説明

平板状PVAハイドロゲル積層体の製造方法、及び平板状PVAハイドロゲル積層体

【課題】透明でありながら、従来のPVAハイドロゲルシートよりも厚く、自立的に構造を維持する程度以上の強度を有し、且つ平らな、平板状PVAハイドロゲル積層体、及びその製造方法の提供。
【解決手段】PVA水溶液を容器に保持して乾燥し、生乾きのPVAハイドロゲルシートを得る工程と、前記生乾きのPVAハイドロゲルシート上に、前記PVA水溶液を保持して乾燥し、別の生乾きのPVAハイドロゲルシートを形成して積層する操作を行い、所定の厚みに達するまで前記操作を繰り返す工程と、を少なくとも有することを特徴とする平板状PVAハイドロゲル積層体の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、平板状PVAハイドロゲル積層体の製造方法、及び平板状PVAハイドロゲル積層体に関する。
【背景技術】
【0002】
従来知られているポリビニルアルコール(PVA)の含水シートは、透明なPVA含水シート、又は白濁した不透明なPVA含水シート、の二種類に大別される。前者は透明で弾性に富むが、薄くて弱いという欠点を有する(特許文献1及び2参照)。後者は強いが、不透明で脆いという欠点を有する(特許文献2参照)。
【0003】
透明なPVA含水シートを、例えば創傷被覆材として用いた場合、貼付したPVA含水シートを剥がさずに傷の状態を観察できるため有用である。しかし、薄くて弱い欠点のために、力学的負荷の大きな場所での使用時には破損する恐れがあり、取り扱いが困難である。
また、薄くて弱い欠点のために、用途を広く展開することが困難であるという問題がある。例えば、透明なPVA含水シートを包装材として使用する場合、より厚くて強い含水シートが求められる。
【0004】
薬剤等の機能性物質が担持されたPVA含水シートを作製する場合、PVA溶液に機能性物質を溶かした状態でゲル化させる、または、ゲル化後に機能性物質を浸透させて担持する方法がある。従来のゲル化方法によって作製されたPVA含水シートでは、機能性物質の濃度をシート内で徐々に変化させたり(傾斜機能化)、シート内の特定の部分にのみ機能性物質を担持させることは容易ではない。
【0005】
特許文献1に開示された、透明PVA含水シートを製造する方法は、PVAの他にポリビニルピロリドン、メチルビニルエーテル無水マレイン酸共重合体、及びイソブチレン無水マレイン酸共重合体から選ばれる少なくとも1種の重合体を含有させたPVA水溶液に放射線照射して、架橋させるものである。放射線として使用されている電子線は、PVA水溶液を透過する力が比較的弱いため、薄いPVA含水シートしか得られない。一般の工業用途を超える強力な電子線を照射して透過力を高めた場合でも、PVA含水シート表面の被照射量とPVA含水シート内部の被照射量が異なるため、均一なゲル化ができない。また、PVA含水シートに強度や粘着性を付与する目的で、上記重合体を添加しているため、該重合体の傷口への残留や浸透が懸念される。
ガンマ線をPVA水溶液に照射する方法も開示されているが、特殊な照射装置を必要とするうえ、得られるゲルがシート形状を保つことが困難なほど軟弱である(特許文献3参照)。
【0006】
放射線照射を用いずにPVAシートを製造する方法として、PVA水溶液を乾燥してゲル化することによって、薄くて透明なPVAハイドロゲルシートを得る方法も従来から知られている。
しかし、この方法では、1mm以上の厚さを有する透明で平らなPVAハイドロゲルシートを製造することは困難である。PVA水溶液の容積を増やし、これを乾燥させて、厚いPVAハイドロゲルシートを形成した場合、十分にゲル化が進行すると、当該PVAハイドロゲルシートが撓んでしまい、その外周部がめくれ上がる問題がある。つまり、ゲル化が成熟するとシートの平坦性が失われてしまう問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平9−262249号公報
【特許文献2】特開昭57−130543号公報
