説明

微生物菌体の保存方法及び微生物菌体の懸濁液

【課題】従来技術に代わる、安価で簡便な微生物菌体の保存用懸濁液及び保存方法を提供すること。
【解決手段】
ニトリルヒドラターゼ活性を有する微生物菌体を、乾燥菌体質量として4〜20質量%の濃度で分散媒中で保存することを特徴とする微生物菌体の保存方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ニトリルヒドラターゼ活性を有する微生物菌体を所定の濃度で菌体懸濁液中に保存することにより、該微生物菌体を安定に保存する方法に関する。また、本発明は、ニトリルヒドラターゼ活性を有する微生物菌体を所定の濃度で含む菌体懸濁液に関する。
【背景技術】
【0002】
微生物の産生する酵素は、化学変換反応の触媒として多くの場面で使用されている。とりわけ、ニトリル基の水和又は加水分解能を有するニトリルヒドラターゼ、ニトリラーゼ等を利用することにより、化学工業上重要なアミド、カルボン酸、α-ヒドロキシカルボン酸等を安価に製造することが可能になる。更に、光学特異的水和又は光学特異的加水分解能を持つ上記酵素を利用することにより、医薬、農薬の製造原料として重要な光学活性カルボン酸、アミノ酸、α-ヒドロキシカルボン酸等の製造も可能になる。
【0003】
微生物酵素を触媒とする化学変換反応においては、培養及び集菌した微生物菌体を使用時まで安定に保存しておく必要がある。すなわち、雑菌が混入して、腐敗し、あるいは溶菌することで、微生物酵素の触媒能が失われたり、低下したりしないように保存しておかなければならない。そこで一般的には、安定剤、代謝阻害剤、高濃度塩類の存在下で保存することにより微生物菌体保存時の微生物酵素の失活や腐敗、溶菌を抑制し、化学変換反応に使用している。上記安定剤等を添加しない場合には、凍結や冷蔵、或いは通期撹拌により酵素の活性を維持しながら保存することが知られている。
【0004】
例えば、ニトリルヒドラターゼ活性を有する微生物の場合、高濃度の無機塩類を含む水溶液中で保存する方法(特許文献1)、凍結により保存する方法(特許文献2)等が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第3163224号
【特許文献2】特開2003-219870号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
これらの保存方法のうち、高濃度の無機塩類を含む水溶液を使用する方法は、後の工程で洗浄等を行う必要があるため、製品の品質に影響を与える恐れがあり、更に製造方法が煩雑になる。また、凍結により保存する方法では、凍結、融解操作が煩雑であるなど、その取り扱い性に問題があり、またその操作に伴って酵素活性が失われたり、低下したりする恐れがある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、培養、集菌して得られた微生物菌体の懸濁液を、安価でしかも安定的に保存する条件について鋭意検討した結果、菌体を4〜20質量%の範囲の濃度に濃縮することで、これまで通常では到底考えられなかった室温下で、しかも無撹拌で溶菌や酵素の失活を起こさず、安定に保存できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は、ニトリルヒドラターゼ活性を有する微生物菌体を、乾燥菌体質量として4〜20質量%の濃度で分散媒中で保存することを特徴とする微生物菌体の保存方法に関する。また、本発明は、ニトリルヒドラターゼ活性を有する微生物菌体を乾燥菌体質量として4〜20質量%の菌体濃度で含む、微生物菌体の懸濁液に関する。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、菌体懸濁液に含まれる微生物菌体の濃度を一定範囲にコントロールすることにより、多量の菌体を、室温下、無撹拌でも腐敗や酵素の劣化なしにニトリルヒドラターゼ等の酵素活性を維持したまま長期間保存することが可能となる。更に、本発明によれば、微生物菌体を使用する際に洗浄を必要とせず、従来の保存方法で必要とされてきた労力やコストを大幅に削減することができ、工業的に満足し得る微生物菌体の保存方法が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明を詳細に説明する。以下の実施の形態は、本発明を説明するための例示であり、本発明をこの実施の形態のみに限定する趣旨ではない。本発明は、その要旨を逸脱しない限り、様々な形態で実施をすることができる。
なお、本明細書において引用した全ての文献、および公開公報、特許公報その他の特許文献は、参照として本明細書に組み込むものとする。また、本明細書は、2009年7 月24日に出願された本願優先権主張の基礎となる日本国特許出願(特願2009−173162号)の明細書に記載の内容を包含する。
【0011】
