説明

微生物培養シート、微生物培養シートの製造方法及び培地液注入装置

【課題】煩雑な作業を要することなく、また、作業時間のロスを発生させることなく、培養層上で被検液を一定面積に拡げることができ、迅速な接種作業を行うことが可能な微生物培養シートを提供すること。また、微生物の発育に必要十分で、且つ、均一な厚みの培養層を備え、正確な微生物検査を行うことが可能な微生物培養シートを提供すること。更に、高価な微生物培養材料の無駄が低減された微生物培養シートを提供すること。
【解決手段】本発明の微生物培養シートは、基材シート上の所定の領域に、乾燥した培養層を備える微生物培養シートであって、上記培養層は、上記所定の領域を複数の分割領域に仮想分画し、それぞれの分割領域に対して上記培養層を形成するための培地液を、個別に又は連続的に注入した後、乾燥してなることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物検査を迅速に且つ正確に行うことができる微生物培養シート、微生物培養シートの製造方法及び微生物培養シートを製造するための培地液注入装置に関する。
【背景技術】
【0002】
微生物の存在を確認したり、微生物数を測定したりする方法としては、寒天平板混釈法がある。この方法では、培地としてあらかじめ滅菌したシャーレに形成した寒天培地を使用するため、寒天培地を高圧蒸気滅菌するためのオートクレーブや、微生物検査を無菌的に行うことができる検査室が必要となる。また、微生物のサンプリングから試料液の調製、分注、培地との混釈、培養、計数に至る微生物検査の操作には熟練を要する。そこで、高度の熟練を必要とすることなく、簡便に微生物検査を行うことができる乾燥した培養層を備える微生物培養シートの開発が進められてきた。
【0003】
これまで、報告されているシート状の微生物培養器としては、例えば、支持体の上部表面上に形成された水ベース接着剤組成物層と、該接着剤組成物層に付着されたゲル化剤を含む冷水溶解性粉末と、該冷水溶解性粉末を被覆するカバーシートとからなる培養基装置がある(特許文献1参照)。また、方形の粘着シート上に円形の水溶性高分子化合物層と多孔質マトリックス層とを積層し、上部に方形の透明フィルムを配設した微生物培養器がある(特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第3383304号公報
【特許文献2】国際公開第01/044437号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1に記載された培養基装置では、培養層(ゲル化剤を含む冷水溶解性粉末が付着した接着剤組成物層)上に、被検液を一定面積に拡げるために、操作に熟練を要するスプレッダーを使用する必要があり、大量に検査を行う場合には作業が煩雑となる。また、微生物培養材料は高価であるため、その使用量を低減できることが好ましいが、特許文献1に記載された培養基装置では、支持体である基材フィルムの上部表面上の全域に培養層を形成するため、高価な微生物培養材料に無駄が生じる。特許文献2に記載された微生物培養器では、被検液の拡がりを抑制するために、培養層が多孔質マトリックスで構成されている。そのため、多孔質マトリックスが被検液を吸水するまで待つという時間がかかり、作業者に時間のロスが発生する。また、特許文献2に記載された微生物培養器は、粘着シート上に水溶性高分子化合物層と多孔質マトリックス層とを積層して作製した微生物培地を、適当な大きさに切断し台紙に貼り付けたものであり、製造方法が煩雑である。
【0006】
本発明は、上記問題点に鑑みてなされたものであって、煩雑な作業を要することなく、且つ、作業時間のロスを発生させることなく、培養層上で被検液を一定面積に拡げることができ、迅速な接種作業を行うことが可能な微生物培養シートを提供することを目的とする。また、微生物の発育に必要十分で、且つ、均一な厚みの培養層を備え、正確な微生物検査を行うことが可能な微生物培養シートを提供することを目的とする。更に、高価な微生物培養材料の無駄が低減された微生物培養シートを提供することを目的とする。そして、上記微生物培養シートを確実に、且つ、連続的に製造することができる方法を提供することを目的とする。そして更に、上記微生物培養シートを簡便に製造するための培地液注入装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、基材シート上の所定の領域に、微生物の発育に必要な成分を含む培地液を直接塗布し、乾燥させて培養層を形成することにより、(1)特許文献1に記載された培養基装置のように、スプレッダーを使用するといった煩雑な作業を要することなく、また、特許文献2に記載された微生物培養器のように、多孔質マトリックスが被検液を吸水するまで待つという作業時間のロスを発生させることなく、培養層上に被検液を接種した後、すぐにカバーシートで覆うだけで、培養層上で被検液を一定範囲に拡げることができること、(2)高価な微生物培養材料の無駄をなくすことができることを見出した。
【0008】
ところで、微生物を適切に発育させるためには、培養層にある程度の厚みが必要となる。基材シート上の所定の範囲に、厚みのある培養層を形成する方法としては、スクリーン印刷が考えられる。しかしながら、発明者らが検討を行ったところ、スクリーン印刷では、均一な厚みの培養層を連続して生産することが困難であった。そこで、更に研究を重ねたところ、あらかじめ決定した基材シート上の培養層形成領域を、複数の分割領域に仮想分画し、それぞれの分割領域に培地液を個別に注入する、又は、連続的に注入することで、上記課題が解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
具体的には、本発明では、以下のようなものを提供する。
【0010】
(1)基材シート上の所定の領域に、乾燥した培養層を備える微生物培養シートであって、上記培養層は、上記所定の領域を複数の分割領域に仮想分画し、それぞれの分割領域に対して上記培養層を形成するための培地液を、個別に又は連続的に注入した後、乾燥してなる微生物培養シート。
【0011】
(2)上記所定の領域上から多孔ノズルを介して、上記それぞれの分割領域に培地液を注入する(1)に記載の微生物培養シート。
【0012】
(3)上記培地液は、アルコール系溶媒を含む(1)又は(2)に記載の微生物培養シート。
【0013】
(4)上記培地液は、溶媒中に上記培養層の成分の少なくとも一種が分散されている分散系である(1)から(3)いずれかに記載の微生物培養シート。
【0014】
(5)上記所定の領域にあらかじめ凹部が形成されており、当該凹部が上記所定の領域である(1)から(4)いずれかに記載の微生物培養シート。
【0015】
(6)基材シート上の所定の領域に、乾燥した培養層を備える微生物培養シートの製造方法であって、上記所定の領域を複数の分割領域に仮想分画し、それぞれの分割領域に対して上記培養層を形成するための培地液を、個別に又は連続的に注入した後、乾燥して培養層を形成する工程を含む微生物培養シートの製造方法。
