幹細胞における未分化状態の制御方法
【課題】幹細胞の未分化状態を制御する因子を同定し、幹細胞における未分化状態を制御する方法及び体細胞の脱分化を促進する方法を提供する。
【解決手段】本発明は、Fibrillarin遺伝子の導入などにより幹細胞内の活性なFibrillarin量を増加させることからなる、幹細胞における未分化状態の制御方法、幹細胞のFibrillarin遺伝子発現抑制による幹細胞の不活性化、死滅化方法、及び体細胞にFibrillarin遺伝子を導入することによる脱分化促進方法を提供するものである。
【解決手段】本発明は、Fibrillarin遺伝子の導入などにより幹細胞内の活性なFibrillarin量を増加させることからなる、幹細胞における未分化状態の制御方法、幹細胞のFibrillarin遺伝子発現抑制による幹細胞の不活性化、死滅化方法、及び体細胞にFibrillarin遺伝子を導入することによる脱分化促進方法を提供するものである。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Fibrillarinをコードする核酸(Fibrillarin遺伝子)を幹細胞に導入して、発現させるなどの方法により幹細胞中にFibrillarinタンパク質を存在させることによる幹細胞における未分化状態の制御方法、及びFibrillarin遺伝子で形質転換された幹細胞等に関する。また、体細胞を幹細胞化する際の脱分化促進方法に関する。さらに、幹細胞を分化する際に、Fibrillarin発現抑制物質やFibrillarin活性抑制物質を用いることによる、幹細胞の死滅化方法にも関する。
【背景技術】
【0002】
幹細胞の再生医療への応用が期待され、多くの医療・研究機関において、その実用化に向けた検討が行われている。しかし、盲目的で偶然に頼る研究が多く、現時点では目的とする細胞を効率よく分化誘導し安定供給することはおろか、分化誘導後の細胞の安定性等、問題が山積している。
多能性幹細胞を生み出す技術として注目されている「体細胞核移植」は、実際のところ再プログラム化の効率は非常に低く、不完全であることが確認されている(非特許文献1)。体細胞核移植の調製に卵子を使用することで、再プログラム化の効率は高まるが、ヒトに適用することは、ヒト卵子由来のES細胞を用いた組織分化誘導の場合と同様、倫理的な問題を回避できない。
それゆえ最近では患者自身の幹細胞を利用した再生医療の実現が待望されている。その際、患者自身の体細胞の幹細胞化(脱分化)は有望な方法であるが、特にヒトでは体細胞の幹細胞化はなかなか実現化しなかった。
最近、4つの転写因子(Oct3/4、Sox2、Klf-4、c-Myc)またはそのうちの3つ(Oct3/4、Sox2、Klf-4)を導入することにより、繊維芽細胞などの体細胞を脱分化して幹細胞化する方法が相次いで報告された(非特許文献11〜14)が、作成された幹細胞(iPS細胞)の安定性が低いことと共に、その脱分化の効率がきわめて低いことが問題となっている。
現在の再生医療研究がこれらの問題に窮しているのは、ひとえに幹細胞の制御方法が極めて不十分であることに原因がある。これまでに、幹細胞の制御に関して報告されている(非特許文献2−5)が、未だ上記目的を十分に達成する為には満足のいくものではない。
【非特許文献1】Fulka J. Jr et al., Adv Exp Med Biol. (2007) 591, 93-102
【非特許文献2】Boiani, M. et al., Nat Rev Mol Cell Biol. (2005) 6, 872-884
【非特許文献3】Chambers I. et al., Cell (2003) 113, 643-655
【非特許文献4】Mitsui K. et al., Cell (2003) 113, 631-642
【非特許文献5】Ying Q.L. et al., Cell (2003) 115, 281-292
【非特許文献6】Reichow SL (2007) Nucleic Acids Res 35, 1452-1464
【非特許文献7】Tollervey D (1997) Curr Opin Cell Biol. 9, 337-342
【非特許文献8】Jansen RP (1991) J. Cell Biol. 113, 715-729
【非特許文献9】Becker-Hapak M et al., (2001) Methods. 24, 247-256
【非特許文献10】Roberts JP (2004) The Scientist 18, 42
【非特許文献11】Takahashi K, et al, Cell. 2006 126, 663-676
【非特許文献12】Takahashi K, et al, Cell. 2007 131, 861-872
【非特許文献13】Yu J, et al, Science. 2007 318, 1917-1920
【非特許文献14】Nakagawa et al., Nat. Biotechnol. (2008) 26, 101-106
【非特許文献15】Masui et al., Nucleic Acids Res. (2005) 33, e43
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明の主な目的は、幹細胞の未分化状態を制御する因子を同定し、多分化能を持つ幹細胞を簡便に培養する方法を提供することである。また、体細胞を幹細胞に脱分化する際の脱分化促進方法、及び幹細胞を分化する際に残った幹細胞を死滅させる方法を提供することも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
マウスES細胞はLIF(Leukemia inhibitory factor:白血病阻害因子)存在下で、未分化状態を維持しながら増殖することができるが、LIFを除くとES細胞は徐々に分化していくことが知られていた(非特許文献2)。
そこで、発明者は、LIFが存在することで、培養中の幹細胞中で未分化状態を維持するための物質が産生されている可能性があると考え、マウスES細胞をLIF存在下あるいは非存在下で培養して、ES細胞の核と細胞質から蛋白質抽出液を調製し、2次元電気泳動で変動のある蛋白質を質量分析により解析した。
その結果、LIF存在下の未分化状態幹細胞に特異的に発現する蛋白質のうちでも特に発現量の高いFibrillarinを同定した。そして、Fibrillarin遺伝子を導入したマウスES細胞が、LIF非存在下においても未分化状態を維持しながら長期間(数週間)増殖することができることを初めて見出し、係る知見に基づき本発明を完成した。
また、繊維芽細胞に対してiPS細胞化するための4遺伝子又は3遺伝子に、さらにFibrillarin遺伝子を追加してiPS細胞化への効果を調べたところ、顕著に促進することを見出し、Fibrillarin遺伝子を用いた体細胞の脱分化促進法についての本発明も完成した。
さらに、ES細胞のFibrillarin遺伝子の発現をノックダウンにより抑制したところ不活性化し、死滅する細胞も多数存在した。一方、分化が進んだ細胞には影響を与えないことから、幹細胞を分化させる際に、残存した未分化状態の細胞を死滅化させる方法についての本発明も完成した。
【0005】
即ち、本発明は以下のとおりである。
〔1〕 Fibrillarinをコードする核酸を含む組換え核酸又は当該組換え核酸が挿入された組換え発現ベクターを幹細胞に導入し、幹細胞内でFibrillarinを発現させることを特徴とする、幹細胞における未分化状態の制御方法。
〔2〕 Fibrillarinをコードする核酸が哺乳動物由来遺伝子である、前記〔1〕に記載の方法。
〔3〕 幹細胞にFibrillarinタンパク質を導入し、Fibrillarin量を調節することで幹細胞が分化する時期を調節することを特徴とする、幹細胞における未分化状態の制御方法。
〔4〕 幹細胞がES細胞である、前記〔1〕ないし〔3〕のいずれかに記載の方法。
〔5〕 Fibrillarinをコードする核酸を含む組換え核酸又は当該組換え核酸が挿入された組換え発現ベクターを活性成分とする、幹細胞の未分化状態制御剤。
〔6〕 Fibrillarinタンパク質を活性成分とする、幹細胞の未分化状態制御剤。
〔7〕 Fibrillarinをコードする核酸を含む組換え核酸又は当該組換え核酸が挿入された組換え発現ベクターが導入された形質転換幹細胞であって、Fibrillarinを過剰発現する形質転換幹細胞。
〔8〕 幹細胞がES細胞である、前記〔7〕に記載の形質転換幹細胞。
〔9〕 幹細胞が体細胞を脱分化させたiPS細胞である、前記〔7〕に記載の形質転換細胞。
〔10〕 体細胞を脱分化させてiPS細胞化する工程において、Fibrillarinをコードする核酸を含む組換え核酸又は当該組換え核酸が挿入された組換え発現ベクターを体細胞に導入し、体細胞内でFibrillarinを発現させることを特徴とする、脱分化促進方法。
〔11〕 体細胞が繊維芽細胞であり、iPS細胞化する工程が、体細胞にOct3/4遺伝子、Sox2遺伝子、Klf-4遺伝子の3遺伝子又はさらにc-Myc遺伝子を加えた4遺伝子を導入する工程を含むことを特徴とする、前記〔10〕に記載の脱分化促進方法。
〔12〕 Fibrillarinをコードする核酸を含む組換え核酸又は当該組換え核酸が挿入された組換え発現ベクターを活性成分とする、体細胞の脱分化促進剤。
〔13〕 幹細胞中のFibrillarin遺伝子の発現を抑制するか、又はFibrillarinの活性を抑制することを特徴とする、幹細胞の増殖抑制又は死滅化する方法。
〔14〕 幹細胞を分化させる際に、未分化状態に残った幹細胞を不活化又は死滅させるための前記〔13〕に記載の方法。
〔15〕 幹細胞がES細胞である、前記〔13〕又は〔14〕に記載の方法。
〔16〕 幹細胞がiPS細胞である、前記〔13〕又は〔14〕に記載の方法。
〔17〕 Fibrillarin遺伝子の発現を抑制するか、又はFibrillarinの活性を抑制する作用を有する薬剤を活性成分とする、幹細胞の増殖抑制剤又は死滅剤。
【発明の効果】
【0006】
本発明方法に従い、Fibrillarinをコードする核酸を導入するか、もしくは幹細胞にFibrillarinタンパク質を導入することによって、幹細胞における未分化状態の制御を行うことが出来る。すなわち、Fibrillarin遺伝子の発現を促進するか、幹細胞内のFibrillarin濃度を増加させることにより、幹細胞を未分化状態を維持したまま、安定かつ容易に大量培養することが可能となる。また従来効率がきわめて悪かった体細胞を脱分化する際の脱分化促進剤としても有効であり、従来よりも効率よく幹細胞を調製することができる。また、幹細胞を望みの細胞に分化する際に、活性なFibrillarin濃度を減少させることにより、将来的に癌化が危惧される未分化状態の幹細胞を死滅させることが可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明第一の態様は、Fibrillarinをコードする核酸(Fibrillarin遺伝子)を導入することから成る、幹細胞における未分化状態の制御方法に係る。本明細書において、「幹細胞」は未分化状態にある細胞を広く意味し、例えば、胎性幹細胞(ES細胞)の他、造血幹細胞、神経幹細胞、皮膚組織幹細胞等、様々な組織性幹細胞等を包含する概念である。また、体細胞に幹細胞特異的発現遺伝子などを導入して脱分化させた幹細胞(iPS細胞)なども包まれる。
【0008】
多くの脊椎動物のFibrillarin蛋白質のアミノ酸配列は公知であり、その機能としては、リボソーム生合成、核小体低分子リボ核酸タンパク質の生合成やmRNAのプロセッシングに関与することが知られており(非特許文献6、7)、それらは脊椎動物間で広く保存されている。特に、ヒト由来のFibrillarinは321個のアミノ酸からなる蛋白質(National Center for Biotechnology Information (NCBI) http://www.ncbi.nlm.nih.gov/)であり、サル、ウシ、イヌ、ラット、及びマウス等の哺乳動物では、アミノ酸配列において約90%以上の相同性があり、さらに、アフリカツメガエル、ゼブラフィッシュ、ショウジョウバエ、線虫、シロイヌナズナ、酵母等の非哺乳類由来、非脊椎動物由来のFibrillarinを含めても、アミノ酸配列において約75%以上の高い相同性がある(図1)。Fibrillarinの機能はこれらの生物間で広く保存されていることが確認されており、また、実際に酵母におけるFibrillarin遺伝子の欠損をヒトのFibrillarin遺伝子を導入することにより機能的に補完することができることからも実証されている(非特許文献8)。
【0009】
従って、Fibrillarin遺伝子は、広く真核生物由来のものを含み、典型的には上記の哺乳動物に由来するものである。
【0010】
たとえば、本発明における好ましいFibrillarin遺伝子は、以下の(a)、(b)又は(c)に記載の蛋白質をコードするものとして示すことができる。
(a)哺乳動物由来のFibrillarin蛋白質(配列番号1〜6)、
(b)(a)記載のいずれかのFibrillarin蛋白質のアミノ酸配列において、その一部分が欠失、置換、挿入若しくは付加されたアミノ酸配列から成り、かつ、幹細胞の未分化状態を維持する活性を有する蛋白質、又は
(c)(a)記載のアミノ酸配列と90%以上、好ましくは93%以上、より好ましくは95%以上、さらに好ましくは99%以上の相同性を有するアミノ酸配列から成り、かつ、幹細胞の未分化状態を維持する活性を有する蛋白質。
【0011】
更に、Fibrillarin遺伝子は以下の(a)又は(b)に記載の核酸を含むものとしても表すことができる。
(a)哺乳動物由来のFibrillarinをコードする塩基配列(配列番号15〜17)から成る核酸、
(b)上記(a)に記載の塩基配列から成る核酸と相補的な塩基配列から成る核酸とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、ES細胞の未分化状態を維持する活性を有する蛋白質をコードする核酸。
【0012】
本発明の方法において、Fibrillarin遺伝子は、導入する幹細胞と同じ生物種又は異なる生物種由来のもののいずれでも良いが、出来るだけ互いに近縁種であることが好ましく、特に、同じ生物種由来であることが好ましい。
