微弱信号検出方法及び微弱信号検出装置
【課題】多数の微弱信号を、少数の検出素子を用いて高いSN比で高感度に検出する方法及び装置を提供する。
【解決手段】ある入力信号に対する応答を示す応答信号を検出対象とした場合に、複数の応答信号を検出する多チャンネルの微弱信号検出系において、入力信号を時分割多重化し、2段階の平均化処理を施す。第1段階の平均化処理が、複数フレームにおいて同一のサンプリング点のデータ毎に平均化するフレーム間平均化処理であり、第2段階の平均化処理が、前記サンプリング点毎に平均化したデータをチャンネル毎に平均化するパルス内平均化処理である。これにより、ノイズが低減しSN比が向上するから、微弱信号を検出することができる。
【解決手段】ある入力信号に対する応答を示す応答信号を検出対象とした場合に、複数の応答信号を検出する多チャンネルの微弱信号検出系において、入力信号を時分割多重化し、2段階の平均化処理を施す。第1段階の平均化処理が、複数フレームにおいて同一のサンプリング点のデータ毎に平均化するフレーム間平均化処理であり、第2段階の平均化処理が、前記サンプリング点毎に平均化したデータをチャンネル毎に平均化するパルス内平均化処理である。これにより、ノイズが低減しSN比が向上するから、微弱信号を検出することができる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料の応答信号を高いSN比で検出する微弱信号検出技術に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、試料に所定の信号を与え、その応答信号を高いSN比で検出するためには、ロックインアンプ等の高感度検出器が用いられる。また、多数の試料を測定する場合は、入力信号(励起信号)を変調し、その変調周波数を試料毎に変更して周波数多重する方法(例えば、特許文献1を参照)や、時分割多重する方法等が提案されている。
【0003】
【特許文献1】特許3515646号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、前述の従来技術では、多数の試料の応答信号を高いSN比で検出する場合に、以下の問題があった。
(1)装置高額化、大型化
(2)ノイズ低減の困難性
(3)SN比低下
【0005】
(1)装置高額化、大型化
多数の試料の応答信号を検出するための検出素子や、検出された応答信号を処理するための信号処理回路を試料の数に応じて用意し、これらの検出素子及び信号処理回路を並列に配置する装置では、装置が高価になり、また、装置サイズが大きくなるという問題があった。
【0006】
(2)ノイズ低減の困難性
多数の試料の応答信号を周波数多重する方法では、前述の特許文献1に記載されているように、励起信号の変調周波数を試料毎に変更して周波数多重化し、1個の検出素子により検出された信号から各試料の変調周波数の信号に同期した信号(応答信号)を、各試料に応じた複数のロックインアンプを用いて分離検出することが原理的に可能である。しかし、ロックインアンプによって同期信号のみを検出すると共に、一方で非同期信号を十分に抑制する(検出しないようにする)ためには、各変調波周波数の周波数間隔を十分広く設定する必要があり、また、同期整流後に信号を平滑化するために用いるローパスフィルタは、その遮断特性が急峻なものを用いる必要がある。したがって、周波数多重化した信号の数が多くなると、非同期信号の抑制が不十分となり、信号間のクロストークが発生する可能性がある。
【0007】
さらに、検出信号が光である場合、光電子増倍管やフォトダイオード等の受光素子のショットノイズによって、SN比が低下することもあり得る。受光素子のショットノイズは光強度の平方根に比例して増加する性質があり、多重化によって信号強度が大きくなるとショットノイズが増大してしまう。一方、多重化された信号のうち信号強度が小さいものほど、相対的にSN比の悪化の程度が大きくなってしまう。この場合、ノイズを十分に低減することが困難になる。
【0008】
(3)SN比低下
多数の試料の応答信号を時分割多重する方法では、それぞれの励起信号を時分割することにより、時分割多重された応答信号を少数の検出素子によって(例えば1個の検出素子によって)検出し、信号処理回路において分離検出することが原理的に可能である。この場合、信号間のクロストークの影響を回避することができる。また、検出信号が光である場合、大きな光信号によるショットノイズにより他の微弱な光信号のSN比を悪化させる事態も回避することができる。しかし、各信号を良好なSN比で分離検出するためには工夫が必要である。例えば、サンプリングした光信号を所定の回数だけ積分することにより、ノイズを低減することができる(特開平09−243314号を参照)。このような積分処理を、前述の時分割多重された多数の試料の応答信号の検出に適用する場合には、所定のデータ処理(システム応答速度)内に積分できる回数が制限されることになり、積分処理の効果が不十分となることから、十分なSN比を得ることができない可能性がある。
【0009】
そこで、本発明はこのような問題に着目してなされたものであり、その目的は、多数の微弱信号を、少数の検出素子を用いて高いSN比で高感度に検出する方法及び装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、ある入力信号に対して応答する信号を検出対象とし、特に時間的に変化する複数の応答信号を検出する多チャンネルの微弱信号検出系において、入力信号を時分割多重すると共に、多重化の条件を最適化し、応答信号に対して2段階の平均化処理を施すことにより、微弱信号を高いSN比で検出することを特徴とするものである。
【0011】
まず、本発明における微弱信号検出系の構成例について説明する。図1は、その構成例を示す図である。この微弱信号検出系1は、M個の試料3−1〜Mを測定することにより、Mチャンネル(ch1〜chM)の微弱信号を検出するものである。励起信号発生回路2−1〜Mは、チャンネル間で発生タイミングがずれるように時分割したパルス信号(励起信号)を発生し、それぞれ試料3−1〜Mに対して励起信号を印加する。試料3−1〜Mに励起信号が印加されると、1個の検出素子4は、各試料3−1〜Mの応答信号をそれぞれ検出し、AD変換回路5は、検出素子4の出力信号である検出信号をAD変換し、信号処理回路6は、AD変換回路5によりAD変換された信号に対して、後述する2段階の平均化処理を行う。
【0012】
次に、図1に示した構成例において、励起信号発生回路2−1〜Mにより試料3−1〜Mに対して励起信号が印加され、検出素子4により信号を検出する場合を考える。時間的に変化する多チャンネルの応答信号を時分割多重により検出する場合には、前述のようにSN比が低下する問題に加え、さらにチャンネル間の検出誤差が問題となる。そこで、個々の課題とそれらを改善する方法を示し、多重化された検出信号から所望の信号成分を取り出す方法について説明する。
【0013】
(i)チャンネル間検出誤差とその低減条件
ある試料に一定の励起信号を印加したときの応答信号が、図2(a)のような時間的に変化する信号であるとする。この試料を、図1の試料3−1〜Mの全てにセットし、時分割多重方式により検出する場合を考える。検出は、図2(a)中の黒丸で示すように、ある等しい時間間隔で行ない、試料の応答の時間的な変化を観測するものとする。この場合、Mチャンネル全てが同じ試料であるため、全てのチャンネルの検出結果は同一となるべきであるが、時分割方式で検出する場合、チャンネル間で励起信号を印加するタイミングがずれているため、検出結果に無視できない誤差が生じる場合がある。以下、このチャンネル間の検出誤差について、定量的に検討する。尚、ここでは検出系のノイズは無視するものとする。
【0014】
図2(a)の時間t1〜t2(図中の領域Aを参照)における時分割多重検出を考える。図中の領域Aを拡大した図が同図(b)である。この領域Aでは、信号が直線的に変化するとみなせるものとし、t2における各チャンネルの検出値は、t1〜t2の間のデータ(データ長Ts)を平均化して得られるものとする。同図(b)に示すように、ch1からchMまでの1周期(周期T0)をフレームと呼ぶことにすると、データ長Ts内にはNフレームが含まれる。
【0015】
各チャンネルの励起パルスに対する応答信号は、図2(c)に示すように、検出素子4の時間応答特性によって決まる時間遅れ(以下、遅延時間という。)を有するため、遅延時間経過後十分にピークに達した時点のデータを検出する必要がある。また、隣接するチャンネル間で信号が重ならないように、同図に示すパルス間ギャップを設ける必要がある。一般的に、チャンネル間の信号強度には大きな差が生じる可能性があるため、通常は遅延時間よりも十分長いパルス間ギャップが必要となる。ただし、データ長Tsに対してこれらの遅延時間やパルス間ギャップが十分短い場合、t1〜t2間で平均化した検出結果への影響は無視できるため、ここでは簡単のために、応答信号波形は時間遅れの無いパルス波形として取り扱う(ただし、次項でノイズを検討する際は、遅延時間やパルス間ギャップの大きさが重要となるため、そこではこれらの量が考慮される。)。尚、ここではデータ長Tsと図2(a)中の黒丸で示した検出データの時間間隔は一致しているが、必ずしも一致する必要は無く、「データ間隔>Ts」または「データ間隔<Ts」であってもよい。
