抗デカン酸修飾型グレリン抗体、デカン酸修飾型グレリン測定方法、およびデカン酸修飾型グレリン分離回収方法
【課題】D-Ghrに対する特異性の高い抗体を提供する。
【解決手段】本発明は、O-Ghrに対する交叉率が2%以下である抗D-Ghr抗体、および前記抗体を用いるD-Ghr測定方法を提供する。また本発明は、前記抗D-Ghr抗体を用いるD-GhrまたはO-Ghrの分離回収方法を提供する。
【解決手段】本発明は、O-Ghrに対する交叉率が2%以下である抗D-Ghr抗体、および前記抗体を用いるD-Ghr測定方法を提供する。また本発明は、前記抗D-Ghr抗体を用いるD-GhrまたはO-Ghrの分離回収方法を提供する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗デカン酸修飾型グレリン抗体および前記抗体を使用するデカン酸修飾型グレリン測定方法などに関する。
【背景技術】
【0002】
グレリンは脂肪酸修飾で活性化するペプチドホルモンであり、胃から分泌され、多彩な生理作用を発揮する。活性型グレリンの主要形態はN末端から3番目のセリンがオクタン酸で修飾されたオクタン酸修飾型グレリン(O-Ghr)であるが、この他にデカン酸で修飾されたデカン酸修飾型グレリン(D-Ghr)など複数の脂肪酸修飾体が存在する。
【0003】
生体におけるグレリンの重要性を考慮すると、各脂肪酸修飾体の生理作用や体内挙動を個別に検討する必要がある。そこで本発明者らはD-Ghrに注目した。しかしながら既存の抗グレリン抗体はO-GhrとD-Ghrとを区別できなかったため、D-Ghrを測定するには、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)による分画操作によってD-Ghr画分を取得した後に抗グレリン抗体を用いる放射性免疫測定法(RIA)を行う必要があった。しかしながらこの方法は煩雑であり、また多段階の抽出操作を必要とするため血中濃度の定量化に用いることができなかった(非特許文献1)。
【0004】
本発明者らは以前、D-GhrをO-Ghrよりも選択的に認識する抗体を作成し、HPLCを用いずにD-Ghrを測定できるRIAを構築した(非特許文献2)。しかしながらこの測定方法のD-Ghrに対する特異性は十分なものでなく、O-Ghrに対する交叉率が16.8%であった。そして、マウス胃組織から抽出したペプチドサンプル中のD-Ghr量を測定することはできたが、血液サンプル中のD-Ghr量を測定することはできなかった。
【非特許文献1】Nishi Y, Endocrinology 146, 2255-2264, 2005
【非特許文献2】第58回西日本生理学会予稿集(第15頁)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、D-Ghrに対する特異性の高い抗体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、O-Ghrに対する交叉率が2%以下である抗D-Ghr抗体、および前記抗体を用いるD-Ghr測定方法を提供する。また本発明は、前記抗D-Ghr抗体を用いるD-GhrまたはO-Ghrの分離回収方法を提供する。
【発明の効果】
【0007】
本発明により、D-Ghrの簡便かつ高精度の測定、組織中の細胞におけるD-Ghrの定量および分布解析、さらにはD-GhrおよびO-Ghrの簡便かつ高収率な分離回収が可能となった。本発明は、生体におけるD-Ghrの生理作用の解明に有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明の抗デカン酸修飾型グレリン抗体(抗D-Ghr抗体とも称する)は、オクタン酸修飾型グレリン(O-Ghr)に対する交叉率が2%以下、例えば1%、0.5%、0.1%、0.05%以下の抗体である。交叉率は放射線免疫測定法(RIA)により計算する。交叉率の計算方法は後述する。
【0009】
本発明の抗D-Ghr抗体は、ポリクローナル抗体であってもモノクローナル抗体であってもよい。O-Ghrに対する交叉率が2%以下であれば、ポリクローナル抗体であっても本発明の各方法において十分に機能する。本発明における抗D-Ghr抗体は、D-GhrのN末端部分を認識することが好ましい。本発明の抗D-Ghr抗体は、デカン酸修飾を含むD-GhrのN末端から約10アミノ酸、好適には11アミノ酸からなるペプチドを免疫原として使用することにより得ることができる。抗体の作成方法は当業界にて周知である(Antibodies; A Laboratory Manual, Lane, H, D. et. al., Cold Spring Harber Laboratory Press, New York 1988)。例えば、ポリクローナル抗体は、前記免疫原により非ヒト動物、例えばウサギを免疫し、その免疫動物の血清を常法にしたがい精製することで得られる。モノクローナル抗体は、前記の免疫動物から得られた脾細胞と骨髄腫細胞とを細胞融合させてハイブリドーマ細胞を作成し、これらハイブリドーマ細胞の産生する抗体を調べることにより得られる。得られた抗体のO-Ghrに対する交叉率を調べることにより、本発明の抗D-Ghr抗体を得ることができる。
【0010】
本発明の抗D-Ghr抗体は、各種サンプルにおけるD-Ghrの測定に使用することができる。本発明における「ヒトまたは非ヒト動物由来サンプル」は、ヒトまたは非ヒト動物から採取された各種組織または血液などから、測定方法に応じて常法にしたがい調製すればよい。本発明の抗D-Ghr抗体を使用すれば、サンプル調製時にHPLCを行いD-Ghr以外の脂肪酸修飾型グレリンを含まない画分を取得するという操作が不要である。発明の測定方法に好適なサンプルは、ヒトまたは非ヒト動物の胃または血液に由来するサンプルである。本発明の測定方法は、血液由来サンプルの測定に特に好適である。血液由来サンプルは、限定はされないが、血漿サンプルであることが好ましい。
【0011】
