説明

廃水中の低級アルコールの分解方法

【課題】高価な酸化剤である過酸化水素の使用を抑えつつ、湿式酸化法により低級アルコール類を十分に酸化分解処理することができる経済的に有利な方法を提供する。
【解決手段】低級アルコール類を含有する廃水を湿式酸化法により酸化分解処理する方法であって、酸化剤として空気を用いて該廃水を水熱反応条件に付す第1の湿式酸化処理工程と、次いで、酸化剤として過酸化水素を用いて該廃水を水熱反応条件に付す第2の湿式酸化処理工程とを包含する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、廃水中の低級アルコール、例えば、メタノール、エタノール、1−プロパノール、2−プロパノール、1−ブタノール、2−ブタノールなどを湿式酸化法により分解する方法に関する。このような廃水は、例えば、ジメチルテレフタレート、ポリエチレンテレフタレート等を製造する工場から排出されるものである。
【背景技術】
【0002】
内湾、湖沼等の閉鎖系水域における富栄養化の進行は大きな社会問題となっている。富栄養化現象の主要な要因のひとつとして、産業排水(各種プラント廃水、含油廃水、活性汚泥廃水など)または生活廃水(屎尿、下水、下水汚泥など)等に含まれる有機物が閉鎖系水域に流れ込むことが指摘されており、環境基準や排水基準の設定とともに、廃水中の有機物の除去技術の開発が進められている。
【0003】
これまで、廃水処理の方法として、廃水中の有機物を生物学的に分解する活性汚泥法が広く採用されてきた。しかしながら、産業廃水の種類によっては活性汚泥中の微生物にとっても毒性の有機物が含まれるため、活性汚泥法を採用することができない場合もある。
【0004】
活性汚泥法では処理後に多量の余剰汚泥が発生するが、通常、発生した余剰汚泥は焼却されるか埋め立てることにより処分されている。
【0005】
しかしながら、余剰汚泥は多量の水分を含むため焼却処分するには多量の燃料が必要とされる。また、近年においては最終埋立て場が不足しており、埋立処分費も高価になりつつある。
【0006】
このような背景から、廃水中の有機物を化学酸化によって分解する湿式酸化法と呼ばれる方法が研究されている。
【0007】
湿式酸化法は、液相状態を維持する高温高圧の条件下に、有機物を含む廃水に空気等の酸素含有ガスを吹き込むことにより、廃水中の有機物を酸化分解する方法である。
【0008】
湿式酸化法は、通常、反応温度150〜320℃、圧力1〜20MPaで運転され、各種産業廃水や生活廃水の処理に実用化されている。
【0009】
しかしながら、湿式酸化法によるとメタノール、エタノール、プロパノールなどの炭素数1〜3の低級アルコール類の酸化分解は困難であり、特に、メタノールを酸化分解するためには、340℃以上の反応温度が必要である。このように反応温度が高くなるに従って高い保持圧が必要となるので、反応塔および熱交換器の材質、および、空気圧縮機、原液供給ポンプ、圧力調節弁等の機器のコストが大きくなるという問題があった。
【0010】
上記の問題を解決するために白金等の貴金属触媒を使用した触媒湿式酸化法が報告されている(特許文献1)。この方法では、触媒としてルテニウム、白金、パラジウム等を含むものが記載されており、反応条件は、温度200〜270℃、圧力3〜7MPaである。
【0011】
しかしながら、この方法では、廃水によっては触媒の被毒や溶解による劣化が著しく、定期的な触媒の交換が必要となることおよび固定床が閉塞する等の運転上のトラブルが発生するという問題があった。
【0012】
一方、過酸化水素の強力な酸化力を利用して、比較的低温低圧下で廃水中の有機物を湿式酸化する方法も報告されている(特許文献2)。この方法では、下水汚泥のような廃水において、酸化剤として空気とともに過酸化水素水を供給することにより反応条件を緩和にしており、その反応条件は、温度100〜200℃、圧力0.3〜3MPaである。
【0013】
しかしながら、この方法では、有機物を分解するために必要とされる酸素量の約2/3を高価な過酸化水素でまかなう必要があり、経済的な難点があった。また、過酸化水素は比較的分解されやすい有機物を優先的に酸化分解する傾向にあるために、分解が困難な有機物は処理後も残留することが考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特開平7−232182号公報
【特許文献2】特表平9−512482号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、高価な酸化剤である過酸化水素の使用を抑えつつ、湿式酸化法により低級アルコール類を十分に酸化分解処理することができる経済的に有利な方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記課題を解決すべく、本発明者らは鋭意研究を重ね、その結果本発明を完成するに至った。すなわち、本発明の低級アルコール類を含有する廃水を湿式酸化法により酸化分解処理する方法は、酸化剤として空気を用いて該廃水を水熱反応条件に付す第1の湿式酸化処理工程と、次いで、酸化剤として過酸化水素を用いて該廃水を水熱反応条件に付す第2の湿式酸化処理工程とを包含する。
【0017】
