説明

強カチオン交換基を有する温度応答性吸着剤、及びその製造方法

【課題】抗体等のタンパク質の温度変化による精製に最適化された温度応答性吸着剤を提供する。
【解決手段】少なくともN−イソプロピルアクリルアミドを含む共重合体を基材表面に固定した温度応答性吸着剤を提供する。共重合体は、少なくとも強カチオン交換基を有する。また、共重合体は、強カチオン交換基を、N−イソプロピルアクリルアミドに対してモノマー換算で0.01〜5mol%含有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面の有効カチオン交換基密度を温度によって変化させることが可能である温度応答性吸着剤、その製造方法、及びそれを用いてバイオ医薬品の成分である生理活性物質などを分離する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
免疫グロブリン(抗体)は、免疫反応を司る生理活性物質である。近年、医薬品、診断薬或いは対応する抗原タンパク質の分離精製材料等の用途において、その利用価値が高まっている。抗体は免疫した動物の血液あるいは抗体産生能を保有する細胞の細胞培養液又は動物の腹水培養液から取得される。但し、それらの抗体を含有する血液や培養液は、抗体以外のタンパク質、又は細胞培養に用いた原料液に由来する複雑な夾雑成分を包含し、それらの不純物成分から抗体を分離精製するには、煩雑で長時間を要する操作が通常必要である。
【0003】
液体クロマトグラフィーは、抗体の分離精製に重要である。抗体を分離するためのクロマトグラフィー手法として、ゲルろ過クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、及び逆相クロマトグラフィー等があり、これらの手法を組み合わせることで抗体が分離精製される。
【0004】
イオン交換クロマトグラフィーは、吸着剤表面のイオン交換基を固定相として移動相中に存在する対イオンを可逆的に吸着することにより分離を行う方法である。吸着剤の形状としては、ビーズや、平膜、中空糸等の膜などが採用されており、これらの基材にカチオン交換基又はアニオン交換基を結合したものが吸着剤として市販されている。カチオン交換基を有する吸着材は、抗体を主として吸着し、他の夾雑物の大半を素通りさせる特性を有し、容易に抗体を濃縮分離できる特性を有している。
【0005】
カチオン交換基は、カルボキシル基等の弱カチオン交換基と、スルホン酸基等の強カチオン交換基と、に大別される。弱カチオン交換基を有する吸着剤は、移動相のpHが変化すると吸着剤表面の電荷が変化して、抗体の結合容量が変動する欠点がある。そのため、弱カチオン交換基を有する吸着剤を抗体分離精製に用いた場合、分離の再現性が悪く、抗体の回収率が低くなる可能性がある。一方、強カチオン交換基を有する吸着剤は、移動相のpHが変動しても吸着剤表面の電荷が変化しないため、抗体の結合容量が変化し難い。工業的な抗体の分離精製プロセスでは、移動相のpHを一定に保つのが難しいにもかかわらず、一方では分離の再現性が厳しく要求されることから、強カチオン交換基を有する吸着剤が用いられている。
【0006】
従来のイオン交換基を有する吸着剤では、移動相の塩濃度を高めることにより、吸着させた生理活性物質を溶出させることが一般的に行われている。しかしながら、バイオ医薬品などの成分である生理活性物質は、場合によっては移動相の塩濃度(イオン強度)の変化によって、不可逆的に変化(変性)してしまうことが知られており、これらの溶出条件には細心の注意を払わなければならない。また、生理活性物質の多くは低温に管理された場所(低温室)で分離精製されるが、吸着させた生理活性物質を高塩濃度の移動相を用いて溶出させる場合、低温で析出した塩が、配管やカラムの詰まりを誘発する危険性をはらんでいる。
【0007】
そこで、従来のイオン交換基を有する吸着材の問題を解決すべく、吸着した生理活性物質を溶出する際に、移動相の塩濃度を高めるのではなく、表面の有効イオン交換基密度を温度によって変化させ、生理活性物質を溶出することが可能である温度応答性吸着剤が提案されている。
【0008】
特許文献1では、固定相表面の有効荷電密度を温度変化によって変化させることが可能である、荷電を有する共重合体を含む充填剤、製造方法及びそれを用いた温度応答性クロマトグラフィー法が開示されている。特許文献2では、原子移動ラジカル重合法によって、基材表面に0〜80℃の温度範囲内で水和力が変化するポリマーを高密度に固定化した温度応答性クロマトグラフィー担体が開示されている。特許文献3には、イソプロピルアルコールを溶媒として、原子移動ラジカル法により、荷電を有し、0〜80℃の温度範囲内で水和力が変化するポリマーを成長反応させることを特徴とした温度応答性クロマトグラフィー担体の製造方法が開示されている。特許文献4では、水系移動相を含む特定の条件下で、生物学、医学、薬学等の分野において有用な高分子量の生理活性物質を分離できる、固体表面に0〜80℃の温度範囲内で水和力が変化する荷電ポリマーを被覆した液体クロマトグラフィー用担体の製造方法が開示されている。非特許文献1では、原子移動ラジカル重合法により調製された、カルボキシル基を有する温度応答性クロマトグラフィー担体及びその製造法が開示されている。その中で、原子移動ラジカル重合法に用いるモノマー組成において、リゾチームの分離に最適化されたモノマー組成が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】国際公開第99/061904号パンフレット
【特許文献2】特開2007−69193号公報
【特許文献3】特開2009−85933号公報
【特許文献4】国際公開第01/074482号パンフレット
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Polymer Preprints,Japan Vol.58, No.2,3T1−13(2009)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上述した何れの文献にも、免疫グロブリン等のタンパク質の精製に最適なモノマー組成
