説明

抗インフルエンザウイルス剤、及びその有効成分の製造方法

【課題】優れた抗インフルエンザウイルス活性を有し、かつ、実用化の可能性の高い、新たな抗インフルエンザウイルス剤、及び、前記抗インフルエンザウイルス剤の有効成分の製造方法を提供すること。
【解決手段】哺乳動物の初乳由来のタンパク質画分を有効成分として含有する抗インフルエンザウイルス剤、及び、哺乳動物の初乳又は哺乳動物の初乳由来の原料をクロロホルム/メタノール混合溶液で抽出することにより得られたオリゴ糖画分を、ゲルろ過クロマトグラフィーにより分画してタンパク質画分を得る工程を少なくとも含む抗インフルエンザウイルス活性を有する哺乳動物の初乳由来のタンパク質画分の製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、優れた抗インフルエンザウイルス活性を有する抗インフルエンザウイルス剤、及び、その有効成分の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、インフルエンザの予防又は治療方法としては、ワクチンの予防接種や、インフルエンザ薬として使用認可されているアマンタジン塩酸塩(商品名:シンメトレル、ノバルティスファーマ株式会社)、オセルタミビル(商品名:タミフル、中外製薬株式会社)及びザナミビル(商品名:リレンザ、グラクソ・スミスクライン株式会社)の投与が主である。しかしながら、これらの予防又は治療方法には、それぞれ一長一短があることが知られている。例えば、ワクチンは、ワクチンの接種により産生されたIgAが、呼吸器系の粘液中に分泌されることにより、ウイルスの細胞への付着を防ぐことができるが、タイプの異なる新型ウイルスに対しては無力であることが知られている。さらに、強毒株と呼ばれるインフルエンザウイルスは、培養中に鶏卵内の細胞を死滅させるため、ワクチンの作製も困難である。また、アマンタジン塩酸塩(シンメトレル)は、インフルエンザウイルスのM2タンパク質のイオンチャンネル作用を阻害し、標的細胞に侵入した後のインフルエンザウイルスの脱殻を抑制することができるが、M2タンパク質の無いB型、C型ウイルスに対する効果はなく、強い副作用や耐性菌の発現が問題とされている。また、オセルタミビル(タミフル)、ザナミビル(リレンザ)は、インフルエンザウイルスのエンベロープに存在するスパイクタンパク質の1つであるノイラミニダーゼ(NA)の作用を阻害し、複製されたインフルエンザウイルスが感染した標的細胞から遊離して他の細胞に感染を広げることを抑制することができるが、その効果の発現のためには、感染初期の服用が必須とされ、また、近年、若年者に対する副作用が問題となっている。
【0003】
前記したような従来のワクチンやインフルエンザ薬の問題点を克服するため、新たなインフルエンザの予防又は治療方法の研究開発が広く行われており、例えば、インフルエンザウイルス受容体の被認識部位を含む糖鎖を持つスフィンゴ糖脂質(例えばガングリオシド類)を有効成分とした、抗インフルエンザウイルス剤などが報告されている(特許文献1参照)。しかしながら、前記特許文献1に開示された抗インフルエンザウイルス剤は未だ実用化には至っておらず、また、前記特許文献1で抗インフルエンザウイルス剤の有効成分として開示されているガングリオシド類は、ミンククジラの脳やヒト赤血球といった原料から抽出されたものであり、インフルエンザ薬としての実用化には有効成分の大量調製が望まれる点を鑑みると、やや困難があるものと考えられる。
【0004】
インフルエンザの流行は大きな問題であり、現在使用されているアマンタジン塩酸塩(シンメトレル)、オセルタミビル(タミフル)及びザナミビル(リレンザ)などの既存薬も、前記したようにそれぞれ副作用などの欠点を有していることから、優れた抗インフルエンザウイルス活性を有し、かつ、実用化の可能性の高い新たなインフルエンザ薬について、早急な研究開発が望まれているのが現状である。
【0005】
【特許文献1】特開2001−233773号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、前記従来における諸問題を解決し、以下の目的を達成することを課題とする。即ち、本発明は、優れた抗インフルエンザウイルス活性を有し、かつ、実用化の可能性の高い、新たな抗インフルエンザウイルス剤、及び、前記抗インフルエンザウイルス剤の有効成分の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記課題を解決するため、本発明者らは鋭意検討した結果、以下のような知見を得た。即ち、哺乳動物(例えば、ウシ)の初乳由来のタンパク質画分が、既存薬のオセルタミビル(タミフル)、アマンタジン塩酸塩(シンメトレル)及びザナミビル(リレンザ)に匹敵する強い抗インフルエンザウイルス活性を有するという知見である。前記タンパク質画分は、精製度を高めても強い抗インフルエンザウイルス活性を示した(実施例1参照、後述)。また、前記タンパク質画分は、既存薬のオセルタミビル(タミフル)と併用することで、更に強い抗インフルエンザウイルス活性を示した(実施例2参照、後述)。また、前記タンパク質画分は、インフルエンザウイルスの感染後、早期に作用させることで、特に強い抗インフルエンザウイルス活性を示した(実施例3〜4参照、後述)。
前記哺乳動物の初乳由来のタンパク質画分中に存在すると考えられる、抗インフルエンザウイルス活性を発揮する物質の詳細については不明であるが、前記哺乳動物の初乳由来のタンパク質画分が、このような優れた作用を有し、抗インフルエンザウイルス剤の有効成分として有用であることは、従来には全く知られておらず、本発明者らによる新たな知見である。
【0008】
本発明は、本発明者らによる前記知見に基づくものであり、前記課題を解決するための手段としては、以下の通りである。即ち、
<1> 哺乳動物の初乳由来のタンパク質画分を有効成分として含有することを特徴とする抗インフルエンザウイルス剤である。
<2> 哺乳動物の初乳由来のタンパク質画分の、SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動による分子量が4〜40kDaの範囲内である前記<1>に記載の抗インフルエンザウイルス剤である。
<3> 哺乳動物の初乳由来のタンパク質画分の、ポリアクリルアミドゲル等電点電気泳動による等電点がpI3.5〜5の範囲内である前記<1>から<2>のいずれかに記載の抗インフルエンザウイルス剤である。
<4> 哺乳動物の初乳由来のタンパク質画分が、哺乳動物の初乳又は哺乳動物の初乳由来の原料をクロロホルム/メタノール混合溶液で抽出することにより得られたオリゴ糖画分に含まれるタンパク質画分である前記<1>から<3>のいずれかに記載の抗インフルエンザウイルス剤である。
<5> 哺乳動物の初乳由来のタンパク質画分が、哺乳動物の初乳又は哺乳動物の初乳由来の原料をクロロホルム/メタノール混合溶液で抽出することにより得られたオリゴ糖画分を、ゲルろ過クロマトグラフィーにより分画して得られるタンパク質画分である前記<1>から<4>のいずれかに記載の抗インフルエンザウイルス剤である。