過酸化水素は強い酸化力を有するが、廃水中の低級アルコール類を全て過酸化水素水で分解するには多量の過酸化水素水が必要であり、過酸化水素は高価であるため、廃水中の低級アルコールの全量を過酸化水素により分解するのは経済的に有利ではない。低級アルコール類のうち、プロパノールやブタノールなどは、空気による湿式酸化法でも90%近く分解することができることから、空気による湿式酸化と過酸化水素水による湿式酸化を組み合わせれば、過酸化水素の使用量を抑えても十分に低級アルコール類を分解することができる。
【0018】
前記第1の湿式酸化処理工程(以下、「第1工程」と称する場合もある)は、好ましくは200〜320℃、より好ましくは280〜320℃の温度、3〜15MPaの圧力で行われ、空気の供給量は、廃水の化学的酸素要求量(CODcr)に対して80〜200%とされる。
【0019】
第1工程では、廃水中に含まれる低級アルコール類のうちプロパノールやブタノール等の90%近くが反応温度300℃程度で分解され得るが、メタノール、エタノール等をこの温度で分解することは困難である。
【0020】
前記第2の湿式酸化処理工程(以下、「第2工程」と称する場合もある)は、好ましくは80〜250℃、より好ましくは150〜220℃の温度、好ましくは0.3〜6MPa、より好ましくは0.5〜2.4MPaの圧力で行われ、過酸化水素の供給量は、廃水の化学的酸素要求量(CODcr)に対して好ましくは100〜200%、より好ましくは100〜150%に相当する量とされる。
【0021】
第2工程では、第1工程で分解することが困難であるエタノール、メタノールおよび第1工程で残留した低級アルコール類を10mg/L以下に酸化分解する。第1工程を行うことによってCODは低減されているので、第2工程で供給されるべき過酸化水素の量を低減させることができる。しかし、第1工程でCODを多く分解するために必要以上に高温高圧な反応条件を選択すると、第1工程に必要な設備コスト、運転コストが大きくなり経済的な優位性が見込めなくなる。したがって、高圧高温の条件と過酸化水素のコストを見比べて最適値を選択する必要がある。処理対象の低級アルコールがメタノール、エタノール、1−プロパノール、2−プロパノール、1−ブタノール、2−ブタノールなどである場合、第1工程に最適な運転温度は280〜320℃である。
【発明の効果】
【0022】
本発明の廃水中の低級アルコール類を分解処理する方法は、酸化剤として空気を使用する第1の湿式酸化処理工程において、低級アルコール類のうち比較的分解しやすいプロパノール、ブタノール等を分解し、酸化剤として過酸化水素を使用する第2の湿式酸化処理工程において、分解が困難なメタノールやエタノールおよび第1の酸化処理工程で分解されずに残留した低級アルコール類を分解するので、過酸化水素の使用量を必要最小限にとどめつつ、かつ比較的低温度で低級アルコール類を10mg/L以下に低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】実施例において使用される反応装置を示す概略図である。
【図2】比較例1〜6の結果を示すグラフである。
【図3】空気による湿式酸化法のみによる模擬廃水のCODcrの分解状況の温度依存性を示すグラフである。
【図4】本発明の方法において、第2工程に供給される廃水を湿式酸化処理するために必要な過酸化水素の量を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明を具体的に説明するために、本発明の実施例を説明する。
【0025】
(実施例)
(反応装置)
本実施例において全般的に用いられる反応装置について説明する。
【0026】
図1は、本実施例において使用される反応装置(1)を示す概略図である。
【0027】
反応装置(1)は、反応容器(2)と、反応容器(2)を電気ヒータにより熱する電気炉(3)とを有している。
【0028】
反応容器(2)は、大径部(2a)と、大径部(2a)の一方の側面に同心状に接続された小径部(2b)とからなっており、その内部容量は全体で760mLであり、350℃の温度、25MPaの圧力に設定することが可能なハステロイ製の材質から構成されている。
【0029】
電気炉(3)は、その下面に設けられた複数のローラ(4)により前後に自由に移動することができるようになっている。電気炉(3)は後端閉塞状の筒状をなし、その前端開口から筒内部(3a)に反応容器(2)の小径部(2b)を収容し、加熱するようになっている。
【0030】
電気炉(3)後端の閉塞壁には、回転運動を往復運動に変換する駆動機構(5)が設けられている。駆動機構(5)は、モータ駆動により回転可能な円板部(5a)と、この円板部(5a)の外縁を電気炉(3)の閉塞壁に設けられた突部(3b)に連接するロッド(5b)とを有し、円板部(5a)の回転によってロッド(5b)が電気炉(3)を前後に振とうさせるようになっている。
【0031】
また、反応容器(2)内には、大径部(2a)から熱電対(6)が差し込まれ、反応容器(2)内の温度が検知されるようになっており、熱電対(6)が検知する反応容器(2)内の温度に基づいて電気炉(3)が制御される。また、反応容器(2)の大径部(2a)には、反応容器(2)内に必要な容量のガスを必要な圧力かつ必要な酸素供給率になるように導入するためのガス導入口が設けられている。
【0032】
(廃水)
本実施例においては、下記表1に示す低級アルコールを各濃度に希釈して含ませた水溶液を模擬廃水として使用した。
【0033】
【表1】