【0016】
(7)上記培養層の外周に疎水性樹脂からなる枠層を形成する工程を更に含む(6)に記載の微生物培養シートの製造方法。
【0017】
(8)基材シート上の所定の領域に、乾燥した培養層を備える微生物培養シートの製造方法であって、上記基材シート上に疎水性樹脂からなる枠層を形成することにより、上記所定の領域に上記枠層に囲まれた凹部を形成する工程と、当該凹部を複数の分割領域に仮想分画し、それぞれの分割領域に対して上記培養層を形成するための培地液を、個別に又は連続的に注入した後、乾燥して培養層を形成する工程と、を含む微生物培養シートの製造方法。
【0018】
(9)上記所定の領域上から多孔ノズルを介して、上記それぞれの分割領域に培地液を注入する(6)から(8)いずれかに記載の微生物培養シートの製造方法。
【0019】
(10)基材シート上の所定の領域に、培養層を形成するための培地液を注入する培地液注入装置であって、上記所定の領域を複数の分割領域に仮想分画し、それぞれの分割領域に対して前記培地液を、個別に又は連続的に注入するためのノズルを備える培地液注入装置。
【0020】
(11)上記ノズルが多孔ノズルである(10)に記載の培地液注入装置。
【0021】
(12)上記多孔ノズルのそれぞれの孔径が0.1〜3.0mm/個であり、孔の配置密度が5〜20個/cmである(11)に記載の培地液注入装置。
【発明の効果】
【0022】
本発明の微生物培養シートによれば、煩雑な作業を要することなく、また、作業時間のロスを発生させることなく、培養層上で被検液を一定面積に拡げることができるので、迅速な接種作業を行うことが可能となる。そして、本発明の微生物培養シートによれば、微生物の発育に必要十分で、且つ、均一な厚みの培養層を備えるので、コロニーが滲み難く、また、コロニーの形成速度に差が生じ難くなり、コロニー数の計測等の微生物検査を正確に行うことが可能となる。そして更に、本発明の微生物培養シートによれば、培養層を基材シート上の所定の領域に限定して形成しているので、高価な微生物培養材料の無駄が低減されている。
また、本発明の微生物培養シートの製造方法によれば、上記微生物培養シートを確実に、且つ、連続的に製造することができる。
更に、本発明の培地液注入装置によれば、上記のような微生物培養シートを簡便に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明の第一の実施形態に係る微生物培養シートを示す部分透視平面図(A)及び断面図(B)である。
【図2】本発明の第二の実施形態に係る微生物培養シートを示す断面図である。
【図3】本発明の第一の実施形態に係る培地液注入装置が備える多孔ノズルの吐出孔を示す図である。
【図4】本発明の第一の実施形態に係る微生物培養シートの製造方法を順次示す断面図である。
【図5】本発明の第一の実施形態に係る微生物培養シートの製造方法を順次示す平面図である。
【図6】培養試験結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の具体的な実施形態について、詳細に説明するが、本発明は、以下の実施形態に何ら限定されるものではなく、本発明の目的の範囲内において、適宜変更を加えて実施することができる。
【0025】
[微生物培養シート]
本発明の微生物培養シートは、基材シート上の所定の領域に、乾燥した培養層を備える。そして、該培養層は、上記所定の領域を複数の分割領域に仮想分画し、それぞれの分割領域に対して上記培養層を形成するための培地液を、個別に又は連続的に注入した後、乾燥することにより形成されている。
【0026】
本発明の第一の実施形態に係る微生物培養シートを図1(A)、(B)に示す。図1(A)は部分透視平面図であり、図1(B)は、図1(A)に示す矢印X−Xに沿って切断した断面図である。なお、以下に示す各図(図1〜5)は、模式的に示した図であり、各部の大きさ、形状は、理解を容易にするために、適宜誇張して示している。
【0027】
本発明の第一の実施形態に係る微生物培養シートでは、方形の基材シート10上に培養層30を備えている。培養層30の外周には疎水性樹脂からなる円形の枠層20が形成されており、培養層30は、枠層20に囲まれた凹部領域に形成されている。また、枠層20と培養層30との間には隙間がなく、両層は接触している。そして、枠層20と培養層30とを被覆するように、方形の透明カバーシート40が設けられている。
【0028】
本発明の第一の実施形態に係る微生物培養シートによれば、培養層30の外周に円形の枠層20が形成されているので、被検液を遺漏させることなく、所定の範囲に確実に拡げることができる。また、枠層20は疎水性樹脂で形成されているので、培養層30上に被検液を接種した場合でも、枠層20が被検液によって崩れることがない。更に、枠層20と培養層30とは接触しているので、隙間に被検液が貯留することがなく、培養層30上に被検液を均一に拡げることができる。
【0029】
本発明の第二の実施形態に係る微生物培養シートの断面図を図2に示す。本発明の第二の実施形態に係る微生物培養シートでは、枠層20と培養層30とを被覆するように、桝目印刷層50が設けられ、該桝目印刷層50の上に透明カバーシート40が積層されている。
【0030】
本発明の第二の実施形態に係る微生物培養シートによれば、桝目印刷層50が設けられているので、コロニーが多数形成された場合に、数ヶ所の枡目内の菌数を計測按分するだけで、おおよその全体数を求めることができる。
【0031】
以下、基材シート、培養層、枠層、カバーシート及び桝目印刷層について、順に説明する。
【0032】
<基材シート>
基材シートには、微生物培養シートとして耐水性が求められる。また、培養層を形成する際の乾燥処理に耐え得る耐熱性も求められる。基材シートは、耐水性及び耐熱性を有していれば、特に限定されるものではないが、例えば、ポリエステル、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリカーボネート、ポリ塩化ビニル等のプラスチックシートを好適に使用することができる。これらのプラスチックシートは、透明性に優れる点において好ましい。微生物培養シートは、培養層中で発育した微生物のコロニーを観察、計数するものであるが、基材シートの透明性が高いと、微生物培養シートの背面側(基材シート側)からの投射光や側面側からの入射光によりコロニーの視認性を高めることができ、コロニーの計測が容易となる。ただし、必ずしも透明である必要はなく、発泡により白色を呈するものや、着色されたものも使用することができ、微生物の種類、コロニーの着色の有無等によって、適宜選択すればよい。
【0033】
