説明

弱毒化ポリオウイルス

本発明は、ポリオウイルスゲノムの5'非コード領域のドメインVのステム(a)又は(b)中に塩基対ミスマッチがなく、ステム(a)及び(b)中の少なくとも7つの塩基対はU-A又はA-U塩基対であることを特徴とする、弱毒化ポリオウイルスを提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、弱毒化ポリオウイルス、その調製、及びこれを含むワクチンに関する。さらに詳しくは本発明は、そのゲノム中への規定された変異の導入により弱毒化され遺伝的に安定化されたポリオウイルスに関する。これらのポリオウイルスは、不活性化ポリオワクチンシード(seed)として特に有用である。
【背景技術】
【0002】
1950年代にSabinにより開発された生弱毒化ポリオウイルスワクチンは、世界中で広く使用されている。3つのポリオウイルス血清型(Sabin 1型、2型、及び3型として知られている)のそれぞれから得られるワクチン株は、野生型ウイルスを細胞培養と動物で弱毒化株が得られるまで継代することにより調製された。これらの弱毒化ウイルスは実質的に、元々の野生型株よりヒトで灰白髄炎を起こす可能性が低い。これらは経口投与されると、消化管中で複製して防御的免疫応答を誘導する。
【0003】
生の経口ポリオウイルスワクチンは一般的に安全であると考えられているが、その使用はワクチン受容者に低頻度で麻痺を引き起こす。これはほとんどの場合2型と3型血清型が関連しており、あるとしても1型では希である。従って安全性において優れた1型株と少なくとも匹敵するように改良された2型と3型ワクチンを開発する試みがなされている。
【0004】
Sabinワクチン株は、基本的に経験的方法により開発された。ワクチン株の弱毒化の遺伝的基礎は完全には理解されていない。しかし過去数年にわたって科学者たちは、これらのワクチン株の神経毒性を低減させる機構を解明するためにいくつかの分子生物学的方法を用いてきた。研究の多くは血清型1と3に集中している。これらの両方について、ワクチン株の完全なヌクレオチド配列が、その神経毒性前駆体のヌクレオチド配列と比較されている。
【0005】
ポリオウイルス1型の場合、ワクチン株は7441塩基ゲノム中の47の位置でその前駆体とは異なる(Nomotoら, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 79:5793-5797, 1982)。これらのすべては単純な点突然変異であり、そのうち21はウイルスにコードされたタンパク質中のアミノ酸の変化を引き起こす。ワクチン株の弱毒化表現型にいくつかの変異が寄与すると考えられているが、ゲノムの5'非コード領域中の480位のA-G変異がウイルスに対して顕著な弱毒化作用を有するという直接的証拠が提示されている(Nomotoら, UCLA Symp. Mol. Cell. Biol., New Series, 54 (編 M.A. Brinton and R.R. Rueckert):437-452, New York: Alan R. Liss Inc., 1987)。
【0006】
ポリオウイルス3型についての同様の研究は、ワクチンとその前駆株の間の7432塩基ゲノム中の丁度10個のヌクレオチド配列の差を明らかにしている(Stanwayら, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 81:1539-1543, 1984)。これらのうちの丁度3つが、ウイルスにコードされるタンパク質中のアミノ酸置換を引き起こす。本明細書において3型ポリオウイルスのゲノムの5'非コード領域は、Stanwayら, 1984のナンバリングシステムに従って番号付けされる。
【0007】
3型Sabinワクチン株とその前駆株の間の規定された組み換え体の構築は、弱毒化表現型に寄与する変異の同定を可能にした。これらの1つは2034位における変異であり、ウイルスタンパク質VP3中でセリンからフェニルアラニンへの変化を引き起こす。
【0008】
目的の他の変異は、ゲノムの5'非コード領域中の472位のC(前駆体)からU(ワクチン株)への変異である。この472U変異は、ヒト消化管中でウイルスが複製されると急速に前駆体(野生型)472Cに復帰変異することが観察されている(Evansら, Nature 314:548-550, 1985)。この復帰変異は神経毒性の上昇を引き起こす。472位のCはまた、マウス脳中のマウス/ヒトポリオ組換えウイルスの増殖に必須であることが証明されている(La Monicaら, J. Virol. 57:515-525, 1986)。さらに最近では、ワクチン受容者の消化管中のウイルスの複製により、ポリオウイルス2型の481位でAがGに変化することが観察されている(Macadamら, Virology 181:451-458, 1991)。
【0009】