【0034】
(実施手順)
下記手順に従って実施した。
【0035】
(1)反応容器(2)に模擬廃水と空気を充填した。空気および廃水の充填量は、所定の反応温度において所定の圧力になるように、および模擬廃水のCODに対して所定の酸素供給率になるように計算して決定した。
【0036】
(2)反応容器(2)の小径部(2b)を電気炉(3)の筒内部(3a)に収容して昇温を開始させる。昇温中、廃水と空気がよく混合するように、反応容器(3)を振とうした。
【0037】
(3)器内温度が目的温度に達した(40〜50分間)後、振とうを続けながら一定時間保持した(保持時間=反応時間)。
【0038】
(4)反応終了後、反応容器(2)を電気炉(3)から取り外し、冷水で急速に冷却した。
【0039】
(5)反応容器(2)に過酸化水素水を加えた。過酸化水素および廃水の充填量は、所定の反応温度において所定の圧力になるように、および模擬廃水のCODに対して所定の酸素供給率になるように計算して決定した。
【0040】
(6)上記(2)〜(4)と同じ操作を、過酸化水素を加えた反応液について繰り返した。
【0041】
(7)反応容器(2)から反応液を回収して、その成分を分析した。
【0042】
(実施例1)
下記表2に実施例1の実験条件を示し、表3に実施例1の結果を示す。
【0043】
【表2】

【0044】
【表3】

【0045】
表3に示すように、第1工程では、エタノール、1−プロパノールについては90%程度分解することができたが、メタノールについては、70%程度しか分解することができなかった。反応温度300℃の条件でも、メタノール、エタノール等は残留していることが分かる。
【0046】
第2工程では、反応温度が200℃と低いにもかかわらず、全ての低級アルコール濃度を10mg/L以下に低減することができた。
【0047】
空気による湿式酸化法によると、低級アルコール類を10mg/L以下に分解するためには340℃以上の高温度が必要とされるのに対して、空気による湿式酸化法(第1工程)に過酸化水素水による湿式酸化法(第2工程)を組み合わせることによって、比較的低温度でしかも少ない過酸化水素水の量で低級アルコール類を分解することができることが分かった。
【0048】
(実施例2〜5)
温度、圧力等の条件を種々変更して実施例1と同様にして2工程の湿式酸化分解処理を行った。用いた反応装置および模擬廃液は実施例1と同じである。反応条件を下記表4に示し、その結果を表5に示す。
【0049】
【表4】

