説明

形質転換体の製造方法及び酵母の新規変異株

【課題】目的とする特性を獲得した形質転換体を容易に取得できる形質転換体の製造方法、及び有効成分を高生産する酵母変異株を提供する。
【解決手段】(1)非線形光学効果を有するパルスレーザーを細胞に照射することを特徴とする、染色体遺伝子にランダム変異を導入する方法。(2)非線形光学効果を有するパルスレーザーを細胞に照射する第1工程と、目的とする形質を有する細胞を選択する第2工程とを備える、形質転換体の製造方法。(3)乾燥菌体1g当たりのGABA生産量が0.8mg以上であるサッカロマイセス・セレビシエ変異株。(4)乾燥菌体1g当たりのグリシン生産量が1mg以上であるサッカロマイセス・セレビシエ変異株。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、真菌、細菌、植物、動物などの各種の細胞について形質転換体を製造する方法、及びこの方法により得られた酵母の新規変異株に関する。
【背景技術】
【0002】
微生物は、食品産業、環境産業、工業原料製造産業などにおいて、食品加工、物質生産、環境浄化などに幅広く用いられている。これらの産業では、生産性、機能性、処理能力を高めるために、高い能力を有する微生物を選抜し、使用している。このような高能力を有する微生物を得る手段としては、自然界からのスクリーニング、接合による育種、変異原処理による変異株の作製、外来遺伝子導入による形質転換体の作出などの手段が採られている。
【0003】
しかし、自然界からのスクリーニングは、発見確率が低いため確実性に劣る。また、接合による育種は、目的とする形質を有する微生物の存在を前提とする。外来遺伝子導入による形質転換体の作製は、安全性やそれに対する社会的コンセンサスが得られない場合もある。
【0004】
また、変異原処理による変異株の作製は、EMSなどの化学変異原物質による処理、紫外線やX線の照射などによりDNAにランダムに変異を導入し、この中から所望の特性を獲得した細胞を選択する方法である。この方法では、染色体中に変異が導入され易い位置と、変異が導入され難い位置がある。従って、目的とする特性によってはその特性を獲得した形質転換体を取得することができない。
【0005】
ここで、昨今、食品の機能化が進んでおり、清酒にもプラスアルファの機能を持たせることが求められている。従って、醸造微生物自体が有効成分を高生産するものであれば有用である。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、従来方法では変異を導入することが困難であった染色体上の位置にも変異を導入することができる形質転換体の製造方法、及び有効成分を高生産する酵母変異株を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために本発明者らは研究を重ね、いわゆるフェムト秒レーザーを細胞群に照射することにより、従来の形質転換方法では得られなかった新たな形質を獲得した変異株を容易に作出できることを見出した。
【0008】
また、サッカロマイセス・セレビシエのコロニーにフェムト秒レーザーを照射することにより、GABA(γ−アミノ酪酸;Gamma-Amino Butyric Acid)及びグリシンを高生産する変異株を取得した。
【0009】
本発明は上記知見に基づき完成されたものであり、下記の形質転換体の製造方法、及び酵母変異株を提供する。
1. 非線形光学効果を有するパルスレーザーを細胞に照射することを特徴とする、染色体遺伝子にランダム変異を導入する方法。
2. 染色体遺伝子の非露出部分にランダム変異を導入することを特徴とする、項1に記載の方法。
3. 非線形光学効果を有するパルスレーザーを細胞に照射する第1工程と、目的とする形質を有する細胞を選択する第2工程とを備える、形質転換体の製造方法。
4. 非線形光学効果を有するパルスレーザーがフェムト秒オーダーのパルス幅を有するパルスレーザーである、項1〜3のいずれかに記載の方法。
5. レーザーの出力を100μW〜800mWとする項1〜4のいずれかに記載の方法。
6. パルスレーザーの繰り返し周波数を1kHz〜100MHzとする項1〜5のいずれかに記載の方法。
7. パルスレーザー集光レンズの開口数を0.1〜1.5とする項1〜6のいずれかに記載の方法。
8. パルスレーザーの全照射時間を0.001〜10秒とする項1〜4のいずれかに記載の方法。
