説明

抗体産生細胞の特異的選択方法

【課題】 抗体産生細胞を、所望の抗体を産生する細胞のみが生存する条件で培養することを特徴とする、培養細胞を用いて抗体産生細胞を効率よく作製・単離する方法の提供。
【解決手段】 所望の抗体を産生するB細胞を選択する方法であって、特定の遺伝子の発現の停止により細胞死を誘導するが、B細胞表面のB細胞抗原レセプターの抗原による架橋により発生するシグナルにより該遺伝子の発現の停止に起因する細胞死が抑制される遺伝子を含む遺伝子コンストラクトを導入したB細胞を、所望の抗体に対する抗原の存在下で培養し、細胞表面に前記抗原に対するB細胞抗原レセプターを発現している細胞のみを生存させることを含む、所望の抗体を産生するB細胞を選択する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、培養細胞を用いて効率よく抗体産生細胞を選別・単離する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の抗体作製方法は、動物を免疫し、血清よりポリクローナル抗体を得るか、またはマウスやラット等を免疫し、抗体産生細胞を単離し、ミエローマとの細胞融合により樹立したハイブリドーマよりモノクローナル抗体を得る方法が一般的であった。これらの方法は、生きた動物を使用するため、操作が煩雑であり、多大な時間と費用を要した。
【0003】
一方、ニワトリB細胞株であるDT40細胞は培養中に自発的に抗体遺伝子を変異させ、多様な抗体レパートリーを産み出している。
【0004】
培養中のDT40細胞群より、抗原への物理的吸着により目的の特異性を有する抗体を産生する細胞が得られることが報告されているが(特許文献1、特許文献2および非特許文献1等を参照)、この方法は精度が低く、従来法と同様に多大な時間と費用を要していた。
【0005】
ニワトリB細胞株DT40や、ある種のヒトまたはマウスのB細胞株は、培養中に自発的に抗体遺伝子を変異させる能力を保持しているので、このような培養細胞集団の中には多様な抗体遺伝子のレパートリーが蓄積されている。この中から、目的とする抗体を発現しているB細胞を効率よくスクリーニングすることができれば、動物個体を用いることなく、培養細胞を用いる効率的な抗体作製方法が確立でき、in vitroでの抗体作製のための重要な基盤技術となる。
【0006】
in vitroの抗体作製法は、生物個体を用いるin vivo の抗体作製において不可避的に生じるいくつかの制約を克服できるという点で優位性を有する。例えば、in vivoでは自己成分に対する抗体を得ることや、毒性の強い抗原で免疫して抗体を作製することは困難であるが、in vitroの系では実行可能である。
【0007】
本発明で用いる培養B細胞において、目的抗体を産生する細胞の出現頻度は極めて低いと予想されるので、個々の細胞を取り出してそれらの抗体産生能を試験することは事実上不可能である。これに対し、例えば、ある種の担体に抗原を固定化しておき、この担体に結合する細胞を結合しない細胞から分離する、いわゆるpanningと呼ばれる方法やセルソーターによる分離法が一般に行われているが、頻度の低い細胞を取り出すには、何度も選択を繰り返す必要があり、時間と労力を要し、必ずしも成功率は高くない。
【0008】
【特許文献1】特表2005-503826号公報
【特許文献2】特表2005-507241号公報
【非特許文献1】Cumbers, S. J. et al., Nature Biotechnol. 20, 1129(2002)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、抗体産生細胞を、所望の抗体を産生する細胞のみが生存する条件で培養することを特徴とする、培養細胞を用いて抗体産生細胞を効率よく作製・単離する方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
ニワトリB細胞株であるDT40細胞は培養中に自発的に抗体遺伝子を変異させ、多様な抗体レパートリーを産み出している。多様な抗体を産生している細胞の中から目的抗体を産生するクローンが単離できれば、効率的な抗体作製技術として利用できる。
【0011】
膨大な数の細砲の中から、目的抗体を産生する少数の細胞を、抗原への物理的吸着等により厳密に選別することは、極めて困難である。これに対し、本発明者は、目的抗体を産生する細胞のみが生存し、不必要な細胞は死滅する、正の選択法を確立することを目指した。生体内ではこのような生の選択過程は現実に進行しているが、培養細胞で同様なプロセスを実現した例はない。
【0012】
本発明者らは、正の選択法を確立するための基本的戦略として、ある培養条件に置くと死滅する致死性の変異を導入したDT40細胞を作製し、その細胞表面に発現している抗体(B細胞抗原レセプター、以下BCRと略称)に抗原が強く結合しBCRが架橋されると、細胞内に生存シグナルが伝達され生存するが、抗原が結合せずBCR架橋の起こらなかった細胞は死滅する条件を設定するという戦略をとった。
【0013】
本発明者らは、この考え方に基づき種々の致死性の変異を有するDT40細胞株について検討の結果、驚くべきことに、選択的スプライシング因子(alternative splicing factor(ASF))に変異を有するDT40株(以下、DT40-ASFとする)において、BCR架橋による正の選択が可能であることを見出した。
【0014】