【0050】
【表5】

【0051】
表5に示すように、第1工程に続いてその反応液を原料として第2工程を行うと、何れの反応液においても各アルコール分を10mg/L以下に低減させることができた。
【0052】
第1工程を260℃で行った実施例2では、50%過酸化水素量が56.1g/L必要であったのに対して、第1工程を320℃で行った実施例5では、50%過酸化水素水量は10.7g/Lで済むことが分かった。
【0053】
(比較例1〜6:空気による湿式酸化)
比較例1〜6では、空気のみを用いて低級アルコール類の湿式酸化分解を行った。反応装置は、実施例1と同じものを用い、廃水も実施例1と同じ模擬廃水を用いた。下記表6に反応条件を示し、結果を表7および図2に示す。
【0054】
【表6】

【0055】
【表7】

【0056】
比較例1〜6のような空気のみによる湿式酸化法では、反応温度300℃付近でメタノール、エタノール、1−プロパノール等の低級アルコール類の濃度を大幅に低減させることができるものの、これら4種の低級アルコール類の全部を10mg/L以下の濃度にまで分解するためには、反応温度340℃、圧力19MPa以上の高温高圧条件が必要とされることが分かった。
【0057】
(比較例7〜10:過酸化水素のみによる湿式酸化)
比較例7〜10では、過酸化水素のみを用いて湿式酸化により低級アルコール類を分解した。反応装置は、実施例1と同じものを用い、廃水も実施例1と同じ模擬廃水を用いた。下記表8に反応条件を示し、表9に結果を示す。
【0058】
【表8】

【0059】
【表9】

【0060】
表9に示すように、比較例7〜10では、反応温度200℃で、メタノール、エタノール、1−プロパノール、1−ブタノールなどの低級アルコール類の濃度を10mg/L以下に分解できることが分かった。
【0061】
次に、廃水中の低級アルコール類の湿式酸化法による処理方法において、酸化剤として空気による処理と過酸化水素による処理の2工程を組み合わせて行ったことにより得られる効果についてさらに説明する。
【0062】
図3には、空気による湿式酸化法のみによる模擬廃水のCODcrの分解状況の温度依存性が示されている。
【0063】
図4には、空気を酸化剤として用いて湿式酸化処理(第1工程)した後の処理水を、次いで、過酸化水素水を酸化剤として用いて湿式酸化処理する(第2工程)方法において、第2工程に供給される廃水を湿式酸化処理するために必要な過酸化水素の量が示されている。
【0064】
図3に示されるように、空気のみによる湿式酸化法では、反応温度が300℃付近である場合に顕著にCODcrを低減させることができることが分かる。したがって、図4から分かるように、第1工程を行った後の処理水を、第2工程で過酸化水素水を用いて湿式酸化処理するときに必要とされる過酸化水素水の量は、300℃付近で顕著に少なくなることが分かる。第1工程を行わなかった場合、必要とされる50%過酸化水素水の量は、廃水に対して約11%必要である。これに対して、第1工程を300℃の反応温度で行えば、空気による湿式酸化分解により必要な過酸化水素水の量は2%以下に削減することができる。
【符号の説明】
【0065】
1 反応装置
2 反応容器
2a 大径部
2b 小径部
3 電気炉
3a 筒内部
3b 突部
4 ローラ
5 駆動機構
5a 円板部
5b ロッド

【特許請求の範囲】
【請求項1】
低級アルコール類を含有する廃水を湿式酸化法により酸化分解処理する方法であって、
酸化剤として空気を用いて該廃水を水熱反応条件に付す第1の湿式酸化処理工程と、
次いで、酸化剤として過酸化水素を用いて該廃水を水熱反応条件に付す第2の湿式酸化処理工程と
を包含する方法。
【請求項2】
前記第1の湿式酸化処理工程は、200〜320℃の温度、3〜15MPaの圧力で行われ、空気の供給量は、廃水の化学的酸素要求量(CODcr)に対して80〜200%に相当する量である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記第1の湿式酸化処理工程の反応温度は280℃以上である、請求項2記載の方法。
【請求項4】
前記第2の湿式酸化処理工程は、80〜250℃の温度、0.3〜6MPaの圧力で行われ、過酸化水素の供給量は、廃水の化学的酸素要求量(CODcr)に対して100〜200%に相当する量である、請求項1〜3のいずれか1つに記載の方法。
【請求項5】
前記第2の湿式酸化処理工程の反応温度は150〜220℃であり、圧力は0.5〜2.4MPaであり、過酸化水素の供給量は、廃水の化学的酸素要求量(CODcr)に対して150%以下に相当する量である、請求項4に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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