説明

患者の予後健康状態改善度合の予測方法

【課題】患者の栄養管理情報から予後(栄養管理実施後)の健康状態改善度合の予測を高い精度で行なうことのできる予測方法の提供。
【解決手段】栄養管理を実施した患者の予後の健康状態改善度合を予測する方法であって、(A)栄養管理の開始時に患者の生化学検査値であるヘマトクリット、血中尿素窒素濃度、血中アルブミン濃度および血中亜鉛濃度を測定し、(B)測定した各生化学検査値をそれぞれ下記式(1)に代入することによりSPI(簡易予後指数)値を算出し、(C)得られたSPI値があらかじめ設定した基準値以上である場合は予後に患者が改善状態となり、該基準値未満である場合は予後に患者が非改善状態となると予測する、患者の予後健康状態改善度合の予測方法。
SPI=a0+a1×Hct+a2×BUN+a3×ALB+a4×Zn (1)
(式(1)において、a0、a1、a2、a3およびa4は、あらかじめ線形重回帰分析を行うことにより求めた偏回帰係数。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医療施設や介護・養護施設などの各種施設の患者・利用者に対するNST(Nutrition Support Team:栄養サポートチーム)や栄養管理士による栄養管理において、患者等の栄養状態評価データからNST介入後の改善状態を予測する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、医療施設、介護・養護施設、訪問看護ステーション、学校施設など、栄養管理の実施を必要とする施設においては、NST(栄養サポートチーム)やそれに準じる栄養管理者による患者・利用者の栄養管理活動が実践されている。このような栄養管理は、適切な栄養療法の選択、適切かつ質の高い栄養管理の提供、早期栄養障害の発見と早期栄養療法の開始、栄養療法による合併症の予防(カテーテル肺血症)、感染症等による死亡率の軽減、在院日数の短縮とそれによる入院費の節減、在宅治療症例の再入院や重症化の抑制などを目的としている。
【0003】
かかる目的から、例えば、医療施設では、栄養管理情報(身体計測値、生化学検査値、食事の種類など患者のデータ)から、患者ごとに必要な栄養量や栄養評価などを決定しながら最適な栄養管理活動を実行する試みが種々なされており、取得した栄養管理情報に基づいて、さらに改良を加えた栄養管理を実施する試みもなされている。
【0004】
非特許文献1には、患者の血中亜鉛(Zn)濃度を従来の栄養評価項目に加えることで、より精度の高い評価が可能になり、特に予後予測には有用であることが開示されている。しかしながら、非特許文献1の栄養評価方法によっても、患者の予後予測の精度は必ずしも十分とはいえなかった。
【非特許文献1】芝原ら、静脈経腸栄養、23巻増刊号、p.143F−3、2008年1月
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、患者の栄養管理情報から予後(栄養管理実施後)の健康状態改善度合の予測を高い精度で行なうことのできる予測方法の提供を課題とする。さらに詳しくは、患者が栄養管理実施後に改善(外来退院または転院など)、非改善(原疾患憎悪による栄養管理中止など)のいずれの状態になるかを、栄養管理開始時の患者の生化学的検査値を基に高い精度で予測することのできる予後健康状態改善度合の予測方法(以下、単に予後予測方法と略すことがある。)を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、栄養管理を実施した患者の予後の健康状態改善度合を予測する方法であって、
(A)栄養管理の開始時に患者の生化学検査値であるヘマトクリット、血中尿素窒素濃度、血中アルブミン濃度および血中亜鉛濃度を測定し、
(B)測定した各生化学検査値をそれぞれ下記式(1)に代入することによりSPI(簡易予後指数)値を算出し、
(C)得られたSPI値があらかじめ設定した基準値以上である場合は予後に患者が改善状態となり、該基準値未満である場合は予後に患者が非改善状態となると予測する、