9. 第1工程において、パルスレーザーを間歇的に照射する項3〜8のいずれかに記載の方法。
10. 目的とする形質が、γ−アミノ酪酸高生産性、グリシン高生産性、アラニン高生産性、ロイシン高生産性、セリン高生産性、スレオニン高生産性、及びアスパラギン酸高生産性からなる群より選ばれる少なくとも1種の形質である項1〜9のいずれかに記載の方法。
11. 前記細胞が細菌または真菌である項1〜10のいずれかに記載の方法。
12. 真菌が酵母または糸状菌である項11に記載の方法。
13. サッカロマイセス属に属し、乾燥菌体1g当たりのγ−アミノ酪酸生産量が0.8mg以上である新規変異株。
14. 乾燥菌体1g当たりのグリシン生産量が1mg以上である項10に記載の変異株。
15. フェムト秒オーダーのパルス幅を有するパルスレーザーをサッカロマイセス属細胞群に照射し、シクロヘキシミド耐性を獲得した細胞を選択することにより得られるものである、項13又は14に記載の変異株。
16. サッカロマイセス属に属し、乾燥菌体1g当たりのグリシン生産量が1mg以上である新規変異株。
17. フェムト秒オーダーのパルス幅を有するパルスレーザーをサッカロマイセス属細胞群に照射し、シクロヘキシミド耐性を獲得した細胞を選択することにより得られるものである、項16に記載の変異株。
18. 新規変異株が、サッカロマイセス・セレビシエK701−Lz1株(FERM P−21058)である項10〜14のいずれかに記載の変異株。
19. 米麹上で酵母を生育させることにより清酒を製造する方法において、酵母として、項13〜18のいずれかに記載の変異株を用いる方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明方法によれば、いわゆるフェムト秒レーザーを細胞群に照射することにより、従来の形質転換方法では得られなかった特性を獲得した形質転換体が得られるようになった。即ち、従来方法では変異を導入できなかった位置にもランダムに変異を導入することができるようになった。これは、染色体の高次構造のために変異原物質が接近し難かった染色体上の位置や、紫外線などの電磁波が届き難かった染色体上の位置にも、レンズ集光により高エネルギー密度のレーザー光を照射できることによると考えられる。また、フェムト秒レーザーは、ピークエネルギーが極めて高いため、レーザー焦点位置で非線形加工を行えることも原因であると考えられる。
【0011】
また、従来の変異原処理や紫外線照射などの方法では、生存率約10%程度になるように処理して初めて変異を導入することができるため、形質転換体の取得率が低かったが、細胞群に対してフェムト秒レーザーを照射する本発明方法によれば、高い生存率を維持しつつ所望の変異を導入することができる。これは、フェムト秒レーザーは、レーザーのコヒーレンスによりレーザー焦点にのみ損傷を与えるため、レーザー焦点の周縁部では死滅しない程度にレーザー光が照射され、その結果変異株が得られるためと考えられる。
【0012】
また、本発明の第1のサッカロマイセス・セレビシエ変異株は、GABAを高生産する。GABAは、主に抑制系の神経伝達物質として脳内の血流を活発にし、酸素供給量を増やし、脳細胞の代謝機能を高める働きがあることが知られている。この変異株を用いて清酒醸造を行えば、GABAを別途添加することなく、GABAを多く含む清酒を製造することができる。
【0013】
また、本発明の第2のサッカロマイセス・セレビシエ変異株は、グリシンを高生産する変異株である。グリシンは、心地よい眠りを誘う作用を有することが見出されているアミノ酸である。この変異株を用いて清酒醸造を行えば、グリシンを別途添加することなく、グリシンを多く含む清酒を製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
(I)形質転換体の製造方法/染色体遺伝子に変異を導入する方法
本発明の形質転換体の製造方法は、フェムト秒オーダーのパルス幅を有するパルスレーザを細胞群に照射する第1工程と、目的とする形質を有する細胞を選択する第2工程とを備える方法である。
【0015】
本発明方法では、フェムト秒オーダーのパルス幅を有するパルス変調レーザーを使用するのが特徴であり、これにより極めて高いピークパワー密度が得られる。パルス幅は、フェムト秒オーダー、即ち、1×10−15〜1×10−12秒程度であればよいが、中でも1〜500 fs程度が好ましく、50〜200 fs程度がより好ましく、200 fs程度が最も好ましい。