基材シートは、単層であってもよいし、2層以上の積層シートであってもよい。積層シートとしては、上記プラスチックシートの2種以上を積層したものが挙げられる。その他、上記プラスチックシートに紙基材を積層した積層シートや紙基材に合成樹脂をコーティングした積層シート等も好適に使用することができる。このような積層シートとしては、例えば、ポリエチレンフィルムと紙基材との積層シートが挙げられる。また、合成樹脂を主原料とした合成紙も使用することができる。このような合成紙の市販品としては、例えば、ユポ・コーポレーション社製の「ユポ」、東洋紡社製の「クリスパー」等が挙げられる。
【0034】
基材シートは、培養層との密着性を向上させるために、あらかじめ培養層を形成する側の面に表面処理を行ったものでもよい。表面処理としては、特に限定されるものではなく、例えば、コロナ放電処理、オゾン処理、グロー放電処理、化学薬品等を用いる酸化処理、酸素ガス又は窒素ガス等を用いる低温プラズマ処理等の公知の表面処理が挙げられる。また、アンカーコート剤の塗布により表面処理を行ってもよい。
【0035】
基材シートには、エンボス加工により凹部領域が形成されていてもよい。この凹部領域を、培養層を形成する所定の領域とすることで、基材シート上に、所定形状の培養層を確実に形成することができ、高価な微生物培養材料の無駄が生じない。また、所定形状の培養層を形成することができれば、簡便な操作で被検液を一定面積に拡げることが可能となる。なお、この凹部領域は、厚みのある疎水性素材の基材シートを凹状に削ることにより形成されていてもよい。
【0036】
基材シートの厚みは、特に限定されるものではなく、通常、25〜1500μm、好ましくは50〜500μmである。また、本実施形態では、基材シートの形状は方形であるが、これに限定されるものではなく、円形、楕円形、多角形等であってもよい。基材シートの大きさも、特に限定されるものではなく、通常、30〜100cmである。
【0037】
基材シートは、あらかじめ水に不溶であり、且つ、微生物の生育に影響を与えないインクにより桝目柄が印刷されたものでもよい。桝目柄が印刷された基材シートによれば、コロニーが多数形成された場合に、数ヶ所の枡目内の菌数を計測按分するだけで、おおよその全体数を求めることができるからである。印刷の版式は、特に限定されるものではないが、着色剤、樹脂、溶剤等の選択範囲が広い点でグラビア印刷が好ましい。枡目の大きさは1cm角程度が適当である。
【0038】
<培養層>
本発明の微生物培養シートでは、培養層は、高価な微生物培養材料の無駄を低減するために、また、迅速な接種作業を可能とするために、基材シート上の所定の領域に限定して形成されている。基材シート上に、所定形状の培養層を形成することで、スプレッダー等の器具の使用といった煩雑な作業を要することなく、培養層上に被検液を接種した後、すぐにカバーシートで覆うだけで、培養層上で被検液を一定面積に拡げることが可能となる。
【0039】
また、培養層は、その厚みを微生物の発育に必要十分で、且つ、均一なものとするために、基材シート上の所定の領域を複数の分割領域に仮想分画し、それぞれの分割領域に対して上記培養層を形成するための培地液を、個別に又は連続的に注入した後、乾燥することにより形成されている。コロニー数の計測等の微生物検査を正確に行うためには、一定の環境下で微生物を適切に発育させ、コロニーを形成させる必要がある。培養層に十分な厚みを持たせることで、培養層中に微生物の発育に必要な量の栄養成分と、コロニーの滲みが生じない量のゲル化剤とを十分に含ませることが可能となる。また、培養層の厚みを均一なものとすることで、培養層中で栄養成分、ゲル化剤等の各成分の含有量が均一なものとなり、微生物の発育環境が一定のものとなるので、コロニーの形成速度に差が生じ難くなる。本発明の微生物培養シートによれば、微生物の発育に必要十分で、且つ、均一な厚みの培養層を備えるので、コロニーが滲み難く、また、コロニーの形成速度に差が生じ難くなり、コロニー数の計測等の微生物検査を正確に行うことができる。
【0040】
培養層を形成するための培地液の構成成分は、特に限定されるものではなく、培養する微生物の種類、使用目的等に応じて、適宜選択することができる。好ましくは、バインダーに、ゲル化剤、栄養成分、発色指示薬、選択剤等の他の成分を含有させた培地液を使用する。
【0041】
ここで、バインダーとは、ゲル化剤、栄養成分、発色指示薬、選択剤等の他の成分を、基材に固着させる役割を有するものであり、例えば、ポリビニルピロリドン、ポリエチレンオキサイド、ヒドロキシプロピルセルロース、ポリビニルアルコール等が挙げられ、特に、ポリビニルピロリドンが好ましい。ポリビニルピロリドンによれば、アルコール系溶媒に可溶であるので、培地液の粘度を容易に調整することができる。また、ポリビニルピロリドンによれば、アルコール系溶媒を使用することができるので、ゲル化剤を溶解させずに、分散させた培地液を調製することができる。これにより、ゲル化剤による培地液の著しい粘度上昇の抑制が可能となる。更に、パターン形成後においては、高温加熱することなく溶媒を除去することができる。そして、ポリビニルピロリドンによれば、皮膜性が高いので、ゲル化剤、栄養成分、発色指示薬、選択剤等の他の成分を取り込んで成膜することができ、また、基材との密着性に優れる。
【0042】
ゲル化剤としては、例えば、カラギーナン、グアーガム、キタンサンガム、ローカストビーンガム、アルギン、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース等が挙げられる。これらは、単独又は2種以上を混合して使用することができる。これらのゲル化剤によれば、被検液の滴下により培養層が増粘又はゲル化し、微生物の発育に適した環境となる。そして、培養層が増粘又はゲル化すると、カバーシートとの密着性が向上するので、培養時の水分の蒸発を抑制することもできる。
【0043】
栄養成分は、微生物の種類に応じて、適宜選択することができる。例えば、一般生菌検査用としては、酵母エキス・ペプトン・ブドウ糖混合物、肉エキス・ペプトン混合物、ペプトン・大豆ペプトン・ブドウ糖混合物等や、これらにリン酸二カリウム及び/又は塩化ナトリウムを加えた混合物が挙げられる。大腸菌・大腸菌群検査用としては、デソキシコール酸ナトリウム・ペプトン・クエン酸鉄アンモニウム・塩化ナトリウム・リン酸二カリウム・乳糖混合物、ペプトン・乳糖・リン酸二カリウム混合物等が挙げられる。ブドウ球菌用としては、肉エキス・ペプトン・塩化ナトリウム・マンニット・卵黄混合物、ペプトン・肉エキス・酵母エキス・ピルビン酸ナトリウム・グリシン・塩化リチウム・亜テルル酸卵黄液混合物等が挙げられる。ビブリオ用としては、酵母エキス・ペプトン・蔗糖・チオ硫酸ナトリウム・クエン酸ナトリウム・コール酸ナトリウム・クエン酸第2鉄・塩化ナトリウム・牛胆汁混合物等が挙げられる。腸球菌用としては、牛脳エキス・ハートエキス・ペプトン・ブドウ糖・リン酸二カリウム・窒化ナトリウム混合物等が挙げられる。真菌用としては、ペプトン・ブドウ糖混合物、酵母エキス・ブドウ糖混合物、ポテトエキス・ブドウ糖混合物等が挙げられる。これらの中から、発育させようとする微生物の種類に応じて、1種類又はそれ以上を選択し、混合して使用することができる。
