説明

微小対象物放出光検出装置

【課題】励起光を照射することで蛍光ないし燐光という形で微小対象物から放出される当該放出光を高感度に検出する微小対象物放出光検出装置において、検出感度をさらに向上させる。
【解決手段】半導体光検出素子20に入射する励起光Leに起因しての反射・散乱光の抑制手段として、蛍光収集用マイクロレンズ61に励起光透過用ピンホール42を穿ち、励起光Leは当該励起光透過用ピンホール42内を通って微小対象物を照射するように図る。もう一つの反射・散乱光抑制手段として、光透過性チップ10にあって励起光Leが出射して行く出射面に、励起光Leとは垂直ではない面である非水平表面17fを併せて設けてもよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、励起光を照射することで蛍光ないし燐光という形で微小対象物から放出される当該放出光を高感度に検出する装置に関し、特に、一般にはマイクロ流体電気泳動チップやマイクロアレイ等のマイクロチップ型分析器に組み込まれ、当該微小対象物がバイオ化学分析における色素や半導体量子ドット、ないしは色素あるいは半導体量子ドットで標識された微小サンプルであるような場合に好適な微小対象物放出光検出装置における検出感度向上技術に関する。
【背景技術】
【0002】
例えばDNAやRNA等の核酸、アミノ酸、蛋白質等、種々なバイオ化学分析において採られる分析手法の一つに電気泳動法がある。特に最近ではナノリッタからピコリッタにも及ぶような微小量の溶液サンプルを用いれば足り、これを適当な色素で標識し、コンパクトな電気泳動チップ上で当該サンプルに励起光を照射し、これにより色素の発生する蛍光を分析処理する装置が提案された。本発明者等においても、こうした装置に関し、これまでに下記特許文献1、非特許文献1に開示されているような装置的、方法的工夫を種々、施してきた。
【特許文献1】特表2005-535871号公報
【非特許文献1】T. Kamei他,“Integrated Hydrogenated Amorphous Si Photodiode Detector for Microfluidic Bioanalytical Devices”,Anal. Chem.,Vol.75, No.20(Oct.15,2003)pp.5300-5305.
【0003】
図4(A),(B)にはこの特許文献1、非特許文献1により本発明者等が開示した従来装置の一例が示されているので、これに基づき説明を始めると、まず、図4(A)に示すように分析用サンプルを収容、載持するチップ10があり、このチップ10には互いに平面的に交差する微細幅のチャネル(溝)15,16が設けられている。一方の溝15は注入チャネル15と呼ばれ、その一端に溶液状のサンプルを入れる井戸状の液溜めであるサンプルリザーバ11が、他端には注入チャネル15を介して流れ出てきたサンプルを受け止める液溜めであるウエイスト(waste)リザーバ12が設けられている。この注入チャネル15と交差するもう一方の溝16は分離チャネル16と呼ばれ、その一端側には後述のように電圧を印加する関係で陰極リザーバ13と呼ばれる液溜め13が、他端には陽極リザーバ14と呼ばれる液溜め14が設けられている。各リザーバ11〜14には、それぞれ後述のタイミングで予め決められた電圧を印加するために、図示していないが例えば薄膜状の電極が設けられているか、あるいは針状等の電極が挿入される。なお、溝15,16は、一般には図示のように互いに直交し、平面的に見るとそれらの溝15,16により十字形状が形成される。
【0004】
しかるに、サンプルリザーバ11にサンプルを注入した後、サンプルリザーバ11とウエイストリザーバ12の間に適当な電圧を印加すると、当該サンプルは注入チャンネル15内を泳動して行く。この時、陰極リザーバ13、陽極リザーバ14は電位的にフローティングにするか、それらの間に適当なバイアス電圧を印加しておく。適当な時間が経過した後に(通常は10〜60秒程度)電圧を切り替え、陰極リザーバ13と陽極リザーバ14との間に適当なる電圧を印加すると、丁度その時に分離チャンネル16との交差点に至っていたサンプルの一部分(サンプルプラグと呼ばれる)が切り出され、当該分離チャネル16内において電気泳動を開始する。なお、この際には、注入チャンネル15に残ったサンプルが分離チャンネル16に流入しないように、サンプルリザーバ11とウエイストリザーバ12の間に適当なバイアス電圧を印加する。
【0005】
