説明

循環式及び/又は多管式によるコーヒー抽出液の製造方法

【課題】好ましいコーヒーの風味成分はそのままに、過剰な苦味を選択的に低減しうる、コーヒー抽出液の製造方法を提供する。
【解決手段】コーヒー抽出液を得る工程1、及び前記コーヒー抽出液を抽出履歴のあるコーヒー顆粒の堆積層内を通過させる工程2を含む方法でコーヒー抽出液を得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コーヒー豆の焙煎に伴う過剰な焦げ苦味が低減された、コーヒー抽出液の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
焙煎したコーヒー豆を粉砕して顆粒状としたもの(以下、コーヒー顆粒という)から熱水または水で抽出して得られるコーヒー抽出液が、コーヒー飲料として飲用に供されている。コーヒー飲料には、300種類を超える風味成分と10種類程度の栄養成分が含まれることが知られ、嗜好飲料としてだけでなく栄養機能飲料としての役割も担っている。したがって、長期間に渡って通常の生活においてコーヒー飲料の摂取を続けるためには、風味の良いコーヒー抽出液を得ることが重要である。
【0003】
風味の良いコーヒー抽出液として、エキスコーヒーが知られている。エキスコーヒーとは、コーヒーを抽出するときの最初の濃い数滴をいい、濃厚かつ香り高いコーヒー液で、口に含むとトロっとしており、しかも後味がよく、すっきり消えるコーヒーであり、このエキスの魅力を最大限に引き出して入れたコーヒーこそ至高のコーヒーであるとの報告がある(非特許文献1)。
【0004】
また、不快成分を選択的除去することにより、コーヒー抽出液の風味を改善する方法も報告されている。例えば、吸着剤として平均再孔半径が30〜100Å付近に分布した活性炭を利用して、コーヒー抽出液中の渋味の原因となるクロロゲン酸の多量体などの高分子黒褐色成分を選択的に吸着除去する方法(特許文献1)や、酵素処理と、活性炭やPVPPや活性白土等による吸着処理とを組み合わせ、タンニンやカフェイン等の苦渋味を低減する方法(特許文献2)がある。
【0005】
一方、エキス成分の抽出効率を向上させることを目的とした循環式又は連続多管式の抽出方法が提案されている。例えば、循環式の抽出方法として、フィルターを用い、水で抽出した、抽出コーヒー液を再び前記フィルター部に再注入して、循環抽出を行うことにより、抽出時間を短縮し、スピーディに水出しコーヒーを製造する方法が開示されている(特許文献3)。また、連続多管式の抽出方法として、抽出履歴の古いものから順番に直列に抽出水が流れるようにして抽出を行い、高濃度、高品質のエキスを回収する方法が開示されている(特許文献4,5)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第2578316号公報
【特許文献2】特開2003−310162号公報
【特許文献3】特開平11−244148号公報
【特許文献4】特開昭61−298940号公報
【特許文献5】特開平9−94163号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】広瀬幸雄、他、コーヒー学講義、人間の科学社(東京)、2003
【非特許文献2】M.R.Jisha, et al., Mater. Chem. Phys., 115, 33-39, 2009
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従来から不快成分である苦味や渋味を低減することは行われているが、苦味は十分に取れても渋味が十分に取れていなかったり、或いは苦味や渋味も取れるが、同時にコーヒー独特の豊かな香りや風味、コク味までも取れてしまい、コーヒー抽出液自体の風味を低下させたりすることもあった。
【0009】
本発明は、好ましいコーヒーの風味成分はそのままに、過剰な苦味を選択的に低減しうる、コーヒー抽出液の製造方法を提供することを目的とする。また、本発明は、好ましいコーヒーの風味成分はそのままに、過剰な苦味と渋味とを選択的に低減した風味良好なコーヒー抽出液の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