【特許文献3】特開昭50−55647号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、透明でありながら、従来のPVAハイドロゲルシートよりも厚く、自立的に構造を維持する程度以上の強度を有し、且つ平らな、平板状PVAハイドロゲル積層体、及びその製造方法の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の請求項1に記載の平板状PVAハイドロゲル積層体の製造方法は、PVA水溶液を容器に保持して乾燥し、生乾きのPVAハイドロゲルシートを得る工程と、前記生乾きのPVAハイドロゲルシート上に、前記PVA水溶液を保持して乾燥し、別の生乾きのPVAハイドロゲルシートを形成して積層する操作を行い、所定の厚みに達するまで前記操作を繰り返す工程と、を少なくとも有することを特徴とする。
本発明の請求項2に記載の平板状PVAハイドロゲル積層体の製造方法は、請求項1において、前記生乾きのPVAハイドロゲルシートの含水率(乾燥体基準)が、45〜70質量%であることを特徴とする。
本発明の請求項3に記載の平板状PVAハイドロゲル積層体の製造方法は、請求項1又は2において、前記生乾きのPVAハイドロゲルシートの厚さが、2.0mm〜2.5mmであることを特徴とする。
本発明の請求項4に記載の平板状PVAハイドロゲル積層体の製造方法は、請求項1〜3のいずれか一項において、前記保持したPVA水溶液の乾燥を、相対湿度が20〜50%の雰囲気で行うことを特徴とする。
本発明の請求項5に記載の平板状PVAハイドロゲル積層体は、透明かつ1mm以上の厚さを有することを特徴とする。
本発明の請求項6に記載の平板状PVAハイドロゲル積層体は、請求項5において、前記平板状PVAハイドロゲル積層体における特定の層に、機能性物質を担持していることを特徴とする。
本発明の請求項7に記載の平板状PVAハイドロゲル積層体は、請求項6において、前記機能性物質が、機能性高分子又は無機微粒子であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明の平板状PVAハイドロゲル積層体の製造方法によれば、簡便な方法によって、自立的に構造を維持する程度以上の強度を有する、透明で平らなPVAシート(PVA板)を、任意の厚さで製造することができる。
前記製造方法によって得られた平板状PVAハイドロゲル積層体(以下では、単に「積層体」ということがある。)は、自立的に構造を維持する程度以上の強度を有するので、取り扱いが容易である。また、用途に応じて必要となる任意の厚さを、積層体に付与することができる。さらに、積層体の所定の層に機能性物質を含ませることができる。この場合、各層の機能性物質の濃度を積層毎に徐々に変化させて、積層体全体として含有する機能性物質の濃度勾配をつくる(濃度の傾斜化)こと、あるいはゲル内の特定の層にのみ機能性物質を担持させることが容易にできる。
さらに、積層体は透明であるため、内部に包埋した物体や、積層体を設置した箇所の状態を観察することが容易にできる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】(a)円盤形の平板状PVAハイドロゲル積層体の平面写真、(b)PVA含水シートの平面写真
【図2】メチレンブルー水溶液の光触媒による分解前後の吸収スペクトル
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明について詳しく説明する。
【0013】
「PVAハイドロゲルシート」とは、水分を保持した湿潤なPVAゲルシートのことである。「生乾きのPVAハイドロゲルシート」は、その表面に粘着性を有する。一方、「生乾きでないPVAハイドロゲルシート」では、その表面の粘着性はほとんど失われている。完全に乾燥させて水分を失ったシートは、「乾燥PVAシート」と呼んで、区別する。
以下では、特に説明しない限り、単に「PVAハイドロゲルシート」と呼んだ場合には「生乾きでないPVAハイドロゲルシート」を意味するものとする。
【0014】
<平板状PVAハイドロゲル積層体の製造方法>
[第一実施態様]
本発明に係る平板状PVAハイドロゲル積層体の製造方法の第一実施態様は、PVA水溶液(ポリビニルアルコール水溶液)を容器に保持して乾燥し、生乾きのPVAハイドロゲルシートを得る工程(工程A)と、前記生乾きのPVAハイドロゲルシート上に、前記PVA水溶液を保持して乾燥し、別の生乾きのPVAハイドロゲルシートを形成して積層する操作を行い、所定の厚みに達するまで前記操作を繰り返す工程(工程B)と、を少なくとも有する。
本発明の製造方法では、前記工程A及び工程Bの他に、補助的な別の工程を有していてもよい。
【0015】
(工程A)
