説明

感熱応答性ポリマーを用いた微小物操作のためのプローブ型装置

【課題】簡便かつ低コストで作製でき、細胞等を柔らかく把持し、操作後には容易に放すことを可能とするプローブ型装置を提供する。
【解決手段】ピペット1と、前記ピペット内部に先端まで配置された導線2、前記ピペットの外周を導体の薄膜3で覆い、前記導線と前記動態の薄膜との間に電圧を印加することにより、プローブ型装置先端部においてジュール熱を発生させ、このプローブ型装置を感熱応答性ポリマー溶液内に挿入することで、感熱応答性ポリマー溶液のゾル−ゲル相変化をプローブ型装置先端部で発生させる装置である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、感熱応答性ポリマーを用いて微小対象物を操作するプローブ型装置に関する。このプローブ型装置は先端部にマイクロヒータを有し、感熱応答性ポリマー溶液をこのマイクロヒータにより加熱することでプローブ型装置の先端部にゲルを発生させる。そのゲルを用いて操作対象を包み込むことで、微小対象物を把持し、また、容易に放すことができる。
【背景技術】
【0002】
細胞等マイクロスケールの対象を操作するためのデバイスは様々なものが提案されている。特許文献1では、ノズル内を負圧にすることで、細胞等の微小物体をノズルの先端に吸引し、ピックアップする装置が提案された。この方法では、操作対象がノズル先端に接触し、負圧によって吸引された状態になるため、操作対象が細胞等柔らかい場合に操作対象が変形するなど、損傷を受ける可能性がある。
【0003】
特許文献2では、誘電泳動を用いて細胞を操作針に細胞を着脱させる方法が提案された。この方法においても、細胞は操作針に直接接触することになるため、細胞への操作による損傷が問題となる可能性がある。また、電界の不均一さにより細胞を操作するため、近接した2つの細胞のうち一方のみを操作することが困難な場合が考えられる。
【0004】
特許文献3では、超音波振動子を用いた非接触マイクロマニピュレーション方法が提案された。この方法では、非接触での操作により操作対象への損傷を低減できるが、3次元でのマニピュレーションは困難である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005−210931号公報
【特許文献2】特開2009−268376号公報
【特許文献3】特開平11−104979号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
例えば、生物細胞などマイクロ・ナノスケールの微小対象物の操作では、表面力による影響が大きくなるため、把持した対象を放すことが困難な場合がある。また、細胞等へのダメージを避けるために、柔らかく対象物を把持することが求められている。特に、細胞を操作対象とする場合には、培養液の汚染を避けるため、ディスポーザブルに使用できる装置が求められる。そのため、より簡便かつ低コストで作製でき、細胞等を柔らかく把持し、容易に放すことを可能とするプローブ型装置を提供することが必要である。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは上記課題を解決すべく鋭意検討を重ねてきた結果、次なる構成の本発明に想到した。
本発明のプローブ型装置は、ピペットと、前記ピペットに収容された導線、前記ピペットの外周を覆う導体の薄膜、を備え、前記導線から前記導体の薄膜へと電圧を印加することによりプローブ型装置先端部の温度を上昇させる。このプローブ型装置を感熱応答性ポリマー溶液内に挿入することで、前記感熱応答性ポリマー溶液のゾル−ゲル相変化をプローブ型装置先端部で起こす。そのゲルにより対象物を包み込み、対象物の把持を可能とすると共に、印加電圧を切ることにより前記感熱応答性ポリマー溶液のゲルからゾルへの相変化を発生させ、操作した対象物を容易に放せることを特徴とする。
【0008】
本発明のプローブ型デバイスは、例えば、先端部直径が数十マイクロメートルの小型ヒータとすることができる。
【0009】
また、例えば、本発明のプローブ型デバイスを用いて感熱応答性ポリマー溶液を局所的に加熱することにより、感熱応答性ポリマー溶液をプローブ型装置先端部において局所的にゾル−ゲル相変化させることが可能である。
【0010】
前記ゾル−ゲル相変化の発生する領域は、本発明のプローブ型装置への電圧印加量を制御することにより、例えば、直径数十マイクロメートルから数百マイクロメートルの大きさで制御することができる。
【0011】
また、本発明のプローブ型装置は、例えば、プローブ表面を絶縁体で被覆されているものとすることができる。
【0012】