エキスコーヒーで知られているように、焙煎豆表面は内部に比べ香気成分が多いため少量の抽出液によって効率的に風味豊かな抽出液を得ることができる。しかし、焙煎の最終段階で産生する苦味の強い成分が、コーヒー豆の最表面に吸着しており、焙煎豆表面の抽出液では過剰な苦味(本明細書中、「焦げ苦味」と表記することもある)を呈し、酸味、苦味、コク味のバランスの取れたコーヒー抽出液を得るのが困難である。
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決する方法として、焙煎豆表面の抽出液から焦げ苦味を選択的に除去する方法について鋭意検討を行った。コーヒー豆を焙煎すると、ハチの巣構造(ハニカム構造)が形成されることが知られ、ハニカム構造の隔壁は、その表面積が多孔質ゲルに匹敵する広い面積であり成分吸着能を有することが報告されている(非特許文献2)。本発明者らは、驚くべきことに、焦げ苦味成分がコーヒー豆のハニカム構造の隔壁と親和力が強いことを見出した。そして、ハニカム構造が露出したコーヒー豆層を固定相カラムとして利用し、高濃度に可溶性固形分を含むコーヒー抽出液を通液させることにより、高濃度に可溶性固形分を含むコーヒー抽出液から、選択的に焦げ苦味成分をコーヒー豆の隔壁に吸着させて分離して抽出できることを見出し、本発明を完成するに至った。すなわち本発明は、以下に関する。
(1) コーヒー顆粒堆積層に溶媒を通液することにより抽出液を得る工程1、及び
前記抽出液を抽出履歴のあるコーヒー顆粒の堆積層内を通過させる工程2を含む、コーヒー抽出液の製造方法。
(2) 工程1及び工程2を同一のカラムを用いて行うことを特徴とする、(1)に記載の方法。
(3) 工程1及び工程2を直列に接続された2以上のカラムを用いて行うことを特徴とする、(1)に記載の方法。
(4) 抽出率が50%以下となるように抽出液を回収する、(1)〜(3)のいずれかに記載の方法。
(5) 工程2におけるコーヒー顆粒の堆積層内を通過するコーヒー抽出液の速度が、SV=3〜100である、(1)〜(4)のいずれかに記載の方法。
(6) カラムの抽出部の軸線の沿う方向の形状が略四角形状であり、その断面形状において四角形の幅(L)と高さ(H)の比(H/L)が0.1〜10である、(2)〜(5)のいずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明の製造方法により、好ましいコーヒーの風味成分はそのままに、過剰な苦味を選択的に低減しうるコーヒー抽出液の製造方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】図1は、循環式によるコ−ヒー抽出液の製造方法の一例を示す図である。
【図2】図2は、循環式によるコ−ヒー抽出液の製造方法の一例を示す図であり、図1と同様の抽出カラムで、三方弁により抽出溶媒の導管と抽出液Aの導管とが接続された態様を示す図である。
【図3】図3は、古い抽出履歴のものから順に接続された多管式の抽出装置で、最後に通液される最も新しいコーヒー顆粒を収容するカラムのみ、循環式の抽出系列を有している抽出装置の図である。
【図4】図4は、複数個のカラム型抽出機を有する抽出装置の図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の抽出原料であるコーヒー顆粒は、焙煎したコーヒー豆を粉砕して顆粒状としたものであればよい。コーヒー豆の栽培樹種は、特に限定されず、例えばアラビカ種、ロブスタ種などが挙げられる。本発明の方法では、濃く淹れても後味がすっきりとし、個性が際立つコーヒー抽出液が得られるという特徴があり、ロブスタ種を多く用いると、そのロブスタ臭が強く強調され過ぎることから、特にアラビカ種が好ましく用いられる。また、品種についても特に限定されず、例えば、モカ、ブラジル、コロンビア、グァテマラ、ブルーマウンテン、コナ、マンデリン、キリマンジャロなどが挙げられる。複数品種のコーヒー豆をブレンドして用いてもよい。
【0015】