前記工程Aは、PVA水溶液を、略平坦な底面を有する容器に、平面状に拡げて保持して(キャストして)、乾燥処理によって該PVA水溶液の水分を蒸発させ、生乾きのPVAハイドロゲルシートを得る工程である。
【0016】
使用するPVAのけん化度としては、90〜100モル%であればよく、好ましくは98〜100モル%である。
上記範囲の下限値未満であると、得られる生乾きのPVAハイドロゲルシートの強度が弱く、取り扱いが困難である。
上記範囲内のPVAを使用することにより、前記生乾きのPVAハイドロゲルシートの強度が増し、工程Bにおける取り扱いが容易となり、さらに得られる積層体の強度が充分となるので好ましい。
【0017】
使用するPVAの重合度(平均重合度)としては、500以上であればよく、好ましくは1700以上である。PVA重合度の上限値は特に制限されないが、通常3000以下の重合度のPVAが使用される。
上記範囲の下限値未満であると、得られる生乾きのPVAハイドロゲルシートの強度が弱く、取り扱いが困難である。
重合度のより大きなPVAを使用することにより、前記生乾きのPVAハイドロゲルシートの強度が増し、工程Bにおける取り扱いが容易となり、さらに得られる積層体の強度が充分となるので好ましい。このようなPVAは市販されているものが使用できる。
【0018】
前記PVA水溶液の濃度としては、特に制限されないが、好ましくは5〜25質量%、より好ましくは15〜20質量%である。
上記範囲の下限値未満であると、乾燥処理の時間が長くなり製造効率が落ちる。上記範囲の上限値超であると、PVA水溶液の粘度が増して、容器に均一にキャストしづらくなることがあり、PVA水溶液の低温での保存中にゲル化が進行してしまう恐れがある。
上記範囲内のPVA水溶液濃度とすることにより、前記生乾きのPVAハイドロゲルシートの強度が増し、工程Bにおける取り扱いが容易となり、さらに得られる積層体の強度が充分となるので好ましい。
なお、前記PVA水溶液は、溶質であるPVAが、溶媒である水に対して完全に溶解したものを用いることが好ましい。
【0019】
前記PVA水溶液を前記容器に平面状に拡げて保持する際の、平面状に拡げたPVA水溶液の深さ(厚さ)としては、1.0mm〜5.0mmが好ましく、3.0mm〜3.5mmがより好ましい。この深さを調整することによって、得られる生乾きのPVAハイドロゲルシートの厚みを調整することができる。また、該生乾きのPVAハイドロゲルシートの平坦性を十分に保持することができる。
【0020】
上記範囲の深さでPVA水溶液を平板状に拡げて保持して、乾燥することによって、平坦で、取り扱いが容易な(持ち上げる等の取り扱い時に破れにくい)生乾きのPVAハイドロゲルシートを得ることができる。
【0021】
前記容器の底面積としては特に制限されないが、得られる生乾きのPVAハイドロゲルシートの取り扱いが容易である観点から、例えば四角形の底面の一辺が30mm〜500mmが好ましい。
前記底面の形状は特に制限されず、三角形、四角形、円形等のいかなる形状であってもよい。つまり、本発明のPVAハイドロゲル積層体は、平坦であればその形状は特に制限されず、前記底面の形状を適宜調整することによって所望の形状とすることができる。
【0022】
前記PVA水溶液には、生乾きのPVAハイドロゲルシートの形成に不都合なもの(PVA水溶液のゲル化を阻害するもの)でなければ、種々の薬剤や機能性物質を含ませてもよい。
【0023】
平板状に拡げて保持したPVA水溶液を乾燥させる方法としては特に制限されず、例えば風乾する方法、温風を吹き付ける方法、真空乾燥する方法等が挙げられる。ただし、気化熱によって当該PVA水溶液を凍結させる方法(凍結乾燥)は、得られる生乾きのPVAハイドロゲルシートが白濁して乳白色を呈してしまうので適用できない。
【0024】
前記乾燥する際の温度としては、0〜50℃が好ましく、10〜30℃がより好ましい。
上記範囲の下限値未満であると、保持しているPVA水溶液の乾燥が遅く、生乾きのPVAハイドロゲルシートの形成効率が落ちる。また、低温における凍結は、PVAハイドロゲルシートが白濁して乳白色を呈するので避けなければならない。上記範囲の上限値超であると、PVA水溶液の乾燥が速すぎるために、ゲル化が均一に進まず、平坦な生乾きのPVAハイドロゲルシートが形成できない恐れがある。
【0025】
前記乾燥によって、PVA水溶液がゲル化し、生乾き状態のPVAハイドロゲルシートを形成する。生乾き状態であるか否かは、主に、PVAハイドロゲルシートの表面が粘着性を有するか否かで判断される。生乾きを超えて、さらに乾燥してしまうと、シート表面の粘着性が失われてしまう。