DT40-ASFにおいて、DT40本来のASFの対立遺伝子の一方を、標的遺伝子破壊により不活性化した。他方の対立遺伝子はテトラサイクリン応答性のプロモーター(tet-O)の下流に配置したヒトASF(hASF)遺伝子で置換した。DT40-ASFにテトラサイクリンやその類緑体ドキシサイクリン(Dox)を与えて培養すると、hASFの発現が停止するために、細胞はスプライシング異常やDNAの不安定化により死滅する。この事実は、ASF遺伝子の発現が細胞の生存に必要であることを示している。本発明者らはさらに驚くべきことにDT40-ASFのDox存在下での細胞死が、BCRを抗IgM抗体で架橋することにより抑制されることを発見した。この発見に基づき、DT40-ASF細胞に任意の抗原を添加し、Dox存在下で培養すると、その抗原に特異的なBCRを発現する細胞が、優先的に生存することを確認した。したがって、この原理により、抗原特異的なDT40のクローンの正の選択が可能であることが判明した。このようにして、ASFに限らず何らかの外部刺激により生存に必須な種々の遺伝子の発現を停止させることのできるデバイスをB細胞株に導入しておき、その遺伝子発現の停止により誘導される細胞死が、BCRからの生存シグナルにより抑制されるようなものであれば、いかなる遺伝子も正の選択に利用可能であることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0015】
すなわち、本発明の態様は以下の通りである。
[1] 所望の抗体を産生するB細胞を選択する方法であって、特定の遺伝子の発現の停止により細胞死を誘導するが、B細胞表面のB細胞抗原レセプターの抗原による架橋により発生するシグナルにより該遺伝子の発現の停止に起因する細胞死が抑制される遺伝子を含む遺伝子コンストラクトを導入したB細胞を、所望の抗体に対する抗原の存在下で培養し、細胞表面に前記抗原に対するB細胞抗原レセプターを発現している細胞のみを生存させることを含む、所望の抗体を産生するB細胞を選択する方法。
[2] 所望の抗体を産生するB細胞を選択する方法であって、特定の遺伝子の発現の停止により細胞死を誘導するが、B細胞表面のB細胞抗原レセプターの抗原による架橋により発生するシグナルにより該遺伝子の発現の停止に起因する細胞死が抑制される遺伝子であって外部からの刺激により発現が停止される遺伝子を含む遺伝子コンストラクトを導入したB細胞を、外部刺激があり前記遺伝子の発現が停止する条件下で、所望の抗体に対する抗原の存在下で培養し、細胞表面に前記抗原に対するB細胞抗原レセプターを発現している細胞のみを生存させることを含む、所望の抗体を産生するB細胞を選択する方法。
[3] 所望の抗体を産生するB細胞を選択する方法であって、特定の遺伝子の発現の停止により細胞死を誘導するが、B細胞表面のB細胞抗原レセプターの抗原による架橋により発生するシグナルにより該遺伝子の発現の停止に起因する細胞死が抑制される遺伝子であって外部からの刺激により発現が誘導される遺伝子を含む遺伝子コンストラクトを導入したB細胞を、外部刺激がなく前記遺伝子の発現が停止する条件下で、所望の抗体に対する抗原の存在下で培養し、細胞表面に前記抗原に対するB細胞抗原レセプターを発現している細胞のみを生存させることを含む、所望の抗体を産生するB細胞を選択する方法。
[4] 外部からの刺激により発現が停止し、特定の遺伝子の発現の停止により細胞死を誘導するが、B細胞表面のB細胞抗原レセプターの抗原による架橋により発生するシグナルにより該遺伝子の発現の停止に起因する細胞死が抑制される遺伝子を含む遺伝子コンストラクトを導入したB細胞において、内在性の選択的スプライシング因子遺伝子が不活性化されており、薬剤抑制性のプロモーターの下流に外来性の選択的スプライシング因子遺伝子を連結した遺伝子コンストラクトが導入されており、前記薬剤による外部刺激により導入した選択的スプライシング因子遺伝子の発現が停止され細胞死が誘導されるが、細胞表面のB細胞抗原レセプターが抗原により架橋されると細胞死が抑制される、[2]の所望の抗体を産生するB細胞を選択する方法。
[5] 薬剤抑制性のプロモーターがテトラサイクリン抑制性のプロモーター(tet-O)であり、薬剤がテトラサイクリンまたはその類縁体である[4]の所望の抗体を産生するB細胞を選択する方法。
[6] さらに、B細胞において、tet-Oへの結合能を有するtetR(tet repressor)とherpes sinplex ウイルスVP16タンパク質の転写活性化ドメインを連結させた遺伝子コンストラクトが導入されている、[5]の所望の抗体を産生するB細胞を選択する方法。
[7] B細胞表面のB細胞抗原レセプターの抗原による架橋により発生するシグナルにより転写が活性化される遺伝子のプロモーターの下流に薬剤耐性遺伝子を連結した遺伝子コンストラクトが導入されており、前記薬剤存在下でB細胞を培養し、細胞表面に前記抗原に対するB細胞抗原レセプターを発現している細胞のみを生存させることを含む、所望の抗体を産生するB細胞を選択する方法。
[8] B細胞表面のB細胞抗原レセプターの抗原による架橋により発生するシグナルにより転写が活性化される遺伝子が、NFκB遺伝子またはIκB遺伝子である、[7]の所望の抗体を産生するB細胞を選択する方法。
[9] B細胞がニワトリB細胞株である[1]〜[8]のいずれかの所望の抗体を産生するB細胞を選択する方法。
[10] B細胞がニワトリB細胞株DT40である、[9]の所望の抗体を産生するB細胞を選択する方法。
[11] 細胞外刺激により外因性Creリコンビナーゼ遺伝子の発現が誘導され、発現されたCreリコンビナーゼにより外因性AID(activation induced cytidine deaminase)遺伝子の向きを反転させることにより、AID発現を誘導することおよび停止させることが可能な動物B細胞であって、以下の特徴:
1)内因性のAID遺伝子が機能的に破壊されており、内因性AID遺伝子発現によるAIDタンパク質は産生されないこと、
2)互いに逆方向の2つのloxP配列で挟まれた外因性のAID遺伝子、および該2つのloxP配列で挟まれた領域の上流側に存在する該動物細胞で機能し得るプロモーターを有し、上記AID遺伝子が該プロモーターに対して順方向に配置されている場合には、該プロモーターによるAID遺伝子の発現が可能であり、上記AID遺伝子が該プロモーターに対して逆方向に配置されている場合には、AID遺伝子の発現は停止すること、および
3)Creリコンビナーゼ遺伝子が、細胞外刺激によりCreリコンビナーゼ活性化が可能な形で導入されており、Creリコンビナーゼ活性化により、上記外因性AID遺伝子を含む2つのloxP配列に挟まれた領域の方向が反転すること、