【0016】
以上のような時分割多重の検出条件において、chMの第Nフレームにおける信号の大きさ(信号強度)をVM,Nとすると、VM,Nは次の式で表わすことができる(VM,Nの大きさは、検出パルスの幅の中央の値とする)。
VM,N=VM,1[1+α(N−1)T0] (1)
ここで、VM,1はchMの第1フレームにおける信号強度、α[sec−1]はt1〜t2間における信号強度の時間変化率をt1における信号強度V(t1)で割った量である。
【0017】
(1)式は、ch1の第1フレームの信号強度V1,1を用いると、(2)式のように表わすことができる。
VM,N=V1,1[1+α(N−1)Tp] (2)
ここで、Tpは図2(c)に示すチャンネル間ピッチである。
【0018】
(2)式を用いて、ch1及びchMについての時間t1〜t2における平均値、すなわちt2における各チャンネルの検出値(信号強度)を求めると以下のようになる。
ch1のt2における検出値V1(t2)は以下のようになる。
V1(t2)=(V1,1+V1,N)/2=V1,1[2+α(N−1)T0]/2 (3)
chMのt2における検出値VM(t2)は以下のようになる。
VM(t2)=(VM,1+VM,N)/2=VM,1[2+α(N−1)T0]/2
=V1,1[2+α(N−1)T0+2α(M−1)Tp+α2(M−1)(N−1)TpT0]/2 (4)
【0019】
ここで、ch1とchMの検出値の相対誤差を次式で定義する。
[VM(t2)−V1(t2)]/[(V1,1+VM,N)/2]×100[%] (5)
多重化するチャンネル数がMのとき、チャンネル間の検出誤差はch1とchMとの間で最大となるため、これをチャンネル間最大検出誤差δと呼ぶことにする。また、データ長Tsの期間での信号強度の相対変化率として、β=α[sec−1]×Ts[sec]なる無次元の量を新たに導入し、多重化するチャンネル数を変えたときのチャンネル間最大検出誤差δを(5)式により求めた結果を図3に示す。
【0020】
図3(a)は、β=3.6%とした場合(α=0.1sec−1、Ts=360msecと設定した場合)におけるチャンネル間最大検出誤差δを、フレーム数Nをパラメータとして示した図である。また、図3(b)は、N=10の場合におけるチャンネル間最大検出誤差δを、信号強度相対変化率βをパラメータとして示した図である。図3(a)(b)より、フレーム数Nが大きく、信号強度相対変化率βが小さいときに、チャンネル間最大検出誤差δが小さくなることがわかる。
【0021】
ここで、M≫1、N≫1の場合、(5)式の分子は(3)式及び(4)式から、
[VM(t2)−V1(t2)]≒V1,1[2αMTp+α2MNTpT0]/2
となり、さらに、MTp=T0、NT0=Ts(図2を参照)から、Tp及びT0を消去すると、
[VM(t2)−V1(t2)]≒(β/N)[V1,1(1+β/2)] (6)
が得られる。
【0022】
一方、(5)式の分母は次式で近似でき、
[(V1,1+VM,N)/2]≒V1,1+αTsV1,1/2=V1,1(1+β/2) (7)
となる。したがって、(6)式及び(7)式からチャンネル間最大検出誤差δは、以下のようになる。
δ≒β/N (M≫1、N≫1の場合) (8)
【0023】
すなわち、M≫1及びN≫1の条件下では、チャンネル間最大検出誤差δは一定値β/Nに近づくことがわかる。また、図3より、M及びNが小さい場合、誤差δはβ/Nより小さくなることがわかる。
【0024】
一般に、検出結果には検出系のノイズに起因する誤差(ばらつき)が含まれており、これが最終的な検出精度を規定している。したがって、チャンネル間最大検出誤差として許容できる大きさは、ノイズに起因した誤差(ばらつき)と同等程度以下ということができる。それを満足する検出条件を決定する上で、ここで得られた結果((8)式)は有用である。
【0025】
尚、信号強度相対変化率βは、検出信号の時間変化率ではなく(つまり、図2(a))のグラフの傾きではなく)、各点の信号強度に対する相対的な変化率であることに注意する必要がある。例えば、検出信号が指数関数的に変化する信号の場合、βは全ての点で一定となる。
【0026】
(ii)検出信号のノイズ低減方法
本発明による、時分割多重検出におけるノイズ低減方法について説明する。図4(a)は、図1に示した励起信号発生回路2−1〜Mから発生された、Mチャンネルの励起信号を合成した波形(実際には、図2(b)に示した励起信号のように、各チャンネルに対して時間分割して印加される。)を示す図である。
【0027】
図4(b)は、検出素子4により検出された検出信号の波形を示す図である。この波形図は、1個の検出素子4が検出した信号波形であるから、合成した信号波形ではなく、ch1からchMまでの時系列の信号波形を示している。この検出信号が微弱である場合、その信号成分には検出素子4によるノイズが重畳してしまう。例えば光電子増倍管(PMT)において微弱な光信号を検出した場合においても、このようなノイズが重畳した信号波形になってしまう。
【0028】
図4(c)は、AD変換回路5におけるAD変換処理の様子を示す図である。この図の黒丸は、AD変換回路5に入力された検出信号に対し、所定のサンプリング間隔でAD変換を施したサンプリング点を示している。AD変換回路5は、図4(c)に示した黒丸の時間タイミングにおいてAD変換したデジタル値を出力する。
【0029】
図4(d)乃至(f)は、信号処理回路6における2段階の平均化処理の様子を示す図である。信号処理回路6は、第1段階の平均化処理において、図4(d)に示すように、波形の積算による平均化処理を行なう(以下、「フレーム間平均」という)。具体的には、各チャンネルのサンプリングデータ(AD変換回路5の出力データ)をサンプリング点毎に、所定のフレーム数Nだけ積算して平均化する。例えば、図4(d)においてchMのサンプリング点に着目すると、信号処理回路6は、第1フレームのサンプリング点d1、第2フレームのサンプリング点d2、第3フレームのサンプリング点d3、・・・、及び第Nフレームのサンプリング点dNにおけるサンプリングデータを積算して平均化する。ここで、フレーム間平均回数N(=積算平均回数)は、微弱信号検出系1のシステムに要求される応答速度から決まるデータ長Tsに対し、NT0=Tsとなるように設定される。
【0030】
このような「フレーム間平均」により、信号処理回路6は、図4(e)に示す波形を得る。前述の例では、chMのサンプリング点d1,d2,d3,・・・,dNの各データを「フレーム間平均」したサンプリング点e1のデータを得ることができる。図4(d)に示した信号成分に重畳したノイズは、フレーム間平均によって相対的に振幅が減少し、SN比(=パルス振幅平均値/ノイズ成分の2乗平均平方根値)が向上する。ノイズが完全にランダムな場合は、SN比は√N倍向上する。
【0031】
信号処理回路6は、第2段階の平均化処理において、図4(f)に示すように、各チャンネル(パルス)内における「フレーム間平均」されたデータの平均化処理を行う(以下、「パルス内平均」という)。例えば、chMにおいては、「フレーム間平均」によって得たサンプリング点f1,f2,f3のデータを平均化し、それをchMの出力とする。
【0032】
「パルス内平均」によるSN比向上効果は、次のようにして求められる。まず、1個のパルスの振幅平均値を測定する場合を考える。このとき、ノイズの存在下で振幅平均値を有限の測定時間で測定しようとすると、測定結果には統計的な誤差(ばらつき)が含まれることになる。図4(f)において、1個のパルス内における有効なパルス幅(図2(c)において、パルス幅から遅延時間を差し引いた時間)をパルス内平均化時間T[s]、パルスに重畳しているノイズの帯域幅をB[Hz]、ノイズの2乗平均平方根値(十分長い時間に渡って測定したときに得られる真の値)をσとするとき、パルス幅の時間T内のデータを測定することによって得られるパルス振幅平均値のばらつきの大きさを2乗平均平方根値σTで表わすと、
【数1】
となることが知られている。尚、詳細については以下の文献を参照されたい。
J.S.Bendat,A.G.Piersol,“Random Data:Analysis and Measurement Procedures”,邦訳:得丸他訳「ランダムデータの統計的処理」
【0033】
ただし、(9)式が成り立つためにはTが十分大きい必要があるが、実際上はBT≧5を満たすTであれば十分であるとされている。また(9)式は、アナログデータ(連続データ)の処理を前提に導出されたものである。離散データの場合は、サンプリング間隔Δtを時間Tに対して十分短くして収集したデータを用いることによって、アナログデータの場合と同様の結果を得ることができる。(9)式により、パルス振幅平均値のばらつきの大きさは、平均時間Tの平方根に反比例することがわかる。したがって、「パルス内平均」を行なうことにより、√Tに比例してSN比を向上させることができる。すなわち、SN比は√(2BT)倍向上する。
