説明

心筋細胞シートによる心筋症治療薬

【課題】 哺乳動物の心臓移植療法にかわる心筋再生療法に必要な、移植可能な心筋細胞シートを提供すること。
【解決手段】
温度応答性高分子が表面に被覆された培養皿で哺乳動物の心筋細胞を培養することによって、心拡張収縮能を向上、及び/または心臓のリモデリングを抑制させる移植可能な哺乳動物心筋細胞シートを作製する。

【発明の詳細な説明】
【発明の詳細な説明】

【産業上の利用分野】
【0001】
本発明は温度応答性高分子が表面に被覆された培養皿で哺乳動物の心筋細胞を培養して得られる、移植可能な哺乳動物の心筋細胞シートおよびその製造方法に関する。また、本発明は、心臓移植療法にかわる心筋再生療法として、心筋細胞シートを使用する重症心不全や重症心筋症の効果的な治療方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、胚性幹細胞(ES細胞)や骨髄間質細胞から心筋細胞を分化誘導する研究が盛んに行われており、一部の動物ではすでに可能となっている(Makino,S.ら、J.Clin.Invest.、103、697−705(1999))。さらに、心筋細胞を実験動物へ移植することについても多くの報告がなされている。移植心筋細胞はホスト心筋へ生着すると共に、電気的結合(gap junction)を行うことが確認されている(Reinlib,L.ら、Circulation、101、e182−e187(2000))。これらのことから、近い将来、心筋細胞の移植による治療の可能性が予測されている。
【0003】
一方、これとは別に、体外で組織工学手法を用いて心筋組織を構築した上で、体内に戻すという研究も始まっている。これまでに、コラーゲン、ポリ乳酸、ゼラチンからなる3次元の支持体を用いて新生仔ラットの心筋細胞を培養することにより、心筋組織様構造が構築されたと報告されている(Eschenhagen,T.ら、FASEB J.、11、683−694(1997)、 Bursac,N.ら、Am.J.Physiol.、227、H433−H444(1999)、 Li,R.ら、 J.Thorac.Cardiovasc.Surg.、119、368−375(2000) )。しかし、全身に血液を送り出すような収縮弛緩機能を持つ心筋組織の構築にはいくつもの障害があり、新たなバイオマテリアルや新規の培養技術が必要と考えられている。
【0004】
このような中、特開平05−192138号公報には、水に対する上限若しくは下限臨界溶解温度が0〜80℃であるポリマーで基材表面を被覆した細胞培養支持体上にて、皮膚細胞を上限臨界溶解温度以下又は下限臨界溶解温度以上で培養し、その後上限臨界溶解温度以上又は下限臨界溶解温度以下にすることにより培養皮膚細胞が剥離されることを特徴とする皮膚細胞培養法が記載されている。この方法においては、温度応答性ポリマーを被覆した培養基材から温度により細胞を剥離させているが、この方法では剥離性が悪く、得られた細胞シートは構造欠陥の多いものであった。したがって、特開平05−192138号公報に記載の方法をin vitroでの心筋様組織構築に適用することも困難であった。
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、効率的な哺乳動物の心筋細胞シートの取得方法を提供することである。また、本発明では、心筋細胞シートを使用する重症心不全や重症心筋症の効果的な治療方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、鋭意検討の結果、温度応答性培養皿を用いて哺乳動物の拍動する心筋細胞シートを作製し、これを障害を受けた心臓に移植することを試みた。その結果、移植された心筋細胞が障害心臓に接着し、心拡張収縮能を向上、及び/または心臓のリモデリングを抑制させられることを見出し、本発明を完成することができた。
【0007】
さらに、本発明者らは、肝実質細胞増殖因子(以下、HGFという。)を心筋移植部位に同時に投与することにより、心筋細胞シートの定着と心機能の機能向上が見られることを明らかにした。
【0008】
すなわち本発明は、心拡張収縮能を向上、及び/または心臓のリモデリングを抑制させる移植可能な哺乳動物心筋細胞シートを提供する。
また、本発明は、温度応答性高分子が被覆された培養器材で哺乳動物の心筋細胞を培養して得られる移植可能な哺乳動物心筋細胞シートを提供する。
【0009】
更に、本発明は、自律拍動する重層化した移植可能な哺乳動物心筋細胞シートを提供する。
また、本発明は、上記いずれかの心筋細胞シートを使用することを特徴とする心筋再生療法用の心筋細胞シートを提供する。
【0010】
加えて、本発明は、得られた心筋細胞シートを利用した障害心臓の治療法を提供する。
更に加えて、本発明は、心筋細胞シートを利用する際に肝実質細胞増殖因子を併用した障害心臓の治療法を提供する。
【0011】
更に、本発明は、哺乳動物の心筋細胞をポリ−N−イソプロピルアクリルアミドを被覆した培養皿を用いてコンフルエント(confluent)に培養し、低温処理後、剥離することを含む哺乳動物心筋細胞シートの製造方法を提供する。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の第1様態は、移植可能な哺乳動物心筋細胞シートに関するものである。
【0013】
