説明

微細セルロース繊維

【課題】最大繊維径1000nm以下かつ数平均繊維径が2〜150nmの分散安定性に優れるセルロース系のナノファイバー材料の提供。
【解決手段】N−オキシル化合物によるセルロースの表面酸化反応を利用し、最大繊維径1000nm以下かつ数平均繊維径が2〜150nmであり、セルロースの水酸基の一部がカルボキシル基およびアルデヒド基からなる群から選ばれる少なくとも1つの官能基に酸化されており、且つセルロースI型結晶構造を有する微細セルロース繊維。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、各種機能性添加剤や構造材として使用できる微細なセルロース繊維に関する。
【背景技術】
【0002】
ナノサイズの材料として、シリカ微粒子や金属微粒子等の球状の微粒子やカーボンナノロッドに代表される棒状(ウィスカー)タイプの材料の開発は盛んに進められている。これに対し、繊維状のナノ材料については上述した2種類の材料に比べ、まだまだ報告が少なく、アプリケーションの開発も含めこれからの技術領域と言える。実際に、現時点でナノサイズの繊維径をもった繊維(単にナノファイバーと呼ぶ)を人工的に作製する技術として、湿式成形をベースとしたエレクトロスピニング法や種々の溶融成形によるナノファイバー作製方法が知られている(例えば、非特許文献1参照)。しかし、これらの方法で供給される微細繊維は、真のナノサイズと呼ぶにはまだ大き過ぎ、サブミクロンサイズ(100nm−1000nmの繊維径)に止まりサブミクロンファイバーというべきものである。
【0003】
これに対し、天然に多量に存在するバイオマスであるセルロースは、生合成によって繊維が生成される時点では例外なくミクロフィブリルと呼ばれるナノファイバーであり、これがやがて繊維方向に集束化してより大きな単位の繊維を成長していくという特徴を有する。こうしてできた繊維の束が乾燥状態となり、主に植物の強靭な構造材として機能している。このようなマクロなセルロース構造材中では、ナノファイバー表面間での主に水素結合を介した結合力によって強く集束しているため、容易には元のナノファイバーの状態には分散させることができない。
【0004】
特許文献1に記載されているように、唯一バクテリアセルロース(以下、BCと呼ぶ)と呼ばれる原始的な菌の生成するセルロースは、比較的低次元に集積した集合体をネバードライの状態で抽出できるため、ナノファイバーとして扱うことができる。特許文献2および特許文献3には、典型的なセルロースナノファイバーであるBCを樹脂材料とハイブリッド化させることにより、透明であり、しかも力学強度にも優れ、熱膨張率の低いフィルム材料として提供できることが開示されている。しかしながら、BCに関しては、通常1重量%以下のセルロース濃度のゲルの状態で生産され、生産速度も極めて遅いため、工業的な生産性という観点では必ずしも有利ではない。
【0005】
汎用的に入手可能な植物系の精製セルロース(木材パルプやリンターパルプ等)を元のミクロフィブリルまでダウンサイジングする技術として、特許文献4には、高圧ホモジナイザーと呼ばれる、極めて高い圧力でフィブリル状物質を高度に微細化できる装置を用いることによりセルロースのナノファイバーが得られることが開示されている。しかしながら、該方法では、高圧ホモジナイザーによる処理時に多大なエネルギーを要し、コスト的に不利であると同時に、得られる微細化繊維の繊維径にも分布が存在し、一般的な処理条件下では微細化の程度も不完全であり、1μm以上の太い繊維も若干残ることが多い。
【0006】
一方、化学的な処理条件によりセルロースの微細化を行う方法として、特許文献5や非特許文献2にて開示されている酸加水分解法による微細化技術が知られている。しかし、該方法では、セルロース繊維の繊維方向に垂直な方向に断裂が起こることが知られており、一般に繊維の形状を保ったまま微細化することが困難である。
すなわち、汎用的に入手可能なセルロースがその構造中に内包しているナノファイバー性を活用して、産業的に利用可能な極めて微小な繊維径をもつナノファイバーを効率的に
得る方法は存在しなかった。
【0007】
【非特許文献1】高分子学会編,「高分子」55巻,3月号(2006)p125−p160
【非特許文献2】O.A.Battista, Ind. Eng. Chem., 42, 502 (1950).