【0034】
以上のように、信号処理回路6が「フレーム間平均」及び「パルス内平均」の2段階の平均化処理を行うことにより、多数の微弱信号を1個の検出素子4を用いて高いSN比で検出することが可能となる。具体的には、「フレーム間平均」によりSN比は√N倍向上し(Nはフレーム間平均回数)、「パルス内平均」によりSN比は√(2BT)倍向上する(Bは検出素子4のノイズ帯域幅、Tは(パルス内平均化時間)。
【0035】
ここで、具体的な数値を用いて、時分割多重検出における2段階の平均化処理の効果を説明する。検出条件としては、チャンネル数M=12の信号をデータ長Ts=360msecで検出するものとする。検出素子4に、20kHzの帯域幅を有する素子を用いるものとすると、その応答性は約8μsec(時定数)となる。2段階の平均化処理の第1の例として、図5に示すように、パルス幅400μsec、チャンネル間ピッチ600μsec、周期T0=600μsec×12ch=7200μsecに設定した場合を考える。ただしここでは、波形が分かりやすくなるようにノイズ成分を除いた状態を図示している。
【0036】
遅延時間及びパルス間ギャップは、検出素子4の時定数に対して十分長くし、それぞれ100μsec、200μsecとする。パルス間ギャップを遅延時間よりも長く取っているのは、前述のように、隣接するチャンネル間のクロストークを低減するためである。つまり、検出信号の大きさは通常チャンネル毎に異なっているため、大きな振幅の信号に引き続いて小さな振幅の信号が発生した場合、パルス間ギャップを十分に取っておかないと正しい振幅を検出することが困難となるためである。
【0037】
以上の設定条件としたとき、フレーム間平均回数N=Ts/T0=360 msec/7.2msec=50となり、「フレーム間平均」によってノイズを1/√50≒0.14倍に低減することができる。また、パルス内平均化時間T=300μsec、ノイズの帯域幅B=20kHz(=検出素子の帯域幅)であるため、(9)式から、「パルス内平均」によってノイズを1/√(2BT)=1/√12≒0.29倍に低減することができる。したがって、トータルのノイズ低減率は0.14×0.29≒0.04となる。
【0038】
次に、2段階の平均化処理を適用した第2の例を図6に示す。これは、チャンネル数M、データ長Ts、遅延時間及びパルス間ギャップは第1の例と同一条件とし、パルス幅を100μsecと狭くした場合の例である。フレーム間平均回数Nは、N=Ts/T0=360 msec/3.6msec=100であり、「フレーム間平均」によるノイズ低減率は1/√100=0.1となる。一方、パルス幅を狭くしたことによりパルス内平均化時間Tがほぼ0となるため、この場合、「パルス内平均」によるノイズ低減効果は得られない。したがって、トータルのノイズ低減率は0.1である。この例のように、データのサンプリング間隔よりもパルス内平均化時間が小さくなる条件では、実質的にフレーム間平均のみの(1段階の)平均化処理しか行なわれない。
【0039】
次に、2段階の平均化処理を適用した第3の例を図7に示す。これは、チャンネル数M、データ長Ts、遅延時間及びパルス間ギャップは前述の2つの例と同一条件で、パルス幅を約30msecと非常に広くした場合の例である。この場合、フレーム間平均回数Nは、N=Ts/T0=360 msec/360msec=1となるため、「フレーム間平均」は行なわれず、それによるノイズ低減効果は得られない。一方、「パルス内平均」によるノイズ低減率は1/√(2BT)=1/√(2×20kHz×29.7msec)≒0.03となる。トータルのノイズ低減率も0.03である。この例は、パルス内平均のみの(1段階の)平均化処理を行なった例である。
【0040】
以上の3つの例は、検出素子4がある応答時間を有するとき(応答時間が無視できないとき)、遅延時間やパルス間ギャップが存在するために、フレーム間平均回数N及びパルス内平均化時間T等の時分割多重の検出条件によって、検出信号に含まれるノイズの大きさが異なることを示している。
【0041】
図8は、データ長Ts=360msec、遅延時間100μsec、及びパルス間ギャップ200μsecの条件下で、チャンネル数M及びフレーム間平均回数Nによるノイズの大きさの違いを示した図である。この図から、フレーム間平均回数Nが大きいとノイズが大きくなることがわかる。これは、前述した第2の例からもわかるように、Nの増加に伴って、平均化演算に寄与しない遅延時間やパルス間ギャップのトータルの長さが増大するためである。
【0042】
この問題に対して、応答速度が十分に速い検出素子4を使用すれば、ノイズを低減できると考えるかもしれない。しかしこれは、次の理由によってノイズ低減効果は期待できない。例えば10倍の応答速度(時定数約0.8μsec)を有する検出素子を使用した場合、図6における遅延時間、パルス間ギャップ及び周期T0が1/10となるため、フレーム間平均回数Nが10倍となって、ノイズを1/√10倍にすることができるようにも考えられる。しかし一方で、検出素子4が10倍の帯域を持つことになるため、ノイズがホワイトノイズである場合、その大きさも√10倍となり、結果的にノイズの低減効果が相殺されることになる。尚、図8において、N=100の場合、チャンネル数Mが7より大きいと、BT≧5の条件((9)式が成り立つための条件)を満足しないため、実際のノイズは図示した値よりもさらに大きくなる可能性がある。
【0043】
前述した「(i)チャンネル間検出誤差とその低減条件」においては、時分割多重検出時のチャンネル間最大検出誤差は、フレーム数Nが大きくなるとともに小さくなることを示した。一方、図8に示したように、フレーム数(=フレーム間平均回数)Nが大きくなるとノイズは大きくなる(ノイズ低減率が小さくなる)。つまり、フレーム数Nに対して、チャンネル間最大検出誤差とノイズとはトレードオフの関係にあることがわかる。しかし、このことは逆に、時分割多重方式の検出条件を適切に設定することができれば、複数の微弱信号を高いSN比で検出することが可能であるという見方もできる。そして、具体的な方法として、(8)式から求められるチャンネル間最大検出誤差が、要求される検出精度より小さくなるように(あるいはノイズより小さくなるように)時分割多重の検出条件を設定し、かつ、2段階の平均化処理によりノイズを低減化することによって、高S/Nの検出を実現することができる。
【発明の効果】
【0044】
以上のように、本発明によれば、多数の微弱信号を、少数の検出素子を用いて高いSN比で高感度に検出する方法及び装置を実現することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0045】
以下、本発明を実施するための最良の形態について図面を用いて詳細に説明する。以下に示す微小信号検出系の実施例は、バイオテクノロジー分野において核酸増幅技術として広く用いられているPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)装置の多チャンネル光信号検出系に関するものである。
【0046】
図9は、本発明による微弱信号検出系の実施例の構成を示すブロック図である。この微弱信号検出系11は、M個の生物学的試料14−1〜Mを測定することにより、Mチャンネル(ch1〜chM)の微弱信号を検出するものである。試料14−1〜Mは、通常ガラス容器等に収められ、温度サイクルを与えるためにヒートバス中に設置される。
【0047】
励起信号発生回路12−1〜Mは、チャンネル間で発生タイミングがずれるように時分割した励起信号を発生する。LED13−1〜Mは、励起光源として用いられ、励起信号発生回路12−1〜Mにより発生された励起信号に連動して励起光を発生し、その励起光を、光ファイバ15−1〜Mを通じて試料14−1〜Mに照射する。試料14−1〜Mに励起光が照射されると、試料14−1〜Mから核酸の量に応じた強度の蛍光が発せられ、その蛍光は、光ファイバ16を介して1個の光電子増倍管(PMT)17へ送られる。PMT17は、試料14−1〜Mからの蛍光をそれぞれ検出し、AD変換回路18は、PMT17により検出された検出信号をAD変換し、信号処理回路19は、AD変換回路17によりAD変換された信号に対して、2段階の平均化処理を行う。
【0048】
試料14−1〜Mに与える温度サイクルの一例として、表1に示すような条件を設定し、かつ、図10に示すような温度ランプレートでPCRを実施した。
【表1】
【0049】