そのことにより、電流が溶液へと流れることを防ぐ効果がある。
【0013】
本発明のプローブ型デバイスは通常のピペットと導線、及びスパッタリングを用いることによって簡便、短時間かつ低コストでの作製が可能であり、ディスポーザブルに使用が可能である。
【0014】
また、本発明のプローブ型デバイスを用いることにより、感熱応答性ポリマー溶液を用いて細胞等を包み込み把持することが可能であり、培養環境と近い状態での細胞等の把持、操作が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】図1は本発明のプローブ型装置の構成の例である。
【図2】図2は本発明のプローブ型装置の作製方法の例である。(a)ピペット作製前の状態における概略断面図を示す。(b)導体の薄膜のコーティング前の状態における概略断面図を示す。(c)導体の薄膜のコーティング後の状態における概略断面図を示す。
【図3】図3は本発明のプローブ型装置の作製例である。(a)導体の薄膜のコーティング前のプローブの横からみた状態の写真を示す。(b)導体の薄膜のコーティング後のプローブの横からみた状態の写真を示す。(c)導体の薄膜のコーティング後のプローブ先端の状態の写真を示す。
【図4】図4は本発明のプローブ型装置による感熱応答性ポリマー溶液のゲル化実験時の構成を示す。
【図5】図5は本発明のプローブ型装置による感熱応答性ポリマー溶液のゲル化実験の実験結果を示す。(a)電圧印加前の状態を示す。(b)電圧印加後の状態を示す。
【図6】図6は本発明のプローブ型装置によるマイクロビーズの把持実験の実験結果を示す。(a)電圧印加前の状態を示す。(b)電圧印加後の状態を示す。
【図7】図7は本発明のプローブ型装置によるマイクロビーズの操作実験の実験結果を示す。(a)操作開始前の状態を示す。(b)1つ目のマイクロビーズの操作後の状態を示す。(c)2つ目のマイクロビーズの操作後の状態を示す。(d)3つ目のマイクロビーズの操作後の状態を示す。(e)4つ目のマイクロビーズの操作後の状態を示す。(f)実験により組み立てたマイクロビーズの構造体の拡大写真を示す。
【図8】図8はピペットが内部に隔壁を有する場合の本発明のプローブ型デバイスの構成例を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
この発明のプローブ型装置の構成を図1に示す。
【0017】
プローブ型装置は、図1に示すようにピペット(1)、導線(2)、及び導体の薄膜(3)とから構成される。
【0018】
図2(a)に示すように、導線(2)はピペット(1)作製前のガラス管(4)内に予め挿入されており、このガラス管(4)をプーラーによって加熱しながら引っ張ることにより、図2(b)、及び図3(a)に示すようにピペット(1)の先端まで導線(2)が挿入されたプローブが作製される。このプローブの周りに図2(c)、図3(b)及び(c)に示すように導体の薄膜(3)をコーティングすることにより、ピペット(1)内の導線(2)とピペット(1)外周の導体の薄膜(3)がプローブ先端部において接続された構造となり、これにより本発明のプローブ型装置(5)が作製される。下記の実験実施例では、導線(2)は直径80μmのものを用い、金をピペット(1)表面にスパッタリングすることで導体の薄膜(3)を作製した。
【0019】
上記のように作製した本発明のプローブ型装置(5)を用いた感熱応答性ポリマー溶液のゲル化実験について説明をする。まず、本発明のプローブ型装置(5)の導線(2)と導体の薄膜(3)をそれぞれ電源に接続する。さらに、本発明のプローブ型装置(5)の先端部を感熱応答性ポリマー溶液(6)で満たした液槽内に挿入する。図4に実験時の構成を示す。
【0020】
この実験では感熱応答性ポリマー溶液(6)として10wt%のN−ポリイソピルアクリルアミド(PNIPAAm)を用いた。ここで、10wt%PNIPAAmは32℃以上でゲル化、32℃以下でゾル化する可逆性のゾル−ゲル相変化を示す。また、印加電圧は1Vとした。
【0021】
図5に示すように、電圧印加と共にプローブ型装置(5)の先端部にゲルへと相変化した感熱応答性ポリマー溶液(7)が発生した。また、印加電圧を切ると発生したゲル(7)は再びゾル状態となり、数秒以内に電圧印加前と同じ状態に戻った。
【0022】
本発明のプローブ型装置(5)によるマイクロビーズ(8)の操作実験を行った。本実験では図4の感熱応答性ポリマー溶液(6)で満たされた液槽中に直径50μmのマイクロビーズ(8)を分散させ行った。
【0023】