【0013】
本発明において、幹細胞における未分化状態を制御するとは、未分化状態を安定に維持、あるいは積極的に未分化状態に移行させることを意味する。幹細胞の分化状態は、当業者に公知の任意の方法・手段で検出・確認することが出来る。例えば、本明細書の実施例に記載されているように、細胞の形態的特徴、又は、アルカリホスファターゼ及び転写因子Nanog, Oct3/4及び表面抗原蛋白質SSEA1等の適当な未分化マーカーを利用する抗体反応等により幹細胞の分化状態を確認することが出来る。従って、未分化状態を維持及び/又は促進するとは、例えば、上記の各未分化マーカーの発現(活性)の程度がLIF存在下で培養した未分化状態のES細胞に近いか又は実質的に同程度であることを意味する。
その具体例として、例えば、Fibrillarin遺伝子をES細胞に導入し、ES細胞の未分化状態を維持する方法がある。
【0014】
また、体細胞を転写因子などの導入により初期化、脱分化する際に、体細胞にあらかじめ、又は同時にFibrillarin遺伝子を導入することで、脱分化を促進することができる。例えば、繊維芽細胞などの体細胞に、幹細胞特異的に発現する転写因子(Oct3/4, Sox2, Klf4, c-Mycの4因子、又はOct3/4, Sox2, Klf4の3因子)をウイルスで遺伝子導入することによりES細胞様の細胞(iPS細胞)に脱分化させる方法(非特許文献11、12、13、14)において、これらの転写因子に加えてFibrillarin遺伝子をウイルスで繊維芽細胞に遺伝子導入することにより、ES細胞様の幹細胞に脱分化を著しく加速化することができる。そして、脱分化されたiPS細胞に対しては、Fibrillarin遺伝子又はFibrillarinはES細胞の場合と同様に、未分化状態の維持及び安定化に寄与する。
【0015】
本発明において、「相同性」とは、ポリペプチド配列(あるいはアミノ酸配列)又はポリヌクレオチド配列(あるいは塩基配列)における2本の鎖の間で該鎖を構成している各アミノ酸残基どうし又は各塩基どうしの互いの適合関係において同一であると決定できるようなものの量(数)を意味し、二つのポリペプチド配列又は二つのポリヌクレオチド配列間の配列相関性の程度を意味するものである。相同性は容易に算出できるが、本発明において用いた相同性はヒトFibrillarinアミノ酸配列を元に、NCBIのデータベースのホモロジー検索(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/blast/Blast.cgi?PAGE=Proteins&PROGRAM=blastp&BLAST_PROGRAMS=blastp&PAGE_TYPE=BlastSearch&SHOW_DEFAULTS=on)を行い決定したものである。
【0016】
本発明においては、Fibrillarinをコードする核酸も、Fibrillarinタンパク質をコードする核酸も同様の意味で用いており、単にFibrillarin遺伝子ということもある。本発明における「コードする」とは、本発明の蛋白質をその活性を備えた状態で発現させるということを意味しているので、Fibrillarin遺伝子の全長ではなくそのフラグメントであっても、Fibrillarinタンパク質としての活性を有してさえいればよい。また、「コードする」とは、本発明のタンパク質を連続する構造配列(エクソン)としてコードすること、又は本発明の蛋白質を適当な介在配列(イントロン)を介してコードすることの両者を含んでいる。
【0017】
「核酸」とは、リボ核酸、デオキシリボ核酸、又はいずれの核酸の修飾体をも含む。また、核酸は、一本鎖又は二本鎖のDNAを含んでいる。
【0018】
本明細書において、「ストリンジェント(stringent)な条件」とは、前記のポリヌクレオチドまたはオリゴヌクレオチドと、ゲノムDNAとの選択的かつ検出可能な特異的結合を可能とする条件である。ストリンジェント条件は、塩濃度、有機溶媒(例えば、ホルムアミド)、温度、およびその他公知の条件の適当な組み合わせによって定義される。すなわち、塩濃度を減じるか、有機溶媒濃度を増加させるか、またはハイブリダイゼーション温度を上昇させるかによってストリンジェンシー(stringency)は増加する。更に、ハイブリダイゼーション後の洗浄の条件もストリンジェンシーに影響する。この洗浄条件もまた、塩濃度と温度によって定義され、塩濃度の減少と温度の上昇によって洗浄のストリンジェンシーは増加する。
【0019】
従って、「ストリンジェントな条件」とは、各塩基配列間の相同性の程度が、例えば、全体の平均で約80%以上、好ましくは約90%以上、より好ましくは約95%以上であるような、高い相同性を有する塩基配列間のみで、特異的にハイブリッドが形成されるような条件を意味する。具体的には、例えば、温度60℃〜68℃において、ナトリウム濃度150〜900mM、好ましくは600〜900mM、pH 6〜8であるような条件を挙げることが出来る。ストリンジェントな条件の一具体例としては、5 x SSC (750 mM NaCl、75 mM クエン酸三ナトリウム)、1% SDS、5 x デンハルト溶液50% ホルムアルデヒド、及び42℃の条件でハイブリダイゼーションを行い、0.1 x SSC (15 mM NaCl、1.5 mM クエン酸三ナトリウム)、0.1% SDS、及び55℃の条件で洗浄を行うものである。
【0020】
ハイブリダイゼーションは、例えば、カレント・プロトコールズ・イン・モレキュラー・バイオロジー(Current protocols in molecular biology(edited by Frederick M. Ausubel et al., 1987))に記載の方法等、当業界で公知の方法あるいはそれに準じる方法に従って行なうことができる。また、市販のライブラリーを使用する場合、添付の使用説明書に記載の方法に従って行なうことができる。
【0021】
本発明の遺伝子は、当業者に公知の公的機関のデータベース又は本明細書に記載の塩基配列に基づき作製したプライマー又はプローブ等を用いて、当業者に公知の任意の方法で調製することが出来る。例えば、各種のPCR、並びに、その他のNASBA(Nucleic acid sequence based amplification)法、TMA(Transcription-mediated amplification)法及びSDA(Strand Displacement Amplification)法等の当業者に公知の任意DNA増幅技術を用いることにより、該遺伝子のcDNAとして容易に得ることが可能である。
【0022】
或いは、上記遺伝子は当業者に周知の方法により、本明細書に記載のcDNAライブラリーをスクリーニングすることによって単離することができる。更に、該遺伝子のcDNAに、当業者に公知の部位特異的突然変異誘発に基づき、市販のミューテーションシステム等を用いて塩基変異を導入して調製することも可能である。
【0023】
又、上記遺伝子は、公知の方法(例えば、Carruthers(1982)Cold Spring Harbor Symp. Quant. Biol. 47:411-418; Adams(1983)J. Am. Chem. Soc. 105:661; Belousov(1997)Nucleic Acid RES. 25:3440-3444; Frenkel(1995)Free Radic. Biol. Med. 19:373-380; Blommers(1994)Biochemistry 33:7886-7896; Narang(1979)Meth. Enzymol. 68:90; Brown(1979)Meth. Enzymol. 68:109; Beaucage(1981)Tetra. Lett. 22:1859; 米国特許第4,458,066号)に記載されているような周知の化学合成技術により、in vitroにおいて合成することもできる。また、本発明のポリヌクレオチドを適当な制限酵素で切断する等の方法によって作製することもできる。
【0024】
本発明の遺伝子は、当業者に公知の任意の方法で幹細胞に導入し、該幹細胞を形質転換し、分化状態が制御された形質転換体を得ることが出来る。例えば、リン酸カルシウム法、リポフェクション法、トランスフェリン受容体を使用する方法、ペネトラチン等の膜透過性ペプチドを使用する方法、マイクロインジェクション、エレクトロポレーション及びパーティクルガン等の物理的方法、更には、レトロウイルス及びアデノウイルス等の適当なウイルスを用いる方法を挙げることが出来る。
【0025】
上記の各種形質転換法に応じて、各遺伝子は、そのまま単独の形態(例えば、mRNAもしくはcDNA分子、又は上流にプロモーターなどの制御配列を付加した状態)の組換え核酸として、又は適当なベクター(同じベクター又は別のベクター)に組み込んで作製した発現用組換えベクターの形態で導入される。例えば、このようなベクターとしては、レトロウイルスベクター、アデノウイルスベクター、及びアデノ随伴ウイルスベクター等の各種ウィルスベクター、非ウィルス型ベクター又は混成型ベクター等を挙げることが出来る。このようなベクターには、発現調節配列には、適当なプロモーター、エンハンサ、転写ターミネータ、タンパク質をコードする遺伝子における開始コドン(すなわちATG)、イントロンのためのスプライシングシグナル、ポリアデニル化部位、及びストップコドン等の各種の遺伝子発現調節配列、クローニング部位、薬剤耐性遺伝子等の各種要素が適宜含まれており、当業者に公知の任意の方法で作製することができる。
【0026】
したがって、このようにして調製される、Fibrillarinをコードする核酸を含む組換え核酸、又は当該組換え核酸が挿入された発現用組換えベクターは、本発明方法において、幹細胞の未分化状態制御剤(組成物)の活性成分として使用することが出来る。また、体細胞を脱分化してiPS細胞とする際の脱分化促進剤の活性成分として用いることもできる。
【0027】
形質転換体の培養の諸条件及びそれに用いる培地は、培養する細胞の種類、細胞外分泌を促進させたい目的の蛋白質の種類、及び使用する発現ベクターの構成(プロモーターの種類等)等に応じて適当なものを適宜選択することができる。又、こうして作製されるFibrillarinをコードする核酸で形質転換された幹細胞(形質転換体)においては、Fibrillarinが安定的に発現されており、それによって、該形質転換体における未分化状態が維持されている。
たとえば、ES細胞の場合、Fibrillarin遺伝子が導入されたES細胞は、LIF非存在下における長期間の培養においても未分化状態を維持すことができるので、多分化能を保持したES細胞を安定かつ容易に大量培養することが可能となる。
【0028】
また、幹細胞は、Fibrillarinの存在によって未分化状態が維持されるのであるから、幹細胞培養液中にFibrillarinタンパク質を添加して、幹細胞内に機能性タンパク質として取り込ませることによっても同様の効果が奏せられる。たとえば、細胞膜透過性シグナルなどをFibrillarinタンパク質に付加することによって可能になる(非特許文献8)。また、市販のタンパク質用のリポフェクション試薬などによって細胞内にタンパク質を容易に取り込ませることが可能である(非特許文献9、10)。
【0029】
Fibrillarinは幹細胞の生存、維持に欠かせない物質であり、幹細胞内におけるFibrillarinの活性を抑制することで幹細胞の未分化状態が維持できず、さらに抑制すると幹細胞は生存できなくなる。反対に、分化が進んだ細胞ではFibrillarin活性の抑制は影響を与えない。従って、幹細胞中のFibrillarin発現量を調節することで、必要に応じて幹細胞の増殖を停止させ、さらにはアポトーシスさせることが可能になる。ES細胞などの胎生幹細胞は、生体内に移植すると奇形腫という癌を形成することが知られているので、幹細胞を移植する際など望みの細胞組織へ分化させたいときには、未分化状態のままに残っている細胞を速やかに死滅させる必要がある。実際に幹細胞自身のゲノム中にもFibrillarin遺伝子は存在し、通常もFibrillarinタンパク質を発現しており、特にLIF存在下で未分化状態を維持しやすい状態で培養するときにはFibrillarinを高発現して未分化状態を続ける可能性がある。したがって、幹細胞の移植時など、未分化状態の幹細胞を速やかに死滅させたい場合には、幹細胞内にFibrillarin遺伝子発現抑制剤を存在させてFibrillarin遺伝子発現を抑制するか、又は幹細胞内に抗Fibrillarin抗体などのFibrillarin活性抑制剤を存在させて、幹細胞内のFibrillarinの働きを抑えることで、幹細胞の増殖を停止させるか死滅させることは有効であり、幹細胞の奇形腫形成の危険性を現弱させる薬剤として用いることができる。Fibrillarin遺伝子の発現を抑制するためには、典型的にはsiRNAの手法を用いるが、Fibrillarin遺伝子発現抑制剤として、miRNA、アンチセンスRNA、アンチセンスオリゴヌクレオチド又はリボザイム等を幹細胞内に導入してもよい。Fibrillarin活性抑制剤として典型的なものは抗Fibrillarin抗体であるが、Fibrillarinタンパク質由来の、Fibrillarin活性を有さないペプチド断片も活性抑制剤として働くことが多い。
【0030】
以下、本発明を実施例によって詳細に説明するが、本発明の技術的範囲は以下の実施例の記載によって何ら限定して解釈されるものではない。又、特に記載のない場合には、以下の実施例は、当該技術分野における常法及び当業者に公知の標準的な方法、例えば、Sambrook and Maniatis, in Molecular Cloning-A Laboratory Manual, Cold Spring Harbor Laboratory PrESs, New York, 1989; Ausubel, F. M. et al., Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons, New York, N.Y, 1995等に記載されている遺伝子工学及び分子生物学的技術に従い実施した。又、本明細書中に参考文献などとして引用された文献の記載内容は本明細書の開示内容の一部を構成するものである。
【0031】