最近の半導体微細加工技術を利用すると、各チャネル15,16は精度良く極めて微細な幅に加工でき、従って当該チャネル幅(一般に数十μm)に相当する短いサンプルプラグを生成することができる。チップ10は少なくとも励起光や蛍光の波長に対して極力高い光透過性を有し、かつ、電気泳動に好適な絶縁性も有する必要があるため、実際には二枚のガラス板の貼り合せで作られることが多い。一枚のガラス板10aに各チャネル15,16をリソグラフィ形成(場合により機械的に形成されることもある)した後に、チャネル15,16を上から塞ぎ、かつ、各リザーバ11〜14を形成する縦穴の穿たれたもう一枚のガラス板10bを熱溶着等により接着する。ガラス基板に代えてプラスチック材料が用いられることもあり、熱溶着、超音波接着、接着剤の援用等により二枚の板部材の結合が図られる。予め述べておくと、この部分の構造に関しては本発明は特段の規定を施さない。分析に適当なる構造のものであれば良く、もちろん、既存のもので構わない。
【0006】
いずれにしろ、既存の製造技術でも極く短いサンプルプラグを得ることはできるので、最近では短いチャネル長で高い理論段数の電気泳動分離が可能となっているとは言える。分離チャネル16内を泳動するサンプルは、既述したように適当な色素で予め標識されているので、励起光Leにより光照射されると、それとは波長の異なる光、一般には蛍光を放出する。そのため、標識されたサンプルプラグが分離チャンネル16中を泳動する中に、大きさや電荷等の違いによって分離されて検出領域Poに到達し、そこで励起光Leの照射を受けた結果として放出した蛍光の強度を、当該サンプルプラグが当該検出領域Poにまで到達するに要した時間に対してプロットすると、いわゆる電気泳動データ(Electropherogram)が得られる。
【0007】
図4(B)には、こうした蛍光を検出する蛍光検出部40の従来構造例が示されている。ここにはまず、蛍光を検出する半導体光検出素子20があり、これは図示の断面でみると左右一対あるように見える。しかし、実際には平面的に見ると例えばドーナッツ状をなしており、真ん中のピンホール41を介し、サンプルを照射する励起光Leが通される。この励起光Leが光透過性のチップ10に入射し、図4(A)に示した検出領域Poにおいて分離チャネル16内のサンプルを照射すると、当該サンプルから蛍光Lfが発せられる。そして、この蛍光Lfが、蛍光収集用のマイクロレンズ61により望ましくは略々平行化された後、半導体光検出素子20の入射面側に設けられている光学フィルタ50に入射する。光学フィルタ50は通常、石英ガラス52の一表面側にコーティング形成された光学干渉フィルタとして構成され、散乱されて来る励起光Leをできるだけ除去し、蛍光Lfのみを半導体光検出素子20に入射させるために、蛍光Lfの選択透過性を持つ。蛍光収集用マイクロレンズ61は、鋳型成型等によりチップ10と一体に成型することもできるし、あるいは一部仮想線で示すように、専用の基板61’に形成し、これをチップ10の裏面に貼着することで設けることもできる。
【0008】
光学干渉フィルタ50や半導体光検出素子20の具体的構造例は既存構造のものであって良く、後に本発明の実施形態に即して説明する所を援用する(換言すれば、本発明はそうした部材50,20の基本的な構造自体には改変を施すものではない)が、半導体光検出素子20は、上記した特許文献1,非特許文献1に開示されているように、望ましくは水素化アモルファスシリコン(a-Si:H)を用いて作製されたフォトダイオードとされる。電気泳動法を援用する場合に限らずとも、a-Si:Hフォトダイオードは下記に列挙するように、バイオ化学分析にとって種々望ましい特徴を備えているからである。
【0009】
1)バイオ化学分析に有用な色素(例えばFluorescein,Green Fluorescence Protein,TOTO,Ethidium Bromide)の蛍光帯は可視光領域にあり、この領域でa-Si:Hの吸収係数が高い。
2)暗電流が結晶シリコンに比べて数桁低いため、冷却の必要がなく、小型化に有利である。
3)半導体微細加工技術によるパターン形成が可能であって、容易に検出器アレイが作製できる。
4)プラズマ化学気相成長法により安価なガラスやプラスチック基板上に直接形成できるため、大量生産性に優れ、低コスト化が容易である。
【0010】
本発明者等は、上記非特許文献1に開示のように、実際に集積型a-Si:Hフォトダイオードを作製し、励起光源としてアルゴンイオンレーザ(488nm)を用いて実験を行った所、その検出限界はFluorescein濃度で17nMであった。さらに、下記非特許文献2に開示のように、光学干渉フィルタをa-Si:Hフォトダイオードにモノリシック集積した蛍光検出素子を作製し、励起光源として固体レーザ(488nm)を用いて実験を行った所、その検出限界はさらに下がり、Fluorescein濃度で7nMにも低減させることに成功した。これらは、これまで報告されていた数例のこの種蛍光検出装置の中で最も優れた検出感度を示すもので、現にマイクロ流体DNA断片解析、アミノ酸鏡像異性体解析等に成功している。また、さらなる模索として、下記特許文献2に示されているように、励起光源をマイクロ共振器型発光ダイオードとしたり、微小対象物の幅以下の発光面を有するLEDを励起光源とする工夫も開示している。