ポリオウイルス3型Leon株のゲノムの5'非コード領域の二次構造モデルは以前に提唱されている(Skinnerら, J. Mol. Biol. 207:379-392, 1989)。ドメインV(ヌクレオチド471〜538)について471〜473位及び477〜483位の塩基は、それぞれ以下のように538〜536位と534〜528位に対合する:

便宜上、対合した領域をステム(a)(471〜473/538〜536)及びステム(b)(477〜483/534〜528)と呼ぶ。以前に、本発明者らは、塩基対472〜537が逆転した(すなわち472Gと537C)3型ポリオウイルスが弱毒化していることを見出した。さらにこの弱毒化ウイルスは、対応するポリオウイルス(これは472位におけるCからGへの変異を有するのみであり、537位で野生型のGを保持した)よりわずかに低いLD50を有した。ドメインVのステム(a)又はステム(b)のある塩基対が逆転している弱毒化ポリオウイルスは、EP-A-0383433号に開示されている。しかし以後の実験は、472〜537塩基対が逆転している3型ポリオウイルスが3型Sabinワクチン株ほどは弱毒化していないことを示した。
【0010】
また、本発明者らは以前に、Sabinワクチン株と実質的に同程度の弱毒性又はより弱毒性(従って使用するのに安全である)であるが遺伝的には大幅に安定な弱毒化ポリオウイルスの産生を報告した。これらの弱毒化ポリオウイルスは、ポリオウイルスゲノムの5'非コード領域のドメインVのステム(a)又は(b)において、U-G塩基対又は他の塩基対ミスマッチを有しない。(Watson-Crick塩基対合からの逸脱はミスマッチと見なされる)。さらに詳しくは本発明者らは、以下のU-A塩基対を含有した3型ポリオウイルスを調製した:
(a) S15:472-537でU-A、480-531でU-A、及び481-530でU-A、又は
(b) S16:472-537でU-A、480-531でU-A、及び482-529でA-U。
【0011】
Sabin 3の神経毒性変種が迅速に選択される条件下で、これらのポリオウイルスの弱毒化表現型は安定であった(WO98/41619号)。
【0012】
世界的なポリオ撲滅計画の成功の結果として、ワクチン由来株に起因する症例の比率が劇的に増加し、生ウイルスワクチン接種が無くなるまで続くであろう。部分的にはこれに起因して、多くの先進国はすでに不活性化ポリオワクチン(IPV)に変更しているが、これらは現在野生型株から産生されている。野生型ポリオが撲滅される時、野生型株は高レベルの生物学的封じ込めを必要とし、これはIPVに必要な生産規模と調和させることが容易ではなく、IPV製造のための弱毒化ワクチン株の使用を魅力的なものにしているが、野生型にも弱毒化株にも最終的には同じ封じ込め問題があると言われている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】EP-A-0383433号
【特許文献2】WO98/41619号
【非特許文献】
【0014】
【非特許文献1】Nomotoら, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 79:5793-5797, 1982
【非特許文献2】Nomotoら, UCLA Symp. Mol. Cell. Biol., New Series, 54 (編 M.A. Brinton and R.R. Rueckert):437-452, New York: Alan R. Liss Inc., 1987
【非特許文献3】Stanwayら, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 81:1539-1543, 1984
【非特許文献4】Evansら, Nature 314:548-550, 1985
【非特許文献5】La Monicaら, J. Virol. 57:515-525, 1986
【非特許文献6】Macadamら, Virology 181:451-458, 1991
【非特許文献7】Skinnerら, J. Mol. Biol. 207:379-392, 1989。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