で表面グラフトされた、強カチオン交換基を有する温度応答性の吸着剤、製造方法、及びその利用方法は開示されていない。カチオン交換基を有するモノマーは、表面グラフト重合における反応速度を極端に低下させるために重合が難しく、充分な検討がされてこなかった。そこで、本発明は、強カチオン交換基と、N−イソプロピルアクリルアミドと、の比率が、免疫グロブリン等のタンパク質の温度変化による精製に最適化された温度応答性吸着剤、その製造方法、及びその利用方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは上記課題を解決するために、種々の角度から検討を加えて、研究開発を行った。その結果、N−イソプロピルアクリルアミドに対して、スルホン酸基等の強カチオン基又は強カチオン交換基の前駆体を有するモノマーを0.01〜5mol%の割合で含有する反応液を用いた表面グラフト重合法で温度応答性吸着剤を製造することによって、強カチオン基が免疫グロブリン等のタンパク質の温度変化による精製に最適な密度で基材表面に固定されることを見出した。本発明で示される技術は、従来技術からは全く予想し得なかったもので、従来技術には全くなかった新規な生理活性物質の分離システムへの発展が期待される。本発明はかかる知見に基づいて完成されたものである。
【発明の効果】
【0013】
本発明に記載される温度応答性吸着剤、その製造方法、及びその利用方法により、新規な分離システムが提案される。このシステムを利用すれば、免疫グロブリン等のタンパク質等の有用な生理活性物を温度変化によって工業規模で分離精製できるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】実施例1〜6、比較例1、2での吸着剤を用いて、抗体の吸着溶出試験を実施した実験結果をまとめた表である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の好適な実施形態(以下において、「本実施形態」という。)について詳細に説明する。本実施形態に係る温度応答性吸着剤は、少なくともN−イソプロピルアクリルアミドを含む共重合体を基材表面に固定した温度応答性吸着剤である。共重合体は、少なくとも強カチオン交換基を有する。また、共重合体は、強カチオン交換基を、N−イソプロピルアクリルアミドに対してモノマー換算で0.01〜5mol%含有する。例えば、本実施形態に係る温度応答性吸着剤の共重合体は、強カチオン交換基を有するモノマー及び/又は強カチオン交換基導入前駆体モノマーを、N−イソプロピルアクリルアミドに対して0.01〜5mol%の割合で含有するモノマー組成物を表面グラフト重合法によって重合して形成される。
【0016】
本実施形態で使用する基材の形状は、特に限定されるものではなく、例えばビーズ状、平板状、管状のものがある。ビーズ状の場合、さまざまな粒径のビーズが入手可能であり特に限定されるものではないが、1〜300μmがよく、好ましくは10〜200μm、さらに好ましくは20〜150μmである。粒径が1μm以下であると、カラム内でビーズの圧密化が起きやすいために、高流速での処理が困難になる傾向にある。また粒径が300μm以上ではビーズ間の隙間が大きくなり、生体高分子を吸着させる際に、漏れが発生する傾向にある。
【0017】
本実施形態で使用する基材は、例えば複数の細孔を有する。細孔径は、特に限定されるものではないが、5〜1000nmがよく、好ましくは10〜700nm、さらに好ましくは20〜500nmである。細孔径が5nm以下であると、分離できる生体高分子の分子量が低くなる傾向にある。また細孔径が1000nm以上であると基材の表面積が少なくなり、生体高分子の結合容量が小さくなる傾向にある。
【0018】
本実施形態では、上記基材に強カチオン交換基を有する温度応答性ポリマーが固定化される。その固定化方法としては、基材表面に原子移動ラジカル重合開始剤を固定化し、その開始剤から触媒の存在下で温度応答性ポリマーを成長反応させる「原子移動ラジカル法」や、基材に放射線を照射してラジカルを生成し、生成したラジカルを起点として温度応答性ポリマーを成長反応させる「放射線グラフト重合法」等があるが、特に限定されるものではない。他に、固定化方法として、表面リビングラジカル重合法である「原子移動ラジカル重合法」がある。「原子移動ラジカル重合法」は、基材表面にポリマーを高密度に固定することが出来るため、好適に用いることができる。
【0019】
温度応答性ポリマーが「原子移動ラジカル重合法」で固定される場合、その際に使用する開始剤は特に限定されるものではないが、本実施形態のように基材に水酸基を有している場合、例えば、1−トリクロロシリル−2−(m,p−クロロメチルフェニル)エタン、2−(4−クロロスルホニルフェニル)エチルトリメトキシシラン、(3−(2−ブロモイソブチリル)プロピル)ジメチルエトキシシラン、及び2−ブロモイソ酪酸ブロミドなどが挙げられる。本実施形態では、この開始剤よりポリマー鎖を成長させる。その際の触媒としては特に限定されるものでないが、ハロゲン化銅(CuIX)としてCuICl、CuIBr等を挙げることができる。また、そのハロゲン化銅に対するリガンド錯体も特に限定されるものではないが、トリス(2−(ジメチルアミノ)エチル)アミン(Me6TREN)、N,N,N'',N''−ペンタメチルジエチレントリアミン(PMDETA)、1,1,4,7,10,10−ヘキサメチルトリエチレンテトラアミン(HMTETA)、1,4,8,11−テトラメチル 1,4,8,11−アザシクロテトラデカン(Me4Cyclam)、及びビピリジン等が挙げられる。
【0020】