【0016】
上記のようにパルス幅が短いことにより十分な非線形効果により効率的にランダム変異を導入することができる。一方、パルス幅が短すぎると、平均出力が小さくなり変異を起こす頻度が低くなる。
【0017】
このパルスレーザーの繰り返し周波数は、1 KHz〜100 MHz程度が好ましく、1K Hz〜200KHz程度がより好ましい。繰り返し周波数が上記範囲であれば、パルス間のオフ時間が適切になって、細胞の生存率を高く維持しながら変異を導入することができる。ここでいう繰り返し周波数は、1パルスの照射の開始から次のパルスの照射の開始までの繰り返しの周波数をいう。
【0018】
このパルスレーザーの照射時間は、細胞の種類によって異なるが、通常1ms(0.001秒)〜10s(10秒)程度とすればよく、好ましくは4ms〜4s程度とすればよい。上記範囲であれば、細胞の生存率を高く維持しながら変異を導入することができる。ここでいうパルスレーザーの照射時間は、パルス間時間をも含めた照射期間をいう。
【0019】
また、パルスレーザーは、間歇的に照射してもよい。即ち、上記範囲の繰り返し周波数を有するパルスレーザーを、オン時間を4ms〜20ms程度とし、オンオフ比(オン時間/(オン時間+オフ時間)の比率)を1/10〜1/100程度として間歇的に照射してもよい。これにより、細胞が受ける熱的損傷を軽減することができる。この場合は、オン時間の合計が通常0.1〜1s程度、好ましくは0.1〜0.5s程度となるように照射すればよい。
【0020】
また、レーザーの出力は、上記繰り返し周波数において100μW〜800mW程度とすればよく、好ましくは100〜300mW程度とすればよい。これにより、ピークパワーが適度な値に保たれて、細胞の生存率を高く維持しながら変異を導入することができる。
【0021】
また、一定厚さの細胞群にパルスレーザーを照射する場合、パルスレーザー集光の開口数が大きくなるほど一定以上のエネルギー密度が得られる部分の厚みが小さく、即ち細胞数が少なくなって、生存しつつ変異が導入される細胞数が少なくなる。一方、開口数が小さいほど一定以上のエネルギー密度が得られる部分の厚みが大きくなるが焦点部分のエネルギー密度が小さくなって変異導入効率が低下する。従って、レーザーのレンズ集光による開口数は、通常0.1〜1程度とすればよく、好ましくは0.3〜0.7程度とすればよい。上記範囲であれば、多数の細胞群について変異を引き起こすことができる程度のエネルギー密度が得られるため、形質転換体の取得効率が高くなる。
【0022】
レーザー発振のための媒質の種類は特に限定されず、液体および、固体レーザーで公知のレーザーを制限無く使用できる。
【0023】
本発明では、細胞群、すなわち複数の細胞に対してパルスレーザーを照射する。これにより、照射された領域のうちいずれかの部分で、変異が導入された生存細胞が得られる。例えば、細菌や酵母であればコロニーに対して、コロニーの一部にレーザーが照射されるようにレンズ集光すればよい。これにより、集光された中心部では細胞が死滅する確率が高いが、通常、集光部分の周縁部で変異が導入された生存細胞が得られる。また、多細胞生物、例えば糸状菌ではその菌糸塊に対してその一部にレーザーが照射されるようにレンズ集光すればよい。これにより、通常、集光部分の周縁部で変異が導入された生存細胞が得られる。さらに、平板培地上に塗布された細胞層に対してレーザー照射することもできる。
【0024】
本明細書において、従来方法では変異を導入することが困難であった染色体上の位置としては、染色体の折りたたまれた高次構造の部分(非露出部分)が挙げられる。例えば化学変異原物質で変異を導入する場合、当該変異原物質が細胞内の染色体のアクセス可能な部分のみに変異を起こさせる。また、紫外線などの光照射の場合、紫外線は細胞集団の表面部分には変異を導入するが、内部までは紫外線が到達しにくく、細胞内においても、表面に露出している部分のみに変異が導入され、しかも、紫外線により細胞が死滅する割合が高い。
【0025】