以下、実施例に則して本発明を更に詳しく説明する。尚、本発明の技術的範囲はこれらの記載によって何等制限されるものではない。尚、本明細書中で引用される技術文献の内容は、本明細書の開示内容の一部と見なされる。
【実施例】
【0032】
(実施例1)
[Fibrillarinの同定]
マウスES細胞(American Type Culture Collection: cat No. CRL-11632)をLIF非存在下で培養すると、未分化マーカーのひとつとして知られるアルカリフォスファターゼ活性を1週間程度で喪失することが知られている(非特許文献3)。
マウスES細胞はLIF存在下では未分化状態を保つので、7日間培養後もアルカリフォスファターゼ陽性でコロニーを形成するが、LIF非存在下で7日間培養するとアルカリフォスファターゼ陰性で平たく広がった形態の中内胚葉様の細胞に分化してしまう(図2)。
この結果からDay0とDay7の蛋白質サンプルを比較することで、プロテオーム解析により未分化特異的な蛋白質を判別することが可能と考え、LIF+の状態で培養したマウスES細胞及びLIF−の状態で7日間培養した細胞からクロマチン画分を精製しタンパク質を抽出した。LIF+/−で培養した細胞から抽出したタンパク質をそれぞれ緑及び赤の蛍光色素でラベルした後、混合し、二次元ディファレンシャル電気泳動解析(2D-DIGE)を行った(図3)。
その結果、数十個の量的変動のある蛋白質を同定し、質量分析器により解析したところ、マウスES細胞で未分化特異的に発現するタンパク質のひとつがFibrillarinであることを見出した。
【0033】
なお、本明細書に記載の実施例において、マウスES細胞はゼラチンコートしたディッシュ上で37℃、5%CO2雰囲気下で培養し、DMEM培地(high glucose)に以下の添加物を加えた培地で培養を行った(2 mM L-glutamine, 0.1 mM non-ESsential amino acids, 0.1 mM 2-mercaptoethanol, 15% ES cell-qualified FBS, 1000 IU/ml LIF (ESGRO, Chemicon)、及びpenicillin/streptomycin)。
【0034】
クロマチン画分の精製は以下のとおり行った。LIF存在下/非存在下で培養した細胞に、培養6.5日目の時点で、培養液中に最終濃度が0.06μg/mlになるように細胞周期のM期への進行を妨げる薬剤コルセミド(和光純薬工業)を添加した。さらに12時間培養した後、ポリアミンバッファー(15mM トリス塩酸(pH7.4), 0.2mM スパーミン, 0.5mM スパーミジン, 2mM EDTA, 80mM KCl, 0.1mM PMSF)中で細胞をかき取り、780×g, 4℃, 10分間遠心して細胞を回収し、0.1%(w/v)ジギトニンを含むポリアミンバッファーに再懸濁して15秒×3回ボルテックスによって細胞膜を破壊した。これを190×g, 4℃, 3分間遠心し、上清を回収してクロマチン粗画分を得た。次に、このクロマチン粗画分を5%-20%のショ糖密度勾配を持つ密度勾配管に静かに重層し、2380×g, 4℃, 15分間ショ糖密度勾配遠心によって精製した。精製されたクロマチン画分をDNA除去カラム(Vivapure D Maxi H: VIVASCIENCE)にかけ、さらにNuclease Mix (GEヘルスケアバイオサイエンス)を添加しDNAとRNAを除去した。こうして得られたクロマチン結合タンパク質サンプルを限外濾過によって脱塩し、電気泳動試料溶解液(7M 尿素, 2M チオ尿素, 4% CHAPS, 30mM トリス塩酸(pH8.5))に溶解した。
【0035】
二次元ディファレンシャル電気泳動解析(2D-DIGE)については、GEヘルスケアのホームページに掲載されている方法に従って行った。(http://www5.gelifESciencES.com/APTRIX/upp00919.nsf/2A3643B6787885E0C12570BE000DC671/$file/80642960.pdf)また、タンパク質の蛍光色素によるラベル化についても、GEヘルスケアのホームページに掲載されている方法に則って行った。(http://www4.gelifESciencES.com/aptrix/upp00919.nsf/Content/19C068C563CD12BBC12572680002C5C0/$file/RPK0272_Rev_D_2006_web.pdf)
タンパク質サンプルはBradford法により定量し、1回の2D-DIGE解析に用いる試料として、未分化細胞と分化細胞それぞれから精製したクロマチン結合タンパク質を75μgずつ使用した。未分化細胞クロマチン結合タンパク質(50μg)はCy3で、分化細胞クロマチン結合タンパク質(50μg)はCy5でラベルし、残りの25μgずつは混合した後Cy2でラベルし、複数のゲルを補正するための内部標準として用いた。ラベルされたこれらの試料を全て混合し、DEStreak Rehydration Solution (以下試薬・機器は全てGEヘルスケアバイオサイエンス)を添加した。これをimmobilized pH gradient (IPG) strips (pH 3-11, 24cm, またはpH 7-11, 24cm)に添加し、20℃で12時間再膨潤後、Ettan IPGphorを用いて等電点電気泳動(一次元目)を行った(泳動条件: Step1; 500V, 2Hrs., Step2; 1000V, 1Hr., Step3; 6000V, 12Hrs.)。次に等電点電気泳動後のゲルを12% アクリルアミドゲル(24cm×24cm)上に重層し、SDS-PAGE (二次元目) を行った。
泳動終了後、ゲルを専用蛍光スキャナーによりスキャンし、画像をImageMaster DIGEソフトウエアによって解析して未分化細胞と分化細胞とで発現量に変動のあるタンパク質のスポットを検出した。電気泳動後のゲルから目的のタンパク質スポットを切り出し、トリプシンでゲル内消化した。回収したペプチドをCap LC Pump (Waters)により分離し、Q-Tof Micro (Micromass)によりESI-Q-TOF-MS/MS解析を行った。さらにMascot Search (Matrix Science)を用いて、NCBIのデータベースに対して検索を行い、タンパク質の同定を行った。
【0036】
(実施例2)
[FibrillarinによるES細胞の未分化状態促進]
マウスES細胞において、野生型Fibrillarinを遺伝子導入し安定発現させた細胞株を樹立し、LIFを培地から除去し2週間培養することで通常のマウスES細胞が中内胚葉に完全に分化してしまう状況にあっても多くの細胞において、形態的にLIF存在下で培養した未分化状態のES細胞に近く、細胞がぎっしり密集したパンケーキ状の形態を示すことが分かった。また、このとき未分化マーカーの一つであるアルカリホスファターゼの活性染色を行ったところ、未分化状態を維持していることが確認された(図4)。
更に、各クローンをLIF非存在下で10日間培養した後、細胞抽出液を調製し、未分化マーカーであるOct3/4 及びNanog タンパク質の発現を調べた。その結果、このようなLIF非存在下における培養でもこれらの未分化マーカー転写因子の発現が維持されていることがウエスタンブロットにより確認された(図5)。
また、未分化マーカーであるOct3/4に対する抗体(sc-9081, SANTA CRUZ)及びSSEA1に対する抗体(協和発酵)を用いた、常法による免疫蛍光染色によってもこれら未分化マーカーの発現が認められ、未分化状態の維持が確認された(図6)。
従って、Fibrillarinの遺伝子導入によりES細胞の未分化状態が維持・促進されることが分かった。実験の詳細は以下の通りである。
【0037】
<遺伝子導入方法>
Fibrillarin発現ベクターは以下の方法で調製した。Flagタグを付加した5’側特異的プライマー(5’-CTCCTCGAGGCCACCATGGACTACAAGGAC-3’(配列番号1)と、3’側特異的プライマー配列(5’-CTACTCAGACAATGCGATGC-3’(配列番号2)を用いてPCRを行い、Fibrillarin遺伝子を増幅した。PCRの条件は、KOD plas(TOYOBO)をポリメラーゼとして使用し、94℃2分加熱変性後、94℃15秒、60℃30秒、68℃1分のサイクルを25回繰り返し、68℃で10分伸長反応した後4℃で保管した。伸長生成物をフェノール/クロロホルム抽出しエタノール沈殿で精製した後、XhoI及びNotIで制限酵素処理した。同じ条件下でpCAG-IPベクター(pCAG-IP-Flag, Yoshida-Koide et al, Biochem. Biophys. RES. Commun. (2004) 313, 475-481)をXhoI及びNotIで制限酵素処理した。これらのDNA断片を1%のアガロースゲルにより電気泳動(100ボルト、20分)で分離し、エチジウムブロマイドで20分処理しUVを照射しFlag-Fibrillarin DNAのバンド及びベクターDNAのバンドを検出した。
これらDNAバンドをナイフで切り出し精製した後、精製したFlag-FibrillarinDNA断片をpCAG-IPべクターにライゲーションし、発現ベクターpCAG-IP-Flag- Fibrillarinを構築した。このようにして作成した発現ベクターをリポフェクション試薬、リポフェクタミン2000(Invitrogen)を用いてマウスES細胞に遺伝子導入した。
【0038】
<アルカリホスファターゼ活性染色>
アルカリホスファターゼ活性染色については、細胞をPBSで洗浄後、3%ホルマリン/PBSで5分処理した後、アルカリホスファターゼ発色試薬(BM purple AP substrate(Roche))を加え、室温で30分インキュベートした。その後、細胞をPBSで2回洗浄した後、光学顕微鏡で観察した。
【0039】
(実施例3)
[FibrillarinによるiPS細胞化促進]
マウス繊維芽(MEF)細胞に4つの遺伝子(Oct3/4、Sox2、Klf-4、c-Myc)または3つの遺伝子(Oct3/4、Sox2、Klf-4)を導入することにより、体細胞を初期化して脱分化させることで、ES細胞と同等の形態・性質をもつ細胞であるiPS細胞(induced pluripotent stem cell, iPS cell)を取得する方法が知られている(非特許文献11、14)。当該方法において用いられた4遺伝子または3遺伝子に、それぞれさらにFibrillarin遺伝子を追加して同様の方法を追試することにより、FibrillarinのiPS化に対する効果を調べた。4遺伝子・3遺伝子どちらの場合にもそれぞれ培養10日目・30日目までにES細胞様のコロニーが観察され、それらは高いアルカリホスファターゼ活性を示し、未分化性を獲得したことが分かった(図7)。さらに、Fibrillarin遺伝子導入下ではコントロール(空ベクター導入)に比べてiPS細胞化したコロニーの数が増加することが分かった(図8)。
この結果は、FibrillarinがiPS細胞化,すなわち脱分化を促進する効果をもつことを示している。実験の詳細は以下の通りである。
【0040】
<Fibrillarin発現レトロウイルス作製>
Fibrillarin発現レトロウイルスベクターは以下の方法で調製した。Flagタグを付加した5’側特異的プライマー(5’-GGAATTCGCCACCATGGACTACAAGGAC-3’(配列番号3)と、Fibrillarin C末側特異的プライマー(5’-CTCGCGGCCGCTCAGTTCTTCACCTTGGGGGG-3’(配列番号4)を用いてPCRを行い、FibrillarinをコードするDNA断片を増幅した。PCRの条件は、KOD plus(TOYOBO)をポリメラーゼとして使用し、94℃2分加熱変性後、94℃2分、60℃1分、68℃1分のサイクルを25回繰り返し、68℃で10分伸長反応した後4℃で保管した。伸長生成物をフェノール/クロロホルム抽出しエタノール沈殿で精製した後、EcoRI及びNotIで制限酵素処理した。同じ条件下でpMYsレトロウイルスベクターをEcoRI及びNotIで制限酵素処理した。これらのDNAを1%のアガロースゲルにより電気泳動(100ボルト、20分)で分離し、エチジウムブロマイドで20分処理しUVを照射しFlag-Fibrillarin DNAのバンド及びレトロウイルスベクターDNAのバンドを検出した。
これらDNAバンドをナイフで切り出し精製した後、精製したFlag-FibrillarinDNA断片をpMYsレトロウイルスベクターにライゲーションし、発現レトロウイルスベクターpMYs-Flag- Fibrillarinを構築した。このようにして作成した発現レトロウイルスベクターをリポフェクション試薬、リポフェクタミン2000(Invitrogen)を用いてPlatE細胞に遺伝子導入し、導入後24時間後に培地を交換し、さらに24時間後に回収した培地を遠心(1000rpm、5分)、濾過(0.45μmポアサイズフィルター)し、pMYs-Flag-Fibrillarinレトロウイルス液を回収した。
4つの遺伝子(Oct3/4、Sox2、Klf-4、c-Myc)の発現ベクター[pMXs-Oct3/4、pMXs-Sox2、pMXs-Klf-4、pMXs-c-Myc]は、Adgeneから購入し、pMYs-Flag-FBLと同様の手順で、レトロウイルス液を作製した。
【0041】
<iPS細胞作製方法>
マウス繊維芽細胞(P3-4)培養培地中に、各ウイルス液[空ベクターまたはFibrillarinと4因子( Oct3/4、Sox2、Klf-4、c-Myc)または3因子(Oct3/4、Sox2、Klf-4)]とポリブレン(8 μg/ml)を添加し、24時間後に培地を交換した。培養5日目にマイトマイシン処理したマウス繊維芽細胞上に撒き、培養6日目からES細胞用培地に培地を変え、10日から30日間培養した。その後、アルカリホスファターゼ活性染色によりiPS細胞を確認した。
【0042】
<アルカリホスファターゼ活性染色>
アルカリホスファターゼ活性染色については、細胞をPBSで洗浄後、3.8%ホルマリン/PBSで5分処理した後、アルカリホスファターゼ発色試薬[BM purple AP substrate(Roche)]を加え、室温で30分インキュベートした。その後、細胞をEDTA/PBSで2回洗浄した後、光学顕微鏡で観察した。
