説明

弱酸を含有する血管内留置カテーテルのロック溶液

【課題】防腐剤、抗菌剤や抗生物質などの静菌成分を実質的に含まず、生理的な浸透圧において静菌性を有する安全性の高いカテーテルロック製剤の提供。
【解決手段】血管内留置カテーテル内に注入されるカテーテルロック溶液であって、該溶液は酸解離定数(pKa)が3.0〜6.5の弱酸を含み、該溶液のpHが6.0未満で、浸透圧比が0.5〜3.0であり、前記弱酸により、pHの変化(変動)を抑制できることを特徴とするカテーテルロック溶液、および該カテーテルロック溶液中に前記浸透圧比に調整するのに有効な量の浸透圧調整剤を含有し、抗菌物質を実質的に含有しないことを特徴とするカテーテルロック溶液。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は患者の血管に留置されるカテーテルの内腔内に注入される溶液で、静菌効果を有するカテーテルロック溶液に関する。
【背景技術】
【0002】
院内感染は、患者の生命を脅かし、また病院にとっては入院期間の延長に加えて過剰な医療費を費やすこととなるため近代医療において重要な課題となっている。院内感染の経路は、主に(1)薬剤汚染、(2)投与経路の汚染であり、感染対策として(1)の薬剤調製時の汚染の機会を減らす為に予め注射容器に充填されている製剤が使用されたり、(2)の投与経路の汚染を減らす為に、流路がクローズド化された医療器具が開発されたりしている。
【0003】
血管内留置カテーテルは、輸液製剤や薬剤を血液中へ投与する為に、血管に挿入される管である。医療現場では、血管へのアクセスとして抹消静脈カテーテルや中心静脈カテーテルが頻繁に利用されており、これらは血管留置カテーテルの代表例である。この血管内留置カテーテルは院内感染の源として問題視されており、カテーテルの局所的な感染、血管内カテーテル関連血流感染や敗血症などの感染症を引き起こしている。この対策としてガイドライン(下記非特許文献1)が策定されるなど、様々な取り組みがなされている。ところで、この血管内留置カテーテルを介して長期間に渡って輸液を受けている患者の場合、入浴や就寝などの理由により、静脈留置カテーテルを留置したまま、輸液ラインを外すことが日常的に行われるが、この際にカテーテルの閉塞を防止するためにカテーテルロックが実施される。
【0004】
カテーテルロックとは、生理食塩液や生理食塩液で希釈したヘパリン(ヘパリン生食)をカテーテル内に充填し、一般的には約24時間封入するものである。カテーテルロックの多くは、抗凝血作用を持つヘパリン生食が使用されるが、抹消静脈カテーテルの短時間のロックには生理食塩液が使用されるケースもある。カテーテルロックによる血管内へのカテーテルの留置は、患者の針刺し頻度を減らし、医療従事者のカテーテル挿入の手間を軽減するなどの利点があり、広く行われている。しかし、カテーテルロックの際に、カテーテル内に細菌が混入すると、体温で温められたカテーテル内で細菌が増殖してしまい、時にはバイオフィルムを形成し、感染症を引き起こす危険性がある。2002年には作り置きしていたヘパリン生食液が細菌に汚染され、これをカテーテルロック溶液として投与された患者が次々と敗血症を発症し、数名が亡くなっている。この事故を契機に、カテーテルロック溶液による感染の危険性が認知され(下記非特許文献2)、ヘパリンのカテーテルロック溶液の院内での作り置きは原則禁止となっている。
【0005】
1〜100単位/mLのヘパリンを含み、生理的に等張でpHが6以上、防腐剤を含まないことを特徴とする溶液を充填した注射容器が開示されている(特許文献1)。カテーテルロック溶液を予め注射容器に充填して販売されている無菌製剤によって、院内調剤時の汚染の機会が減り、院内感染は減少したと考えられるが、後でデータを示すように、カテーテルロック溶液、すなわち生理食塩液やヘパリン生食は抗菌・静菌作用を持っておらず、細菌が混入すると増殖してしまうので院内感染を根絶したとは言い難い。つまり、予め個別の容器に充填されている無菌のカテーテルロック溶液であっても、輸液セットなどの投与ラインに接続して患者さんへ投与する場合、輸液セットが汚染されていたり、施術者による不適切な処置、操作によってカテーテル内に細菌が混入するリスクがある。そうするとカテーテルロック中に細菌が増殖し、大量の細菌が血流に入り、重篤な感染症を引き起こしてしまう。特に血管留置カテーテルの場合、カテーテルロック溶液はカテーテル内で血液と接触するため、血液に由来する栄養源により、更に細菌の増殖に適した環境となってしまう。
【0006】