【0026】
PVAハイドロゲルシートを生乾きの状態で得る方法として、該シートの含水率(乾燥体基準)が、好適には45〜70質量%、より好適には50〜60質量%となるまで乾燥する方法が例示できる。
上記範囲となるように乾燥することによって、PVAハイドロゲルシートの表面が粘着性を保った生乾きの状態で得ることができる。
【0027】
ここで、含水率(乾燥体基準)は、(シート中に含まれる水の質量)÷(完全に乾燥したシートの質量)×100(質量%)として求められる値である。例えば、得られたPVAハイドロゲルの含水シートの質量が20gであり、該シートの乾燥重量(該シートを構成するPVAの質量)が10gである場合、該シートの含水率は100質量%である。なお、PVAハイドロゲルシート中に、前記機能性物質として固体を含む場合は、含水率の計算において該固体の質量は無視するものとする。
【0028】
工程A、及び後述の工程B及び工程Cにおいて、保持したPVA水溶液の乾燥を、相対湿度が20〜50%の雰囲気で行うことが好ましい。
この範囲であると、PVA水溶液のゲル化が適切に進行し易いので好ましい。上記範囲の下限値未満であると、乾燥速度が速すぎて、ゲル化の際に微結晶の成長が不均一となり、当該PVAハイドロゲルシート内の力学的強度や含水率が不均一になる恐れがある。また、上記範囲の上限値超であると、乾燥処理に要する時間が長くなり過ぎることがある。
【0029】
工程Aにおいて、PVA水溶液の濃度及び保持する際の深さを前記好ましい範囲とした場合、厚さが約2.0mm〜2.5mmの平坦で透明なPVAハイドロゲルシートを生乾きの状態で得ることができる。
厚さが上記範囲であることによって、工程Bにおける生乾きのPVAハイドロゲルシートの取り扱いが容易となる。また、該生乾きのPVAハイドロゲルシートの平坦性を十分に保持することができる。
【0030】
なお、ここで得られた2.0mm〜2.5mmの生乾きのPVAハイドロゲルシートは、さらに乾燥して、生乾きではない状態(例えば含水率20質量%程度)となった場合、シート全体が撓んで、その外周部が捲れ上がってしまう。つまり、厚さが2.0mm〜2.5mmの生乾きでない平坦なPVAハイドロゲルシートは得られない。このことは、本発明の課題として説明したとおりである。
【0031】
(工程B)
工程Bは、前記工程Aで得られた生乾きのPVAハイドロゲルシート上に、前記PVA水溶液を保持して乾燥し、別の生乾きのPVAハイドロゲルシートを形成して積層する操作を行い、所定の厚みに達するまで前記操作を繰り返す工程である。
【0032】
工程Bでは、容器底面に代えて前記工程Aで得た生乾きのPVAハイドロゲルシート上に、前記PVA水溶液をキャストすること以外は、前記工程Aと同様の方法で行うことができる。
【0033】
前記操作において、前段で形成した生乾きのPVAハイドロゲルシートが生乾きであるか否かは、主に、そのシート表面の粘着性の有無で判断できる。粘着性を有する生乾きの状態は、当該PVAハイドロゲルシートの含水率(乾燥体基準)がおおよそ45〜70質量%の範囲内にある。
【0034】
生乾きのPVAハイドロゲルシートの乾燥が進んで、生乾きではない状態になると、当該PVAハイドロゲルシートの表面の粘着性及び平坦性が失われてしまう。この場合、その上に別のハイドロゲルシートを形成して積層しても接合(接着)することが困難となり、形成される積層体は平坦性を有さないので不都合である。
【0035】
所望の厚みに達するまで前記操作を繰り返した後、得られたPVAハイドロゲル積層体は生乾きである。当該PVAハイドロゲル積層体の表面の粘着性が無くなるまで、さらに乾燥させることが好ましい。この乾燥によって、PVAハイドロゲル積層体を構成する各PVAハイドロゲルシートの機械的強度を高めて、各PVAハイドロゲルシート間の密着力(接着力)を高めることができる。
この乾燥によって各PVAハイドロゲルシートのゲル化が成熟する。この際、積層していない単独のPVAハイドロゲルシートでは、その平坦性は失われるが、本発明のPVAハイドロゲル積層体は、各PVAハイドロゲルシートが互いに支持し合うため、平坦性が保たれて、PVAハイドロゲル積層体の平板形状が維持される。
【0036】
本発明のPVAハイドロゲル積層体の含水率(乾燥体基準)としては、5〜40質量%が好ましく、5〜20質量%がより好ましく、5〜10質量%がさらに好ましい。