本発明における哺乳動物心筋細胞シートとは、例えば、「医学のあゆみ、195、203−204(2000)」記載の方法で、ヒト、ウシ、ラット等の哺乳動物の心筋細胞を、温度応答性高分子であるポリ−N−イソプロピルアクリルアミドを被覆した培養皿を用いてコンフルエントに培養し、低温処理後、剥離されるシート状の心筋細胞組織のことを言う。
【0014】
本発明の心筋細胞シートは、移植可能な哺乳動物からなる心筋細胞から培養されたシートであれば良く、好ましくは、上記温度応答性高分子を被覆した培養皿を用いて細胞、細胞外基質より構成される三次元構造を持った心筋細胞シートがあげられる。
【0015】
本発明の「移植可能」とは、哺乳動物の心臓に移植された心筋細胞シートが定着し、心臓の心拡張収縮能を向上させる機能、及び/または心臓のリモデリングを抑制させる機能を示すことをいう。
【0016】
本発明の第2の様態は、心筋細胞シートを心筋再生療法用に用いることに関するものである。
本発明の「傷害心臓」とは、心筋梗塞、狭心症等の虚血性疾患により、障害を受けた心臓のことを表す。
【0017】
本発明の「梗塞性障害心筋部位」とは、心筋梗塞、狭心症等で虚血性の障害を受けた心筋組織のことを表す。
本発明の第3の様態は、HGFを併用することによる心筋再生療法に関するものである。
【0018】
本発明で使用される「HGF」はすでに市販されているが(例えば、東洋紡(株)HGF−101等)、医薬として使用できる程度に精製されたものであれば、種々の方法で調製されたものを用いることができる。HGFを産生する初代培養細胞や株化細胞を培養し、培養上清等から分離、精製して該HGFを得ることもできる。或いは、遺伝子工学的手法によりHGFをコードする遺伝子を適切なベクターに組み込み、これを適当な宿主に挿入して挿入して形質転換し、この形質転換体の培養上清から目的とする組み換えHGFを得ることができる(例えば、Nature、342、440(1989)、特開平5−111383号公報、Biochem.Biophys.Res.Commun.、163、967(1989)等を参照)。上記の宿主細胞は特に限定されず、従来から遺伝子工学的手法で用いられている各種の宿主細胞、例えば大腸菌、酵母または動物細胞などを用いることができる。このようにして得られたHGFは、天然型HGFと実質的に同じ作用を有する限り、そのアミノ酸配列中の1若しくは複数のアミノ酸が置換、欠失及び/または付加されていても良い。
【0019】
本発明の心筋細胞シートは、以下のような障害心臓への導入方法、導入形態及び導入量が使用され得る。
すなわち、本発明の心筋細胞シートの投与方法としては、例えば心筋梗塞、狭心症等で虚血性の障害を受けた心筋組織の障害部位への直接貼付、貼付後に縫合、挿入等の方法があげられる。
【0020】
本発明の心筋細胞シートは、移植可能な哺乳動物からなる心筋細胞から培養されたシートであれば良く、好ましい形態は、三次元構造を持った心筋グラフトがあげられる。それらの面積、体積等は障害部位に応じて適宜変更して用いることができる。
【0021】
本発明の哺乳動物は、例えば、ヒト、サル、ブタ、イヌ、ネコ、ラット、マウスなどがあげられるが、何ら制限されるものではない。
本発明の心筋再生療法とは、以下のような方法があげられ、同時にHGFを投与することができる。
【0022】
すなわち、患者への導入方法としては、例えば、本発明においてHGFの導入方法として、安全かつ効率の良い遺伝子導入法であるセンダイ・ウィルス(HVJ)リポゾーム法(Molecular Medicine、30、1440−1448(1993)、実験医学、12、1822−1826(1994))、 電気的遺伝子導入法、 ショットガン方式遺伝子導入法等があげられる。好ましくは、HVJリポゾーム法があげられる。
【実施例】
【0023】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例により何ら限定されるものではない。
【実施例1、比較例1】
【0024】
ラット心筋細胞シートの作製
図1に示すように、ラット新生仔の心筋細胞をポリ−N−イソプロピルアクリルアミドが固定された培養皿(固定化量 1.9μg/cm)で培養し、37℃でコンフルエントになるまで培養した。その後、低温処理を行い、シート状になった心筋細胞を脱着させ、それを2層重ねて重層化した。得られた心筋細胞シートは自律的に収縮、拍動していた。
心筋梗塞モデルラットの梗塞心への心筋細胞シートの移植
Lewis ラット(300g、雄)の心臓の左前下行枝をリゲーション(ligation)し、心筋梗塞モデルを作製した。梗塞モデルの作製の2週間後、上の心筋細胞シートをモデルの梗塞心に貼付することで移植した(移植群(T群):n=7、実施例1)。また、心筋細胞シートを貼付しない無治療の群をコントロール群(C群)とした(n=10、比較例1)。
【0025】
実施例1、比較例1における結果を表1、表2、図3、図4、図5、図6に示す。
移植後のそれぞれの心臓の拍動の様子を超音波により確認した(図2)。図2から、心筋細胞シートを貼付した心臓は拍動しているのに対し(図2、右下図矢印)、無治療の心臓では拍動の弱いことが分かる(図2、左下図矢印)。
【0026】
移植2週後に、Agilent Technologies社製 SONOS5500を用いて、左室駆出率、心拍出量、左室収縮末期断面積、E波をそれぞれ測定した。
【0027】
T群において、著明に心拡張収縮能は向上し(表1、図3、図4)、左室リモデリングの抑制を確認した(表2、図4)。また、移植した心筋細胞は梗塞心に接着しており、移植した心筋細胞シートは均一な構造を持っていた(図5、6)。
【0028】
【表1】