患者の予後健康状態改善度合の予測方法。
SPI=a0+a1×Hct+a2×BUN+a3×ALB+a4×Zn (1)
(式(1)において、Hctはヘマトクリット、BUNは血中尿素窒素濃度、ALBは血中アルブミン濃度、Znは血中亜鉛濃度を示す。また、a0、a1、a2、a3およびa4は、あらかじめ複数の患者について測定した栄養管理開始時のヘマトクリット、血中尿素窒素濃度、血中アルブミン濃度および血中亜鉛濃度を説明変数とし、該患者の栄養管理終了時の健康状態改善度合を数値化したものを目的変数とした線形重回帰分析を行うことにより求めた偏回帰係数である。)。
【0007】
本発明の予測方法において、前記式(1)におけるHctの単位が%、BUNの単位が(mg/dL)、ALBの単位がg/dL、Znの単位がμg/dLであることが好ましい。
【0008】
本発明の予測方法において、前記式(1)が下記式(2)であることが好ましい。
SPI=0.27×Hct−0.04×BUN+1.95×ALB+0.1×Zn−1.94 (2)
(式(2)において、Hctはヘマトクリット(%)、BUNは血中尿素窒素濃度(mg/dL)、ALBは血中アルブミン濃度(g/dL)、Znは血中亜鉛濃度(μg/dL)を示す。)。
【0009】
また、前記基準値は好ましくは15である。
【発明の効果】
【0010】
本発明の予後予測方法によれば、患者の栄養評価データから患者の予後予測を高い精度で行なうことができる。すなわち、患者がNST介入等の栄養管理実施後に改善(外来退院または転院)、非改善(原疾患憎悪によるNST介入中止)のいずれの状態になるかを高い精度で予測することができる。
【0011】
これにより、NST介入等の栄養管理開始時に、あらかじめ栄養管理終了時に非改善例となりやすいハイリスク群患者を予測することができ、それらの患者に特別な栄養管理を実施するなど、非改善例を出さないための事前対応が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明は、栄養管理を実施した患者の予後の健康状態改善度合の予測方法であって、下記(A)〜(C)の工程からなる予測方法である。
(A) 栄養管理の開始時に患者の生化学検査値であるヘマトクリット、血中尿素窒素濃度、血中アルブミン濃度および血中亜鉛濃度を測定する工程。
(B) 測定した各生化学検査値をそれぞれ下記式(1)に代入することによりSPI(簡易予後指数)値を算出する工程。
(C) 得られたSPI値があらかじめ設定した基準値以上である場合は予後に患者が改善状態となり、該基準値未満である場合は予後に患者が非改善状態となると予測する工程。
【0013】
SPI=a0+a1×Hct+a2×BUN+a3×ALB+a4×Zn (1)
上記式(1)において、Hctはヘマトクリット、BUNは血中尿素窒素濃度、ALBは血中アルブミン濃度、Znは血中亜鉛濃度を示す。一方、a0、a1、a2、a3およびa4は偏回帰係数と呼ばれる数値であり、あらかじめ複数の患者について栄養管理開始時のヘマトクリット、血中尿素窒素濃度、血中アルブミン濃度および血中亜鉛濃度を測定しておき、さらに、該患者の栄養管理終了時の健康状態改善度合を判定した結果を改善なら「1」、非改善なら「2」と数値化しておいて、前者を説明変数(独立変数)、後者を目的変数(従属変数)とした線形重回帰分析を行うことにより求めた偏回帰係数である。
【0014】
本発明において、栄養管理とは、医療施設や介護・養護施設などの各種施設の患者・利用者に対するNST(Nutrition Support Team:栄養サポートチーム)や栄養管理士による栄養管理などをいう。
【0015】
栄養管理を実施した患者の予後の健康状態改善度合とは、栄養管理終了した時点における患者の健康状態の改善(向上)の程度であり、特に、改善したか非改善であった(悪化した)かのどちらかを意味する。本発明の予測方法は、このように患者が栄養管理実施後(終了時)において改善するか非改善であるかを、栄養管理の開始時に予測する方法である。
【0016】
<患者の予後の健康状態改善度合の判断>