を有する細胞において、内在性ASF遺伝子座の一方をテトラサイクリン応答性のプロモーター(tet-O)に連結したヒトASF(hASF)遺伝子コンストラクトで置換し、他方のASF遺伝子座はテトラサイクリン応答配列に結合して転写を促進する転写因子(tetR-VP16)の発現コンストラクトで置換したB細胞を用いる、[1]〜[6]、[9]および[10]のいずれかの所望の抗体を産生するB細胞を選択する方法。
[12] 内在性ASF遺伝子座の一方をテトラサイクリン応答性のプロモーター(tet-O)に連結したヒトASF(hASF)遺伝子コンストラクトで置換し、他方のASF遺伝子座はテトラサイクリン応答配列に結合して転写を促進する転写因子(tetR-VP16)の発現コンストラクトで置換したB細胞。
[13] 細胞外刺激により外因性Creリコンビナーゼ遺伝子の発現が誘導され、発現されたCreリコンビナーゼにより外因性AID(activation induced cytidine deaminase)遺伝子の向きを反転させることにより、AID発現を誘導することおよび停止させることが可能な動物B細胞であって、以下の特徴:
1)内因性のAID遺伝子が機能的に破壊されており、内因性AID遺伝子発現によるAIDタンパク質は産生されないこと、
2)互いに逆方向の2つのloxP配列で挟まれた外因性のAID遺伝子、および該2つのloxP配列で挟まれた領域の上流側に存在する該動物細胞で機能し得るプロモーターを有し、上記AID遺伝子が該プロモーターに対して順方向に配置されている場合には、該プロモーターによるAID遺伝子の発現が可能であり、上記AID遺伝子が該プロモーターに対して逆方向に配置されている場合には、AID遺伝子の発現は停止すること、および
3)Creリコンビナーゼ遺伝子が、細胞外刺激によりCreリコンビナーゼ活性化が可能な形で導入されており、Creリコンビナーゼ活性化により、上記外因性AID遺伝子を含む2つのloxP配列に挟まれた領域の方向が反転すること、
を有する細胞において、内在性ASF遺伝子座の一方をテトラサイクリン応答性のプロモーター(tet-O)に連結したヒトASF(hASF)遺伝子コンストラクトで置換し、他方のASF遺伝子座はテトラサイクリン応答配列に結合して転写を促進する転写因子(tetR-VP16)の発現コンストラクトで置換したB細胞。
[14] B細胞がニワトリB細胞株DT40である、[12]または[13]のB細胞。
【発明の効果】
【0016】
現在までに、培養B細胞集団から、抗原に特異的なクローンを選択する方法としては、ランダムなスクリーニングか抗原を結合させた固相への物理的吸着を利用するいわゆるパニング法しか知られていない。しかしこの方法では、極めて頻度の低い細胞を取り出すことは困難であり、目的クローンを濃縮するために、操作を繰り返す必要がある。また、重要なクローンを見逃す危険が拭い得ない。
【0017】
それに対し、本発明の正の選択法では、基本的には生体内で行われている選択と同様に、如何に頻度の低いクローンであっても、選択が可能であり、特に培養初期に目的クローンを濃縮するのに威力を発揮する。本発明では抗原をB細胞集団と反応させ、抗原が強く結合した細胞のみが生存し、その他の細胞は死滅する条件の設定に成功し、これを利用する正の選択法を確立した。この方法により、極めて出現頻産の低いB細胞クローンであっても、単離することが可能となる。
【0018】
この正の選択法に、本発明者等の論文(Kanayama, N., Todo, K.,Reth, M., Ohmori, H. Biochem. Biophys. Res. Commn. 327:70-75(2005))に記載した、抗体遺伝子の変異機能を可逆的にON/OFF制御する方法を組み合わせると、DT40細胞を用いる培養系による革新的抗体作製技術が確立できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
抗原特異的抗体産生B細胞の選択方法
免疫系が抗原に対して親和性の高い抗体(高親和性抗体)を産生する過程は次のように進行する。図1に示すように、抗原で刺激されたB細胞の抗体可変部遺伝子に高頻度に変異が導入され、多様な抗体遺伝子を発現する細胞集団が形成される。この集団から、高親和性抗体を発現するB細胞のみが生存し、その他は死滅するという厳密な選択が行われるために、作られる抗体の親和性は増大する。
【0020】
本発明は、上記過程を培養B細胞株を用いて再現し、動物個体を用いて免疫操作を行うことなく、効率よく抗体を作製することを可能とする。
【0021】
本発明において、用いる培養B細胞は、抗体を産生し得る限り、由来動物種、細胞株種は限定されない。ヒト、マウス、ヒツジ、ラット、ウサギ、ニワトリなどのB細胞又はその細胞株を用いることができ、より好ましくはヒトバーキットリンパ腫由来のラモス細胞(Ramos cell)株、又はニワトリB細胞由来のDT40細胞株、最も好ましくはDT40細胞株を用いる。
【0022】
DT40は培養中にその抗体遺伝子を自発的に変異させ、その細胞集団は多様な抗体レパートリーを形成する。また、導入された外来遺伝子による標的相同組換え頻度が高いために細胞の遺伝子操作か容易であるという貴重な特長を有する。したがって、DT40細胞の集団から目的とする抗体を発現する細胞を効率よく選択的に単離する技術を確立することは、培養細胞を用いる抗体作製システムを構築する上で有利である。
【0023】
本発明の方法において、頻度の低い抗体産生細胞を選別・単離するためには、所望の抗体を産生する目的細胞のみが生存し、それ以外の細胞は全て死滅する培養条件下で細胞集団を培養し、所望の抗体を産生する目的細胞を選別・単離する正の選択法をとる。
【0024】
正の選択法とは、ある培養条件に置くと死滅する致死性の変異を導入したB細胞を作製し、その細胞表面に発現している抗体(B細胞抗原レセプター、以下BCRと略称する)に抗原が強く結合しBCR架橋されると、細胞内に生存シグナルが伝達され生存するが、抗原が結合せずBCR架橋の起こらなかった細胞は死滅する条件を設定し、細胞を選択することをいう。BCRは、B細胞の増殖や分化を引き起こすB細胞活性化への生化学的カスケードのトリガーである。BCRは非受容体型蛋白質チロシンキナーゼ(PTKs)を活性化させるために、IgαおよびIgβ免疫受容体チロシンベース(Tyrosin-based)活性化モチーフ(ITAMs)を利用する。BCR下流のシグナル伝達経路の制御には、3つの異なるクラスに属するPTKs(Src-PTKs、Syk,Btk)が関与していることが知られている。BCRを介してPI3-キナーゼ/Akt経路等を通して生存シグナルが細胞内に伝達される。BCRからの生存シグナルは、スプライシング因子等の生存に必須な遺伝子異常により生じるDNAの切断や転移等のDNAの安定性の異常を抑制し得る。