上記範囲内とすることにより、PVAハイドロゲル積層体の機械的強度がより充分となり、耐水性も向上しうる。また、PVAハイドロゲル積層体を構成する各PVAハイドロゲルシート間の密着力が一層向上しうる。
【0037】
本発明の製造方法によって得られたPVAハイドロゲル積層体を構成する各PVAハイドロゲルシートは、柔軟性及び大きな含水性を維持するアモルファス部分と、架橋点として強度を維持する微結晶部分とからなる。
生乾きのPVAハイドロゲルシートを形成する初期の乾燥過程で、ランダムに広がっていたPVA同士が互いに接近することで、水素結合により微結晶を形成する。当該生乾きのPVAハイドロゲルシートの含水率が約70質量%超であると、微結晶の形成が不十分であり、溶液としての流動性が優勢となる。一方、当該生乾きのPVAハイドロゲルシートの含水率が約45質量%未満であると、微結晶の形成が十分発達して固体としての性質が優勢となる。
本発明の製造方法において、PVAハイドロゲル積層体を得るためには、固体と液体の中間的な状態である生乾きのPVAハイドロゲルシートを積層する必要がある。
【0038】
本発明の製造方法において、PVA水溶液をゲル化して生乾きのPVAハイドロゲルシートを得る際、従来の合成高分子のゲル化に常用されている酸、アルカリ、ラジカル発生剤、放射線照射、有機溶媒、架橋剤、及び水以外の溶媒は一切使用する必要がない。
これらの薬品が本発明のPVAハイドロゲル積層体に含まれない場合、該PVAハイドロゲル積層体は、医療用途や食品・水処理関連用途に使用し易い材料といえる。
【0039】
本発明のPVAハイドロゲル積層体は、物理架橋ゲルで構成されているため、90℃程度の熱水中で溶解させて、PVA水溶液に戻すことができる。該PVA水溶液は、リサイクル可能である。
【0040】
前記PVA水溶液に、予め機能性物質を混合、分散、又は溶解させておくことにより、形成する生乾きのPVAハイドロゲルシート中に、該機能性物質を担持させることができる。
【0041】
前記機能性物質としては、二酸化チタン等の無機微粒子や、多糖類及びタンパク質等の有機分子、N−イソプロピルアクリルアミド等の熱応答性高分子が例示できる。
前記機能性物質は、天然由来の物質であっても、化学合成されたものであってもよい。また、前記有機分子は、低分子化合物であっても、高分子ポリマーであってもよい。
【0042】
前記機能性物質の前記PVA水溶液中の濃度としては、当該機能性物質の大きさや物性にも依るが、10〜20容量%程度が適当である。
【0043】
前記機能性物質を担持する生乾きのPVAハイドロゲルシートの、PVAハイドロゲル積層体における位置は、任意の層に設定できる。
【0044】
本発明の平板状PVAハイドロゲル積層体の製造方法によれば、生乾きのPVAハイドロゲルシートを積層することにより、積層体の厚さを任意に制御できる。これに加えて、積層体を構成する各PVAハイドロゲルシート中の試料(例えば機能性物質)の組成をわずかに変化させることによって前記傾斜機能化を容易に実現することができる。また、積層体の特定の層に機能性物質を担持させることができる。
すなわち、機能性物質をゲルに担持させるために、PVA溶液に機能性物質を溶かした状態で積層化させることができる。このとき、機能性物質の濃度を積層毎に徐々に変化させる(傾斜機能化)、あるいはゲル内の特定の層にのみ機能性物質を担持させることが容易にできる。
【0045】
[第二実施態様]
本発明に係る平板状PVAハイドロゲル積層体の製造方法の第二実施態様は、PVA水溶液を容器に保持して乾燥し、生乾きのPVAハイドロゲルシートを得る工程(工程A)と、複数の前記生乾きのPVAハイドロゲルシートを、所定の厚みに達するまで順次積層する工程(工程C)と、を少なくとも有する。
本発明の製造方法では、前記工程A及び工程Cの他に、補助的な別の工程を有していてもよい。
【0046】
(工程A)
前記工程Aは、PVA水溶液を、略平坦な底面を有する容器に、平面状に拡げて保持して(キャストして)、乾燥処理によって該PVA水溶液の水分を蒸発させ、生乾きのPVAハイドロゲルシートを得る工程である。
この工程Aの説明は、前述の第一実施態様の工程Aの説明と同様である。
【0047】
(工程C)
工程Cでは、まず、前記工程Aで得られた生乾きのPVAハイドロゲルシートを複数用意する。つぎに、支持台上で、該複数の生乾きのPVAハイドロゲルシートを順次積層するように重ね合わせて、接合する。この積層する操作を、所定の厚みに達するまで繰り返す。
