説明

応力発光物質及びその製造方法

【課題】従来の応力発光物質よりも発光強度が高く、しかも安価な応力発光物質と、その製造方法とを提供すること。
【解決手段】本発明の応力発光物質は、マンガンを0.5 mol%以上2.0 mol%以下、ガリウムを0.01 mol%以上0.3 mol%以下の濃度範囲で含有する硫化亜鉛を、還元性雰囲気下、1000℃以上1250℃以下の温度で焼成することによって得られる。
本発明の応力発光物質の製造方法は、硫化亜鉛に対して、マンガンを0.5 mol%以上2.0 mol%以下、ガリウムを0.01 mol%以上0.3 mol%以下の濃度範囲で添加する添加工程と、マンガン及びガリウムを添加した硫化亜鉛を、還元性雰囲気下、1000℃以上1250℃以下の温度で焼成する焼成工程と、を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、機械的エネルギーを光エネルギーに変換して発光する応力発光物質、及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
物体の各部分に生じる応力の大きさを測定することは、機械又は構造物の設計分野をはじめとする多くの技術分野において重要である。これまでに応力測定が行われてきた技術分野としては、感圧シート、発光ボール、光ファイバーセンサ又は振動センサのような用途が挙げられる。
【0003】
応力測定は、今後も様々な技術分野における応用の可能性も秘めている。例えば、プラント又は装置メーカーでは、プラント配管のモニタリングによる安全性検査に応用し得る。応力分布又は歪みの計測は、ビル又は鉄塔のような大型構造物から、ナノレベルの構造物まで、非常に幅広い分野で利用し得る。
【0004】
これまでに、応力分布を測定するための種々の手法が開発されており、歪みゲージを測定対象物に貼り付けて応力測定する方法が一般的である。しかし、この方法では、応力分布を測定するために、多数の測定点に歪みゲージを貼り付ける必要があり、作業時間が長い。また、微細な領域の応力分布を測定することは不可能であり、個々の測定点における歪み値しか測定できない。
【0005】
物体から放出される赤外線を検出して応力分布を測定する、赤外線応力画像法も開発されている。この方法では、測定対象物に解析専用の周期的な応力を加えると共に、赤外線カメラに応力の同期信号を印可する必要があるため、実際の使用条件下におけるリアルタイムでの応力測定はできない。
【0006】
これら以外にも、光学的測定が容易な透明樹脂で測定対象物の実体に近い模型を作製し、模型に加重を加えることにより応力分布を測定する光弾性法と呼ばれる方法が開発されている。この方法では、模型を作製するための作業時間及び費用が係り、実体と模型の材質の違いにために、測定対象物の実際の使用条件下におけるリアルタイムの応力測定を測定できない。
【0007】
一方、機械的な外力を加えると、その機械的エネルギーを光エネルギーに変換して発光する応力発光物質(メカノルミネッセンス物質)を使用して応力測定する方法も開発されている。応力発光物質としては、特許文献1に開示されているユーロピウム錯体、特許文献2に開示されているウルツ鉱型構造とせん亜鉛鉱型構造との共存構造を有する複合半導体結晶、特許文献3に開示されているストロンチウム及びアルミニウム含有複合金属酸化物、特許文献4に開示されているバリウムの複合酸化物等が知られている。
【0008】
また、非特許文献1には、硫化亜鉛(ZnS)にマンガン(Mn)を添加することにより、応力発光物質として機能することが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平10−130639号公報
【特許文献2】特開2004−43656号公報
【特許文献3】特開2004−059746号公報
【特許文献4】特開2006−124725号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】K. MEYER, D. OBRIKAT, M. ROSSBERG, Kristall und Teknik, 5, 1, P5-49 (1970).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