本発明においてニトリルヒドラターゼ活性を有する微生物菌体は、目的とする酵素触媒を生産し菌体内に蓄積又は菌体外に分泌する性質を有するものである。この微生物には自然界より単離された微生物及び遺伝子組換え微生物が含まれる。このような微生物の代表例としては、例えば、ニトリルヒドラターゼ活性を持つロドコッカス(Rhodococcus)属、ゴルドナ(Gordona)属、シュードモナス(Pseudomonas)属、シュードノカルディア(Pseudonocardia)属、ジオバチルス(Geobacillus)属に属する微生物菌体が挙げられる。更に、これらの微生物のニトリルヒドラターゼ遺伝子を導入した組換え微生物菌体が挙げられる。中でも工業的には、ロドコッカス属、ゴルドナ属並びにこれらの微生物のニトリルヒドラターゼ遺伝子を導入した組換え大腸菌及び組換えロドコッカス属細菌が好ましい。例えば、ロドコッカス属の微生物の具体例としては、特公平6-55148号公報に記載されるロドコッカス・ロドクロウスJ-1株(Rhodococcus rhodochrous J-1)が挙げられる。当該株は、受託番号「FERM BP−1478」として、1987年9月18日に独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(茨城県つくば市東1−1−1 中央第6(以下、本明細書において同様))に寄託されている。
【0012】
ニトリルヒドラターゼとは、ニトリル化合物を加水分解して、対応するアミド化合物を生成する能力を持つ酵素をいうものである。ニトリルヒドラーゼをコードする核酸及びその配列の例としては、前記特許文献2に記載されるものが挙げられる。このような核酸は、通常の分子生物学的手法によって、微生物細胞内に導入可能である(これらの分子学的手法については、以下を参照:Sambrook, Fritsch and Maniatis, "Molecular Cloning: A Laboratory Manual" 2nd Edition (1989), Cold Spring Harbor Laboratory Press)。
【0013】
保存時の菌体懸濁液の濃度は、乾燥菌体として4質量%以上、好ましくは5質量%以上である。4質量%未満の低濃度の場合は、室温で活性が低下してしまうことが分かった。その原因として考えられるのは、菌濃度がある程度高く液中に密集している状態だと菌体表面に他の菌の生育を抑制する機能がある、もしくは何らかの他の菌体の生育抑制物質があるためと推察している。4質量%未満の低濃度の場合、この効果は期待できず、懸濁液中で雑菌が増殖し易くなるので、雑菌の生成する窒素酸化物などにより菌体が損傷を受けると考えられる。そして又、4質量%未満の低濃度の場合、粘性が低いので菌体が自由にブラウン運動し、菌体同士の衝突が頻繁に起こり、菌体自体が損傷して酵素の活性が低下するものとも考えられる。
従って、4質量%以上とすることにより、室温での保存安定性が良くなるが、20質量%を超えると、菌体懸濁液の流動性が低下するために液体としての取り扱いが困難になり、保存・運搬に適さないものとなる。従って、保存時の菌体懸濁液の濃度は、乾燥菌体として4〜20質量%、好ましくは、5〜15質量%、より好ましくは、5〜10質量%である。
【0014】
「乾燥菌体」とは、実質的に水を含まない微生物菌体の乾燥物を意味するが、菌体以外の残存懸濁液成分等を含有する場合もある。乾燥菌体は、例えば、菌体懸濁液を120℃の乾燥機で3時間乾燥させることにより得ることができる。
【0015】
「乾燥菌体濃度(乾燥菌体質量(%))」とは、菌体懸濁液に含まれる菌体の乾燥質量の比率により表され、具体的には、菌体懸濁液を120℃の乾燥機で3時間乾燥させた時の乾燥前後の質量比(百分率:菌液乾燥残渣割合[%])から、菌体懸濁液を微生物菌体層と実質的に菌体を含まない液層に分離した際の該液層を同様に乾燥させた時の乾燥前後の質量比(百分率:上清塩濃度[%])を差引くことにより求められる。
【0016】
本発明において「保存」とは、タンクや容器中に菌体懸濁液を保管することを意味する。この際、タンクや容器内の濃度が偏らないように、攪拌や通気をしてもよい。濃度分布が生じにくい菌体懸濁液である場合には、攪拌や通気を行わず静置してもかまわない。本発明では、攪拌や通気が不要であるため、静置が好ましい。
【0017】
本発明において「静置」とは、撹拌や通気をせずタンクや容器中に菌体懸濁液を保管することを意味する。保存は、室温で可能である。但し菌体及び酵素の腐敗・分解を抑制するには、分散媒が凍らない範囲でより低温であることが好ましい。具体的には氷点〜35℃、好ましくは氷点〜30℃、より好ましくは氷点〜20℃、さらに好ましくは氷点〜10℃で行われる。ここで、「氷点」とは、菌体懸濁液の固体状態と液体状態の平衡温度を意味し、懸濁液の組成(分散媒の種類、濃度、菌体の濃度等)や保存容器内の圧力によって変化する温度である。したがって、菌体懸濁液は、氷点以上の温度で保存した場合、凍らない状態で維持される。
【0018】
保存期間は、1日間以上であればよいが、本発明の効果は3日以上保管した場合により顕著に表れるため、好ましくは、3日間以上、より好ましくは、5日間以上の長期の保存が可能である。