【0048】
積層した生乾きのPVAハイドロゲルシートの表面は粘着力を有するので、重ね合わせて載せることによって、自然に接合して密着(接着)するので、簡単には分解しない一体型の平板状PVAハイドロゲル積層体となる。
【0049】
積層する際は、各生乾きのPVAハイドロゲルシートの間に空気が挟まらないようにする。また、積層する前に生乾きのPVAハイドロゲルシートの乾燥が進むことを防ぐために、湿潤な雰囲気で作業することが好ましい。
以上で説明した第二実施態様によって、第一実施態様で説明した平板状ハイドロゲルシートと同様のものを製造することができる。
【0050】
<平板状PVAハイドロゲル積層体>
本発明にかかる平板状PVAハイドロゲル積層体は、1mm以上で任意の厚さを有する、透明で平らなPVAシート(PVA板)であり、自立的な構造維持性を有する。
【0051】
ここで、「自立的な構造維持性」とは、支持台に置いた状態で、積層体を構成するPVAハイドロゲルシートが流れて、積層体の形状が崩れることが無い性質をいう。「透明」とは光を透過する性質のことであり、白濁したり、乳白色を呈する場合とは相対する性質である。「平坦、平ら」とは、積層体全体が撓んだり反ったりせず、積層体の周縁部が捲れていないことをいう。より具体的には、積層体を支持台の平面に置いた時に、積層体の底面がその平面に密着して浮き上がらない状態をいう。
また、「平板状」とは、「平坦、平ら」であることを意味し、四角形状の板であることは意味しない。つまり、本発明の平板状PVAハイドロゲル積層体は、平坦な板状であればその形状は特に制限されず、三角形、四角形、円形等のいかなる形状であってもよい。
【0052】
前記積層体の厚さとしては、1mm以上であれば特に制限されないが、積層体の機械的強度を高める観点及び自立的な構造を維持する観点から、2mm〜20mmが好ましく、2mm〜10mmがより好ましい。
【0053】
本発明のPVAハイドロゲル積層体の含水率(乾燥体基準)としては、5〜40質量%が好ましく、5〜20質量%がより好ましく、5〜10質量%がさらに好ましい。
上記範囲内であると、PVAハイドロゲル積層体の機械的強度がより充分であり、耐水性も優れたものとなりうる。また、PVAハイドロゲル積層体を構成する各PVAハイドロゲルシート間の密着が一層向上しうる。
なお、乾燥雰囲気に放置すると徐々に乾燥が進行し、平坦性、透明性が減じてしまう。このため、本発明の積層体は、湿潤雰囲気で保存することが好ましい。
【0054】
本発明の積層体を水中に置いた場合、約10質量%のポリマーの溶出が認められるが、十分に純水により洗浄することにより、水中で安定した形態を保つ。
【0055】
本発明の積層体は、該積層体を構成する各PVAハイドロゲルシート層中に、機能性物質が担持されていてもよい。
【0056】
前記機能性物質としては、二酸化チタン等の無機微粒子や、多糖類及びタンパク質等の有機分子が例示できる。
前記機能性物質は、天然由来の物質であっても、化学合成されたものであってもよい。また、前記有機分子は、低分子化合物であっても、高分子ポリマーであってもよい。
【0057】
前記機能性物質の各PVAハイドロゲルシート中の濃度としては、当該機能性物質の大きさや物性にも依るが、10〜40容量%程度が適当である。
【0058】
前記機能性物質を担持するPVAハイドロゲルシートは、PVAハイドロゲル積層体を構成する各PVAハイドロゲルシートのうち、いずれか一層を形成しても良いし、いずれかの複数の層を形成してもよい。
【実施例】
【0059】
次に、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの例によって限定されるものではない。
【0060】
[実施例1]
(平板状ハイドロゲル積層体の製造1)
けん化度98〜99モル%、平均重合度1700のPVA粉末15gを、水85gに溶解して、15質量%のPVA水溶液を調製した。
このPVA水溶液を100mm×100mmの平坦な底面を有する容器にキャストして、深さ3mmで拡げた。
これを温度25℃、相対湿度40%で48時間で、空気中に静置することにより乾燥して、含水率(乾燥体基準)55質量%の生乾きのPVAハイドロゲルシート(厚さ2.5mm、たて100mm、よこ100mm)を得た。