焙煎の度合(通常、浅煎り、中煎り、深煎りの順に表現される)についても、特に限定されない。一般に、焙煎コーヒー豆は、焙煎が浅いと焙煎による焦げ臭が少ないが、豆内部まで加熱が進んでおらず雑味や酸味が多くなる傾向があり、焙煎が深いと表面に焦げ臭が多くなるものの、ローストによってもたらされるコーヒー独特の苦味とその中から立ち上がってくる香しい香りが得られ、魅力ある香味になることが知られている。本発明の焦げ苦味が抑制された個性が際立つコーヒー抽出液が得られるという特徴が最大限に発揮できるという観点から、中煎り、深煎り程度の焙煎を行うのが好ましい。L値でいうと、L値15〜24が好ましく、16〜22がより好ましく、16〜20が特に好ましい。ここで、L値とは、焙煎コーヒー豆を粉砕したコーヒー顆粒の表面色を数値化したもので、明度の指標となる値である(0が黒、100が白)。コーヒー顆粒のL値は、例えば色彩色差計を用いて測定することができる。この深く焙煎したコーヒー豆を用いた場合、栄養成分の抽出効率が改善されるという利点もある。
【0016】
焙煎されたコーヒー豆の粉砕度合(通常、粗挽き、中挽き、細挽きなどに分類される)についても特に限定されず、各種の粒度分布の粉砕豆を用いることができるが、粉砕度合が小さくし過ぎると目詰まりが発生しやすくなり、抽出に時間を要して過抽出を引き起こす可能性があることから、特に中挽き及び/又は粗挽きは本発明の好ましい態様の一つである。粉砕後の平均粒度でいうと、0.1〜2.0mm程度が好ましく、0.5〜2.0mmがより好ましく、1.0〜1.5mmが特に好ましい。なお、本明細書でいう「過抽出」とは、抽出溶媒が過度にコーヒー顆粒に接触することにより、コーヒー豆内部のエグミや渋味、雑味が抽出される現象をいう。
【0017】
本発明のコーヒー抽出液の製造方法は、焙煎コーヒー豆のハニカム構造を利用して、クロマトグラフィー式に焦げ苦味成分を捕捉して分離するものであり、コーヒー顆粒に抽出溶媒を接触させてコーヒー抽出液Aを得る工程(工程1)と、このコーヒー抽出液Aを抽出履歴のあるコーヒー顆粒の堆積層内を通過させて抽出液Aを処理する工程(工程2)とを含む。ここで、抽出履歴のあるコーヒー顆粒とは、ハニカム構造の表面が露出したコーヒー顆粒を表す。
【0018】
本発明の方法は、工程1及び工程2を同一の抽出カラムで循環式の抽出により行うこともできるし、直列に接続された2以上の抽出カラムを使用し、工程1及び工程2を多管式の抽出により行うこともできる。以下、本発明の循環式及び多管式の製造方法について、その具体的実施の形態を図面に基づき説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0019】
(1)循環式のコ-−ヒー抽出液の製造方法
コーヒー豆は、焙煎処理によって水分を蒸発させ、内部の細胞組織を空洞化してハニカム構造とし、その空洞化した細胞膜の凸凹面(隔壁)にコーヒーの炭酸ガス、香気成分、味成分(水溶性呈味成分)などを吸着する(非特許文献1)。本発明の循環式に係る製造方法では、工程1において、コーヒー顆粒に抽出溶媒を接触させてコーヒー抽出液Aを得ると同時に、コーヒー豆のハニカム構造の表面に吸着した香気成分、味成分を、抽出溶媒を通液していったん脱着させてハニカム構造の表面を露出させる。次いで、工程2において、前記コーヒー抽出液Aを、コーヒー抽出液Aの抽出残渣、すなわちハニカム構造の表面の露出したコーヒー顆粒の堆積層内を通過させることにより、前記コーヒー抽出液中の焦げ苦味成分をハニカム構造の隔壁に選択的に再吸着させるものである。このように本明細書でいう「循環式の抽出」とは、コーヒー顆粒から得られた抽出液を抽出機内に再度戻し、この操作を繰り返し行う抽出をいう。
【0020】
この循環式の抽出方法は、カラム型抽出機を用いて実施できる。カラム型抽出機としては、内部にコーヒー顆粒を略密封に収容するためのコーヒー保持板と、抽出溶媒及び抽出液Aの供給口と、コーヒー抽出液A及びコーヒー抽出液Bの取出し口とを備えるものであれば特に限定されるものではない。例えば、カラム型抽出機の上方から抽出溶媒を供給するタイプ、下方から抽出溶媒を供給するタイプ、あるいは双方から抽出溶媒を供給可能なタイプ等が利用できる。
【0021】