【特許文献1】国際公開第03/040189号パンフレット
【特許文献2】特開2004−270064号公報
【特許文献3】特開2005−60680号公報
【特許文献4】特開昭56−100801号公報
【特許文献5】特表平9−508658号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、数平均繊維径が150nm以下の微細セルロース繊維を提供することを目的とする。また、該セルロース繊維及びその分散体をミクロフィブリルのナノファイバー性を利用して効率的に製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者の一部は、植物資源からリグニン等の不純物を除去、精製して得る天然セルロースをいったん溶媒に溶解させて得られる再生セルロースを原料とし、2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−N−オキシル(以下、TEMPOと表記する)の存在下、次亜塩素酸のような酸化剤を作用させて酸化反応を進行させることにより、再生セルロースを形成するセルロース鎖が分子鎖レベルで、しかもセルロース鎖の構成モノマー単位であるグルコピラノーズ環中のC6位の一級水酸基のみが選択的に酸化され、アルデヒドを経由してカルボキシル基にまで酸化されるという報告(「Cellulose」Vol.5、1998年、第153〜164ページにおけるA. Isogai及びY. Katoによる「TEMPO触媒酸化によるセルロースからのポリウロン酸の調製」と題する記事)を以前に検討した。該反応により、β−1,4結合したポリグルクロン酸と呼ばれる新規な水溶性の多糖を得ることができる。一方、上述の報告において、再生セルロースの原料である天然セルロースに対して同様の反応を施してもポリグルクロン酸を得ることはできず、反応生成物は非水溶性のままであることが記載されている。
【0010】
ところが、本発明者らは天然セルロース原料から得られる非水溶性の上記反応性生物を精製後、水分散体とし、該分散体中へ比較的弱い分散力を加えたところ、該反応性生物は極めて容易に水中に分散することを見出した。得られた分散体を解析したところ、該分散体は数nmから数10nmの繊維径のナノファイバーの分散体であることが判明した。
さらに本発明者らは、その機構や反応条件と得られるナノファイバーの化学構造との因果関係を考察し、上記反応において、高度に膨潤したミクロフィブリルの表面にまでTEMPO触媒による酸化が到達するものの、再生セルロースに比べ結晶性の高い天然セルロースを構成するミクロフィブリルの内部にまでは反応が到らず、ほぼミクロフィブリルの表面酸化にとどまること、通常のセルロースのミクロフィブリルと異なり、該反応により得られるミクロフィブリル表面には負の電荷を有するカルボキシル基が定量的に導入されているため、ミクロフィブリル間の反発力を誘引し分散体中での安定な分散の原因となっていることを突き止め、本発明を完成させた。
【0011】
本発明の一は、最大繊維径が1000nm以下かつ数平均繊維径が2〜150nmのセルロース繊維であって、セルロースの水酸基の一部がカルボキシル基およびアルデヒド基からなる群から選ばれる少なくとも1つの官能基に酸化されており、且つセルロースI型結晶構造を有することを特徴とする微細セルロース繊維である。
カルボキシル基とアルデヒド基の量の総和が、セルロース繊維の重量に対し0.1〜2.2mmol/gであることが好ましい。また、最大繊維径が500nm以下かつ数平均繊維径が2〜100nmであることがより好ましい。また、最大繊維径が30nm以下かつ数平均繊維径が2〜10nmであることが更に好ましい。また、カルボキシル基の量が、セルロース繊維の重量に対し0.1〜2.2mmol/gであることが好ましい。
【0012】
本発明の二は、本発明の一の微細セルロース繊維が媒体中に分散していることを特徴とする微細セルロース繊維の分散体である。
本発明の三は、本発明の二の微細セルロース繊維の分散体の製造方法であって、天然セルロースを原料とし、水中においてN−オキシル化合物を酸化触媒とし、共酸化剤を作用させることにより該天然セルロースを酸化して反応物繊維を得る酸化反応工程、不純物を除去して水を含浸させた反応物繊維を得る精製工程、および水を含浸させた反応物繊維を溶媒に分散させる分散工程を有することを特徴とする微細セルロース繊維の分散体の製造方法である。
【0013】
N−オキシル化合物が2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペリジン−N−オキシルであることが好ましい。共酸化剤が次亜ハロゲン酸またはその塩、亜ハロゲン酸またはその塩、過ハロゲン酸またはその塩、過酸化水素、及び過有機酸からなる群から選ばれた少なくとも一つであることが好ましい。分散工程が、高速回転下でのホモミキサー処理、高圧ホモジナイザー処理、超高圧ホモジナイザー処理、超音波分散処理、ビーター処理、ディスク型レファイナー処理、コニカル型レファイナー処理、ダブルディスク型レファイナー処理、およびグラインダー処理のうち少なくとも一つを含むことが好ましい。