つぎに、温度25℃、相対湿度40%の雰囲気で、生乾きのPVAハイドロゲルシート上にPVA水溶液をキャストした。同様に乾燥させて、48時間後にさらに同じ操作を繰り返すことによって、厚さ5mm、たて100mm、よこ100mmの生乾きの平板状PVAハイドロゲル積層体を得た。
これをさらに乾燥させて、含水率5〜10質量%の平板状PVAハイドロゲル積層体とした。
【0061】
(物性評価)
得られた平板状PVAハイドロゲル積層体は、透明かつ平坦であり、自立的な構造維持性を有していた。すなわち、支持体から持ち上げても分解したり破れたりすることがなく、高強度を維持した。
【0062】
[実施例2]
(平板状ハイドロゲル積層体の製造2)
けん化度98〜99モル%、平均重合度1700のPVA粉末15gを、水85gに溶解して、15質量%のPVA水溶液を調製した。
このPVA水溶液を直径50mmの平坦な底面を有するシャーレ容器にキャストして、深さ3mmで拡げた。
これを温度25℃、相対湿度40%で48時間で、空気中に静置することにより乾燥して、含水率(乾燥体基準)55質量%の生乾きのPVAハイドロゲルシート(厚さ2.5mm、直径50mm)を得た。
つぎに、温度25℃、相対湿度40%の雰囲気で、生乾きのPVAハイドロゲルシート上にPVA水溶液をキャストした。同様に乾燥させて、48時間後にさらに同じ操作を繰り返すことによって、厚さ5mm、直径50mmの円盤形である生乾きの平板状PVAハイドロゲル積層体を得た。
これをさらに乾燥させて、含水率5〜10質量%の平板状PVAハイドロゲル積層体とした。
【0063】
(物性評価)
得られた平板状PVAハイドロゲル積層体は、円盤形で透明かつ平坦であり、自立的な構造維持性を有していた。すなわち、支持体から持ち上げても分解したり破れたりすることがなく、高強度を維持した。得られた積層体の写真を図1(a)に示す。図1(a)では、積層体の下に置かれた紙に印刷された「PVA」の文字が歪み無く読み取ることができる。これは、積層体が透明且つ平坦であることを示している。
【0064】
[実施例3]
けん化度98〜99モル%、平均重合度1700のPVA粉末15gを、水85gに溶解して、15質量%のPVA水溶液(PVA水溶液1)を調製した。
けん化度98〜99モル%、平均重合度1700のPVA粉末15gを、水85gに溶解し、さらに二酸化チタン(粒径20nm)0.1gを均一に分散して、15質量%のPVA水溶液(PVA水溶液2)を調製した。
PVA水溶液1を100mm×100mmの平坦な底面を有する容器にキャストして、深さ3mmで拡げた。次いで、実施例1と同様に、生乾きのPVAハイドロゲルシートを得て、この上にPVA水溶液2をキャストした。同様に乾燥させて、厚さ5mm、たて100mm、よこ100mmの生乾きの平板状PVAハイドロゲル積層体を得た。これをさらに乾燥させて、含水率10質量%のPVAハイドロゲルシート二層からなる平板状PVAハイドロゲル積層体とした。
得られた平板状PVAハイドロゲル積層体の二層目において、二酸化チタンは均一に分散して担持されていた。
次に、この平板状PVAハイドロゲル積層体を、扱い易いように直径30mmの円盤状に切った。この円盤状の積層体を、直径60mmのシャーレ容器に深さ約10mmで保持した10−3wt%のメチレンブルー水溶液28mlに投入して、該円盤状の積層体に紫外線を照射したところ、二酸化チタンの光触媒機能によって、48時間でメチレンブルーをほぼ100%分解した。なお、対照実験として、積層体を投入せずに、メチレンブルー水溶液に同様の紫外線照射を行ったところ、メチレンブルーの吸収スペクトルに変化が見られなかった。
この結果を図2の吸収スペクトルに示す。図中、実線が紫外線照射後の吸収スペクトル、点線が紫外線照射前の吸収スペクトルを表す。
【0065】
[比較例1]
けん化度98〜99モル%、平均重合度1700のPVA粉末15gを、水85gに溶解して、15質量%のPVA水溶液を調製した。
このPVA水溶液を100mm×100mmの平坦な底面を有する容器にキャストして、深さ10mmで拡げた。
これを温度25℃、相対湿度40%で48時間で、空気中に静置することにより乾燥して、含水率(乾燥体基準)55質量%の生乾きのPVAからなるシートを得た。
これをさらに乾燥させて、含水率5〜10質量%のPVAからなる含水シート(厚さ1.5mm、たて100mm、よこ100mm)とした。
【0066】
(物性評価)
得られたPVAからなる含水シートは、透明であったが、シート周縁部が捲れ上がっており、シート全体が撓んでいて、平坦性は有していなかった。