【0025】
細胞表面に特定の抗原に結合するBCRを発現しているB細胞は、該抗原に対する抗体を産生し得るので、該B細胞を単離することにより、所望の抗体を産生する抗体産生細胞を得ることができる。本発明において、BCRからの生存シグナルにより拮抗される細胞死の誘導条件を設定することが重要である。
【0026】
このためには、発現の停止により細胞死を誘導するが、B細胞表面のB細胞抗原レセプターの抗原による架橋により発生するシグナルにより発現の停止に起因する細胞死が抑制される遺伝子を含む遺伝子コンストラクトを導入したB細胞を、所望の抗体に対する抗原の存在下で培養し、細胞表面に前記抗原に対するB細胞抗原レセプターを発現している細胞のみを生存させる条件下で培養する。
【0027】
上記遺伝子コンストラクトとして、種々のものを用いることができる。例えば、外部からの刺激により発現が停止される遺伝子を含む遺伝子コンストラクトが挙げられる。細胞の生存に必須である細胞の内在性の遺伝子を破壊し、代わりに破壊した遺伝子と同じ機能を有する外来性の遺伝子を、外部からの刺激により転写活性が停止するプロモーターの下流に連結した遺伝子コンストラクトを細胞に導入すればよい。破壊した遺伝子と同じ機能を有する外来性の遺伝子としては、例えば他種動物由来の相同遺伝子等が挙げられる。このような遺伝子コンストラクトを導入したB細胞を、前記の外部刺激があり前記遺伝子の発現が停止する条件下で、所望の抗体に対する抗原の存在下で培養する。細胞表面に前記抗原に対するB細胞抗原レセプターを発現している細胞のB細胞抗原レセプターが抗原により架橋され生存シグナルが細胞内に伝達され、その細胞の細胞死を抑制することができる。すなわち、特定の抗原に結合するB細胞抗原レセプターを発現しているB細胞のみ生存し得る。このような細胞は、特定の抗原に対する抗体を産生し得るB細胞である。
【0028】
生存に必須な遺伝子として、例えば、選択的スプライシング因子(alternative splicing factor: ASF)が挙げられる。選択的スプライシング因子に致死性の変異を有するB細胞を用いればよい。内在性のASF遺伝子を両方とも、機能を消失する変異を有するASF遺伝子コンストラクトによる標的相同組み換えにより置き換え不活性化する。ASF遺伝子の変異としては、その機能を消失させるものであれば、どのような変異も利用可能であるが、例えば、ASF遺伝子の内部にNeoなどの薬剤耐性遺伝子を挿入したり、翻訳停止コドンを挿入するなどの方法が使用できる。導入するB細胞株としては、自発的に抗体遺伝子を変異させる能力を保持しているものであれば、どのようなB細胞株でも良いが、好ましくは、遺伝子の相同組み換え頻度の高いニワトリB細胞株DT40が用いられる。
【0029】
破壊された内在性ASFの代わりに導入される、外部刺激により発現制御可能な外来性ASFとしては、内在性ASFのスプライシング機能を代替できるものであれば、如何なる生物種のASFを用いても良い。外来ASFの発現制御には、細胞外からの刺激に応答して、ASFの発現を停止させることのできる各種のプロモーターなどが使用可能である。例えばテトラサイクリン抑制性プロモーターなどの薬剤抑制性プロモーターが利用できるが、これに限るものではない。薬剤抑制性プロモーターを利用する場合、薬剤が外部刺激となる。また、細胞外からの刺激の存在する場合にASFを発現し、刺激が除去されるとASF発現が停止するタイプのプロモーターも利用できる。発現制御型のASF遺伝子の導入部位は、内在性ASF遺伝子座の一方の部位でも良いし、ASF遺伝子座位外の部位のいずれでも良い。
【0030】
抗体を産生する細胞培養時の培養条件、薬剤等の外部刺激の添加量等は、当業者ならば適宜決定することができる。
【0031】
DT40-ASF細胞株はWang, L.Y., Manley, J. Genes Dev. 10:2588-2599 (1996)に記載された方法により作製可能である(図2A)。また、後記の実施例1に記載の方法で作製することが可能である(図2B)。さらに、後記の実施例1に記載のDT-40-SW-ASF株を用いることも可能である。
【0032】
Wang, L.Y., Manley, J. Genes Dev. 10:2588-2599 (1996)に記載された方法により作製されたDT40-ASFでは図2Aに示すように、DT40本来のASFの対立遺伝子を両方とも、標的遣伝子破壊により不活性化してある。この状態では細胞はRNAのスプライシングが異常となるため生存できないので、別途テトラサイクリン抑制性のプロモーター(tetR)の下流に配置したヒトASF(hASF)遺伝子とtetR-VP16発現コンストラクトが導入されている。しかし、この場合は遺伝子導入は非特異的トランスフェクションによるものであり、導入部位は特定されていない。DT40-ASFにテトラサイクリンやその類縁体ドキシサイクリン(Dox)を与えて培養すると、hASFの発現が停止するために、細胞はスプライシング異常により死滅する。この事実は、ASF遺伝子の発現が細胞の生存に必要であることを示している。本発明者らの作製したDT40-ASFにおいては、DT40本来のASFの対立遺伝子の一方を、tetR-VP16発現コンストラクトで置換することにより不活性化してある。他方の対立遺伝子はテトラサイクリン応答性のプロモーター(tet-O)の下流に配置したヒトASF(hASF)遺伝子で置換してある(図2B)。本発明者らの作製したDT40-ASFは、Wang, L.Y., Manley, J. Genes Dev. 10:2588-2599 (1996)に記載された方法により作製されるDT40-ASFよりもより少ない手順で作製することができる。