【0043】
(実施例4)
[Fibrillarin発現抑制によるES細胞の生存制御]
マウスES細胞において、Tet-offシステムをもちいた人工miRNA発現によるFibrillarin遺伝子発現抑制細胞株を樹立した。この細胞株は、テトラサイクリン存在下ではFibrillarinを発現するが、テトラサイクリンを培地から除くとFibrillarin遺伝子発現が抑制される(図9、10)。テトラサイクリンを除きFibrillarin遺伝子発現を抑制した状態で3日間培養すると、細胞総数はFibrillarinを発現し続ける条件(テトラサイクリン投与)の約20%程度と少なく(図11)、その後も増加することはなかった。さらにTUNEL法により、Fibrillarin遺伝子発現抑制下では細胞死が促進されることが確認された(図12)。
反対に、上記細胞株が分化してしまった後では、テトラサイクリンを培地から除いてFibrillarin遺伝子発現を抑制しても、分化した細胞の生存状態に変化はなかった。(図示せず。)
従って、FibrillarinがES細胞において未分化性の維持・促進のみならずES細胞の生存にも重要であることが分かった。実験の詳細は以下の通りである。
【0044】
<Fibrillarin発現抑制細胞作製法>
Fibrillarin遺伝子発現抑制miRNA発現ベクターはBLOCK-iT Pol II miR RNAi Expression Vector Kitをもちいて以下の方法で調製した。マウスFibrillarin塩基配列をもとに設計したmiRNAオリゴヌクレオチドTop strand oligo [5’-TGCTGAAATCACAAAGTGTCCTCCATGTTTTGGCCACTGACTGACATGGAGGACTTTGTGATTT-3’(配列番号5)]と、Bottom strand oligo [5’-CCTGAAATCACAAAGTCCTCCATGTCAGTCAGTGGCCAAAACATGGAGGACACTTTGTGATTTC-3’(配列番号6)]を95℃4分加熱し、室温で冷ましてdouble strand oligoを形成し、pcDNATM6.2-GW/miR linearized(invitrogen)とライゲーションし、miR RNAi発現ベクターpcDNATM6.2-GW/ miR-Fibrillarinを構築した。本発明では、Fibrillarin遺伝子発現抑制を厳密に制御するために、テトラサイクリン投与中はFibrillarin発現が維持されるTet-Offシステムを使用した(非特許文献15)。Tet-Off Fibrillarin遺伝子発現抑制細胞株を得るために、構築したmiR RNAi発現ベクターを鋳型として、CMV由来最小プロモーター配列情報をもとに作成した特異的プライマー[5’-AAACTCGAGTAGGCGTGTACGGTGGGAGGCCTATATAAGCAGAGCTCGTTTAGTGAACCGTCAGATCGCCTGGAGAATTCGCCACCCTGGAGGCTTGCTGAAG-3’(配列番号7)]と、ポリAを付加した特異的プライマー[5’-TTTGCGGCCGCACACACAAAAAACCAACACACAGATGTAATGAAAATAAAGATATTTTATTGGGCCATTTGTTCCATGTGA-3’(配列番号8)]をもちいてPCRを行った。PCRの条件は、KOD plus(TOYOBO)をポリメラーゼとして使用し、94℃2分加熱変性後、94℃1分、45℃1分、68℃1分のサイクルを2回繰り返し、94℃1分、60℃1分、68℃1分のサイクルを13回繰り返し、68℃で10分伸長反応した後4℃で保管した。伸長生成物をフェノール/クロロホルム抽出しエタノール沈殿で精製した後、XhoI及びNotIで制限酵素処理した。同じ条件下でExchangeベクター(非特許文献15)をXhoI及びNotIで制限酵素処理した。これらのDNAを1%のアガロースゲルにより電気泳動(100ボルト、20分)で分離し、エチジウムブロマイドで20分処理しUVを照射しFibrillarin miRNAのバンド及びベクターDNAのバンドを検出した。これらDNAバンドをナイフで切り出し精製した後、精製したmiR-Fibrillarin断片をExchangeべクターにライゲーションし、tet-offタイプのmiR-Fibrillarin発現ベクターを構築した。このようにして作成した発現ベクターを、Creリコンビナーゼを発現するベクターpCAGGSCre(非特許文献15)とともにリポフェクション試薬、リポフェクタミン2000(Invitrogen)を用いてマウスES細胞EBRTcH3株(Riken Cell Bank, RCB2325)に遺伝子導入した。
コントロールとしては、BLOCK-iT Pol II miR RNAi Expression Vector Kit (Invitrogen)添付のpcDNATM6.2-GW/miR-neg control plasmid を鋳型としてPCRを行い、miR-Fibrillarin発現ベクター構築と同様の手順でコントロールベクターを構築し、pCAGGSCreとともにリポフェクション試薬、リポフェクタミン2000(Invitrogen)を用いてマウスES細胞EBRTcH3株に遺伝子導入した。
【0045】
<TUNEL法>
TUNEL法は、DeadEndTM Fluorometric TUNEL System (Promega)をもちい、プロトコルに従って行った。2日間培養したES細胞PBSで洗浄後、3.8%ホルマリン/PBSで30分処理した後、PBSで洗浄し、0.5% TritonX-100/PBSで5分処理した。さらにPBSで洗浄し、平衡化バッファーで10分処理後、反応液中で37度、1時間インキュベートした。2×SSCで5分処理した後DAPI染色し、PBSで2回洗浄した後、光学顕微鏡で観察した。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明で同定されたFibrillarinの遺伝子を導入することにより幹細胞の未分化状態が安定的に維持でき、かつ体細胞の幹細胞化を促進する技術が提供される。
更に、幹細胞移植の際に、Fibrillarinの活性を抑制する薬剤を用いることで、未分化状態の幹細胞を死滅させ、奇形腫形成の危険性を現弱させることができるので、再生医療をより強力に推進することも可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】ヒト(Human)、サル(Macaque)、ウシ(Bos taurus)、イヌ(Canis)ラット(Rat)、マウス(Mouse)、アフリカツメガエル(Xenopuslaevis, Xenopus tropicalis)、ゼブラフィッシュ(Zebrafish)、ショウジョウバエ(Drosophila)、シロイヌナズナ(Arabidopsis)、線虫(C.elegance)、酵母(S.Ponbe,S.Cerevisae)のFibrillarinのアミノ酸(一文字表記)を示す。
【図2】マウスES細胞のLIF除去に伴う形態の変化及びアルカリホスファターゼ活性(青色)の減少を示す写真である。MEF+ではマウスES細胞のフィーダーとしてマイトマイシンで処理し増殖できなくなったマウス繊維芽細胞を用いている。
【図3】マウスES細胞の精製クロマチン画分のタンパク質抽出液の2次元電気泳動を示す写真である。緑色のスポットは未分化状態特異的に発現している蛋白質であり、赤色のスポットは分化し発現が上昇してくる蛋白質を示している。
【図4】LIF非存在下で10日間培養した野生型Fibrillarinを安定発現させたマウスES細胞のアルカリホスファターゼ活性染色(青色)の結果を示す写真である。空ベクター:コントロール空ベクターを導入したクローン。Fibrillarin:野生型Fibrillarinを導入したクローン。
【図5】LIF非存在下で10日間培養した野生型Fibrillarinを安定発現させたマウスES細胞の内在性のOct3/4及びNanogタンパク質の発現が高く維持され続けていることを示す写真である。空ベクター:コントロール空ベクターを導入したクローン。Fibrillarin:野生型Fibrillarinを導入したクローン。
【図6】LIF非存在下で培養した野生型Fibrillarinを安定発現させたマウスES細胞のNanog, Oct3/4、及びSSEA1蛋白質の発現を免疫蛍光染色法により示す写真である。空ベクター:コントロール空ベクターを導入したクローン。Fibrillarin:野生型Fibrillarinを導入したクローン。Nanog, Oct3/4,SSEA1:緑、DAPI:青。
【図7】Fibrillarin導入により、多くの細胞がアルカリホスファターゼ活性(紫色)を獲得したことを示す写真である。4因子:Oct3/4、Sox2、Klf-4、c-Mycを導入した標本。3因子:Oct3/4、Sox2、Klf-4を導入した標本。+空ベクター:4または3因子に空ベクターを追加で導入した標本。+Fibrillarin:4または3因子にFibrillarin発現ベクターを追加で導入した標本。
【図8】Fibrillarin導入が、マウスiPS細胞を促進した結果を示すグラフである。グラフ縦軸は、空ベクター導入条件下で観察されたiPS細胞のコロニー数を1とした時の相対値を示す。4因子:Oct3/4、Sox2、Klf-4、c-Mycを導入した標本。3因子:Oct3/4、Sox2、Klf-4を導入した標本。+空ベクター:4または3因子に空ベクターを追加で導入した標本。+Fibrillarin:4または3因子にFibrillarin発現ベクターを追加で導入した標本。
【図9】Fibrillarin遺伝子発現抑制がテトラサイクリンにより制御されたことを示す免疫蛍光染色像である。Control miRNA:コントロールmiRNA発現ベクターを導入したクローン。FibrillarinmiRNA:Fibrillarin miRNA発現ベクターを導入したクローン。Tet:テトラサイクリン。Fibrillarin:緑、DAPI:青。
【図10】テトラサイクリン除去によりFibrillarinタンパク質発現が抑制されたことを示すウエスタンブロット像である。Control miRNA:コントロールmiRNA発現ベクターを導入したクローン。FibrillarinmiRNA:Fibrillarin miRNA発現ベクターを導入したクローン。Tet:テトラサイクリン。α-tubulin:内部コントロール。
【図11】3日間のFibrillarin遺伝子発現抑制により、ES細胞の細胞増殖が抑制されたことを示すグラフである。グラフ縦軸は、テトラサイクリン投与条件下で3日間培養した時の細胞総数を1とした相対値を示す。Control miRNA:コントロールmiRNA発現ベクターを導入したクローン。FibrillarinmiRNA:Fibrillarin miRNA発現ベクターを導入したクローン。Tet:テトラサイクリン。
【図12】2日間のFibrillarin遺伝子発現抑制により、プログラム細胞死が促進されたことを示すグラフである。Control miRNA:コントロールmiRNA発現ベクターを導入したクローン。FibrillarinmiRNA:Fibrillarin miRNA発現ベクターを導入したクローン。Tet:テトラサイクリン。
【図1−1】
【図1−2】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Fibrillarinをコードする核酸(Fibrillarin遺伝子)を幹細胞に導入して、発現させるなどの方法により幹細胞中にFibrillarinタンパク質を存在させることによる幹細胞における未分化状態の制御方法、及びFibrillarin遺伝子で形質転換された幹細胞等に関する。また、体細胞を幹細胞化する際の脱分化促進方法に関する。さらに、幹細胞を分化する際に、Fibrillarin発現抑制物質やFibrillarin活性抑制物質を用いることによる、幹細胞の死滅化方法にも関する。
【背景技術】
【0002】
幹細胞の再生医療への応用が期待され、多くの医療・研究機関において、その実用化に向けた検討が行われている。しかし、盲目的で偶然に頼る研究が多く、現時点では目的とする細胞を効率よく分化誘導し安定供給することはおろか、分化誘導後の細胞の安定性等、問題が山積している。
多能性幹細胞を生み出す技術として注目されている「体細胞核移植」は、実際のところ再プログラム化の効率は非常に低く、不完全であることが確認されている(非特許文献1)。体細胞核移植の調製に卵子を使用することで、再プログラム化の効率は高まるが、ヒトに適用することは、ヒト卵子由来のES細胞を用いた組織分化誘導の場合と同様、倫理的な問題を回避できない。
それゆえ最近では患者自身の幹細胞を利用した再生医療の実現が待望されている。その際、患者自身の体細胞の幹細胞化(脱分化)は有望な方法であるが、特にヒトでは体細胞の幹細胞化はなかなか実現化しなかった。
最近、4つの転写因子(Oct3/4、Sox2、Klf-4、c-Myc)またはそのうちの3つ(Oct3/4、Sox2、Klf-4)を導入することにより、繊維芽細胞などの体細胞を脱分化して幹細胞化する方法が相次いで報告された(非特許文献11〜14)が、作成された幹細胞(iPS細胞)の安定性が低いことと共に、その脱分化の効率がきわめて低いことが問題となっている。
現在の再生医療研究がこれらの問題に窮しているのは、ひとえに幹細胞の制御方法が極めて不十分であることに原因がある。これまでに、幹細胞の制御に関して報告されている(非特許文献2−5)が、未だ上記目的を十分に達成する為には満足のいくものではない。
【非特許文献1】Fulka J. Jr et al., Adv Exp Med Biol. (2007) 591, 93-102
【非特許文献2】Boiani, M. et al., Nat Rev Mol Cell Biol. (2005) 6, 872-884
【非特許文献3】Chambers I. et al., Cell (2003) 113, 643-655
【非特許文献4】Mitsui K. et al., Cell (2003) 113, 631-642
【非特許文献5】Ying Q.L. et al., Cell (2003) 115, 281-292
【非特許文献6】Reichow SL (2007) Nucleic Acids Res 35, 1452-1464