【0067】
[比較例2]
けん化度98〜99モル%、平均重合度1700のPVA粉末15gを、水85gに溶解して、15質量%のPVA水溶液を調製した。
このPVA水溶液を直径50mmの平坦な底面を有するシャーレ容器にキャストして、深さ10mmで拡げた。
これを温度25℃、相対湿度40%で48時間で、空気中に静置することにより乾燥して、含水率(乾燥体基準)55質量%の生乾きのPVAからなるシートを得た。
これをさらに乾燥させて、含水率5〜10質量%のPVAからなる含水シート(厚さ1.5mm、直径50mm)とした。
【0068】
(物性評価)
得られたPVAからなる含水シートは、透明であったが、シート周縁部が捲れ上がっており、シート全体が撓んでいて、平坦性は有していなかった。得られた含水シートの写真を図1(b)に示す。図1(b)では、含水シートの下に置かれた紙に印刷された「PVA」の文字が、該シートの中心部以外では、歪んで読み取ることができない。これは、含水シートが平坦でないことを示している。
【0069】
[実施例4]
けん化度98〜99モル%、平均重合度1700のPVA粉末15gを、水85gに溶解して、15質量%のPVA水溶液(PVA水溶液1)を調製した。
けん化度98〜99モル%、平均重合度1700のPVA粉末10g、ポリN-イソプロピルアクリルアミド(NIPA)5gを、水85gに溶解して、10質量%、のPVA水溶液(PVA水溶液3)を調製した。
PVA水溶液1を100mm×100mmの平坦な底面を有する容器にキャストして、深さ3mmで拡げた。次いで、実施例1と同様に、生乾きのPVAハイドロゲルシートを得て、この上にPVA水溶液3をキャストした。同様に乾燥させて、生乾きのPVAハイドロゲルシートの積層体とした後、さらに、実施例1と同様に、該積層体上にPVA水溶液1をキャストした。これをさらに乾燥させて、含水率10質量%のPVAハイドロゲルシート三層からなる平板状PVAハイドロゲル積層体とした。
【0070】
(物性評価)
得られた平板状PVAハイドロゲル積層体は、透明であったが、熱湯に浸けるとポリN−イソプロピルアクリルアミド(NIPA)の凝集により白濁した。これを冷水に浸けると直ちに元の透明なシートに変化した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
PVA水溶液を容器に保持して乾燥し、生乾きのPVAハイドロゲルシートを得る工程と、前記生乾きのPVAハイドロゲルシート上に、前記PVA水溶液を保持して乾燥し、別の生乾きのPVAハイドロゲルシートを形成して積層する操作を行い、所定の厚みに達するまで前記操作を繰り返す工程と、
を少なくとも有することを特徴とする平板状PVAハイドロゲル積層体の製造方法。
【請求項2】
前記生乾きのPVAハイドロゲルシートの含水率(乾燥体基準)が、45〜70質量%であることを特徴とする請求項1に記載の平板状PVAハイドロゲル積層体の製造方法。
【請求項3】
前記生乾きのPVAハイドロゲルシートの厚さが、2.0mm〜2.5mmであることを特徴とする請求項1又は2に記載の平板状PVAハイドロゲル積層体の製造方法。
【請求項4】
前記保持したPVA水溶液の乾燥を、相対湿度が20〜50%の雰囲気で行うことを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の平板状PVAハイドロゲル積層体の製造方法。
【請求項5】
透明かつ1mm以上の厚さを有することを特徴とする平板状PVAハイドロゲル積層体。
【請求項6】
前記平板状PVAハイドロゲル積層体における特定の層に、機能性物質を担持していることを特徴とする請求項5に記載の平板状PVAハイドロゲル積層体。
【請求項7】
前記機能性物質が、機能性高分子又は無機微粒子であることを特徴とする請求項6に記載の平板状PVAハイドロゲル積層体。

【図2】
image rotate

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2012−16887(P2012−16887A)
【公開日】平成24年1月26日(2012.1.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−155710(P2010−155710)
【出願日】平成22年7月8日(2010.7.8)
【出願人】(504182255)国立大学法人横浜国立大学 (429)
【Fターム(参考)】