患者の予後(栄養管理終了時)の健康状態改善度合は、主観的栄養評価と客観的栄養評価を総合して、改善または非改善のいずれかを判定する。主観的栄養評価とは、身体的活動の活発化、食欲の改善(食事の摂取が不可能から可能になることや経口摂取の増大など)、皮膚の状態の改善(褥瘡の改善、かさかさ度の軽減など)であり、客観的栄養評価とは、臨床検査データの改善、体重の増加などである。これらを総合して患者の改善・非改善を判定するが、改善例は明らかに見た目にも顔色や身体活動が活発化し、外来退院し、その後の通院での治療が可能な状態である。一方、非改善は原疾患憎悪による死亡、状態(病状)の悪化とともに栄養療法に反応しない(異化亢進)場合である。より客観的な判定を行うためにタンパク合成能(同化)の状態を示す血清アルブミン値やプレアルブミン値などを改善・非改善の判断指標としてもよい。
【0017】
<各生化学検査値の測定>
本発明で使用される各生化学検査値は、臨床検査における種々公知の測定方法を用いて測定することができ、通常は患者等から血液を採取し、その血液を分析することで測定される。以下に各評価項目について説明する。
【0018】
(1)Hct(ヘマトクリット)の測定:
Hct(ヘマトクリット)は一定量の血液中に占める赤血球の割合(単位:%)である。Hctの測定方法は、特に限定されず種々公知の測定方法を用いることができる。例えば、ミクロヘマトクリット法などの遠心法や、赤血球高値パルス検出方法などの電気抵抗法が挙げられる。
【0019】
(2)ALB(血中アルブミン濃度)の測定:
ALB(血中アルブミン濃度)の測定方法は、特に限定されず種々公知の測定方法を用いることができる。例えば、免疫学的方法、BCG(ブロモクレゾールグリーン)法やBCP(ブロムクレゾールパープル)改良法を挙げることができる。BCG法とは、検体中のAlbはpH4.0付近でBCGと結合して、Alb−BCG複合体を生じ、メタクロマジー現象により色素は青色を呈する。その吸光度を測定することによってAlb濃度を換算する。BCG法では一部の血中グロブリンも反応してしまうが、BCPはアルブミンとより特異的に反応するためBCP法の方が高い精度のALB測定を行なうことができる。なお、BCG法は簡便な測定方法であるが、免疫学的方法に比べて3.5g/dLでは0.1〜0.3g/dL高めに測定される。
【0020】
BCP改良法とは、試料中のアルブミンはブロムクレゾールパープルと結合し青色を呈し、600nm付近で最大の吸光を示すことを利用し、標準物質を対照にして600nmでの吸光度変化量から試料中のアルブミン濃度を求める方法である。
【0021】
(3)BUN(血中尿素窒素濃度)の測定:
BUN(血中尿素窒素濃度)の測定方法としては種々公知の方法を用いることができるが、例えば、ウレアーゼGLDH法、ウレアーゼICDH法が挙げられる。この中でもウレアーゼGLDH法が好敵に用いられる。ウレアーゼGLDH法とは、以下の第一反応および第二反応を行い、補酵素(NADPH)の変化量を測定することによりBUNを測定する方法である。
【0022】
(第一反応)
反応式(II)において反応式(I)で生じた内因性アンモニアをαケトグルタル酸、還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(NADPH)、グルタミン酸脱水素酵素(GLDH)の作用により消去し、このとき生じた酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(NADP)は反応式(III)においてL−イソクエン酸脱水素酵素(ICDH)の作用によって還元されNADPHへと変化する。
【0023】
(第二反応)
第一反応により内因性アンモニアを消去した後、尿素はウレアーゼの作用によりアンモニアと二酸化炭素に分解される。このアンモニアとα‐ケトグルタル酸(α‐KG)は、GLDHの作用によりグルタミン酸に変化し、同時にNADPHはNADPに変わる。NADPHは340nmに吸収極大をもち、この吸光度の減少速度を測定して尿素窒素値を求める。尚、このとき第一反応の反応式(III)は第二試薬に添加されているキレート剤の作用により停止している。