カラム型抽出機としては、例えば、図1に示すような閉鎖型抽出カラム(以下、単に「カラム」ともいう)を用いることができる。図1に示すカラム1は、コーヒーを抽出する抽出部Eと、抽出用の抽出溶媒を送給するためのポンプ2と、抽出液Aを送給するためのポンプ3と、抽出液Aを回収するためのタンク4,及び抽出処理液Aを回収するための4’とで構成され、コーヒー顆粒Mを略密封に収容するための着脱自在なコーヒー保持板5,6が装着されている。ここで、本明細書において、コーヒー顆粒Mを略密封状態で収容する部分、すなわち図1においてコーヒー顆粒Mの下部に設置されたコーヒー保持板5の位置と、このコーヒー保持板より上方位置でコーヒー顆粒の堆積層上面に近接する位置に備えられるコーヒー保持板6の位置との間の領域を抽出部Eと表記する。また、抽出液Aの処理液を抽出処理液Aと表記する。
【0022】
本発明の循環式の抽出では、工程1および工程2を同一の抽出カラムを使用して行う。すなわち、抽出カラムにコーヒー顆粒を仕込み、抽出溶媒である水又は熱水で抽出して抽出液Aを調製し、次いでこの抽出残渣に抽出液Aを供給することにより、抽出液Aの処理液(抽出処理液A)を得る。このように、本発明の循環式に係る製造方法では、抽出履歴のない第1のカラムで抜き出した抽出液を、抽出履歴のあるカラム抽出機に再度戻すことが、抽出履歴のないカラムで抜き出した抽出液をそのまま回収する従来の抽出と異なる。
【0023】
抽出溶媒及び抽出液Aの通水方向は、カラム下方から上方に通水(上昇流)しても、カラム上方から下方に通水(下降流)してもよいが、コーヒー顆粒のガス(気泡)発生や圧密化によりカラムが閉塞することを防止可能であるという観点からは、図1に示すような上昇流とすることが好ましい。
【0024】
工程1における抽出溶媒のコーヒー顆粒への局所的な接触による過抽出や、工程2における抽出液Aの処理に伴う局所的な過抽出を防止するために、抽出溶媒や抽出液Aがコーヒー顆粒に対して均一に接触しやすい形状の抽出部を有するカラムを用いることが好ましい。具体的には、抽出溶媒や抽出液Aの通液方向(図2においては反重力方向(下方から上方の方向))に対して、ほぼ均一の内径を有する形状、例えば円柱状、直方体状等の形状を有するカラムを用いることが好ましい。このようなカラムを用いた場合、コーヒー顆粒の堆積層の軸線に沿う方向の断面形状は略四角形となる。
【0025】
本発明は、ハニカム構造の表面が露出した焙煎コーヒー豆を吸着剤として利用するものであり、吸着剤の効果を最大限に発揮させるために、工程2においてハニカム構造の表面が露出したコーヒー顆粒を略密封状に抽出カラム内に収容しておくことが重要となる。工程1の後に着脱自在のコーヒー保持板を使用してコーヒー(抽出残渣)をホールドしてもよいが、工程1の段階からコーヒー顆粒を略密封状に収容しておくと、工程1から工程2への移行がスムーズに行われるばかりか、工程1で調製される抽出液Aの清澄性が高くなり、その処理液(工程2を経て調製される抽出処理液A)は、雑味の少ないいっそう風味の良いものとなる。したがって、コーヒー顆粒Mを抽出カラムに略密封に収容してから、工程1を行うことが好ましい。ここで、本明細書でいう「略密封」とは、抽出溶媒を通液する際に、抽出カラム内でコーヒー顆粒が踊らない状態をいい、コーヒー顆粒の堆積層が抽出カラムの壁や、濾材、蓋材などによって囲まれている状態を意味する。例えば、図1には、コーヒー堆積層下部に当接する位置にコーヒー保持板5が設置され、コーヒー顆粒Mを略密封する状態になるよう、乾燥状態のコーヒー顆粒Mの堆積層の最上面に当接する位置または近接する位置にコーヒー保持板6が設置されている。近接する位置とは、コーヒー顆粒Mを抽出溶媒で湿潤させた際に、コーヒー顆粒が自然に膨潤する分(空隙)だけコーヒー顆粒Mの堆積層の最上面から離間した位置をさす。具体的にはコーヒー顆粒を僅かに圧縮する位置(コーヒー顆粒の体積の約0.9倍)から、抽出溶媒に接触させた後のコーヒー顆粒の膨潤を考慮し、コーヒー顆粒の体積の約2倍(好ましくは約1.5倍)に対応する位置との間の領域内をさす。
【0026】