本発明の四は、本発明の一の微細セルロース繊維の製造方法であって、本発明の三の微細セルロース繊維の分散体の製造方法に加え、該分散体から溶媒を乾燥する工程を含むことを特徴とする微細セルロース繊維の製造方法である。
【発明の効果】
【0014】
本発明により、数平均繊維径が150nm以下の微細セルロース繊維、及びその分散体をミクロフィブリルのナノファイバー性を利用して効率的に製造する方法を提供することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
次に、本発明について詳細に説明する。
本発明の微細セルロース繊維は、最大繊維径が1000nm以下かつ数平均繊維径が2〜150nmであり、好ましくは最大繊維径が500nm以下かつ数平均繊維径が2〜100nm、さらに好ましくは最大繊維径が30nm以下かつ数平均繊維径が2〜10nmのセルロース繊維である。
【0016】
ここで最大繊維径および数平均繊維径の解析は次のようにして行う。固形分率で0.05重量〜0.1重量%の微細セルロースの水分散体を調製し、該分散体を、親水化処理済みのカーボン膜被覆グリッド上にキャストしてTEM観察用試料とする。また、大きな繊維径の繊維を含む場合には、ガラス上へキャストした表面のSEM像を観察してもよい。構成する繊維の大きさに応じて5000倍、10000倍あるいは50000倍のいずれかの倍率で電子顕微鏡画像による観察を行う。この際に、得られた画像内に縦横任意の画像幅の軸を想定した場合に少なくとも軸に対し、20本以上の繊維が軸と交差するような試料および観察条件(倍率等)とする。この条件を満足する観察画像に対し、1枚の画像当たり縦横2本ずつの無作為な軸を引き、軸に交錯する繊維の繊維径を目視で読み取っていく。こうして最低3枚の重なっていない表面部分の画像を電子顕微鏡で撮影し、各々2つの軸に交錯する繊維の繊維径の値を読み取る(したがって、最低20本×2×3=120本の繊維径の情報が得られる)。こうして得られた繊維径のデータにより最大繊維径お
よび数平均繊維径を算出する。
【0017】
本発明において、最大繊維径が1000nmより大きくかつ数平均繊維径が150nmより大きな場合には、本発明で目的とするナノファイバーとしての特性が現れ難く、従来の微細化繊維との差別性が低くなるため好ましくない。
さらに本発明の微細セルロース繊維はセルロースの水酸基の一部がカルボキシル基またはアルデヒド基に酸化されており、且つセルロースI型結晶構造を有する。これは、本発明の微細セルロース繊維が、I型結晶構造を有する天然由来のセルロース固体原料を表面酸化し微細化した繊維であることを意味する。すなわち、天然セルロースの生合成の過程においてはほぼ例外なくミクロフィブリルと呼ばれるナノファイバーがまず形成され、これらが多束化して高次な固体構造を構築していることを原理的に利用し、ここにおいてミクロフィブリル間の強い凝集力の原動となっている表面間の水素結合を弱めるために、その一部が酸化され、アルデヒド基やあるいはカルボキシル基に変換されているものである。
【0018】
ここで、本発明の微細セルロース繊維がI型結晶構造であることは、その広角X線回折像測定により得られる回折プロファイルにおいて、2シータ=14〜17°付近と2シータ=22〜23°付近の二つの位置に典型的なピークをもつことから同定することができる。さらに、本発明の微細セルロース繊維のセルロースにアルデヒド基あるいはカルボキシル基が導入されていることは、水分を完全に除去したサンプルにおいて全反射式赤外分光スペクトル(ATR)においてカルボニル基に起因する吸収(1608cm−1付近)が存在することにより確認することができる。特に、酸型のカルボキシル基(COOH)の場合には、上記の測定において1730cm−1に吸収が存在する。
【0019】
本発明の微細なセルロース繊維は、上述した理由により、セルロースに存在するカルボキシル基とアルデヒド基の量の総和が多いほうがより微小な繊維径として安定に存在し得る。たとえば木材パルプや綿パルプの場合、本発明の微細なセルロース繊維に存在するカルボキシル基とアルデヒド基の量の総和がセルロース繊維の重量に対し、0.2〜2.2mmol/g、好ましくは0.5〜2.2mmol/g、さらに好ましくは0.8〜2.2mmol/gであるとナノファイバーとしての安定性に優れた繊維として提供することができる。また、BCやホヤからの抽出セルロースのような比較的ミクロフィブリルの繊維径が太いセルロースの場合(平均径が数10nmのオーダー)には、該総和量は0.1〜0.8mmol/g、好ましくは0.2〜0.8mmol/gであるとナノファイバーとしての安定性に優れた繊維として提供できる。該総和量が0.1mmol/gよりも小さい場合には、従来知られている微細化されたセルロース繊維との物性上の差異(例えば、分散体における分散安定化効果)も小さくなると同時に、微小な繊維径の繊維として得られ難くなるため、好ましくない。