温度応答性ポリマーが「放射線グラフト重合法」で固定される場合、基材にラジカルを生成させるためにはいかなる手段も採用し得るが、基材全体に均一なラジカルを生成させるためには、電離性放射線の照射が好ましい。電離性放射線の種類としては、γ線、電子線、β線、及び中性子線等が利用できるが、工業規模での実施には電子線又はγ線が好ましい。電離性放射線はコバルト60、ストロンチウム90、及びセシウム137などの放射性同位体から、又はX線撮影装置、電子線加速器及び紫外線照射装置等により得られる。
【0021】
電離性放射線の照射線量は、1kGy以上1000kGy以下が好ましく、より好ましくは2kGy以上500kGy以下、さらに好ましくは5kGy以上200kGy以下である。照射線量が1kGy未満では、ラジカルが均一に生成しにくくなる傾向にある。また、照射線量が1000kGyを超えると、基材の物理的強度の低下を引き起こす傾向にある。
【0022】
電離性放射線の照射によるグラフト重合法には、一般に基材にラジカルを生成した後、次いでそれを反応性化合物と接触させる前照射法と、膜を反応性化合物と接触させた状態で基材にラジカルを生成させる同時照射法と、に大別される。本実施形態においては、いかなる方法も適用し得るが、オリゴマーの生成が少ない前照射法が好ましい。
【0023】
本実施形態において重合時に使用する溶媒は、反応性化合物を均一溶解できるものであれば特に限定されない。このような溶媒として、例えば、エタノールやイソプロパノール、t−ブチルアルコール等のアルコール類、ジエチルエーテルやテトラヒドロフラン等のエーテル類、アセトンや2−ブタノン等のケトン類、水、又はそれらの混合物等が挙げられる。
【0024】
本実施形態において、基材表面に被覆されるポリマーは、N−イソプロピルアクリルアミドを有する。ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)は32度に下限臨界温度を有することが知られている。このポリマー表面に導入した担体は、臨界温度で親水性/疎水性の表面物性を大きく変化させるため、これをクロマトグラフィーの充填剤の表面にグラフトもしくはコーティングして使用した場合、試料に対する保持力が温度によって得られるようになる。その結果、溶出液の組成を変化させずに保持挙動を温度によって制御することができるようになる。下限臨界温度を32℃以上にするためには、イソプロピルアクリルアミドよりも親水性のモノマーであるアクリルアミド、メタクリル酸、アクリル酸、ジメチルアクリルアミド、及びビニルピロリドンなどを、親水性のコモノマーとしてN−イソプロピルアクリルアミドと共重合させることによって調整することが可能である。また、下限臨界温度を32℃以下にしたいときは、疎水性モノマーであるスチレン、アルキルメタクリレート、アルキルアクリレートなどを、疎水性のコモノマーとしてN−イソプロピルアクリルアミドと共重合させることによって調整することが可能である。
【0025】
本実施形態において、基材表面に被覆されるポリマーは、スルホン酸基等の強カチオン交換基を有したものである。その強カチオン交換基を与える方法は特に限定されないが、第1の方法として、担体表面に被覆される温度応答性ポリマー鎖を合成する際、強カチオン交換基を有するモノマーを含めて共重合する方法が挙げられる。スルホン酸基を有するモノマーの例として、スルホン酸を有するポリマーの構成単位である(メタ)アクリルアミドアルキルスルホン酸、ビニルスルホン酸、アクリルアミドt−ブチルスルホン酸、及びスチレンスルホン酸等が挙げられる。
【0026】
本実施形態において、基材表面に被覆されるポリマーに強カチオン交換基を与える第2の方法として、「強カチオン交換基導入前駆体」を有するモノマーを含めて共重合した後、前駆体をスルホン酸基に変換する方法が挙げられる。なお、「強カチオン交換基導入前駆体」とは、「強カチオン交換基の前駆体」を含みうる。また、「強カチオン交換基の前駆体」とは、例えば強カチオン交換基に保護基がついたものである。スルホン酸基の前駆体を有するモノマーとして、フェニルビニルスルホネート等が挙げられるが、本実施形態ではこれらに限定されるものではない。
【0027】
本実施形態において、基材表面に被覆されるポリマーに強カチオン交換基を与える第3の方法としては、強カチオン交換基導入前駆体モノマーとして強カチオン交換基を付与し得る官能基を有するモノマーを含めて共重合した後、強カチオン交換基を付与し得る官能基をスルホン酸基に変換する方法が挙げられる。強カチオン交換基を付与し得る官能基を有するモノマーとして、スチレン及びグリシジルメタクリレート等が挙げられる。強カチオン交換基を有するモノマーを表面リビングラジカル重合法により重合する場合、十分な重合速度が得られない場合が多いが、グリシジルメタクリレート等の少なくとも一部がメタクリル酸誘導体又はアクリル酸誘導体である強カチオン交換基導入前駆体モノマーを用いることで、十分な重合速度を得ることができる。
また、強カチオン交換基を持つ共重合体のモノマー単位の少なくとも一部がメタクリル酸誘導体又はアクリル酸誘導体であることにより、基材あるいは共重合体の他の部分と、抗体と、の疎水性相互作用を抑制し、抗体を温度変化によって基材表面から溶出する際の温度溶出量を増大させることが可能になり得る。
さらに、強カチオン交換基を持つ共重合体のモノマー単位の少なくとも一部がメタクリル酸誘導体又はアクリル酸誘導体であることにより、強カチオン交換基を持つ共重合体のモノマー単位の少なくとも一部は、下記化学式(1)又は(2)で示される基を有する。
−CH(−OH)−CH2−SO3H ・・・(1)
−CH(−SO3H)−CH2−OH ・・・(2)
上記化学式(1)のモノマー単位のスルホン酸基は、少なくとも−CH(−OH)−CH2−を含むリンカーを介して、主鎖に結合している。また、上記化学式(2)のモノマー単位のスルホン酸基は、少なくとも−CH−を含むリンカーを介して、主鎖に結合している。リンカーにより立体障害が減るため、抗体が、スルホン酸基にすばやく結合することが可能になり得る。またさらに、上記化学式(1)及び(2)のモノマー単位は、スルホン酸基の近傍に、水酸基を有する。そのため、水酸基が、基材あるいは共重合体の他の部分と、抗体と、の疎水性相互作用を抑制し、抗体を温度変化によって基材表面から溶出する際の温度溶出量を増大させることが可能になり得る。