<6> 哺乳動物の初乳由来のタンパク質画分が、哺乳動物の初乳又は哺乳動物の初乳由来の原料をクロロホルム/メタノール混合溶液で抽出することにより得られたオリゴ糖画分を、ゲルろ過クロマトグラフィーにより分画し、得られたタンパク質画分を、更に、限外ろ過により分画して得られる分子量5〜100kDaのタンパク質画分である前記<1>から<5>のいずれかに記載の抗インフルエンザウイルス剤である。
<7> 哺乳動物の初乳由来のタンパク質画分が、哺乳動物の初乳又は哺乳動物の初乳由来の原料をクロロホルム/メタノール混合溶液で抽出することにより得られたオリゴ糖画分を、ゲルろ過クロマトグラフィーにより分画し、得られたタンパク質画分を、更に、限外ろ過により分画し、得られた分子量5〜100kDaのタンパク質画分を、更に、陰イオン交換クロマトグラフィー及び/又はゲルろ過クロマトグラフィーにより精製して得られる精製タンパク質画分である前記<1>から<6>のいずれかに記載の抗インフルエンザウイルス剤である。
<8> 哺乳動物がウシである前記<1>から<7>のいずれかに記載の抗インフルエンザウイルス剤である。
<9> 哺乳動物の初乳由来のタンパク質画分と、オセルタミビルとを組み合わせてなる前記<1>から<8>のいずれかに記載の抗インフルエンザウイルス剤である。
<10> インフルエンザウイルスに感染した個体の治療に用いられる前記<1>から<9>のいずれかに記載の抗インフルエンザウイルス剤である。
<11> 哺乳動物の初乳又は哺乳動物の初乳由来の原料をクロロホルム/メタノール混合溶液で抽出することにより得られたオリゴ糖画分を、ゲルろ過クロマトグラフィーにより分画してタンパク質画分を得る工程を含むことを特徴とする抗インフルエンザウイルス活性を有する哺乳動物の初乳由来のタンパク質画分の製造方法である。
<12> 哺乳動物の初乳又は哺乳動物の初乳由来の原料をクロロホルム/メタノール混合溶液で抽出することにより得られたオリゴ糖画分を、ゲルろ過クロマトグラフィーにより分画してタンパク質画分を得る工程;及び、前記工程で得られたタンパク質画分を、更に、限外ろ過により分画して分子量5〜100kDaのタンパク質画分を得る工程;を含む前記<11>に記載の抗インフルエンザウイルス活性を有する哺乳動物の初乳由来のタンパク質画分の製造方法である。
<13> 哺乳動物の初乳又は哺乳動物の初乳由来の原料をクロロホルム/メタノール混合溶液で抽出することにより得られたオリゴ糖画分を、ゲルろ過クロマトグラフィーにより分画してタンパク質画分を得る工程;前記工程で得られたタンパク質画分を、更に、限外ろ過により分画して分子量5〜100kDaのタンパク質画分を得る工程;及び、前記工程で得られた分子量5〜100kDaのタンパク質画分を、更に、陰イオン交換クロマトグラフィー及び/又はゲルろ過クロマトグラフィーにより精製して精製タンパク質画分を得る工程;を含む前記<11>から<12>のいずれかに記載の抗インフルエンザウイルス活性を有する哺乳動物の初乳由来のタンパク質画分の製造方法である。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、前記従来における諸問題を解決し、前記目的を達成することができ、優れた抗インフルエンザウイルス活性を有し、かつ、実用化の可能性の高い、新たな抗インフルエンザウイルス剤、及び、前記抗インフルエンザウイルス剤の有効成分の製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
(抗インフルエンザウイルス剤)
本発明の抗インフルエンザウイルス剤は、哺乳動物の初乳由来のタンパク質画分を有効成分として含有し、必要に応じて更にその他の成分を含有してなる。
【0011】
<哺乳動物の初乳由来のタンパク質画分>
−哺乳動物の初乳−
前記哺乳動物の初乳由来のタンパク質画分を得るための原料としては、哺乳動物の初乳が用いられる。
前記初乳とは、哺乳動物から出産後数日間に分泌される乳汁をいい、初乳には、その後に分泌される乳汁に比べ、乳仔の成長に必要な栄養素成分が多く含まれていることが知られている。前記哺乳動物としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、ヒト、サル、ブタ、ウシ、ヒツジ、ヤギ、イヌ、ネコ、マウス、ラットなどが挙げられるが、これらの中でも、ウシが特に好ましい。また、前記哺乳動物がウシである場合、前記初乳としては、出産後1〜4日間に分泌される乳汁を用いることが好ましい。
なお、前記哺乳動物の初乳由来のタンパク質画分を得るための原料としては、前記哺乳動物の初乳そのもの(原液)を使用してもよいし、前記哺乳動物の初乳を適宜加工(例えば、濃縮、希釈等)したものを使用してもよい。
【0012】
−タンパク質画分−
前記タンパク質画分としては、前記哺乳動物の初乳又は哺乳動物の初乳由来の原料から、例えば抽出等の操作を経て得ることのできるタンパク質(ペプチド)を含む画分であり、かつ、抗インフルエンザウイルス活性を有するものであれば、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
前記タンパク質画分の分子量としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS−PAGE)による分子量として、4〜40kDaの範囲内であることが好ましい。
また、前記タンパク質画分の等電点としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、ポリアクリルアミドゲル等電点電気泳動による等電点として、pI3.5〜5の範囲内であることが好ましい。
【0013】
−タンパク質画分の調製−
前記タンパク質画分の調製方法としては、前記哺乳動物の初乳又は哺乳動物の初乳由来の原料から、抗インフルエンザウイルス活性を有するタンパク質画分を得ることのできる方法であれば、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、例えば、以下の(I)〜(III)の工程を経て調製することができる。
【0014】
−−工程(I)−−
工程(I)では、前記哺乳動物の初乳又は哺乳動物の初乳由来の原料からクロロホルム/メタノール抽出によりオリゴ糖画分を得、得られたオリゴ糖画分をゲルろ過クロマトグラフィーにより分画することにより、哺乳動物の初乳由来のタンパク質画分を得ることができる。工程(I)は、具体的には、例えば後述する実施例に記載の方法に従い行うことができる。
【0015】
前記クロロホルム/メタノール抽出に用いるクロロホルム/メタノール混合溶液としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、例えば、体積比で、クロロホルム:メタノール=2:1〜1:3の混合溶液を用いることが好ましい。