【非特許文献7】Tollervey D (1997) Curr Opin Cell Biol. 9, 337-342
【非特許文献8】Jansen RP (1991) J. Cell Biol. 113, 715-729
【非特許文献9】Becker-Hapak M et al., (2001) Methods. 24, 247-256
【非特許文献10】Roberts JP (2004) The Scientist 18, 42
【非特許文献11】Takahashi K, et al, Cell. 2006 126, 663-676
【非特許文献12】Takahashi K, et al, Cell. 2007 131, 861-872
【非特許文献13】Yu J, et al, Science. 2007 318, 1917-1920
【非特許文献14】Nakagawa et al., Nat. Biotechnol. (2008) 26, 101-106
【非特許文献15】Masui et al., Nucleic Acids Res. (2005) 33, e43
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明の主な目的は、幹細胞の未分化状態を制御する因子を同定し、多分化能を持つ幹細胞を簡便に培養する方法を提供することである。また、体細胞を幹細胞に脱分化する際の脱分化促進方法、及び幹細胞を分化する際に残った幹細胞を死滅させる方法を提供することも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
マウスES細胞はLIF(Leukemia inhibitory factor:白血病阻害因子)存在下で、未分化状態を維持しながら増殖することができるが、LIFを除くとES細胞は徐々に分化していくことが知られていた(非特許文献2)。
そこで、発明者は、LIFが存在することで、培養中の幹細胞中で未分化状態を維持するための物質が産生されている可能性があると考え、マウスES細胞をLIF存在下あるいは非存在下で培養して、ES細胞の核と細胞質から蛋白質抽出液を調製し、2次元電気泳動で変動のある蛋白質を質量分析により解析した。
その結果、LIF存在下の未分化状態幹細胞に特異的に発現する蛋白質のうちでも特に発現量の高いFibrillarinを同定した。そして、Fibrillarin遺伝子を導入したマウスES細胞が、LIF非存在下においても未分化状態を維持しながら長期間(数週間)増殖することができることを初めて見出し、係る知見に基づき本発明を完成した。
また、繊維芽細胞に対してiPS細胞化するための4遺伝子又は3遺伝子に、さらにFibrillarin遺伝子を追加してiPS細胞化への効果を調べたところ、顕著に促進することを見出し、Fibrillarin遺伝子を用いた体細胞の脱分化促進法についての本発明も完成した。
さらに、ES細胞のFibrillarin遺伝子の発現をノックダウンにより抑制したところ不活性化し、死滅する細胞も多数存在した。一方、分化が進んだ細胞には影響を与えないことから、幹細胞を分化させる際に、残存した未分化状態の細胞を死滅化させる方法についての本発明も完成した。
【0005】
即ち、本発明は以下のとおりである。
〔1〕 Fibrillarinをコードする核酸を含む組換え核酸又は当該組換え核酸が挿入された組換え発現ベクターを幹細胞に導入し、幹細胞内でFibrillarinを発現させることを特徴とする、幹細胞における未分化状態の制御方法。
〔2〕 Fibrillarinをコードする核酸が哺乳動物由来遺伝子である、前記〔1〕に記載の方法。
〔3〕 幹細胞にFibrillarinタンパク質を導入し、Fibrillarin量を調節することで幹細胞が分化する時期を調節することを特徴とする、幹細胞における未分化状態の制御方法。
〔4〕 幹細胞がES細胞である、前記〔1〕ないし〔3〕のいずれかに記載の方法。
〔5〕 Fibrillarinをコードする核酸を含む組換え核酸又は当該組換え核酸が挿入された組換え発現ベクターを活性成分とする、幹細胞の未分化状態制御剤。
〔6〕 Fibrillarinタンパク質を活性成分とする、幹細胞の未分化状態制御剤。
〔7〕 Fibrillarinをコードする核酸を含む組換え核酸又は当該組換え核酸が挿入された組換え発現ベクターが導入された形質転換幹細胞であって、Fibrillarinを過剰発現する形質転換幹細胞。
〔8〕 幹細胞がES細胞である、前記〔7〕に記載の形質転換幹細胞。
〔9〕 幹細胞が体細胞を脱分化させたiPS細胞である、前記〔7〕に記載の形質転換細胞。
〔10〕 体細胞を脱分化させてiPS細胞化する工程において、Fibrillarinをコードする核酸を含む組換え核酸又は当該組換え核酸が挿入された組換え発現ベクターを体細胞に導入し、体細胞内でFibrillarinを発現させることを特徴とする、脱分化促進方法。
〔11〕 体細胞が繊維芽細胞であり、iPS細胞化する工程が、体細胞にOct3/4遺伝子、Sox2遺伝子、Klf-4遺伝子の3遺伝子又はさらにc-Myc遺伝子を加えた4遺伝子を導入する工程を含むことを特徴とする、前記〔10〕に記載の脱分化促進方法。
〔12〕 Fibrillarinをコードする核酸を含む組換え核酸又は当該組換え核酸が挿入された組換え発現ベクターを活性成分とする、体細胞の脱分化促進剤。
〔13〕 幹細胞中のFibrillarin遺伝子の発現を抑制するか、又はFibrillarinの活性を抑制することを特徴とする、幹細胞の増殖抑制又は死滅化する方法。
〔14〕 幹細胞を分化させる際に、未分化状態に残った幹細胞を不活化又は死滅させるための前記〔13〕に記載の方法。
〔15〕 幹細胞がES細胞である、前記〔13〕又は〔14〕に記載の方法。
〔16〕 幹細胞がiPS細胞である、前記〔13〕又は〔14〕に記載の方法。
〔17〕 Fibrillarin遺伝子の発現を抑制するか、又はFibrillarinの活性を抑制する作用を有する薬剤を活性成分とする、幹細胞の増殖抑制剤又は死滅剤。
【発明の効果】
【0006】
本発明方法に従い、Fibrillarinをコードする核酸を導入するか、もしくは幹細胞にFibrillarinタンパク質を導入することによって、幹細胞における未分化状態の制御を行うことが出来る。すなわち、Fibrillarin遺伝子の発現を促進するか、幹細胞内のFibrillarin濃度を増加させることにより、幹細胞を未分化状態を維持したまま、安定かつ容易に大量培養することが可能となる。また従来効率がきわめて悪かった体細胞を脱分化する際の脱分化促進剤としても有効であり、従来よりも効率よく幹細胞を調製することができる。また、幹細胞を望みの細胞に分化する際に、活性なFibrillarin濃度を減少させることにより、将来的に癌化が危惧される未分化状態の幹細胞を死滅させることが可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明第一の態様は、Fibrillarinをコードする核酸(Fibrillarin遺伝子)を導入することから成る、幹細胞における未分化状態の制御方法に係る。本明細書において、「幹細胞」は未分化状態にある細胞を広く意味し、例えば、胎性幹細胞(ES細胞)の他、造血幹細胞、神経幹細胞、皮膚組織幹細胞等、様々な組織性幹細胞等を包含する概念である。また、体細胞に幹細胞特異的発現遺伝子などを導入して脱分化させた幹細胞(iPS細胞)なども包まれる。
【0008】
多くの脊椎動物のFibrillarin蛋白質のアミノ酸配列は公知であり、その機能としては、リボソーム生合成、核小体低分子リボ核酸タンパク質の生合成やmRNAのプロセッシングに関与することが知られており(非特許文献6、7)、それらは脊椎動物間で広く保存されている。特に、ヒト由来のFibrillarinは321個のアミノ酸からなる蛋白質(National Center for Biotechnology Information (NCBI) http://www.ncbi.nlm.nih.gov/)であり、サル、ウシ、イヌ、ラット、及びマウス等の哺乳動物では、アミノ酸配列において約90%以上の相同性があり、さらに、アフリカツメガエル、ゼブラフィッシュ、ショウジョウバエ、線虫、シロイヌナズナ、酵母等の非哺乳類由来、非脊椎動物由来のFibrillarinを含めても、アミノ酸配列において約75%以上の高い相同性がある(図1)。Fibrillarinの機能はこれらの生物間で広く保存されていることが確認されており、また、実際に酵母におけるFibrillarin遺伝子の欠損をヒトのFibrillarin遺伝子を導入することにより機能的に補完することができることからも実証されている(非特許文献8)。
【0009】
従って、Fibrillarin遺伝子は、広く真核生物由来のものを含み、典型的には上記の哺乳動物に由来するものである。
【0010】
たとえば、本発明における好ましいFibrillarin遺伝子は、以下の(a)、(b)又は(c)に記載の蛋白質をコードするものとして示すことができる。
(a)哺乳動物由来のFibrillarin蛋白質(配列番号1〜6)、
(b)(a)記載のいずれかのFibrillarin蛋白質のアミノ酸配列において、その一部分が欠失、置換、挿入若しくは付加されたアミノ酸配列から成り、かつ、幹細胞の未分化状態を維持する活性を有する蛋白質、又は
(c)(a)記載のアミノ酸配列と90%以上、好ましくは93%以上、より好ましくは95%以上、さらに好ましくは99%以上の相同性を有するアミノ酸配列から成り、かつ、幹細胞の未分化状態を維持する活性を有する蛋白質。
【0011】
更に、Fibrillarin遺伝子は以下の(a)又は(b)に記載の核酸を含むものとしても表すことができる。
(a)哺乳動物由来のFibrillarinをコードする塩基配列(配列番号15〜17)から成る核酸、
(b)上記(a)に記載の塩基配列から成る核酸と相補的な塩基配列から成る核酸とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、ES細胞の未分化状態を維持する活性を有する蛋白質をコードする核酸。
【0012】
本発明の方法において、Fibrillarin遺伝子は、導入する幹細胞と同じ生物種又は異なる生物種由来のもののいずれでも良いが、出来るだけ互いに近縁種であることが好ましく、特に、同じ生物種由来であることが好ましい。
【0013】
本発明において、幹細胞における未分化状態を制御するとは、未分化状態を安定に維持、あるいは積極的に未分化状態に移行させることを意味する。幹細胞の分化状態は、当業者に公知の任意の方法・手段で検出・確認することが出来る。例えば、本明細書の実施例に記載されているように、細胞の形態的特徴、又は、アルカリホスファターゼ及び転写因子Nanog, Oct3/4及び表面抗原蛋白質SSEA1等の適当な未分化マーカーを利用する抗体反応等により幹細胞の分化状態を確認することが出来る。従って、未分化状態を維持及び/又は促進するとは、例えば、上記の各未分化マーカーの発現(活性)の程度がLIF存在下で培養した未分化状態のES細胞に近いか又は実質的に同程度であることを意味する。
その具体例として、例えば、Fibrillarin遺伝子をES細胞に導入し、ES細胞の未分化状態を維持する方法がある。
【0014】
また、体細胞を転写因子などの導入により初期化、脱分化する際に、体細胞にあらかじめ、又は同時にFibrillarin遺伝子を導入することで、脱分化を促進することができる。例えば、繊維芽細胞などの体細胞に、幹細胞特異的に発現する転写因子(Oct3/4, Sox2, Klf4, c-Mycの4因子、又はOct3/4, Sox2, Klf4の3因子)をウイルスで遺伝子導入することによりES細胞様の細胞(iPS細胞)に脱分化させる方法(非特許文献11、12、13、14)において、これらの転写因子に加えてFibrillarin遺伝子をウイルスで繊維芽細胞に遺伝子導入することにより、ES細胞様の幹細胞に脱分化を著しく加速化することができる。そして、脱分化されたiPS細胞に対しては、Fibrillarin遺伝子又はFibrillarinはES細胞の場合と同様に、未分化状態の維持及び安定化に寄与する。
【0015】
本発明において、「相同性」とは、ポリペプチド配列(あるいはアミノ酸配列)又はポリヌクレオチド配列(あるいは塩基配列)における2本の鎖の間で該鎖を構成している各アミノ酸残基どうし又は各塩基どうしの互いの適合関係において同一であると決定できるようなものの量(数)を意味し、二つのポリペプチド配列又は二つのポリヌクレオチド配列間の配列相関性の程度を意味するものである。相同性は容易に算出できるが、本発明において用いた相同性はヒトFibrillarinアミノ酸配列を元に、NCBIのデータベースのホモロジー検索(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/blast/Blast.cgi?PAGE=Proteins&PROGRAM=blastp&BLAST_PROGRAMS=blastp&PAGE_TYPE=BlastSearch&SHOW_DEFAULTS=on)を行い決定したものである。
【0016】
本発明においては、Fibrillarinをコードする核酸も、Fibrillarinタンパク質をコードする核酸も同様の意味で用いており、単にFibrillarin遺伝子ということもある。本発明における「コードする」とは、本発明の蛋白質をその活性を備えた状態で発現させるということを意味しているので、Fibrillarin遺伝子の全長ではなくそのフラグメントであっても、Fibrillarinタンパク質としての活性を有してさえいればよい。また、「コードする」とは、本発明のタンパク質を連続する構造配列(エクソン)としてコードすること、又は本発明の蛋白質を適当な介在配列(イントロン)を介してコードすることの両者を含んでいる。
【0017】
「核酸」とは、リボ核酸、デオキシリボ核酸、又はいずれの核酸の修飾体をも含む。また、核酸は、一本鎖又は二本鎖のDNAを含んでいる。
【0018】