【0028】
本実施形態においては、N−イソプロピルアクリルアミドに対する、強カチオン交換基を有するモノマー及び/又は前記強カチオン交換基導入前駆体モノマーの比率が、0.01〜5mol%であるモノマー組成物を、表面グラフト重合法によって重合する。上記比率として、好ましくは0.1〜4mol%、より好ましくは0.2〜3mol%、さらに好ましくは0.3〜2mol%、最も好ましくは0.5〜1.5mol%である。上記比率が5mol%を超えると、共重合体中のN−イソプロピルアクリルアミドに対する強カチオン交換基の量が過剰量となってしまうため、温度応答性吸着剤への免疫グロブリンの吸着量は増大するが、吸着した免疫グロブリンの大部分は温度変化によって溶出することができなくなる傾向にある。一方、上記比率が0.01mol%未満では、強カチオン交換基導入量が少なすぎるため、免疫グロブリンの吸着量自体が少なくなってしまう傾向にある。
【0029】
本実施形態おいて、N−イソプロピルアクリルアミドに対する、強カチオン交換基を有するモノマー単位の共重合比率(組成)は、基材表面に固定された共重合体を分析することによって定量することが可能である。共重合比率の分析には、元素分析やNMR等の様々な分析手法を用いることが可能である。共重合体を基材から単離した後に共重合比率を分析することは、分析に与える基材の影響を排除することができるため、分析精度の観点から好ましい。共重合体を基材から単離出来ない場合は、溶液中で基材を用いずに共重合体を重合することによって、共重合比率の分析に用いる共重合体を得ることができる。
【0030】
本実施形態において、基材表面に被覆されているポリマーは温度を変えることで水和、脱水和を起こすものであり、その温度域は0℃〜80℃、好ましくは5℃〜50℃、さらに好ましくは10℃〜45℃である。80℃を越えると移動相が水であるので蒸発等が生じ、作業性が悪くなる傾向にある。また、0℃より低いと移動相が凍結する傾向にある。
【0031】
本実施形態によって得られる温度応答性吸着剤は、通常の液体クロマトグラフィー装置に取り付けて、液体クロマトグラフィーシステムとして利用される。その際、温度応答性吸着剤への温度の負荷方法は特に限定されないが、例えば温度応答性吸着剤を所定の温度にしたアルミブロック、水浴、空気層、あるいはジャケットなどに装着すること等が挙げ
られる。
【0032】
本実施形態の温度応答性吸着剤を用いた分離方法は特に限定されるものではないが、一例としては、得られた温度応答性液体クロマトグラフィー担体に目的とする生体高分子を一度吸着させ、その後、温度を変えて担体表面の特性を変化させることで吸着した生体高分子を遊離させるような、キャッチアンドリリース法に基づいて利用する方法が挙げられる。その際に吸着させる溶質量は担体に吸着しうる量を超えていてもよく、超えていなくてもよい。いずれにせよ一度吸着させ、その後、温度を変えて担体表面の特性を変化させること吸着した溶質を遊離させる精製法である。
【0033】
その他の分離方法は特に限定されるものではないが、あらかじめ担体表面の特性が変わる温度を確認しておき、その温度を挟むようにして温度変化させながら不純物の分離を行う方法が挙げられる。この場合、温度変化だけで担体表面の特性が大きく変わるので、溶質によってはシグナルの出てくる時間(保持時間)に大きな差が生じることが期待される。本実施形態の場合、この担体表面の特性が大きく変わる温度を挟むようにして分離することが最も効果的な利用方法である。
【0034】
本実施形態で示されるクロマトグラフィーは移動相として緩衝液を利用すればよく、有機溶媒を必要としないものである。ここで、緩衝液とは無機塩類を含む水溶液であって、具体的には、リン酸緩衝液、トリス緩衝液、及び酢酸緩衝液等が挙げられるが、通常利用される緩衝液であれば特に限定されるものではない。その無機塩類の濃度は1〜50mmol/Lがよく、好ましくは3〜40mmol/Lがよく、さらに好ましくは5〜30mmol/Lがよい。移動相の無機塩類の濃度が1mmol/Lより低いと、溶質である生理活性物質の活性を損ねる傾向にある。また、温度応答性吸着剤表面のイオン交換基の解離度が高くなり、温度応答性吸着剤表面へ溶質が強固に吸着してしまい、その後の操作で担体表面から溶質を剥がすことが困難となる傾向にある。逆に、無機塩類の濃度が50mmol/Lより高くなると温度応答性吸着剤表面のイオン交換基の解離度が低くなり、担体表面への溶質の保持が困難となり、最終的に溶質を分離することが困難となる傾向にある。
【0035】
本実施形態で用いられる中性の緩衝液とは、pHが4.0〜7.5がよく、好ましくは4.5〜7.0がよく、さらに好ましくは5.0〜6.5がよい。緩衝液のpHが7.5より高くなると免疫グロブリン(等電点7.5〜10)は負に荷電するため、本実施形態の温度応答性吸着剤が有する強カチオン交換基と荷電反発がおこり、吸着容量が極端に低下する傾向にある。逆に、pHが4.0より低くなると、免疫グロブリンの変性が起こり、活性の低下や、凝集体の生成等の品質低下が引き起こされる傾向にある。本実施形態において、そのタンパク質は特に限定されないが、本実施形態が強カチオン交換基を有する担体表面を利用した分離方法であるため、塩基性タンパク質が好ましい。塩基性タンパク質とは具体的には、免疫グロブリン、リゾチーム、ヘモグロビンβ鎖、カタラーゼ、アネキシン、及びエズリン等が挙げられるが特に免疫グロブリンの精製に好適に用いることができる。
【0036】
以上に示してきた本実施形態における温度応答性吸着材を用いれば、医薬品等に利用できる極めて有用な生理活性物質の分離や分析ができる。その際には、カラム内の温度を変化させるだけで簡便な操作だけで分離が達成でき、分離に有機溶媒を必要としないため分離された生理活性物質も変性なく得られる。
【実施例1】
【0037】
以下に、本実施形態を実施例に基づいて更に詳しく説明するが、これらは本実施形態を何ら限定するものではない。