抗菌作用を持つヘパリン製剤として、防腐剤としてパラオキシ安息香酸メチル、パラオキシ安息香酸プロピル、クロロブタノール、クレゾール、フェノールあるいはベンジルアルコールを添加したものが販売されている。しかしベンジルアルコールを大量に投与されると呼吸困難やアレルギー反応を起こすとの報告があり(下記非特許文献3)、上記の有毒性の防腐剤は安全性の観点から使われなくなっている。また、血管内カテーテル関連血流感染を防止するため、抗生物質であるバンコマイシンの溶液でカテーテルの内腔のフラッシュと充填を行う抗生物質ロック法が試みられ、効果が立証されている(下記非特許文献4、5、6)。しかし、前述の非特許文献1のガイドラインでは耐性菌を出現させる危険性から、この方法を推奨していない。
【0007】
また、抗生物質のミノサイクリンとエチレンジアミン四酢酸を含む抗凝固剤/抗菌剤の組み合わせもカテーテルロック溶液として提案され、検討されている(下記非特許文献7)。更に感染症を低減させる為のカテーテルロック溶液として、クエン酸塩の濃厚溶液が開示されているが(下記特許文献2)、実施例に示されているように、非常に高張な47%クエン酸塩の溶液(約6000mOsと推測される)の抗菌作用によって菌血症を改善したものである。このような生理的浸透圧からかけ離れた高濃度のクエン酸ロック液は、血中カルシウムを取り込んで錯体を形成するため、低カルシウム血症の発症など安全性に関する懸念があると考えられる。
【0008】
【特許文献1】特開2003−183154
【特許文献2】特表2002−523336
【0009】
【非特許文献1】Guidelines for the Prevention of Intravascular Catheter−Related infections(CDC)(米国公衆衛生週報2002年8月9日)
【非特許文献2】「セラチアによる院内感染防止対策の徹底について」厚生労働省医薬局安全対策課長通知(医薬安発第0719001号 平成14年7月19日)
【非特許文献3】Drug Intell Clin Pharm, 9, p154, 1975
【非特許文献4】Henrickson KJ,Axtell RA,Hoover SM,et al.Prevention of central venous catheter−related infections and thrombotic events in immunocompromised children by the use of vancomycin/ciprofloxacin/heparin flush solution:a randomized,multicenter,double−blind trial.(J Clin Oncol 2000;18:1269−78)
【非特許文献5】Carratala J,Niubo J,Fernandez−Sevilla A,et al.Randomized,doubleblind trial of an antibiotic−lock technique for prevention of grampositive central venous catheter−related infection in neutropenic patients with cancer (Antimicrob Agents Chemother 1999;43:2200−4).
【非特許文献6】Schwartz C,Henrickson KJ,Roghmann K,Powell K.Prevention of bacteremia attributed to luminal colonization of tunneled central venous catheters with vancomycin−susceptible organisms(J Clin Oncol 1990;8:1591−7).
【非特許文献7】Raad II,Buzaid A,Rhyne J, et al.Minocycline and ethylenediaminetetraacetate for the prevention of recurrent vascular catheterinfections.(Clin Infect Dis 1997;25:149−51)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の解決しようとする課題は防腐剤、抗菌剤や抗生物質などの静菌成分を実質的に含まず、生理的な浸透圧において静菌性を有する安全性の高いカテーテルロック製剤を提供することである。なお、本発明で言う静菌作用(効果)とは、細菌の対数的な増殖を抑止するもので、菌を播種した後、24時間以内の細菌数の増殖を通常100倍以内に、または100倍程度の菌数に抑えられるものを言い、細菌の増殖の抑制効果と殺菌効果の両方を含むものを指す。