前記クロロホルム/メタノール抽出における前記クロロホルム/メタノール混合溶液の使用量としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、例えば、前記哺乳動物の初乳又は哺乳動物の初乳由来の原料に対する量として、体積比で、2〜5倍量の混合溶液を用いることが好ましい。
前記クロロホルム/メタノール抽出時の温度としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、例えば、25〜35℃が好ましい。
なお、前記クロロホルム/メタノール抽出により得られた抽出液は、ロータリーエバポレーター等を用い、メタノールを除去した後に、凍結乾燥により水分を除去することが好ましい。
【0016】
前記ゲルろ過クロマトグラフィーに用いるカラムとしては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、Bio Gel P−2カラム(バイオ・ラッド社)、Bio Gel P−4カラム(バイオ・ラッド社)、Sephadex G−10カラム(GE ヘルスケアバイオサイエンス社(旧ファルマシア))などが挙げられ、これらの中でも、Bio Gel P−2カラム(バイオ・ラッド社)が好ましい。
前記ゲルろ過クロマトグラフィーに用いる溶離液としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、水、リン酸緩衝液、トリス−塩酸緩衝液などが挙げられ、これらの中でも、水が好ましい。
【0017】
−−工程(II)−−
工程(II)では、前記工程(I)で得られたタンパク質画分を、限外ろ過により分画することにより、分子量5〜100kDaのタンパク質画分を得ることができる。工程(II)は、具体的には、例えば後述する実施例に記載の方法に従い行うことができる。
【0018】
前記限外ろ過に用いる限外ろ過膜としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、アミコン ウルトラ(ミリポア社)、ウルトラフィルター(アドバンテック東洋社)などが挙げられ、これらの中でも、アミコン ウルトラ(ミリポア社)が好ましい。
限外ろ過は、例えば遠心法により行うことができ、分画分子量100kDaで分画した後に、5kDaで分画することにより、分子量5〜100kDaのタンパク質画分(限外ろ過画分)を得ることができる。なお、前記限外ろ過後の画分であっても、分子量5kDa未満(例えば4kDa程度)の成分や、分子量100kDaを超える(例えば110kDa程度)成分を多少含み得るものであり、そのため、前記限外ろ過画分は、厳密に分子量5〜100kDaの範囲内の成分のみを含むものでなくともよい。
【0019】
−−工程(III)−−
工程(III)では、前記工程(II)で得られた分子量5〜100kDaのタンパク質画分を、陰イオン交換クロマトグラフィー及び/又はゲルろ過クロマトグラフィーにより精製して精製タンパク質画分を得ることができる。工程(III)は、具体的には、例えば後述する実施例に記載の方法に従い行うことができる。
【0020】
前記陰イオン交換クロマトグラフィーに用いるカラムとしては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、Q−Sepharose FFカラム(GE ヘルスケア バイオサイエンス社)、DEAE−Sephadex A−50カラム(GE ヘルスケア バイオサイエンス社)などが挙げられ、これらの中でも、Q−Sepharose FFカラム(GE ヘルスケア バイオサイエンス社)が好ましい。
前記陰イオン交換クロマトグラフィーに用いる溶離液としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、中でも、水、酢酸ナトリウム水溶液が好ましい。例えば、水で素通りする成分が溶出した後に酢酸ナトリウム水溶液0〜0.7Mの濃度勾配で溶出し、最後の1Mで押し出しを行うことにより、溶出を行うことができる。
【0021】
前記ゲルろ過クロマトグラフィーに用いるカラムとしては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、Sephadex G−75カラム(GE ヘルスケア バイオサイエンス社)、Sephadex G−50カラム(GE ヘルスケア バイオサイエンス社)、Bio Gel P−60カラム(バイオ・ラッド社)などが挙げられ、これらの中でも、Sephadex G−75カラム(GE ヘルスケア バイオサイエンス社)、Sephadex G−50カラム(GE ヘルスケア バイオサイエンス社)が好ましい。
前記ゲルろ過クロマトグラフィーに用いる溶離液としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、水、リン酸緩衝液、トリス−塩酸緩衝液などが挙げられ、これらの中でも、水が好ましい。
【0022】
以上のようにして、前記抗インフルエンザウイルス剤の有効成分である哺乳動物の初乳由来のタンパク質画分を得ることができる。
前記工程(I)後に得られるタンパク質画分、前記工程(II)後に得られるタンパク質画分、前記工程(III)後に得られるタンパク質画分はいずれも、抗インフルエンザウイルス活性を有する画分である限り、前記抗インフルエンザウイルス剤における有効成分として好適に利用可能である。また、前記哺乳動物の初乳由来のタンパク質画分は、前記工程(I)〜(III)により得られるものに限定されず、抗インフルエンザウイルス活性を有するものである限り、どのような調製方法により得られたものであってもよい。また、前記タンパク質画分には、前記各タンパク質画分を適宜加工したもの(例えば、前記各タンパク質画分の希釈液若しくは濃縮液、前記各タンパク質画分の乾燥物など)も含まれる。なお、前記各タンパク質画分の抗インフルエンザウイルス活性は、例えば、後述の実施例に記載の[抗インフルエンザウイルス活性の評価方法]に従い、確認することができる。
【0023】
また、前記哺乳動物の初乳由来のタンパク質画分は、1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
前記抗インフルエンザウイルス剤中の、前記哺乳動物の初乳由来のタンパク質画分の含有量は、特に制限はなく、例えば、剤型の種類や、個体への投与量、所望の効果の程度等に応じて、適宜選択することができる。また、前記抗インフルエンザウイルス剤は、前記哺乳動物の初乳由来のタンパク質画分そのものであってもよい。
【0024】
<既存薬との併用>
また、前記抗インフルエンザウイルス剤は、前記哺乳動物の初乳由来のタンパク質画分と、既存のインフルエンザ薬とを組み合わせて(併用して)なるものであってもよい。前記抗インフルエンザウイルス剤が、前記哺乳動物の初乳由来のタンパク質画分と、既存のインフルエンザ薬とを組み合わせてなるものであると、より抗インフルエンザウイルス活性を高めることができる点で、有利である。
前記既存のインフルエンザ薬としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、例えば、オセルタミビル(商品名:タミフル、中外製薬株式会社)が好ましい。