本明細書において、「ストリンジェント(stringent)な条件」とは、前記のポリヌクレオチドまたはオリゴヌクレオチドと、ゲノムDNAとの選択的かつ検出可能な特異的結合を可能とする条件である。ストリンジェント条件は、塩濃度、有機溶媒(例えば、ホルムアミド)、温度、およびその他公知の条件の適当な組み合わせによって定義される。すなわち、塩濃度を減じるか、有機溶媒濃度を増加させるか、またはハイブリダイゼーション温度を上昇させるかによってストリンジェンシー(stringency)は増加する。更に、ハイブリダイゼーション後の洗浄の条件もストリンジェンシーに影響する。この洗浄条件もまた、塩濃度と温度によって定義され、塩濃度の減少と温度の上昇によって洗浄のストリンジェンシーは増加する。
【0019】
従って、「ストリンジェントな条件」とは、各塩基配列間の相同性の程度が、例えば、全体の平均で約80%以上、好ましくは約90%以上、より好ましくは約95%以上であるような、高い相同性を有する塩基配列間のみで、特異的にハイブリッドが形成されるような条件を意味する。具体的には、例えば、温度60℃〜68℃において、ナトリウム濃度150〜900mM、好ましくは600〜900mM、pH 6〜8であるような条件を挙げることが出来る。ストリンジェントな条件の一具体例としては、5 x SSC (750 mM NaCl、75 mM クエン酸三ナトリウム)、1% SDS、5 x デンハルト溶液50% ホルムアルデヒド、及び42℃の条件でハイブリダイゼーションを行い、0.1 x SSC (15 mM NaCl、1.5 mM クエン酸三ナトリウム)、0.1% SDS、及び55℃の条件で洗浄を行うものである。
【0020】
ハイブリダイゼーションは、例えば、カレント・プロトコールズ・イン・モレキュラー・バイオロジー(Current protocols in molecular biology(edited by Frederick M. Ausubel et al., 1987))に記載の方法等、当業界で公知の方法あるいはそれに準じる方法に従って行なうことができる。また、市販のライブラリーを使用する場合、添付の使用説明書に記載の方法に従って行なうことができる。
【0021】
本発明の遺伝子は、当業者に公知の公的機関のデータベース又は本明細書に記載の塩基配列に基づき作製したプライマー又はプローブ等を用いて、当業者に公知の任意の方法で調製することが出来る。例えば、各種のPCR、並びに、その他のNASBA(Nucleic acid sequence based amplification)法、TMA(Transcription-mediated amplification)法及びSDA(Strand Displacement Amplification)法等の当業者に公知の任意DNA増幅技術を用いることにより、該遺伝子のcDNAとして容易に得ることが可能である。
【0022】
或いは、上記遺伝子は当業者に周知の方法により、本明細書に記載のcDNAライブラリーをスクリーニングすることによって単離することができる。更に、該遺伝子のcDNAに、当業者に公知の部位特異的突然変異誘発に基づき、市販のミューテーションシステム等を用いて塩基変異を導入して調製することも可能である。
【0023】
又、上記遺伝子は、公知の方法(例えば、Carruthers(1982)Cold Spring Harbor Symp. Quant. Biol. 47:411-418; Adams(1983)J. Am. Chem. Soc. 105:661; Belousov(1997)Nucleic Acid RES. 25:3440-3444; Frenkel(1995)Free Radic. Biol. Med. 19:373-380; Blommers(1994)Biochemistry 33:7886-7896; Narang(1979)Meth. Enzymol. 68:90; Brown(1979)Meth. Enzymol. 68:109; Beaucage(1981)Tetra. Lett. 22:1859; 米国特許第4,458,066号)に記載されているような周知の化学合成技術により、in vitroにおいて合成することもできる。また、本発明のポリヌクレオチドを適当な制限酵素で切断する等の方法によって作製することもできる。
【0024】
本発明の遺伝子は、当業者に公知の任意の方法で幹細胞に導入し、該幹細胞を形質転換し、分化状態が制御された形質転換体を得ることが出来る。例えば、リン酸カルシウム法、リポフェクション法、トランスフェリン受容体を使用する方法、ペネトラチン等の膜透過性ペプチドを使用する方法、マイクロインジェクション、エレクトロポレーション及びパーティクルガン等の物理的方法、更には、レトロウイルス及びアデノウイルス等の適当なウイルスを用いる方法を挙げることが出来る。
【0025】
上記の各種形質転換法に応じて、各遺伝子は、そのまま単独の形態(例えば、mRNAもしくはcDNA分子、又は上流にプロモーターなどの制御配列を付加した状態)の組換え核酸として、又は適当なベクター(同じベクター又は別のベクター)に組み込んで作製した発現用組換えベクターの形態で導入される。例えば、このようなベクターとしては、レトロウイルスベクター、アデノウイルスベクター、及びアデノ随伴ウイルスベクター等の各種ウィルスベクター、非ウィルス型ベクター又は混成型ベクター等を挙げることが出来る。このようなベクターには、発現調節配列には、適当なプロモーター、エンハンサ、転写ターミネータ、タンパク質をコードする遺伝子における開始コドン(すなわちATG)、イントロンのためのスプライシングシグナル、ポリアデニル化部位、及びストップコドン等の各種の遺伝子発現調節配列、クローニング部位、薬剤耐性遺伝子等の各種要素が適宜含まれており、当業者に公知の任意の方法で作製することができる。
【0026】
したがって、このようにして調製される、Fibrillarinをコードする核酸を含む組換え核酸、又は当該組換え核酸が挿入された発現用組換えベクターは、本発明方法において、幹細胞の未分化状態制御剤(組成物)の活性成分として使用することが出来る。また、体細胞を脱分化してiPS細胞とする際の脱分化促進剤の活性成分として用いることもできる。
【0027】
形質転換体の培養の諸条件及びそれに用いる培地は、培養する細胞の種類、細胞外分泌を促進させたい目的の蛋白質の種類、及び使用する発現ベクターの構成(プロモーターの種類等)等に応じて適当なものを適宜選択することができる。又、こうして作製されるFibrillarinをコードする核酸で形質転換された幹細胞(形質転換体)においては、Fibrillarinが安定的に発現されており、それによって、該形質転換体における未分化状態が維持されている。
たとえば、ES細胞の場合、Fibrillarin遺伝子が導入されたES細胞は、LIF非存在下における長期間の培養においても未分化状態を維持すことができるので、多分化能を保持したES細胞を安定かつ容易に大量培養することが可能となる。
【0028】
また、幹細胞は、Fibrillarinの存在によって未分化状態が維持されるのであるから、幹細胞培養液中にFibrillarinタンパク質を添加して、幹細胞内に機能性タンパク質として取り込ませることによっても同様の効果が奏せられる。たとえば、細胞膜透過性シグナルなどをFibrillarinタンパク質に付加することによって可能になる(非特許文献8)。また、市販のタンパク質用のリポフェクション試薬などによって細胞内にタンパク質を容易に取り込ませることが可能である(非特許文献9、10)。
【0029】
Fibrillarinは幹細胞の生存、維持に欠かせない物質であり、幹細胞内におけるFibrillarinの活性を抑制することで幹細胞の未分化状態が維持できず、さらに抑制すると幹細胞は生存できなくなる。反対に、分化が進んだ細胞ではFibrillarin活性の抑制は影響を与えない。従って、幹細胞中のFibrillarin発現量を調節することで、必要に応じて幹細胞の増殖を停止させ、さらにはアポトーシスさせることが可能になる。ES細胞などの胎生幹細胞は、生体内に移植すると奇形腫という癌を形成することが知られているので、幹細胞を移植する際など望みの細胞組織へ分化させたいときには、未分化状態のままに残っている細胞を速やかに死滅させる必要がある。実際に幹細胞自身のゲノム中にもFibrillarin遺伝子は存在し、通常もFibrillarinタンパク質を発現しており、特にLIF存在下で未分化状態を維持しやすい状態で培養するときにはFibrillarinを高発現して未分化状態を続ける可能性がある。したがって、幹細胞の移植時など、未分化状態の幹細胞を速やかに死滅させたい場合には、幹細胞内にFibrillarin遺伝子発現抑制剤を存在させてFibrillarin遺伝子発現を抑制するか、又は幹細胞内に抗Fibrillarin抗体などのFibrillarin活性抑制剤を存在させて、幹細胞内のFibrillarinの働きを抑えることで、幹細胞の増殖を停止させるか死滅させることは有効であり、幹細胞の奇形腫形成の危険性を現弱させる薬剤として用いることができる。Fibrillarin遺伝子の発現を抑制するためには、典型的にはsiRNAの手法を用いるが、Fibrillarin遺伝子発現抑制剤として、miRNA、アンチセンスRNA、アンチセンスオリゴヌクレオチド又はリボザイム等を幹細胞内に導入してもよい。Fibrillarin活性抑制剤として典型的なものは抗Fibrillarin抗体であるが、Fibrillarinタンパク質由来の、Fibrillarin活性を有さないペプチド断片も活性抑制剤として働くことが多い。
【0030】
以下、本発明を実施例によって詳細に説明するが、本発明の技術的範囲は以下の実施例の記載によって何ら限定して解釈されるものではない。又、特に記載のない場合には、以下の実施例は、当該技術分野における常法及び当業者に公知の標準的な方法、例えば、Sambrook and Maniatis, in Molecular Cloning-A Laboratory Manual, Cold Spring Harbor Laboratory PrESs, New York, 1989; Ausubel, F. M. et al., Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons, New York, N.Y, 1995等に記載されている遺伝子工学及び分子生物学的技術に従い実施した。又、本明細書中に参考文献などとして引用された文献の記載内容は本明細書の開示内容の一部を構成するものである。
【0031】
以下、実施例に則して本発明を更に詳しく説明する。尚、本発明の技術的範囲はこれらの記載によって何等制限されるものではない。尚、本明細書中で引用される技術文献の内容は、本明細書の開示内容の一部と見なされる。
【実施例】
【0032】
(実施例1)
[Fibrillarinの同定]
マウスES細胞(American Type Culture Collection: cat No. CRL-11632)をLIF非存在下で培養すると、未分化マーカーのひとつとして知られるアルカリフォスファターゼ活性を1週間程度で喪失することが知られている(非特許文献3)。
マウスES細胞はLIF存在下では未分化状態を保つので、7日間培養後もアルカリフォスファターゼ陽性でコロニーを形成するが、LIF非存在下で7日間培養するとアルカリフォスファターゼ陰性で平たく広がった形態の中内胚葉様の細胞に分化してしまう(図2)。
この結果からDay0とDay7の蛋白質サンプルを比較することで、プロテオーム解析により未分化特異的な蛋白質を判別することが可能と考え、LIF+の状態で培養したマウスES細胞及びLIF−の状態で7日間培養した細胞からクロマチン画分を精製しタンパク質を抽出した。LIF+/−で培養した細胞から抽出したタンパク質をそれぞれ緑及び赤の蛍光色素でラベルした後、混合し、二次元ディファレンシャル電気泳動解析(2D-DIGE)を行った(図3)。
その結果、数十個の量的変動のある蛋白質を同定し、質量分析器により解析したところ、マウスES細胞で未分化特異的に発現するタンパク質のひとつがFibrillarinであることを見出した。
【0033】
なお、本明細書に記載の実施例において、マウスES細胞はゼラチンコートしたディッシュ上で37℃、5%CO2雰囲気下で培養し、DMEM培地(high glucose)に以下の添加物を加えた培地で培養を行った(2 mM L-glutamine, 0.1 mM non-ESsential amino acids, 0.1 mM 2-mercaptoethanol, 15% ES cell-qualified FBS, 1000 IU/ml LIF (ESGRO, Chemicon)、及びpenicillin/streptomycin)。
【0034】
クロマチン画分の精製は以下のとおり行った。LIF存在下/非存在下で培養した細胞に、培養6.5日目の時点で、培養液中に最終濃度が0.06μg/mlになるように細胞周期のM期への進行を妨げる薬剤コルセミド(和光純薬工業)を添加した。さらに12時間培養した後、ポリアミンバッファー(15mM トリス塩酸(pH7.4), 0.2mM スパーミン, 0.5mM スパーミジン, 2mM EDTA, 80mM KCl, 0.1mM PMSF)中で細胞をかき取り、780×g, 4℃, 10分間遠心して細胞を回収し、0.1%(w/v)ジギトニンを含むポリアミンバッファーに再懸濁して15秒×3回ボルテックスによって細胞膜を破壊した。これを190×g, 4℃, 3分間遠心し、上清を回収してクロマチン粗画分を得た。次に、このクロマチン粗画分を5%-20%のショ糖密度勾配を持つ密度勾配管に静かに重層し、2380×g, 4℃, 15分間ショ糖密度勾配遠心によって精製した。精製されたクロマチン画分をDNA除去カラム(Vivapure D Maxi H: VIVASCIENCE)にかけ、さらにNuclease Mix (GEヘルスケアバイオサイエンス)を添加しDNAとRNAを除去した。こうして得られたクロマチン結合タンパク質サンプルを限外濾過によって脱塩し、電気泳動試料溶解液(7M 尿素, 2M チオ尿素, 4% CHAPS, 30mM トリス塩酸(pH8.5))に溶解した。
【0035】