一方、本発明で使用するフェムト秒レーザーは、細胞集団の深部に到達可能な高い透過性を有し、染色体の非露出部分に有効に作用することができるので、従来法では変異の導入が困難であった染色体の(非露出)部分にも変異を導入でき、従来にない変異導入細胞を得ることができる。また、コロニーや細胞塊などの内部の細胞にも変異を導入できる。したがって、細菌や真菌の場合、液体培地の培養物だけでなく、固形培地の培養物を標的とすることができ、効率的に変異を導入できる。例えばEMS(ethyl methanesulfonate)変異は対数増殖期に変異誘発率が最大になり、細胞増殖期の染色体複製のときに変異が導入されると考えられる。フェムト秒レーザー変異処理に用いた細胞(例えば酵母)は、定常期の細胞や、各増殖フェーズの細胞が混在した状態であると考えられる。よって、高次構造を形成している染色体にアタックし得る。
【0026】
レーザー照射は、コロニー、菌糸塊、細胞層などに対して走査しつつ行ってもよい。これにより、多数の細胞に対して効率よく変異を導入することができる。この場合のレーザー照射時間は、各点における照射時間が前述した範囲になるようにすればよい。
【0027】
形質転換体の選択方法は、目的とする形質に応じて適宜選択すればよい。レーザー照射した細胞群を、例えば抗生物質耐性や栄養要求性などの形質を選択できる培地に塗布し、培養することにより、目的とする形質を獲得した形質転換体を選択することができる。
【0028】
目的とする形質は、特に限定されないが、従来の形質転換方法、特に変異処理方法では導入することが難しかった形質である、GABA高生産性、グリシン高生産性、アラニン高生産性、ロイシン高生産性、セリン高生産性、スレオニン高生産性、及びアスパラギン酸高生産性などが挙げられる。高生産性とは、親株よりも生産量が増大したことをいう。目的とする形質は、1または複数導入することができる。
【0029】
本発明方法の対象となる細胞の種類は特に限定されず、細菌、真菌、植物、動物などのどのような細胞であってもよい。中でも、真菌が好適である。真菌では糸状菌でも酵母でも効率的に形質転換を行えるが、酵母がより好適である。
(II)サッカロマイセス属変異株
本発明の第1の変異株は、サッカロマイセス属に属し、乾燥菌体1g当たりのGABA生産量が0.8mg以上である新規変異株である。GABA生産量は菌体内に生産されたもの、及び菌体外に生産されたものの双方の合計であるが、殆どは菌体内に蓄積される。このGABA高生産株の中には、乾燥菌体1g当たりのグリシン生産量が1mg以上である変異株も存在する。
【0030】
また本発明の第2の変異株は、サッカロマイセス属に属し、乾燥菌体1g当たりのグリシン生産量が1mg以上である新規変異株である。グリシン生産量は菌体内に生産されたもの、及び菌体外に生産されたものの双方の合計であるが、殆どは菌体内に蓄積される。
【0031】
本発明の第1及び第2の変異株は、サッカロマイセス属微生物を平板培地上にコロニー状に生育させ、コロニーに対してその一部に集光されるようにフェムト秒レーザーを照射し、シクロヘキシミド耐性を指標に選択することにより得ることができる。
【0032】
この場合の、フェムト秒レーザーのパルス幅は100〜300fs程度、出力は1〜300mW程度、繰り返し周波数は100〜300Hz程度、開口数は0.3〜0.7程度、全照射時間は0.01〜10秒程度とすればよい。また、選択培地中のシクロヘキシミド濃度は0.1〜10μg/ml程度とすればよい。
【0033】
実施例
以下、本発明を実施例を示してより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
(1) シクロヘキシミド耐性形質転換体の作製における生存率の比較
実施例1
<レーザー照射>
YPD寒天培地に、コロニーが単一となるようにきょうかい7号酵母、きょうかい701号酵母、及び酵母G1103株(きょうかい701号酵母の1倍体株;月桂冠株式会社分離株)、をそれぞれ塗布し、直径1〜3mmのコロニーが形成されるまで、30℃で1〜2日間培養した。その中の一つのコロニーの周縁部の1点に、レーザー発信器(コヒーレント社製ReaA、発振の媒質はチタン‐サファイア)を用いて、対物レンズ×5を使用し、パルス幅200fsのフェムト秒レーザーを、パルス繰り返し周波数200KHz、出力100mW、開口数0.45として、全照射時間4秒間(オフ時間を含む)照射した。
<形質転換体の選択>
レーザー照射したコロニーの細胞全部を採取して滅菌水に懸濁し、1プレートあたり10細胞となるように、シクロヘキシミド1ppmを含むYM寒天培地(1%グルコース、0.5%ペプトン、0.3%酵母エキス、0.3%麦芽エキス)に塗布し、30℃で2日間培養した。
生育したシクロヘキシミド耐性株の数を数え、塗布した細胞数に対する生育コロニー数の比率をシクロヘキシミド耐性株の生育率とした。