ワクチン生産施設で遭遇する可能性のある暴露レベルでヒトに対して非感染性であるポリオウイルス株に対するニーズが依然としてある。これは環境への拡散可能性を大きく低下させ、生ウイルスワクチン接種が無くなった後でさえ、拡散の結果は無視できるであろう。かかる株は、ワクチン製造業者にとって許容できる封じ込めレベル下で増殖され得る。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、現在のIPVシードの安全性と封じ込め問題を解決するポリオウイルス株を設計し構築した。これらの株は、33℃の細胞培養でSabin株の力価と同様に高い力価まで増殖したが、37℃での感染性は大幅に低下し、ある事例では100万倍以上の低下があった。この3型株は完全に弱毒化されているようであり、マウスの50%を麻痺させるのに必要なSabin 3の用量より5,000倍高い用量でTgPVRマウスに髄腔内接種しても、全く臨床症状を引き起こさなかった。これらの株はまた、5'非コード領域のドメインV中のRNA二次構造の操作を含むアプローチを使用して、遺伝的に安定となるように設計されている。これらの株でカプシドタンパク質の配列は変化しておらず、従って不活性化調製物の免疫原性は損なわれていないと予測される。
【0017】
従って本発明は、ポリオウイルスゲノムの5'非コード領域のドメインVのステム(a)又は(b)中にU-G塩基対又は塩基対ミスマッチがなく、かつステム(a)及び(b)中の少なくとも7つの塩基対はU-A又はA-U塩基対であることを特徴とする、弱毒化ポリオウイルスを提供する。好ましくはステム(b)中の少なくとも5つの塩基対はU-A又はA-U塩基対である。ポリオウイルスは、1型、2型、又は3型ポリオウイルスであり得る。ポリオウイルスのゲノムの5'非コード領域が位置472-537、位置478-533、位置480-531、及び位置481-530にU-A塩基対を含有する弱毒化3型ポリオウイルスが好適である。特に好適なのは、位置482-529もしくは位置477-534、又はこれらの両方にA-U塩基対をさらに含有する弱毒化ポリオウイルスである。「弱毒化された」とは、関連するSabinワクチン株の前駆体(各株にはその前駆体がある)である野生型ポリオウイルスと比較して、及び関連するSabinワクチン株と比較して、弱毒化されていることを意味する。全体としてウイルスは、ヒトに非感染性であるように充分に弱毒化されたものでなければならない。
【0018】
本発明はまた以下を提供する:
− 不活性化されている本発明のポリオウイルス、
− ワクチン用の本発明のポリオウイルス、
− 本発明のポリオウイルスと製薬上許容される担体又は希釈剤とを含むワクチン、
− 不活性化ポリオワクチンシードとしての本発明のポリオウイルスの使用、及び
− 不活性化ポリオワクチンを調製する方法であって、
(i)本発明の弱毒化ポリオウイルスを増殖させ、
(ii)該ポリオウイルスを不活性化させ、そして
(iii)該不活性化ポリオウイルスを製薬上許容される担体又は希釈剤と配合することを含んでなる前記方法。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】図1は、3型Sabin株のドメインV(ヌクレオチド471〜538)の予測されるRNA二次構造を示す。471〜473及び536〜538の塩基対形成ステム領域がステム(a)であり、477〜483及び528〜534の塩基対合ステム領域がステム(b)である。
【図2】図2は、各タイプのポリオウイルスのSabinワクチン株のドメインVのステム(a)とステム(b)の配列である。3型ポリオウイルスのドメインVは位置471-538に広がっている。2型又は1型ポリオウイルスのドメインVは位置468-535に広がっている。
【図3】図3は、S15と呼ばれる従来技術の弱毒化ポリオウイルス株のドメインV(ヌクレオチド471〜538)の予測されるRNA二次構造を示す。
【図4】図4は、S17と命名した本発明の弱毒化株のドメインV(ヌクレオチド471〜538)の予測されるRNA二次構造を示す。
【図5】図5は、S18と命名した本発明の弱毒化株のドメインV(ヌクレオチド471〜538)の予測されるRNA二次構造を示す。
【図6】図6は、S19と命名した本発明の弱毒化株のドメインV(ヌクレオチド471〜538)の予測されるRNA二次構造を示す。
【図7】図7は、ポリオウイルス株のSabin 3、S15、S17、及びS18を使用した温度感受性試験の結果を示す。L20B、Vero、及びHep2C細胞中で増殖させたときの、33℃でのプラーク数と比較したプラーク数の低下を温度の関数として示す。
【図8】図8は、HEp2C細胞で33℃で増殖させたときのSabin 3(S3)、S15、S17、及びS18の1工程増殖曲線を示す。TCID50: 組織培養50%感染性用量。
【図9】図9は、異なる細胞株で継代したときのSabin 3中の472Uの安定性を示す。Sabin 3は37℃で異なる細胞で10回継代した。次に472C含量をPCRと制限エンドヌクレアーゼ消化(MAPREC)により測定した。記号の◆はL20B細胞を、●はVero細胞を、▲はMRC-5細胞を表す。L20B細胞は、ヒトポリオウイルス受容体を発現するマウスL細胞である。Vero細胞とMRC-5細胞はワクチン産生のために使用される。