【非特許文献2】T. Kamei他、“Contact-lens type of micromachined hydrogenated amorphous Si fluorescence detector coupled with microfluidic electrophoresis devices”, Appl. Phys. Lett., Vol.89, pp. 114101-1-3(2006)
【特許文献2】特開2008-039655号公報
【0011】
ここで少し一般的な話に戻ると、こうした蛍光検出装置で達成すべき最終目標は、いわゆるラボ・オン・チップないしマイクロ・トータル・アナリシス・システム(Micro Total Analysis System:略称μTAS)の実現である。すなわち、一連の分析プロセス、あるいは分析に必要な素子を単一のチップ上に搭載させ、しかも、そのチップを小型化することで“現場(point-of-care)”分析を可能にすることである。上記特許文献1,2や非特許文献1,2が開示される以前の実情でも、確かに蛍光検出分析方法の概念は確立したものがあり、実際にもマイクロ流体電気泳動の場合、96から384チャネルを用いた高速遺伝子判別が行われていた。また、マイクロ流体バルブやポンプが提案され、微小流体の大規模な並列操作が可能になってきてもいたし、このようなマイクロ流体バルブやポンプを用いた、マイクロ流体細胞ソータ(Sorter)や大規模集積された微小チャンバの中で、蛋白質結晶化の条件がコンビナトリアル最適化できるようにもなってきていた。
【0012】
しかし、電気泳動等における分析プロセスやサンプル前処理プロセスがマイクロチップ上に集積化、小型化され、さらに部分的には大規模集化されるようになってきていたとは言っても、マイクロ流体ラボ・オン・チップの分析には微少量のサンプルを高感度に検出する必要性から光電子増倍管、CCD、光学干渉フィルタ、レーザ等から構成されるレーザ誘起蛍光検出システムが使われることが殆どであって、到底、持ち運びの自由な“現場”分析に適当な装置とは言い難かった。その点、本発明者等が提案した上述の装置系によれば、“現場”で、低サンプル消費、かつ、高速なバイオ化学分析が可能となる礎が築かれた。従って、これを発展させて、ラボ・オン・チップを構築、実現できれば、いわゆるバイオテロを蒙ったときの病原菌の検出や同定、遺伝病の判定、ストレス・モニタ等を即時性を持って行うに十分有用であり、大きな産業的インパクトを見込むことができる。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
そのために考えねばならないことは、励起光の反射,散乱による影響である。端的に言えば、励起光がレンズや光学フィルタなどの各種光学部品やサンプルを載持する光透過性チップ10(マイクロ流体電気泳動チップやマイクロアレイ等)を透過する結果として起こる反射光,散乱光を十分に除去する必要がある。本書ではこの励起光の反射光もしくは散乱光、あるいは反射光及び散乱光を「反射・散乱光」と総称するが、この問題に関してだけであるならば、従来のレーザ誘起蛍光検出システムでは余り心配する必要がなかった。励起光源と検出素子が完全に分離されている上に、蛍光フィルタとダイクロイック・ビーム・スプリッタという二つの光学フィルタを用いているため、このようなレーザ反射・散乱光の影響は小さく、蛍光検出を妨げることは稀だったからである。加えて、共焦点光学系ではピンホールという空間フィルタを用いるため、より完全なレーザ反射・散乱光の除去が可能となっていた。
【0014】
ところが、本発明者が目指している現場分析を可能にするための集積型蛍光検出システムでは、この反射・散乱光の問題は重大となる。例えば、fluorescein 1nMの蛍光を検出する場合を考えてみると、励起光のフォトン数は蛍光に比べると十桁以上も大きいため、図4(B)図示の構造で言えば蛍光収集用マイクロレンズ61や光透過性チップ10の界面で散乱された光が、例え元の励起光強度と比べて微弱ではあっても、蛍光の検出感度に大きな影響を与える。実際、このような界面で生じた散乱光が光学干渉フィルタ50で除去しきれないと、半導体光検出素子20に入射し、バックグランド光電流として観測されてしまう。このバックグランド光電流に重畳するノイズ成分が検出ノイズの主因となり、検出限界を律速している。