ある態様において、本発明の測定方法は、D-Ghrの検出および/または定量を目的として放射性免疫測定法(RIA)に即して実施される。RIAは常法により行えばよい。例えば2抗体沈澱法によるRIAでは、既知量の放射性標識抗原(トレーサー)とその抗原を特異的に認識する一次抗体とを混合する。この混合物に非標識抗原を含むサンプルを加えると、非標識抗原と標識抗原とが一次抗体への結合について競合し、サンプル中の非標識抗原の量に依存して一次抗体に結合している標識抗原の量が変化する。二次抗体を用いて抗原と一次抗体の複合体を免疫沈降し、遊離および結合状態の標識抗原の量をそれぞれ定量することにより、サンプル中の非標識抗原量が測定できる。本発明の測定方法が2抗体沈澱法によるRIAの場合、一次抗体として本発明の抗D-Ghr抗体、二次抗体として前記一次抗体を認識する抗IgG抗体、トレーサーとしてD-Ghrまたは抗体作成時に免疫原として使用したペプチドを放射性標識したものを使用して行えばよい。
【0012】
本発明の抗D-Ghr抗体のO-Ghrに対する交叉率は、以下のように計算する。
ここで、IC-50(Inhibitory Concentration-50)値とは、抗D-Ghr抗体に対するトレーサー(例えば標識D-Ghr)の最大結合量の50%を置換するのに必要なD-GhrまたはO-Ghrスタンダード(非標識抗原)の量(濃度)を意味する。
【0013】
別の態様において、本発明の測定方法は、D-Ghrの検出および/または定量を目的としてELISAに即して実施される。ELISAは常法により行えばよい。例えばサンドイッチELISAでは、測定対象の抗原を特異的に認識する一次抗体を96ウェルプレートなどの固相に吸着させ、そこに抗原を含むサンプルを添加する。一次抗体に結合しなかった抗原を除去した後、一次抗体とは別の抗原のエピトープを認識する酵素標識二次抗体を一次抗体に結合している抗原に結合させる。酵素基質である発光または発色試薬を添加すると、発色または発光の程度、すなわち吸光度から、サンプル中の抗原量が測定できる。本発明の方法がサンドイッチELISAの場合、本発明の抗D-Ghr抗体を一次抗体として使用し、O-GhrとD-Ghrとを区別しない従来の抗グレリン抗体を二次抗体として使用することができる。
【0014】
さらに別の態様において、本発明の測定方法は、D-Ghr含有細胞の検出および/または定量を目的として免疫組織染色法に即して実施される。本発明の免疫組織染色法に好適なサンプルは胃組織切片であり、かかるサンプルは常法にしたがい調製することができる。免疫組織染色法は本発明の抗D-Ghr抗体を用いて常法により行えばよい。例えば、免疫組織染色法は蛍光抗体法またはアビジン・ビオチン複合体法である。本発明の免疫組織染色法は、生体組織においてD-Ghrを他の脂肪酸修飾型グレリンと区別し、D-Ghr含有細胞の分布や量を定量的に測定することができ、D-Ghr産生細胞の組織学的および形態学的解析に有用である。
【0015】
本発明の抗D-Ghr抗体はまた、D-Ghrの分離回収に使用することができる。本発明のD-Ghr分離回収方法に用いられるサンプルは、D-Ghrと他の脂肪酸修飾型グレリンとを含む。サンプルは好適にはヒトまたは非ヒト動物由来サンプルであり、ヒトまたは非ヒト動物から採取された各種組織または血液などから常法にしたがい調製することができる。ヒトまたは非ヒト動物由来サンプルは、例えば、ヒトまたは非ヒト動物の胃または血液に由来するサンプルである。
【0016】
D-Ghrの分離回収は、以下のように実施することができる。例えば、本発明の抗D-Ghr抗体をカラムに固定化し、このカラムにD-Ghrと他の脂肪酸修飾型グレリンとを含むサンプル溶液を流入し、固定化抗体とサンプル溶液とを接触させる。次いで、カラムを十分洗浄したのち、常法にしたがって固定化抗体に結合したD-Ghrを遊離させ、回収する。
【0017】
あるいは、D-Ghrと他の脂肪酸修飾型グレリンとを含むサンプル溶液に本発明の抗D-Ghr抗体を一次抗体として添加し、一定時間静置した後、前記一次抗体を認識する二次抗体を添加して静置する。形成されたD-Ghr、一次抗体、二次抗体からなる複合体を遠心分離により回収し、回収物を酸により溶解し、抗原抗体反応を阻害して、複合体中に含まれるD-Ghrを抗体から遊離させ、回収する。
【0018】
あるいは、本発明の抗D-Ghr抗体を抗体固定化能(官能基等での固定化)を有するポリスチレン製ビーズ等の高分子担体上に固定化し、かかる担体をD-Ghrと他の脂肪酸修飾型グレリンとを含むサンプル溶液中に添加し、一定時間放置する。その後、溶液から前記担体を回収し、十分洗浄した後、常法にしたがい担体上の固定化抗体に結合したD-Ghrを抗体から遊離させ、D-Ghrを回収する。
【0019】
以上の具体的方法は単なる例示であり、本発明の抗D-Ghr抗体を用いてD-Ghrと他の脂肪酸修飾型グレリンを含むサンプルからD-Ghrを分離回収できる方法であれば、いかなる方法も本発明の範囲内である。
【0020】
本発明の抗D-Ghr抗体はまた、D-GhrとO-Ghrとを含むサンプルからのO-Ghrの分離回収に使用することができる。D-GhrとO-Ghrとを含むサンプルと本発明の抗D-Ghr抗体とを接触させるとD-Ghrのみが本発明の抗D-Ghr抗体に結合する。抗体に結合したD-Ghrを分離するとサンプル中にはO-Ghrが残るため、O-Ghrの分離回収が可能となる。D-Ghr分離後のサンプル中のO-Ghrは、常法により、例えば既存の抗グレリン抗体を使用して回収すればよい。
【0021】
本発明を以下の実施例によりさらに説明するが、これら実施例は単なる例示であり、いかなる意味においても本発明を限定するものではない。
【実施例】
【0022】
実施例1:抗D-Ghr抗体の作成
デカン酸修飾を含むラットD-GhrのN末端から11番目までのアミノ酸配列からなるペプチド(D-Ghr{1-11})を合成した(神戸天然物化学(株))。このペプチドとキーホールリンペットヘモシアニン(KHL)との複合体をウサギ(日本白色種家兎)に反復投与し、抗D-Ghr血清を得た。ウサギ血清中の抗体価は、以下に説明する125I-標識D-Ghr{1-11}-12Y ペプチド(神戸天然物化学(株))を用いたRIAにより評価した。この抗血清をProteinA/Gカラムで精製し、抗D-Ghr抗体(IgG)を得た。
【0023】
実施例2:放射性免疫測定法(RIA)によるD-Ghr測定法(D-RIA)の構築