【0044】
発色指示薬は、培養過程で発育する微生物の代謝により産出される特異物質との反応、pH変化の認識、酵素との反応等によって発色してコロニーを着色するため、コロニー数の計数を極めて容易にする効果がある。発色指示薬としては、例えば、トリフェニルテトラゾリウムクロライド(以下、TTCとする)、p−トリルテトラゾリウムレッド、テトラゾリウムバイオレット、ペテトリルテトラゾリウムブルー等のテトラゾリム塩や、ニュートラルレッド混合物、フェノールレッド、ブロムチモールブルー、チモールブルー混合物等のpH指示薬が挙げられる。
【0045】
培養層には、その他、検出目的以外の微生物の発育を抑える選択剤を含有させてもよい。このような選択剤としては、メチシリン、セフタメタゾール、セフィキシム、セフタジジム、セフスロジン、バシトラシン、ポリミキシンB、リファンピシン、ノボビオシン、コリスチン、リンコマイシン、クロラムフェニコール、テトラサイクリン、ストレプトマイシン等の抗生物質、サルファ剤、ナリジクス酸、オラキンドックス等の合成抗菌剤、クリスタルバイオレット、ブリリアントグリーン、マラカイトグリーン、メチレンブルー等の静菌又は殺菌作用を有する色素、Tergitol7、ドデシル硫酸塩、ラウリル硫酸塩等の界面活性剤、亜セレン酸塩、亜テルル酸塩、亜硫酸塩、窒化ナトリウム、塩化リチウム、シュウ酸塩、高濃度の塩化ナトリウム等の無機塩等が挙げられる。
【0046】
上記の構成成分を含む培地液に使用する溶媒としては、選択した構成成分を溶解又は分散し得るものであれば、特に限定されるものではないが、アルコール系溶媒を使用することが好ましい。アルコール系溶媒は、水やトルエン等の高沸点溶媒のように、パターン形成後の溶媒除去の際に高温加熱する必要がないので、培養層に含まれる成分が熱分解するおそれが生じず、また、溶媒除去に長時間を要しないので、生産効率に優れる点において好ましい。アルコール系溶媒としては、炭素数1〜5のアルコールが好ましく、例えば、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール等が挙げられる。これらの中でも、沸点が低く、乾燥による溶媒除去が容易であって、且つ、微生物の発育を阻害しないメタノールが最も好ましい。なお、上記溶媒は、単独又は2種以上を混合して使用することができる。溶媒の使用量は、培地液の構成成分や溶媒の種類によって、適宜選択するとよい。
【0047】
<枠層>
本発明の微生物培養シートでは、疎水性樹脂からなる枠層が形成されていてもよい。枠層が形成されていれば、被検液を培養層上に接種した場合に、被検液が枠層まで速やかに拡がるため、培養層による被検液の吸水を待たずにカバーシートを被覆することができ、接種操作を短時間で行うことができる。また、被検液の漏れを防止することもできる。枠層は、上記培養層の上に形成されてもよく、基材シートの上に直接形成されてもよいが、培養層の上に形成されていると、培養層が被検液の吸水により膨潤してゲル状となった際に、崩れるおそれがあるため、基材シートの上に直接形成されていることが好ましい。
【0048】
また、枠層は、基材シートの上に直接であって、且つ、培養層の外周を囲むように形成されていることがより好ましい。この場合、枠層は、培養層の形成前に形成してもよく、培養層の形成後に形成してもよいが、培養層の形成後に形成すると、枠層と培養層との間に隙間が生じやすく、微生物を培養した際にその隙間に菌が遊走し、正確なコロニー数の計測が困難となる場合があるため、培養層の形成前に形成することが好ましい。培養層の形成前に、あらかじめ基材シート上に枠層を形成することにより、基材シート上の所定の領域に枠層に囲まれた凹部を形成し、該凹部領域に培地液を注入して培養層を形成すると、所定形状の培養層を確実に形成することができるので、高価な微生物培養材料の無駄が生じない。
【0049】
枠層の材料には、疎水性樹脂を使用する。疎水性樹脂としては、例えば、UV硬化樹脂、ホットメルト樹脂、熱発泡インク、UV発泡剤等を好適に使用することができる。UV硬化樹脂としては、特に限定されるものではないが、例えば、ラジカル型では、アクリレート系、不飽和ポリエステル系が挙げられ、カチオン型では、エポキシアクリレート系、オキセタン系、ビニルエーテル系等を挙げることができる。UV硬化樹脂の硬化のための照射条件は、積算光量50〜2000mJ/cm、より好ましくは100〜1000mJ/cmである。
【0050】
ホットメルト樹脂としては、軟化点温度が120℃以下、より好ましくは100℃以下のものを好適に使用することができる。120℃を超えると基材シートが湾曲する場合がある。ホットメルト樹脂としては、例えば、ウレタン系、ポリアミド系、ポリオレフィン系、ポリエステル系、エチレン酢酸ビニル系、スチレンブタジエンゴム系やウレタンゴム系等の合成ゴム系等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0051】
その他、熱発泡インクやUV発泡剤等も好適に使用することができる。例えば、バインダーとしてポリウレタン系樹脂、ポリアミド系樹脂、ポリ塩化ビニル系樹脂、ポリアクリレート系樹脂、ポリエステル系樹脂、塩素化ポリプロピレン等のポリオレフィン系樹脂、塩化ゴムや環化ゴム等のゴム類等を用いたインクも使用することができる。これらのインクは、撥水性であればより好ましいため、上記樹脂にシリコーン類やワックス類を添加したインクがより好ましい。枠層に用いる疎水性樹脂は、疎水性、撥水性であると同時に、塗膜の厚さを厚くする必要があるため、上記樹脂に従来公知の発泡剤等を添加して、発泡インクとして使用することが効果的である。このようなUV発泡インクとしては、少なくともアクリレート反応性希釈剤又はメタクリレート反応性希釈等の反応性希釈剤と、ウレタンアクリレート光重合性オリゴマー、ポリエステルアクリレート光重合性オリゴマー、エポキシアクリレート光重合性オリゴマー、アクリル系光重合性オリゴマー、特殊光重合性オリゴマー等の光重合性オリゴマーと、光重合開始剤とからなる紫外線硬化型インキに、無機発泡剤、有機発泡剤、液体発泡剤等の発泡剤を含有してなる紫外線硬化型発泡インキが挙げられる。なお、上記疎水性樹脂には、添加剤として、消泡剤、重合禁止剤、顔料分散剤等を添加してもよい。また、通常使用される着色顔料を、15質量%未満の範囲で含有してもよい。なお、15質量%以上であると発泡を阻害する場合がある。
【0052】
枠層を形成するには、上記疎水性樹脂をパターン形成した後、メタルハライドランプ、水銀ランプ等を用いてUV照射したり、冷却したりする。パターン形成としては、上記疎水性樹脂を基材シート等の上に、予定した形状に印刷、塗布、塗工できるものであれば、特に限定されるものではなく、スクリーン印刷、グラビア印刷、凸版印刷、転写印刷、フレキソ印刷等の印刷、ディスペンサーによる塗布、バー等を使用してコーティングするバーコートやナイフコート、ダイコート等の塗工等が挙げられる。これらの中でも、ディスペンサーによる塗布は、版を作製する必要がなく、プログラムを作成することで様々な形状を容易に描画することができる点において好ましい。