【0015】
光学干渉フィルタ50で除去しきれないというのは、当該フィルタの特性が垂直入射する光に対してのものであって、斜めから入射してくる散乱光を十分に除去することはできないからでもある。散乱光がどの角度から入射してくるかをすべて予想するのは困難であるため、光学干渉フィルタ50だけで散乱光を除去するには限界がある。特に、励起光と蛍光の波長が近い場合は、光学干渉フィルタ50の特性の角度依存性を受け易く、光学干渉フィルタ50のみで完全に分離することは困難である。従って、集積型蛍光検出システムの検出感度を上げ、検出限界値をさらに低減するために、集積型光学系に特化した、励起光に起因する反射・散乱光の大幅な抑制技術が必要である。本発明はまさにこの点の解決を主たる目的として成されたものである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者は上記目的を達成するため、励起光源の発する励起光の照射を受けて光透過性チップに載持された微小対象物が蛍光または燐光という形で放出する放出光を蛍光収集用マイクロレンズで収束させて半導体光検出素子に入射させ、これにより放出光を検出させるべくすると共に、当該半導体光検出素子に入射する励起光に起因する反射・散乱光の抑制手段を設けた微小対象物放出光検出装置における改良として、以下のような構成を提案する。
【0017】
すなわちまず本発明の第一の発明では、上述の励起光の反射・散乱光抑制手段は、蛍光収集用マイクロレンズに穿たれた励起光透過用ピンホールを含むものとし、励起光はこの励起光透過用ピンホール内を通って微小対象物を照射するように図る。ここで、この励起光透過用ピンホールは機械的な透孔であってよいことはもちろん、励起光に対して透明であれば盲孔であってもよい。
【0018】
本発明ではまた、第二の発明として、上記の励起光の反射・散乱光抑制手段は、光透過性チップにあって励起光が出射して行く出射面に形成された、励起光とは垂直ではない面である非水平表面を含むものとし、励起光がこの出射面で発生する反射光が斜めにそらされるようにする。
【0019】
本発明ではさらに第三の発明として、励起光の反射・散乱光抑制手段は、蛍光収集用マイクロレンズにあって少なくとも励起光が入射する部分に設けられた反射防止膜を含むものとし、さらにまた第四の発明では、励起光の反射・散乱光抑制手段は、光透過性チップにあって少なくとも励起光が出射して行く出射面部分に設けられた励起光吸収部材か励起光反射防止膜を含むものとする。
【0020】
以上のように、本発明の第一発明から第四発明にてそれぞれ開示された反射・散乱光抑制手段は、各々に単独で用いても良いが、幾つかを組み合わせて用いることで、より効果的なものとすることができる。
【発明の効果】
【0021】
本発明によると、極めて効果的な励起光の反射・散乱光抑制手段が開示され、生産性を犠牲にすることなく、光透過性チップや蛍光収束用マイクロレンズの界面等で励起光に起因して生じる反射・散乱光を従来の装置に比し格段に抑制できる。検出ノイズの主因は反射・散乱光に起因するバックグランド光電流に重畳するノイズ成分であるので、バックグランド光電流を低減することで、そのノイズ成分も格段に低減できる。結果として検出限界値も十分に低められ、PCRと組み合わせて、一分子核酸検出やDNAシークエンシング等、より高度なバイオ化学分析に応用可能である。
【0022】
本発明はまた、上記のような構造原理であるので、電気泳動法を用いての分析にのみ限ることなく、大幅に低コスト化されることから、広範なバイオ分析に応用可能であって、大概すれば蛍光検出ベースのあらゆるタイプのマイクロ流体ラボ・オン・チップの実現に極めて有効な手段を与え、DNAマイクロアレイ(DNA microarray)、プロテイン・チップ等の蛍光検出システムにも有利に適用できる。例えばDNAフラグメント解析、DNAシークエンシング、ポロニー・シークエンシング、RNA解析、たんぱく質分離、アミノ酸解析、細胞ソーティング、ドラッグ・スクーリング等に関しての応用も考えられる。さらにはPCRと電気泳動を集積、結合したデバイスと組み合わせることで、病原菌の検出、同定を現場で行えるようになる。
【0023】
特に、色素に代えて半導体量子ドットを用いることは、その重量の大きさがあまり障害にならないDNAマイクロアレイ分析等においては、蛍光を検出する場合にそれが効果的なことがある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
図1には本発明の望ましい実施形態の一つが示されている。なお、既に図4(A),(B)に即して述べた従来例の各構成要素に付した符号を始め、他の図面中にて用いる符号も、同一の符号は同一ないし同様で良い構成要素を示し、従って各構成要素に関しどこかで説明した内容は特に断らない限り、他においても援用でき、繰り返しての説明は避けることがある。