また、本発明の工程2におけるコーヒー顆粒の吸着効果を最大限に発揮させるため、抽出部Eの形状(断面積と高さの関係)が重要となる。コーヒー顆粒の粒度等の特性にもよるが、一般的には、抽出部Eの軸線の沿う方向の略四角形状の断面形状において、四角形の幅(L)と高さ(H)の比(H/L)が0.1〜10、好ましくは2〜6、より好ましくは3〜6の範囲となるように抽出部Eにコーヒー顆粒Mを収容するのが好ましい。上記の範囲を超えると、抽出に時間がかかったり詰まりが発生したりして、過抽出を生じることがある。また、上記の範囲未満では、本発明の吸着効果が十分に得られないことがある。
【0027】
コーヒー保持板としては、コーヒー顆粒を略密封状にして収容でき、コーヒー顆粒と抽出液とを分離できるものであれば特に限定されない。具体的には、金属メッシュ、不織布(ネル布、リント布など)、紙フィルターなどの網目部材を例示できる。その形状も特に限定されず、フラット、円錐状、角錐状等の形状のものを用いることができる。網目部材のメッシュを小さくし過ぎると目詰まりが発生しやすく、抽出に時間を要して過抽出を引き起こす可能性があることから、メッシュサイズは金属メッシュの場合、アメリカ式メッシュ20〜200番程度のものを用いるのが好ましい。また、コーヒー抽出液に含まれる油分を吸着除去できる観点からは、不織布を用いることが好ましい。
【0028】
循環式の本発明に係る工程1では、コーヒー顆粒、好ましくは略密封状に収容されたコーヒー顆粒に少量の抽出溶媒を接触させて可溶性固形分を2〜15%の濃度で含むコーヒー抽出液Aを得る。抽出溶媒は、溶媒タンク8よりポンプ2を利用して抽出カラム内に送給される。抽出溶媒には15〜100℃の水、好ましくは50〜98℃の熱水を用いるのが好ましい。特に、60〜95℃の熱水を用いた場合には、香りが強く、甘味も強いコーヒー抽出液が得られることを確認している。
【0029】
工程1では、コーヒー抽出液Aを得ると同時に、コーヒー豆のハニカム構造の表面に吸着した各種成分いったん脱着させてハニカム構造の表面を露出させる。つまり、本発明の特徴とするコーヒー顆粒を吸着剤として利用した苦味成分の分離を効率よく行うための準備が整えられる。
【0030】
工程1で通液する抽出溶媒の量は、ハニカム構造の隔壁に吸着している成分をいったん脱着することが可能な量であればよく、可溶性固形分を2〜15%の濃度で含むコーヒー抽出液Aを得るのに適当な量を設定すればよい。通常、コーヒー顆粒Mの容積に対して0.3〜2倍量程度、好ましくは0.5〜1.5倍量程度、より好ましくはコーヒー顆粒Mの堆積層の略上面程度まで注入される量である。上記範囲より多い量の抽出溶媒を注入すると、後述する工程2における焦げ苦味の分離効率が悪くなったり、コーヒー豆内部から雑味が抽出され抽出液の風味を低下させてしまったりすることがある。抽出溶媒の注入量は、抽出カラムに液位計を設けて制御してもよいし、コーヒー顆粒層の容積から計算して求めてもよい。一般に、中煎り・中挽きのコーヒー顆粒の嵩比重は0.3〜0.5である。この嵩比重と抽出カラムの内径とから、当業者であれば抽出部の上面を満たすのに必要な抽出溶媒の容積を求めることができる。
【0031】
工程1では、上記範囲の量の抽出溶媒を、SV(space velocity)=3〜100程度の速度で抽出カラム1内に通液することにより、コーヒー顆粒Mの吸着成分の脱着を効果的に行うことができる。より好ましい通液速度は、SV=5〜70、好ましくは5〜50、より好ましくは6〜40程度である。
【0032】
次いで、工程2において、前記コーヒー抽出液Aを、略密封状に収容されたコーヒー抽出液Aの抽出残渣、すなわちハニカム構造の表面の露出したコーヒー顆粒の堆積層を通過させることにより、前記コーヒー抽出液A中の強過ぎる焦げ苦味成分を選択的に再吸着させて低減させる。
【0033】
工程2において、抽出液Aを通過させる方向は限定されない。カラム上方から抽出液Aを供給しても、カラム下方から抽出液Aを供給してもよい。図1では、抽出液Aを回収したタンク4より、抽出液Aがポンプ3を利用して抽出カラム1にカラム下方より送給され、抽出液Aがコーヒー顆粒の堆積層を重力方向と反対方向(下から上)に通過し、その処理液(抽出処理液A)がカラム上方より回収される態様が示されている。
【0034】