図6に実験結果を示す。このように、本発明のプローブ型装置(5)の先端部に発生したゲル(7)によってマイクロビーズ(8)を把持することが可能であることが確認された。また、本発明のプローブ型装置(5)への印加電圧を切ることにより、把持したマイクロビーズ(8)をプローブ型デバイス(5)から放すことも可能であることを確認した。
【0024】
さらに、マイクロビーズ(8)の把持し、移動させ、放すことを連続的に行うことにより、複数のマイクロビーズ(8)による構造体を作製する実験を行った。図7に実験結果を示す。このように、本発明のプローブ型装置(5)を用いることにより、3つのマイクロビーズ(8)で三角形の台座を作製し、その上にマイクロビーズ(8)を1つ乗せた三次元のマイクロ構造体を作製可能であることを示し、本発明のプローブ型装置(5)がマイクロスケールの対象物を操作する際に有効であることを確認した。
【0025】
尚、本発明は前記実施形態に何ら限定されるものではなく、本発明を逸脱しない範囲において種々の態様で実施しうることはいうまでもない。
【0026】
例えば、ピペット(1)は、前記実施形態で用いたものの代わりに、図8に示すように中央に隔壁があるものであってもよい。この場合、ピペット(1)の2つの穴のうち一方に導線(2)を挿入し、他方には感熱応答性ポリマー溶液(6)を入れることにより、プローブ先端でゲル化させる感熱応答性ポリマー溶液(6)を本発明のプローブ型装置(5)内部から供給し、本発明のプローブ型装置(5)の先端部においてゲル状態の感熱応答性ポリマー溶液(7)を発生させることができる。これにより、液中だけではなく、空気中を含むガス雰囲気中においても対象を把持し、移動させ、放すことができる。
【符号の説明】
【0027】
1 ピペット
2 導線
3 導体の薄膜
4 ガラス管
5 本発明のプローブ型装置
6 感熱応答性ポリマー溶液
7 ゲル状態の感熱応答性ポリマー溶液
8 マイクロビーズ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ピペットと、
前記ピペット内部に配置された導線、前記ピペットの外周を覆う導体の薄膜、
を備え、
前記導線と前記導体の薄膜との間に電圧を印加することにより、プローブ型装置先端部において熱を発生させることを特徴とするプローブ型装置。
【請求項2】
前記導線と前記導体の薄膜が前記ピペットの先端部で接続され、電圧印加により前記ピペットの先端部の温度を上昇させる請求項1に記載のプローブ型装置。
【請求項3】
感熱応答性ポリマー溶液のゾル−ゲル相変化を前記プローブ型装置先端部で起こし、そのゲルを用いて対象物を包み込むことで把持し、また、把持した対象物を放すことが可能なことを特徴とする請求項1又は2記載のプローブ型装置。
【請求項4】
前記プローブ型装置先端部に発生する、前記感熱応答性ポリマー溶液のゲルの体積を、前記プローブ型装置への印加電圧を変えることにより制御可能なことを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のプローブ型装置。
【請求項5】
前記プローブ型装置先端部に発生する、前記感熱応答性ポリマー溶液のゲルにより、生体組織及びタンパク質やDNAを含む生体材料、マイクロ・ナノビーズやマイクロ・ナノワイヤを含むマイクロ・ナノメートルスケールの構造物及び材料を把持し、任意の場所に放すことができることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載のプローブ型装置。
【請求項6】
液中、及び空気中を含むガス雰囲気中において、前記プローブ型装置先端部に発生する感熱応答性ポリマー溶液のゲルを用いて対象物を包み込むことで把持し、把持した対象物を放すことが可能なことを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載のプローブ型装置。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項に記載のプローブ型装置と、
電源、
を備え、
電源の操作により前記プローブ型装置先端部に発生する感熱応答性ポリマー溶液のゲルの体積を制御可能なことを特徴とするプローブ型装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−100637(P2012−100637A)
【公開日】平成24年5月31日(2012.5.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−261750(P2010−261750)
【出願日】平成22年11月5日(2010.11.5)
【出願人】(591240157)
【出願人】(506276099)
【出願人】(510310749)
【出願人】(509281874)
【Fターム(参考)】