【0025】
前記抗インフルエンザウイルス剤が、前記哺乳動物の初乳由来のタンパク質画分と、前記オセルタミビルとを組み合わせてなるものである場合、前記抗インフルエンザウイルス剤中の、前記哺乳動物の初乳由来のタンパク質画分と、前記オセルタミビルとの含有量比としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、質量比で、前記哺乳動物の初乳由来のタンパク質画分:前記オセルタミビル=10:1〜1:10が好ましく、2:1〜1:2がより好ましい。
【0026】
なお、前記抗インフルエンザウイルス剤が、前記哺乳動物の初乳由来のタンパク質画分と、前記オセルタミビルとを組み合わせてなる場合、前記抗インフルエンザウイルス剤としては、前記哺乳動物の初乳由来のタンパク質画分と、前記オセルタミビルとが混合された配合剤の状態であってもよいし、また、前記哺乳動物の初乳由来のタンパク質画分を含有する薬剤と、前記オセルタミビルを含有する薬剤とを含む(前記2種の成分が混合されていない)、キットの状態であってもよい。
【0027】
<その他の成分>
前記抗インフルエンザウイルス剤に含有され得る、前記哺乳動物の初乳由来のタンパク質画分、前記既存のインフルエンザ薬以外のその他の成分としては、特に制限はなく、本発明の効果を損なわない範囲内で、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、薬学的に許容され得る担体などが挙げられる。前記薬学的に許容され得る担体としても、特に制限はなく、前記抗インフルエンザウイルス剤の剤型などに応じて、適宜選択することができる。
また、前記その他の成分の含有量としても、特に制限はなく、例えば、前記抗インフルエンザウイルス剤における前記哺乳動物の初乳由来のタンパク質画分の含有量が所望の範囲内となるように、目的に応じて適宜選択することができる。
【0028】
<剤型>
前記抗インフルエンザウイルス剤の剤型としては、特に制限はなく、例えば、前記抗インフルエンザウイルス剤の投与方法などに応じて適宜選択することができ、例えば、経口固形剤、経口液剤、注射剤、点鼻剤、吸入散剤などが挙げられる。また、前記抗インフルエンザウイルス剤は、医薬品、医薬部外品、食品などの区分に制限されるものではなく、これらのいずれにも適用が可能である。
【0029】
−経口固形剤−
前記経口固形剤としては、例えば、錠剤、被覆錠剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤などが挙げられる。
前記経口固形剤の製造方法としては、特に制限はなく、常法を使用することができ、例えば、前記哺乳動物の初乳由来のタンパク質画分に、賦形剤、及び必要に応じて各種添加剤を加えることにより、製造することができる。ここで、前記賦形剤としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、乳糖、白糖、塩化ナトリウム、ブドウ糖、デンプン、炭酸カルシウム、カオリン、微結晶セルロース、珪酸などが挙げられる。また、前記添加剤としても、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、着色剤、矯味/矯臭剤などが挙げられる。
【0030】
前記結合剤としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、水、エタノール、プロパノール、単シロップ、ブドウ糖液、デンプン液、ゼラチン液、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルスターチ、メチルセルロース、エチルセルロース、シェラック、リン酸カルシウム、ポリビニルピロリドンなどが挙げられる。
前記崩壊剤としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、乾燥デンプン、アルギン酸ナトリウム、カンテン末、炭酸水素ナトリウム、炭酸カルシウム、ラウリル硫酸ナトリウム、ステアリン酸モノグリセリド、乳糖などが挙げられる。
前記滑沢剤としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、精製タルク、ステアリン酸塩、ホウ砂、ポリエチレングリコールなどが挙げられる。
前記着色剤としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、酸化チタン、酸化鉄などが挙げられる。
前記矯味/矯臭剤としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、白糖、橙皮、クエン酸、酒石酸などが挙げられる。
【0031】
−経口液剤−
前記経口液剤としては、例えば、内服液剤、シロップ剤、エリキシル剤などが挙げられる。
前記経口液剤の製造方法としては、特に制限はなく、常法を使用することができ、例えば、前記哺乳動物の初乳由来のタンパク質画分に添加剤を加えることにより、製造することができる。ここで、前記添加剤としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、矯味/矯臭剤、緩衝剤、安定化剤などが挙げられる。
【0032】
前記矯味/矯臭剤としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、白糖、橙皮、クエン酸、酒石酸などが挙げられる。
前記緩衝剤としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、クエン酸ナトリウムなどが挙げられる。
前記安定化剤としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、トラガント、アラビアゴム、ゼラチンなどが挙げられる。
【0033】
−注射剤−
前記注射剤としては、例えば、溶液、懸濁液、用事溶解用固形剤などが挙げられる。
前記注射剤の製造方法としては、特に制限はなく、常法を使用することができ、例えば、前記哺乳動物の初乳由来のタンパク質画分に、pH調節剤、緩衝剤、安定化剤、等張化剤、局所麻酔剤などを添加することにより、製造することができる。ここで、前記pH調節剤及び前記緩衝剤としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、クエン酸ナトリウム、酢酸ナトリウム、リン酸ナトリウムなどが挙げられる。また、前記安定化剤としても、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、ピロ亜硫酸ナトリウム、EDTA、チオグリコール酸、チオ乳酸などが挙げられる。前記等張化剤としても、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、塩化ナトリウム、ブドウ糖などが挙げられる。前記局所麻酔剤としても、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、塩酸プロカイン、塩酸リドカインなどが挙げられる。