【0029】
【表2】

【実施例2、比較例2】
【0030】
実施例1と同様な方法で Lewis rat心筋梗塞モデルを作製した。梗塞モデルの作製2週間後に、実施例1の心筋シートをモデルの梗塞心に移植した後、ラット1匹あたり、HGFを組み込んだベクター20μgを移植部に投与した群(T2群、n=5、実施例2)、また、無治療のコントロール群(C群、n=8、比較例2)を作製した。
【0031】
移植2週間後に、再び開胸し、それぞれの群の患部を観察した。得られた結果を表3に示す。
【0032】
【表3】

【発明の効果】
【0033】
本発明により、自動収縮能を持った哺乳動物の心筋細胞シートが提供される。特に、本発明の心筋細胞シートを使用した心筋再生療法は、心筋梗塞、重症心不全、重症心筋症等の治療方法として有効であり、さらには、HGFを同時併用することにより、より効果的な心筋再生療法として有用である。
【図面の簡単な説明】
【図1】 図1は、実施例1で行った方法を具体的に示した実験プロトコールである。
【図2】 図2は、実施例1の方法で得られた心筋細胞シートの収縮、拍動を超音波検査によって得られた画像、及びその際の心拍の波形の模写図である。
【図3】 図3は、T群(本発明心筋細胞シートを移植群)、及びC群(無治療群)について、移植2週後の左室駆出率、心拍出量測定値を比較したグラフである。
【図4】 図4は、T群(本発明心筋細胞シートを移植群)、及びC群(無治療群)について、移植2週後の左室収縮末期断面積、E波測定値を比較したグラフである。
【図5】 図5は、T群(本発明心筋細胞シートを移植群)について、移植した心筋細胞シートは梗塞心に隙間なく接着しており、均一な構造を持っていたことを示す図である。
【図6】 図6は、T群(本発明心筋細胞シートを移植群)について、移植した心筋細胞シートは梗塞心に接着しており、心筋細胞、心筋細胞間の結合も形成されていたことを示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
心拡張収縮能を向上、及び/または心臓のリモデリングを抑制させる移植可能な哺乳動物心筋細胞シート。
【請求項2】
温度応答性高分子が被覆された培養器材で哺乳動物の心筋細胞を培養して得られる請求項1記載の移植可能な哺乳動物心筋細胞シート。
【請求項3】
自律拍動する重層化した請求項1、2記載の移植可能な哺乳動物心筋細胞シート。
【請求項4】
請求項1〜3いずれか1項記載の心筋細胞シートを使用することを特徴とする心筋再生療法用の心筋細胞シート。
【請求項5】
障害心臓に移植する際に使用される請求項4記載の心筋再生療法用の心筋細胞シート。
【請求項6】
梗塞性障害心筋部位に移植する際に使用される請求項4記載の心筋再生療法用の心筋細胞シート。
【請求項7】
肝実質細胞増殖因子を移植部位に併用することからなる、請求項4〜6のいずれか1項記載の心筋細胞シート。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか1項記載の心筋細胞シートを利用した障害心臓の治療法。
【請求項9】
肝実質細胞増殖因子を移植部位に併用することを含む、請求項8記載の治療法。
【請求項10】
哺乳動物の心筋細胞をポリ−N−イソプロピルアクリルアミドを被覆した培養皿を用いてコンフルエントに培養し、低温処理後、剥離することを含む哺乳動物心筋細胞シートの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−6490(P2011−6490A)
【公開日】平成23年1月13日(2011.1.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−231972(P2010−231972)
【出願日】平成22年9月27日(2010.9.27)
【分割の表示】特願2002−112062(P2002−112062)の分割
【原出願日】平成14年4月15日(2002.4.15)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 
【出願人】(501345220)株式会社セルシード (39)
【出願人】(500118193)
【Fターム(参考)】