実施例1では、原子移動ラジカル重合法によって、スルホン酸基を有するビーズ状の温度応答性吸着剤を合成した。
【0038】
1)開始剤の固定
架橋ポリビニルアルコールビーズ1g(粒径100μm)を純水で湿潤させ、300mLのガラス製三角フラスコに入れた。三角フラスコに、テトラヒドラフラン(安定剤不含、関東化学(株)社製)200mL、2−ブロモイソ酪酸ブロミド(東京化成工業(株)製)1.23mL、及びトリエチルアミン(和光純薬工業(株)社製)1.40mLを加え、室温で16時間震とうさせた。反応後、ろ過してから200mLエタノールで3回洗浄し、脱水イソプロパノール中で保存した。これにより、架橋ポリビニルアルコールビーズ表面に原子移動ラジカル重合(ATRP)開始剤である2−ブロモイソ酪酸ブロミドが導入された。
【0039】
2)表面グラフト重合
スルホン酸基の前駆体モノマーであるグリシジルメタクリレート(GMA、東京化成工業(株)製)を、N−イソプロピルアクリルアミドに対して1mol%の割合で含有するモノマー組成物を調整した。具体的には、N−イソプロピルアクリルアミド(IPAAm、和光純薬工業(株)製)18.40g、GMA0.231g、ブチルメタクリレート(BMA、東京化成工業(株)製)1.217g、塩化銅I(CuCl、和光純薬工業(株)製) 0.085g、及び塩化銅II(CuCl2、和光純薬工業(株)製)0.012gを90容量%イソプロパノール(IPA)水溶液42.8mLに溶解させ、30分間、窒素バブリングした。その後、窒素雰囲気下で溶液にトリス(2−ジメチルアミノエチル)アミン(Me6TREN)(Alfa Aesar社製)0.221gを加えて、5分間攪拌しCuCl/CuCl2/Me6TRENの触媒を形成させた。この反応溶液を窒素雰囲気下で開始剤導入架橋ポリビニルアルコールビーズに反応させ、室温で16時間のATRPをおこなった。反応後、エタノール、50mmol/L―EDTA水溶液、純水の順に洗浄し、モノマー、ポリマー、及び銅触媒を洗浄した。
【0040】
3)スルホン酸基の導入
原子移動ラジカル重合法によりグラフト鎖を導入したビーズを、亜硫酸ナトリウムと、IPAと、の混合水溶液(亜硫酸ナトリウム/IPA/純水=10/15/75wt%)200gに投入し、80℃で24時間反応を行い、グラフト鎖中のエポキシ基をスルホン酸基に変換した。反応後、このビーズを純水で洗浄した。その後、このビーズを0.5mol/L硫酸中に投入し、80℃で2時間反応を行うことで、グラフト鎖中に残存していたエポキシ基をジオール基に変換した。反応後、このビーズを純水で洗浄した。
【0041】
4)共重合比率の測定
スルホン酸基の前駆体モノマーであるグリシジルメタクリレート(GMA、東京化成工業(株)製)を、N−イソプロピルアクリルアミドに対して1mol%の割合で含有するモノマー組成物を用い、基材を用いずに共重合体を重合した。具体的には、上記2)記載の反応溶液を窒素雰囲気下で2−ブロモイソ酪酸エチルに反応させ、室温で16時間のATRPをおこなった。反応後、反応溶液を透析膜(Spectra/por Dialysis Membrane,MWCO1000,Spectrum Laboratories社製)に入れ、エタノール、50mmol/L―EDTA水溶液、純水の順に浸漬することにより、モノマー、及び銅触媒を除去した。次に反応溶液を凍結乾燥することで得られた共重合体を、亜硫酸ナトリウムと、IPAと、の混合水溶液(亜硫酸ナトリウム/IPA/純水=10/15/75wt%)200gに投入し、80℃で24時間反応を行い、グラフト鎖中のエポキシ基をスルホン酸基に変換した。反応後、反応溶液を透析膜に入れ、純水に浸漬することにより、亜硫酸ナトリウムとIPAを除去し、さらに反応溶液を凍結乾燥することで共重合体を得た。
【0042】
上記共重合体30mgを重水670mgに溶解し、核磁気共鳴装置(Bruker Avenve−600)を用いて1H−NMRを測定した。その後、N−イソプロピルアクリルアミド単位由来シグナル積分値と、スルホン酸基由来シグナル積分値と、から、N−イソプロピルアクリルアミドに対する、強カチオン交換基を有するモノマー単位の共重合比率(組成)を計算した。その結果、N−イソプロピルアクリルアミドに対する、強カチオン交換基を有するモノマー単位の共重合比率(組成)は0.72mol%であった。
【0043】
5)免疫グロブリンの吸着・溶出量測定
ビーズを空カラム(Tricorn5/20column、GEヘルスケア・ジャパン(株)製)に充填し、クロマトグラフィーシステム(AKTA FPLC、GEヘルスケア・ジャパン(株)製)を用いて、温度変化による免疫グロブリン(献血ヴェノグロブリ−IH、株式会社ベネシス製)の吸着・溶出試験を行った。ビーズを充填したカラムの温度変化操作は、クロマトグラフィーシステムのポンプを一時停止し、カラムを恒温水槽中に浸漬し、その後10分間以上温置した後にクロマトグラフィーシステムのポンプを再度起動することにより行った。免疫グロブリンの吸着、及び溶出は、以下の条件で行った。
(吸着ステップ)
・免疫グロブリン濃度:2.5mg/mL
・吸着バッファー:15mmol/L酢酸バッファー(pH6.0)
・免疫グロブリン溶液ロード量:20mL
・流速:0.4mL/min
・カラム体積:0.54mL
・吸着温度:40℃
(洗浄ステップ)
・洗浄バッファー:15mmol/L酢酸バッファー(pH6.0)
・流速:0.4mL/min
・洗浄温度:40℃
(温度溶出ステップ)
・溶出バッファー:15mmol/L酢酸バッファー(pH6.0)
・流速:0.4mL/min
・流量:20mL
・溶出温度:2℃
(塩溶出ステップ)
・溶出バッファー:1mol/L酢酸バッファー(pH6.0)
・流速:0.4mL/min
・流量:20mL
・溶出温度:2℃
【0044】
温度溶出後、温度で溶出しきれない免疫グロブリンを、1mol/L酢酸バッファー(pH6.0)で溶出させた。各ステップの分画のUV吸収(280nm)を測定し、下記式より免疫グロブリン濃度を算出することにより、免疫グロブリンの温度溶出量を算出した。