【0024】
尿素 + H2O (+ウレアーゼ) → 2NH3 + CO2 ・・・(I)

α‐ケトグルタル酸 + NH3 + NADPH + H+ (+GLDH)
→ グルタミン酸 + NADP+ + H2O ・・・(II)

NADP+ + L−イソクエン酸 (+ICDH)
→ NADPH+ + α-ケトグルタル酸 + CO2 ・・・(III)
(4)Zn(血中亜鉛濃度)の測定:
Zn(血中亜鉛濃度)の測定としては種々公知の方法を用いることができるが、例えば、キレート法、原子吸光測定法が挙げられる。この中でも簡便性、正確性などの点でキレート法が好適に用いられる。キレート法とは、例えば、亜鉛とニトロPAPS(下記化学式で示される化合物)がZn‐ニトロPAPS錯体(キレート化合物)を形成し、570nmに吸収極大を持つことを利用して、標準物質を対照にして570nmでの吸光度変化量から試料の濃度を求める方法である。
【0025】
【化1】

【0026】
以下に本発明で用いる統計解析の用語について説明する。
<有意水準、p値、危険率>
有意とは、確率論・統計学の用語で、「確率的に偶然とは考えにくく、意味があると考えられる」ことを意味する。p値は、帰無仮説の下で実際にデータから計算された統計量よりも極端な統計量が観測される確率をいう。
【0027】
有意水準α(0<α<1または0%<α<100%)は、どの程度の正確さをもって帰無仮説H0を棄却するかを表す定数であり、統計的仮説検定を行う場合に、帰無仮説を棄却するかどうかを判定する基準である。有意水準αの仮説検定は、p<αの時にH0を棄却する。このとき、「統計量はα水準で有意である」という。H0が正しい場合に、これを棄却してしまう確率(第一種の誤り)はαに等しい。
【0028】
有意水準5%で検定を行うということは、第1種の過誤をおかす危険率が5%であることを意味する。すなわち、同様の調査・検定を行うと、20回に1回は得られた結論が誤っていることを表す。「有意水準αで検定すると有意な差が認められた」ということと、「危険率αのもとで有意な差があるといえる」は同じような意味で使用される。
【0029】
<重回帰分析>
以下に、複数(n)の対象から得たデータを基に、重回帰分析を行う方法について説明する。
【0030】
まず、回帰関係とは、異なったある変数に対して、別のパラメータに関する平均的な値が対応する関係をいう。前者の変数を独立変数、後者の変数を従属変数という。
【0031】
例えば、複数の人の身長と体重を測定した場合、身長が高い人は平均的に体重が高く、身長が低い人は平均的に体重が軽いことがわかる。このようなときに、異なった身長に対して異なった平均体重が対応するという関係を、身長に対する体重の回帰関係という。
【0032】
一般に、2つの変数XおよびYがあるとき、Xの一定の値に対応するYの平均値のことを、YのXについての条件付平均値といい、以下、Yhatと表す。Yhatは、一般にXの値が異なれば異なるので、Xの関数であり、
式(3): Yhat=f(X)
と書き表すことができる。この式(3)のような関係を回帰関係といい、式(3)を回帰方程式または回帰関係式という。また、YhatをXに対するYの回帰という。そして、以上のような回帰関係の分析を回帰分析という。
【0033】
回帰方程式式(3)における関数f(X)のかたちとしては一般にいろいろなものが考えられるが、最もよく用いられるのは線形式(1次式)である。すなわち、
式(4): Yhat=a+bX (a、bは定数)
である。これを線形回帰という。
【0034】
独立変数Xが1個の場合、線形回帰は式(4)のように簡単になり、このような回帰分析を特に単回帰分析(あるいは直線回帰)と呼ぶ。一方、重回帰分析とは、いくつかの独立変数X1、X2、・・・、Xmに基づいて、別の変数(従属変数)Yを予測するための回帰分析である。
【0035】
重回帰分析において線形回帰を用いる場合、回帰方程式は以下のような式となる。
式(5): Yhat=a0+a1X1+a2X2+・・・+amXm (a0〜amは、定数)