ラットD-Ghr{1-11}のC末端にチロシン残基を付加し、D-Ghr{1-11}-12Y ペプチドを合成した(神戸天然物化学(株))。このペプチドをラクトペルオキシダーゼ法により放射性ヨード(125I)で標識し、トレーサーとして使用した。前述の抗D-Ghr抗体を一次抗体として、抗ウサギIgGヤギ抗体(シバヤギ(株))を二次抗体として使用し、2抗体沈殿法によるRIAを行った。非標識抗原(スタンダード)として、D-Ghr(神戸天然物化学(株))、O-Ghr(日本ペプチド研究所(株))および非脂肪酸修飾グレリン(日本ペプチド研究所(株))を用いた。結果を図1に示す。本測定方法はD-Ghrを特異的に認識し、O-Ghrや非脂肪酸修飾グレリンは認識しなかった。D-GhrスタンダードによるIC-50値は49.1 fmol/100μl/チューブであり、一方O-GhrスタンダードによるIC-50値は316827 fmol/100μl/チューブであった。抗D-Ghr抗体のO-Ghrへの交叉率を計算すると、0.015%であった。
【0024】
実施例3: D-RIAによる胃組織および血液中のD-Ghr 量の測定
前述のD-RIAを使用して、絶食によるマウス胃内のグレリン量の変化について検討した。C57BL/6Jマウス(日本クレア社)から絶食後0、24または48時間の時点で全胃を摘出し、1N酢酸を用いた酢酸抽出法により胃内ペプチドを抽出した。抽出物を凍結乾燥した粗抽出サンプルをRIAバッファー(50 mM リン酸バッファー (pH 7.4)、0.25 % MEM-BSA、0.5 % Triton X-100、80 mM NaCl、25 mM EDTA-2Na、0.5 % NaN3)で溶解し、測定に使用した。O-Ghrの測定には、一次抗体として既報の抗O-Ghr抗体(Biochemal and Biophyical Research Communication 279, 909-913, 2000;非特許文献1)、トレーサーとしてラットO-Ghr 1-11ペプチドのC末端にチロシン残基を付加したO-Ghr{1-11}-12Y ペプチドを使用した。胃抽出物中のD-GhrはこのD-RIAにより良好に検出された(図1)。絶食により胃内O-Ghr量は低下したが、逆にD-Ghr量は増加した(図2AおよびB)。
【0025】
次に、血液中のグレリン濃度と肥満度の関係について検討した。20〜40歳代の男女ヒト被験者から血液を採取し、既報の方法にしたがい血漿サンプルを調製した(非特許文献1)。詳細には、肘静脈から血液をEDTA-2Na入りの採血管(テルモ社:ベノジェクトII真空採血管 7ml, NA)に採取し、その後直ちにアプロチニン(1000カリクレイン阻害単位 / ml・血液)を添加して転倒混和した。これを4℃の下で遠心分離(3000 rpm x 10 分 = 約1200 G x 10分)し、上清中の血漿成分を回収し、回収した血漿量の10% (v/v)の 1.0 N 塩酸を添加して、血漿サンプルとした。測定のため、先のサンプルを等量の生理食塩水(0.9% NaCl)で2倍に希釈し、Sep-Pak-C18 簡易精製カラム(Waters社)で脱塩し、高分子タンパクを除去した。簡易精製カラム処理後のサンプル中の溶媒を凍結乾燥法で除去し、得られた凍結乾燥サンプルをRIAバッファーで溶解し、測定に使用した。血漿サンプル中のD-GhrはこのD-RIAにより良好に検出された(図1)。血液中のO-Ghr濃度は肥満度に応じて減少するが、D-Ghr濃度は反対に肥満度に応じて上昇していた(図3AおよびB)。これらの結果から、D-GhrがO-Ghrとは異なる体内挙動を示す可能性が示された。
【0026】
実施例4:ELISAによるD-Ghrの測定
実施例1において作成した抗D-Ghr抗体を使用して、ELISAを行った。説明すると、Immuno-tek ELISA Construction kit(ZeptoMetry Corp.)を用いて抗D-Ghr抗体をELISAプレートに固相化した(D-Ghrプレート)。D-GhrスタンダードまたはO-Ghrスタンダードを各種濃度でELISAバッファー (50 mM PBS、0.3% Triton X-100、ph 7.4)に溶解し、200μl/ ウェルにて先のD-Ghrプレートに添加した。4℃で24時間インキュベートした後、各ウェルをELISAバッファー(300μl)で3回洗浄し、HRP標識グレリンC末端認識抗体溶液 200μl(三菱化学ヤトロン)を添加して、室温で2時間インキュベートした。ELISAバッファー(300μl)で4回洗浄した後、発色基質溶液(三菱化学ヤトロン)を添加して、暗室、室温の下で2時間インキュベートした。0.5M 硫酸溶液で発色反応を停止した後、ELISAプレートリーダー(ThermoFisher scientific社)を用いて450nmの波長での吸光度を測定(Ascent Software)した。結果を表1に示す。
【表1】
上記の結果は、本発明の抗D-Ghr抗体を用いてELISAによりD-Ghrの測定が可能であることを示す。
【0027】
実施例5:免疫組織染色法による胃粘膜内 D-Ghr産生細胞数の測定
実施例1において作成した抗D-Ghr抗体を使用して、蛍光免疫組織染色法を行った。パラフィン包埋法で作成したマウス胃組織切片(4μm 厚)を正常ロバ血清にてブロッキングしたのち、抗D-Ghr抗体(1/2000 希釈)を一次抗体として使用して一次反応を行った(4℃、12時間)。一次抗体を洗浄・除去した後、蛍光標識化抗ウサギIgGロバ抗体(Alexa 488, Molecular probe 社)を用いてD-Ghr免疫陽性細胞(D-Ghr産生細胞)を蛍光標識した。図4に D-Ghr産生細胞を蛍光標識した胃粘膜組織像を示す。胃粘膜の中〜下層を中心としてD-Ghr産生細胞が分散して存在することが確認された。本測定法で測定した胃粘膜内1 mm3 中での D-Ghr陽性細胞数は、食餌下マウスでは16.3/mm3であり、その数は48時間絶食後のマウスでは25.2/mm3に増加した。
【0028】
実施例6:D-Ghrの回収
実施例1で作成した抗D-Ghr抗体(抗血清、100 μL)を、D-Ghr(50.0 pmol)含有水溶液(50 mM リン酸緩衝生理食塩水 (pH 7.4), 0.5% Triton X-100, 0.25% ウシ血清アルブミン, 80 mM NaCl, 25 mM EDTA-2Na, 500 KIU アプロチニン/ml)10 ml 中に添加し、4℃で一定時間(〜一晩)静置した。その後、二次抗体として抗ウサギIgGヤギ血清(シバヤギ社)500 μL を添加し、さらに一晩4℃で静置した。形成された、D-Ghr、抗D-Ghr抗体、二次抗体からなる複合体を遠心分離により沈澱させ回収した。この沈殿物に1 N 酢酸溶液(2 ml)を添加して沈殿物を再度溶解し、抗原抗体反応を阻害して、複合体中に含まれるD-Ghrを抗体から遊離させた。この酸性溶液をSep-PAK-C18 簡易精製カラム(Waters 社)に通して、カラムに吸着したD-Ghrを60% アセトニトリル・0.1% トリフルオロ酢酸で溶出して、精製D-Ghrを回収した。回収されたD-Ghrは42.82 pmolであり、回収率は85.6%であった。溶媒の60% アセトニトリル・0.1% トリフルオロ酢酸は、通常の凍結乾燥法で完全に除去することが出来る。