PCRによる試料中の核酸の増幅を蛍光強度で検出できるように、PCR試薬の中にインターカレータの蛍光物質であるSYBR−GREENを添加した。蛍光物質の特性から、蛍光の励起波長は470nm、蛍光検出波長は530nmとした。温度サイクル毎の核酸増幅を検出するタイミングとしては、各温度サイクルにおける表1に示した核酸伸張工程中が好ましいが、その工程中に核酸が随時増幅されるため、さらに好ましくは核酸伸張工程の終了時点で蛍光強度を測定する方がよい。このため実際の測定では、約10秒の温度サイクル毎に、核酸伸張工程終了前の数100msecのデータを採集するようにした。
【0050】
時分割多重の検出条件は、12チャンネルの信号をデータ長約400msecで測定するという前提で、以下のように設定した。まず、検出信号である蛍光の強度が、PCRによる核酸増幅によって約10秒の温度サイクル毎に2倍に(つまり指数関数的に)増加することから、信号強度相対変化率βは信号レベルに関わらず4%(=100%/10sec×0.4sec)程度になると見積もった。次に、この蛍光検出において要求されるSN比が、少なくとも20dB(CV値で1%)以上、望ましくは30dB(CV値で0.1%)程度であったため、チャンネル間最大検出誤差δが0.1%以下となるように、時分割多重のフレーム数Nを80に設定した((8)式より、N=80、β=4%の場合のチャンネル間最大検出誤差δは約0.05%であると試算される)。また、使用するPMTの帯域幅が20kHz(約8μsecの時定数)であるため、遅延時間及びパルス間ギャップはそれぞれ100μsec、200μsecに設定した。
【0051】
最終的に、時分割多重の検出条件は、次のように決定した。
・チャンネル数M : 12
・励起パルス幅 : 200μsec
・遅延時間 : 100μsec
・パルス間ギャップ : 200μsec
・チャンネル間ピッチTp : 400μsec
・周期T0 : 4.8msec(=Tp×M=400μsec×12)
・フレーム数N : 80
・データ長Ts : 384msec(=T0×N=4.8msec×80)
【0052】
以上の条件で、実際に12検体同時にPCRを実施し、時分割多重方式により検出した蛍光強度を温度サイクル毎にプロットした結果を図11に示す。また、ここにデータとしては示していないが、2段階の平均化処理を行なったことによるノイズ低減効果は推定した値に近い結果となり、十分な精度で検出データを得ることができた。さらに、同一サンプル検出時のチャンネル間最大検出誤差もノイズレベルより十分小さいことが確認され、本発明による検出方法が有効であることが確認できた。
【0053】
以上のように、前記実施例によれば、発生タイミングが異なる励起信号に基づいてPMT17の出力信号が時分割多重され、信号処理回路19が、この時分割多重された信号に対し「フレーム間平均」及び「パルス内平均」の2段階の平均化処理を行うようにした。また、時間的に変化する信号を検出したときのチャンネル間最大検出誤差が、少なくともある信号強度範囲において、ノイズの大きさよりも小さくなるようにするための条件に設定した。これにより、多チャンネルの信号を小さなチャンネル間誤差で、かつ高いSN比で検出することができる。
【0054】
また、本発明による2段階の平均化処理を適用することによって効果的にS/Nを高くすることができるということは、見方を変えれば、システムに要求されるS/Nを実現するのに必要なデータ長が短くて済むということである。したがって、システムに要求されるS/Nと応答速度を確保できる範囲において、多重化するチャンネル数を増加することができる。
【0055】
また、前記実施例によれば、複数のチャンネルの信号に対して時分割多重を施すことにより、PMT17、AD変換回路18及び信号処理回路19の共通化を図るようにした。これにより、微弱信号検出系11全体として低コスト化及び小型化を実現することができる。
【0056】
以上、実施例を挙げて本発明を説明したが、本発明は上記実施例に限定されるものではなく、その技術思想を逸脱しない範囲で種々変形可能である。例えば、図9に示した微弱信号検出系11では、PMT17、AD変換回路18及び信号処理回路19を共通化しているが、チャンネル毎にそれぞれPMT17を備え、これに伴いPMT17の出力信号を合成する素子または回路を別途備え、後段のAD変換回路18及び信号処理回路19を共通化するようにしてもよい。また、チャンネル毎にそれぞれPMT17及びAD変換回路18を備え、これに伴いAD変換回路18の出力信号を合成する回路を別途備え、後段の信号処理回路19を共通化するようにしてもよい。また、PMT17等の検出側を共通化するだけではなく、励起信号発生回路12−1〜M及びLED13−1〜Mの励起信号側を共通化するようにしてもよい。これは例えば、共通化した励起信号源を機械的に移動させながら、試料14−1〜Mに励起光を順次照射する構成にすることによって実現することができる。あるいは、共通化した励起信号源及び検出素子に対して、試料14−1〜Mの方を移動させる方法でもよい。
【0057】
また、図3に示した信号処理回路19では、最初に「フレーム間平均」を行ない、次に「パルス内平均」を行うようにしたが、この順序を入れ替えてもよい。すなわち、最初に、チャンネル毎のパルスにおいてサンプリング点のデータを平均化する「パルス内平均」を行ない、次に、複数のフレームにおいて「パルス内平均」化したデータに対して、フレーム間においてデータを平均化してもよい。平均化処理は線形演算であるため、順序を入れ替えても結果は同一となる。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】本発明を説明するための微弱信号検出系の構成例を示すブロック図である。
【図2】図1の微弱信号検出系における検出信号を示す図である。
【図3】チャンネル間最大検出誤差を、フレーム数及び信号強度相対変化率をパラメータとして示す図である。
【図4】図1の微弱信号検出系における信号波形を示す図である。
【図5】第1の例の検出信号波形を示す図である。
【図6】第2の例の検出信号波形を示す図である。
【図7】第3の例の検出信号波形を示す図である。
【図8】検出信号のノイズの大きさとチャンネル数の関係を示す図である。
【図9】本発明による微弱信号検出系の実施例の構成を示すブロック図である。
【図10】試料に与える温度サイクルを示す図である。
【図11】蛍光強度を温度サイクル毎にプロットした結果を示す図である。
【符号の説明】
【0059】
1,11 微弱信号検出系
2,12 励起信号発生回路
3,14 試料
4 検出素子
5,18 AD変換回路
6,19 信号処理回路
13 LED
15,16 光ファイバ
17 PMT
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料の応答信号を高いSN比で検出する微弱信号検出技術に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、試料に所定の信号を与え、その応答信号を高いSN比で検出するためには、ロックインアンプ等の高感度検出器が用いられる。また、多数の試料を測定する場合は、入力信号(励起信号)を変調し、その変調周波数を試料毎に変更して周波数多重する方法(例えば、特許文献1を参照)や、時分割多重する方法等が提案されている。
【0003】
【特許文献1】特許3515646号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、前述の従来技術では、多数の試料の応答信号を高いSN比で検出する場合に、以下の問題があった。
(1)装置高額化、大型化
(2)ノイズ低減の困難性
(3)SN比低下
【0005】
(1)装置高額化、大型化
多数の試料の応答信号を検出するための検出素子や、検出された応答信号を処理するための信号処理回路を試料の数に応じて用意し、これらの検出素子及び信号処理回路を並列に配置する装置では、装置が高価になり、また、装置サイズが大きくなるという問題があった。
【0006】
(2)ノイズ低減の困難性
多数の試料の応答信号を周波数多重する方法では、前述の特許文献1に記載されているように、励起信号の変調周波数を試料毎に変更して周波数多重化し、1個の検出素子により検出された信号から各試料の変調周波数の信号に同期した信号(応答信号)を、各試料に応じた複数のロックインアンプを用いて分離検出することが原理的に可能である。しかし、ロックインアンプによって同期信号のみを検出すると共に、一方で非同期信号を十分に抑制する(検出しないようにする)ためには、各変調波周波数の周波数間隔を十分広く設定する必要があり、また、同期整流後に信号を平滑化するために用いるローパスフィルタは、その遮断特性が急峻なものを用いる必要がある。したがって、周波数多重化した信号の数が多くなると、非同期信号の抑制が不十分となり、信号間のクロストークが発生する可能性がある。
【0007】
さらに、検出信号が光である場合、光電子増倍管やフォトダイオード等の受光素子のショットノイズによって、SN比が低下することもあり得る。受光素子のショットノイズは光強度の平方根に比例して増加する性質があり、多重化によって信号強度が大きくなるとショットノイズが増大してしまう。一方、多重化された信号のうち信号強度が小さいものほど、相対的にSN比の悪化の程度が大きくなってしまう。この場合、ノイズを十分に低減することが困難になる。