<生存率の測定>
レーザー照射したコロニーの細胞を全部を採取して滅菌水に懸濁したコロニー懸濁液を希釈し、1プレートあたり100細胞となるようにYPD培地(1%酵母エキス、2%ポリペプトン、2%グルコース、2%寒天)に塗布し、30℃で2日間培養し、生育したコロニー数を数えた。1プレートに塗布した細胞数に対する成育したコロニー数の比率を生存率とした。各株2系列で希釈及びYPD培地での生育を行い、生存率は平均値で表した。
【0034】
比較例1,2
実施例1においてレーザー照射により形質転換するのに代えて、エチルメタンスルホネート(EMS)処理(比較例1)、及びUV照射(比較例2)により変異を誘発した。これらの変異誘発は常法により行った。また、各変異処理は、生存率が実施例1のフェムト秒レーザー照射照射したときの生存率とほぼ同じになるような条件で行った。また、生育率、及び生存率を実施例1と同様にして求めた。
結果を以下の表1に示す。
【0035】
【表1】

【0036】
表1から分かるように、本発明の方法のみが、高生存率の条件下において、シクロヘキシミド耐性株を取得することができる。
【0037】
(2)変異パターンの検討
実施例2
実施例1で用いた酵母3株に対して、実施例1と同様にしてフェムト秒レーザーを照射した。レーザー照射したコロニーの細胞全部を採取して滅菌水に懸濁し、1プレートあたり10細胞となるように、それぞれセルレニン含有培地、5-フルオロオロチン酸(5-FOA)含有培地、及びシクロヘキシミド含有培地に塗布し、30℃で2日間培養した。各培地の組成を以下に示す。
セルレニン含有培地:25μM セルレニン(Sigma)、0.67重量%イーストナイトロジェンベース(w/oアミノ酸)、2重量%グルコース、2重量%寒天
5-FOA含有培地:2重量%グルコース、0.67重量%イーストナイトロジェンベース(w/oアミノ酸)、0.005重量%ウラシル、0.1重量%5-FOA、2重量%寒天
シクロヘキシミド含有培地:実施例1で使用したものと同様
各株について、シクロヘキシミド耐性株の生育率、5-FOA耐性株の生育率、及びセルレニン耐性株の生育率を求めた。
【0038】
比較例3,4
比較例1と同様にして、但し生存率が10%となるような条件でEMS変異処理を行った(比較例3)。また、比較例2と同様にして、但し、生存率が10〜20%となるような条件でUV照射処理を行った。実施例2と同様にして、それぞれセルレニン含有培地、5-FOA含有培地、及びシクロヘキシミド含有培地に塗布し、30℃で2日間培養し、生育率を求めた。結果を以下の表2に示す。
【0039】
【表2】

【0040】
表2から、フェムト秒レーザー照射した場合は、変異パターンが、EMS処理した場合、及びUV照射した場合と異なることが分かる。フェムト秒レーザーは、生存率を高く維持しながらシクロヘキシミド耐性酵母を効率よく取得できること、及び一倍体G1103株についてウラシル(5-FOA)要求性変異株を高頻度で取得できることが特徴である。
【0041】
実施例3;GABA、グリシン高生産変異株の取得
きょうかい701号酵母(サッカロマイセス・セレビシエ)に対して実施例1と同じ条件でフェムト秒レーザー照射し、シクロヘキシミド1ppmを含むYM寒天培地(1%グルコース、0.5%ペプトン、0.3%酵母エキス、0.3%麦芽エキス)に塗布し,30℃で3日間培養し、生育するコロニー23株(Lz1〜Lz23)をピックアップした。YPD培地で培養すると、生育した酵母に増殖の差が認められた。親株と比較して、増殖速度が低い株(例Lz1,Lz2)と増殖速度が高い株(Lz8,Lz10)とを取得した(図1)。
親株より増殖速度が低い変異株Lz1株、及びLz2株を、YPD液体培地5mlで30℃一晩振盪培養し、集菌後、2回水洗した。洗浄した菌体を凍結乾燥し、その菌体の重量を測定した結果を後掲の表3に示す。
【0042】
凍結乾燥した菌体に水1mlを添加しサーモミキサー(エッペンドルフ)で40℃で1時間撹拌後、メタノール1mlを添加し40℃で1時間撹拌した。遠心後、抽出液を10倍希釈し、アミノ酸分析計(L−8800形高速アミノ酸分析計;日立)に供した。
アミノ酸分析計の測定値を、乾燥菌体あたりに換算した結果を後掲の表3に示す。その結果、フェムト秒レーザー変異処理をした酵母は、グリシン、GABA、アラニン、ロイシン、セリン、スレオニン、アスパラギン酸を親株よりも多く蓄積していた。特に、グリシン、及びGABAの蓄積量が多かった。