【課題を解決するための手段】
【0011】
細菌の増殖は、周囲の環境に強く依存する。即ち、栄養源となる有機物や塩類の種類や濃度、pH、温度などによって細菌の増殖速度や生存率は大きく変化する。我々はこの中で、pHに着目して検討を行った。つまり、現存するカテーテルロック溶液のpHは弱酸性pHから中性pHであるが、緩衝能が弱いため、特に血液と接触すると、細菌の生育に適した環境(中性pH域、血液由来の栄養源)となっていた。そこで、カテーテルロック溶液のpHと細菌の増殖性の関係を検討した。前述のようにこれまでカテーテルロック溶液に防腐剤、抗菌剤や抗生物質を配合する検討は行われていたが、pHに関する検討は実施されていなかった。
我々は綿密な研究を行った結果、まず血液に由来する栄養源が存在する環境においても、pH6.0未満の弱酸性が維持されれば、カテーテルロック液に混入した細菌の増殖が抑制されることを発見した。次に現存するカテーテルロック溶液のpHと細菌の増殖性を確認したところ、ヘパリン生食ロック液はpH5.5〜8.0、生理食塩液はpH4.5〜8.0の弱酸性〜中性pHであるが(日本薬局方 第15改正より)、これらのカテーテルロック溶液のpH緩衝能は非常に弱い為、血管留置カテーテルのロック時に静菌作用を発揮できていない事も明らかになった。つまり、カテーテルロックにおいて、カテーテルロック溶液はカテーテル内で血液と接触するが、血液の緩衝能が強いために、カテーテルロック溶液のpHは血液との混合によって速やかに中性化した。そこで、この課題を解決するために、カテーテルロック溶液の緩衝能についても研究を進め、カテーテルロック時に血液と接触しても6.0未満のpHを維持し、静菌効果を発揮するカテーテルロック溶液を開発し、本発明を完成させるに至った。
【0012】
すなわち、本発明は血管内留置カテーテル内に注入される静菌作用カテーテルロック溶液として、概溶液のpHが6.0未満で、緩衝剤として3.0〜6.5の酸解離定数(pKa)を有する無機酸又は有機酸を10mM以上の濃度で含有し、浸透圧比が0.5〜3.0である水溶液を提供することにより、防腐剤、抗菌剤、抗生物質等の抗菌物質を実質的に含まないカテーテルロック溶液であっても、前記課題を解決することができた。また、前記防腐剤、抗菌剤、抗生物質等の抗菌物質を実質的に含まないとは前記抗菌物質を故意に添加しないことを指し、例えば、抗菌性を有する物質が使われたプラスティック容器材料から抗菌性を有する物質がロック液に溶出するような場合が想定されるが、このような場合は本願発明の前記「実質的に含まない」という構成要件を充足する。
【0013】
本発明のカテーテルロック液のpHは低い程、各種の細菌に対して静菌や殺菌効果を奏することができるが、余りに低過ぎると該カテーテルロック溶液と接触した血液を変質させ、さらにヘパリンの抗凝血活性も低下させてしまう。逆にカテーテルロック溶液のpHが高過ぎる場合には静菌や殺菌効果を発揮することができない。したがって、本発明のカテーテルロック溶液の酸性pHは添加する緩衝剤の緩衝能力によっても異なるが、通常2.0以上6.0未満、好ましくは3.0〜5.5程度である。ただし、本発明のカテーテルロック液においては、上述のように静菌や殺菌効果が十分に発揮される低pH、例えば2.0以下にすることによりヘパリン失活が大きくなる場合には、その失活分を考慮してあらかじめ余分量のヘパリンを含有させることにより、該カテーテルロック水溶液の静菌や殺菌活性と抗凝血活性を両立させることができるので、本発明のカテーテルロック液はpH2.0以下でも使用可能である。
【0014】
前記緩衝剤としては弱酸性域の3.0〜6.5の酸解離定数(pKa)を有する無機酸又は有機酸が好ましく、この範囲のpKaを持つ化合物によって、血液が混入した場合でも、pHの上昇を抑え、pH3.0〜6.0に維持させる事ができる。緩衝剤の具体例として実施例で使用した、リン酸塩緩衝剤、クエン酸塩緩衝剤、酢酸塩緩衝剤、コハク酸塩緩衝剤、および3,3ッジメチルグルタル酸塩緩衝剤が挙げられるが、生理的に許容され、3.0〜6.5のpKaを有する弱酸を含有するものであれば、本発明の効果を発揮することができ、例えば、乳酸(pKa:3.64)、リンゴ酸(pKa:3.23、4.77)、酒石酸(pKa:2.87,3.97)、アスコルビン酸(pKa:4.16、11.73)、グルタミン酸(pKa:2.19、4.25、9.67)、ヒスチジン(pKa:5.85、7.78)を含有した緩衝剤が使用できる。
【0015】