抽出処理液Aを回収する手段は特に制限されない。例えば、(i)回収する方向(図1ではカラム上方)からポンプ等で吸引して回収する方法、(ii)回収する方向と対向する方向(図1ではカラム下方)から空気等を導入して圧力をかける、すなわち押圧により回収する方法、(iii)回収する方向と対向する方向(図1ではカラム下方)から水を注入し、水で押して(本明細書中、「水押し」と表記することもある)抽出処理液Aを回収する方法等が挙げられる。圧力をかける方法((i)、(ii)の方法)では、その圧力の大きさにより、隔壁に吸着した苦味成分が脱着してしまうこともあることから、水押しによりコーヒー抽出液を回収する方法が簡便であり、好適な態様の一つである。
【0035】
図2には、図1と同様の抽出カラムで、三方弁により抽出溶媒の導管と抽出液Aの導管とが接続された態様が示されている。図2に基づき、循環式の本発明の方法について詳述する。抽出カラム1の抽出部Eには、上下を網目部材(フィルター)で挟み略密封にした状態でコーヒー顆粒Mが収容されている。三方弁7を開放操作して、抽出溶媒(水、好ましくは熱水)を抽出溶媒タンク(例えば熱水タンク)8からポンプ2を利用して抽出カラム1下部に送給し、抽出カラム1内のコーヒー顆粒Mの下方から上方に向かって通液して抽出液Aをタンク4に回収する。次いで、三方弁7を切り替え、抽出液Aを回収タンク4からポンプ3を利用して抽出カラム1下部に送給し、コーヒー顆粒Mの下方から上方に向かって通液する。三方弁7を再び切り替えて、抽出溶媒を抽出カラム1下部に送給し、カラム上方から抽出処理液Aを回収する。
【0036】
ここで、水押しに用いられる水の温度は特に限定されない。本発明者らの検討によると、焙煎時に隔壁の最表面に吸着する苦味成分は水(特に熱水)に接触させることにより簡単に脱着するが、露出したハニカム構造の隔壁に再吸着させると、その親和力は強く、熱水を接触しても脱着しにくくなる性質がある。一般に、コーヒー顆粒の抽出残渣中に抽出液のエキス成分と同濃度のエキス成分が残渣固形分と同等以上残存していると考えられている。したがって、工程1で得られた焙煎豆表面の抽出液Aを水押しして回収した後に、引き続き抽出部Eに抽出溶媒(水)を注入し、この水で抽出を続行することにより、コーヒー顆粒の抽出残渣中に含まれるエキス成分を効率よく抽出できる。このように、焙煎豆表面の抽出液の水押し回収と焙煎豆表面の抽出残渣からの抽出の目的から、工程2で注ぎ入れる水の温度や量を適宜設定すればよく、段階的に温度を変化させてもよい。焙煎豆表面の抽出残渣から風味よく抽出する目的では、水押しする水の温度は、15〜100℃、好ましくは50〜98℃、より好ましくは60〜95℃程度である。
【0037】
さらに、本発明者らの検討によると、コーヒー抽出液の好ましくない成分としては、コーヒー豆の隔壁最表面に吸着した強過ぎる苦味成分(焦げ苦味)の他に、抽出の中期から後期にかけて溶出してくる舌に残る渋味成分が存在する。工程2において、水押しにより抽出処理液Aを回収する方法では、この抽出の中期から後期にかけて溶出する舌に残る渋味成分を回収しないように抽出を制御することで、より風味のよい抽出処理液を効率よく得ることができる。具体的には、図2において、水押しにより抽出カラム上方より取出す抽出処理液Aの抜き取り量が、コーヒー顆粒Mの容積に対して0.5〜5倍程度、好ましくは1〜3倍程度、より好ましくは1〜2倍程度とするのがよい。5倍を超えた量を抜取ると、抽出処理液中に渋味成分を知覚するようになる。
【0038】
このような抽出を行った場合、コーヒー抽出液の抽出率は50%以下、好ましくは45%以下、より好ましくは30%以下、さらに好ましくは20%以下、特に好ましくは15%以下となる。
【0039】
コーヒー抽出率(%)={抽出液の重量(g)}×{抽出液のBrix(%)}/{コーヒー顆粒の重量(g)}
(Brixは糖度計で測定される可溶性固形分を示す。糖度計は株式会社アタゴ製 デジタル屈折計 RX-5000α等を例示できる。)