【0034】
−点鼻剤−
前記点鼻剤としては、例えば、液剤、スプレー剤、軟膏剤などが挙げられる。
前記点鼻剤の製造方法としては、特に制限はなく、常法を使用することができ、例えば、前記哺乳動物の初乳由来のタンパク質画分に添加剤を加えることにより、製造することができる。ここで、前記添加剤としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、塩化ベンザルコニウム、クエン酸、D−ソルビトール、グリセリン、エデト酸ナトリウム、結晶セルロース、ポリソルベート80、ポリビニルアルコール、フェニルエチルアルコール、pH調節剤などが挙げられる。
【0035】
<投与>
前記抗インフルエンザウイルス剤の投与方法としては、特に制限はなく、例えば、前記抗インフルエンザウイルス剤の剤型などに応じて適宜選択することができ、経口又は非経口で投与することができる。
前記抗インフルエンザウイルス剤の投与量としても、特に制限はなく、投与対象個体の年齢、体重、体質、症状、他の薬剤の投与の有無など、様々な要因を考慮して適宜選択することができる。
前記抗インフルエンザウイルス剤の個体への投与時期にも、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、インフルエンザウイルスの感染前に予防的に投与してもよく、インフルエンザウイルスの感染後に治療的に投与してもよいが、中でも、インフルエンザウイルスの感染後に投与することが、より強い抗インフルエンザウイルス活性を得ることができる点で、有利である。前記抗インフルエンザウイルス剤は、インフルエンザウイルスが細胞に感染した後、増殖する過程で作用するものと考えられる。
【0036】
<対象>
前記抗インフルエンザウイルス剤の投与対象となる動物種としては、インフルエンザウイルスに感染する可能性のある動物種であれば特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、ヒト、トリ、サル、ブタ、ウシ、ヒツジ、ヤギ、イヌ、ネコ、マウス、ラットなどが挙げられる。
また、前記抗インフルエンザウイルス剤の適用対象となるインフルエンザウイルスの種類としても、特に制限されるものではなく、中でも、前記抗インフルエンザウイルス剤は、A型、B型のインフルエンザウイルスについて、高い増殖抑制効果が期待できる。
【0037】
(抗インフルエンザウイルス活性を有する哺乳動物の初乳由来のタンパク質画分の製造方法)
本発明の抗インフルエンザウイルス活性を有する哺乳動物の初乳由来のタンパク質画分の製造方法は、前記工程(I)を少なくとも含み、好ましくは更に前記工程(II)を含み、より好ましくは更に前記工程(III)を含むものである。前記工程(I)〜(III)の詳細は、前記した本発明の抗インフルエンザウイルス剤の項目に記載の通りであり、これらの工程により、抗インフルエンザウイルス活性を有する哺乳動物の初乳由来のタンパク質画分を効率的に得ることができる。得られた哺乳動物の初乳由来のタンパク質画分は、前記した本発明の抗インフルエンザウイルス剤の有効成分として、好適に利用可能である。
【0038】
[効果]
本発明の抗インフルエンザウイルス剤は、現在インフルエンザ薬として使用認可されているアマンタジン塩酸塩(シンメトレル)、オセルタミビル(タミフル)及びザナミビル(リレンザ)に匹敵する強い抗インフルエンザウイルス活性を有することから、新たなインフルエンザ薬として、臨床応用の可能性が期待されるものである。また、インフルエンザ薬としての実用化には有効成分の大量調製が望まれるが、前記抗インフルエンザウイルス剤の有効成分である前記哺乳動物の初乳由来のタンパク質画分は、例えば、ウシの初乳から比較的大量に調製が可能であると考えられ、実用化に向けて有利であると考えられる。また、前記哺乳動物の初乳由来のタンパク質画分は、天然由来の成分であり、安全性に優れる点でも、有利であると考えられる。
【実施例】
【0039】
以下に実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【0040】
(実施例1:ウシ初乳由来のタンパク質画分の調製、及び、各タンパク質画分の抗インフルエンザウイルス活性の確認)
実施例1におけるウシ初乳由来のタンパク質画分の調製方法の概要を、図1に示した。ウシ初乳からクロロホルム/メタノール混合溶液で抽出(CM抽出)することにより得られたオリゴ糖画分を、ゲルろ過クロマトグラフィーにより分画し、タンパク質(ペプチド)画分を得た(工程(I))。得られたタンパク質画分を、更に限外ろ過により分画し、分子量5〜100kDaのタンパク質画分を得た(工程(II))。得られた分子量5〜100kDaのタンパク質画分を、更に陰イオン交換クロマトグラフィー、及び/又は、ゲルろ過クロマトグラフィーにより精製した(工程(III))。前記各工程の詳細を下記に示す。なお、前記各工程で得られたタンパク質画分の抗インフルエンザウイルス活性は、後述する[抗インフルエンザウイルス活性の評価方法]に従い、確認した。
【0041】
<工程(I):ゲルろ過クロマトグラフィーによる分画、及び、工程(II):限外ろ過による分画>
まず、ウシ(ジャージー種)の初乳から、クロロホルム/メタノール(2:1、体積比)抽出により、オリゴ糖画分を得た。なお、前記抽出は25℃で行い、前記クロロホルム/メタノール混合溶液は、ウシの初乳に対し、体積比で4倍量使用した。抽出液は、ロータリーエバポレーターを用い、メタノールを除去した後に、凍結乾燥により水分を除去した。得られたウシ初乳由来のオリゴ糖画分を、Bio Gel P−2カラム(バイオ・ラッド社)を用いたゲルろ過クロマトグラフィーにより、溶離液として水を使用し、分画したところ、図2、及び、図3(左)に示すように各成分が分離されていた(図2、及び、図3(左)は、Bio Gel P−2カラムによる分離の様相を薄層クロマトグラフィー(TLC)で確認した図である)。TLC上、原点から移動しない成分を含む画分を、高画分1とした。その成分でガングリオシドと一緒に溶出する成分を含む画分を高画分2とし、それより遅れて溶出する成分を含む画分を低画分とした。
【0042】
得られた各タンパク質画分(図3中、高画分1、高画分2、低画分)について抗インフルエンザウイルス活性を確認したところ、いずれの画分にも抗インフルエンザウイルス活性が確認され、中でも、限外ろ過により得られた分子量5〜100kDaの高画分2に、既存薬のオセルタミビルよりも強い抗インフルエンザウイルス活性を有する物質が含まれていることが確認された(図3(右))。なお、前記高画分2の限外ろ過は遠心法により行った。限外ろ過膜としては、アミコン ウルトラ(ミリポア社)を用い、分画分子量100kDaで分画した後に、5kDaで分画した。以下、「高画分2」としては、この分子量5〜100kDaの限外ろ過画分を使用した。