応力発光物質は、応力を受けると発光するという単純な原理によって、測定対象物にかかる応力をリアルタイムで測定可能であり、極めて応用範囲が広い。しかし、これまで知られている応力発光物質は、発光輝度が十分とは言えず、実用性に乏しかった。
【0012】
本発明は、従来の応力発光物質よりも発光強度が高く、しかも安価な応力発光物質と、その製造方法とを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は、圧電特性を有し、応力発光強度が大きい応力発光物質であるZnS:Mn(ZnSにMnを添加し、焼成した物質)に着目し、その発光強度を向上させるために、ZnSに添加するMn濃度の最適値について検討した。そして、Mn以外に、ガリウム(Ga)を特定濃度となるようにZnSにさらに添加して、還元性雰囲気下で焼成することにより、発光強度を向上させることができることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0014】
具体的に、本発明は、
Mnを0.5 mol%以上2.0 mol%以下、Gaを0.01 mol%以上0.3 mol%以下の濃度範囲で含有するZnSを、還元性雰囲気下、1000℃以上1250℃以下の温度で焼成することによって得られる応力発光物質に関する。
【0015】
また、本発明は、
硫化亜鉛に対して、マンガンを0.5mol%以上2.0mol%以下、ガリウムを0.01 mol%以上0.3 mol%以下の濃度範囲で添加する添加工程と、
マンガン及びガリウムを添加した硫化亜鉛を、還元性雰囲気下、1000℃以上1250℃以下の温度で焼成する焼成工程と、
を有する応力発光物質の製造方法に関する。
【0016】
ZnSに対するMnの添加濃度を調整するだけでは、従来の応力発光物質と比較して発光強度を十分に向上させることはできない。しかし、さらにGaを0.01 mol%以上0.3 mol%以下の濃度範囲となるように添加することにより、発光強度の向上を図ることができることを、本発明者は初めて見出したものである。
【0017】
また、焼成温度についても、特定範囲とした場合にのみ発光強度の十分な向上を図れることも、本発明者は初めて見出した。焼成温度は、1150℃以上1250℃以下とすることがより好ましい。また、焼成時間は、1時間以上とすることが好ましい。
【0018】
ZnSに対するMnの添加濃度は、0.8 mol%以上1.5 mol%以下とすることがより好ましい。また、ZnSに対するGaの添加濃度は、0.03 mol%以上0.22 mol%以下とすることがより好ましい。
【0019】
なお、本発明でいう「還元性雰囲気下で焼成する」とは、例えば、(1) 窒素ガス若しくはアルゴンガスのような不活性ガス雰囲気下又は水素ガス雰囲気下で焼成すること;(2) 、内側のるつぼに試料を入れ、外側のるつぼに炭素(例えば、粒状、顆粒状若しくは粉末活性炭等)を入れて二重るつぼとした状態で焼成すること:が該当する。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、従来の応力発光物質よりも発光強度の高く、しかも安価な応力発光物質を得ることが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】Mn添加濃度の異なる8種類のディスク状成型体の応力発光強度の測定結果を示すグラフである。
【図2】Ga添加濃度の異なる7種類のディスク状成型体の応力発光強度の測定結果を示すグラフである。
【図3】2種類の応力発光物質について、焼成温度と発光強度との関係を示すグラフである。
【図4】ZnS:MnGa0.1を用いて作製されたディスク状成型体の、応力発光強度測定時の発光状態を撮影した写真である。
【図5】図4と同じディスク状成型体に、縦方向に600Nの圧縮荷重をかけた場合の発光状態を撮影した写真である。
【図6】ZnS:Mn0.92Cu0.05を用いて作製されたディスク状成型体に、縦方向に600Nの圧縮荷重をかけた場合の発光状態を撮影した写真である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明の実施の形態について、適宜図面を参酌しながら説明する。なお、本発明は、以下の記載に限定されない。
【0023】
<1.ZnSに添加するMnの至適濃度>