【0029】
実施例7:D-GhrおよびO-Ghrの混合物からのD-Ghrの分離回収
実施例6と同様の方法により、D-GhrおよびO-Ghr(各100 pmol)を含む水溶液から、D-Ghrを回収した。D-Ghrの回収率は80%以上であった。回収物中のO-Ghr量は検出限界以下であった。すなわち、D-GhrとO-Ghrの混合物からD-Ghrが選択的かつ高純度に回収された。
【0030】
比較例:D-Ghrに対する特異性の低い抗D-Ghr抗体
本発明者らが以前に構築した、本願の抗D-Ghr抗体とは異なる抗体を使用したRIA(非特許文献2)による各種脂肪酸修飾グレリンスタンダード(非脂肪酸修飾グレリン、C4グレリン、C6グレリン、C8グレリン(O-Ghr)、C10グレリン(D-Ghr)、C12グレリン、およびC16グレリンスタンダード)の測定結果を図5に示す。本測定方法において、C10グレリン(D-Ghr)スタンダードによるIC-50値は450 fmol/100μl/チューブであり、C8グレリン(O-Ghr)スタンダードによるIC-50値は2686 fmol/100μl/チューブであった。すなわち、使用した抗体のO-Ghrに対する交叉率は16.8%であった。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明の抗D-Ghr抗体を用いたD-RIAによる、D-Ghr、O-Ghrおよび非脂肪酸修飾グレリン(des-グレリン)スタンダードの測定結果、ならびにマウス胃抽出物および血漿サンプルの測定結果を示す。縦軸は、抗D-Ghr抗体と125I標識D-Ghr{1-11}-12Y ペプチドとの結合率を示す(B0は非標識スタンダード非存在下の放射能の測定値(カウント)、Bは各濃度の非標識スタンダード存在下で観察されるカウントである)。横軸は、非標識スタンダードの濃度またはサンプル量を示す。
【図2A】マウス胃組織における0、24または48時間絶食後のO-Ghrの濃度を示す。
【図2B】マウス胃組織における0、24または48時間絶食後のD-Ghrの濃度を示す。
【図3A】ヒト血中のO-Ghr濃度と肥満度(BMI値)の相関を示す。
【図3B】ヒト血中のD-Ghr濃度と肥満度(BMI値)の相関を示す。
【図4】本願の抗D-Ghr抗体を用いた蛍光免疫組織染色法による、胃粘膜内のD-Ghr免疫陽性細胞(D-Ghr産生細胞)の染色像。
【図5A】本願の抗D-Ghr抗体とは異なる抗体を使用したRIAによる非脂肪酸修飾グレリンスタンダードおよびC4グレリンスタンダードの測定結果を示す。
【図5B】本願の抗D-Ghr抗体とは異なる抗体を使用したRIAによるC6グレリンスタンダードおよびC8グレリン(O-Ghr)スタンダードの測定結果を示す。
【図5C】本願の抗D-Ghr抗体とは異なる抗体を使用したRIAによるC10グレリン(D-Ghr)スタンダードおよびC12グレリンスタンダードの測定結果を示す。
【図5D】本願の抗D-Ghr抗体とは異なる抗体を使用したRIAによるC16グレリンスタンダードの測定結果を示す。
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗デカン酸修飾型グレリン抗体および前記抗体を使用するデカン酸修飾型グレリン測定方法などに関する。
【背景技術】
【0002】
グレリンは脂肪酸修飾で活性化するペプチドホルモンであり、胃から分泌され、多彩な生理作用を発揮する。活性型グレリンの主要形態はN末端から3番目のセリンがオクタン酸で修飾されたオクタン酸修飾型グレリン(O-Ghr)であるが、この他にデカン酸で修飾されたデカン酸修飾型グレリン(D-Ghr)など複数の脂肪酸修飾体が存在する。
【0003】
生体におけるグレリンの重要性を考慮すると、各脂肪酸修飾体の生理作用や体内挙動を個別に検討する必要がある。そこで本発明者らはD-Ghrに注目した。しかしながら既存の抗グレリン抗体はO-GhrとD-Ghrとを区別できなかったため、D-Ghrを測定するには、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)による分画操作によってD-Ghr画分を取得した後に抗グレリン抗体を用いる放射性免疫測定法(RIA)を行う必要があった。しかしながらこの方法は煩雑であり、また多段階の抽出操作を必要とするため血中濃度の定量化に用いることができなかった(非特許文献1)。
【0004】
本発明者らは以前、D-GhrをO-Ghrよりも選択的に認識する抗体を作成し、HPLCを用いずにD-Ghrを測定できるRIAを構築した(非特許文献2)。しかしながらこの測定方法のD-Ghrに対する特異性は十分なものでなく、O-Ghrに対する交叉率が16.8%であった。そして、マウス胃組織から抽出したペプチドサンプル中のD-Ghr量を測定することはできたが、血液サンプル中のD-Ghr量を測定することはできなかった。
【非特許文献1】Nishi Y, Endocrinology 146, 2255-2264, 2005
【非特許文献2】第58回西日本生理学会予稿集(第15頁)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、D-Ghrに対する特異性の高い抗体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、O-Ghrに対する交叉率が2%以下である抗D-Ghr抗体、および前記抗体を用いるD-Ghr測定方法を提供する。また本発明は、前記抗D-Ghr抗体を用いるD-GhrまたはO-Ghrの分離回収方法を提供する。
【発明の効果】
【0007】
本発明により、D-Ghrの簡便かつ高精度の測定、組織中の細胞におけるD-Ghrの定量および分布解析、さらにはD-GhrおよびO-Ghrの簡便かつ高収率な分離回収が可能となった。本発明は、生体におけるD-Ghrの生理作用の解明に有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明の抗デカン酸修飾型グレリン抗体(抗D-Ghr抗体とも称する)は、オクタン酸修飾型グレリン(O-Ghr)に対する交叉率が2%以下、例えば1%、0.5%、0.1%、0.05%以下の抗体である。交叉率は放射線免疫測定法(RIA)により計算する。交叉率の計算方法は後述する。