【0033】
DT40-ASFのDox存在下での細胞死が、BCRを架橋することにより回避される。したがって、何らかの外部刺激により生存に必須の遺伝子ASFの発現を停止させることのできる遺伝子コンストラクトをB細胞株に導入しておき、ASF発現の停止する条件で抗原存在下に細胞を培養すると、一定時間後には抗原の結合した細胞のみが生存し、その他の細胞は死滅する条件を設定することが可能である(図2参照)。
【0034】
ASF発現制御以外にも、BCR架橋により発生するシグナルにより発現が誘導される遺伝子(内在性遺伝子でも、外部から導入した遺伝子いずれでもよい)であって、その遺伝子発現が種々の培養条件下で誘導される細胞死を抑制できるようなタイプのものであれば、正の選択に利用することが可能である。BCR架橋により発現が誘導される遺伝子として、NFκBやIκBが挙げられる。例えば、BCRシグナルにより転写が活性化される遺伝子のプロモーターの下流にneo、puro等の各種の薬剤耐性遺伝子を配置すると、BCR架橋に伴い薬剤耐性が発現し、薬剤存在下での細胞の生存はBCRの抗原による架橋に依存するので、ASF変異株の場合と同様に、抗原による正の選択が可能となる。
【0035】
本発明の方法である正の選択法に、本発明者らのKanayama, N., Todo, K.,Reth, M., Ohmori, H. Biochem. Biophys. Res. Commn. 327:70-75(2005)に記載した、抗体遺伝子の変異機能を可逆的にON/OFF制御する方法を組み合わせるとDT40細胞を用いる培養系による革新的抗体作製技術が確立できる。本発明者らが樹立したDT40-SW細胞では、抗体遺伝子の変異を司るactivation-inducedcytidine deaminase (AID)遺伝子の発現を、外部から与えるエストロゲン誘導体により可逆的にON/OFFすることができる。DT40-ASF細胞から、目的クローンを単離できたとしても、そのクローンを増殖させる過程で更なる変異が導入されるため、有用な変異株を安定に保持することは不可能である。この問題を回避するためには、得られた目的とするクローンの変異機能を停止することが必要である。そこで、以下に述べるように、DT40-SW株にhASFの発現制御デバイスを導入した、DT40-SW-ASF株も樹立した。このDT40-SW-ASF細胞から、正の選択法により選択されたクローンのAID発現を停止させることにより、目的抗体を産生する遺伝的に安定なクローンを得ることが可能となる。
【0036】
本願発明は、正の選択法による抗体産生細胞の選択に用いるB細胞も包含する。該B細胞として、本発明者らの開発してDT40-ASF細胞や上記のDT40-SW-ASF細胞が挙げられる。
【実施例】
【0037】
本発明を以下の実施例によって具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0038】
実施例1 DT40-SW-ASF株の作製
野生型DT40株または発明者らが独自に樹立したDT40-SW株(変異機能を司る遺伝子AIDの発現を可逆的にスイッチすることにより、その抗体変異機能をON/OFF制御できる変異株(詳細はKanayama, N., Todo, K., Reth, M., Ohmori, H. Biochem. Biophys. Res. Commn. 327:70-75 (2005)に記載)の内在性ASF遺伝子座の一方をテトラサイクリン応答性のプロモーター(tet-O)に連結したヒトASF(hASF)遺伝子コンストラクトで置換し、他方のASF遺伝子座はテトラサイクリン応答配列に結合して転写を促進する転写因子(tetR-VP16)の発現コンストラクトで置換することにより、DT40-ASF、DT40-SW-ASF株を作製した(図2B)。tetR-VP16は、テトラサイクリン非存在下において、tet-Oへの結合能を有するtetR(tet repressor)とherpes sinplex ウイルスVP16タンパク質の転写活性化ドメインを連結させた遺伝子コンストラクトであり、Wang, L.Y., Manley, J. Genes Dev. 10:2588-2599 (1996)の記載に従い作製した。これらの細胞株では、テトラサイクリン非存在下では、tetR-VP16がtet-Oプロモーターに結合しhASFが発現するため、細胞は正常に増殖する。一方、テトラサイクリンやその誘導体ドキシサイクリン(Dox)を添加すると、tetR-VP16にDoxが結合しtet-Oから遊離するため、hASFの発現が停止するので、細胞は生存できなくなる。このようにして得られたhASF発現制御可能なDT40-ASF株、DT40-SW-ASF株は以下の実施例2および3に示すような、目的抗体産生細胞の選択に使用し得る。特にDT40-SW-ASF株を用いると、抗原とDox存在下で、抗原特異的なクローンを選択した後、得られた細胞のAID発現をOFFの状態にして変異機能を停止させ、目的クローンを遺伝的に安定な形で増殖させることが可能となるので極めて有用である。
【0039】
DT40-SW株は、細胞の本来のAID(activation-induced cytidine deaminase)遺伝子を破壊した後、細胞外からの刺激により発現の0N/0FF制御が可能な形に加工したAID遺伝子構築物を元のAIDの部位に導入したニワトリB細胞株DT40細胞を改変した細胞である。AIDは体細胞超変異に必須の役割を持つ酵素であり、AIDが機能しないと変異は起こらない。DT40は、AIDを恒常的に発現しており、培養中に自発的に抗体遺伝子の可変領域に変異を導入している。DT40-SW株では、AID遺伝子は互いに逆方向の2つのloxP配列で挟まれており、細胞外からの刺激によりCreリコンビナーゼ(Cre)が活性化されると、AID遺伝子の方向が反転することにより、2つのloxP配列に挟まれた領域の上流に存在するプロモーターに制御されているAID遺伝子の発現が促進(0N)から停止(0FF)またはOFFからONへの変換が可能となる。すなわち、AID遺伝子が該プロモーターに対して順方向に向いている場合はその発現がONの状態が維持されるが、AID遺伝子が該プロモーターに対して逆方向に向いている場合はその発現がOFFの状態が維持される。