【0053】
本発明の微生物培養シートでは、枠層の材料として、上記いずれの疎水性樹脂も好適に使用することができるが、UV硬化樹脂又はホットメルト樹脂が好ましく、ホットメルト樹脂がより好ましい。枠層の形成には、一定の高さを有するパターン形成が必要であるが、UV硬化樹脂やホットメルト樹脂は、非溶媒系の状態でディスペンサー等による塗布により容易に形状加工ができ、加工後も光照射や冷却により硬化させるだけで容易にパターン形成できるからである。ただし、培養層にUV照射により変質する成分が含まれている場合には、UV照射の際に培養層を金属等で覆う必要があり、作業が煩雑となるため、ホットメルト樹脂を使用するとよい。
【0054】
なお、本発明の微生物培養シートでは、疎水性材料のくりぬき品を培養層の外周に接着して枠層を形成してもよい。
【0055】
枠層の幅は、均一な幅に限定されるものではないが、最細部の幅が、0.5〜5.0mmであることが好ましく、1.0〜3.0mmであることがより好ましい。上記範囲であれば、培養層が吸水して膨潤した場合であっても、枠層の形状が崩れるおそれがなく、被検液を所定の領域に拡げることができる。また、枠層の高さは、培養層の厚みにも依存するが、好ましくは基材シートを基点として600〜1200μmである。培養層との間に高さの差がないと、被検液を滴下した際に枠層からはみ出し、漏れる場合がある。また、高さの差が大きいと、被検液の接種後に、培養層とカバーシートとの間に空間が生じやすく、培養中に培養層が乾燥する場合がある。
【0056】
図1(A)に示す本発明の第一の実施形態に係る微生物培養シートでは、枠層20の形状は円形であるが、これに限定されるものではなく、方形、楕円形、多角形等であってもよい。
【0057】
<カバーシート>
カバーシートは、培養中の落下菌等による汚染を防止するとともに、培養層の水分蒸発を防止する作用を有する。カバーシートは、防水性、水蒸気不透過性を有すると同時に、微生物の培養後、カバーシートを通してコロニーを観察したり、計数したりできるように、透明であることが好ましく、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン等のポリオレフィン、ポリエステル、ポリアミド、ポリスチレン、ポリカーボネート、ポリ塩化ビニル等のプラスチックフィルムを使用することができる。
【0058】
本発明の微生物培養シートでは、基材シートと対向する面に、培養層中に含有させると物性が変化しやすい不安定な物質をバインダー溶液に含有させて塗布したカバーシートを使用してもよい。培養層中に含有させると物性が変化しやすいものとしては、例えば、還元反応によって物性が変化するTTCが挙げられる。なお、バインダーとしては、ポリエチレンイミン、ポリエチレンオキサイド、アクリル酸系ポリマー等の水又はアルコールに可溶な樹脂を好適に使用することができるが、含有させた物質の機能が発揮できれば、疎水性バインダーの溶解液や分散液等も使用することができる。
【0059】
カバーシートは、被検液を接種する際に持ち上げるため、適度の柔軟性を有することが好ましい。カバーシートの厚さは、10〜200μm程度が好ましく、20〜70μm程度がより好ましい。なお、カバーシートの作業性を考慮すると、ポリエステルフィルムやポリオレフィンフィルムが特に好ましい。
【0060】
カバーシートは、どのような形状であってもよいが、雑菌の進入を防ぐため、培養層を被覆できるように培養層よりも大きいサイズとする必要がある。
【0061】
図1(A)に示す本発明の第一の実施形態に係る微生物培養シートでは、カバーシートは、基材シートの一辺の端部を接着されているが、微生物培養シートに固設されている場合に限定されず、別個に用意したカバーシートにより被検液を接種した培養層を被覆してもよい。カバーシートがあらかじめ基材シートに固設されている態様は、操作が容易となる点において好ましい。
【0062】
なお、基材シートに桝目柄が印刷されていない場合には、カバーシートにあらかじめ桝目柄を印刷してもよい。桝目柄が印刷されたカバーシートによれば、コロニーが多数形成された場合に、数ヶ所の枡目内の菌数を計測按分するだけで、おおよその全体数を求めることができるからである。使用するインクは、水に不溶で、微生物の生育に影響を与えないものを使用する。印刷の版式は、基材シートと同様に、着色剤、樹脂、溶剤等の選択範囲が広い点でグラビア印刷が好ましい。枡目の大きさは1cm角程度が適当である。
【0063】
<桝目印刷層>
本発明の微生物培養シートでは、桝目印刷層が形成されていてもよい。桝目印刷層としては、例えば、水に不溶で、且つ、微生物の生育に影響を与えないインクにより桝目柄が印刷された樹脂フィルムや紙基材が挙げられる。印刷の版式は、基材シートやカバーシートの場合と同様に、着色剤、樹脂、溶剤等の選択範囲が広い点でグラビア印刷が好ましい。枡目の大きさは1cm角程度が適当である。なお、桝目印刷層の形成位置は、特に限定されるものではなく、例えば、基材シートの下層に積層される態様が挙げられる。
【0064】
[培地液注入装置]
次に、本発明の培地液注入装置について説明する。なお、上述した本発明の微生物培養シートと共通する構成についての説明は、省略する。本発明の培地液注入装置は、基材シート上の所定の領域に、培養層を形成するための培地液を注入する培地液注入装置であり、上記所定の領域を複数の分割領域に仮想分画し、それぞれの分割領域に対して上記培地液を、個別に又は連続的に注入するためのノズルを備えることを特徴とする。本発明の培地液注入装置によれば、基材シート上の所定の領域に、均一な厚みの培養層を、連続的に、且つ、再現性良く形成することができる。本発明の培地液注入装置が備えるノズルは、1つの吐出孔を有する単孔ノズル又は複数の吐出孔を有する多孔ノズルのいずれであってもよいが、多孔ノズルであることが好ましい。複数の吐出孔を有する多孔ノズルによれば、1回の吐出により同時に複数の分割領域に培地液を注入することができるので、効率的な培養層の形成が可能となる。なお、多孔ノズルとしては、基材シート上の所定の領域を仮想分画した際の分割領域の数と同じ数の吐出孔を有し、上記所定の領域に、培地液を一度に注入できる多孔ノズル、仮想分画した際の分割領域の数よりも少ない数の吐出孔を有し、上記所定の領域の一部に、培地液を注入する多孔ノズルが挙げられるが、仮想分画した際の分割領域の数と同じ数の吐出孔を有する多孔ノズルが、より効率的な培養層の形成が可能となる点において最も好ましい。
【0065】