これが線形重回帰である。なお、式(5)中の定数a0〜amは偏回帰係数と呼ばれる。
【0036】
次に、X1〜XmおよびYについての複数(n)のデータが与えられた場合、線形重回帰分析により、どのように回帰(Yhat)を計算するか、すなわち、偏回帰係数(a0〜am)をどのように計算するかについて、以下に説明する。
【0037】
例えば、独立変数X1及びX2の2変数(患者の生化学検査値など)に対する従属変数Y(患者の予後改善度合を数値化したもの)について、n個の対象(患者)について、X1、X2、Yの各データがあるとする。これらのデータに基づいて、X1、X2、Yの重回帰分析を行う場合、X1及びX2のYに対する関係が線形であるとすれば、回帰方程式は次の形で示される。
式(6): Yhat=a0+a1X1+a2X2
次に、n個の対象(患者)のX1、X2、Yのデータから、最小二乗法により偏回帰係数(a0、a1およびa2)を求める。すなわち、
式(7): S=Σ(Yi−Yhati)2 (i=1〜n)
=Σ[Yi−(a0+a1X1i+a2X2i)]2(i=1〜n)
におけるSの値を最小とするようなa0、a1およびa2を決定する。
【0038】
Sの値を最小とするようなa0、a1およびa2は、前記式(7)について、a0、a1およびa2の各々に関して偏微分した各式を0とおき、それらの連立方程式を解くことによって求めることができる。
【0039】
すなわち、各々の偏微分の式は、
式(8): ∂S/∂a0 =Σ2[Y−(a0+a1X1i+a2X2i)]×(-1)=0 (i=1〜n)
式(9): ∂S/∂a1 =Σ2[Y−(a0+a1X1i+a2X2i)]×(-X1i)=0 (i=1〜n)
式(10): ∂S/∂a2 =Σ2[Y−(a0+a1X1i+a2X2i)]×(-X2i)=0 (i=1〜n)
であるから、これを整理すると、次のようになる。
式(11): na0+a1ΣX1i+a2ΣX2i=ΣYi(i=1〜n)
式(12): a0ΣX1i+a1ΣX1i2+a2ΣX1iX2i=ΣX1iYi(i=1〜n)
式(13): a0ΣX2i+a1ΣX1iX2i+a2ΣX2i2=ΣX2iYi(i=1〜n)
この連立方程式(式(11)〜式(13))を解くことで、a0、a1およびa2が求められる。これらの値を前記式(6)に代入することにより回帰方程式が完成する。
【0040】
以上の2変数回帰についての説明は、一般に回帰変数3個以上の多変数回帰
式(14): Y=a0+a1X1+a2X2+・・・+amXm
についても拡張できる。
【0041】
この場合、前記式(11)〜式(13)にあたる連立方程式は、式(15)〜式(18)となり、これらの連立方程式を解くことにより、前記式(14)の回帰方程式が求められる。
式(15): ∂S/∂a0
=Σ2[Yi−(a0+a1X1i+a2X2i・・・+amXm)]×(-1)=0 (i=1〜n)
式(16): ∂S/∂a1
=Σ2[Y−(a0+a1X1i+a2X2i・・・+amXm)]×(-X1i)=0 (i=1〜n)
式(17): ∂S/∂a2
=Σ2[Y−(a0+a1X1i+a2X2i・・・+amXm)]×(-X2i)=0 (i=1〜n)
・・・
式(18): ∂S/∂am
=Σ2[Y−(a0+a1X1i+a2X2i・・・+amXm)]×(-Xmi)=0 (i=1〜n)
本発明の偏回帰係数は、Hct(ヘマトクリット)、ALB(血中アルブミン濃度)、BUN(血中尿素窒素濃度)及びZn(血中亜鉛濃度)を説明変数(独立変数)とした線形重回帰分析によって求められる。これら説明変数(独立変数)の単位は、本発明の式(1)により算出されるSPI値の数値範囲が変化するだけであるので、特に限定されるものではないが、臨床現場における測定項目として通常使用される単位を用いることが好ましい。具体的には、ヘマトクリットの単位が%、BUN(血中尿素窒素濃度)の単位がmg/dL、ALB(血中アルブミン濃度)の単位がg/dL、Zn(血中亜鉛濃度)の単位がμg/dLである。この偏回帰係数は、線形重回帰分析を行う際における母集団及び説明変数(独立変数)の単位に依存するが、ヒトがとり得る各測定値の平均値及びその日差変動を考慮すると、各測定項目の単位を、Hct(ヘマトクリット)の単位を%に、BUN(血中尿素窒素濃度)の単位をmg/dLに、ALB(血中アルブミン濃度)の単位をg/dLに、Zn(血中亜鉛濃度)の単位をμg/dLとした場合は、|a1|:|a2|:|a3|:|a4|=0.27:0.04:1.95:0.1という関係に近づくものと考えられる。この場合、a2のみ負の値をとる。