【0019】
本発明の方法によって微生物菌体を保存した場合、前記微生物菌体のニトリルヒドラターゼ活性は、保存の前後において実質的に変化しない。微生物菌体のニトリルヒドラターゼ活性が、「保存の前後において実質的に変化しない」とは、保存前のニトリルヒドラターゼ活性に対し、保存後のニトリルヒドラターゼ活性が、70%以上維持されていること、好ましくは、75%以上、80%以上、85%以上、90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上、100%以上維持されていることを意味する。
ニトリルヒドラターゼ活性は、当該技術分野で公知のいずれかの方法により測定できるが、例えば、保存開始前と保存後の基質(例えば、アクリロニトリル)に対するアクリルアミド生成反応速度を比較すること等により測定することが可能である。
【0020】
本発明において、懸濁液の分散媒とは、保存対象となる微生物菌体の懸濁に使用する溶液を意味する。該分散媒は、好ましくは、有機酸水溶液である。当該有機酸水溶液の有機酸の濃度は任意であるが、低過ぎると酵素活性の低下を招き、一方で、高過ぎると後の工程でこれを除去する際に作業が煩雑になるため、10〜100mMであることが好ましい。
【0021】
本発明に於いて分散媒の組成は、酵素活性を阻害しない有機酸水溶液であれば特に限定されない。有機酸としては、例えば、アクリル酸、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸、シュウ酸等のカルボン酸類が挙げられ、中でもアクリルアミドの品質を維持する点で、アクリル酸が好ましい。
【0022】
本発明の懸濁液の調製では、ニトリルヒドラターゼ活性を有する微生物菌体は、当該技術分野で公知のいずれの濃縮方法で濃縮してもよいが、好ましくは、膜分離又は遠心分離によって濃縮される。濃縮を膜分離で行う場合、0.02〜0.45μmの孔径を有する膜を用いることが好ましい。このような膜は、市販されており、例えば、中空糸膜モジュール(クラレ社、細孔径0.05μm、表面積39000m2)等が挙げられる。また、濃縮を遠心分離で行う場合、分離板型連続遠心分離機を用いることが好ましい。
【0023】
以下、実施例により本発明の実施方法を更に詳細に説明するが、これらの実施例は、本発明の例示を目的とするものであり、本発明を限定するものではない。以下の実施例及び比較例に於ける%表示は質量%である。
【実施例】
【0024】
実施例1(室温保存)
培養
500mlの三角フラスコにグルコース2%、尿素1%、ペプトン0.5%、酵母エキス0.3%、塩化コバルト0.05%を含む培地(pH7.0)100mlを調製し、121℃、20分のオートクレーブにより滅菌した。この培地にニトリルヒドラターゼ活性を有するロドコッカス・ロドクロウスJ−1株(Rhodococcus rhodochrous J-1:FERM BP-1 478)を接種し、30℃、230rpmにて66時間培養した。
【0025】
菌体懸濁液の乾燥菌体質量測定
培養後の菌体懸濁液約1gをアルミ皿に採り秤量した。また菌体懸濁液を12000rpm、20分で遠心分離し、上清10gを濾過フィルタ(アドバンテック社、細孔径0.45μm)で濾過し、アルミ皿に受け秤量した。それぞれ乾燥器(ヤマト科学製、DN63)にて120℃で3時間乾燥させた後、これらを秤量した。菌体懸濁液及び上清について、乾燥前の質量に対する乾燥後の質量を百分率で示し、乾燥菌体質量を求めた。
【0026】
保存用菌体懸濁液の調製
培養後の微生物菌体を遠心分離(12000rpm、20分)により沈降後、0.1%アクリル酸ナトリウム水溶液(pH7.0)で再懸濁・再遠心分離を3回繰り返した後、沈降菌体を再度0.1%アクリル酸ナトリウム水溶液(pH7.0)で懸濁し、乾燥菌体質量として8.0%の菌体懸濁液(実施例1)を得た。この菌体懸濁液の一部を0.1%アクリル酸ナトリウム水溶液で希釈し、乾燥菌体質量が3.4%である菌体懸濁液(比較例1)を得た。
【0027】
ニトリルヒドラターゼ活性の測定
ニトリルヒドラターゼ活性は、上記の方法で調製した直後の菌体懸濁液(0日目)と、同様に調製した菌体懸濁液を室温(15〜20℃)で静置することで5日間保存したもの(5日後)を用いて、これらの懸濁液に含まれる菌体によるアクリルアミド生成反応速度から算出した。基質であるアクリロニトリルの水溶液を菌体懸濁液に添加することで反応を開始し、10℃で10分間振盪した後、菌体の濾過分離とリン酸添加により反応を停止させ、ガスクロマトグラフィ(GC−14B、島津製作所)で分析した。分析条件は、Porapack PS(ウォーターズ社)を充填した1mガラスカラムを用い、カラム温度210℃、検出器は230℃のFIDを使用した。
本発明におけるニトリルヒドラターゼの酵素活性は、1分間に菌体1mgが生産するアクリルアミドの量(μmol)として測定し、以下、0日に於ける反応速度を100%とした相対反応速度比を表1に示す。
【0028】
【表1】