【0040】
DT40-SW株を得るためには、まず、内因性のAID遺伝子を発現し得る任意の脊椎動物に由来する細胞の、内因性のAID遺伝子を機能的に破壊して内因性AID遺伝子の発現によるAIDタンパク質の産生が起こらないように細胞を改変するとよい。内因性AID遺伝子の両対立遺伝子の一方は、通常の手法にのっとりAID遺伝子ターゲティングベクターを作製して遺伝子破壊(ノックアウト)を行い、もう一方の対立遺伝子座には、Creリコンビナーゼによりその方向が反転し得るように構築された外因性のAIDをコードする遺伝子を含むDNA構築物を含有するAID遺伝子ターゲティングベクターを作製して、相同組換えを起こすことにより、内因性AID遺伝子は破壊され、外因性AID遺伝子の発現制御が可能な細胞を作製し得る。Creリコンビナーゼによりその方向が反転し得るように構築された外因性のAID遺伝子は、互いに逆方向の2つのloxP配列に挟まれている。さらに、この2つのloxP配列で挟まれた領域の上流側に、対象とする動物細胞において機能するプロモーターが存在し、相同組換えにより該プロモーターもゲノム上に挿入されるように、ターゲティングベクターを設計するとよい。このようにして、Creリコンビナーゼによりその方向が反転し得るように構築された外因性のAID遺伝子を細胞のゲノムに組込むことにより、該外因性AID遺伝子が上記プロモーターに対して順方向に配置されている場合は、該プロモーターによってAID遺伝子の発現が誘発される。言うまでもなく、該AID遺伝子が上記プロモーターに対して逆方向に配置された場合には、AID遺伝子の発現は起こらない。ここで用いる、適切なプロモーターは当業者であれば、様々なものを想到し得、適切なものを選択することができる。例えば、β-アクチンプロモーター、免疫グロブリンプロモーター、サイトメガロウイルスプロモーター、CAGプロモーターが挙げられる。このような外因性AID遺伝子を含むDNA構築物がゲノム中に存在することにより、細胞内でCreリコンビナーゼの活性が発揮された場合、loxPに作用して、2つのloxPにより挟まれている領域が反転(すなわち、AID遺伝子の向きが逆方向から順方向へ、または順方向から逆方向へ変換)する。これによって、AID遺伝子の発現がONからOFFまたはOFFからONへと変換される。Creリコンビナーゼの活性化が細胞外刺激によって誘導されるような形態でCreリコンビナーゼ遺伝子を細胞内に導入するとよい。例えば、Creリコンビナーゼが、エストロゲンレセプター、またはそのエストロゲン結合ドメインを含むタンパク質との融合タンパク質として発現し得るような形で、エストロゲンレセプターまたはそのエストロゲン結合ドメインを含むタンパク質をコードする遺伝子とCreリコンビナーゼcDNAとをインフレームで連結したDNA構築物を細胞内に導入するとよい。かかる場合、エストロゲン誘導体刺激を細胞に与えると、Creリコンビナーゼの活性化が誘導される。したがって、細胞外からエストロゲン誘導体を作用させたときにのみ、Creリコンビナーゼが活性化し、AID遺伝子を含むloxP配列に挟まれた領域が反転される。
【0041】
すなわち、DT40-SW株は、細胞外刺激により外因性Creリコンビナーゼ遺伝子の発現が誘導され、発現されたCreリコンビナーゼにより外因性AID(activation induced cytidine deaminase)遺伝子の向きを反転させることにより、AID発現を誘導することおよび停止させることが可能な脊椎動物細胞であって、以下の特徴:
1)内因性のAID遺伝子が機能的に破壊されており、内因性AID遺伝子発現によるAIDタンパク質は産生されないこと、
2)互いに逆方向の2つのloxP配列で挟まれた外因性のAID遺伝子、および該2つのloxP配列で挟まれた領域の上流側に存在する該動物細胞で機能し得るプロモーターを有し、上記AID遺伝子が該プロモーターに対して順方向に配置されている場合には、該プロモーターによるAID遺伝子の発現が可能であり、上記AID遺伝子が該プロモーターに対して逆方向に配置されている場合には、AID遺伝子の発現は停止すること、および
3)Creリコンビナーゼ遺伝子が、細胞外刺激によりCreリコンビナーゼ活性化が可能な形で導入されており、Creリコンビナーゼ活性化により、上記外因性AID遺伝子を含む2つのloxP配列に挟まれた領域の方向が反転すること、を有する細胞である。また、上記Creリコンビナーゼ遺伝子が、Creリコンビナーゼがエストロゲンレセプターとの融合タンパク質を発現するような形で存在し、上記細胞外刺激がエストロゲンまたはその誘導体による刺激であり、細胞を細胞外からエストロゲンまたはその誘導体で刺激することにより、細胞内でCreリコンビナーゼの活性化が誘導される細胞である。さらに、上記2つのloxP配列に挟まれた領域内に、AID遺伝子と同じ向きのマーカー遺伝子をさらに含み、ここで、AID遺伝子が該プロモーターに対して順方向に配置されている場合には該マーカー遺伝子も順方向に配置されているため該マーカー遺伝子が発現して、AID遺伝子が該プロモーターに対して順方向に配置されてAID遺伝子が発現可能である細胞を該マーカーにより選択可能である細胞である。さらに、上記2つのloxP配列に挟まれた領域内に、AID遺伝子とは逆向きのマーカー遺伝子をさらに含む細胞であり、ここで、AID遺伝子が該プロモーターに対して逆方向に配置されている場合には該マーカー遺伝子は順方向に配置されているため該マーカー遺伝子が発現して、AID遺伝子が該プロモーターに対して逆方向に配置されてAID遺伝子を発現できない細胞を該マーカーにより選択可能である細胞である。さらに、上記2つのloxP配列に挟まれた領域内に、AID遺伝子とは逆向きのマーカー遺伝子がピューロマイシン耐性遺伝子であり、AID遺伝子と同じ向きのマーカー遺伝子がGFP遺伝子である細胞である。図3にDT40-SW株作製のためのコンストラクトを示す。
【0042】