【0043】
【表3】

【0044】
実施例4(酵母の特性)
実施例3で得た変異株Lz1〜Lz23についてパントテン酸要求性を調べた。
まず、β−アラニン含有培地での生育を調べるために、β−アラニン含有培地(20gグルコース、0.5g(NH4)2SO4、1.5gKH2PO4、0.5gMgSO4・7H2O、200μgチアミン、200μgピリドキシン、200μgニコチン酸,1mgイノシトール、0.2μgビオチン、200μgアミノ安息香酸、40μg β−アラニン、1L 蒸留水pH5.0)に2%寒天を含む寒天培地に、各菌株を塗布し、それぞれ30℃、及び35℃で培養した。
【0045】
また、パントテン酸要求性を調べるために、パントテン酸含有培地(20gグルコース、0.5g(NH4)2SO4、1.5gKH2PO4、0.5gMgSO4・7H2O、200μgチアミン、200μgピリドキシン、200μgニコチン酸,1mgイノシトール、0.2μgビオチン、200μgアミノ安息香酸、200μgパントテン酸カルシウム、1L蒸留水 pH5.0)に2%寒天を含む寒天培地に、各菌株を塗布し、それぞれ30℃、及び35℃で培養した。
各培地での生育結果を後掲の表4に示す。
【0046】
また、親株であるきょうかい701号酵母は35℃の高温では、パントテン酸を含まないβ−アラニン含有培地に生育できず、パントテン酸含有培地には生育することから、パントテン酸要求性の特性を有している。また、きょうかい701号酵母にフェムト秒レーザー照射して得られた変異株Lz1〜Lz23も、35℃においてパントテン酸要求性を示したことから、パントテン酸要求性については親株と同じ性質を有していた。
【0047】
【表4】

【0048】
実施例5(アルコール生産性)
実施例3で取得したLz1〜Lz23株と親株きょうかい701号酵母とを、5mlのYPD培地中で30℃で一晩振盪培養し,前培養とした。前培養液を、2×106cells/mlとなるようにYPD10培地(10%グルコース、2%ポリペプトン、1%酵母エキス)10mlに植菌し、15℃静置で3日間培養し、発酵試験を行った。
【0049】
培養上清のアルコールをGC分析により測定した。結果を以下の表5に示す。
<アルコール測定方法:GC分析条件>
使用機器;GC-9A shimadzu
分析条件;カラムGaskuropak54
Column Temp. 180℃,INJ.Temp.250℃
N2流速;60ml/min
検出器;60ml/min
【0050】
【表5】

【0051】
GABA高生産性を示す株はYPD培地系での発酵試験において、親株よりも、アルコール生産が低い特徴があることが分かる(Lz1,Lz2,Lz3,Lz4,Lz5,Lz6,Lz7,Lz9,Lz10,Lz11,Lz12,Lz13,Lz14,Lz15,Lz20,)。一方、GABA高生産性を示さない株は、親株よりもエタノール生産性が高い特徴があることが分かる(Lz8, Lz16, Lz17, Lz18, Lz19, Lz21,Lz22,Lz23)。
【0052】
実施例6(きょうかい701号酵母株及びその変異株を用いた清酒製造)
総米40g、麹歩合を総米に対して21容量%、汲み水を総米に対して140重量%の仕込み配合として、仕込み試験を行った。
【0053】
きょうかい701号酵母、及びL1〜L3株をYPD培地を用いて30℃で1日間振盪培養し、2回水洗を行い仕込み用の酵母菌体とした。各仕込みで、1×10cells/mlとなるように、上記仕込み用酵母菌体を添加した。温度を15℃一定にして20日間の仕込みを行った。
上槽(仕込みの終わったもろみを遠心分離機を用いて3000gで15分間遠心して固体部と液体部に分離する操作)後、液体部である上槽酒についての一般分析(アミノ酸、総酸)を、国税庁所定分析法に従い行った。また、上槽酒中のアルコール濃度は実施例5と同じ方法で測定した。結果を後掲の表6に示す。
【0054】
さらに、上槽酒中のアミノ酸を実施例3と同様にしてアミノ酸分析計を用いて測定した。さらに酒粕中のアミノ酸測定は次のようにして行った。酒粕を凍結乾燥で一晩乾燥した後、酒粕5mgに加水分解用液 200μl(濃塩酸:トリフルオロ酢酸=2:1溶液中に0.05%フェノールを含有)を添加し、165℃、1時間加水分解した。減圧により塩酸を除去し、0.02N 塩酸で溶解した後、実施例3と同様にしてアミノ酸分析計を用いて測定した。それらの結果をそれぞれ後掲の表7、表8に示す。