【0008】
(3)SN比低下
多数の試料の応答信号を時分割多重する方法では、それぞれの励起信号を時分割することにより、時分割多重された応答信号を少数の検出素子によって(例えば1個の検出素子によって)検出し、信号処理回路において分離検出することが原理的に可能である。この場合、信号間のクロストークの影響を回避することができる。また、検出信号が光である場合、大きな光信号によるショットノイズにより他の微弱な光信号のSN比を悪化させる事態も回避することができる。しかし、各信号を良好なSN比で分離検出するためには工夫が必要である。例えば、サンプリングした光信号を所定の回数だけ積分することにより、ノイズを低減することができる(特開平09−243314号を参照)。このような積分処理を、前述の時分割多重された多数の試料の応答信号の検出に適用する場合には、所定のデータ処理(システム応答速度)内に積分できる回数が制限されることになり、積分処理の効果が不十分となることから、十分なSN比を得ることができない可能性がある。
【0009】
そこで、本発明はこのような問題に着目してなされたものであり、その目的は、多数の微弱信号を、少数の検出素子を用いて高いSN比で高感度に検出する方法及び装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、ある入力信号に対して応答する信号を検出対象とし、特に時間的に変化する複数の応答信号を検出する多チャンネルの微弱信号検出系において、入力信号を時分割多重すると共に、多重化の条件を最適化し、応答信号に対して2段階の平均化処理を施すことにより、微弱信号を高いSN比で検出することを特徴とするものである。
【0011】
まず、本発明における微弱信号検出系の構成例について説明する。図1は、その構成例を示す図である。この微弱信号検出系1は、M個の試料3−1〜Mを測定することにより、Mチャンネル(ch1〜chM)の微弱信号を検出するものである。励起信号発生回路2−1〜Mは、チャンネル間で発生タイミングがずれるように時分割したパルス信号(励起信号)を発生し、それぞれ試料3−1〜Mに対して励起信号を印加する。試料3−1〜Mに励起信号が印加されると、1個の検出素子4は、各試料3−1〜Mの応答信号をそれぞれ検出し、AD変換回路5は、検出素子4の出力信号である検出信号をAD変換し、信号処理回路6は、AD変換回路5によりAD変換された信号に対して、後述する2段階の平均化処理を行う。
【0012】
次に、図1に示した構成例において、励起信号発生回路2−1〜Mにより試料3−1〜Mに対して励起信号が印加され、検出素子4により信号を検出する場合を考える。時間的に変化する多チャンネルの応答信号を時分割多重により検出する場合には、前述のようにSN比が低下する問題に加え、さらにチャンネル間の検出誤差が問題となる。そこで、個々の課題とそれらを改善する方法を示し、多重化された検出信号から所望の信号成分を取り出す方法について説明する。
【0013】
(i)チャンネル間検出誤差とその低減条件
ある試料に一定の励起信号を印加したときの応答信号が、図2(a)のような時間的に変化する信号であるとする。この試料を、図1の試料3−1〜Mの全てにセットし、時分割多重方式により検出する場合を考える。検出は、図2(a)中の黒丸で示すように、ある等しい時間間隔で行ない、試料の応答の時間的な変化を観測するものとする。この場合、Mチャンネル全てが同じ試料であるため、全てのチャンネルの検出結果は同一となるべきであるが、時分割方式で検出する場合、チャンネル間で励起信号を印加するタイミングがずれているため、検出結果に無視できない誤差が生じる場合がある。以下、このチャンネル間の検出誤差について、定量的に検討する。尚、ここでは検出系のノイズは無視するものとする。
【0014】
図2(a)の時間t1〜t2(図中の領域Aを参照)における時分割多重検出を考える。図中の領域Aを拡大した図が同図(b)である。この領域Aでは、信号が直線的に変化するとみなせるものとし、t2における各チャンネルの検出値は、t1〜t2の間のデータ(データ長Ts)を平均化して得られるものとする。同図(b)に示すように、ch1からchMまでの1周期(周期T0)をフレームと呼ぶことにすると、データ長Ts内にはNフレームが含まれる。
【0015】
各チャンネルの励起パルスに対する応答信号は、図2(c)に示すように、検出素子4の時間応答特性によって決まる時間遅れ(以下、遅延時間という。)を有するため、遅延時間経過後十分にピークに達した時点のデータを検出する必要がある。また、隣接するチャンネル間で信号が重ならないように、同図に示すパルス間ギャップを設ける必要がある。一般的に、チャンネル間の信号強度には大きな差が生じる可能性があるため、通常は遅延時間よりも十分長いパルス間ギャップが必要となる。ただし、データ長Tsに対してこれらの遅延時間やパルス間ギャップが十分短い場合、t1〜t2間で平均化した検出結果への影響は無視できるため、ここでは簡単のために、応答信号波形は時間遅れの無いパルス波形として取り扱う(ただし、次項でノイズを検討する際は、遅延時間やパルス間ギャップの大きさが重要となるため、そこではこれらの量が考慮される。)。尚、ここではデータ長Tsと図2(a)中の黒丸で示した検出データの時間間隔は一致しているが、必ずしも一致する必要は無く、「データ間隔>Ts」または「データ間隔<Ts」であってもよい。
【0016】
以上のような時分割多重の検出条件において、chMの第Nフレームにおける信号の大きさ(信号強度)をVM,Nとすると、VM,Nは次の式で表わすことができる(VM,Nの大きさは、検出パルスの幅の中央の値とする)。
VM,N=VM,1[1+α(N−1)T0] (1)
ここで、VM,1はchMの第1フレームにおける信号強度、α[sec−1]はt1〜t2間における信号強度の時間変化率をt1における信号強度V(t1)で割った量である。
【0017】
(1)式は、ch1の第1フレームの信号強度V1,1を用いると、(2)式のように表わすことができる。
VM,N=V1,1[1+α(N−1)Tp] (2)
ここで、Tpは図2(c)に示すチャンネル間ピッチである。
【0018】
(2)式を用いて、ch1及びchMについての時間t1〜t2における平均値、すなわちt2における各チャンネルの検出値(信号強度)を求めると以下のようになる。
ch1のt2における検出値V1(t2)は以下のようになる。
V1(t2)=(V1,1+V1,N)/2=V1,1[2+α(N−1)T0]/2 (3)
chMのt2における検出値VM(t2)は以下のようになる。
VM(t2)=(VM,1+VM,N)/2=VM,1[2+α(N−1)T0]/2
=V1,1[2+α(N−1)T0+2α(M−1)Tp+α2(M−1)(N−1)TpT0]/2 (4)
【0019】
ここで、ch1とchMの検出値の相対誤差を次式で定義する。
[VM(t2)−V1(t2)]/[(V1,1+VM,N)/2]×100[%] (5)
多重化するチャンネル数がMのとき、チャンネル間の検出誤差はch1とchMとの間で最大となるため、これをチャンネル間最大検出誤差δと呼ぶことにする。また、データ長Tsの期間での信号強度の相対変化率として、β=α[sec−1]×Ts[sec]なる無次元の量を新たに導入し、多重化するチャンネル数を変えたときのチャンネル間最大検出誤差δを(5)式により求めた結果を図3に示す。
【0020】
図3(a)は、β=3.6%とした場合(α=0.1sec−1、Ts=360msecと設定した場合)におけるチャンネル間最大検出誤差δを、フレーム数Nをパラメータとして示した図である。また、図3(b)は、N=10の場合におけるチャンネル間最大検出誤差δを、信号強度相対変化率βをパラメータとして示した図である。図3(a)(b)より、フレーム数Nが大きく、信号強度相対変化率βが小さいときに、チャンネル間最大検出誤差δが小さくなることがわかる。
【0021】
ここで、M≫1、N≫1の場合、(5)式の分子は(3)式及び(4)式から、
[VM(t2)−V1(t2)]≒V1,1[2αMTp+α2MNTpT0]/2
となり、さらに、MTp=T0、NT0=Ts(図2を参照)から、Tp及びT0を消去すると、
[VM(t2)−V1(t2)]≒(β/N)[V1,1(1+β/2)] (6)
が得られる。
【0022】
一方、(5)式の分母は次式で近似でき、
[(V1,1+VM,N)/2]≒V1,1+αTsV1,1/2=V1,1(1+β/2) (7)
となる。したがって、(6)式及び(7)式からチャンネル間最大検出誤差δは、以下のようになる。
δ≒β/N (M≫1、N≫1の場合) (8)
【0023】
すなわち、M≫1及びN≫1の条件下では、チャンネル間最大検出誤差δは一定値β/Nに近づくことがわかる。また、図3より、M及びNが小さい場合、誤差δはβ/Nより小さくなることがわかる。
【0024】