更に、この高画分2をインフルエンザウイルスA型、B型の各株に作用させたところ、インフルエンザウイルスA型、B型のいずれに対しても抗インフルエンザウイルス活性を有することが確認された(図4)。また、この高画分2に含まれる抗インフルエンザウイルス活性を有する物質が、インフルエンザウイルスの増殖過程で作用することも確認された(図5)。
また、この高画分2をシアリダーゼ処理しても抗インフルエンザウイルス活性は維持されたことから、高画分2に含まれる抗インフルエンザウイルス活性を有する物質は、シアル酸含有糖鎖(例えば、特開2001−233773号公報参照)とは異なる物質であることも確認された(図6)。
【0043】
<工程(III):陰イオン交換クロマトグラフィー/ゲルろ過クロマトグラフィーによる精製>
次に、前記工程(I)及び工程(II)で得られたウシ初乳由来のタンパク質画分を更に精製するため、前記工程(I)及び工程(II)で得られた高画分(高2)を、更にQ−Sepharose FFカラム(GE ヘルスケア バイオサイエンス社)を用いた陰イオン交換クロマトグラフィーにより、溶離液として水、酢酸ナトリウム水溶液を使用し、分画した。水で素通りする成分が溶出した後に0.2M酢酸ナトリウム水溶液で溶出し、最後の0.5Mで押し出しを行なった。抗インフルエンザウイルス活性は、主に、素通り画分(Q1)と0.2M酢酸ナトリウム溶出画分(Q2)とに観察された。Q1、Q2の各ピーク画分をSephadex G−75(GE ヘルスケア バイオサイエンス社)、Sephadex G−50(GE ヘルスケア バイオサイエンス社)を用いたゲルろ過クロマトグラフィーにより、溶離液として水を使用し、更に分画したところ、強い抗インフルエンザウイルス活性を有するいくつかのタンパク質画分が検出された(図7〜8、「高分子1」、「高分子2」、「低分子1」、「低分子2」等)。
【0044】
<各タンパク質画分の確認>
前記で得られた各タンパク質画分(図7中の「高分子1」、図8中の「低分子1」)を、SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS−PAGE)により確認した(図9)。各タンパク質画分における主要成分のバンド(レーン1及び2)は、市販牛乳(常乳)を材料として同様の精製操作を経て得られた相当画分における主要成分のバンド(レーン3及び4)とは明らかに異なっていた。また、市販牛乳(常乳)由来の相当画分は、抗インフルエンザウイルス活性を有していなかった(図11)。
また、前記で得られた各タンパク質画分(図7中の「高分子1」、図8中の「低分子1」)を、二次元電気泳動(一次元目:ポリアクリルアミドゲル等電点電気泳動、二次元目:SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動)により確認した(図10)。各タンパク質画分中の成分は、市販牛乳(常乳)由来の相当画分中の成分とは明らかに異なるものであることが確認された。初乳由来の「高分子1」では少なくとも6成分、初乳由来の「低分子1」では少なくとも2成分のスポットが確認され、これらの中の少なくともいずれかの成分が抗インフルエンザウイルス活性成分であると考えられる。
なお、初乳由来の「高分子1」、「低分子1」の分子量はいずれも4〜40kDaであることが確認された。また、初乳由来の「高分子1」、「低分子1」の等電点はいずれもpI3.5〜5であることが確認された。(ここで、前記「高分子1」、「低分子1」はいずれも前記「高画分2」から精製した画分であり、二次元電気泳動の結果からは、双方の主要成分はいずれも、分子量約17,000、等電点pI3.5〜5という条件を満たしていた(図10)。しかしながら、前記「高分子1」、「低分子1」は、精製過程におけるゲルろ過(Sephadex G−75,G−50)操作では、明らかな高分子或いは低分子としての挙動を示しており、このような挙動をする理由の一つとして、会合体(2量体、3量体、4量体)形成が考えられた。そこで、二次元電気泳動やSDS−PAGEで確認されるマイナーな成分から、4,000〜40,000という分子量範囲が推定された。この分子量範囲は、Sephadex G−75,G−50の分画分子量範囲を考量しても矛盾のないものである。なお、主要バンドの分子量が約17,000となる理由としては、定かではないが、例えば、界面活性剤(SDSのような)存在の影響である可能性が考えられる。)
【0045】
前記で得られたウシ初乳由来の各タンパク質画分のインフルエンザウイルス阻害濃度(IC50)を図12に示す。ウシ初乳由来のタンパク質画分は、精製度を高めても、既存薬のオセルタミビル(タミフル)、ザナミビル(リレンザ)に匹敵する強い抗インフルエンザウイルス活性を有していることが確認された。
【0046】
以上、実施例1の結果から、前記したような調製方法により得られるウシ初乳由来のタンパク質画分は、いずれの精製段階においても、強い抗インフルエンザウイルス活性を有することが確認された。この抗インフルエンザウイルス活性は、同様の精製操作で得られた市販牛乳(常乳)由来のタンパク質画分からは見出せず(図11)、したがって、ウシ初乳由来のタンパク質画分中に存在する抗インフルエンザウイルス活性を示す物質は、精製操作で使用した試薬やクロマト担体由来のものではなく、ウシ初乳に特異的な成分であることが確認された。なお、本実施例1ではジャージー種の初乳由来のタンパク質画分について検討したが、ホルスタイン種の初乳由来のタンパク質画分についても同様な結果が確認できた(図13)。
【0047】
(実施例2:ウシ初乳由来のタンパク質画分とオセルタミビルとの相乗効果)
実施例1で得られたウシ初乳由来のタンパク質画分(「高分子1」、「低分子1」)と、既存薬であるオセルタミビル(商品名:タミフル、中外製薬株式会社)とを組み合わせて用いた場合の抗インフルエンザウイルス活性の相乗効果について検討した。
図14に示す各濃度で、実施例1で得られたウシ初乳由来のタンパク質画分(「高分子1」、「低分子1」)と、オセルタミビルとを組み合わせ、後述する[抗インフルエンザウイルス活性の評価方法]に従い、それぞれを組み合わせて用いた際の抗インフルエンザウイルス活性を評価した。
結果、ウシ初乳由来のタンパク質画分(「高分子1」、「低分子1」)と、既存薬であるオセルタミビルとを組み合わせて用いることで、抗インフルエンザウイルス活性を顕著に高めることができることが確認された(図14)。
【0048】
(実施例3:ウシ初乳由来のタンパク質画分の作用機構の検討1)
ノイラミニダーゼ阻害剤である既存薬のオセルタミビル(タミフル)及びザナミビル(リレンザ)はウイルスの宿主細胞からの出芽時に作用すること、また、M2イオンチャンネル阻害剤である既存薬のアマンタジン塩酸塩はウイルスの脱殻時に作用することを、in vitroの系で確認した(図15)。更に、限外ろ過素材(高画分2)の各溶出画分について、インフルエンザウイルス感染の生活環における作用を検討した結果、いずれの溶出画分もウイルスの宿主細胞からの出芽時に作用していることを確認した(図5)。そこで、実施例1で得られた精製度を高めたウシ初乳由来のタンパク質画分(「高分子1」、「低分子1」)が、インフルエンザウイルス感染の生活環におけるいずれの過程において作用するものであるかを検討した。