工程2では、ハニカム構造の隔壁表面を露出させたコーヒー顆粒を吸着剤として、工程1において得られた風味豊かな焙煎豆表面の抽出液Aを通液させて、該抽出液A中の焦げ苦味成分を再吸着させるが、効率よく吸着を行うためには、その通液速度が重要である。工程2において、コーヒー顆粒を通過するコーヒー抽出液Aの速度は、SV(space velocity)=3〜100程度が好ましく、SV=5〜70がより好ましく、5〜50がさらに好ましく、6〜40が特に好ましい。
【0040】
この循環式の本発明の製造方法は、従来の多管式の抽出方法と組合せて実施することもできる。図3には、古い抽出履歴のものから順に接続された多管式の抽出装置で、最後に通液される最も新しいコーヒー顆粒を収容するカラムのみ、循環式の抽出系列を有している抽出装置が図示されている。連続多管式の抽出機を通過して得られた高濃度のコーヒー抽出液を、再度循環させることで、過剰な焦げ苦味を除去できるので、より高濃度、高品質の抽出液(抽出処理液)を回収することが可能となる。
【0041】
(2)多管式のコ-−ヒー抽出液の製造方法
本発明の多管式に係る製造方法では、少なくとも2つの抽出カラムを使用する。抽出履歴のない第1のカラムで抜き出した抽出液を、抽出履歴のあるカラム抽出機に通液することが、抽出履歴のないカラムで抜き出した抽出液をそのまま回収する従来の抽出と異なる。具体的には、抽出に供していないコーヒー顆粒Mを収容する第1のカラムの次に、抽出履歴のあるコーヒー顆粒、すなわちハニカム構造の表面が露出したコーヒー顆粒を略密封状に収容する第2のカラムを直列に接続し、第1のカラムの次に第2のカラムの順に抽出溶媒が流れるようにする。このように、本発明の多管式の方法では、抽出履歴の新しいものから順に抽出溶媒が流れるようにカラムを接続している点に特徴がある。
【0042】
本発明は、ハニカム構造の表面が露出した焙煎コーヒー豆を吸着剤として利用するものであり、吸着剤の効果を最大限に発揮させるために、工程2においてハニカム構造の表面が露出したコーヒー顆粒を略密封状に抽出カラム内に収容しておくことが重要となる。略密封状に収容する方法は、循環式の方法に準じる。また、循環式の場合と同様に、本発明の工程1、すなわち第1のカラムにおいてもコーヒー顆粒を略密封状に収容した状態で抽出処理に供すことが好ましい。
【0043】
本発明の工程2で用いる抽出履歴のあるコーヒー顆粒、すなわち第2のカラムに収容するコーヒー顆粒としては、工程1の抽出残渣を用いてもよいし、別途用意した抽出残渣を用いてもよい。抽出履歴のあるコーヒー顆粒であれば、ハニカム構造の表面が露出して、本発明の目的とする強過ぎる焦げ苦味を吸着することができるが、抽出履歴の回数が少ないと本発明の工程2、すなわち工程1で調製された抽出液Aから苦味成分を除去する処理工程において、同時にコーヒー顆粒からの抽出が行われ、最終的に得られる抽出処理液Aの風味に影響を及ぼすことがある。風味の制御をしやすくする観点からは、第2のカラムには本発明の工程1の抽出残渣を用いるか、水溶性成分がほとんど抽出されなくなるまで抽出を行った抽出滓を用いるのが好ましい。
【0044】
図4には、複数個のカラム型抽出機を有する抽出装置が図示されている。複数個のカラム(カラム1a〜1c)には、抽出履歴のないコーヒー顆粒が略密封状に収容されている。まず、カラム1bに抽出溶媒を1パス法で接触させて、ハニカム構造の表面を露出させる。次いで、カラム1aとカラム1bを組にして直列に接続し、抽出溶媒を抽出タンク8からポンプ2を用いて抽出カラム1aに送給し、抽出履歴のあるコーヒー顆粒を収容する抽出カラム1b内を通過させることにより、連続的に本発明の工程1及び工程2が実施される。抽出カラム1cとカラム1aとを組にした直列の接続を切り替えれば、続けて本発明の抽出液を製造することが可能となる。
【0045】
なお、本発明の多管式の抽出方法は、工程1で得た抽出液をいったん回収タンクに回収し、これを第2のカラムに通液させるバッチ式の抽出も便宜上含まれるものとする。
この多管式の抽出は、第2のカラムに抽出履歴のあるコーヒー顆粒を予め用意すること、2以上の抽出カラムを用意し、第1のカラムと第2のカラムを直列に接続して1パス法で通液すること以外は、循環式の方法と同様の手法を用いて実施することができ、工程1及び工程2における好ましい通液速度などは、循環式と同じである。このような抽出を行った場合、コーヒー抽出液の抽出率は50%以下、好ましくは45%以下となる。