【0009】
本発明の抗D-Ghr抗体は、ポリクローナル抗体であってもモノクローナル抗体であってもよい。O-Ghrに対する交叉率が2%以下であれば、ポリクローナル抗体であっても本発明の各方法において十分に機能する。本発明における抗D-Ghr抗体は、D-GhrのN末端部分を認識することが好ましい。本発明の抗D-Ghr抗体は、デカン酸修飾を含むD-GhrのN末端から約10アミノ酸、好適には11アミノ酸からなるペプチドを免疫原として使用することにより得ることができる。抗体の作成方法は当業界にて周知である(Antibodies; A Laboratory Manual, Lane, H, D. et. al., Cold Spring Harber Laboratory Press, New York 1988)。例えば、ポリクローナル抗体は、前記免疫原により非ヒト動物、例えばウサギを免疫し、その免疫動物の血清を常法にしたがい精製することで得られる。モノクローナル抗体は、前記の免疫動物から得られた脾細胞と骨髄腫細胞とを細胞融合させてハイブリドーマ細胞を作成し、これらハイブリドーマ細胞の産生する抗体を調べることにより得られる。得られた抗体のO-Ghrに対する交叉率を調べることにより、本発明の抗D-Ghr抗体を得ることができる。
【0010】
本発明の抗D-Ghr抗体は、各種サンプルにおけるD-Ghrの測定に使用することができる。本発明における「ヒトまたは非ヒト動物由来サンプル」は、ヒトまたは非ヒト動物から採取された各種組織または血液などから、測定方法に応じて常法にしたがい調製すればよい。本発明の抗D-Ghr抗体を使用すれば、サンプル調製時にHPLCを行いD-Ghr以外の脂肪酸修飾型グレリンを含まない画分を取得するという操作が不要である。発明の測定方法に好適なサンプルは、ヒトまたは非ヒト動物の胃または血液に由来するサンプルである。本発明の測定方法は、血液由来サンプルの測定に特に好適である。血液由来サンプルは、限定はされないが、血漿サンプルであることが好ましい。
【0011】
ある態様において、本発明の測定方法は、D-Ghrの検出および/または定量を目的として放射性免疫測定法(RIA)に即して実施される。RIAは常法により行えばよい。例えば2抗体沈澱法によるRIAでは、既知量の放射性標識抗原(トレーサー)とその抗原を特異的に認識する一次抗体とを混合する。この混合物に非標識抗原を含むサンプルを加えると、非標識抗原と標識抗原とが一次抗体への結合について競合し、サンプル中の非標識抗原の量に依存して一次抗体に結合している標識抗原の量が変化する。二次抗体を用いて抗原と一次抗体の複合体を免疫沈降し、遊離および結合状態の標識抗原の量をそれぞれ定量することにより、サンプル中の非標識抗原量が測定できる。本発明の測定方法が2抗体沈澱法によるRIAの場合、一次抗体として本発明の抗D-Ghr抗体、二次抗体として前記一次抗体を認識する抗IgG抗体、トレーサーとしてD-Ghrまたは抗体作成時に免疫原として使用したペプチドを放射性標識したものを使用して行えばよい。
【0012】
本発明の抗D-Ghr抗体のO-Ghrに対する交叉率は、以下のように計算する。
ここで、IC-50(Inhibitory Concentration-50)値とは、抗D-Ghr抗体に対するトレーサー(例えば標識D-Ghr)の最大結合量の50%を置換するのに必要なD-GhrまたはO-Ghrスタンダード(非標識抗原)の量(濃度)を意味する。
【0013】
別の態様において、本発明の測定方法は、D-Ghrの検出および/または定量を目的としてELISAに即して実施される。ELISAは常法により行えばよい。例えばサンドイッチELISAでは、測定対象の抗原を特異的に認識する一次抗体を96ウェルプレートなどの固相に吸着させ、そこに抗原を含むサンプルを添加する。一次抗体に結合しなかった抗原を除去した後、一次抗体とは別の抗原のエピトープを認識する酵素標識二次抗体を一次抗体に結合している抗原に結合させる。酵素基質である発光または発色試薬を添加すると、発色または発光の程度、すなわち吸光度から、サンプル中の抗原量が測定できる。本発明の方法がサンドイッチELISAの場合、本発明の抗D-Ghr抗体を一次抗体として使用し、O-GhrとD-Ghrとを区別しない従来の抗グレリン抗体を二次抗体として使用することができる。
【0014】
さらに別の態様において、本発明の測定方法は、D-Ghr含有細胞の検出および/または定量を目的として免疫組織染色法に即して実施される。本発明の免疫組織染色法に好適なサンプルは胃組織切片であり、かかるサンプルは常法にしたがい調製することができる。免疫組織染色法は本発明の抗D-Ghr抗体を用いて常法により行えばよい。例えば、免疫組織染色法は蛍光抗体法またはアビジン・ビオチン複合体法である。本発明の免疫組織染色法は、生体組織においてD-Ghrを他の脂肪酸修飾型グレリンと区別し、D-Ghr含有細胞の分布や量を定量的に測定することができ、D-Ghr産生細胞の組織学的および形態学的解析に有用である。
【0015】
本発明の抗D-Ghr抗体はまた、D-Ghrの分離回収に使用することができる。本発明のD-Ghr分離回収方法に用いられるサンプルは、D-Ghrと他の脂肪酸修飾型グレリンとを含む。サンプルは好適にはヒトまたは非ヒト動物由来サンプルであり、ヒトまたは非ヒト動物から採取された各種組織または血液などから常法にしたがい調製することができる。ヒトまたは非ヒト動物由来サンプルは、例えば、ヒトまたは非ヒト動物の胃または血液に由来するサンプルである。
【0016】
D-Ghrの分離回収は、以下のように実施することができる。例えば、本発明の抗D-Ghr抗体をカラムに固定化し、このカラムにD-Ghrと他の脂肪酸修飾型グレリンとを含むサンプル溶液を流入し、固定化抗体とサンプル溶液とを接触させる。次いで、カラムを十分洗浄したのち、常法にしたがって固定化抗体に結合したD-Ghrを遊離させ、回収する。
【0017】
あるいは、D-Ghrと他の脂肪酸修飾型グレリンとを含むサンプル溶液に本発明の抗D-Ghr抗体を一次抗体として添加し、一定時間静置した後、前記一次抗体を認識する二次抗体を添加して静置する。形成されたD-Ghr、一次抗体、二次抗体からなる複合体を遠心分離により回収し、回収物を酸により溶解し、抗原抗体反応を阻害して、複合体中に含まれるD-Ghrを抗体から遊離させ、回収する。