【0020】
さらに、ノニオン性の置換基であるアルデヒド基に対し、カルボキシル基が導入されることにより、電気的な反発力が生まれ、ミクロフィブリルが凝集を維持せずにばらばらになろうとする傾向が増大するため、ナノファイバーとしての安定性はより増大する。たとえば木材パルプや綿パルプの場合、本発明の微細なセルロース繊維に存在するカルボキシル基の量がセルロース繊維の重量に対し、0.2〜2.2mmol/g、好ましくは0.4〜2.2mmol/g、さらに好ましくは0.6〜2.2mmol/gであるとナノファイバーとしての極めて安定性に優れた繊維として提供することができる。また、BCやホヤからの抽出セルロースのような比較的ミクロフィブリルの繊維径が太いセルロースの場合には、カルボキシル基の量は0.1〜0.8mmol/g、好ましくは0.2〜0.8mmol/gであるとナノファイバーとしての安定性に優れた繊維として提供できる。
【0021】
ここで、セルロース繊維の重量に対するセルロースのアルデヒド基およびカルボキシル
基の量(mmol/g)は、以下の手法により評価する。
乾燥重量を精秤したセルロース試料から0.5〜1重量%スラリーを60ml調製し、0.1Mの塩酸水溶液によってpHを約2.5とした後、0.05Mの水酸化ナトリウム水溶液を滴下して電気伝導度測定を行う。測定はpHが約11になるまで続ける。電気伝導度の変化が緩やかな弱酸の中和段階において消費された水酸化ナトリウム量(V)から、下式を用いて官能基量1を決定する。該官能基量1がカルボキシル基の量を示す。
官能基量(mmol/g)=V(ml)×0.05/セルロースの質量(g)
次に、セルロース試料を、酢酸でpHを4〜5に調製した2%亜塩素酸ナトリウム水溶液中でさらに48時間常温で酸化し、上記手法によって再び官能基量2を測定する。この酸化によって追加された官能基量(=官能基量2−官能基量1)を算出し、アルデヒド基量とする。
【0022】
以上の条件を満たす本発明の微細セルロース繊維は、他材料との混合性に優れ、水などの親水性媒体中で極めて高い分散安定効果を示すばかりでなく、例えば、水や親水性の有機溶媒中に分散させることにより高いチキソトロピー性を発現し、条件によってはゲル状となるため、ゲル化剤としても有効である。また、本発明が例えば最大繊維径が30nm以下かつ数平均繊維径が3〜10nmのような極めて微小な繊維として提供される場合には、水や親水性の有機溶媒中への分散体は透明となる場合もある。また、本発明の微細なセルロース繊維は、抄紙法やキャスト法により製膜することにより、高強度で耐熱性にも優れ、かつ極めて低い熱膨張性を有する材料となる。製膜の際の原液として使用する本発明の微細なセルロース繊維の分散体が透明である場合には、得られる膜も透明なものとなる。該膜は親水性付与を目的としたコーティング層としても有効に機能する。
【0023】
さらに、本発明の微細なセルロース繊維を例えば樹脂材料などの他材料と複合化する際には、他材料中での分散性に優れるため、好適な場合には透明性に優れた複合体を提供することができる。該複合体においては、本発明の微細なセルロース繊維は補強フィラーとしても機能し、複合体中で繊維が高度にネットワークを形成するような場合には、使用した樹脂単体に比べ、著しく高強度を示すようになると同時に著しい熱膨張率の低下を誘引することもできる。この他にも本発明の微細なセルロース繊維は、セルロースのもつ両親媒的性質も併せ持つため、例えば乳化剤や分散安定剤としても機能する。特に繊維中にカルボキシル基を有することで、表面電位の絶対値が大きくなるため、等電点(イオン濃度が増大した際に凝集が起こり始める濃度)が低pH側にシフトすることが期待される。これによって、より広範なイオン濃度条件で分散安定化効果が期待できる。さらに、カルボキシル基は金属イオンと対イオンを形成するため、金属イオンの捕集剤等としても有効である。
【0024】
次に、本発明の微細セルロース繊維が媒体中に分散している分散体、および該分散体の製造方法について説明する。
本発明の微細セルロース繊維の分散体は、前述した微細セルロース繊維が後述する溶媒中に分散しているものをいう。該分散体は、例えば、天然セルロースを原料とし、水中においてN−オキシル化合物を酸化触媒とし、共酸化剤を作用させることにより該天然セルロースを酸化して反応物繊維を得る酸化反応工程、不純物を除去して水を含浸させた反応物繊維を得る精製工程、および水を含浸させた反応物繊維を溶媒に分散させる分散工程の3つの工程により得ることができる。以下に各工程について詳細に説明する。