免疫グロブリン濃度(mg/mL)=280nmでの吸光度/14×10
温度溶出量(mg/mL)=
温度溶出画分の免疫グロブリン濃度×温度溶出画分の液量/カラム体積
【0045】
(結果)
図1に示すように、免疫グロブリンの温度溶出量は30.7mg/mLであり、免疫グロブリンを温度変化によって溶出できることが示された。温度溶出後のビーズに残った免疫グロブリンを塩バッファーで溶出したところ塩溶出量は1.4mg/mLと少なかった。以上の結果から、この温度応答性吸着剤が、免疫グロブリンの工業的な精製に使用できることが示された。
【実施例2】
【0046】
表面グラフト重合反応において、スルホン酸基の前駆体モノマーであるグリシジルメタクリレートを、N−イソプロピルアクリルアミドに対して0.5mol%の割合で含有するモノマー組成物を調整し、用いた。具体的には、N−イソプロピルアクリルアミド18.40g、グリシジルメタクリレート0.116g、ブチルメタクリレート1.217g、塩化銅I0.085g、及び塩化銅II0.012gを90容量%イソプロパノール(IPA)水溶液42.8mLに溶解させた反応液をもちいた以外、実施例1と同様の方法で温度応答性吸着剤を合成し、実施例1と同様の方法で免疫グロブリンの吸着、及び溶出試験を実施した。また、上記組成の反応液を用いた以外、実施例1と同様の方法で共重合比率を測定した結果、N−イソプロピルアクリルアミドに対する、強カチオン交換基を有するモノマー単位の共重合比率(組成)は0.36mol%であった。
【0047】
(結果)
図1に示すように、免疫グロブリンの温度溶出量は7.7mg/mLであり、免疫グロブリンを温度変化によって溶出できることが示された。温度溶出後のビーズに残った免疫グロブリンを塩バッファーで溶出したところ塩溶出量は1.0mg/mLと少なかった。以上の結果から、この温度応答性吸着剤が、免疫グロブリンの工業的な精製に使用できることが示された。
【実施例3】
【0048】
表面グラフト重合反応において、スルホン酸基の前駆体モノマーであるグリシジルメタクリレートを、N−イソプロピルアクリルアミドに対して2mol%の割合で含有するモノマー組成物を調整し、用いた。具体的には、N−イソプロピルアクリルアミド18.40g、グリシジルメタクリレート0.462g、ブチルメタクリレート1.217g、塩化銅I0.085g、及び塩化銅II0.012gを90容量%イソプロパノール(IPA)水溶液42.8mLに溶解させた反応液をもちいた以外、実施例1と同様の方法で温度応答性吸着剤を合成し、実施例1と同様の方法で免疫グロブリンの吸着、及び溶出試験を実施した。また、上記組成の反応液を用いた以外、実施例1と同様の方法で共重合比率を測定した結果、N−イソプロピルアクリルアミドに対する、強カチオン交換基を有するモノマー単位の共重合比率(組成)は1.44mol%であった。
【0049】
(結果)
図1に示すように、免疫グロブリンの温度溶出量は21.3mg/mLであり、免疫グロブリンを温度変化によって溶出できることが示された。温度溶出後のビーズに残った免疫グロブリンを塩バッファーで溶出したところ塩溶出量は7.7mg/mLと少なかった。以上の結果から、この温度応答性吸着剤が、免疫グロブリンの工業的な精製に使用できることが示された。
【実施例4】
【0050】
表面グラフト重合反応において、スルホン酸基の前駆体モノマーであるグリシジルメタクリレートを、N−イソプロピルアクリルアミドに対して3mol%の割合で含有するモノマー組成物を調整し、用いた。具体的には、N−イソプロピルアクリルアミド18.40g、グリシジルメタクリレート0.694g、ブチルメタクリレート1.217g、塩化銅I0.085g、及び塩化銅II)0.012gを90容量%イソプロパノール(IPA)水溶液42.8mLに溶解させた反応液をもちいた以外、実施例1と同様の方法で温度応答性吸着剤を合成し、実施例1と同様の方法で免疫グロブリンの吸着、及び溶出試験を実施した。また、上記組成の反応液を用いた以外、実施例1と同様の方法で共重合比率を測定した結果、N−イソプロピルアクリルアミドに対する、強カチオン交換基を有するモノマー単位の共重合比率(組成)は2.16mol%であった。
【0051】
(結果)
図1に示すように、免疫グロブリンの温度溶出量は17.1mg/mLであり、免疫グロブリンを温度変化によって溶出できることが示された。温度溶出後のビーズに残った免疫グロブリンを塩バッファーで溶出したところ塩溶出量は33.9mg/mLであった。以上の結果から、この温度応答性吸着剤が、免疫グロブリンの工業的な精製に使用できることが示された。
【実施例5】
【0052】
表面グラフト重合反応において、スルホン酸基の前駆体モノマーであるグリシジルメタクリレートを、N−イソプロピルアクリルアミドに対して4mol%の割合で含有するモノマー組成物を調整し、用いた。具体的には、N−イソプロピルアクリルアミド18.40g、グリシジルメタクリレート0.924g、ブチルメタクリレート1.217g、塩化銅I0.085g、及び塩化銅II0.012gを90容量%イソプロパノール(IPA)水溶液42.8mLに溶解させた反応液をもちいた以外、実施例1と同様の方法で温度応答性吸着剤を合成し、実施例1と同様の方法で免疫グロブリンの吸着、及び溶出試験を実施した。また、上記組成の反応液を用いた以外、実施例1と同様の方法で共重合比率を測定した結果、N−イソプロピルアクリルアミドに対する、強カチオン交換基を有するモノマー単位の共重合比率(組成)は2.88mol%であった。
【0053】
(結果)
図1に示すように、免疫グロブリンの温度溶出量は13.6mg/mLであり、免疫グロブリンを温度変化によって溶出できることが示された。温度溶出後のビーズに残った免疫グロブリンを塩バッファーで溶出したところ塩溶出量は52.2mg/mLであった。以上の結果から、この温度応答性吸着剤が、免疫グロブリンの工業的な精製に使用できることが示された。
【実施例6】
【0054】