後述する[抗インフルエンザウイルス活性の評価方法]に記載の通り、インフルエンザウイルス(A/PR/8/34)をMDCK細胞に1時間感作させ、ウイルスを細胞に取り込ませることで感染が成立する。この感染時、若しくは感染後、又は、感染時及び感染後に、ウシ初乳由来のタンパク質画分(試料)を添加し、いずれの時期の添加によりウイルスを抑制する効果を発揮するかを調べた。図15中、「(+)・(−)」は感染時に試料添加、感染後に試料無添加とした群を示し、「(−)・(+)」は感染時に試料無添加、感染後に試料添加とした群を示し、「(+)・(+)」は感染時に試料添加、感染後にも試料添加とした群を示す。
結果、ウシ初乳由来のタンパク質画分は、感染後に添加することで、より強い抗インフルエンザウイルス活性を示すことが確認された(図15)。このことから、ウシ初乳由来のタンパク質画分は、インフルエンザウイルスが細胞に感染する過程ではなく、インフルエンザウイルスが細胞に感染した後の、増殖(脱殻以降)の過程において作用するものと考えられる。
【0049】
(実施例4:ウシ初乳由来のタンパク質画分の作用機構の検討2)
前記したように、既存薬のオセルタミビル(タミフル)及びザナミビル(リレンザ)は選択的ノイラミニダーゼ阻害剤であり、成熟ウイルスが感染細胞から遊離する、増殖の最後の過程に作用することが報告されている。前記実施例3の結果から、実施例1で得られたウシ初乳由来のタンパク質画分(「高分子1」、「低分子1」)は、インフルエンザウイルスの感染後に添加することで、より強い抗インフルエンザウイルス活性を示すことが確認されたことから、本実施例4では、更に、実施例1で得られたウシ初乳由来のタンパク質画分(「高分子1」、「低分子1」)の感染後の添加時間の変化が、抗インフルエンザウイルス活性に与える影響について検討した。
後述する[抗インフルエンザウイルス活性の評価方法]に従い、インフルエンザウイルス(A/PR/8/34)をMDCK細胞に1時間感作させてウイルスを細胞に感染させた後、図16に示すように感染後の各時間帯でウシ初乳由来のタンパク質画分(試料)を添加し、いずれの時期の添加によりウイルスを抑制する効果を発揮するかを調べた。図16中、「(−)・(+)」は感染時に試料無添加、感染後に試料添加としたことを示す。
結果、ウシ初乳由来のタンパク質画分は、感染後、早期に添加するほど、強い抗インフルエンザウイルス活性を示す傾向にあることが確認された(図16)。
オセルタミビルは、動物での薬効試験で感染後48時間〜60時間までの投与で効果があること、ザナミビルは、細胞での効果試験で感染後4時間までの投与ではウイルスを完全に抑制し、それ以降12時間までは効果が持続することが報告されていることを考慮すると、本発明におけるウシ初乳由来のタンパク質画分の作用機構は、オセルタミビル、ザナミビルと類似していることが考えられる。
【0050】
[抗インフルエンザウイルス活性の評価方法]
前記各実施例において、各タンパク質画分(被検試料)の抗インフルエンザウイルス活性は、プラック測定(PFU Assay)により評価した。マイクロプレート上で37℃、5%COの条件下で培養したMDCK細胞(イヌ腎上皮細胞)モノレーヤーに、10倍希釈法で調整したインフルエンザウイルス株を加え、1時間インキュベートして感染させた。感染後、感染に使用したウイルス液を除去し、被検試料を0.1〜100μg/mlの範囲で加えたアガロースをプレートに重層し、完全に凝固した後、3日間培養した。なお、実施例3で、感染時に被検試料を添加する場合には、被検試料を0.1〜100μg/mlの範囲で加えたウイルス液を用い、感染させた。また、実施例3では、感染時及び感染後の両段階で被検試料を添加する条件でも実施した(実施例1の図5に関しても同様)。なお、対照試料として、オセルタミビル(商品名:タミフル、中外製薬株式会社)、ザナミビル(商品名:リレンザ、グラクソ・スミスクライン株式会社)、アマンタジン(商品名:Amantadine hydrochloride SIGMA製)を適宜使用した。
被検試料(対照試料)無添加時の平均プラック数に対する、被検試料(対照試料)添加時の平均プラック数の割合を算出し、ウイルス抑制率(%)を求めた。なお、ウイルス抑制率(%)が50%を示す被検試料(対照試料)の濃度をIC50(μg/ml)とした。
ウイルス抑制率(%)=100−(被検試料(対照試料)添加時のプラック数/被検試料(対照試料)無添加時のプラック数)×100
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明の抗インフルエンザウイルス剤は、現在インフルエンザ薬として使用認可されているアマンタジン塩酸塩(シントメル)、オセルタミビル(タミフル)及びザナミビル(リレンザ)に匹敵する強い抗インフルエンザウイルス活性を有するものであり、新たなインフルエンザ薬として、臨床応用の可能性が期待されるものである。
【図面の簡単な説明】
【0052】
【図1】図1は、ウシ初乳由来のタンパク質画分の調製方法の概要を示した図である。
【図2】図2は、ウシ初乳由来のオリゴ糖画分をBio Gel P−2カラムを用いたゲルろ過クロマトグラフィーにより分画した様子を、薄層クロマトグラフィー(TLC)により確認した図である。
【図3】図3は、ウシ初乳由来のオリゴ糖画分をBio Gel P−2カラムを用いたゲルろ過クロマトグラフィーにより分画した様子を、薄層クロマトグラフィー(TLC)により確認した図(左)、及び、得られた各タンパク質画分(高画分1、高画分2、低画分)の抗インフルエンザウイルス活性を示した図(右)である。
【図4】図4は、得られたウシ初乳由来のタンパク質画分(高画分2)の、インフルエンザウイルスA型、B型の各株に対する抗インフルエンザウイルス活性を示した図である。
【図5】図5は、得られたウシ初乳由来のタンパク質画分(高画分2)の、インフルエンザウイルスの感染時((+)・(−))、若しくは、感染後((−)・(+))、又は、感染時及び感染後((+)・(+))に作用させた際の抗インフルエンザウイルス活性を示した図である。
【図6】図6は、得られたウシ初乳由来のタンパク質画分(高画分2)をシアリダーゼ処理した際の、インフルエンザウイルスA型の各株に対する抗インフルエンザウイルス活性を示した図である。
【図7】図7は、得られたウシ初乳由来のタンパク質画分(高画分2)を、Q−Sepharose FFカラムを用いた陰イオン交換クロマトグラフィー、及び、Sephadex G−75、Sephadex G−50を用いたゲルろ過クロマトグラフィーにより更に分画した様子を示した図(左)、並びに、得られた各タンパク質画分(「高分子1」、「高分子2」等)の抗インフルエンザウイルス活性を示した図(右)である。