【0025】
まず、酸化反応工程では、水中に天然セルロースを分散させた分散液を調製する。ここで、天然セルロースは、植物,動物,バクテリア産生ゲル等のセルロースの生合成系から単離した精製セルロースを意味する。より具体的には、針葉樹系パルプ、広葉樹系パルプ、コットンリンターやコットンリントのような綿系パルプ、麦わらパルプやバガスパルプ等の非木材系パルプ、BC、ホヤから単離されるセルロース、海草から単離されるセルロ
ースなどを挙げることができるが、これに限定されるものではない。天然セルロースは好ましくは、叩解等の表面積を高める処理を施すと、反応効率を高めることができ、生産性を高めることができる。さらに、天然セルロースとして、単離、精製の後、ネバードライで保存していたものを使用するとミクロフィブリルの集束体が膨潤し易い状態であるため、やはり反応効率を高め、微細化処理後の数平均繊維径を小さくすることができ、好ましい。
反応における天然セルロースの分散媒は水であり、反応水溶液中の天然セルロース濃度は、試薬の十分な拡散が可能な濃度であれば任意であるが、通常、反応水溶液の重量に対して約5%以下である。
【0026】
また、セルロースの酸化触媒として使用可能なN−オキシル化合物は数多く報告されている(「Cellulose」Vol.10、2003年、第335〜341ページにおけるI. Shibata及びA. Isogaiによる「TEMPO誘導体を用いたセルロースの触媒酸化:酸化生成物のHPSEC及びNMR分析」と題する記事)が、特にTEMPO、4−アセトアミド−TEMPO、4−カルボキシ−TEMPO、及び4−フォスフォノオキシ−TEMPOは水中常温での反応速度において好ましい。これらN−オキシル化合物の添加は触媒量で十分であり、好ましくは0.1〜4mmol/l、さらに好ましくは0.2〜2mmol/lの範囲で反応水溶液に添加する。
【0027】
共酸化剤として、次亜ハロゲン酸またはその塩、亜ハロゲン酸またはその塩、過ハロゲン酸またはその塩、過酸化水素、および過有機酸などが本発明において使用可能であるが、好ましくはアルカリ金属次亜ハロゲン酸塩、たとえば、次亜塩素酸ナトリウムや次亜臭素酸ナトリウムである。次亜塩素酸ナトリウムを使用する場合、臭化アルカリ金属、たとえば臭化ナトリウムの存在下で反応を進めることが反応速度において好ましい。この臭化アルカリ金属の添加量は、N−オキシル化合物に対して約1〜40倍モル量、好ましくは約10〜20倍モル量である。
反応水溶液のpHは約8〜11の範囲で維持されることが好ましい。水溶液の温度は約4〜40度において任意であるが、反応は室温で行うことが可能であり、特に温度の制御は必要としない。
【0028】
本発明の微細セルロース繊維を得るために必要なカルボキシル基量は天然セルロース種により異なり、カルボキシル基量が多いほど、微細化処理後の最大繊維径、及び数平均繊維径は小さくなる。たとえば、木材系パルプおよび綿系パルプでは0.2〜2.2mmol/g、BCやホヤからの抽出セルロースでは0.1〜0.8mmol/gの範囲でカルボキシル基が導入されて微細化は進む。従って、酸化の程度を共酸化剤の添加量と反応時間により制御し、天然セルロース種に応じた酸化条件を最適化することで、目的とするカルボキシル基量を得ることが好ましい。一般に共酸化剤の添加量は、天然セルロース1gに対して約0.5〜8mmolの範囲で選択することが好ましく、反応は約5〜120分、長くとも240分以内に完了する。
【0029】
精製工程に於いては、未反応の次亜塩素酸や各種副生成物等の反応スラリー中に含まれる反応物繊維と水以外の化合物を系外へ除去するが、反応物繊維は通常、この段階ではナノファイバー単位までばらばらに分散しているわけではないため、通常の精製法、すなわち水洗とろ過を繰り返すことで高純度(99重量%以上)の反応物繊維と水の分散体とする。該精製工程における精製方法は遠心脱水を利用する方法(例えば、連続式デカンダー)のように、上述した目的を達成できる装置であればどんな装置を利用しても構わない。こうして得られる反応物繊維の水分散体は絞った状態で固形分(セルロース)濃度としておよそ10重量%〜50重量%の範囲にある。この後の工程で、ナノファイバーへ分散させることを考慮すると、50重量%よりも高い固形分濃度とすると、分散に極めて高いエネルギーが必要となることから好ましくない。
【0030】
さらに、本発明では、上述した精製工程にて得られる水を含浸した反応物繊維(水分散体)を溶媒中に分散させ分散処理を施すことにより、本発明の微細セルロース繊維の分散体として提供することができる。