【図10】図10は、異なる細胞株で継代したときのSabin 2とSabin 1のドメインVの弱毒化変異の安定性を示す。ウイルスは異なる細胞中で37℃で10回継代し、次に変異体比率をPCRと制限エンドヌクレアーゼ消化(MAPREC)により測定した。(A)L20B細胞(▲)とVero細胞(■)で継代中のSabin 2中のヌクレオチド481における変異。(B)ヌクレオチド480又は525(▲)及びヌクレオチド476(■)でのVero細胞で継代中のSabin 1の変異。(C)ヌクレオチド480又は525(▲)及びヌクレオチド476(■)でのL20B細胞で継代中のSabin 1の変異。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明は、そのゲノムの5'非コード領域のドメインVのステム(a)又は(b)中に塩基対ミスマッチを持たない弱毒化ポリオウイルスであって、ステム(a)と(b)中の少なくとも7つの塩基対がU-A又はA-U塩基対であるポリオウイルスを提供する。好ましくはステム(b)中の少なくとも5、例えば6又は7つの塩基対はU-A又はA-U塩基対である。好ましくはステム(a)中の少なくとも2つの塩基対はU-A又はA-U塩基対であり、例えばステム(a)中の3つの塩基対はU-A又はA-U塩基対である。
【0021】
本発明の弱毒化ポリオウイルスは、ドメインVのステム(a)と(b)が、1型Sabinワクチン株中にU-G塩基対、又は他の塩基対ミスマッチ(例えばU-Uミスマッチ)を有しないように改変されている。好ましくはステム(c)と(d)もまた、U-G塩基対又は他の塩基対ミスマッチを有しない。対のミスマッチの代わりに、別のA-U又はU-A塩基対が提供される。すなわち3型ポリオウイルスのドメインVの位置472-537及び位置480-531、及び2型ポリオウイルスの位置527-478にはU-A塩基対が好ましくは存在し、U-G塩基対を置き換えている(図2を参照)。
【0022】
さらにドメインVのステム(a)及び/又は(b)は、2つ以上のG-C又はC-G塩基対をA-U又はU-A塩基対で置き換えるように改変されている。Sabin 3のステム(b)には、位置477-534と位置478-533にC-G塩基対が有り、位置481-530と位置482-529にはG-C塩基対が有る。これらの塩基対の2、3、又は4つは、U-A、A-U、又はA-UとU-A塩基対の混合物で置き換えられる。ステム(a)はまた、位置473-536のC-G塩基対をA-U又はU-A塩基対、好ましくはA-U塩基対で置き換えるように改変されていてもよい。
【0023】
ある実施形態において本発明の弱毒化ポリオウイルスは、ステム(a)の位置472-537、及びステム(b)の位置478-533、位置480-531、及び位置481-530にU-A塩基対が存在するポリオウイルス3型の5'非コード領域のドメインVを含む。ステム(b)の位置482-529及び/又はステム(b)の位置477-534にさらにA-U塩基対が存在してもよい。
【0024】
1型及び2型ポリオウイルスは、それぞれ野生型神経毒性の1型及び2型ポリオウイルスのステム(a)と(b)の配列から誘導することができる。すべての株は好ましくはSabinである。あるいは本発明の3型ポリオウイルスからのドメインV全体は、1型又は2型ポリオウイルスからのドメインV全体を置き換えてもよい。例えば本発明の3型ポリオウイルスからの5'非コード領域全体は、1型又は2型ポリオウイルスからの5'非コード領域全体を置換してもよい。
【0025】
本発明のポリオウイルス中の変異はウイルスの病原性を弱め、既存の生弱毒化ワクチンウイルス株を遺伝的に安定化し、そのことによりこれらを病原性に復帰変異しにくくしている。また、これらの変異により、該ウイルスは、不活性化ポリオワクチンを製造するのに使用される野生型ウイルスに必要な封じ込めレベル、及び不活性化ポリオワクチン製造のための既存の弱毒化Sabin株を増殖させるのに必要な封じ込めレベルより低い封じ込めレベルで安全に製造できるウイルスとなる。
【0026】
前記記載のいずれかの弱毒化ポリオウイルスは不活性化されたものであり得る。
【0027】
本発明は、本発明の弱毒化ポリオウイルスの調製法であって、
(i)ポリオウイルスゲノムのDNAコピーの、変異させたいと望む1つのまたは各々の位置を含むサブクローニングされた領域中に、当該または各々の変異を部位特異的突然変異誘発により導入し、
(ii)上記のように改変された領域を、当該領域が由来する完全なコピーDNA中に再導入し、そして
(iii)こうして得られたコピーDNAから生ウイルスを得る、ことを含んでなる前記方法を提供する。
【0028】
こうしてポリオウイルスのゲノムRNAに対応するコピーDNAの部位特異的突然変異誘発により、変異をポリオウイルスの株(通常Sabin株)に導入することができる。これは、ポリオウイルスゲノムの感染性DNAコピーからの適切な領域を、M13のようなバクテリオファージの1本鎖DNA中にサブクローン化することにより行われる。
【0029】