【図8】図8は、得られたウシ初乳由来のタンパク質画分(高画分2)を、Q−Sepharose FFカラムを用いた陰イオン交換クロマトグラフィー、及び、Sephadex G−75、Sephadex G−50を用いたゲルろ過クロマトグラフィーにより更に分画した様子を示した図(左)、並びに、得られた各タンパク質画分(「低分子1」、「低分子2」等)の抗インフルエンザウイルス活性を示した図(右)である。
【図9】図9は、得られたウシ初乳由来のタンパク質画分(「高分子1」、「低分子1」)をSDS−PAGEで確認した結果を示した図である。
【図10】図10は、得られたウシ初乳由来のタンパク質画分(「高分子1」、「低分子1」)を二次元電気泳動で確認した結果を示した図である。
【図11】図11は、得られたウシ初乳由来のタンパク質画分(「高分子1」、「低分子1」)と、市販乳由来のタンパク質画分(「高分子1」、「低分子1」)、及び、Β-ラクトグロブリン(「A」、「B」)の、インフルエンザウイルスA型に対する抗インフルエンザウイルス活性を示した図である。
【図12】図12は、得られたウシ初乳由来のタンパク質画分(「高分子1」、「高分子2」、「低分子1」、「低分子2」)のインフルエンザウイルス阻害濃度(IC50)を示した図である。
【図13】図13は、得られたウシ(ホルスタイン、ジャージー)初乳由来のタンパク質画分の、インフルエンザウイルスA型に対する抗インフルエンザウイルス活性を示した図である。
【図14】図14は、得られたウシ初乳由来のタンパク質画分(「高分子1」、「低分子1」)と、既存薬のオセルタミビルとを組み合わせた際の抗インフルエンザウイルス活性を示した図である。
【図15】図15は、得られたウシ初乳由来のタンパク質画分(「高分子1」、「低分子1」)を、インフルエンザウイルスの感染時((+)・(−))、若しくは、感染後((−)・(+))、又は、感染時及び感染後((+)・(+))に作用させた際の抗インフルエンザウイルス活性を示した図である。
【図16】図16は、得られたウシ初乳由来のタンパク質画分(「高分子1」、「低分子1」)を、インフルエンザウイルスの感染後((−)・(+))、所定の時間の経過後に作用させた際の抗インフルエンザウイルス活性を示した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
哺乳動物の初乳由来のタンパク質画分を有効成分として含有することを特徴とする抗インフルエンザウイルス剤。
【請求項2】
哺乳動物の初乳由来のタンパク質画分の、SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動による分子量が4〜40kDaの範囲内である請求項1に記載の抗インフルエンザウイルス剤。
【請求項3】
哺乳動物の初乳由来のタンパク質画分の、ポリアクリルアミドゲル等電点電気泳動による等電点がpI3.5〜5の範囲内である請求項1から2のいずれかに記載の抗インフルエンザウイルス剤。
【請求項4】
哺乳動物の初乳由来のタンパク質画分が、哺乳動物の初乳又は哺乳動物の初乳由来の原料をクロロホルム/メタノール混合溶液で抽出することにより得られたオリゴ糖画分に含まれるタンパク質画分である請求項1から3のいずれかに記載の抗インフルエンザウイルス剤。
【請求項5】
哺乳動物の初乳由来のタンパク質画分が、哺乳動物の初乳又は哺乳動物の初乳由来の原料をクロロホルム/メタノール混合溶液で抽出することにより得られたオリゴ糖画分を、ゲルろ過クロマトグラフィーにより分画して得られるタンパク質画分である請求項1から4のいずれかに記載の抗インフルエンザウイルス剤。
【請求項6】
哺乳動物の初乳由来のタンパク質画分が、哺乳動物の初乳又は哺乳動物の初乳由来の原料をクロロホルム/メタノール混合溶液で抽出することにより得られたオリゴ糖画分を、ゲルろ過クロマトグラフィーにより分画し、得られたタンパク質画分を、更に、限外ろ過により分画して得られる分子量5〜100kDaのタンパク質画分である請求項1から5のいずれかに記載の抗インフルエンザウイルス剤。
【請求項7】
哺乳動物の初乳由来のタンパク質画分が、哺乳動物の初乳又は哺乳動物の初乳由来の原料をクロロホルム/メタノール混合溶液で抽出することにより得られたオリゴ糖画分を、ゲルろ過クロマトグラフィーにより分画し、得られたタンパク質画分を、更に、限外ろ過により分画し、得られた分子量5〜100kDaのタンパク質画分を、更に、陰イオン交換クロマトグラフィー及び/又はゲルろ過クロマトグラフィーにより精製して得られる精製タンパク質画分である請求項1から6のいずれかに記載の抗インフルエンザウイルス剤。
【請求項8】
哺乳動物がウシである請求項1から7のいずれかに記載の抗インフルエンザウイルス剤。
【請求項9】
哺乳動物の初乳由来のタンパク質画分と、オセルタミビルとを組み合わせてなる請求項1から8のいずれかに記載の抗インフルエンザウイルス剤。
【請求項10】
インフルエンザウイルスに感染した個体の治療に用いられる請求項1から9のいずれかに記載の抗インフルエンザウイルス剤。
【請求項11】
哺乳動物の初乳又は哺乳動物の初乳由来の原料をクロロホルム/メタノール混合溶液で抽出することにより得られたオリゴ糖画分を、ゲルろ過クロマトグラフィーにより分画してタンパク質画分を得る工程を含むことを特徴とする抗インフルエンザウイルス活性を有する哺乳動物の初乳由来のタンパク質画分の製造方法。
【請求項12】
哺乳動物の初乳又は哺乳動物の初乳由来の原料をクロロホルム/メタノール混合溶液で抽出することにより得られたオリゴ糖画分を、ゲルろ過クロマトグラフィーにより分画してタンパク質画分を得る工程;及び、前記工程で得られたタンパク質画分を、更に、限外ろ過により分画して分子量5〜100kDaのタンパク質画分を得る工程;を含む請求項11に記載の抗インフルエンザウイルス活性を有する哺乳動物の初乳由来のタンパク質画分の製造方法。
【請求項13】
哺乳動物の初乳又は哺乳動物の初乳由来の原料をクロロホルム/メタノール混合溶液で抽出することにより得られたオリゴ糖画分を、ゲルろ過クロマトグラフィーにより分画してタンパク質画分を得る工程;前記工程で得られたタンパク質画分を、更に、限外ろ過により分画して分子量5〜100kDaのタンパク質画分を得る工程;及び、前記工程で得られた分子量5〜100kDaのタンパク質画分を、更に、陰イオン交換クロマトグラフィー及び/又はゲルろ過クロマトグラフィーにより精製して精製タンパク質画分を得る工程;を含む請求項11から12のいずれかに記載の抗インフルエンザウイルス活性を有する哺乳動物の初乳由来のタンパク質画分の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【公開番号】特開2009−190994(P2009−190994A)
【公開日】平成21年8月27日(2009.8.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−31805(P2008−31805)
【出願日】平成20年2月13日(2008.2.13)
【出願人】(598041566)学校法人北里研究所 (180)
【出願人】(391031247)東光薬品工業株式会社 (9)
【Fターム(参考)】