5N ZnS(硫化亜鉛)及び3N Mn(NO)・6HO(硝酸マンガン・六水和物)をモル比でZnS:Mn=100:x(x=0.25、0.5、0.8、1.0、1.5、2.0)の組成になるように秤量し、アルミナ乳鉢に入れ、エタノールを添加して湿式混合した。るつぼに混合物約20gを入れた後、混合物をいれたるつぼを、より大きなるつぼ内に入れた。外側のるつぼには、顆粒状活性炭約10gを入れ、蓋をして二重るつぼとした。この状態で、1100℃で2時間、電気炉内で焼成した。
【0024】
また、5N ZnS(硫化亜鉛)及び2N MnS(硫化マンガン)をモル比でZnS:Mn=100:x(x=4.0、10.0)の組成になるように秤量し、上記と同様の操作を行った。
【0025】
得られた8種類の応力発光物質の粉末を、平均粒径が44μm以下になるようにアルミナ乳鉢を用いて粉砕した。その後、エポキシ樹脂(Epok812)に粉末を分散させ、60℃、12時間で固化させることによって、20mmφ、厚み3mmのディスク状成型体とした。
【0026】
得られた8種類のディスク状成型体について、応力発光強度を測定した。まず、井元製作所製、引張・圧縮小型材料試験機(ロードセル定格容量1000N)を用いて、直径3mmの微小ガラス球による圧縮荷重をディスク状成型体に加えた。次に、600Nまで圧縮荷重を加えたときに生じた応力発光を、石英ガラスファイバーを用いて日立蛍光分光光度計(F-3010型)の分光室まで発光を導入した。中心波長580nm、バンドパス10nmにおける光電子倍増管(R928F)の強度を0.1秒間隔で測定することによって、応力発光強度を測定した。
【0027】
図1は、8種類のディスク状成型体の応力発光強度の測定結果を示すグラフである。図1では、Mnを1mol%添加して得られた応力発光物質から形成されたディスク状成型体の発光強度を「1」とした場合の、相対的な発光強度がプロットされている。図1より、Mnの添加濃度は、0.5 mol%以上2.0 mol%以下とすることが好ましく、0.8 mol%以上1.5 mol%以下とすることが特に好ましいことが確認された。
【0028】
<2.ZnSに添加するGaの至適濃度>
5N ZnS、3N Mn(NO)・6HO、及び3N Ga(NO)・9HO(硝酸ガリウム・九水和物)を、モル比でZnS:Mn:Ga=100:1:y(y=0.01、0.05、0.1、0.2、0.3、0.5、及び1.0)となるように秤量し、アルミナ乳鉢に入れ、エタノールを添加して湿式混合した。その後、上記と同様の還元性雰囲気中、1100℃で2時間、電気炉内で焼成した。
【0029】
得られた7種類の応力発光物質の粉末を、上記と同様にして、20mmφ、厚さ3mmのディスク状成型体とし、応力発光強度を測定した。図2は、その結果を示すグラフである。
【0030】
Ga添加濃度が0.5 mol%及び1.0 mol%のときには、Gaを添加しないときよりも発光強度が低下する現象が認められた。一方、Ga添加濃度が0.01 mol%以上0.3 mol%以下のときに、ZnS:Mnの発光強度が向上し、図2からは、0.03 mol%以上0.22 mol%以上のときに、相対強度が1.5以上となることが確認された。
【0031】
<3.焼成温度の至適範囲>
5N ZnS、3N Mn(NO)・6HO、及び3N Ga(NO)・9HOを、モル比でZnS:Mn:Ga=100:1:0.1となるように秤量し、アルミナ乳鉢に入れ、エタノールを添加して湿式混合した。また、5N ZnS及び3N Mn(NO)・6HOをモル比でZnS:Mn=100:1となるように秤量し、アルミナ乳鉢に入れ、エタノールを添加して湿式混合した。これら2種類の混合物を、上記と同様の還元性雰囲気中、950℃〜1300℃の温度範囲で、2時間、電気炉内でそれぞれ焼成した。
【0032】
得られた2種類の応力発光物質の粉末を、上記と同様にして、20mmφ、厚み3mmのディスク状成型体とした。そして、上記と同様にして、得られた2種類のディスク状成型体について、応力発光強度を測定した。図3は、その結果を示すグラフである。
【0033】
ZnS:Mnの場合、焼成温度は1100℃付近が好ましいことが確認されたが、焼成温度による発光強度の変化は少なかった。一方、Gaを添加したZnS:MnGa0.1の場合、焼成温度は1200℃付近が好ましく、1300℃になると発光強度が急激に低下する現象が確認された。図3からは、ZnS:MnGa0.1の焼成温度は、1000℃以上1250℃以下が好ましく、1150℃以上1250℃以下がより好ましいことが確認された。
【0034】