当該または各々の変異の導入後、改変されたサブクローン化コピーDNAは、これらが由来する完全なコピーDNA中に再導入される。典型的にはin vitroで転写を指令するためにT7プロモーターを使用してプラスセンスRNAを産生することにより、変異した完全長コピーDNAから生ウイルスが回収される(Van der Werfら, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 83:2330-2334, 1986)。
【0030】
回収されたRNAは標準的方法を使用して組織培養に適用することができる(Koch, Curr. Top. Microbiol. Immunol. 61:89-138, 1973)。2〜3日間のインキュベーション後、組織培養物の上清からウイルスを回収することができる。次に改変ウイルスの神経毒性レベル従って弱毒化レベルは、マウスでの標準的LD50試験又はサルでの上記のWHO認可ワクチン安全性試験を使用して、非改変ウイルスのレベルと比較される。
【0031】
ドメインVの弱体化による弱毒化は、BGM細胞中(Macadamら, Virology 181:451-458, 1991)、又はL20B細胞(Macadamら, Virology 189:415-422, 1992中でCM-1について記載されたように)の温度感受性とほぼ相関することが証明されている。従って改変ウイルスの温度感受性は、予測される弱毒化レベルを測定するための予備的スクリーンとして測定することができる。これは、プラーク形成単位(pfu)の数が、例えば同じ細胞で33℃又は35℃で得られる数より10倍(1.0 log10)低下している温度(T)として表すことができる。Tの値が小さいほど、弱毒化の程度が大きい。
【0032】
弱毒化ポリオウイルスは生ワクチンとして使用することができる。従ってこれらは、製薬上許容される担体又は希釈剤をさらに含む医薬組成物として調製される。生ワクチン調製物で慣用的に使用される任意の担体又は希釈剤が使用される。例えば弱毒化ポリオウイルスは、1M MgCl2水溶液中で安定化され、3つの血清型の混合物として投与することができる。
【0033】
すなわち弱毒化ポリオウイルスは、ヒト患者の灰白髄炎を予防するのに使用することができる。この目的のためにこれらは、経口的に、鼻スプレーとして、又は非経口的に、例えば皮下もしくは筋肉内注射により投与される。従来のSabinワクチン株について投与される量に対応する用量(例えば104〜106 TCID50)が投与され得る。
【0034】
弱毒化ポリオウイルスは不活性化ポリオワクチン(IPV)シードとして使用され得る。従って本発明は、本発明の不活性化弱毒化ポリオウイルスと、不活性化ポリオワクチン(IPV)シードとしての本発明のポリオウイルスの使用とを提供する。また本発明は、不活性化ポリオワクチンを調製する方法であって、
(i)本発明の弱毒化ポリオウイルスを増殖させ、
(ii)該ポリオウイルスを不活性化させ、そして
(iii)該不活性化ポリオウイルスを製薬上許容される担体又は希釈剤を用いて調製する、ことを含んでなる方法を提供する。
【0035】
ポリオウイルスは任意の適当な方法により不活性化され得る。典型的には現在使用されているIVP中の野生型ポリオウイルスを不活性化するのに使用される方法が使用される。例えばポリオウイルスはホルムアルデヒド処理により不活性化され得る。
【0036】
本発明の弱毒化ポリオウイルス株は不活性化され、製薬上許容される担体又は希釈剤と組合わされ得る。不活性化ウイルス調製物(例えばIPV調製物)で使用される任意の担体又は希釈剤が使用され得る。IPV調製物は、不活性化1型、2型、及び3型ポリオウイルスを含んでよい。
【0037】
従って本発明の弱毒化不活性化ポリオウイルスは、ヒト患者で灰白髄炎に対してワクチン接種するのに使用することができる。この目的のためにこれらは、任意の適当な経路により、例えば非経口的に、投与され得る。非経口投与は、皮下又は筋肉内注射によるものであり得る。従来のIPVについて投与される量に対応する用量(例えば8〜40 D抗原単位)が投与され得る。
【実施例】
【0038】
以下の例は本発明を例示する。
【0039】
部位特異的突然変異体の構築と回収
S15、S17、S18、及びS19は、3型経口ポリオワクチン株Sabin 3の誘導体である。Sabin 3 cDNAクローンの誘導とS15の構築は既に記載されている(Westropら, J. Virol. 63:1338-1344, 1989, WO98/419619号)。変異ヌクレオチドは図3〜図6で太字で示し、それ以外は配列はSabin 3と同じである。C-G塩基対がU-A又はA-U塩基対に置き換わると、ドメインVの熱力学的安定性は次第に低下する、単一の変異でも関連する塩基対を弱体化させるため、すべてのU-G塩基対の除去は構造を遺伝的に安定にする。構造を強化するには2つの同時変異が必要になる。なぜならば、U-A塩基対をC-G(又はG-C)塩基対に変化させることによってのみ構造を強化することができるからである。