【0025】
さて、この図1に示す本発明実施形態は、既に述べた電気泳動法を用いてのサンプル分析に適用するように構成されたものであることを想定しており、従って励起光Leの照射を受けることで放出光としてこの場合蛍光を発する微小対象物は、既述のようにガラスないしプラスチック基板から構成された光透過性チップ10内の分離チャンネル16を通る色素標識されたサンプルプラグ(これ自体は図示せず)である。
【0026】
この実施形態では、光透過性チップ10との間に光透過性スペーサ10’を介して設けられている蛍光収集用マイクロレンズ61の中央に励起光透過用ピンホール42が穿たれ、これがこの実施形態においての励起光Leの反射・散乱光抑制手段となっている。半導体レーザダイオードその他、適当として選ばれた励起光源30から発せられる励起光Leは励起光集束用マイクロレンズ62により集光された後、蛍光収集用マイクロレンズ61に穿たれているこの励起光透過用ピンホール42を通過して分離チャンネル16を照射する。
【0027】
この実施形態ではさらに、光透過性チップ10の励起光透過面(出射面)の上にももう一つの反射・散乱光抑制手段が設けられている。すなわち、励起光Leの出射面側となる光透過性チップ10の表面には、ウェッジ状基板等で構成されることで表面17fが励起光Leに対して垂直ではない非水平表面17fとなった光透過性の非水平表面部材17が設けられている。従って、分離チャンネル16を透過した励起光Leがこの非水平表面17fから空気中に放出される際に発生する光透過性チップ10内への反射光Le'は斜めに伝播して行く。本書で言う「非水平」とは、上記のように「励起光Leに対して垂直ではない」と言う意味であり、その時々の幾何的な装置姿勢の問題ではない。
【0028】
逆に言えば非水平表面17は励起光Leに対して非垂直な表面であれば良いので、図示されているように、光透過性チップ10の励起光出射面に対して角度を置く傾斜面であって良い他、不定形面,曲面であっても構わない。従って、この非水平表面17fを担う非水平表面部材17も、図示のようなウェッジ状基板の他、プリズムや平凸レンズ等であっても良い。材質は励起光Leを十分満足に透過できるものであればよく、ガラス、プラスチック等が好適である。
【0029】
励起光Leの照射を受けて発せられた蛍光Lfは、蛍光収集用マイクロレンズ61を介して平行化された後に蛍光(放出光)検出部40に入射し、検出される。蛍光検出部40の中央には、望ましくは、励起光Leを透過させるためのピンホール41が形成されており、この部分では蛍光を検出することができないので、むしろこれが好適に働く。つまり、蛍光収集用マイクロレンズ61の中央に本発明に従い励起光透過用ピンホール42を穿っても、そのことが蛍光検出に影響を及ぼすことはない。
【0030】
蛍光検出部40内に備えられる半導体光検出素子20として望ましいのは、a-Si:H材料により構成されたa-Si:Hフォトダイオード20である。一般にa-Si:H膜は、200℃〜300℃の低温プロセスで作製できるので、ガラスやプラスチックなどの安価な基板に直接形成することができる。図示する実施形態でもそうした場合が想定されている。ただし、本発明ではこのa-Si:Hフォトダイオード20の構造それ自体を特に規定するものではなく、公知既存の構造のものを援用して差し支えない。ここでは参考のため、図示されているフォトダイオードの作製手順につき簡単に述べておく。
【0031】
まず透明基板28、例えばガラス基板28上にスパッタ等によりクロム等、適当なる導電材料の裏面電極27を形成する。その上にN型a-Si:H膜26、真性a-Si:H膜25、P型a-Si:H膜24を順次積層形成した後、例えばITO等により受光側の透明導電膜23を形成する。電極も含めたa-Siフォトダイオード20のパターン形成はフォトリソグラフィにより適時行い、中心に既述のピンホール41を有するドーナッツ形状とする。こうした構造で裏面電極27に開けられたピンホール41は励起光Leに対してアパーチャとして働く。
【0032】
上述のように、この場合はPIN型として構成されたフォトダイオード20の側壁は、SiN等による適当な絶縁膜22で覆い、その上にアルミ等、適当な金属21で被覆し、この金属膜21を受光側透明導電膜23と電気的に接触させることで、裏面電極に対向するもう一方の電極としている。このa-Si:Hフォトダイオード20上に、SiO等による絶縁膜53を形成し、望ましくは、CMP(Chemical Mechanical Polishing)法等を援用してその表面を平坦化した後、その上に光学フィルタ50を形成する。光学フィルタ50は光学干渉フィルタとして構成するのが普通であり、例えばSiO2/Ta2O5等の光学干渉フィルタ50を形成する。蛍光Lfに対する選択透過性(励起光Leの遮断性)を有するこうした光学干渉フィルタ50の作製については良く知られており、本発明でも任意に適用可能なため、ここではその詳細は記述しない。