実施例2 BCR架橋によるドキシサイクリン処理したDT40-ASF細胞の生存
DT40-ASF細胞はWangらの方法(Wang, L.Y., Manley, J. Genes Dev. 10:2588-2599 (1996))により樹立したもの、または実施例1の方法により作製されたDT40-ASF株を用いた。
【0043】
1x106個のDT40-ASF細胞を1mlのRPMI-1640培地で培養し、培養開始時にテトラサイクリン誘導体であるドキシサイクリン(Dox)を10ng/mlを添加すると、4日後にはほとんどの細胞が死滅した(図4)。これは、ドキシサイクリンによりASFの発現が停止することによる。この培養系にあらかじめ、BCRに結合し架橋する抗体M4(マウス由来の抗ニワトリIgMモノクローナル抗体)を1μg/ml以上加えておくと、培養12日目には細胞増殖の回復が見られた。このような現象はM4の濃度に依存して見られ、M4非存在下では見られなかったので、ドキシサイクリン添加により本来死滅すべき細胞がBCRの架橋により、その生存が維持されたと考えられる。
【0044】
この実験結果は、DT40-ASF細胞においては、BCRの架橋が起これば、ASF発現が停止するために起こる細胞死が回避されることを示し、BCRに特異的な抗原が結合して同様にBCRが架橋されれば、抗原に特異的な細胞のみが生存することが期待され、抗原特異的な細胞の正の選択が可能であることを示唆する。以下の実施例2で、これが実現可能であることを示す。
【0045】
実施例3 抗原存在下での抗原特異的DT40細胞の正の選択
ウシ血清アルブミン(BSA)に4-ヒドロキシ-3-ニトロフェニルアセチル基(NP)またはp-ニトロフェニルアセチル基(pNP)をハプテンとして、BSA1分子あたり約20個共有結合させたNP-BSA、pNP-BSAを選択抗原として用い、NPまたはpNPに特異的に結合するBCRを発現するDT40-ASF細胞の正の選択が可能かどうか検討した。96ウェルの培養プレート1枚の各ウェルに1×103個のDT40-ASF細胞を含む0.2mlの培地を分注し、10〜1000ng/mlとなるようにNP-BSAまたはpNP-BSAを添加した。さらに各ウェルに10ng/mlとなるようにドキシサイクリンを添加し、10日間培養した。対照として、選択抗原を含まない同条件のプレートを用いた。図5に示すように、NP-BSA、pNP-BSA存在下では対照に比べて明らかに多数のコロニーの増殖が確認された。単離したコロニーを増殖させ、それぞれの抗原に対する結合性をフローサイトメトリーにより評価すると、選択前の細胞と比較して、明らかに、蛍光標識抗原による染色後に測定される平均蛍光強度(MFI)が増加したコロニーが見られた。従って、DT40-ASFに導入されたASF発現制御機構は、抗原特異的なクローンの正の選択に利用することができる。総数〜105個の細胞より、数クローンが選択されたことになり抗原特異的クローンの出現頻度から考えて、妥当な選択効率と考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】B細胞の抗体遺伝子の変異による多様化と選択による高親和性抗体の産生の概要を示す図である。
【図2】ASF変異を利用する高親和性抗体産生B細胞の生の選択法の概要をDT40-ASF細胞の構造とともに示す図である。図2Aは、Wang, L.Y., Manley, J. Genes Dev. 10:2588-2599 (1996)に記載されたDT40-ASF細胞を示し、図2Bは本発明者らにより作製されたDT40-ASF細胞を示す。
【図3】DT40-SW株作製のためのコンストラクトを示す図である。
【図4】抗IgMモノクローナル抗体(M4)でのBCRの架橋によるドキシサイクリン存在下でのDT40-ASFの細胞死の抑制を示す図である。
【図5】抗原によるDT-40ASF細胞集団からの抗原特異的クローンの正の選択の結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
所望の抗体を産生するB細胞を選択する方法であって、特定の遺伝子の発現の停止により細胞死を誘導するが、B細胞表面のB細胞抗原レセプターの抗原による架橋により発生するシグナルにより該遺伝子の発現の停止に起因する細胞死が抑制される遺伝子を含む遺伝子コンストラクトを導入したB細胞を、所望の抗体に対する抗原の存在下で培養し、細胞表面に前記抗原に対するB細胞抗原レセプターを発現している細胞のみを生存させることを含む、所望の抗体を産生するB細胞を選択する方法。
【請求項2】
所望の抗体を産生するB細胞を選択する方法であって、特定の遺伝子の発現の停止により細胞死を誘導するが、B細胞表面のB細胞抗原レセプターの抗原による架橋により発生するシグナルにより該遺伝子の発現の停止に起因する細胞死が抑制される遺伝子であって外部からの刺激により発現が停止される遺伝子を含む遺伝子コンストラクトを導入したB細胞を、外部刺激があり前記遺伝子の発現が停止する条件下で、所望の抗体に対する抗原の存在下で培養し、細胞表面に前記抗原に対するB細胞抗原レセプターを発現している細胞のみを生存させることを含む、所望の抗体を産生するB細胞を選択する方法。
【請求項3】
所望の抗体を産生するB細胞を選択する方法であって、特定の遺伝子の発現の停止により細胞死を誘導するが、B細胞表面のB細胞抗原レセプターの抗原による架橋により発生するシグナルにより該遺伝子の発現の停止に起因する細胞死が抑制される遺伝子であって外部からの刺激により発現が誘導される遺伝子を含む遺伝子コンストラクトを導入したB細胞を、外部刺激がなく前記遺伝子の発現が停止する条件下で、所望の抗体に対する抗原の存在下で培養し、細胞表面に前記抗原に対するB細胞抗原レセプターを発現している細胞のみを生存させることを含む、所望の抗体を産生するB細胞を選択する方法。
【請求項4】