二次元ディファレンシャル電気泳動解析(2D-DIGE)については、GEヘルスケアのホームページに掲載されている方法に従って行った。(http://www5.gelifESciencES.com/APTRIX/upp00919.nsf/2A3643B6787885E0C12570BE000DC671/$file/80642960.pdf)また、タンパク質の蛍光色素によるラベル化についても、GEヘルスケアのホームページに掲載されている方法に則って行った。(http://www4.gelifESciencES.com/aptrix/upp00919.nsf/Content/19C068C563CD12BBC12572680002C5C0/$file/RPK0272_Rev_D_2006_web.pdf)
タンパク質サンプルはBradford法により定量し、1回の2D-DIGE解析に用いる試料として、未分化細胞と分化細胞それぞれから精製したクロマチン結合タンパク質を75μgずつ使用した。未分化細胞クロマチン結合タンパク質(50μg)はCy3で、分化細胞クロマチン結合タンパク質(50μg)はCy5でラベルし、残りの25μgずつは混合した後Cy2でラベルし、複数のゲルを補正するための内部標準として用いた。ラベルされたこれらの試料を全て混合し、DEStreak Rehydration Solution (以下試薬・機器は全てGEヘルスケアバイオサイエンス)を添加した。これをimmobilized pH gradient (IPG) strips (pH 3-11, 24cm, またはpH 7-11, 24cm)に添加し、20℃で12時間再膨潤後、Ettan IPGphorを用いて等電点電気泳動(一次元目)を行った(泳動条件: Step1; 500V, 2Hrs., Step2; 1000V, 1Hr., Step3; 6000V, 12Hrs.)。次に等電点電気泳動後のゲルを12% アクリルアミドゲル(24cm×24cm)上に重層し、SDS-PAGE (二次元目) を行った。
泳動終了後、ゲルを専用蛍光スキャナーによりスキャンし、画像をImageMaster DIGEソフトウエアによって解析して未分化細胞と分化細胞とで発現量に変動のあるタンパク質のスポットを検出した。電気泳動後のゲルから目的のタンパク質スポットを切り出し、トリプシンでゲル内消化した。回収したペプチドをCap LC Pump (Waters)により分離し、Q-Tof Micro (Micromass)によりESI-Q-TOF-MS/MS解析を行った。さらにMascot Search (Matrix Science)を用いて、NCBIのデータベースに対して検索を行い、タンパク質の同定を行った。
【0036】
(実施例2)
[FibrillarinによるES細胞の未分化状態促進]
マウスES細胞において、野生型Fibrillarinを遺伝子導入し安定発現させた細胞株を樹立し、LIFを培地から除去し2週間培養することで通常のマウスES細胞が中内胚葉に完全に分化してしまう状況にあっても多くの細胞において、形態的にLIF存在下で培養した未分化状態のES細胞に近く、細胞がぎっしり密集したパンケーキ状の形態を示すことが分かった。また、このとき未分化マーカーの一つであるアルカリホスファターゼの活性染色を行ったところ、未分化状態を維持していることが確認された(図4)。
更に、各クローンをLIF非存在下で10日間培養した後、細胞抽出液を調製し、未分化マーカーであるOct3/4 及びNanog タンパク質の発現を調べた。その結果、このようなLIF非存在下における培養でもこれらの未分化マーカー転写因子の発現が維持されていることがウエスタンブロットにより確認された(図5)。
また、未分化マーカーであるOct3/4に対する抗体(sc-9081, SANTA CRUZ)及びSSEA1に対する抗体(協和発酵)を用いた、常法による免疫蛍光染色によってもこれら未分化マーカーの発現が認められ、未分化状態の維持が確認された(図6)。
従って、Fibrillarinの遺伝子導入によりES細胞の未分化状態が維持・促進されることが分かった。実験の詳細は以下の通りである。
【0037】
<遺伝子導入方法>
Fibrillarin発現ベクターは以下の方法で調製した。Flagタグを付加した5’側特異的プライマー(5’-CTCCTCGAGGCCACCATGGACTACAAGGAC-3’(配列番号1)と、3’側特異的プライマー配列(5’-CTACTCAGACAATGCGATGC-3’(配列番号2)を用いてPCRを行い、Fibrillarin遺伝子を増幅した。PCRの条件は、KOD plas(TOYOBO)をポリメラーゼとして使用し、94℃2分加熱変性後、94℃15秒、60℃30秒、68℃1分のサイクルを25回繰り返し、68℃で10分伸長反応した後4℃で保管した。伸長生成物をフェノール/クロロホルム抽出しエタノール沈殿で精製した後、XhoI及びNotIで制限酵素処理した。同じ条件下でpCAG-IPベクター(pCAG-IP-Flag, Yoshida-Koide et al, Biochem. Biophys. RES. Commun. (2004) 313, 475-481)をXhoI及びNotIで制限酵素処理した。これらのDNA断片を1%のアガロースゲルにより電気泳動(100ボルト、20分)で分離し、エチジウムブロマイドで20分処理しUVを照射しFlag-Fibrillarin DNAのバンド及びベクターDNAのバンドを検出した。
これらDNAバンドをナイフで切り出し精製した後、精製したFlag-FibrillarinDNA断片をpCAG-IPべクターにライゲーションし、発現ベクターpCAG-IP-Flag- Fibrillarinを構築した。このようにして作成した発現ベクターをリポフェクション試薬、リポフェクタミン2000(Invitrogen)を用いてマウスES細胞に遺伝子導入した。
【0038】
<アルカリホスファターゼ活性染色>
アルカリホスファターゼ活性染色については、細胞をPBSで洗浄後、3%ホルマリン/PBSで5分処理した後、アルカリホスファターゼ発色試薬(BM purple AP substrate(Roche))を加え、室温で30分インキュベートした。その後、細胞をPBSで2回洗浄した後、光学顕微鏡で観察した。
【0039】
(実施例3)
[FibrillarinによるiPS細胞化促進]
マウス繊維芽(MEF)細胞に4つの遺伝子(Oct3/4、Sox2、Klf-4、c-Myc)または3つの遺伝子(Oct3/4、Sox2、Klf-4)を導入することにより、体細胞を初期化して脱分化させることで、ES細胞と同等の形態・性質をもつ細胞であるiPS細胞(induced pluripotent stem cell, iPS cell)を取得する方法が知られている(非特許文献11、14)。当該方法において用いられた4遺伝子または3遺伝子に、それぞれさらにFibrillarin遺伝子を追加して同様の方法を追試することにより、FibrillarinのiPS化に対する効果を調べた。4遺伝子・3遺伝子どちらの場合にもそれぞれ培養10日目・30日目までにES細胞様のコロニーが観察され、それらは高いアルカリホスファターゼ活性を示し、未分化性を獲得したことが分かった(図7)。さらに、Fibrillarin遺伝子導入下ではコントロール(空ベクター導入)に比べてiPS細胞化したコロニーの数が増加することが分かった(図8)。
この結果は、FibrillarinがiPS細胞化,すなわち脱分化を促進する効果をもつことを示している。実験の詳細は以下の通りである。
【0040】
<Fibrillarin発現レトロウイルス作製>
Fibrillarin発現レトロウイルスベクターは以下の方法で調製した。Flagタグを付加した5’側特異的プライマー(5’-GGAATTCGCCACCATGGACTACAAGGAC-3’(配列番号3)と、Fibrillarin C末側特異的プライマー(5’-CTCGCGGCCGCTCAGTTCTTCACCTTGGGGGG-3’(配列番号4)を用いてPCRを行い、FibrillarinをコードするDNA断片を増幅した。PCRの条件は、KOD plus(TOYOBO)をポリメラーゼとして使用し、94℃2分加熱変性後、94℃2分、60℃1分、68℃1分のサイクルを25回繰り返し、68℃で10分伸長反応した後4℃で保管した。伸長生成物をフェノール/クロロホルム抽出しエタノール沈殿で精製した後、EcoRI及びNotIで制限酵素処理した。同じ条件下でpMYsレトロウイルスベクターをEcoRI及びNotIで制限酵素処理した。これらのDNAを1%のアガロースゲルにより電気泳動(100ボルト、20分)で分離し、エチジウムブロマイドで20分処理しUVを照射しFlag-Fibrillarin DNAのバンド及びレトロウイルスベクターDNAのバンドを検出した。
これらDNAバンドをナイフで切り出し精製した後、精製したFlag-FibrillarinDNA断片をpMYsレトロウイルスベクターにライゲーションし、発現レトロウイルスベクターpMYs-Flag- Fibrillarinを構築した。このようにして作成した発現レトロウイルスベクターをリポフェクション試薬、リポフェクタミン2000(Invitrogen)を用いてPlatE細胞に遺伝子導入し、導入後24時間後に培地を交換し、さらに24時間後に回収した培地を遠心(1000rpm、5分)、濾過(0.45μmポアサイズフィルター)し、pMYs-Flag-Fibrillarinレトロウイルス液を回収した。
4つの遺伝子(Oct3/4、Sox2、Klf-4、c-Myc)の発現ベクター[pMXs-Oct3/4、pMXs-Sox2、pMXs-Klf-4、pMXs-c-Myc]は、Adgeneから購入し、pMYs-Flag-FBLと同様の手順で、レトロウイルス液を作製した。
【0041】
<iPS細胞作製方法>
マウス繊維芽細胞(P3-4)培養培地中に、各ウイルス液[空ベクターまたはFibrillarinと4因子( Oct3/4、Sox2、Klf-4、c-Myc)または3因子(Oct3/4、Sox2、Klf-4)]とポリブレン(8 μg/ml)を添加し、24時間後に培地を交換した。培養5日目にマイトマイシン処理したマウス繊維芽細胞上に撒き、培養6日目からES細胞用培地に培地を変え、10日から30日間培養した。その後、アルカリホスファターゼ活性染色によりiPS細胞を確認した。
【0042】
<アルカリホスファターゼ活性染色>
アルカリホスファターゼ活性染色については、細胞をPBSで洗浄後、3.8%ホルマリン/PBSで5分処理した後、アルカリホスファターゼ発色試薬[BM purple AP substrate(Roche)]を加え、室温で30分インキュベートした。その後、細胞をEDTA/PBSで2回洗浄した後、光学顕微鏡で観察した。
【0043】
(実施例4)
[Fibrillarin発現抑制によるES細胞の生存制御]
マウスES細胞において、Tet-offシステムをもちいた人工miRNA発現によるFibrillarin遺伝子発現抑制細胞株を樹立した。この細胞株は、テトラサイクリン存在下ではFibrillarinを発現するが、テトラサイクリンを培地から除くとFibrillarin遺伝子発現が抑制される(図9、10)。テトラサイクリンを除きFibrillarin遺伝子発現を抑制した状態で3日間培養すると、細胞総数はFibrillarinを発現し続ける条件(テトラサイクリン投与)の約20%程度と少なく(図11)、その後も増加することはなかった。さらにTUNEL法により、Fibrillarin遺伝子発現抑制下では細胞死が促進されることが確認された(図12)。
反対に、上記細胞株が分化してしまった後では、テトラサイクリンを培地から除いてFibrillarin遺伝子発現を抑制しても、分化した細胞の生存状態に変化はなかった。(図示せず。)
従って、FibrillarinがES細胞において未分化性の維持・促進のみならずES細胞の生存にも重要であることが分かった。実験の詳細は以下の通りである。
【0044】
<Fibrillarin発現抑制細胞作製法>
Fibrillarin遺伝子発現抑制miRNA発現ベクターはBLOCK-iT Pol II miR RNAi Expression Vector Kitをもちいて以下の方法で調製した。マウスFibrillarin塩基配列をもとに設計したmiRNAオリゴヌクレオチドTop strand oligo [5’-TGCTGAAATCACAAAGTGTCCTCCATGTTTTGGCCACTGACTGACATGGAGGACTTTGTGATTT-3’(配列番号5)]と、Bottom strand oligo [5’-CCTGAAATCACAAAGTCCTCCATGTCAGTCAGTGGCCAAAACATGGAGGACACTTTGTGATTTC-3’(配列番号6)]を95℃4分加熱し、室温で冷ましてdouble strand oligoを形成し、pcDNATM6.2-GW/miR linearized(invitrogen)とライゲーションし、miR RNAi発現ベクターpcDNATM6.2-GW/ miR-Fibrillarinを構築した。本発明では、Fibrillarin遺伝子発現抑制を厳密に制御するために、テトラサイクリン投与中はFibrillarin発現が維持されるTet-Offシステムを使用した(非特許文献15)。Tet-Off Fibrillarin遺伝子発現抑制細胞株を得るために、構築したmiR RNAi発現ベクターを鋳型として、CMV由来最小プロモーター配列情報をもとに作成した特異的プライマー[5’-AAACTCGAGTAGGCGTGTACGGTGGGAGGCCTATATAAGCAGAGCTCGTTTAGTGAACCGTCAGATCGCCTGGAGAATTCGCCACCCTGGAGGCTTGCTGAAG-3’(配列番号7)]と、ポリAを付加した特異的プライマー[5’-TTTGCGGCCGCACACACAAAAAACCAACACACAGATGTAATGAAAATAAAGATATTTTATTGGGCCATTTGTTCCATGTGA-3’(配列番号8)]をもちいてPCRを行った。PCRの条件は、KOD plus(TOYOBO)をポリメラーゼとして使用し、94℃2分加熱変性後、94℃1分、45℃1分、68℃1分のサイクルを2回繰り返し、94℃1分、60℃1分、68℃1分のサイクルを13回繰り返し、68℃で10分伸長反応した後4℃で保管した。伸長生成物をフェノール/クロロホルム抽出しエタノール沈殿で精製した後、XhoI及びNotIで制限酵素処理した。同じ条件下でExchangeベクター(非特許文献15)をXhoI及びNotIで制限酵素処理した。これらのDNAを1%のアガロースゲルにより電気泳動(100ボルト、20分)で分離し、エチジウムブロマイドで20分処理しUVを照射しFibrillarin miRNAのバンド及びベクターDNAのバンドを検出した。これらDNAバンドをナイフで切り出し精製した後、精製したmiR-Fibrillarin断片をExchangeべクターにライゲーションし、tet-offタイプのmiR-Fibrillarin発現ベクターを構築した。このようにして作成した発現ベクターを、Creリコンビナーゼを発現するベクターpCAGGSCre(非特許文献15)とともにリポフェクション試薬、リポフェクタミン2000(Invitrogen)を用いてマウスES細胞EBRTcH3株(Riken Cell Bank, RCB2325)に遺伝子導入した。