【0033】
光学干渉フィルタ50の側壁は遮光膜51により覆われていることが望ましい。この遮光膜51は励起光波長を極力通し難いものであればその材質は任意であって、光遮断性を持つ塗膜等であっても良いが、金属膜でも良いので、フォトダイオード20の電極材質として用いたと同じアルミを選ぶと、製造工程上、便利である。
【0034】
本発明による特徴的な構造は、この実施形態の場合、上述した蛍光収集用マイクロレンズ61の中央に穿たれている励起光透過用ピンホール42と、励起光Leが光透過性チップを通過して出射して行く面部分の非水平表面17fに認められる。これらがそれぞれ励起光Leの反射・散乱光抑制手段を構成しており、まず、励起光Leが蛍光検出部40に向けて発する反射・散乱光は、当該励起光透過用ピンホール42の底の部分の光透過性チップ表面(図示実施形態の場合には光透過性スペーサ10’の表面)から発せられるようになる。そのため、こうしたピンホール42がない従来構造において蛍光収集用マイクロレンズ61の頂上部で反射・散乱される場合に比べ、反射・散乱光の蛍光検出部40側を向いた出射点と当該蛍光検出部40との距離が長くなる。結果、本構造での反射・散乱光は光学フィルタ50に対してより垂直に近い角度で入射するようになり、より効率的に除去できる。また、蛍光収集用マイクロレンズ61からの自発光の問題も、この励起光透過用ピンホール42を形成することで軽減できる。
【0035】
一方、非水平表面17fを設けた構造は、光透過性チップ10の表面で発生する励起光Leの反射光Le’を斜めにそらすことにより、レーザ散乱光に起因するバックグランド光電流を低減する効果がある。
【0036】
なお、図示実施形態では光透過性スペーサ10’は光透過性チップ10と別部材であり、屈折率マッチング油により光透過性チップ10と光学的に結合したものを想定しているが、一体形成してもよい。同様に非水平表面部材17も光透過性チップ10と別部材であり、屈折率マッチング油により光透過性チップ10と光学的に結合するようにしているが、一体形成することも可能である。
【0037】
図2には本発明の第二の実施形態が示されている。以下において説明をしない構成要素は既に図1に即して述べた本発明装置におけると同一ないし同様であって良い。異なるのは、励起光Leを光透過性チップ10から非垂直に出射させるための非水平表面17fの形成構造部分であって、本実施形態では別途な部材ないし構造体とせず、光透過性チップ10の励起光Leの出射面そのものを加工し、この場合は斜め傾斜の凹部構造を作り、その表面を非水平表面17fとしている。もちろん、この構造でも第一の実施形態におけると同様、励起光Leの散乱・反射光を抑制するという意義は同じであり、これに加えて、平行平板基板の凹部として非水平表面17fを形成しているため、露光装置による半導体微細加工を適用できるという利点も生まれる。
【0038】
また、この第二の実施形態ではスペーサ10’を挿入せず、光透過性チップ10を蛍光収集用マイクロレンズ61の直上に配置する構造をとっている。もちろん、この方が構造的に簡単になる。さらに、蛍光収集用マイクロレンズ61に穿つ励起光透過用ピンホール42は第一実施形態では完全に貫通した透孔としているが、必ずしもそうでなくとも良く、この図2中に仮想線42’で示すように、励起光Leに対して極力透明であって本発明の既述の効果をもたらすピンホールと実質的に認め得る構造であれば、貫通はしていない盲孔であっても良い。
【0039】
さらに、この第二の実施形態では、分離チャンネル16を複数にした場合、製造上有利な面発光レーザを励起光源30として用いている。また便利なことに、この実施形態では、励起光Leを収束する励起光集束用マイクロレンズ62も、ピンホール41内の位置で蛍光検出素子40の基板となる基板28の上に一体的に構築されている。
【0040】
図3には本発明の第三の実施形態が示されている。先と同様、以下において説明を施さない構成要素については第一,第二実施形態で説明した所を援用できる。この実施形態における励起光Leに関する反射・散乱光抑制手段は、蛍光収集用マイクロレンズ61の少なくとも頂上部にあって励起光Leが入射する部分に選択的に設けられた反射防止膜63により構成されている。反射防止膜63は、例えば、SiO2/Ta2O5等の多層膜構造であることが望ましいので、これを用いる場合には図示のように励起光Leの通る蛍光収集用マイクロレンズ61の頂上部にのみ、選択的にこれを設けるのがよい。反射防止多層膜構造は入射角度依存性があり、マイクロレンズ61の周辺部での蛍光の透過性が低下するからである。