【0042】
また、本発明の式(1)の偏回帰係数を求めるためには、複数の患者の栄養管理開始時のヘマトクリット、血中尿素窒素濃度、血中アルブミン濃度および血中亜鉛濃度をあらかじめ測定する必要があるが、本発明者らが求めた上記式(2)を用いることにより、必要なデータ数を収集する作業を省略して、予測方法を実施することができるので好ましい。
【0043】
尚、式(1)及び(2)における各測定項目の濃度の単位は、線形重回帰分析を行った際の説明変数の単位と同一にしなければならないことは言うまでもない。式(2)は、Hct(ヘマトクリット)の単位を%に、BUN(血中尿素窒素濃度)の単位をmg/dLに、ALB(血中アルブミン濃度)の単位をg/dLに、Zn(血中亜鉛濃度)の単位をμg/dLとしている。
【0044】
さらに、式(1)によって算出されるSPI値及びその数値範囲を、例えば整数などのわかりやすい値にするために、偏回帰係数を調整することもできる。具体的には、a1、a2、a3、a4の4つの説明変数(独立変数)それぞれを一定の数値を乗じることにより、SPI値の桁数を調整することができ、また、a0の値を変化させることによりSPI値が取り得る数値範囲をシフトさせることができる。例えば、式(1)の一態様である式(2)中における偏回帰係数は、後述する実施例においても説明しているが、臨床検査技師が親しみやすいように、SPI値の小数点以下を四捨五入して整数で表せるよう、より詳細にはおよそ10〜20の数値範囲となるように、a1、a2、a3、a4の4つの偏回帰係数をそれぞれを10倍している。
【実施例】
【0045】
以下、実施例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0046】
<各生化学検査値の測定>
下記の実施例において、患者の各生化学検査値の測定は次のようにして行なった。
【0047】
(1)Hct(ヘマトクリット)の測定:
測定方法としては電気抵抗法を用いて赤血球数(RBC)および赤血球の平均サイズ(MCV)から下式により計算した。
Hct=(RBC×MCV)/10
(式中、RBCは赤血球数(単位:106/μL)、MCVは赤血球の平均サイズ(単位:fL)を示す)。測定装置はABBOT(アボット)社製CELL-DYN(セルダイン)4000を使用した。
【0048】
(2)ALB(血中アルブミン濃度)の測定:
測定方法としてはBCP(ブロムクレゾールパープル)改良法を使用した。測定装置としてH7600(日立ハイテクノロジーズ製)、使用試薬としてアクアオートカイノスALB試薬(カイノス製)を用いて測定を行なった。
【0049】
(3)BUN(血液中尿素窒素濃度)の測定:
測定方法としてはウレアーゼGLDH法を用い、測定装置としてH7600(日立ハイテクノロジーズ製)、使用試薬としてクイックオートネオUN(シノテスト製)を用いて測定を行なった。
【0050】
(4)Zn(血中亜鉛濃度)の測定:
測定はニトロPAPSを用いたキレート法により行なり、亜鉛とニトロPAPSのキレート化合物であるZn‐ニトロPAPS錯体について、標準物質を対照にして570nmでの吸光度変化量から試料の濃度を求めた。測定装置は日立ハイテクノロジーズ製のH7600、測定試薬はプロ株式会社製のエスパZnを使用した。
【0051】
<重回帰分析>
本発明においてSPIを算出するための式(1)の偏回帰係数を求めるための重回帰分析は以下のようして行なった。
【0052】