【0040】
ウイルスは標準的方法により構築され回収される。さらに詳しくはS17、S18、及びS19は、PCR突然変異誘発により構築した。各プラスミドについてSabin 3の5'非コード領域の3つの断片を、ヌクレオチド(a)31〜50と471〜489、(b)471〜489と522〜540、及び(c)522〜540と755〜778に位置する必要な配列変化を有するプライマー(図4〜6に示す)を使用して、PCRにより増幅した。3つの重複断片(a)〜(c)をゲル精製し、混合し、外部プライマーを用いて再度増幅し、次に変異5'非コード領域を含む747bp断片をPCR2.1(Invitrogen)中にクローン化し配列決定した。正しい配列を有するMluI-SacI(279〜751)断片を、SacI-SacI(751〜1900)断片が欠如したSabin 3クローンに連結した。部分的SacI/SmaI(2768)断片の付加により完全長感染性クローンを作成した。
【0041】
Sabin 3の神経毒性変種を迅速に選択する条件下で、ポリオウイルス株S15とS16の弱毒化表現型は安定であった(WO98/41619号)。3つの血清型の遺伝的に安定な株を作成するために、Sabin 1の5'非コード領域全体をS15株のもので正確に置き換えてS15/1を作成し、Sabin 2の5'非コード領域全体をS15株のもので正確に置き換えてS15/2を作成した。
【0042】
さらに詳しくは、S15/1を作成するためにS15の5'非コード領域を、PCR突然変異誘発によりSabin 1のコード領域上に正確にスプライスした。Sabin 1クローンpT7/S1Fのコード領域の開始部分をPCRにより増幅し、SacIとAatIIにより消化し、ゲル精製した。プラスミドpT7/S15をEcoRIとSacIにより消化し、T7プロモーターとゲノムの最初の751ヌクレオチドとを含有する0.78kbの断片をゲル精製した。これらの断片をEcoRI-AatII消化したpT7/S1Fに共に連結して、完全長プラスミドクローンpT7/S15/1(これは、ゲノムの最初の1,200ヌクレオチドの配列決定により証明されるように、S15の'NCR全体ならびにSabin 1の3'NCRおよびコード領域を含有した)を作成した。突然変異誘発法の結果として、Sabin 1と比較してpT7/S15/1のコード領域の第2のコドン中にサイレントT→A変化を導入した。
【0043】
S15/2を作成するために、T7/S15の5'非コード領域を重複PCRによりSabin 2のコード領域上に正確にスプライスした。pT7/S15の5'NCRとSabin 2クローンpS2のコード領域の開始部分とを増幅した、これらの重複断片をゲル精製し、混合し、外部プライマーNP7とAM13とを用いて再度増幅した、生じた断片をNotIとSacIとで消化し、ゲル精製し、NotI-SacI消化したpS2に連結して、完全長プラスミドクローンpT7/S15/2(これは、ゲノムの最初の1,500ヌクレオチドの配列決定により証明されるように、S15の5'NCR全体ならびにSabin 2の3'NCRおよびコード領域を含有した)を作成した。交換された5'非コード領域以外に、Sabin 2配列には変異は導入されなかった。
【0044】
ポリオワクチン株Sabin 1(S18/1)とSabin 2(S18/2)からの配列を含む2つのさらなるS18株も構築した。S18/1は、T7プロモーターとゲノムの最初の751ヌクレオチドとを含有するS18の0.78kbのEcoRI-SacI断片をS15/1中にスワップして組込むことにより作成した。S18/1はSabin 1のコード領域と3'非コード領域上に正確にスプライスされたS18の5'非コード領域を含む。S18/2を作成するために、S18のMluI-BamHI(674)断片をS15/2のサブクローン中にスワップして組込み、次にS15/2中のユニークなMluI部位とSacI(1318)部位を使用して完全長クローンを作成した。S18/2はSabin 2のコード領域と3'非コード領域上に正確にスプライスされたS18の5'非コード領域を含む。
【0045】
ウイルスは、≧2μgのT7転写産物を用いてHEp2C単層のトランスフェクション(Van der Werfら, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 83:2330-2334, 1986)、およびそれに続く33℃で24〜48時間(この時までに完全な細胞変性作用が現れた)のインキュベーションにより回収した。すべての変異体の5'非コード領域の配列を、RNA抽出とRT-PCR後に確認した。
【0046】
温度感受性