一般に、検出結果には検出系のノイズに起因する誤差(ばらつき)が含まれており、これが最終的な検出精度を規定している。したがって、チャンネル間最大検出誤差として許容できる大きさは、ノイズに起因した誤差(ばらつき)と同等程度以下ということができる。それを満足する検出条件を決定する上で、ここで得られた結果((8)式)は有用である。
【0025】
尚、信号強度相対変化率βは、検出信号の時間変化率ではなく(つまり、図2(a))のグラフの傾きではなく)、各点の信号強度に対する相対的な変化率であることに注意する必要がある。例えば、検出信号が指数関数的に変化する信号の場合、βは全ての点で一定となる。
【0026】
(ii)検出信号のノイズ低減方法
本発明による、時分割多重検出におけるノイズ低減方法について説明する。図4(a)は、図1に示した励起信号発生回路2−1〜Mから発生された、Mチャンネルの励起信号を合成した波形(実際には、図2(b)に示した励起信号のように、各チャンネルに対して時間分割して印加される。)を示す図である。
【0027】
図4(b)は、検出素子4により検出された検出信号の波形を示す図である。この波形図は、1個の検出素子4が検出した信号波形であるから、合成した信号波形ではなく、ch1からchMまでの時系列の信号波形を示している。この検出信号が微弱である場合、その信号成分には検出素子4によるノイズが重畳してしまう。例えば光電子増倍管(PMT)において微弱な光信号を検出した場合においても、このようなノイズが重畳した信号波形になってしまう。
【0028】
図4(c)は、AD変換回路5におけるAD変換処理の様子を示す図である。この図の黒丸は、AD変換回路5に入力された検出信号に対し、所定のサンプリング間隔でAD変換を施したサンプリング点を示している。AD変換回路5は、図4(c)に示した黒丸の時間タイミングにおいてAD変換したデジタル値を出力する。
【0029】
図4(d)乃至(f)は、信号処理回路6における2段階の平均化処理の様子を示す図である。信号処理回路6は、第1段階の平均化処理において、図4(d)に示すように、波形の積算による平均化処理を行なう(以下、「フレーム間平均」という)。具体的には、各チャンネルのサンプリングデータ(AD変換回路5の出力データ)をサンプリング点毎に、所定のフレーム数Nだけ積算して平均化する。例えば、図4(d)においてchMのサンプリング点に着目すると、信号処理回路6は、第1フレームのサンプリング点d1、第2フレームのサンプリング点d2、第3フレームのサンプリング点d3、・・・、及び第Nフレームのサンプリング点dNにおけるサンプリングデータを積算して平均化する。ここで、フレーム間平均回数N(=積算平均回数)は、微弱信号検出系1のシステムに要求される応答速度から決まるデータ長Tsに対し、NT0=Tsとなるように設定される。
【0030】
このような「フレーム間平均」により、信号処理回路6は、図4(e)に示す波形を得る。前述の例では、chMのサンプリング点d1,d2,d3,・・・,dNの各データを「フレーム間平均」したサンプリング点e1のデータを得ることができる。図4(d)に示した信号成分に重畳したノイズは、フレーム間平均によって相対的に振幅が減少し、SN比(=パルス振幅平均値/ノイズ成分の2乗平均平方根値)が向上する。ノイズが完全にランダムな場合は、SN比は√N倍向上する。
【0031】
信号処理回路6は、第2段階の平均化処理において、図4(f)に示すように、各チャンネル(パルス)内における「フレーム間平均」されたデータの平均化処理を行う(以下、「パルス内平均」という)。例えば、chMにおいては、「フレーム間平均」によって得たサンプリング点f1,f2,f3のデータを平均化し、それをchMの出力とする。
【0032】
「パルス内平均」によるSN比向上効果は、次のようにして求められる。まず、1個のパルスの振幅平均値を測定する場合を考える。このとき、ノイズの存在下で振幅平均値を有限の測定時間で測定しようとすると、測定結果には統計的な誤差(ばらつき)が含まれることになる。図4(f)において、1個のパルス内における有効なパルス幅(図2(c)において、パルス幅から遅延時間を差し引いた時間)をパルス内平均化時間T[s]、パルスに重畳しているノイズの帯域幅をB[Hz]、ノイズの2乗平均平方根値(十分長い時間に渡って測定したときに得られる真の値)をσとするとき、パルス幅の時間T内のデータを測定することによって得られるパルス振幅平均値のばらつきの大きさを2乗平均平方根値σTで表わすと、
【数1】
となることが知られている。尚、詳細については以下の文献を参照されたい。
J.S.Bendat,A.G.Piersol,“Random Data:Analysis and Measurement Procedures”,邦訳:得丸他訳「ランダムデータの統計的処理」
【0033】
ただし、(9)式が成り立つためにはTが十分大きい必要があるが、実際上はBT≧5を満たすTであれば十分であるとされている。また(9)式は、アナログデータ(連続データ)の処理を前提に導出されたものである。離散データの場合は、サンプリング間隔Δtを時間Tに対して十分短くして収集したデータを用いることによって、アナログデータの場合と同様の結果を得ることができる。(9)式により、パルス振幅平均値のばらつきの大きさは、平均時間Tの平方根に反比例することがわかる。したがって、「パルス内平均」を行なうことにより、√Tに比例してSN比を向上させることができる。すなわち、SN比は√(2BT)倍向上する。
【0034】
以上のように、信号処理回路6が「フレーム間平均」及び「パルス内平均」の2段階の平均化処理を行うことにより、多数の微弱信号を1個の検出素子4を用いて高いSN比で検出することが可能となる。具体的には、「フレーム間平均」によりSN比は√N倍向上し(Nはフレーム間平均回数)、「パルス内平均」によりSN比は√(2BT)倍向上する(Bは検出素子4のノイズ帯域幅、Tは(パルス内平均化時間)。
【0035】
ここで、具体的な数値を用いて、時分割多重検出における2段階の平均化処理の効果を説明する。検出条件としては、チャンネル数M=12の信号をデータ長Ts=360msecで検出するものとする。検出素子4に、20kHzの帯域幅を有する素子を用いるものとすると、その応答性は約8μsec(時定数)となる。2段階の平均化処理の第1の例として、図5に示すように、パルス幅400μsec、チャンネル間ピッチ600μsec、周期T0=600μsec×12ch=7200μsecに設定した場合を考える。ただしここでは、波形が分かりやすくなるようにノイズ成分を除いた状態を図示している。
【0036】
遅延時間及びパルス間ギャップは、検出素子4の時定数に対して十分長くし、それぞれ100μsec、200μsecとする。パルス間ギャップを遅延時間よりも長く取っているのは、前述のように、隣接するチャンネル間のクロストークを低減するためである。つまり、検出信号の大きさは通常チャンネル毎に異なっているため、大きな振幅の信号に引き続いて小さな振幅の信号が発生した場合、パルス間ギャップを十分に取っておかないと正しい振幅を検出することが困難となるためである。
【0037】
以上の設定条件としたとき、フレーム間平均回数N=Ts/T0=360 msec/7.2msec=50となり、「フレーム間平均」によってノイズを1/√50≒0.14倍に低減することができる。また、パルス内平均化時間T=300μsec、ノイズの帯域幅B=20kHz(=検出素子の帯域幅)であるため、(9)式から、「パルス内平均」によってノイズを1/√(2BT)=1/√12≒0.29倍に低減することができる。したがって、トータルのノイズ低減率は0.14×0.29≒0.04となる。
【0038】
次に、2段階の平均化処理を適用した第2の例を図6に示す。これは、チャンネル数M、データ長Ts、遅延時間及びパルス間ギャップは第1の例と同一条件とし、パルス幅を100μsecと狭くした場合の例である。フレーム間平均回数Nは、N=Ts/T0=360 msec/3.6msec=100であり、「フレーム間平均」によるノイズ低減率は1/√100=0.1となる。一方、パルス幅を狭くしたことによりパルス内平均化時間Tがほぼ0となるため、この場合、「パルス内平均」によるノイズ低減効果は得られない。したがって、トータルのノイズ低減率は0.1である。この例のように、データのサンプリング間隔よりもパルス内平均化時間が小さくなる条件では、実質的にフレーム間平均のみの(1段階の)平均化処理しか行なわれない。
【0039】
次に、2段階の平均化処理を適用した第3の例を図7に示す。これは、チャンネル数M、データ長Ts、遅延時間及びパルス間ギャップは前述の2つの例と同一条件で、パルス幅を約30msecと非常に広くした場合の例である。この場合、フレーム間平均回数Nは、N=Ts/T0=360 msec/360msec=1となるため、「フレーム間平均」は行なわれず、それによるノイズ低減効果は得られない。一方、「パルス内平均」によるノイズ低減率は1/√(2BT)=1/√(2×20kHz×29.7msec)≒0.03となる。トータルのノイズ低減率も0.03である。この例は、パルス内平均のみの(1段階の)平均化処理を行なった例である。