ここで、分散媒としての溶媒は通常は水が好ましいが、水以外にも目的に応じて水に可溶するアルコール類(メタノール、エタノール、イソプロパノール、イソブタノール、sec−ブタノール、tert−ブタノール、メチルセロソルブ、エチルセロソルブ、エチレングリコール、グリセリン等)、エーテル類(エチレングリコールジメチルエーテル、1,4−ジオキサン、テトラヒドロフラン等)、ケトン類(アセトン、メチルエチルケトン)やN,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキサイド等を使用してもよい。また、これらの混合物も好適に使用できる。さらに、上述した反応物繊維の分散体を溶媒によって希釈、分散する際には、少しづつ溶媒を加えて分散していく、段階的な分散を試みると効率的にナノファイバーレベルの繊維の分散体を得ることができることがある。操作上の問題から、分散工程後の状態は粘性のある分散液あるいはゲル状の状態となるように分散条件を選ぶとよい。
【0031】
次に、分散工程で使用する分散機としては、種々なものを使用することができる。具体例を示せば、反応物繊維における反応の進行度(アルデヒド基やカルボキシル基への変換量)にも依存するが、好適に反応が進行する条件下では、スクリュー型ミキサー、パドルミキサー、ディスパー型ミキサー、タービン型ミキサー等の工業生産機としての汎用の分散機で十分に本発明の微細セルロース繊維の分散体を得ることができる。
しかし、高速回転下でのホモミキサー、高圧ホモジナイザー、超高圧ホモジナイザー、超音波分散処理、ビーター、ディスク型レファイナー、コニカル型レファイナー、ダブルディスク型レファイナー、およびグラインダーのようなより強力で叩解能力のある装置を使用することにより、より効率的かつ高度なダウンサイジングが可能となる。さらに、これらの装置を使用することにより、アルデヒド基やカルボキシル基の量が比較的小さい場合(例えば、アルデヒド基やカルボキシル基のセルロースに対する総和量として、0.1〜0.5mmol/g)にも高度に微細化された本発明の微細セルロース繊維の分散体を提供できる。
【0032】
次に、本発明の微細セルロース繊維を媒体中に分散させた分散体から、本発明の微細セルロース繊維を製造する方法について説明する。
上述した本発明の微細セルロース繊維の分散体を乾燥させることによって本発明の微細セルロース繊維を製造することができる。
ここで乾燥には、例えば、分散体の溶媒が水である場合には凍結乾燥法、分散体の溶媒が水と有機溶媒の混合溶液である場合には、ドラムドライヤーによる乾燥や場合によってはスプレイドライヤーによる噴霧乾燥を好適に使用することができる。また、上述した微細セルロースの分散体の中にバインダーとして水溶性高分子(ポリエチレンオキサイド、ポリビニルアルコール、ポリアクリルアミド、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、メチルセルロース、デンプン、天然ガム類等)や糖類(グルコース、フルクトース、マンノース、ガラクトース、トレハロース等)のような極めて沸点が高くしかもセルロースに対して親和性を有する化合物を混入させておくことにより、ドラムドライヤーやスプレイドライヤーのような汎用の乾燥法でも再度溶媒中にナノファイバーとして分散できる本発明の微細セルロース繊維を得ることができる。この場合には、分散体中に添加するバインダーの量は、反応物繊維に対して10重量%〜80重量%の範囲にあることが望ましい。
該微細セルロース繊維は再び、溶媒(水や有機溶媒あるいはその混合溶液)中へ混入し、適当な分散力(例えば、上述した本発明の微細セルロース繊維の分散体の製造における分散工程で使用する各種分散機を用いた分散)を加えることにより微細セルロース繊維の分散体とすることができる。
【実施例】
【0033】
本発明を実施例に基づいて説明する。
[実施例1および比較例1]
実施例1として、乾燥重量で2g相当分の未乾燥の亜硫酸漂白針葉樹パルプ(主に1000nmを超える繊維径の繊維から成る)、0.025gのTEMPOおよび0.25gの臭化ナトリウムを水150mlに分散させた後、13重量%次亜塩素酸ナトリウム水溶液を、1gのパルプに対して次亜塩素酸ナトリウムの量が2.5mmolとなるように次亜塩素酸ナトリウムを加えて反応を開始した。反応中は0.5Mの水酸化ナトリウム水溶液を滴下してpHを10.5に保った。pHに変化が見られなくなった時点で反応終了と見なし、反応物をガラスフィルターにてろ過した後、十分な量の水による水洗、ろ過を5回繰り返し、固形分量25重量%の水を含浸させた反応物繊維を得た。
【0034】