【0055】
【表6】

【0056】
【表7】

【0057】
【表8】

【0058】
本発明方法により得た変異株を用いることにより、GABA含量の高い清酒、及び酒粕が得られた。また、変異株を用いた仕込みのアミノ酸量も親株使用の場合より多かった。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1】レーザー変異処理した酵母の生育

【特許請求の範囲】
【請求項1】
非線形光学効果を有するパルスレーザーを細胞に照射することを特徴とする、染色体遺伝子にランダム変異を導入する方法。
【請求項2】
染色体遺伝子の非露出部分にランダム変異を導入することを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
非線形光学効果を有するパルスレーザーを細胞に照射する第1工程と、目的とする形質を有する細胞を選択する第2工程とを備える、形質転換体の製造方法。
【請求項4】
非線形光学効果を有するパルスレーザーがフェムト秒オーダーのパルス幅を有するパルスレーザーである、請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
レーザーの出力を100μW〜800mWとする請求項1〜4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
パルスレーザーの繰り返し周波数を1kHz〜100MHzとする請求項1〜5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
パルスレーザー集光レンズの開口数を0.1〜1.5とする請求項1〜6のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
パルスレーザーの全照射時間を0.001〜10秒とする請求項1〜4のいずれかに記載の方法。
【請求項9】
第1工程において、パルスレーザーを間歇的に照射する請求項3〜8のいずれかに記載の方法。
【請求項10】
目的とする形質が、γ−アミノ酪酸高生産性、グリシン高生産性、アラニン高生産性、ロイシン高生産性、セリン高生産性、スレオニン高生産性、及びアスパラギン酸高生産性からなる群より選ばれる少なくとも1種の形質である請求項1〜9のいずれかに記載の方法。
【請求項11】
前記細胞が細菌または真菌である請求項1〜10のいずれかに記載の方法。
【請求項12】
真菌が酵母または糸状菌である請求項11に記載の方法。
【請求項13】
サッカロマイセス属に属し、乾燥菌体1g当たりのγ−アミノ酪酸生産量が0.8mg以上である新規変異株。
【請求項14】
乾燥菌体1g当たりのグリシン生産量が1mg以上である請求項10に記載の変異株。
【請求項15】
フェムト秒オーダーのパルス幅を有するパルスレーザーをサッカロマイセス属細胞群に照射し、シクロヘキシミド耐性を獲得した細胞を選択することにより得られるものである、請求項13又は14に記載の変異株。
【請求項16】
サッカロマイセス属に属し、乾燥菌体1g当たりのグリシン生産量が1mg以上である新規変異株。
【請求項17】
フェムト秒オーダーのパルス幅を有するパルスレーザーをサッカロマイセス属細胞群に照射し、シクロヘキシミド耐性を獲得した細胞を選択することにより得られるものである、請求項16に記載の変異株。
【請求項18】
新規変異株が、サッカロマイセス・セレビシエK701−Lz1株(FERM P−21058)である請求項10〜14のいずれかに記載の変異株。
【請求項19】
米麹上で酵母を生育させることにより清酒を製造する方法において、酵母として、請求項13〜18のいずれかに記載の変異株を用いる方法。

【図1】
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【公開番号】特開2008−154497(P2008−154497A)
【公開日】平成20年7月10日(2008.7.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−346522(P2006−346522)
【出願日】平成18年12月22日(2006.12.22)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【出願人】(000165251)月桂冠株式会社 (88)
【Fターム(参考)】