まず、栄養管理開始時の生化学検査値であるHCT(ヘマトクリット)、WBC、LYM、CRP、AST、ALT、Na、Cl、K、BUN(血液尿素窒素)、クレアチニン、TC、TG、血糖、ChE、ALB(アルブミン)、T−P、PreALB、Zn(血中亜鉛濃度)と栄養管理終了時の改善、非改善との相関関係を分析し、上記項目から有意水準5%(p<0.05)以下となる項目を選択した。その結果、HCT、BUN、ALB、Znは統計学上、独立した危険因子として抽出された。つまり、これらの項目が最も栄養管理終了時の改善、非改善と相関性が高い指標であると考えられる。
【0053】
次に、HCT、BUN、ALB、Znを説明変数(独立変数)とし、栄養管理終了時の改善、非改善を目的変数(従属変数)として線形重回帰分析を行なった。その際、改善、非改善はカテゴリーデータのためダミー変数に変換し改善「1」、非改善「2」とした。
【0054】
重回帰分析(線形重回帰分析)にて求められた多項式(重回帰式):
y=0.027×Hct−0.004×BUN+0.195×ALB+0.01×Zn−0.194
(式中、Hctはヘマトクリット(%)、BUNは血中尿素窒素濃度(mg/dL)、ALBは血中アルブミン濃度(g/dL)、Znは血中亜鉛濃度(μg/dL)を示す。)
のyの値をもとに患者の予後健康状態の改善度合を予測する上で、使いやすい数値とするために、そのyが理想的な栄養状態では20以上になるように数式を設定することとした。上述のように、改善を「1」、非改善を「2」とした素の状態の重回帰分析により得られた重回帰式に各栄養評価項目の臨床検査値を代入した場合、yがおおよそ1〜2の間で推移するため、レンジが狭く数値の処理が困難であり、予測を行なう上で大切なカットオフ値の設定がしづらいためである。この改善策として、上記重回帰式のyが整数となり、なおかつカットオフ値が把握しやすくなるようにするため、全ての偏回帰係数を10倍して、算出したy値をSPI値とすることとした。
【0055】
この結果以下の数式(2)が完成した。
SPI=0.27×Hct−0.04×BUN+1.95×ALB+0.1×Zn−1.94 (2)
(式(2)中、Hctはヘマトクリット(%)、BUNは血中尿素窒素濃度(mg/dL)、ALBは血中アルブミン濃度(g/dL)、Znは血中亜鉛濃度(μg/dL)を示す)。
【0056】
上記式(2)において、SPI値は10〜20の範囲に収まり、以下のROC解析から基準値(カットオフ値)をその中央値である15と設定した。
【0057】
(ROC解析)
ROC(receiving operating characteristic)曲線は、受信者動作特性曲線、等感受性曲線などと訳されるものであり、あるd’に対してフォールスアラームの比率を横軸に、ヒットの比率を縦軸にそれぞれとり、βを−∞から∞まで走査すると曲線が描かれるが、この曲線がROC曲線である。ROC曲線の曲線下面積はある課題での正答率とみなせる指標となることが知られている。
【0058】
本発明のSPIを指標とした予測方法とZn、ALB、Hctの単独値を指標とした予測方法について作成したROC曲線を図1に示す。それぞれのカットオフ値とROC曲線の曲線下面積を表1に示す。図1、表1の結果からSPIのカットオフ値を15に設定した本発明の予測方法が最も正答率が高いことが示される。
【0059】
【表1】

【0060】
(実施例1)
男性13名(年齢分布74.1±9.8歳)および女性6名(年齢分布68.8±13.5歳)について、NST介入直後および終了時のHct、BUN、ALB、Znを測定し上記式(2)からSPI値を求めた。各患者のNST介入直後から終了時へのSPI値の推移を示すグラフを図2に示す。但し、男性1名は死亡してしまったために、図2は18名分のデータを示している。
【0061】
図2の結果から、カットオフ値を15に設定することで、高い精度で予後の予測を行なえることがわかる。
【0062】
(実施例2)
男性21名(年齢分布70.0±9.9歳)および女性7名(年齢分布71.4±7.5歳)について、NST介入直後および終了時のHct、BUN、ALB、Znを測定し上記式(2)からSPI値を求めた。各患者のNST介入直後から終了時へのSPI値の推移を示すグラフを図3に示す。
【0063】
図3の結果から、カットオフ値を15に設定することで、高い精度で予後の予測を行なえることがわかる。