本発明者らは以前に、5'非コード領域のRNAドメインVのみが異なる遺伝的に確定したポリオウイルス株について、増殖の温度感受性が折り畳まれたRNAの予測される安定性と定量的に関連することを示した(Macadamら, Virology 189:415-22, 1992)。
【0047】
温度感受性アッセイは、L20B、Hep2C、及びVero細胞を使用して、上記刊行物に記載されたように行った。簡単に説明するとウイルスを異なる温度でプラーク形成によりアッセイした。これらは、温度変動が<0.01℃の水浴中に沈めた密封したプラスチック箱内の接種した細胞培養プレートのインキュベーションにより制御した。図7のグラフは、3つの異なる細胞株において温度の関数として33℃と比較したプラークの数の低下を示す曲線である。
【0048】
結果は、ドメインV のRNA 二次構造の弱体化が、試験したすべての細胞株でヒトの体温で複製するウイルスの能力に対して大きな影響を与えることを示す。L20B細胞については、5×105の感染性単位を含有する接種物を使用しても、37℃ではS18で複製の証拠は全くなかった。
【0049】
1工程増殖曲線
多重HEp2C細胞シートを、感染多重度10の異なるウイルスで同時に感染させ、33℃にて異なる時間インキュベートし、次に-70℃で凍結して採取した。細胞溶解物中のウイルス力価を標準的方法(33℃)により測定した。複製動力学とウイルス収率は、どのウイルスでも大きく異なることはなかった。結果を図8に示す。
【0050】
弱毒化表現型
過去15年間にわたって、ポリオウイルスの病原性を評価するためのヒトポリオウイルス受容体を発現するトランスジェニックマウスの使用が確立され、有効性が確認されている。
【0051】
ポリオウイルス受容体を発現するトランスジェニックマウス(TgPVRマウス)の髄腔内接種は、ウイルスの複製が神経喪失と麻痺の明瞭な臨床症状を引き起こすため、in vivoの感染性を測定するための高感度の方法である。この接種経路を使用してマウスの50%を麻痺させるには、通常10未満のPFUの野生型ウイルスで充分である(Chumakovら, Dev. Biol. (Basel) 105:171-177, 2001)。ここで本発明者らは、ウイルスS15、S17、S18、及びS19の感染性を評価するために、3型株に特に感受性であるTg66-CBA株のマウスを使用した。
【0052】
Sabin 3、S15、S17、及びS18ウイルスを、感度の異なる2つの経路(筋肉内経路と髄腔内経路)により測定した。これらのウイルスを使用した最初の結果を表1に示す。両方のセットの初期実験は、S17とS18が、現行の3型ワクチン株やS15より弱毒化(病原性が低い)されていることを証明した。S18は完全に弱毒化されているようであり、Sabin 3のPD50より3,000×以上高い用量でマウスに髄腔内接種しても、全く臨床症状を引き起こさなかった。
【0053】
Sabin 1、Sabin 2、Sabin 3、S15、S17、S18、S19、S18/1、及びS18/2を使用するさらなる試験を、髄腔内経路を使用して行った。これらの試験の結果を表2に示す。これらの試験でS15株はSabin 3とは区別できなかった(表1)。S17の結果は、1つの余分のC-GからU-A塩基対への交換がPD50を3000倍以上上昇させることを示した。S18とS19はS17と比較して1つ及び2つ多いC-GからU-A(又はA-U)交換を有し、Sabin 3のPD50よりほぼ100,000倍高い用量でも完全に弱毒化されたようである。
【0054】
単に5'非コード領域交換の結果として、S18/1のPD50はSabin 1のそれより100万倍以上高かった(表2)。S18/1のデータは、2つの追加のC-G又はU-A塩基対交換と一致しており、PD50値は106倍以上上昇した。
【0055】
Sabin 2は、3つの経口ポリオワクチン株のうちで最も弱毒化されており、TgPVRマウスで比較的高いPD50を有する(Dragunskyら, Bull. World Health Organ. 81:251-60, 2003)。髄腔内経路によるS18/2のPD50は、Tg66-CBAマウスでのSabin 2のそれよりさらに高かった(表2)。株S18とS18/1についてのデータは、PD50が108.1より数オーダー高いであろうことを示唆したが、これを試験するための充分高い力価のウイルス調製物を作成することは非実用的であった。
【0056】
全3種のポリオウイルス血清型の遺伝的に安定な株
弱毒化ヌクレオチドの迅速な復帰変異に好適な細胞培養モデルを使用してS15株と同じ方法で、S15/1とS15/2株の安定性を、関連するSabin株と比較した(図9)。
【0057】