【0029】
実施例2及び3(30℃保存)
培養
500mlの三角フラスコの代わりに3Lジャーファーメンター(高杉製作所製)を用いた以外は、実施例1と同様に培養した。
【0030】
菌体懸濁液の乾燥菌体質量測定
実施例1と同様の方法で菌体懸濁液の乾燥菌体質量を測定した。
【0031】
保存用菌体懸濁液の調製
培養後の微生物菌体は中空糸膜モジュール(クラレ社、細孔径0.05μm、表面積39000m2)を用いて濃縮後、0.1%アクリル酸ナトリウム水溶液(pH7.0)で洗浄し、乾燥菌体質量が10.0%になるまで再度濃縮を行って、10.0%乾燥菌体質量の菌体懸濁液(実施例2)を調製した。この菌体懸濁液の一部を0.1%アクリル酸水溶液で希釈し、乾燥菌体質量が5.0%(実施例3)、2.5%(比較例2)、0.2%(比較例3)の菌体懸濁液を調製した。
【0032】
ニトリルヒドラターゼ活性の測定
保存時の温度を30℃とした以外は、実施例1と同様に実験を行った。0日に於ける反応速度を100%とした3日後の相対反応速度比を表2に示す。
【0033】
【表2】

【0034】
実施例4及び5
ロドコッカス ロドクロウス M8株由来ニトリルヒドラターゼを有する形質転換体の作製
(1)ロドコッカス ロドクロウス M8株(以下、M8株という。)からの染色体DNA調製
M8株(SU1731814)は、ロシア菌株センター(Institute of Biochemistry and Physiology of Microorganisms :IBFM、Pushchino, 142290, Moscow Region, ロシア)(受託番号:VKPM S−926)から入手することができる。
M8株を100mlのMYK(0.5% ポリペプトン、0.3% バクトイーストエキス、0.3%バクトモルトエキス、0.2% K2HPO4、0.2% KH2PO4)培地(pH7.0)中、30℃にて72時間振盪培養した。培養液を遠心分離し、集菌した菌体をSaline−EDTA溶液(0.1M EDTA、0.15M NaCl(pH8.0))4mlに懸濁した。懸濁液にリゾチーム8mgを加えて37℃で1〜2時間振盪した後、−20℃で凍結した。
次に、当該懸濁液に10mlのTris−SDS液(1%SDS、0.1M NaCl、0.1M Tris−HCl(pH9.0))を穏やかに振盪しながら加えた。さらに、当該懸濁液にプロテイナーゼK(メルク社)(終濃度0.1mg)を加え37℃で1時間振盪した。次に、等量のTE飽和フェノールを加え攪拌後(TE:10mM Tris−HCl、1mM EDTA(pH8.0))遠心した。上層を採取し、2倍量のエタノールを加えて、ガラス棒でDNAを巻きとった。その後、これを順次90%、80%、70%のエタノールで遠心分離しフェノールを取り除いた。
次に、DNAを3mlのTE緩衝液に溶解させ、リボヌクレアーゼA溶液(100℃、15分間の加熱処理済)を10μg/mlになるよう加え37℃で30分間振盪した。さらに、プロテイナーゼK(メルク社)を加え37℃で30分間振盪した。これに等量のTE飽和フェノールを加えて遠心分離後、上層と下層に分離した。
上層をさらに等量のTE飽和フェノールを加えて遠心分離後、上層と下層に分離した。この操作を再度繰り返した。その後、上層に同量のクロロホルム(4%イソアミルアルコール含有)を加えて遠心分離し、上層を回収した。次いで、上層に2倍量のエタノールを加えガラス棒でDNAを巻きとって回収し、染色体DNAを得た。