【0041】
このように、本発明に従い反射・散乱光抑制手段として反射防止膜63を設けることで、励起光Leの反射・散乱を効果的に抑制できるようになる。なお、第一および第二の実施形態に適用する場合には、励起光Leの入射面に反射防止膜63を設ける。すなわち、第一の実施形態においては光透過性スペーサ10’の下面、第二の実施形態においては、マイクロレンズに穿たれた励起光透過ピンホールが透孔の場合、光透過性チップ10の下面、盲孔の場合には当該盲孔の下面に反射防止膜63を設ける。また、MgF2などの単層の反射防止膜を用いる場合には、入射角依存性はそれほど大きくないため、蛍光収集用マイクロレンズ61全面に反射防止膜63を形成してもよいが、当該MgF2からの自発光が問題となる場合がある。
【0042】
この第三の実施形態では、もう一つの本発明に従う反射・散乱光抑制手段として、光透過性チップ10の励起光が出射して行く出射面部分に例えば黒色インク等の塗料塗布等による励起光吸収部材18が併せて設けられている。つまり、この部分でも励起光Leを吸収することで結果として光透過性チップ10の上面での散乱・反射光を抑制するべく図っている。
【0043】
反射・散乱光抑制手段を構成する励起光吸収部材18として塗布された塗料の代りに、例えば黒色プラスチック等を貼着して使用することもできるし、励起光吸収に代え、蛍光収集用マイクロレンズ61に設けられた反射防止膜63と同様の構成の反射防止膜をこの励起光出射面部分に設けてもよい。
【0044】
以上、本発明を三つの実施形態に即して説明したが、本発明によればそれぞれに効果的な反射・散乱光抑制手段により、励起光Leの散乱・反射に起因するバックグランド光電流を格段に低減することができ、結果として、バックグランド光電流に重畳しているノイズ成分は低減され、検出感度を格段に向上させることができ、検出限界値を一層下げることができる。明らかかと思われるが、それぞれの実施形態に即して説明した、本発明により開示される反射・散乱光抑制手段のそれぞれは、各々単独で、あるいは複数を組み合わせて用いることができる。
【0045】
なお、本発明にとっては必須ことではないが、半導体光検出素子20に既述のa-Si:Hフォトダイオードを用いる場合、キャリア収集効率を最適化するために、当該a-Si:Hフォトダイオード20には数ボルト程度の逆バイアス電圧を印加しておくのが普通である。
【0046】
また、蛍光検出素子40の形状もドーナッツ形状に限らない。透孔を囲む立体形状として蛍光検出部40が構成されていれば良く、平面的に見て四角形その他、n(n≧3)角形の形状の蛍光検出部40の一部(一般には中央)に円形もしくはn角形形状の透孔41が開いていて、そこを励起光Leが通過するようになっていても構わない。
【0047】
その他にさらなる改変例も種々考えられ、例えばa-Si:Hフォトダイオード20を複数に分割し、その各々に異なる分光特性を持つ光学フィルタを集積化すると、波長多重分析も可能になる。例えば、アデニン、グアニン、チミン、シトシンをそれぞれに異なる波長の蛍光を放出する色素で標識することで、DNAシークエンシングのような分析も可能となる。既に述べた通り、放出光として蛍光を検出するにしても、それは半導体量子ドットないしそれにより標識された微小対象物からの蛍光である場合にも本発明は全く同様に有利に適用可能であることは顕かであるし、蛍光のみならず、燐光の検出に好適なことも顕かである。
【0048】
半導体光検出素子としてはこれまで述べてきたフォトダイオードに代えて、いわゆる光伝導体も用いることができる。この光伝導体を用いた素子も、それ自体は極めて周知であるので、これまで説明してきた半導体光検出素子に代えて組み込むことは当業者にとって何の困難性もない。また、フォトダイオードにしても、その材料は上述して来たようにa-Si:Hが望ましいものの、これに限定されるものではない。原料ガスを変えるだけで同様な方法で容易に作製可能な合金材料、例えば、水素化アモルファス・シリコン・ゲルマニウム合金、水素化アモルファス・シリコン・カーバイド合金等も含む。これらの合金はa-Si:Hに比べ、それぞれ長波長、短波長光に対する感度が高い。また、水素希釈率等の作製条件を変えるだけで、同様な方法で容易に作製できる微結晶シリコンやその合金材料も利用可能である。いずれにしても、本発明要旨構成に即する限り、任意の改変は自由である。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】本発明の第一実施形態としての蛍光検出装置の概略構成図である。