Sabin 2の5'非コード領域中の主要な弱毒化性の変異は、ヌクレオチド481(図1のヌクレオチド484に対応する)のAであり、この位置でのAからGへの変異(これは弱毒化の大きな喪失を引き起こす)は、37℃でL20B細胞とVero細胞の両方でSabin 2の継代中に急速に選択された(図10A)。L20B細胞中での3回目の継代までに、Sabin 2集団の60%以上はヌクレオチド481にGを有し、4回目の継代後は選択はほぼ完全であった。Vero細胞ではSabin 2集団の60%以上が5回目の継代以後にヌクレオチド481でGを有し、選択は8〜9回の継代後に実質的に完全であった。L20B細胞でもVero細胞でも10回の継代以後は、S15/2株のドメインV中にヌクレオチド変化は観察されなかった。
【0058】
ヒト消化管中での複製中にSabin 1のドメインV中の3つの異なる変異が選択され、これらのすべては塩基対合を強化する:480GからA、525UからC、及び476UからA(図2参照)。ヌクレオチド480と525は塩基対を形成するので、ウイルス中のいずれか1つで変異が起きるが、両方では起きない。Vero細胞ではすべての3つの位置の変異がSabin 1中で一定の比率で選択され(図10B)、その結果6回の継代後に、ウイルス集団の半分が480又は525で変異を有し、ウイルス集団の40%以上が476で変異を有した。最後の4回の継代中に480又は525に変異を有するウイルス集団の比率は約100%まで上昇し、これは主にヌクレオチド480での変異のためであった。L20B細胞での継代中でSabin 1ではすべての3つの位置で変異が選択された(図10C)が、Vero細胞での結果とは対照的に、476での変異は480や525での変異より高率に選択され、その結果6回の継代後に、ウイルス集団の約60%がヌクレオチド476で変異を有し、30%は480又は525で変異を有した。L20B細胞でもVero細胞でも10回の継代後に、S15/1株のドメインV中にヌクレオチド変化は観察されなかった。
【表1】

【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゲノムの5'非コード領域のドメインVのステム(a)又は(b)中に塩基対ミスマッチがなく、ステム(a)及び(b)中の少なくとも7つの塩基対はU-A又はA-U塩基対であることを特徴とする、弱毒化ポリオウイルス。
【請求項2】
ステム(b)中の少なくとも5つの塩基対がU-A又はA-U塩基対である、請求項1に記載のポリオウイルス。
【請求項3】
ステム(b)中の6つの塩基対がU-A又はA-U塩基対である、請求項1又は2に記載のポリオウイルス。
【請求項4】
ステム(b)中の7つの塩基対がU-A又はA-U塩基対である、請求項1又は2に記載のポリオウイルス。
【請求項5】
ステム(a)中の2つの塩基対がU-A又はA-U塩基対である、請求項1〜4のいずれか1項に記載のポリオウイルス。
【請求項6】
ステム(a)中の3つの塩基対がU-A又はA-U塩基対である、請求項1〜4のいずれか1項に記載のポリオウイルス。
【請求項7】
ステム(a)の位置472-537と、ステム(b)の位置478-533、位置480-531、及び位置481-530にU-A塩基対が存在する、ポリオウイルス3型の5'非コード領域のドメインVを含むことを特徴とする、請求項1〜6のいずれか1項に記載の弱毒化ポリオウイルス。
【請求項8】
ステム(b)の位置482-529にA-U塩基対が存在することを特徴とする、請求項7に記載のポリオウイルス。
【請求項9】
ステム(b)の位置477-534にA-U塩基対が存在することを特徴とする、請求項7又は8に記載のポリオウイルス。
【請求項10】
不活性化されている請求項1〜9のいずれか1項に記載の弱毒化ポリオウイルス。
【請求項11】
ワクチン用の、請求項1〜10のいずれか1項に記載のポリオウイルス。
【請求項12】
請求項1〜10のいずれか1項で定義したポリオウイルスと製薬上許容される担体又は希釈剤とを含むワクチン。
【請求項13】
不活性化ポリオワクチン(IPV)シードとしての請求項1〜9のいずれか1項に記載のポリオウイルスの使用。
【請求項14】
不活性化ポリオワクチンの調製方法であって、
(i)請求項1〜9のいずれか1項に記載の弱毒化ポリオウイルスを増殖させ、
(ii)該ポリオウイルスを不活性化させ、そして
(iii)該不活性化ポリオウイルスを製薬上許容される担体又は希釈剤と配合する、ことを含んでなる前記方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公表番号】特表2010−500017(P2010−500017A)
【公表日】平成22年1月7日(2010.1.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−523348(P2009−523348)
【出願日】平成19年8月10日(2007.8.10)
【国際出願番号】PCT/GB2007/003065
【国際公開番号】WO2008/017870
【国際公開日】平成20年2月14日(2008.2.14)
【出願人】(509235947)
【Fターム(参考)】