記各層の厚さは、紙断栽用刃物に対してである。かんな刃は、紙断栽用刃物に比べて刃物の寸法が小さくなるため、かんな刃の各層の厚さは上記厚さより相対的に小さくなる。
【0009】
上記のように構成した本発明においては、刃部材が複数層の鋼板で形成され、表層の鋼板のみが高価な高速度工具鋼であるため、刃物の剛性を維持しつつ、高速度工具鋼のような高価な材料の使用が抑えられ、平板状刃物の製造コストが大幅に低減すると共に、稀少金属資源の有効活用が図られる。また、本発明においては、刃部材の熱処理によって、熱処理後において刃部材の若干の反りはあるが、下層が硬化していないため、プレス等により反りを容易に修正でき、最後に残る微細な歪みは表層及び下層の少なくとも一層に最小限の研磨を施して除去することで抑えられる。さらに、本発明においては、切刃稜形成のための傾斜面の研磨の際に、高硬度の高速度工具鋼の厚さが相対的に薄くされているため、研磨加工の作業性が高められる。
【0010】
また、本発明において、中間層が複数の鋼板を積層したものであり、少なくとも表層に接する層が合金鋼で形成されていてもよい。中間層の構成としては、合金鋼同士あるいは合金鋼と軟鋼の組み合わせである。このように、中間層を複数層を積層して、表層に接する層を合金鋼で形成しても、中間層としての機能を果たすことが可能になる。
【0011】
また、本発明において、表層への切刃稜の加工形成が、刃部材に焼き入れ焼き戻しの熱処理を行うことにより表層を刃物に適した硬度に硬化させた後に行われることが好ましい。これにより、刃物に適した硬度に硬化した表層に切刃稜の加工を行うことができ、精度のよい安定した切刃稜の形成が可能になる。
【0012】
また、本発明において、表層への切刃稜の加工形成が、刃部材に焼き入れ焼き戻しの熱処理を行うことにより表層を刃物に適した硬度に硬化させた後、さらに刃部材の少なくとも下層側を別体の台部材にろう材又は接着剤を用いて接合させた後に行われることが好ましい。これにより、刃物に適した硬度に硬化した刃部材が台部材に接合した状態で表層に切刃稜の加工を行うことができ、さらに精度のよい安定した切刃稜の形成が可能になる。
【発明の効果】
【0013】
本発明においては、刃部材を複数層の鋼板で形成し、表層のみを高価な高速度工具鋼製としたことにより、刃部材の剛性を維持しつつ、高速度工具鋼のような高価な材料の使用が抑えられ、平板状刃物の全体のコストが大幅に低減し、さらに、切刃稜形成のための傾斜面の研磨の際に、高硬度の高速度工具鋼の厚さが相対的に薄くされているため、研磨の作業性が高められる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明の一実施例を図面を用いて説明する。図1,図2は、実施例に係る重ねた紙を切断する製本用等の断栽刃として使用される平板状刃物を正面図及び側面図により示したものである。図3,図4は刃部材を正面図及び側面図により示し、図5,図6は台部材を正面図及び側面図により示したものである。平板状刃物10は、圧延鋼板である刃部材11を普通鋼製の厚板である台部材15の取付凹部16にろう材あるいは接着剤で固定し、刃部材11の表層12側に切刃稜11aを形成したものである。
【0015】
刃部材11は、高硬度の高速度工具鋼である表層12と、高速度工具鋼より焼き入れ硬化能の低い合金鋼である中間層13と、焼き入れ硬化能のほとんどない軟鋼である下層14を接合させることにより形成された長尺長方形状の薄い圧延鋼板である。例えば、表層12の厚さは4mm、中間層13の厚さは12mm、下層14の厚さは10mmであり、刃部材11は26mm厚さになる。刃部材11は、表層12、中間層13、下層14をなす鋼材を重ね合わせて高温加熱状態で圧着させる鍛接法により形成され、これにより各層間に連続的に接がれた接合が形成される。この刃部材11は、必要により焼きならし焼きなましを行い、歪み取りを行った後、さらに焼き入れ焼き戻し処理が行われ、表層12が刃物に適した硬度に硬化される。鍛接後の刃部材11の厚みは6mmとなる。刃部材11の熱処理で生じたわずかな歪みは、プレス等により反りを容易に修正でき、最後に残る微細な歪みは下層14及び表層12の少なくとも一層を最小限の研磨で除去することにより抑えられる。仕上がりの厚みは5mmとなる。
【0016】
台部材15は、図5、図6に示すように、普通鋼製の長方形長尺の厚板であり、正面の長手方向の一方の縁部側(図5の上縁部側)に、長手方向に沿って両端間に延びかつ厚さ方向に半分程度切欠かれた上記刃部材11と略同一形状の取付凹部16を有している。熱処理されて反りの除かれた刃部材11が、図7に示すように、下層14を台部材15の取付凹部16にろう材あるいは接着剤で固定することにより台部材15に固定される。その後、台部材15の刃部材11が取り付けられた側にて背面(図7の右側面)から研磨処理が施されて、表層12側に先端角度が略20°程度になるように傾斜面が形成され、表層12に切刃稜11aを設けた平板状刃物10が得られる。