また、前記の無機酸や有機酸は、ヘパリンの薬効を阻害しないものが好ましい。これらの弱酸は1種又は複数を組み合わせて使用することができ、複数の組み合わせによって、緩衝能を示すpHの範囲を広げる事ができる。前記緩衝剤は血液と接触してもそのpHが維持される程度の濃度が必要であり、その濃度は10〜250mM、好ましくは50〜150mM程度である。更にカテーテルロック溶液の調製において、浸透圧を浸透圧調節剤、例えば塩化ナトリウムにより、生体の浸透圧と同じにして用いるのが好ましい。
【0016】
ヘパリン溶液としては、例えば血液透析、人工心肺その他の体外循環装置使用時における血液凝固の防止、血管カテーテル挿入時の血液凝固の防止、輸血および血液検査の際における血液凝固の防止等の用途に通常に用いられているヘパリン溶液を特に種類を限定することなく使用することができる。
【0017】
また、このカテーテルロック溶液には該カテーテルロック溶液と血液が接触した際に該カテーテルロック溶液中に血液が混入しても該カテーテルロック溶液中への拡散をできるだけ少なくできるような粘度を有するものが好ましく、このために粘度調整剤を使用するのが好ましい。
【0018】
このようなカテーテルロック溶液の粘度調整剤としては、例えばカルボキシメチルセルロースナトリウム、ポリビニルピロリドン、ジステアリン酸ポリエチレングリコール、ラウリルジメチルアミンオキシド、脂肪酸アルカノールアミド、メチルセルロース、ヒプロメロース、デキストリン、ヒドロキシメチル(エチル)セルロース、ポリエチレングリコール、グリセリン、ポリビニルアルコール、アルギン酸ナトリウム等が挙げられる。
【0019】
本発明のカテーテルロック溶液としては、例えば3.0〜6.5の酸解離定数(pKa)を有する無機酸又は有機酸を10〜250mM含み、この溶液の浸透圧比を0.5〜3.0に調整するのに有効な量の浸透圧調整剤を含有すカテーテルロック溶液、例えば生理食塩液を調製し、その溶液のpHが6.0未満となるように調整した後に、容器に充填密封する工程からなるカテーテルロック溶液の製造方法により調製することができる。また、本発明のカテーテルロック溶液の浸透圧比を0.5〜3.0に調整することにより、該ロック溶液の血球の損傷を防ぎ、刺激を低くくすることができる。
【0020】
また、カテーテルロック溶液がヘパリン溶液である場合、1〜1000単位/mLのヘパリンまたはその塩を含有する溶液を調製し、その溶液のpHが6.0未満となるように調整した後に、容器に充填密封する工程からなるヘパリンカテーテルロック溶液の製造方法により調製することができる。前記調製方法で製造したヘパリンカテーテルロック溶液は該溶液を容器中に充填した状態で熱滅菌を行うことが好ましい。この熱滅菌温度としては、カテーテルロック溶液の熱滅菌温度として通常採用されている温度範囲、例えば105〜120℃程度のものを採用できる。また、この加熱滅菌後のカテーテルロック溶液は、そのpHが6.0未満で維持できるものが好ましい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
実施例1
カテーテルロック溶液のpHとpH緩衝能、細菌の増殖性について試験を行った。
100mMのリン酸ナトリウム緩衝剤を含み、塩化ナトリウムで浸透圧比を1.0に調整した10単位/mLのヘパリンカテーテルロック溶液を調製した。この溶液は、リン酸ナトリウム緩衝剤の調整により、6.0、5.0、4.0、3.0、2.0の5種類のpHのものを作製した(実施例)。
公知のカテーテルロック溶液として、血液添加前のpHが5.3の0.9%塩化ナトリウム溶液(生理食塩液)、2種類の10単位/mLのヘパリンロック溶液、すなわちpHが6.7のヘパリンロック溶液(市販品A)およびpHが6.0のヘパリンロック溶液(市販品B)を準備した(比較例)。これらの浸透圧比はいずれも1.0であった。
前記実施例および比較例のカテーテルロック溶液について、カテーテルロック溶液がカテーテル内で血液に触れた場合を想定して、このカテーテルロック溶液に2容量%のヒト血液を添加してpHを測定し、カテーテルロック溶液のpH緩衝能を測定した。更にヒト血液を添加したカテーテルロック溶液に、黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus, 菌株番号IFO 13276)を接種して、37℃で24時間の静置培養を行った。その結果を表1に示す。
比較例のカテーテルロック溶液のpHは5.3、6.7、6.0であったが、2容量%の血液を加えると、いずれもpHが7を超えて上昇し、細菌の増殖に適した環境となったため、黄色ブドウ球菌は、24時間で700倍以上に増殖した。これに対して、実施例の緩衝剤を含むカテーテルロック溶液は、血液添加後のpHの変化が小さく、黄色ブドウ球菌の増殖を認めなかった。以上の結果から、公知のカテーテルロック溶液は血液に接触すると中性化して、細菌の増殖が起こる事、更にカテーテルロック溶液に適切な緩衝剤を添加して、6.0未満のpHを保てば、静菌作用を示す事が判った。