γ線グラフト重合法によって、スルホン酸基を有する中空糸状の温度応答性吸着剤を合成した。
1)表面グラフト重合
N−イソプロピルアクリルアミド4.667g、グリシジルメタクリレート0.059g、及びブチルメタクリレート0.120gを25容量%t−ブタノール水溶液200mLに溶解させ、30分間、窒素バブリングしたものを反応液として用いた。ポリエチレン製中空糸(内径2.0mm、外径3.0mm、平均孔径0.25μm)0.800g(10cm、4本)を窒素雰囲気下において、ドライアイスで−60℃に冷却しながら、Co60を線源としてγ線を35kGy照射した。照射後の中空糸は、13.4Pa以下の減圧下に5分間静置した後、20mLの上記反応液と該中空糸を40℃で接触させ、16時間静置した。その後、中空糸をエタノールで洗浄し、真空乾燥機中で真空乾燥させた。
【0055】
2)スルホン酸基の導入
γ線グラフト重合法によりグラフト鎖を導入した中空糸を、亜硫酸ナトリウムと、IPAと、の混合水溶液(亜硫酸ナトリウム/IPA/純水=10/15/75wt%)500gに投入し、80℃で24時間反応を行い、グラフト鎖中のエポキシ基をスルホン酸基に変換した。反応後、この中空糸を純水で洗浄した。その後、この中空糸を0.5mol/L硫酸中に投入し、80℃で2時間反応を行うことで、グラフト鎖中に残存していたエポキシ基をジオール基に変換した。反応後、この中空糸を純水で洗浄した後、膜をエタノールで洗浄し、真空乾燥機中で真空乾燥させた。
【0056】
3)免疫グロブリンの吸着・溶出量測定
モジュール化した中空糸(膜体積0.5mL)を、クロマトグラフィーシステム(AKTA FPLC、GEヘルスケア・ジャパン(株)製)を用いて、温度変化による免疫グロブリン(献血ヴェノグロブリ−IH、株式会社ベネシス製)の吸着・溶出試験を行った。中空糸モジュールの温度変化操作は、クロマトグラフィーシステムのポンプを一時停止し、中空糸モジュールを恒温水槽中に浸漬し、その後10分間以上温置した後にクロマトグラフィーシステムのポンプを再度起動することにより行った。免疫グロブリンの吸着、及び溶出は、以下の条件で行った。
(吸着ステップ)
・免疫グロブリン濃度:2.5mg/mL
・吸着バッファー:15mmol/L酢酸バッファー(pH6.0)
・免疫グロブリン溶液ロード量:20mL
・流速:0.4mL/min
・カラム体積:0.54mL
・吸着温度:40℃
(洗浄ステップ)
・洗浄バッファー:15mmol/L酢酸バッファー(pH6.0)
・流速:0.4mL/min
(温度溶出ステップ)
・溶出バッファー:15mmol/L酢酸バッファー(pH6.0)
・流速:0.4mL/min
・透過液量:20mL
・溶出温度:2℃
(塩溶出ステップ)
・溶出バッファー:1mol/L酢酸バッファー(pH6.0)
・流速:0.4mL/min
・透過液量:20mL
・溶出温度:2℃
【0057】
温度溶出後、温度で溶出しきれない免疫グロブリンを、1mol/L酢酸バッファー(pH6.0)で溶出させた。各ステップの分画のUV吸収(280nm)を測定し、下記式より免疫グロブリン濃度を算出することにより、免疫グロブリンの温度溶出量を算出した。
免疫グロブリン濃度(mg/mL)=280nmでの吸光度/14×10
温度溶出量(mg/mL)=
温度溶出画分の免疫グロブリン濃度×温度溶出画分の液量/膜体積
また、上記組成の反応液を用いた以外、実施例1と同様の方法で共重合比率を測定した結果、N−イソプロピルアクリルアミドに対する、強カチオン交換基を有するモノマー単位の共重合比率(組成)は0.72mol%であった。
【0058】
(結果)
図1に示すように、免疫グロブリンの温度溶出量は9.2mg/mLであり、免疫グロブリンを温度変化によって溶出できることが示された。温度溶出後の中空糸に残った免疫グロブリンを塩バッファーで溶出したところ塩溶出量は1.2mg/mLと少なかった。以上の結果から、この温度応答性吸着剤が、免疫グロブリンの工業的な精製に使用できることが示された。
【0059】
[比較例1]
表面グラフト重合反応において、スルホン酸基の前駆体モノマーであるグリシジルメタクリレートを、N−イソプロピルアクリルアミドに対して0mol%の割合で含有するモノマー組成物を調整し、用いた。具体的には、N−イソプロピルアクリルアミド18.40g、ブチルメタクリレート1.217g、塩化銅I 0.085g、及び塩化銅II0.012gを90容量%イソプロパノール(IPA)水溶液42.8mLに溶解させた反応液をもちいた以外、実施例1と同様の方法で温度応答性吸着剤を合成し、実施例1と同様の方法で免疫グロブリンの吸着、及び溶出試験を実施した。
【0060】
(結果)
図1に示すように、免疫グロブリンの温度溶出量は0.3mg/mL、温度溶出後のビーズに残った免疫グロブリンを塩バッファーで溶出したところ塩溶出量は0.6mg/mLであった。
【0061】
[比較例2]
表面グラフト重合反応において、スルホン酸基の前駆体モノマーであるグリシジルメタクリレートを、N−イソプロピルアクリルアミドに対して7mol%の割合で含有するモノマー組成物を調整し、用いた。具体的には、N−イソプロピルアクリルアミド18.40g、グリシジルメタクリレート1.618g、ブチルメタクリレート1.217g、塩化銅I0.085g、及び塩化銅II0.012gを90容量%イソプロパノール(IPA)水溶液42.8mLに溶解させた反応液をもちいた以外、実施例1と同様の方法で温度応答性吸着剤を合成し、実施例1と同様の方法で免疫グロブリンの吸着、及び溶出試験を実施した。また、上記組成の反応液を用いた以外、実施例1と同様の方法で共重合比率を測定した結果、N−イソプロピルアクリルアミドに対する、強カチオン交換基を有するモノマー単位の共重合比率(組成)は5.04mol%であった。
【0062】
(結果)
図1に示すように、免疫グロブリンの温度溶出量は7.0mg/mLであったが、温度溶出後のビーズに残った免疫グロブリンを塩バッファーで溶出したところ塩溶出量は67.0mg/mLであった。
【0063】