分割領域に対して培地液を個別に注入する方法としては、例えば、(1)単孔ノズルを使用し、1つの分割領域に所定量の培地液を注入した後、吐出孔からの培地液の吐出を止めてから、上記単孔ノズルを移動させ、次の分割領域上に吐出孔を配置し、その分割領域に所定量の培地液を注入することを繰り返す注入方法、(2)仮想分画した際の分割領域の数よりも少ない数の吐出孔を有する多孔ノズルを使用し、該多孔ノズルの各吐出孔を各分割領域上に配置して、各分割領域に同時に所定量の培地液を注入した後、各吐出孔からの培地液の吐出を止めてから、上記多孔ノズルを移動させて、次の各分割領域上に各吐出孔を配置し、各分割領域に同時に所定量の培地液を注入することを繰り返す注入方法、(3)仮想分画した際の分割領域の数と同じ数の吐出孔を有する多孔ノズルを使用し、該多孔ノズルの各吐出孔を各分割領域上に配置して、各分割領域に同時に所定量の培地液を注入する注入方法が挙げられる。
【0066】
分割領域に対して培地液を連続的に注入する方法としては、例えば、(4)単孔ノズルを使用し、吐出孔から培地液を連続的に吐出させながら、各分割領域上を移動させることにより、所定量の培地液を各分割領域に注入する方法が挙げられる。具体的には、基材シート上に培地液を円形状に塗布する場合であれば、単孔ノズルの吐出孔から培地液を連続的に吐出させながら、円形の中心となる部分から同心円状に、同間隔で円を描いたり、円形の中心となる部分からうずまきを描いたりする方法が挙げられる。また、(5)仮想分画した際の分割領域の数よりも少ない数の吐出孔を有する多孔ノズルを使用し、吐出孔から培地液を連続的に吐出させながら、各分割領域上を移動させることにより、所定量の培地液を各分割領域に注入する方法が挙げられる。なお、分割領域に対して培地液を連続的に注入する場合には、ノズルの吐出孔から吐出される培地液の単位時間当たりの吐出量及び各分割領域間のノズルの移動速度は、一定であることが望ましい。
【0067】
本発明の培地液注入装置の備えるノズルが多孔ノズルの場合、該多孔ノズルの吐出孔は、各々が等間隔で配置されていてもよいし、部分的に密に配置されていてもよい。図3に、多孔ノズルの吐出孔の好ましい態様を示す。本実施形態では、多孔ノズルの吐出孔Kの配置密度は、培養層30の外周付近に該当する箇所で部分的に高くなっている。このような態様によれば、培養層30の外周に枠層20を形成した場合に、枠層20と培養層30との間に隙間なく培地液を拡げることができる。
【0068】
多孔ノズルの各吐出孔の孔径は、0.1〜3.0mm/個であることが好ましく、0.1〜2.0mm/個であることがより好ましく、0.5〜2.0mm/個であることが最も好ましい。上記範囲であれば、培地液の液ダレや詰まりが生じ難い。特に、分散系の培地液の場合には、孔が大きすぎると液ダレや塗布後のムラが生じやすく、孔が小さすぎると分散する栄養成分等の粒径によっては詰まりが生じやすくなる。なお、個々の孔径は、上記範囲内であれば全て同じ大きさでなくてもよい。また、多孔ノズルの吐出孔の配置密度は、5〜20個/cmであることが好ましく、5〜13個/cmであることがより好ましく、8〜13個/cmであることが最も好ましい。配置密度が5個/cm未満であると、培地液が十分に拡がらず、均一な厚みの培養層や厚みのある培養層の形成が困難となる場合がある。配置密度が20個/cmを超えると、孔同士の隙間が狭くなるため、分注の際に培地液同士が接触し、良好に分注することができない場合がある。なお、多孔ノズルとしては、例えば、武蔵エンジニアリング社製のマルチノズルMNシリーズ等の一般に市販されているものも使用することができる。
【0069】
[微生物培養シートの製造方法]
次に、本発明の微生物培養シートの製造方法について詳細に説明する。一例として、上述した本発明の培地液注入装置を用いた場合における製造方法を、図面を参照しながら説明する。
【0070】
まず、アルコール系溶媒に、上記バインダー、ゲル化剤、栄養成分、発色指示薬、選択剤等を溶解又は分散させて、培養層形成用培地液30Aを調製する。次に、合成紙等の基材シート10上に、単孔ノズルを備えるディスペンサーを用いて、ホットメルト樹脂からなる円状の枠層20を形成する(図4(A),図4(B),図5(A),図5(B))。そして、基材シート10上の枠層20に囲まれた凹部領域を複数の分割領域Pに仮想分画(図5(C))し、それぞれの分割領域Pに対して上記培養層形成用培地液30Aを、分割領域の数と同数の吐出孔を有する多孔ノズルNを備えるディスペンサーを用いて個別に分注して塗布する(図4(C),図4(D),図5(D))。その後、塗布した培地液30Aを60℃で15分間乾燥させ、培養層30を形成する(図5(E))。そして、二軸延伸ポリプロピレンフィルム等のカバーフィルム40を、上記培養層30を形成した基材シート10上に積層し、一辺の端部を接着することにより、微生物培養シートを製造することができる。
【0071】
微生物培養シートでは、培養層には、ある程度の厚みが必要である。例えば、乾燥後において、50〜1000μmであることが好ましく、200〜600μmであることがより好ましい。また、培地液の塗布量としては、乾燥後において、5〜400g/mであることが好ましく、100〜300g/mであることがより好ましい。基材シート上の所定の領域に、このような厚みを有する培養層を形成させるための従来法としては、スクリーン印刷がある。しかしながら、メッシュの版を使用するスクリーン印刷では、培養層の形成途中で溶媒が揮発し、培地液の粘度が上昇するため、メッシュ部分が目詰まりを起こしやすく、また、培地液の版離れも悪いため、培養層を連続的に形成させることが困難であった。メタルマスクの版を使用するスクリーン印刷でも、メッシュの版と同様に培地液の版離れが悪く、やはり培養層の連続形成は困難であり、たとえ、所定の領域に培養層を印刷したとしても、スキージの移動方向に厚みのムラが生じやすく、均一な厚みの培養層を形成することは困難であった。そこで、溶媒の揮発による培地液の粘度上昇を考慮して、溶媒量を増やしたところ、培地液の粘度が低いため、塗布する際に版と基材との間にまで培地液が拡がり、所定領域にのみ培養層を形成することが困難であった。これに対して、本発明の微生物培養シートの製造方法によれば、スクリーン印刷では困難であった微生物の発育に必要な適度な厚みと、均一な厚さと、を有する培養層の形成が可能となる。
【0072】
培養層に十分な厚みがあると、培養層中に微生物の発育に必要な量の栄養成分と、コロニーの滲みが生じない量のゲル化剤とが十分に含まれるので、微生物が適正に発育し、滲みのないコロニーが形成される。培養層の厚みが均一であると、培養層中で上記バインダー、ゲル化剤、栄養成分等の各成分の含有量に偏りが生じないため、微生物の発育環境が一定のものとなり、コロニーの形成速度に差が生じない。したがって、均一で、且つ、十分な厚みを有する培養層を備える本発明の微生物培養シートによれば、コロニーが滲み難く、また、コロニーの形成速度に差が生じ難いので、コロニー数の計測等の微生物検査を正確に行うことができる。なお、培地液の構成成分(溶媒を除く)の少なくとも一種が溶媒中で溶解せず、分散している分散系の培地液により形成した培養層では、該培養層の厚みの均一性が、培養層中での各構成成分の分布に与える影響が大きい。そのため、上述の方法による培養層の形成は、分散系の培地液を使用した場合において、特に、効果を発揮する。