【0040】
以上の3つの例は、検出素子4がある応答時間を有するとき(応答時間が無視できないとき)、遅延時間やパルス間ギャップが存在するために、フレーム間平均回数N及びパルス内平均化時間T等の時分割多重の検出条件によって、検出信号に含まれるノイズの大きさが異なることを示している。
【0041】
図8は、データ長Ts=360msec、遅延時間100μsec、及びパルス間ギャップ200μsecの条件下で、チャンネル数M及びフレーム間平均回数Nによるノイズの大きさの違いを示した図である。この図から、フレーム間平均回数Nが大きいとノイズが大きくなることがわかる。これは、前述した第2の例からもわかるように、Nの増加に伴って、平均化演算に寄与しない遅延時間やパルス間ギャップのトータルの長さが増大するためである。
【0042】
この問題に対して、応答速度が十分に速い検出素子4を使用すれば、ノイズを低減できると考えるかもしれない。しかしこれは、次の理由によってノイズ低減効果は期待できない。例えば10倍の応答速度(時定数約0.8μsec)を有する検出素子を使用した場合、図6における遅延時間、パルス間ギャップ及び周期T0が1/10となるため、フレーム間平均回数Nが10倍となって、ノイズを1/√10倍にすることができるようにも考えられる。しかし一方で、検出素子4が10倍の帯域を持つことになるため、ノイズがホワイトノイズである場合、その大きさも√10倍となり、結果的にノイズの低減効果が相殺されることになる。尚、図8において、N=100の場合、チャンネル数Mが7より大きいと、BT≧5の条件((9)式が成り立つための条件)を満足しないため、実際のノイズは図示した値よりもさらに大きくなる可能性がある。
【0043】
前述した「(i)チャンネル間検出誤差とその低減条件」においては、時分割多重検出時のチャンネル間最大検出誤差は、フレーム数Nが大きくなるとともに小さくなることを示した。一方、図8に示したように、フレーム数(=フレーム間平均回数)Nが大きくなるとノイズは大きくなる(ノイズ低減率が小さくなる)。つまり、フレーム数Nに対して、チャンネル間最大検出誤差とノイズとはトレードオフの関係にあることがわかる。しかし、このことは逆に、時分割多重方式の検出条件を適切に設定することができれば、複数の微弱信号を高いSN比で検出することが可能であるという見方もできる。そして、具体的な方法として、(8)式から求められるチャンネル間最大検出誤差が、要求される検出精度より小さくなるように(あるいはノイズより小さくなるように)時分割多重の検出条件を設定し、かつ、2段階の平均化処理によりノイズを低減化することによって、高S/Nの検出を実現することができる。
【発明の効果】
【0044】
以上のように、本発明によれば、多数の微弱信号を、少数の検出素子を用いて高いSN比で高感度に検出する方法及び装置を実現することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0045】
以下、本発明を実施するための最良の形態について図面を用いて詳細に説明する。以下に示す微小信号検出系の実施例は、バイオテクノロジー分野において核酸増幅技術として広く用いられているPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)装置の多チャンネル光信号検出系に関するものである。
【0046】
図9は、本発明による微弱信号検出系の実施例の構成を示すブロック図である。この微弱信号検出系11は、M個の生物学的試料14−1〜Mを測定することにより、Mチャンネル(ch1〜chM)の微弱信号を検出するものである。試料14−1〜Mは、通常ガラス容器等に収められ、温度サイクルを与えるためにヒートバス中に設置される。
【0047】
励起信号発生回路12−1〜Mは、チャンネル間で発生タイミングがずれるように時分割した励起信号を発生する。LED13−1〜Mは、励起光源として用いられ、励起信号発生回路12−1〜Mにより発生された励起信号に連動して励起光を発生し、その励起光を、光ファイバ15−1〜Mを通じて試料14−1〜Mに照射する。試料14−1〜Mに励起光が照射されると、試料14−1〜Mから核酸の量に応じた強度の蛍光が発せられ、その蛍光は、光ファイバ16を介して1個の光電子増倍管(PMT)17へ送られる。PMT17は、試料14−1〜Mからの蛍光をそれぞれ検出し、AD変換回路18は、PMT17により検出された検出信号をAD変換し、信号処理回路19は、AD変換回路17によりAD変換された信号に対して、2段階の平均化処理を行う。
【0048】
試料14−1〜Mに与える温度サイクルの一例として、表1に示すような条件を設定し、かつ、図10に示すような温度ランプレートでPCRを実施した。
【表1】
【0049】
PCRによる試料中の核酸の増幅を蛍光強度で検出できるように、PCR試薬の中にインターカレータの蛍光物質であるSYBR−GREENを添加した。蛍光物質の特性から、蛍光の励起波長は470nm、蛍光検出波長は530nmとした。温度サイクル毎の核酸増幅を検出するタイミングとしては、各温度サイクルにおける表1に示した核酸伸張工程中が好ましいが、その工程中に核酸が随時増幅されるため、さらに好ましくは核酸伸張工程の終了時点で蛍光強度を測定する方がよい。このため実際の測定では、約10秒の温度サイクル毎に、核酸伸張工程終了前の数100msecのデータを採集するようにした。
【0050】
時分割多重の検出条件は、12チャンネルの信号をデータ長約400msecで測定するという前提で、以下のように設定した。まず、検出信号である蛍光の強度が、PCRによる核酸増幅によって約10秒の温度サイクル毎に2倍に(つまり指数関数的に)増加することから、信号強度相対変化率βは信号レベルに関わらず4%(=100%/10sec×0.4sec)程度になると見積もった。次に、この蛍光検出において要求されるSN比が、少なくとも20dB(CV値で1%)以上、望ましくは30dB(CV値で0.1%)程度であったため、チャンネル間最大検出誤差δが0.1%以下となるように、時分割多重のフレーム数Nを80に設定した((8)式より、N=80、β=4%の場合のチャンネル間最大検出誤差δは約0.05%であると試算される)。また、使用するPMTの帯域幅が20kHz(約8μsecの時定数)であるため、遅延時間及びパルス間ギャップはそれぞれ100μsec、200μsecに設定した。
【0051】
最終的に、時分割多重の検出条件は、次のように決定した。
・チャンネル数M : 12
・励起パルス幅 : 200μsec
・遅延時間 : 100μsec
・パルス間ギャップ : 200μsec
・チャンネル間ピッチTp : 400μsec
・周期T0 : 4.8msec(=Tp×M=400μsec×12)
・フレーム数N : 80
・データ長Ts : 384msec(=T0×N=4.8msec×80)
【0052】
以上の条件で、実際に12検体同時にPCRを実施し、時分割多重方式により検出した蛍光強度を温度サイクル毎にプロットした結果を図11に示す。また、ここにデータとしては示していないが、2段階の平均化処理を行なったことによるノイズ低減効果は推定した値に近い結果となり、十分な精度で検出データを得ることができた。さらに、同一サンプル検出時のチャンネル間最大検出誤差もノイズレベルより十分小さいことが確認され、本発明による検出方法が有効であることが確認できた。
【0053】
以上のように、前記実施例によれば、発生タイミングが異なる励起信号に基づいてPMT17の出力信号が時分割多重され、信号処理回路19が、この時分割多重された信号に対し「フレーム間平均」及び「パルス内平均」の2段階の平均化処理を行うようにした。また、時間的に変化する信号を検出したときのチャンネル間最大検出誤差が、少なくともある信号強度範囲において、ノイズの大きさよりも小さくなるようにするための条件に設定した。これにより、多チャンネルの信号を小さなチャンネル間誤差で、かつ高いSN比で検出することができる。
【0054】
また、本発明による2段階の平均化処理を適用することによって効果的にS/Nを高くすることができるということは、見方を変えれば、システムに要求されるS/Nを実現するのに必要なデータ長が短くて済むということである。したがって、システムに要求されるS/Nと応答速度を確保できる範囲において、多重化するチャンネル数を増加することができる。
【0055】
また、前記実施例によれば、複数のチャンネルの信号に対して時分割多重を施すことにより、PMT17、AD変換回路18及び信号処理回路19の共通化を図るようにした。これにより、微弱信号検出系11全体として低コスト化及び小型化を実現することができる。
【0056】