【0017】
上記構成の実施例においては、刃部材11が3層の鋼板を接合させて形成され、表層12のみを高価な高速度工具鋼製としたことにより、刃部材11の剛性を維持しつつ、高価な高速度工具鋼の使用が抑えられた。その結果、平板状刃物10の全体の製造コストが大幅に低減すると共に、稀少金属資源の有効活用が図られる。さらに、本実施例においては、切刃稜11a形成のための傾斜面の研磨の際に、高硬度の表層12の厚さが相対的に薄くされているため、研磨の作業性が高められる。なお、刃部材11の熱処理によって、熱処理後の刃部材11に若干の反りはあるが、下層14が硬化していないため、プレス等により反りを容易に修正でき、最後に残る微細な歪みは表層12及び下層14の少なくとも一層側を最小限の研磨で除去することで抑えられる。
【0018】
なお、上記実施例においては、平板状刃物10は刃部材11を台部材15に固定したものであり、厚い刃物である断栽刃や、ベニヤスライサーナイフとして用いられるものであるが、厚みの薄い刃物例えばJIS B 4710のB型かんな刃のような刃物の場合、図8、図9に示すように、台部材を用いることなく、上記刃部材11と同様の構造の刃部材自体がかんな刃20として利用される。また、上記実施例においては、中間層13は合金工具鋼の一層で形成されているが、複数層に積層された中間層とすることもでき、その場合は表層12側の層が合金鋼である。さらに、刃部材にコーティング被膜を形成し、耐摩耗性や耐食性を向上させることもできる。その他、上記実施例に示した平板状刃物の構造については一例であり、本発明の主旨を逸脱しない範囲で、種々変更して実施することができる。
【産業上の利用可能性】
【0019】
本発明は、刃部材を複数層の鋼板で形成し、表層のみを高価な高速度工具鋼製としたことにより、刃部材の剛性を維持しつつ、高速度工具鋼のような高価な材料の使用が抑えられ、平板状刃物の全体のコストが大幅に低減し、さらに、切刃稜形成のための傾斜面の研磨の際に、高硬度の高速度工具鋼の厚さが相対的に薄くされているため、研磨の作業性が高められるので、有用である。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の一実施例に係る平板状刃物を示す正面図である。
【図2】同平板状刃物を示す側面図である。
【図3】同平板状刃物を構成する刃部材を示す正面図である。
【図4】同刃部材を示す側面図である。
【図5】同平板状刃物を構成する台部材を示す正面図である。
【図6】同台部材を示す側面図である。
【図7】刃部材を台部材に固定した状態を示す側面図である。
【図8】他の実施例であるかんな盤用かんな刃を示す正面図である。
【図9】同かんな盤用かんな刃を示す側面図である。
【符号の説明】
【0021】
10…平板状刃物、11…刃部材、12…表層、13…中間層、14…下層、15…台部材、16…取付凹部、20…かんな刃。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
表層と中間層と下層が層状に圧延された圧延鋼板の該表層に切刃稜を加工形成してなる刃部材を有する平板状刃物であって、前記表層が高硬度の高速度工具鋼であり、前記中間層が高速度工具鋼より焼き入れ硬化能の低い合金鋼であり、前記下層が焼き入れ硬化能のほとんどない鋼材であることを特徴とする平板状刃物。
【請求項2】
前記中間層が複数の鋼板を積層したものであり、少なくとも前記表層に接する層が前記合金鋼で形成されていることを特徴とする請求項1に記載の平板状刃物。
【請求項3】
前記表層への切刃稜の加工形成が、前記刃部材に焼き入れ焼き戻しの熱処理を行うことにより前記表層を刃物に適した硬度に硬化させた後に行われることを特徴とする請求項1又は2に記載の平板状刃物。
【請求項4】
前記表層への切刃稜の加工形成が、前記刃部材に焼き入れ焼き戻しの熱処理を行うことにより前記表層を刃物に適した硬度に硬化させた後、さらに該刃部材の少なくとも前記下層側を別体の台部材にろう材又は接着剤を用いて接合させた後に行われることを特徴とする請求項1又は2に記載の平板状刃物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2009−285747(P2009−285747A)
【公開日】平成21年12月10日(2009.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−138480(P2008−138480)
【出願日】平成20年5月27日(2008.5.27)
【出願人】(000165398)兼房株式会社 (28)
【Fターム(参考)】