【0022】
【表1】

【0023】
実施例2
50、100、150mMの濃度で緩衝剤を含み、塩化ナトリウムで浸透圧を調整したpH3〜5のカテーテルロック溶液を調製した(実施例)。また、比較のため、緩衝剤を含まないカテーテルロック溶液として、pH3〜5の生理食塩液を調製した(比較例1)。さらに、pH3〜6の範囲の維持が困難な緩衝剤の例として、グリシン−緩衝液を調製した(比較例2)。全ての試験液のpHは塩酸または水酸化ナトリウムで調整した。前記実施例と比較例のカテーテルロック溶液の緩衝能力について試験を行った。カテーテルロック溶液がカテーテル内で血液に触れた場合を想定して、2%の血液添加によるpHの変化を検討した。
【0024】
その結果、pH3.0、4.0、4.9に調整した生理食塩液では、血液を2%添加するとpHはそれぞれ4.9、7.0、7.2に大きく上昇し、目標とするpH3〜6の範囲に維持されなかった。また、グリシンを緩衝剤として添加した比較例では、100mMのグリシン濃度でpH5.01に調製したカテーテルロック溶液に、2容量%の血液を添加すると、pHは6.53に上昇した。この結果から、グリシン(pKa:2.91、6.81、8.33)はpH5付近の緩衝能が弱く、本発明の緩衝剤として不適合である事が分かる。
一方、3.0〜6.5の範囲内のpKaを有する弱酸からなる緩衝剤を含有するロック液では、血液を2%添加してもpHの変動は比較例に比べて軽微であり、特にpH5付近に調製したカテーテルロック溶液に2容量%の血液を添加しても、6.0未満のpHを保った(表2、表3)。以上の結果より、3.0〜6.5の範囲内のpKaを有する弱酸は、生理的な浸透圧を示す濃度範囲において、静菌作用を発揮するために必要な弱酸性pHを維持できることが判った。
【0025】
【表2】

【0026】
【表3】

【0027】
実施例4
ヘパリンの抗凝固活性に対するpHと緩衝剤の影響について試験した。
100mMのリン酸塩でpH2〜7に調整した浸透圧比1.0のヘパリン生食(10単位/mL)について、室温で4週間の保存を行い、ヘパリンの力価を測定した。その結果、pH2.0以下では経時的にヘパリンの力価が低下したが、pH2.5以上では力価の低下は軽微であり、十分な薬効を示した(表4)。この結果から、カテーテルロック溶液の弱酸性化や緩衝剤の添加は、ヘパリンの抗凝血作用に影響を与えず、血管内留置カテーテル内の血栓を防止する薬効が維持される事が分かった。
【0028】
【表4】

【0029】
なお、前記比較例および実施例におけるpHの測定は、pHメーターとしてTOA AUTO TITRATION(東亜ディーケーケー社製)およびpH METER D−21(堀場製作所製)を使用して行った。浸透圧の測定は、浸透圧測定装置としてオズモスタットOM-6040(アークレイ製)を使用した。ヘパリンの力価はテストチームヘパリンS(第一化学薬品)を用いて抗凝固作用の強さを定量した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
血管内留置カテーテル内に注入されるカテーテルロック溶液であって、該溶液は酸解離定数(pKa)が3.0〜6.5の弱酸を含み、該溶液のpHが6.0未満で、浸透圧比が0.5〜3.0であり、前記弱酸により、pHの変化(変動)を抑制できることを特徴とするカテーテルロック溶液。
【請求項2】
前記浸透圧比に調整するのに有効な量の浸透圧調整剤を含有し、抗菌物質を実質的に含有しないことを特徴とする請求項1に記載のカテーテルロック溶液。
【請求項3】
前記の浸透圧調整剤が電解質又は糖類である請求項2に記載のカテーテルロック溶液。
【請求項4】
1〜1000単位/mLのヘパリンまたはその塩を含有する請求項1〜3のいずれかに記載のカテーテルロック溶液。
【請求項5】
前記の弱酸が10〜250mMの濃度である請求項1〜4のいずれかに記載のカテーテルロック溶液。
【請求項6】
増粘剤を含有する請求項1〜5のいずれかに記載のカテーテルロック溶液。
【請求項7】
加熱滅菌を施してなり、加熱滅菌後のpHが6.0未満である請求項1〜6のいずれかに記載のカテーテルロック溶液。

【公開番号】特開2009−22533(P2009−22533A)
【公開日】平成21年2月5日(2009.2.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−188886(P2007−188886)
【出願日】平成19年7月19日(2007.7.19)
【出願人】(000153030)株式会社ジェイ・エム・エス (452)
【Fターム(参考)】