次に、該反応物繊維に水を加え、2重量%スラリーとし、回転刃式ミキサーで約5分間の処理を行った。処理に伴って著しくスラリーの粘度が上昇したため、少しづつ水を加えていき固形分濃度が0.15重量%となるまでミキサーによる分散処理を続けた。こうして得られたセルロース濃度が0.15重量%の微細セルロース繊維の分散体に対して、遠心分離により浮遊物の除去を行った後、水による濃度調製を行ってセルロース濃度が0.1重量%の透明かつやや粘調な微細セルロース繊維の分散体S1を得た。S1を乾燥させて得られた透明な膜状のセルロースの広角X線回折像から、S1がセルロースI型結晶構造を有するセルロースから成ることが示され、また同じ膜状セルロースのATRスペクトルのパターンからカルボニル基の存在が確認された。
【0035】
これに対し、比較例1として、実施例1の原料として用いた亜硫酸漂白針葉樹パルプ(主に1000nmを超える繊維径の繊維から成る)に水を加え、S1と同等のミキサー処理により0.1重量%とした分散体(H1)を調製した。
図1のaおよびbに、H1(非コロイド)およびS1(コロイド)の写真をそれぞれ示した。酸化反応工程を経ていない比較例1の分散体H1は機械処理のみでは懸濁せず、沈降が起こるのに対し、S1は透明な分散液であり、沈降が全く起こらず、極めて微細な繊維から成る分散体(コロイド)であることが分かる。微細繊維の分散体においては光の透過方向に対する繊維片の持続長さ(最も短い場合には繊維径)が可視波長よりも小さくなると分散液中での界面散乱が著しく抑えられるため、透明性が大きく向上したと解釈される。
【0036】
さらに、S1は0.1重量%でも粘度が極めて高く、直交偏光板の間に置くと、静止した状態でも複屈折が確認でき、分散液中に含まれる微細な繊維が高い結晶配向性を有しており、かつ分散液中で部分的に秩序構造を有している可能性も示唆された。図2には、S1の微細セルロース繊維を親水化処理済みのカーボン膜被覆グリッド上にキャスト後、2%ウラニルアセテートでネガティブ染色したTEM像を示した。S1は繊維状のセルロースから構成されており、最大繊維径が10nmかつ数平均繊維径が6nmであった。
また、上述した方法により評価したS1を乾燥させて得られる透明膜状のセルロース中のアルデヒド基の量およびカルボキシル基の量は、それぞれ0.33mmol/gおよび0.99mmol/gであった。
以上により実施例1により得られた微細セルロース繊維の分散体は本発明の微細セルロース繊維を含有していることが確認された。
【0037】
[実施例2,3,4]
実施例1において、原料を、精製後未乾燥のコットンリント(実施例2)、精製後未乾燥の酢酸菌生産のバクテリアセルロース(BC)(実施例3)、ホヤから単離した精製後未乾燥のセルロース(実施例4)とし、原料セルロースに対する次亜塩素酸ナトリウムの
添加量を、実施例2では実施例1と同様、2.5mmol/g、実施例3および実施例4では共に1.8mmol/gとし、他の条件はすべて実施例1と同じとしていずれも0.1重量%の透明な微細セルロース繊維の分散体を得た。実施例2,3,4の各々において得られた0.1重量%のセルロース濃度の微細セルロース繊維の分散体を各々、S2、S3、S4とする。
【0038】
S2−S4のいずれからも乾燥により、透明な膜状のセルロースが得られ、セルロースI型結晶構造を有することとカルボニル基の吸収バンドを有することが実施例1と同様の手法により確認された。
実施例1と同様にしてTEM観察により評価した、S2−S4の最大繊維径および数平均繊維径は、それぞれ、最大繊維径,15nm,数平均繊維径,8nm(S2)、最大繊維径,90nm,数平均繊維径,37nm(S3)、最大繊維径,62nm,数平均繊維径,22nm(S4)であった。
さらにS2−S4の各々を乾燥させて得られる透明膜状のセルロース中のアルデヒド基の量およびカルボキシル基の量は、それぞれ0.21mmol/gおよび0.67mmol/g(S2)、0.01mmol/gおよび0.50mmol/g(S3)、0.03mmol/gおよび0.31mmol/gであり、実施例2〜4により得られた微細セルロース繊維の分散体S2−S4が本発明の微細セルロース繊維を含有していることが証明された。
【0039】
以上S1−S4に含まれる微細セルロース繊維がコーティング材として有効に機能することを示すために以下の実験を実施した。すなわち、S1−S4の各々をガラス上にキャストしたところ、いずれも平滑性に優れ透明な表面を形成した。また、各サンプルの端をピンセットで摘み上げるといずれも自立した膜を形成していることが明らかになった。すなわち、本発明の微細セルロース繊維の分散液は優れたコーティング材としての性能を有する可能性が示唆された。
【0040】
[比較例2]
木材パルプの高圧ホモジナイザー処理により得られる微細化繊維状セルロースとして知られるセリッシュ(ダイセル化学社製、セリッシュKY−100G、セルロース濃度10重量%の水分散体)の0.1重量%の水分散体(H2)を、実施例1と同様のミキサー処理により調製した。得られた白色の分散液から構成する繊維のSEM観察を行ったところ、最大繊維径は、1.9μm、数平均繊維径は140nmであった。