<4.応力発光物質の発光状態>
図4は、<3.焼成温度の至適範囲>において、1100℃で2時間、電気炉内で焼成して得られたZnS:MnGa0.1を用いて作製された20mmφ、厚み3mmのディスク状成型体の、応力発光強度測定時の発光状態を撮影した写真である。図4から明らかなように、本発明の応力発光物質は、600Nの圧縮過重によって強い発光を生じた。
【0035】
図5は、図4と同じディスク状成型体に、縦方向に600Nの圧縮荷重をかけた場合の発光状態を撮影した写真である。ディスク状成型体は、平坦なダイスを用いて縦方向に600Nの圧縮荷重がかけられており、応力が発生している上端部及び下端部が発光している。
【0036】
一方、図6は、応力発光物質としてZnS:Mn0.92Cu0.05を用いて、上記と同様に作製されたディスク状成型体の、応力発光強度測定時の発光状態を撮影した写真である。このときにもディスク状成型体は、平坦なダイスを用いて縦方向に600Nの圧縮荷重がかけられており、応力が発生している上端部及び下端部が発光している。
【0037】
図5と図6を比較すると、肉眼ではっきりと区別し得るほど、図5のディスク状成型体の方が、発光が明らかに強かった。なお、<3.焼成温度の至適範囲>において、1100℃で2時間、電気炉内で焼成して得られたZnS:Mnを用いて作製された20mmφ、厚み3mmのディスク状成型体について、同様に縦方向に圧縮荷重をかけた場合と比較しても、肉眼ではっきりと区別し得るほど、図5のディスク状成型体の方が、発光が明らかに強かった。
【0038】
<4.従来のZnS:Mnとの発光強度>
特許文献2の表1には、実施例4として「0.9ZnS・0.1MnS」が開示されている。この応力発光物質は、ZnSに対するMn添加濃度が10 mol%である。図1に示したように、本発明者が検討した結果では、ZnSに対するMnの添加濃度が10.0 mol%の場合には、600Nの圧縮荷重をかけても、ほとんど応力発光しないことが確認された。このため、Mnを0.5 mol%以上2.0 mol%以下、Gaを0.03 mol%以上0.22 mol%以下の濃度範囲で含有するZnSを、還元性雰囲気下、1000℃以上1250℃以下の温度で焼成することによって得られる本発明の応力発光物質は、特許文献2の表1に開示されているいずれの応力発光物質よりも、発光強度が高いと合理的に推察された。
【0039】
本発明の応力発光物質は、硫化亜鉛、硝酸マンガン及び硝酸ガリウムのような安価な原料から、湿式混合及び焼成という簡単な方法によって製造することが可能であることも、特徴の一つとしている。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明の応力発光物質及びその製造方法は、応力分布の測定が必要とされる機械、建設又は音響をはじめとする、多くの技術分野において有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
マンガンを0.5 mol%以上2.0 mol%以下、ガリウムを0.01 mol%以上0.3 mol%以下の濃度範囲で含有する硫化亜鉛を、還元性雰囲気下、1000℃以上1250℃以下の温度で焼成することによって得られる応力発光物質。
【請求項2】
硫化亜鉛に対して、マンガンを0.5 mol%以上2.0 mol%以下、ガリウムを0.01 mol%以上0.3 mol%以下の濃度範囲で添加する添加工程と、
マンガン及びガリウムを添加した硫化亜鉛を、還元性雰囲気下、1000℃以上1250℃以下の温度で焼成する焼成工程と、
を有する応力発光物質の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2012−57119(P2012−57119A)
【公開日】平成24年3月22日(2012.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−204132(P2010−204132)
【出願日】平成22年9月13日(2010.9.13)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 発行者 社団法人日本セラミックス協会 刊行物名 社団法人日本セラミックス協会2010年年会講演予稿集 発行年月日 平成22年3月22日
【出願人】(592216384)兵庫県 (258)
【Fターム(参考)】