【0018】
あるいは、本発明の抗D-Ghr抗体を抗体固定化能(官能基等での固定化)を有するポリスチレン製ビーズ等の高分子担体上に固定化し、かかる担体をD-Ghrと他の脂肪酸修飾型グレリンとを含むサンプル溶液中に添加し、一定時間放置する。その後、溶液から前記担体を回収し、十分洗浄した後、常法にしたがい担体上の固定化抗体に結合したD-Ghrを抗体から遊離させ、D-Ghrを回収する。
【0019】
以上の具体的方法は単なる例示であり、本発明の抗D-Ghr抗体を用いてD-Ghrと他の脂肪酸修飾型グレリンを含むサンプルからD-Ghrを分離回収できる方法であれば、いかなる方法も本発明の範囲内である。
【0020】
本発明の抗D-Ghr抗体はまた、D-GhrとO-Ghrとを含むサンプルからのO-Ghrの分離回収に使用することができる。D-GhrとO-Ghrとを含むサンプルと本発明の抗D-Ghr抗体とを接触させるとD-Ghrのみが本発明の抗D-Ghr抗体に結合する。抗体に結合したD-Ghrを分離するとサンプル中にはO-Ghrが残るため、O-Ghrの分離回収が可能となる。D-Ghr分離後のサンプル中のO-Ghrは、常法により、例えば既存の抗グレリン抗体を使用して回収すればよい。
【0021】
本発明を以下の実施例によりさらに説明するが、これら実施例は単なる例示であり、いかなる意味においても本発明を限定するものではない。
【実施例】
【0022】
実施例1:抗D-Ghr抗体の作成
デカン酸修飾を含むラットD-GhrのN末端から11番目までのアミノ酸配列からなるペプチド(D-Ghr{1-11})を合成した(神戸天然物化学(株))。このペプチドとキーホールリンペットヘモシアニン(KHL)との複合体をウサギ(日本白色種家兎)に反復投与し、抗D-Ghr血清を得た。ウサギ血清中の抗体価は、以下に説明する125I-標識D-Ghr{1-11}-12Y ペプチド(神戸天然物化学(株))を用いたRIAにより評価した。この抗血清をProteinA/Gカラムで精製し、抗D-Ghr抗体(IgG)を得た。
【0023】
実施例2:放射性免疫測定法(RIA)によるD-Ghr測定法(D-RIA)の構築
ラットD-Ghr{1-11}のC末端にチロシン残基を付加し、D-Ghr{1-11}-12Y ペプチドを合成した(神戸天然物化学(株))。このペプチドをラクトペルオキシダーゼ法により放射性ヨード(125I)で標識し、トレーサーとして使用した。前述の抗D-Ghr抗体を一次抗体として、抗ウサギIgGヤギ抗体(シバヤギ(株))を二次抗体として使用し、2抗体沈殿法によるRIAを行った。非標識抗原(スタンダード)として、D-Ghr(神戸天然物化学(株))、O-Ghr(日本ペプチド研究所(株))および非脂肪酸修飾グレリン(日本ペプチド研究所(株))を用いた。結果を図1に示す。本測定方法はD-Ghrを特異的に認識し、O-Ghrや非脂肪酸修飾グレリンは認識しなかった。D-GhrスタンダードによるIC-50値は49.1 fmol/100μl/チューブであり、一方O-GhrスタンダードによるIC-50値は316827 fmol/100μl/チューブであった。抗D-Ghr抗体のO-Ghrへの交叉率を計算すると、0.015%であった。
【0024】
実施例3: D-RIAによる胃組織および血液中のD-Ghr 量の測定
前述のD-RIAを使用して、絶食によるマウス胃内のグレリン量の変化について検討した。C57BL/6Jマウス(日本クレア社)から絶食後0、24または48時間の時点で全胃を摘出し、1N酢酸を用いた酢酸抽出法により胃内ペプチドを抽出した。抽出物を凍結乾燥した粗抽出サンプルをRIAバッファー(50 mM リン酸バッファー (pH 7.4)、0.25 % MEM-BSA、0.5 % Triton X-100、80 mM NaCl、25 mM EDTA-2Na、0.5 % NaN3)で溶解し、測定に使用した。O-Ghrの測定には、一次抗体として既報の抗O-Ghr抗体(Biochemal and Biophyical Research Communication 279, 909-913, 2000;非特許文献1)、トレーサーとしてラットO-Ghr 1-11ペプチドのC末端にチロシン残基を付加したO-Ghr{1-11}-12Y ペプチドを使用した。胃抽出物中のD-GhrはこのD-RIAにより良好に検出された(図1)。絶食により胃内O-Ghr量は低下したが、逆にD-Ghr量は増加した(図2AおよびB)。
【0025】
次に、血液中のグレリン濃度と肥満度の関係について検討した。20〜40歳代の男女ヒト被験者から血液を採取し、既報の方法にしたがい血漿サンプルを調製した(非特許文献1)。詳細には、肘静脈から血液をEDTA-2Na入りの採血管(テルモ社:ベノジェクトII真空採血管 7ml, NA)に採取し、その後直ちにアプロチニン(1000カリクレイン阻害単位 / ml・血液)を添加して転倒混和した。これを4℃の下で遠心分離(3000 rpm x 10 分 = 約1200 G x 10分)し、上清中の血漿成分を回収し、回収した血漿量の10% (v/v)の 1.0 N 塩酸を添加して、血漿サンプルとした。測定のため、先のサンプルを等量の生理食塩水(0.9% NaCl)で2倍に希釈し、Sep-Pak-C18 簡易精製カラム(Waters社)で脱塩し、高分子タンパクを除去した。簡易精製カラム処理後のサンプル中の溶媒を凍結乾燥法で除去し、得られた凍結乾燥サンプルをRIAバッファーで溶解し、測定に使用した。血漿サンプル中のD-GhrはこのD-RIAにより良好に検出された(図1)。血液中のO-Ghr濃度は肥満度に応じて減少するが、D-Ghr濃度は反対に肥満度に応じて上昇していた(図3AおよびB)。これらの結果から、D-GhrがO-Ghrとは異なる体内挙動を示す可能性が示された。
【0026】
実施例4:ELISAによるD-Ghrの測定