コントロールとしては、BLOCK-iT Pol II miR RNAi Expression Vector Kit (Invitrogen)添付のpcDNATM6.2-GW/miR-neg control plasmid を鋳型としてPCRを行い、miR-Fibrillarin発現ベクター構築と同様の手順でコントロールベクターを構築し、pCAGGSCreとともにリポフェクション試薬、リポフェクタミン2000(Invitrogen)を用いてマウスES細胞EBRTcH3株に遺伝子導入した。
【0045】
<TUNEL法>
TUNEL法は、DeadEndTM Fluorometric TUNEL System (Promega)をもちい、プロトコルに従って行った。2日間培養したES細胞PBSで洗浄後、3.8%ホルマリン/PBSで30分処理した後、PBSで洗浄し、0.5% TritonX-100/PBSで5分処理した。さらにPBSで洗浄し、平衡化バッファーで10分処理後、反応液中で37度、1時間インキュベートした。2×SSCで5分処理した後DAPI染色し、PBSで2回洗浄した後、光学顕微鏡で観察した。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明で同定されたFibrillarinの遺伝子を導入することにより幹細胞の未分化状態が安定的に維持でき、かつ体細胞の幹細胞化を促進する技術が提供される。
更に、幹細胞移植の際に、Fibrillarinの活性を抑制する薬剤を用いることで、未分化状態の幹細胞を死滅させ、奇形腫形成の危険性を現弱させることができるので、再生医療をより強力に推進することも可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】ヒト(Human)、サル(Macaque)、ウシ(Bos taurus)、イヌ(Canis)ラット(Rat)、マウス(Mouse)、アフリカツメガエル(Xenopuslaevis, Xenopus tropicalis)、ゼブラフィッシュ(Zebrafish)、ショウジョウバエ(Drosophila)、シロイヌナズナ(Arabidopsis)、線虫(C.elegance)、酵母(S.Ponbe,S.Cerevisae)のFibrillarinのアミノ酸(一文字表記)を示す。
【図2】マウスES細胞のLIF除去に伴う形態の変化及びアルカリホスファターゼ活性(青色)の減少を示す写真である。MEF+ではマウスES細胞のフィーダーとしてマイトマイシンで処理し増殖できなくなったマウス繊維芽細胞を用いている。
【図3】マウスES細胞の精製クロマチン画分のタンパク質抽出液の2次元電気泳動を示す写真である。緑色のスポットは未分化状態特異的に発現している蛋白質であり、赤色のスポットは分化し発現が上昇してくる蛋白質を示している。
【図4】LIF非存在下で10日間培養した野生型Fibrillarinを安定発現させたマウスES細胞のアルカリホスファターゼ活性染色(青色)の結果を示す写真である。空ベクター:コントロール空ベクターを導入したクローン。Fibrillarin:野生型Fibrillarinを導入したクローン。
【図5】LIF非存在下で10日間培養した野生型Fibrillarinを安定発現させたマウスES細胞の内在性のOct3/4及びNanogタンパク質の発現が高く維持され続けていることを示す写真である。空ベクター:コントロール空ベクターを導入したクローン。Fibrillarin:野生型Fibrillarinを導入したクローン。
【図6】LIF非存在下で培養した野生型Fibrillarinを安定発現させたマウスES細胞のNanog, Oct3/4、及びSSEA1蛋白質の発現を免疫蛍光染色法により示す写真である。空ベクター:コントロール空ベクターを導入したクローン。Fibrillarin:野生型Fibrillarinを導入したクローン。Nanog, Oct3/4,SSEA1:緑、DAPI:青。
【図7】Fibrillarin導入により、多くの細胞がアルカリホスファターゼ活性(紫色)を獲得したことを示す写真である。4因子:Oct3/4、Sox2、Klf-4、c-Mycを導入した標本。3因子:Oct3/4、Sox2、Klf-4を導入した標本。+空ベクター:4または3因子に空ベクターを追加で導入した標本。+Fibrillarin:4または3因子にFibrillarin発現ベクターを追加で導入した標本。
【図8】Fibrillarin導入が、マウスiPS細胞を促進した結果を示すグラフである。グラフ縦軸は、空ベクター導入条件下で観察されたiPS細胞のコロニー数を1とした時の相対値を示す。4因子:Oct3/4、Sox2、Klf-4、c-Mycを導入した標本。3因子:Oct3/4、Sox2、Klf-4を導入した標本。+空ベクター:4または3因子に空ベクターを追加で導入した標本。+Fibrillarin:4または3因子にFibrillarin発現ベクターを追加で導入した標本。
【図9】Fibrillarin遺伝子発現抑制がテトラサイクリンにより制御されたことを示す免疫蛍光染色像である。Control miRNA:コントロールmiRNA発現ベクターを導入したクローン。FibrillarinmiRNA:Fibrillarin miRNA発現ベクターを導入したクローン。Tet:テトラサイクリン。Fibrillarin:緑、DAPI:青。
【図10】テトラサイクリン除去によりFibrillarinタンパク質発現が抑制されたことを示すウエスタンブロット像である。Control miRNA:コントロールmiRNA発現ベクターを導入したクローン。FibrillarinmiRNA:Fibrillarin miRNA発現ベクターを導入したクローン。Tet:テトラサイクリン。α-tubulin:内部コントロール。
【図11】3日間のFibrillarin遺伝子発現抑制により、ES細胞の細胞増殖が抑制されたことを示すグラフである。グラフ縦軸は、テトラサイクリン投与条件下で3日間培養した時の細胞総数を1とした相対値を示す。Control miRNA:コントロールmiRNA発現ベクターを導入したクローン。FibrillarinmiRNA:Fibrillarin miRNA発現ベクターを導入したクローン。Tet:テトラサイクリン。
【図12】2日間のFibrillarin遺伝子発現抑制により、プログラム細胞死が促進されたことを示すグラフである。Control miRNA:コントロールmiRNA発現ベクターを導入したクローン。FibrillarinmiRNA:Fibrillarin miRNA発現ベクターを導入したクローン。Tet:テトラサイクリン。
【図1−1】
【図1−2】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Fibrillarinをコードする核酸を含む組換え核酸又は当該組換え核酸が挿入された組換え発現ベクターを幹細胞に導入し、幹細胞内でFibrillarinを発現させることを特徴とする、幹細胞における未分化状態の制御方法。
【請求項2】
Fibrillarinをコードする核酸が哺乳動物由来遺伝子である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
幹細胞にFibrillarinタンパク質を導入し、Fibrillarin量を調節することで幹細胞が分化する時期を調節することを特徴とする、幹細胞における未分化状態の制御方法。
【請求項4】
幹細胞がES細胞である、請求項1ないし3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
Fibrillarinをコードする核酸を含む組換え核酸又は当該組換え核酸が挿入された組換え発現ベクターを活性成分とする、幹細胞の未分化状態制御剤。
【請求項6】
Fibrillarinタンパク質を活性成分とする、幹細胞の未分化状態制御剤。
【請求項7】
Fibrillarinをコードする核酸を含む組換え核酸又は当該組換え核酸が挿入された組換え発現ベクターが導入された形質転換幹細胞であって、Fibrillarinを過剰発現する形質転換幹細胞。
【請求項8】
幹細胞がES細胞である、請求項7に記載の形質転換幹細胞。
【請求項9】
幹細胞が体細胞を脱分化させたiPS細胞である、請求項7に記載の形質転換細胞。
【請求項10】
体細胞を脱分化させてiPS細胞化する工程において、Fibrillarinをコードする核酸を含む組換え核酸又は当該組換え核酸が挿入された組換え発現ベクターを体細胞に導入し、体細胞内でFibrillarinを発現させることを特徴とする、脱分化促進方法。
【請求項11】
体細胞が繊維芽細胞であり、iPS細胞化する工程が、体細胞にOct3/4遺伝子、Sox2遺伝子、Klf-4遺伝子の3遺伝子又はさらにc-Myc遺伝子を加えた4遺伝子を導入する工程を含むことを特徴とする、請求項10に記載の脱分化促進方法。
【請求項12】
Fibrillarinをコードする核酸を含む組換え核酸又は当該組換え核酸が挿入された組換え発現ベクターを活性成分とする、体細胞の脱分化促進剤。
【請求項13】
幹細胞中のFibrillarin遺伝子の発現を抑制するか、又はFibrillarinの活性を抑制することを特徴とする、幹細胞の増殖抑制又は死滅化する方法。
【請求項14】
幹細胞を分化させる際に、未分化状態に残った幹細胞を不活化又は死滅させるための請求項13に記載の方法。
【請求項15】
幹細胞がES細胞である、請求項13又は14に記載の方法。
【請求項16】
幹細胞がiPS細胞である、請求項13又は14に記載の方法。
【請求項17】
Fibrillarin遺伝子の発現を抑制するか、又はFibrillarinの活性を抑制する作用を有する薬剤を活性成分とする、幹細胞の増殖抑制剤又は死滅剤。
【請求項1】
Fibrillarinをコードする核酸を含む組換え核酸又は当該組換え核酸が挿入された組換え発現ベクターを幹細胞に導入し、幹細胞内でFibrillarinを発現させることを特徴とする、幹細胞における未分化状態の制御方法。
【請求項2】
Fibrillarinをコードする核酸が哺乳動物由来遺伝子である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
幹細胞にFibrillarinタンパク質を導入し、Fibrillarin量を調節することで幹細胞が分化する時期を調節することを特徴とする、幹細胞における未分化状態の制御方法。
【請求項4】
幹細胞がES細胞である、請求項1ないし3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
Fibrillarinをコードする核酸を含む組換え核酸又は当該組換え核酸が挿入された組換え発現ベクターを活性成分とする、幹細胞の未分化状態制御剤。
【請求項6】
Fibrillarinタンパク質を活性成分とする、幹細胞の未分化状態制御剤。
【請求項7】
Fibrillarinをコードする核酸を含む組換え核酸又は当該組換え核酸が挿入された組換え発現ベクターが導入された形質転換幹細胞であって、Fibrillarinを過剰発現する形質転換幹細胞。
【請求項8】
幹細胞がES細胞である、請求項7に記載の形質転換幹細胞。
【請求項9】
幹細胞が体細胞を脱分化させたiPS細胞である、請求項7に記載の形質転換細胞。
【請求項10】
体細胞を脱分化させてiPS細胞化する工程において、Fibrillarinをコードする核酸を含む組換え核酸又は当該組換え核酸が挿入された組換え発現ベクターを体細胞に導入し、体細胞内でFibrillarinを発現させることを特徴とする、脱分化促進方法。
【請求項11】
体細胞が繊維芽細胞であり、iPS細胞化する工程が、体細胞にOct3/4遺伝子、Sox2遺伝子、Klf-4遺伝子の3遺伝子又はさらにc-Myc遺伝子を加えた4遺伝子を導入する工程を含むことを特徴とする、請求項10に記載の脱分化促進方法。
【請求項12】
Fibrillarinをコードする核酸を含む組換え核酸又は当該組換え核酸が挿入された組換え発現ベクターを活性成分とする、体細胞の脱分化促進剤。
【請求項13】
幹細胞中のFibrillarin遺伝子の発現を抑制するか、又はFibrillarinの活性を抑制することを特徴とする、幹細胞の増殖抑制又は死滅化する方法。
【請求項14】
幹細胞を分化させる際に、未分化状態に残った幹細胞を不活化又は死滅させるための請求項13に記載の方法。
【請求項15】
幹細胞がES細胞である、請求項13又は14に記載の方法。
【請求項16】
幹細胞がiPS細胞である、請求項13又は14に記載の方法。
【請求項17】
Fibrillarin遺伝子の発現を抑制するか、又はFibrillarinの活性を抑制する作用を有する薬剤を活性成分とする、幹細胞の増殖抑制剤又は死滅剤。
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2009−72186(P2009−72186A)
【公開日】平成21年4月9日(2009.4.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−219693(P2008−219693)
【出願日】平成20年8月28日(2008.8.28)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成21年4月9日(2009.4.9)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年8月28日(2008.8.28)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]