以上、実施例を挙げて本発明を説明したが、本発明は上記実施例に限定されるものではなく、その技術思想を逸脱しない範囲で種々変形可能である。例えば、図9に示した微弱信号検出系11では、PMT17、AD変換回路18及び信号処理回路19を共通化しているが、チャンネル毎にそれぞれPMT17を備え、これに伴いPMT17の出力信号を合成する素子または回路を別途備え、後段のAD変換回路18及び信号処理回路19を共通化するようにしてもよい。また、チャンネル毎にそれぞれPMT17及びAD変換回路18を備え、これに伴いAD変換回路18の出力信号を合成する回路を別途備え、後段の信号処理回路19を共通化するようにしてもよい。また、PMT17等の検出側を共通化するだけではなく、励起信号発生回路12−1〜M及びLED13−1〜Mの励起信号側を共通化するようにしてもよい。これは例えば、共通化した励起信号源を機械的に移動させながら、試料14−1〜Mに励起光を順次照射する構成にすることによって実現することができる。あるいは、共通化した励起信号源及び検出素子に対して、試料14−1〜Mの方を移動させる方法でもよい。
【0057】
また、図3に示した信号処理回路19では、最初に「フレーム間平均」を行ない、次に「パルス内平均」を行うようにしたが、この順序を入れ替えてもよい。すなわち、最初に、チャンネル毎のパルスにおいてサンプリング点のデータを平均化する「パルス内平均」を行ない、次に、複数のフレームにおいて「パルス内平均」化したデータに対して、フレーム間においてデータを平均化してもよい。平均化処理は線形演算であるため、順序を入れ替えても結果は同一となる。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】本発明を説明するための微弱信号検出系の構成例を示すブロック図である。
【図2】図1の微弱信号検出系における検出信号を示す図である。
【図3】チャンネル間最大検出誤差を、フレーム数及び信号強度相対変化率をパラメータとして示す図である。
【図4】図1の微弱信号検出系における信号波形を示す図である。
【図5】第1の例の検出信号波形を示す図である。
【図6】第2の例の検出信号波形を示す図である。
【図7】第3の例の検出信号波形を示す図である。
【図8】検出信号のノイズの大きさとチャンネル数の関係を示す図である。
【図9】本発明による微弱信号検出系の実施例の構成を示すブロック図である。
【図10】試料に与える温度サイクルを示す図である。
【図11】蛍光強度を温度サイクル毎にプロットした結果を示す図である。
【符号の説明】
【0059】
1,11 微弱信号検出系
2,12 励起信号発生回路
3,14 試料
4 検出素子
5,18 AD変換回路
6,19 信号処理回路
13 LED
15,16 光ファイバ
17 PMT
【特許請求の範囲】
【請求項1】
時間的に変化する複数のチャンネルの信号を検出する方法において、
チャンネル間で時分割した励起信号をそれぞれ発生するステップと、
前記それぞれの励起信号に対する応答信号を、検出信号としてまとめて検出するステップと、
全てのチャンネルの前記検出信号を含む1周期のフレームを複数周期分取り込み、該複数のフレーム間で同一のサンプリングタイミングの検出信号を平均化するステップとを有し、
前記フレーム間で平均化した信号を、チャンネル内でそれぞれ平均化するステップと、
を有することを特徴とする微弱信号検出方法。
【請求項2】
時間的に変化する複数のチャンネルの信号を検出する方法において、
チャンネル間で時分割した励起信号をそれぞれ発生するステップと、
前記それぞれの励起信号に対する応答信号を、検出信号としてまとめて検出するステップと、
前記検出信号をチャンネル内でそれぞれ平均化し、全てのチャンネルについて前記平均化した信号を含む1周期のフレームを複数周期分取り込み、該複数のフレーム間でチャンネル毎に信号を平均化するステップと、
を有することを特徴とする微弱信号検出方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の微弱信号検出方法において、
全てのチャンネルで同一の応答信号が検出されるべき状況の下で、前記応答信号におけるチャンネル間の信号強度差である検出誤差が、前記応答信号に含まれるノイズの強度よりも小さくなるように、前記フレームの数が設定されていることを特徴とする微弱信号検出方法。
【請求項4】
請求項1から3までのいずれか一項に記載の微弱信号検出方法において、
前記励起信号をパルス信号とした場合に、チャンネル間で時分割するパルス信号間のギャップ時間が、少なくとも、前記励起信号に対する応答を検出信号として検出する際の遅延時間よりも長いことを特徴とする微弱信号検出方法。
【請求項5】
時間的に変化する複数のチャンネルの信号を検出する装置において、
チャンネル間で時分割した励起信号を発生する複数の励起信号発生回路と、
前記チャンネル毎の励起信号に対する応答信号を、検出信号としてまとめて検出する検出素子と、
全てのチャンネルの前記検出信号を含む1周期のフレームを複数周期分取り込み、該複数のフレーム間で各チャンネルの検出信号を平均化する信号処理回路とを備え、
全てのチャンネルで同一の応答信号が検出されるべき状況の下で、前記応答信号におけるチャンネル間の信号強度差である検出誤差が、前記応答信号に含まれるノイズの強度よりも小さくなるように、前記フレームの数が設定されていることを特徴とする微弱信号検出装置。
【請求項1】
時間的に変化する複数のチャンネルの信号を検出する方法において、
チャンネル間で時分割した励起信号をそれぞれ発生するステップと、
前記それぞれの励起信号に対する応答信号を、検出信号としてまとめて検出するステップと、
全てのチャンネルの前記検出信号を含む1周期のフレームを複数周期分取り込み、該複数のフレーム間で同一のサンプリングタイミングの検出信号を平均化するステップとを有し、
前記フレーム間で平均化した信号を、チャンネル内でそれぞれ平均化するステップと、
を有することを特徴とする微弱信号検出方法。
【請求項2】
時間的に変化する複数のチャンネルの信号を検出する方法において、
チャンネル間で時分割した励起信号をそれぞれ発生するステップと、
前記それぞれの励起信号に対する応答信号を、検出信号としてまとめて検出するステップと、
前記検出信号をチャンネル内でそれぞれ平均化し、全てのチャンネルについて前記平均化した信号を含む1周期のフレームを複数周期分取り込み、該複数のフレーム間でチャンネル毎に信号を平均化するステップと、
を有することを特徴とする微弱信号検出方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の微弱信号検出方法において、
全てのチャンネルで同一の応答信号が検出されるべき状況の下で、前記応答信号におけるチャンネル間の信号強度差である検出誤差が、前記応答信号に含まれるノイズの強度よりも小さくなるように、前記フレームの数が設定されていることを特徴とする微弱信号検出方法。
【請求項4】
請求項1から3までのいずれか一項に記載の微弱信号検出方法において、
前記励起信号をパルス信号とした場合に、チャンネル間で時分割するパルス信号間のギャップ時間が、少なくとも、前記励起信号に対する応答を検出信号として検出する際の遅延時間よりも長いことを特徴とする微弱信号検出方法。
【請求項5】
時間的に変化する複数のチャンネルの信号を検出する装置において、
チャンネル間で時分割した励起信号を発生する複数の励起信号発生回路と、
前記チャンネル毎の励起信号に対する応答信号を、検出信号としてまとめて検出する検出素子と、
全てのチャンネルの前記検出信号を含む1周期のフレームを複数周期分取り込み、該複数のフレーム間で各チャンネルの検出信号を平均化する信号処理回路とを備え、
全てのチャンネルで同一の応答信号が検出されるべき状況の下で、前記応答信号におけるチャンネル間の信号強度差である検出誤差が、前記応答信号に含まれるノイズの強度よりも小さくなるように、前記フレームの数が設定されていることを特徴とする微弱信号検出装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2008−286736(P2008−286736A)
【公開日】平成20年11月27日(2008.11.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−134045(P2007−134045)
【出願日】平成19年5月21日(2007.5.21)
【出願人】(000004008)日本板硝子株式会社 (853)
【出願人】(000003160)東洋紡績株式会社 (3,622)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成20年11月27日(2008.11.27)
【国際特許分類】
【出願日】平成19年5月21日(2007.5.21)
【出願人】(000004008)日本板硝子株式会社 (853)
【出願人】(000003160)東洋紡績株式会社 (3,622)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]