【0073】
なお、図4及び5に示す本発明の第一の実施形態に係る微生物培養シートの製造方法では、枠層20を形成した後、該枠層20に囲まれた凹部領域に培養層30を形成しているが、培養層30を形成した後に、培養層30の外周を取り囲むように、枠層を形成してもよい。基材シート10上に枠層20を形成することにより、該基材シート10上の所定の領域に該枠層20に囲まれた凹部を形成した後、該凹部に培地液を注入して培養層30を形成する態様は、所定形状の培養層を確実に形成することができるので、高価な微生物培養材料の無駄が生じない点において好ましい。
【0074】
また、図4及び5に示す本発明の第一の実施形態に係る微生物培養シートの製造方法では、1本の多孔ノズルNを備える培地液注入装置を用いて、基材シート10上の所定の領域を仮想分画したそれぞれの分割領域に対して培地液30Aを個別に注入したが、この方法に限定されるものではない。分割領域に対する培地液の注入は、個別に行ってもよいし、連続的に行ってもよい。分割領域に対して培地液を個別に又は連続的に注入する方法については、上述したので、ここでは説明を省略する。なお、形成される培養層の厚みの均一性、生産効率等の観点から、1本の多孔ノズルを使用して培地液を各分割領域に同時に吐出させる注入方法が好ましい。
【0075】
本発明の微生物培養シートは、γ線照射やエチレンオキサイドガス滅菌等の滅菌処理を施すことで、製品とする。本発明の微生物培養シートによれば、培養層に含まれる栄養成分の種類、使用する基材シート、カバーシートの通気性等に応じて、各種微生物の培養を行うことができる。
【実施例】
【0076】
以下、実施例により、本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの記載に何ら制限を受けるものではない。
【0077】
[製造例1]培養層形成用培地液(A)
メタノール130gにポリビニルピロリドン(商品名「ポリビニルピロリドン K−90」,日本触媒社製)20gを溶解し、これにグアーガム粉末(商品名「NEOVISCO G」,400メッシュタイプ,三晶社製)60gを分散した。これに、栄養成分として、トリプトン(商品名「BACT TRYPTONE」,Becton,Dickinson and Company社製)3.26g、肉エキス(商品名「Lab−Lemco」,Oxoid社製)0.82g、酵母エキス(商品名「YEAST EXTRACT」,Becton,Dickinson and Company社製)0.03g、ブドウ糖(商品名「D−(+)−GLUCOSE」,和光純薬工業社製)0.16g、塩化ナトリウム(和光純薬工業社製)0.41g、及びリン酸水素二ナトリウム(和光純薬工業社製)0.37gを添加し、混合して培養層形成用培地液(A)を調製した。
【0078】
[製造例2]培養層形成用培地液(B)
メタノール230gにポリビニルピロリドン(商品名「ポリビニルピロリドン K−90」,日本触媒社製)20gを溶解し、これにグアーガム粉末(商品名「NEOVISCO G」,400メッシュタイプ,三晶社製)60gを分散した。これに、栄養成分として、トリプトン(商品名「BACT TRYPTONE」,Becton,Dickinson and Company社製)3.26g、肉エキス(商品名「Lab−Lemco」,Oxoid社製)0.82g、酵母エキス(商品名「YEAST EXTRACT」,Becton,Dickinson and Company社製)0.03g、ブドウ糖(商品名「D−(+)−GLUCOSE」,和光純薬工業社製)0.16g、塩化ナトリウム(和光純薬工業社製)0.41g、及びリン酸水素二ナトリウム(和光純薬工業社製)0.37gを添加し、混合して培養層形成用培地液(B)を調製した。
【0079】
[製造例3]培養試験用菌液
あらかじめ液体培地(TRYPTONE SOYA BROTH)を用い、36±1℃の温度条件下で18時間前培養を行ったE.coli(ATCC25922)の菌液を、滅菌生理食塩水で希釈し、1ml当たりの菌数が10となるように調整した。これに、TTC(トリフェニルテトラゾリウムクロライド)を0.05g/Lの濃度に調整したものを添加し、混合して培養試験用菌液を調製した。
【0080】
<比較例1>
基材シート(ポリエチレンテレフタレートフィルム,商品名「テイジンテトロンフィルム」,帝人デュポンフィルム社製)上に、製造例1にて調製した培養層形成用培地液(A)を直径50mmの円形状に塗布するために、円形のパターンが形成された版(メッシュ版,直径:49mm,厚み:0.5mm,テトロン70メッシュ,株式会社ムラカミ製)を使用して、上記培地液(A)をスクリーン印刷しようとしたが、不可能であった。
【0081】
<比較例2>
基材シート(ポリエチレンテレフタレートフィルム,商品名「テイジンテトロンフィルム」,帝人デュポンフィルム社製)上に、製造例1にて調製した培養層形成用培地液(A)を直径50mmの円形状に塗布するために、円形のパターンが形成された版(メタルマスク版,直径:49mm,厚み:0.5mm,株式会社ムラカミ製)を使用して、上記培地液(A)をスクリーン印刷した。そして、塗布した培地液を60℃で15分間乾燥させて、培養層を形成した。その後、カバーシート(二軸延伸ポリプロピレンフィルム,商品名「OP U−1」,膜厚:40μm,東セロ社製)を、上記培養層を形成した基材シート上に積層し、一辺の端部を接着した後、γ線照射により滅菌して、比較例2の微生物培養シートとした。
【0082】
スクリーン印刷による培養層の形成を試みたところ、メッシュの版を使用した場合(比較例1)には、メッシュの版が目詰まりを起こし、また、版離れが悪く、塗工が困難であった。メタルマスクを使用した場合(比較例2)には、版の目詰まりは解消され、印刷することはできたものの、版離れが悪く、連続生産性が低かった。また、比較例2の培養層を目視にて観察したところ、厚みにムラがあることが確認された。このような現象が生じた原因としては、メタノールの揮発による培地液の粘度上昇が考えられる。そこで、メタノールの量を増やし、培養層形成用培地液の粘度を下げて、培養層の形成を試みた。
【0083】
<比較例3>
基材シート(ポリエチレンテレフタレートフィルム,商品名「テイジンテトロンフィルム」,帝人デュポンフィルム社製)上に、製造例2にて調製した培養層形成用培地液(B)を直径50mmの円形状に塗布するために、円形のパターンが形成された版(メタルマスク版,直径:49mm,厚み:0.9mm,株式会社ムラカミ製)を使用して、上記培地液(B)をスクリーン印刷しようとしたが、メタノールの増量により粘度が低くなったため、版が塗布した培地液から離れる前に、版と基材との間に培地液が拡がり、所定領域にのみ塗布することが困難であった。
【0084】
<実施例1>