本出願は、2010年12月17日に日本国特許庁へ出願された日本特許出願(特願2010−282373号)に基づくものであり、その内容はここに参照として取り込まれる。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本実施形態に係る温度応答性吸着剤、その製造方法、及びその利用方法により、新規な分離システムが提案される。このシステムを利用すれば、グロブリン等の有用な生理活性化合物を温度変化によって工業規模で分取できるようになる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくともN−イソプロピルアクリルアミドを含む共重合体を基材表面に固定した温度応答性吸着剤であって、前記共重合体は、少なくとも強カチオン交換基を有し、前記強カチオン交換基を、前記N−イソプロピルアクリルアミドに対してモノマー換算で0.01〜5mol%含有することを特徴とする温度応答性吸着剤。
【請求項2】
前記強カチオン交換基を持つ共重合体のモノマー単位の少なくとも一部は、アクリル酸誘導体又はメタクリル酸誘導体であり、下記化学式(1)又は(2)で示される基を有する、請求項1に記載の温度応答性吸着剤。
−CH(−OH)−CH2−SO3H ・・・(1)
−CH(−SO3H)−CH2−OH ・・・(2)
【請求項3】
少なくともN−イソプロピルアクリルアミドを含む共重合体を基材表面に固定した温度応答性吸着剤であって、前記共重合体は、少なくとも強カチオン交換基を有し、前記共重合体は、前記強カチオン交換基を有するモノマー及び/又は強カチオン交換基導入前駆体モノマーを、前記N−イソプロピルアクリルアミドに対して0.01〜5mol%の割合で含有するモノマー組成物を表面グラフト重合法によって重合して形成され、前記強カチオン交換基を導入されたことを特徴とする温度応答性吸着剤。
【請求項4】
前記強カチオン交換基を持つ共重合体のモノマー単位の少なくとも一部は、アクリル酸誘導体又はメタクリル酸誘導体であり、下記化学式(3)又は(4)で示される基を有する、請求項3に記載の温度応答性吸着剤。
−CH(−OH)−CH2−SO3H ・・・(3)
−CH(−SO3H)−CH2−OH ・・・(4)
【請求項5】
前記強カチオン交換基導入前駆体モノマーの少なくとも一部は、アクリル酸誘導体又はメタクリル酸誘導体であり、前記共重合体は、下記化学式(5)又は(6)で示される側鎖を有する、請求項3に記載の温度応答性吸着剤。
−CH(−OH)−CH2−SO3H ・・・(5)
−CH(−SO3H)−CH2−OH ・・・(6)
【請求項6】
前記強カチオン交換基がスルホン酸基であることを特徴とする、請求項1乃至5のいずれか1項に記載の温度応答性吸着剤。
【請求項7】
前記表面グラフト重合法が、表面リビングラジカル重合法であることを特徴とする、請求項3に記載の温度応答性吸着剤。
【請求項8】
前記表面グラフト重合法が、放射線ラジカル重合法であることを特徴とする、請求項3に記載の温度応答性吸着剤。
【請求項9】
請求項1乃至8のいずれか1項に記載の吸着剤を用いて、生理活性物質を吸着剤に吸着させ、温度変化により生理活性物質を溶出させることを特徴とする、生理活性物質の分離方法。
【請求項10】
前記生理活性物質が免疫グロブリンであることを特徴とする、請求項9に記載の生理活性物質の分離方法。
【請求項11】
少なくともN−イソプロピルアクリルアミドを含む共重合物を基材表面に固定した温度応答性吸着剤の製造方法であって、前記共重合体は、少なくとも、前記N−イソプロピルアクリルアミドと、強カチオン交換基を有するモノマー及び/又は強カチオン交換基導入前駆体モノマーを含むビニル系モノマーと、の共重合体であって、前記強カチオン交換基を有するモノマー及び/又は前記強カチオン交換基導入前駆体モノマーを、前記N−イソプロピルアクリルアミドに対して0.01〜5mol%の割合で含有するモノマー組成物を、表面グラフト重合法によって重合し、前記強カチオン交換基を前記基材表面に導入したことを特徴とする温度応答性吸着剤の製造方法。
【請求項12】
前記強カチオン交換基を持つ共重合体のモノマー単位の少なくとも一部は、アクリル酸誘導体又はメタクリル酸誘導体であり、下記化学式(7)又は(8)で示される基を有する、請求項11に記載の温度応答性吸着剤の製造方法。
−CH(−OH)−CH2−SO3H ・・・(7)
−CH(−SO3H)−CH2−OH ・・・(8)
【請求項13】
前記共重合体は、前記N−イソプロピルアクリルアミドと、前記強カチオン交換基導入前駆体モノマーと、を含む前記モノマー組成物を共重合した後、前駆体を前記強カチオン交換基に変換させる反応を行うことにより得られることを特徴とする請求項11又は12に記載の温度応答性吸着剤の製造方法。
【請求項14】
前記強カチオン交換基導入前駆体モノマーは、エポキシ基を有すビニル系モノマーであることを特徴とする請求項11に記載の温度応答性吸着剤の製造方法。
【請求項15】
前記強カチオン交換基がスルホン酸基であることを特徴とする、請求11乃至14のいずれか1項に記載の温度応答性吸着剤の製造方法。
【請求項16】
前記共重合体は、前記強カチオン交換基を有するモノマー及び前記強カチオン交換基導入前駆体モノマー以外のモノマーを含む前記モノマー組成物を重合させることにより得られることを特徴とする請求項11乃至15のいずれか1項に記載の温度応答性吸着剤の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2012−139678(P2012−139678A)
【公開日】平成24年7月26日(2012.7.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−277531(P2011−277531)
【出願日】平成23年12月19日(2011.12.19)
【出願人】(507365204)旭化成メディカル株式会社 (65)
【出願人】(591173198)学校法人東京女子医科大学 (48)
【Fターム(参考)】