実施例1において作成した抗D-Ghr抗体を使用して、ELISAを行った。説明すると、Immuno-tek ELISA Construction kit(ZeptoMetry Corp.)を用いて抗D-Ghr抗体をELISAプレートに固相化した(D-Ghrプレート)。D-GhrスタンダードまたはO-Ghrスタンダードを各種濃度でELISAバッファー (50 mM PBS、0.3% Triton X-100、ph 7.4)に溶解し、200μl/ ウェルにて先のD-Ghrプレートに添加した。4℃で24時間インキュベートした後、各ウェルをELISAバッファー(300μl)で3回洗浄し、HRP標識グレリンC末端認識抗体溶液 200μl(三菱化学ヤトロン)を添加して、室温で2時間インキュベートした。ELISAバッファー(300μl)で4回洗浄した後、発色基質溶液(三菱化学ヤトロン)を添加して、暗室、室温の下で2時間インキュベートした。0.5M 硫酸溶液で発色反応を停止した後、ELISAプレートリーダー(ThermoFisher scientific社)を用いて450nmの波長での吸光度を測定(Ascent Software)した。結果を表1に示す。
【表1】
上記の結果は、本発明の抗D-Ghr抗体を用いてELISAによりD-Ghrの測定が可能であることを示す。
【0027】
実施例5:免疫組織染色法による胃粘膜内 D-Ghr産生細胞数の測定
実施例1において作成した抗D-Ghr抗体を使用して、蛍光免疫組織染色法を行った。パラフィン包埋法で作成したマウス胃組織切片(4μm 厚)を正常ロバ血清にてブロッキングしたのち、抗D-Ghr抗体(1/2000 希釈)を一次抗体として使用して一次反応を行った(4℃、12時間)。一次抗体を洗浄・除去した後、蛍光標識化抗ウサギIgGロバ抗体(Alexa 488, Molecular probe 社)を用いてD-Ghr免疫陽性細胞(D-Ghr産生細胞)を蛍光標識した。図4に D-Ghr産生細胞を蛍光標識した胃粘膜組織像を示す。胃粘膜の中〜下層を中心としてD-Ghr産生細胞が分散して存在することが確認された。本測定法で測定した胃粘膜内1 mm3 中での D-Ghr陽性細胞数は、食餌下マウスでは16.3/mm3であり、その数は48時間絶食後のマウスでは25.2/mm3に増加した。
【0028】
実施例6:D-Ghrの回収
実施例1で作成した抗D-Ghr抗体(抗血清、100 μL)を、D-Ghr(50.0 pmol)含有水溶液(50 mM リン酸緩衝生理食塩水 (pH 7.4), 0.5% Triton X-100, 0.25% ウシ血清アルブミン, 80 mM NaCl, 25 mM EDTA-2Na, 500 KIU アプロチニン/ml)10 ml 中に添加し、4℃で一定時間(〜一晩)静置した。その後、二次抗体として抗ウサギIgGヤギ血清(シバヤギ社)500 μL を添加し、さらに一晩4℃で静置した。形成された、D-Ghr、抗D-Ghr抗体、二次抗体からなる複合体を遠心分離により沈澱させ回収した。この沈殿物に1 N 酢酸溶液(2 ml)を添加して沈殿物を再度溶解し、抗原抗体反応を阻害して、複合体中に含まれるD-Ghrを抗体から遊離させた。この酸性溶液をSep-PAK-C18 簡易精製カラム(Waters 社)に通して、カラムに吸着したD-Ghrを60% アセトニトリル・0.1% トリフルオロ酢酸で溶出して、精製D-Ghrを回収した。回収されたD-Ghrは42.82 pmolであり、回収率は85.6%であった。溶媒の60% アセトニトリル・0.1% トリフルオロ酢酸は、通常の凍結乾燥法で完全に除去することが出来る。
【0029】
実施例7:D-GhrおよびO-Ghrの混合物からのD-Ghrの分離回収
実施例6と同様の方法により、D-GhrおよびO-Ghr(各100 pmol)を含む水溶液から、D-Ghrを回収した。D-Ghrの回収率は80%以上であった。回収物中のO-Ghr量は検出限界以下であった。すなわち、D-GhrとO-Ghrの混合物からD-Ghrが選択的かつ高純度に回収された。
【0030】
比較例:D-Ghrに対する特異性の低い抗D-Ghr抗体
本発明者らが以前に構築した、本願の抗D-Ghr抗体とは異なる抗体を使用したRIA(非特許文献2)による各種脂肪酸修飾グレリンスタンダード(非脂肪酸修飾グレリン、C4グレリン、C6グレリン、C8グレリン(O-Ghr)、C10グレリン(D-Ghr)、C12グレリン、およびC16グレリンスタンダード)の測定結果を図5に示す。本測定方法において、C10グレリン(D-Ghr)スタンダードによるIC-50値は450 fmol/100μl/チューブであり、C8グレリン(O-Ghr)スタンダードによるIC-50値は2686 fmol/100μl/チューブであった。すなわち、使用した抗体のO-Ghrに対する交叉率は16.8%であった。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明の抗D-Ghr抗体を用いたD-RIAによる、D-Ghr、O-Ghrおよび非脂肪酸修飾グレリン(des-グレリン)スタンダードの測定結果、ならびにマウス胃抽出物および血漿サンプルの測定結果を示す。縦軸は、抗D-Ghr抗体と125I標識D-Ghr{1-11}-12Y ペプチドとの結合率を示す(B0は非標識スタンダード非存在下の放射能の測定値(カウント)、Bは各濃度の非標識スタンダード存在下で観察されるカウントである)。横軸は、非標識スタンダードの濃度またはサンプル量を示す。
【図2A】マウス胃組織における0、24または48時間絶食後のO-Ghrの濃度を示す。
【図2B】マウス胃組織における0、24または48時間絶食後のD-Ghrの濃度を示す。
【図3A】ヒト血中のO-Ghr濃度と肥満度(BMI値)の相関を示す。
【図3B】ヒト血中のD-Ghr濃度と肥満度(BMI値)の相関を示す。
【図4】本願の抗D-Ghr抗体を用いた蛍光免疫組織染色法による、胃粘膜内のD-Ghr免疫陽性細胞(D-Ghr産生細胞)の染色像。
【図5A】本願の抗D-Ghr抗体とは異なる抗体を使用したRIAによる非脂肪酸修飾グレリンスタンダードおよびC4グレリンスタンダードの測定結果を示す。
【図5B】本願の抗D-Ghr抗体とは異なる抗体を使用したRIAによるC6グレリンスタンダードおよびC8グレリン(O-Ghr)スタンダードの測定結果を示す。
【図5C】本願の抗D-Ghr抗体とは異なる抗体を使用したRIAによるC10グレリン(D-Ghr)スタンダードおよびC12グレリンスタンダードの測定結果を示す。
【図5D】本願の抗D-Ghr抗体とは異なる抗体を使用したRIAによるC16グレリンスタンダードの測定結果を示す。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