基材シート(ポリエチレンテレフタレートフィルム,商品名「テイジンテトロンフィルム」,帝人デュポンフィルム社製)上に、熱可塑性樹脂(商品名「MP973」,コニシ社製)からなる円状の枠層(幅:1mm、高さ:750μm、直径:52mm)を、ディスペンサー(製品名「SHOTmini200α」,武蔵エンジニアリング株式会社製)を用いて形成した。次いで、この基材シート上に形成した枠層に囲まれた凹部(凹形状の領域)に、多孔ノズル(孔径:約0.9mm/個,孔の配置密度:約9個/cm)を備えるディスペンサー(製品名「SHOTmini200α」,武蔵エンジニアリング株式会社製)を使用して、上記多孔ノズルから製造例2にて調製した培養層形成用培地液(B)を1回吐出させて注入した。そして、注入した培地液を60℃で15分間乾燥させて、培養層(乾燥後の塗布量:160g/m)を形成した。その後、カバーシート(二軸延伸ポリプロピレンフィルム,商品名「OP U−1」,膜厚:40μm,東セロ社製)を、上記培養層を形成した基材シート上に積層し、一辺の端部を接着した後、γ線照射により滅菌して、実施例1の微生物培養シートを得た。
【0085】
<実施例2>
基材シート(ポリエチレンテレフタレートフィルム,商品名「テイジンテトロンフィルム」,帝人デュポンフィルム社製)上に、製造例2にて調製した培養層形成用培地液(B)を直径50mmの円形状に塗布するために、多孔ノズル(孔径:約0.9mm/個,孔の配置密度:約9個/cm)を備えるディスペンサー(製品名「SHOTmini200α」,武蔵エンジニアリング株式会社製)を使用して、上記多孔ノズルから上記培地液(B)を1回吐出させた。そして、塗布した培地液を60℃で15分間乾燥させて、培養層(乾燥後の塗布量:160g/m)を形成した。次いで、上記基材シート上の上記培養層の外周に、紫外線硬化型インク(商品名「レイキュアーGA 4100−2」,十条ケミカル社製)からなる円状の枠層(幅:1mm、高さ:750μm、直径:52mm)を、ディスペンサー(製品名「SHOTmini200α」,武蔵エンジニアリング株式会社製)を用いて形成した。そして、水銀ランプを用いて積算光量250mJ/cmの紫外線を照射し、枠層を硬化させた。その後、カバーシート(二軸延伸ポリプロピレンフィルム,商品名「OP U−1」,膜厚:40μm,東セロ社製)を、上記培養層を形成した基材シート上に積層し、一辺の端部を接着した後、γ線照射により滅菌して、実施例2の微生物培養シートを得た。
【0086】
[評価]培養試験
上記比較例2及び実施例1,2で得られた微生物培養シートを試験に用いた。微生物培養シートの培養層の上に、製造例3にて調製した培養試験用菌液1mlを、滅菌済みのピペットを用いて接種した。次いで、この培養試験用菌液を接種した培養層の上に、カバーシートをかぶせて、培養試験用菌液を枠内の培養層全体に拡げた。そして、約1分間静置し、ゲルを形成させた後、孵卵器に入れ、37℃で48時間培養し、発生したコロニーの状態を観察した。結果を図6(A)〜(C)に示す。
【0087】
スクリーン印刷により培地液を塗布して培養層を形成した後、該培養層の外周に枠層を形成した比較例2の微生物培養シートでは、均一な厚みの培養層が得られず(150〜260μm)、培養層の厚みが薄く、ゲル化剤の量が少ない箇所においてコロニーの滲みが見られた(図6(A))。
【0088】
基材シート上の所定の領域に枠層を形成することにより、該枠層に囲まれた凹部を形成した後、該凹部に多孔ノズルを備えるディスペンサーを用いて培地液を注入して培養層を形成した実施例1の微生物培養シートでは、培養層の厚みが均一(250μm)になり、コロニーが培養層全体において生育した(図6(B))。
【0089】
多孔ノズルを備えるディスペンサーを用いて培地液を塗布して培養層を形成した後、該培養層の外周に枠層を形成した実施例2の微生物培養シートでは、培養層と枠層との境界線付近において、若干、コロニーの滲みが見られたものの、ほぼ均一(250μm)な厚みの培養層が形成され、コロニーが培養層のほぼ全体において生育した(図6(C))。
【符号の説明】
【0090】
10 基材シート
20 枠層
30 培養層
30A 培地液
40 カバーシート
50 桝目印刷層
K 吐出孔
N 多孔ノズル
P 分割領域

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材シート上の所定の領域に、乾燥した培養層を備える微生物培養シートであって、
前記培養層は、前記所定の領域を複数の分割領域に仮想分画し、それぞれの分割領域に対して前記培養層を形成するための培地液を、個別に又は連続的に注入した後に乾燥してなる微生物培養シート。
【請求項2】
前記所定の領域上から多孔ノズルを介して、前記それぞれの分割領域に培地液を分注する請求項1に記載の微生物培養シート。
【請求項3】
前記培地液は、アルコール系溶媒を含む請求項1又は2に記載の微生物培養シート。
【請求項4】
前記培地液は、溶媒中に前記培養層の成分の少なくとも一種が分散されている分散系である請求項1から3いずれかに記載の微生物培養シート。
【請求項5】
前記所定の領域にあらかじめ凹部が形成されており、当該凹部が前記所定の領域である請求項1から4いずれかに記載の微生物培養シート。
【請求項6】
基材シート上の所定の領域に、乾燥した培養層を備える微生物培養シートの製造方法であって、
前記所定の領域を複数の分割領域に仮想分画し、それぞれの分割領域に対して前記培養層を形成するための培地液を、個別に又は連続的に注入した後、乾燥して培養層を形成する工程を含む微生物培養シートの製造方法。
【請求項7】
前記培養層の外周に疎水性樹脂からなる枠層を形成する工程を更に含む請求項6に記載の微生物培養シートの製造方法。
【請求項8】
基材シート上の所定の領域に、乾燥した培養層を備える微生物培養シートの製造方法であって、
前記基材シート上に疎水性樹脂からなる枠層を形成することにより、上記所定の領域に上記枠層に囲まれた凹部を形成する工程と、
当該凹部を複数の分割領域に仮想分画し、それぞれの分割領域に対して前記培養層を形成するための培地液を、個別に又は連続的に注入した後、乾燥して培養層を形成する工程と、を含む微生物培養シートの製造方法。
【請求項9】
前記所定の領域上から多孔ノズルを介して、前記それぞれの分割領域に培地液を注入する請求項6から8いずれかに記載の微生物培養シートの製造方法。
【請求項10】
基材シート上の所定の領域に、培養層を形成するための培地液を注入する培地液注入装置であって、
前記所定の領域を複数の分割領域に仮想分画し、それぞれの分割領域に対して前記培地液を、個別に又は連続的に注入するためのノズルを備える培地液注入装置。
【請求項11】
前記ノズルが多孔ノズルである請求項10に記載の培地液注入装置。
【請求項12】
前記多孔ノズルのそれぞれの孔径が0.1〜3.0mm/個であり、孔の配置密度が5〜20個/cmである請求項11に記載の培地液注入装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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