【0064】
(実施例3)
男性33名(年齢分布71.4±9.8歳)および女性13名(年齢分布70.2±10.3歳)について、NST介入直後および終了時のHct、BUN、ALB、Znを測定し上記式(2)からSPI値を求めた。得られた結果における改善群と非改善群のリスク比、オッズ比を示す。リスク比とは、ある群におけるイベント発生率と、他群におけるイベント発生率の比をいう。リスク比が1以上になるとその危険因子によりその結果が起きやすいことを意味し、1未満であれば逆にその危険因子があるとその結果が起きにくい事を意味する。また、オッズ比とは、ある事象または命題に対して、pをその確率としたときのp/(1‐p)の値をいう。本発明においては、全症例に対する改善群の比率をpとして代入した上式の値を改善群と非改善群のオッズ比とした。
【0065】
【表2】

【0066】
【表3】

【0067】
表2、3の結果から、本発明の予後予測方法が高い精度を有するものであることがわかる。
【0068】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【図面の簡単な説明】
【0069】
【図1】本発明において重回帰分析結果について作成したROC曲線を示すグラフである。
【図2】実施例1における各患者のNST介入直後から終了時へのSPI値の推移を示すグラフである。
【図3】実施例2における各患者のNST介入直後から終了時へのSPI値の推移を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
栄養管理を実施した患者の予後の健康状態改善度合を予測する方法であって、
(A)栄養管理の開始時に患者の生化学検査値であるヘマトクリット、血中尿素窒素濃度、血中アルブミン濃度および血中亜鉛濃度を測定し、
(B)測定した各生化学検査値をそれぞれ下記式(1)に代入することによりSPI(簡易予後指数)値を算出し、
(C)得られたSPI値があらかじめ設定した基準値以上である場合は予後に患者が改善状態となり、該基準値未満である場合は予後に患者が非改善状態となると予測する、
患者の予後健康状態改善度合の予測方法。
SPI=a0+a1×Hct+a2×BUN+a3×ALB+a4×Zn (1)
(式(1)において、Hctはヘマトクリット、BUNは血中尿素窒素濃度、ALBは血中アルブミン濃度、Znは血中亜鉛濃度を示す。また、a0、a1、a2、a3およびa4は、あらかじめ複数の患者について測定した栄養管理開始時のヘマトクリット、血中尿素窒素濃度、血中アルブミン濃度および血中亜鉛濃度を説明変数とし、該患者の栄養管理終了時の健康状態改善度合を数値化したものを目的変数とした線形重回帰分析を行うことにより求めた偏回帰係数である。)
【請求項2】
前記式(1)におけるHct(ヘマトクリット)の単位が%、BUN(血中尿素窒素濃)の単位が(mg/dL)、ALB(血中アルブミン濃度)の単位がg/dL、Zn(血中亜鉛濃度)の単位がμg/dLである、請求項1に記載の予測方法。
【請求項3】
前記式(1)が下記式(2)である、請求項2に記載の予測方法。
SPI=0.27×Hct−0.04×BUN+1.95×ALB+0.1×Zn−1.94 (2)
(式(1)において、Hctはヘマトクリット(%)、BUNは血中尿素窒素濃度(mg/dL)、ALBは血中アルブミン濃度(g/dL)、Znは血中亜鉛濃度(μg/dL)を示す。)
【請求項4】
前記基準値が15である、請求項3に記載の予測方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−54353(P2010−54353A)
【公開日】平成22年3月11日(2010.3.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−219867(P2008−219867)
【出願日】平成20年8月28日(2008.8.28)
【出願人】(508261345)
【出願人】(000135036)ニプロ株式会社 (583)
【Fターム(参考)】