(2)PCRを用いたM8株染色体DNAからのニトリルヒドラターゼ遺伝子の調製
M8株由来ニトリルヒドラターゼは非特許文献(Veiko,V.P.et al, Cloning,nucleotide sequence of nitrile hydratase gene from Rhodococcus rhodochrous M8, Biotekhnologiia (Mosc.) 5, 3-5 (1995))に記載されている。M8株由来ニトリルヒドラターゼのβサブユニット、αサブユニット、アクチベーターのアミノ酸配列を、それぞれ、配列番号2、配列番号4、配列番号6に示す。また、これらのアミノ酸配列をコードするヌクレオチド配列を、それぞれ配列番号1、配列番号3、配列番号5に示す。これらのヌクレオチド配列情報に基づいて、下記のM8−1及びM8−2プライマーを合成し、(1)にて調製した染色体DNAを鋳型としてPCRを行った。
<PCR反応溶液組成>
鋳型DNA(染色体DNA) 200ng
PrimeSTAR Max Premix(宝酒造社製) 25μl
プライマーM8−1 10pmol
プライマーM8−2 10pmol

<プライマー>
M8−1: 5‘-ggtctagaatggatggtatccacgacacaggc-3‘ (配列番号7)
M8−2: 5‘-cccctgcaggtcagtcgatgatggccatcgattc-3‘ (配列番号8)

<反応条件>
(98℃ 10秒、55℃ 5秒、72℃で30秒)×30サイクル

PCR終了後、反応液5μlを0.7%アガロースゲル(同仁化学社製アガロースI使用;アガロース濃度0.7重量%)電気泳動に供し、1.6kbの増幅断片の検出を行った。反応終了液をWizard SV Gel and PCR Clean−Up Syste(プロメガ株式会社)を用いて精製した。
回収したPCR産物はLigation Kit(宝酒造)を用いてベクター(pUC118/HincII部位)に連結し、反応液により大腸菌JM109のコンピテントセルを形質転換した。得られた形質転換体コロニーより数クローンをLB−Amp培地1.5mlに接種し、37℃で12時間振盪培養した。培養後、この培養物を遠心分離により集菌した。QIAprep Spin Miniprep Kit (アマシャムバイオサイエンス社)を用いることにより、集菌した菌体からプラスミドDNAを抽出した。得られたプラスミドDNAに対し、シークエンシングキットとオートシークエンサーCEQ 8000(ベックマンコールター社)を用いて、ニトリルヒドラターゼの塩基配列を確認した。
次に、得られたプラスミドDNAを制限酵素XbaIとSse8387Iで切断後、0.7%アガロースゲルにより電気泳動を行い、ニトリルヒドラターゼ遺伝子断片(1.6kb)を回収し、プラスミドpSJ042のXbaI−Sse8387Iサイトに導入した。
得られたプラスミドをpSJ−N01Aと命名した。
尚、pSJ042はロドコッカス菌においてJ1株ニトリルヒドラターゼを発現するプラスミドとして特開2008−154552号公報に示す方法で作製されたものであり、pSJ042の作製に使用したpSJ023は形質転換体ATCC12674/pSJ023(FERM BP−6232)として独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センター(茨城県つくば市東1丁目1番地1 中央第6)に平成9年3月4日付けで寄託されている。

(3)コンピテントセルの作製
ロドコッカス・ロドクロウスATCC 12674株(以下、ATCC 12674株)をMYK培地で対数増殖期前期まで培養し、細胞を遠心分離器により集菌し、氷冷した滅菌水にて3回洗浄し、滅菌水に懸濁し、コンピテントセルを作製した。