【図2】本発明の第二実施形態としての蛍光検出装置の概略構成図である。
【図3】本発明の第三実施形態としての蛍光検出装置の概略構成図である。
【図4】従来の蛍光検出装置の一例の概略構成図である。
【符号の説明】
【0050】
10 光透過性チップ
11 サンプルリザーバ
12 ウエイストリザーバ
13 陰極リザーバ
14 陽極リザーバ
15 注入チャネル
16 分離チャネル
17 非水平表面部材
17f 非水平表面
18 励起光吸収部材
20 半導体光検出素子
30 励起光源
40 蛍光検出部
42 励起光透過用ピンホール
42’盲孔とした励起光透過用ピンホール
50 光学フィルタ
61 蛍光収集用マイクロレンズ
63 反射防止膜
Le 励起光
Lf 蛍光

【特許請求の範囲】
【請求項1】
励起光源の発する励起光の照射を受けて光透過性チップに載持された微小対象物が蛍光または燐光という形で放出する放出光を蛍光収集用マイクロレンズで収束させて半導体光検出素子に入射させ、該半導体光検出素子により該放出光を検出させるべくすると共に、該半導体光検出素子に入射する励起光に起因する反射・散乱光の抑制手段を設けた微小対象物放出光検出装置であって;
上記励起光の反射・散乱光抑制手段は、上記蛍光収集用マイクロレンズに穿たれた励起光透過用ピンホールを含み、上記励起光は該励起光透過用ピンホール内を通って上記微小対象物を照射すること;
を特徴とする微小対象物放出光検出装置。
【請求項2】
励起光源の発する励起光の照射を受けて光透過性チップに載持された微小対象物が蛍光または燐光という形で放出する放出光を蛍光収集用マイクロレンズで収束させて半導体光検出素子に入射させ、該半導体光検出素子により該放出光を検出させるべくすると共に、該半導体光検出素子に入射する励起光に起因する反射・散乱光の抑制手段を設けた微小対象物放出光検出装置であって;
上記励起光の反射・散乱光抑制手段は、上記光透過性チップにあって上記励起光が出射して行く出射面に形成された、励起光とは垂直ではない面である非水平表面を含み、該励起光が該出射面で発生する反射光が斜めにそらされること;
を特徴とする微小対象物放出光検出装置。
【請求項3】
励起光源の発する励起光の照射を受けて光透過性チップに載持された微小対象物が蛍光または燐光という形で放出する放出光を蛍光収集用マイクロレンズで収束させて半導体光検出素子に入射させ、該半導体光検出素子により該放出光を検出させるべくすると共に、該半導体光検出素子に入射する励起光に起因する反射・散乱光の抑制手段を設けた微小対象物放出光検出装置であって;
上記励起光の反射・散乱光抑制手段は、上記蛍光収集用マイクロレンズにあって少なくとも上記励起光が入射する部分に設けられた反射防止膜を含むこと;
を特徴とする微小対象物放出光検出装置。
【請求項4】
励起光源の発する励起光の照射を受けて光透過性チップに載持された微小対象物が蛍光または燐光という形で放出する放出光を蛍光収集用マイクロレンズで収束させて半導体光検出素子に入射させ、該半導体光検出素子により該放出光を検出させるべくすると共に、該半導体光検出素子に入射する励起光に起因する反射・散乱光の抑制手段を設けた微小対象物放出光検出装置であって;
上記励起光の反射・散乱光抑制手段は、上記光透過性チップにあって少なくとも上記励起光が出射して行く出射面部分に設けられた励起光吸収部材か、励起光反射防止膜を含むこと;
を特徴とする微小対象物放出光検出装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−300385(P2009−300385A)
【公開日】平成21年12月24日(2009.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−158162(P2008−158162)
【出願日】平成20年6月17日(2008.6.17)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成18年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「(ナノテクノロジープログラム・革新的部材産業創出プログラム)/「ナノテク・先端部材実用化研究開発」/「Point−of−Careバイオチップ診断装置の研究開発」」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(000115728)リコー光学株式会社 (134)
【出願人】(000005290)古河電気工業株式会社 (4,457)
【Fターム(参考)】