外部からの刺激により特定の遺伝子の発現が停止し、発現の停止により細胞死を誘導するが、B細胞表面のB細胞抗原レセプターの抗原による架橋により発生するシグナルにより該遺伝子の発現の停止に起因する細胞死が抑制される遺伝子を含む遺伝子コンストラクトを導入したB細胞において、内在性の選択的スプライシング因子遺伝子が不活性化されており、薬剤抑制性のプロモーターの下流に外来性の選択的スプライシング因子遺伝子を連結した遺伝子コンストラクトが導入されており、前記薬剤による外部刺激により導入した選択的スプライシング因子遺伝子の発現が停止され細胞死が誘導されるが、細胞表面のB細胞抗原レセプターが抗原により架橋されると細胞死が抑制される、請求項2記載の所望の抗体を産生するB細胞を選択する方法。
【請求項5】
薬剤抑制性のプロモーターがテトラサイクリン抑制性のプロモーター(tet-O)であり、薬剤がテトラサイクリンまたはその類縁体である請求項4記載の所望の抗体を産生するB細胞を選択する方法。
【請求項6】
さらに、B細胞において、tet-Oへの結合能を有するtetR(tet repressor)とherpes sinplex ウイルスVP16タンパク質の転写活性化ドメインを連結させた遺伝子コンストラクトが導入されている、請求項5記載の所望の抗体を産生するB細胞を選択する方法。
【請求項7】
B細胞表面のB細胞抗原レセプターの抗原による架橋により発生するシグナルにより転写が活性化される遺伝子のプロモーターの下流に薬剤耐性遺伝子を連結した遺伝子コンストラクトが導入されており、前記薬剤存在下でB細胞を培養し、細胞表面に前記抗原に対するB細胞抗原レセプターを発現している細胞のみを生存させることを含む、所望の抗体を産生するB細胞を選択する方法。
【請求項8】
B細胞表面のB細胞抗原レセプターの抗原による架橋により発生するシグナルにより転写が活性化される遺伝子が、NFκB遺伝子またはIκB遺伝子である、請求項7記載の所望の抗体を産生するB細胞を選択する方法。
【請求項9】
B細胞がニワトリB細胞株である請求項1〜8のいずれか1項に記載の所望の抗体を産生するB細胞を選択する方法。
【請求項10】
B細胞がニワトリB細胞株DT40である、請求項9記載の所望の抗体を産生するB細胞を選択する方法。
【請求項11】
細胞外刺激により外因性Creリコンビナーゼ遺伝子の発現が誘導され、発現されたCreリコンビナーゼにより外因性AID(activation induced cytidine deaminase)遺伝子の向きを反転させることにより、AID発現を誘導することおよび停止させることが可能な動物B細胞であって、以下の特徴:
1)内因性のAID遺伝子が機能的に破壊されており、内因性AID遺伝子発現によるAIDタンパク質は産生されないこと、
2)互いに逆方向の2つのloxP配列で挟まれた外因性のAID遺伝子、および該2つのloxP配列で挟まれた領域の上流側に存在する該動物細胞で機能し得るプロモーターを有し、上記AID遺伝子が該プロモーターに対して順方向に配置されている場合には、該プロモーターによるAID遺伝子の発現が可能であり、上記AID遺伝子が該プロモーターに対して逆方向に配置されている場合には、AID遺伝子の発現は停止すること、および
3)Creリコンビナーゼ遺伝子が、細胞外刺激によりCreリコンビナーゼ活性化が可能な形で導入されており、Creリコンビナーゼ活性化により、上記外因性AID遺伝子を含む2つのloxP配列に挟まれた領域の方向が反転すること、
を有する細胞において、内在性ASF遺伝子座の一方をテトラサイクリン応答性のプロモーター(tet-O)に連結したヒトASF(hASF)遺伝子コンストラクトで置換し、他方のASF遺伝子座はテトラサイクリン応答配列に結合して転写を促進する転写因子(tetR-VP16)の発現コンストラクトで置換したB細胞を用いる、請求項1〜6、9および10のいずれか1項に記載の所望の抗体を産生するB細胞を選択する方法。
【請求項12】
内在性ASF遺伝子座の一方をテトラサイクリン応答性のプロモーター(tet-O)に連結したヒトASF(hASF)遺伝子コンストラクトで置換し、他方のASF遺伝子座はテトラサイクリン応答配列に結合して転写を促進する転写因子(tetR-VP16)の発現コンストラクトで置換したB細胞。
【請求項13】
細胞外刺激により外因性Creリコンビナーゼ遺伝子の発現が誘導され、発現されたCreリコンビナーゼにより外因性AID(activation induced cytidine deaminase)遺伝子の向きを反転させることにより、AID発現を誘導することおよび停止させることが可能な動物B細胞であって、以下の特徴:
1)内因性のAID遺伝子が機能的に破壊されており、内因性AID遺伝子発現によるAIDタンパク質は産生されないこと、
2)互いに逆方向の2つのloxP配列で挟まれた外因性のAID遺伝子、および該2つのloxP配列で挟まれた領域の上流側に存在する該動物細胞で機能し得るプロモーターを有し、上記AID遺伝子が該プロモーターに対して順方向に配置されている場合には、該プロモーターによるAID遺伝子の発現が可能であり、上記AID遺伝子が該プロモーターに対して逆方向に配置されている場合には、AID遺伝子の発現は停止すること、および
3)Creリコンビナーゼ遺伝子が、細胞外刺激によりCreリコンビナーゼ活性化が可能な形で導入されており、Creリコンビナーゼ活性化により、上記外因性AID遺伝子を含む2つのloxP配列に挟まれた領域の方向が反転すること、
を有する細胞において、内在性ASF遺伝子座の一方をテトラサイクリン応答性のプロモーター(tet-O)に連結したヒトASF(hASF)遺伝子コンストラクトで置換し、他方のASF遺伝子座はテトラサイクリン応答配列に結合して転写を促進する転写因子(tetR-VP16)の発現コンストラクトで置換したB細胞。
【請求項14】
B細胞がニワトリB細胞株DT40である、請求項12または13に記載のB細胞。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−60907(P2007−60907A)
【公開日】平成19年3月15日(2007.3.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−247074(P2005−247074)
【出願日】平成17年8月29日(2005.8.29)
【出願人】(504147243)国立大学法人 岡山大学 (444)
【Fターム(参考)】