(4)M8株由来ニトリルヒドラターゼを有する形質転換体の作製
得られたプラスミドpSJ−N01A 0.1μgとATCC12674株のコンピテントセルの菌体懸濁液各20μlとを混合し、各々氷冷した。キュベットに各混合液を入れ、遺伝子導入装置 Gene Pulser(BIO RAD)により20 KV/cm、200 OHMSで電気パルス処理を行った。電気パルス処理液を氷冷下10分静置し、37℃で10分間ヒートショックを行った。その後、キュベットにMYK培地500μlを加え、30 ℃、5時間静置した後、50μg/mlカナマイシン入りMYK寒天培地に塗布し、30℃、3日間培養した。
得られた形質転換体コロニーに含まれるプラスミドDNAを確認し、この組換え菌をM8株由来ニトリルヒドラターゼを有するロドコッカス属組換え菌(ATCC12674/pSJ−N01A)とした。
【0035】
培養
実施例1と同様に培養し、組換菌体懸濁液(乾燥菌体2重量%)を得た。
【0036】
保存用菌体懸濁液の調製
培養後の微生物培養液に、終濃度0.5重量%となるように塩化ベンゼトニウムを加えて攪拌し、4℃で3日間静置し、沈降により菌体と上清を分離した。分離した菌体を50mMのリン酸緩衝液(pH7.0)で懸濁し、遠心分離(12000rpm、20分)により沈降後0.1%アクリル酸水溶液(pH7.0にNaOHで調整)で再懸濁し、乾燥菌体質量として5.4%の菌体懸濁液(実施例4)を得た。この菌体懸濁液の一部を0.1%アクリル酸水溶液(pH7.0にNaOHで調整)で希釈し、乾燥菌体質量が4.0%である菌体懸濁液(実施例5)と1.0%である菌体懸濁液(比較例4)を得た。
【0037】
ニトリルヒドラターゼ活性の測定
ニトリルヒドラターゼ活性は、上記の方法で調製した直後の菌体懸濁液(0日目)と、同様に調製した菌体懸濁液を30℃で静置することで5日間保存したもの(5日後)を用いて、実施例1と同様に測定・算出した。以下、0日に於ける反応速度を100%とした相対反応速度比を表3に示す。
【0038】
【表3】


【0039】
上記実施例1から4の結果から、本発明の懸濁液を用いることにより、ニトリルヒドラターゼ活性を有する微生物菌体を室温以上で保存した場合でも、微生物菌体のニトリルヒドラターゼは保存前の活性を維持できることが分かる。
【受託番号】
【0040】
ロドコッカス・ロドクロウスJ-1株(Rhodococcus rhodochrous J-1):受託番号「FERM BP−1478」として、1987年9月18日に独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(茨城県つくば市東1−1−1 中央第6)に寄託されている。
【0041】
ATCC12674/pSJ023:受託番号「FERM BP−6232」として、1997年3月4日に独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センター(茨城県つくば市東1丁目1番地1 中央第6)に寄託されている。
【配列表フリーテキスト】
【0042】
配列番号7:合成DNA
配列番号8:合成DNA

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ニトリルヒドラターゼ活性を有する微生物菌体を、乾燥菌体質量として4〜20質量%の濃度で分散媒中で保存することを特徴とする微生物菌体の保存方法。
【請求項2】
前記保存は、35℃以下で且つ凍らない状態で静置保存するものである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記分散媒が有機酸水溶液である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記有機酸がアクリル酸である、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記微生物菌体のニトリルヒドラターゼ活性が、保存の前後において実質的に変化しないことを特徴とする、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
ニトリルヒドラターゼ活性を有する微生物がロドコッカス(Rhodococcus)属に属する微生物である、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
ニトリルヒドラターゼ活性を有する微生物がロドコッカス・ロドクロウスJ−1株(Rhodococcus rhodochrous J-1)(受託番号:FERM BP−1478)又はロドコッカス・ロドクロウスM8株(受託番号:VKPM S−926)である、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
ニトリルヒドラターゼ活性を有する微生物菌体を乾燥菌体質量として4〜20質量%の菌体濃度で含む、微生物菌体の懸濁液。

【公開番号】特開2011−41563(P2011−41563A)
【公開日】平成23年3月3日(2011.3.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−166671(P2010−166671)
【出願日】平成22年7月26日(2010.7.26)
【出願人】(301057923)ダイヤニトリックス株式会社 (127)
【Fターム(参考)】