オクタン酸修飾型グレリンに対する交叉率が2%以下である、抗デカン酸修飾型グレリン抗体。
【請求項2】
デカン酸修飾型グレリンのN末端を認識する、請求項1の抗体。
【請求項3】
ラットデカン酸修飾型グレリンのN末端から11番目までのアミノ酸配列からなるペプチドを免疫原として使用して非ヒト動物を免疫することより得られる、請求項1または2の抗体。
【請求項4】
請求項1−3のいずれかの抗体と、ヒトまたは非ヒト動物由来サンプルとを接触させる工程を含む、デカン酸修飾型グレリン測定方法。
【請求項5】
血液中のデカン酸修飾型グレリンを測定するための、請求項4の方法。
【請求項6】
請求項1−3のいずれかの抗体を一次抗体として使用する、デカン酸修飾型グレリンを検出および/または定量するための放射性免疫測定法である、請求項4または5の方法。
【請求項7】
請求項1−3のいずれかの抗体を一次抗体として使用し、さらに酵素標識された二次抗体を使用する、デカン酸修飾型グレリンを検出および/または定量するためのELISAである、請求項4または5の方法。
【請求項8】
二次抗体がデカン酸修飾型グレリンとオクタン酸修飾型グレリンの両方を認識する、請求項7の方法。
【請求項9】
請求項1−3のいずれかの抗体を一次抗体として使用する、ヒトまたは非ヒト動物組織におけるデカン酸修飾型グレリン含有細胞を検出および/または定量するための免疫組織染色法である、請求項4の方法。
【請求項10】
以下の工程を含む、デカン酸修飾型グレリンの分離回収方法:
請求項1−3のいずれかの抗体と、デカン酸修飾型グレリンおよび他の脂肪酸修飾型グレリンを含むサンプルとを接触させる工程、および
該抗体に結合したデカン酸修飾型グレリンを回収する工程。
【請求項11】
以下の工程を含む、オクタン酸修飾型グレリンの分離回収方法:
請求項1−3のいずれかの抗体と、デカン酸修飾型グレリンおよびオクタン酸修飾型グレリンを含むサンプルとを接触させる工程、
該抗体に結合したデカン酸修飾型グレリンを分離する工程、および
オクタン酸修飾型グレリンを回収する工程。
【請求項12】
該サンプルがヒトまたは非ヒト動物由来である、請求項10または11の方法。
【請求項13】
該サンプルが血液サンプルである、請求項12の方法。
【請求項1】
オクタン酸修飾型グレリンに対する交叉率が2%以下である、抗デカン酸修飾型グレリン抗体。
【請求項2】
デカン酸修飾型グレリンのN末端を認識する、請求項1の抗体。
【請求項3】
ラットデカン酸修飾型グレリンのN末端から11番目までのアミノ酸配列からなるペプチドを免疫原として使用して非ヒト動物を免疫することより得られる、請求項1または2の抗体。
【請求項4】
請求項1−3のいずれかの抗体と、ヒトまたは非ヒト動物由来サンプルとを接触させる工程を含む、デカン酸修飾型グレリン測定方法。
【請求項5】
血液中のデカン酸修飾型グレリンを測定するための、請求項4の方法。
【請求項6】
請求項1−3のいずれかの抗体を一次抗体として使用する、デカン酸修飾型グレリンを検出および/または定量するための放射性免疫測定法である、請求項4または5の方法。
【請求項7】
請求項1−3のいずれかの抗体を一次抗体として使用し、さらに酵素標識された二次抗体を使用する、デカン酸修飾型グレリンを検出および/または定量するためのELISAである、請求項4または5の方法。
【請求項8】
二次抗体がデカン酸修飾型グレリンとオクタン酸修飾型グレリンの両方を認識する、請求項7の方法。
【請求項9】
請求項1−3のいずれかの抗体を一次抗体として使用する、ヒトまたは非ヒト動物組織におけるデカン酸修飾型グレリン含有細胞を検出および/または定量するための免疫組織染色法である、請求項4の方法。
【請求項10】
以下の工程を含む、デカン酸修飾型グレリンの分離回収方法:
請求項1−3のいずれかの抗体と、デカン酸修飾型グレリンおよび他の脂肪酸修飾型グレリンを含むサンプルとを接触させる工程、および
該抗体に結合したデカン酸修飾型グレリンを回収する工程。
【請求項11】
以下の工程を含む、オクタン酸修飾型グレリンの分離回収方法:
請求項1−3のいずれかの抗体と、デカン酸修飾型グレリンおよびオクタン酸修飾型グレリンを含むサンプルとを接触させる工程、
該抗体に結合したデカン酸修飾型グレリンを分離する工程、および
オクタン酸修飾型グレリンを回収する工程。
【請求項12】
該サンプルがヒトまたは非ヒト動物由来である、請求項10または11の方法。
【請求項13】
該サンプルが血液サンプルである、請求項12の方法。
【図1】
【図2A】
【図2B】
【図3A】
【図3B】
【図4】
【図5A】
【図5B】
【図5C】
【図5D】
【図2A】
【図2B】
【図3A】
【図3B】
【図4】
【図5A】
【図5B】
【図5C】
【図5D】
【公開番号】特開2010−43058(P2010−43058A)
【公開日】平成22年2月25日(2010.2.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−241277(P2008−241277)
【出願日】平成20年9月19日(2008.9.19)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年4月20日 社団法人日本内分泌学会発行の「日本内分泌学会雑誌第84巻第1号 第81回日本内分泌学会学術総会抄録集に発表、および平成20年5月16日 社団法人日本内分泌学会主催の第81回日本内分泌学会学術総会において文書をもって発表
【出願人】(599045903)学校法人 久留米大学 (72)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年2月25日(2010.2.25)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年9月19日(2008.9.19)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年4月20日 社団法人日本内分泌学会発行の「日本内分泌学会雑誌第84巻第1号 第81回日本内分泌学会学術総会抄録集に発表、および平成20年5月16日 社団法人日本内分泌学会主催の第81回日本内分泌学会学術総会において文書をもって発表
【出願人】(599045903)学校法人 久留米大学 (72)
【Fターム(参考)】
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