【実施例】
【0046】
以下、本発明を実施例に基づき詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
抽出装置として、円柱状の抽出カラム(内径50mm)を使用した。カラム抽出部の下部に100メッシュの金属フィルターを置き、その上にアラビカ種焙煎コーヒー豆(L=20)を粉砕したコーヒー顆粒(平均粒子径1〜2mm)100gを投入した。コーヒー顆粒を静置して動かないようにするため、コーヒー顆粒の上部に100メッシュの金属フィルターを乗せ固定した。本実施例におけるコーヒー顆粒の堆積層の断面四角形における幅(L)と高さ(H)の比(H/L)は、約4であった。抽出カラム上部から98℃の純水300gを投入し、抽出液A176g(可溶性固形分7.7%)を得た。次いでこの抽出液Aの全量を、再度、上記使用したカラムに戻した。すなわち、静置状態で豆残渣が残ったままのカラム上部から、抽出液Aを投入して、抽出液Aの処理液(抽出液B)を得た。なお、抽出液A及び抽出液Bの通液速度はSV=7とした。また、抽出率は、13%程度であった。カラムに戻さずに回収した抽出液A(比較例)と、カラムに再度戻してから回収した抽出液Aの処理液(抽出液B:本発明品)について、可溶性固形分が2%となるように希釈調整し、専門パネル5人にて官能試験を行った。評価は、苦味、香り、呈味の項目について5点法(苦味:点数が高いほど苦味が少ない、香り:点数が高いほど香りが多い、呈味:点数が高いほど、呈味(良好)が強い)で行った。
【0047】
結果を表1に示す。本発明の製造方法により、好ましい風味成分はそのままに、過剰な苦味を低減できることが明らかとなった。抽出液Bは、酸味、苦味、コク味のバランスの取れたコーヒー抽出液であり、専門パネル全員が抽出液Aと比較して嗜好性が高いと評価した。
【0048】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明の製造方法により、好ましいコーヒーの風味成分はそのままに、過剰な苦味を選択的に低減しうるコーヒー抽出液の製造方法が提供される。本発明の製造方法により得られるコーヒー抽出液は、酸味、苦味、コク味のバランスの取れたコーヒー抽出液である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
コーヒー顆粒堆積層に溶媒を通液することにより抽出液を得る工程1、及び
前記抽出液を抽出履歴のあるコーヒー顆粒の堆積層内を通過させる工程2
を含む、コーヒー抽出液の製造方法。
【請求項2】
工程1及び工程2を同一のカラムを用いて行うことを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
工程1及び工程2を直列に接続された2以上のカラムを用いて行うことを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
抽出率が50%以下となるように抽出液を回収する、請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
工程2におけるコーヒー顆粒の堆積層内を通過するコーヒー抽出液の速度が、SV=3〜100である、請求項1〜4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
カラムの抽出部の軸線の沿う方向の形状が略四角形状であり、その断面形状において四角形の幅(L)と高さ(H)の比(H/L)が0.1〜10である、請求項2〜5のいずれかに記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2013−42703(P2013−42703A)
【公開日】平成25年3月4日(2013.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−182716(P2011−182716)
【出願日】平成23年8月24日(2011.8.24)
【出願人】(309007911)サントリーホールディングス株式会社 (307)
【Fターム(参考)】