得られた水分散体(H2)は、ミキサー分散後静置しておくと数分程度で沈降が起こった。同時に、H2をガラス上にキャストしたところ、自立膜は形成するものの白色でざらざらした表面平滑性に劣る表面であり、コーティング材としては不適であることが判明した。
【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明の微細セルロース繊維は、新規なナノファイバー膜の原料や複合化材料用のナノフィラーとして適用し得るだけでなく、コーティング基材、各種機能性添加剤(ゲル化剤、乳化剤等)としても好適に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】(a)比較例1の分散体H1(非コロイド)の写真(b)実施例1の分散体S1(コロイド)の写真
【図2】実施例1の分散体S1のキャストサンプルの透過型電子顕微鏡写真

【特許請求の範囲】
【請求項1】
最大繊維径が1000nm以下かつ数平均繊維径が2〜150nmのセルロース繊維であって、セルロースの水酸基の一部がカルボキシル基およびアルデヒド基からなる群から選ばれる少なくとも1つの官能基に酸化されており、且つセルロースI型結晶構造を有することを特徴とする微細セルロース繊維。
【請求項2】
カルボキシル基とアルデヒド基の量の総和がセルロース繊維の重量に対し、0.1〜2.2mmol/gであることを特徴とする請求項1に記載の微細セルロース繊維。
【請求項3】
最大繊維径が500nm以下かつ数平均繊維径が2〜100nmであることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の微細セルロース繊維。
【請求項4】
最大繊維径が30nm以下かつ数平均繊維径が2〜10nmであることを特徴とする請求項3に記載の微細セルロース繊維。
【請求項5】
カルボキシル基の量がセルロース繊維の重量に対し、0.1〜2.2mmol/gであることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の微細セルロース繊維。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載した微細セルロース繊維が媒体中に分散していることを特徴とする微細セルロース繊維の分散体。
【請求項7】
請求項6に記載した微細セルロース繊維の分散体の製造方法であって、天然セルロースを原料とし、水中においてN−オキシル化合物を酸化触媒とし、共酸化剤を作用させることにより該天然セルロースを酸化して反応物繊維を得る酸化反応工程、不純物を除去して水を含浸させた反応物繊維を得る精製工程、および水を含浸させた反応物繊維を溶媒に分散させる分散工程を有することを特徴とする微細セルロース繊維の分散体の製造方法。
【請求項8】
N−オキシル化合物が2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペリジン−N−オキシルであることを特徴とする請求項7に記載の微細セルロース繊維の分散体の製造方法。
【請求項9】
共酸化剤が次亜ハロゲン酸またはその塩、亜ハロゲン酸またはその塩、過ハロゲン酸またはその塩、過酸化水素、及び過有機酸からなる群から選ばれた少なくとも一つであることを特徴とする請求項7または8に記載の微細セルロース繊維の分散体の製造方法。
【請求項10】
分散工程が、高速回転下でのホモミキサー処理、高圧ホモジナイザー処理、超高圧ホモジナイザー処理、超音波分散処理、ビーター処理、ディスク型レファイナー処理、コニカル型レファイナー処理、ダブルディスク型レファイナー処理、およびグラインダー処理のうち少なくとも一つを含むことを特徴とする請求項7〜9のいずれか1項に記載の微細セルロース繊維の分散体の製造方法。
【請求項11】
請求項1〜5のいずれか1項に記載した微細セルロース繊維の製造方法であって、請求項7〜10のいずれか1項に記載の微細セルロース繊維の分散体の製造方法に加え、該分散体から溶媒を乾燥する工程を含むことを特徴とする微細セルロース繊維の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−1728(P2008−1728A)
【公開日】平成20年1月10日(2008.1.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−169649(P2006−169649)
【出願日】平成18年6月20日(2006.6.20)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2006年5月3日 インターネットアドレス「http:/pubs3.acs.org」に発表
【出願人】(000000033)旭化成株式会社 (901)
【Fターム(参考)】