説明

抗毒素不安定化技術

変性および再生手順を回避する、毒素タンパク質を精製するための方法が開示される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
優先権の主張
本出願は、2007年7月12日に出願した米国仮出願第60/959,399号の優先権を主張するものであり、その開示は参照によりその全体が本明細書に組み込まれている。
【0002】
配列表に関する記述
本明細書に記載されているアミノ酸配列の表を、書面形式およびコンピュータで読み取り可能な形式で本明細書と共に提出する。添付の配列表は、出願した国際出願内の開示を超えることはない。コンピュータで読み取り可能な形式で記録した情報は、それに関する書面の配列表と同一である。
【背景技術】
【0003】
細菌は一般に、成長調節、細胞死およびストレス条件下での休止において重要な役割を果たすと考えられる、いわゆる毒素−抗毒素(TA)または「自殺」遺伝子の系を備えている。正常な成長条件下では、毒素は同じオペロン(TA「複合体」)からコードされたその同族抗毒素と安定な複合体を形成し、それによって毒素はその細胞標的に作用することができない。しかし、ストレス条件下では、不安定抗毒素は、細胞質中への遊離毒素の同時放出と共に急速に分解し、その後特定の細胞標的にそれらの毒作用を及ぼす。
【0004】
細菌のゲノム上に存在する毒素または自殺遺伝子の数は、幅広く様々である;大腸菌(Escherichia coli)は通常、6個の独立したTAオペロンを含有し、それぞれが1対の抗毒素とその同族毒素をコードしているが、結核菌(Mycobacterium tuberculosis)は、かかるオペロンを約40個含有する。クラミジア(Chlamydia)およびマイコプラズム(Mycoplasm)などの宿主細胞と偏性共生する細菌を除き、現在までに配列決定された全ての病原細菌のゲノムは、1個または複数個のTAオペロンを確かに含有する。大腸菌中の6個のTAオペロンのうち3個は、よく特徴付けられている;ReIEは、リボソーム・エンドリボヌクレアーゼ活性を刺激するリボソーム関連因子であり、MazFとChpBKは、配列特異的エンドリボヌクレアーゼとして働き、mRNAインターフェラーゼ(MIase)と呼ばれる。MazFは、誘導されると、ACA配列で細胞性mRNAを切断し、それによって細胞性タンパク質合成が効果的に阻害され、したがって細胞増殖が効果的に阻害されることが実証されている。MazFは、その抗毒素MazEと安定な複合体を形成し、MazF−MazE複合体のX線構造は決定されている。TA複合体は、細胞に対して有毒ではないので、大腸菌内でよく発現され、非常に高い収率で容易に精製される。近年、ReIE−ReIB複合体およびYoeB−YefM複合体のX線構造も決定されており、どのように毒素と抗毒素がTA複合体内で相互作用しているのか明らかにされている。
【0005】
ほとんどの細菌は、それらのゲノム中にいくつかの毒素または「自殺」遺伝子を含有している。重要なことには、これらの遺伝子から生成された毒素は、他の細菌をそれらの生育地で殺すものでも、感染のプロセスで動物細胞を殺すものでもない。その代わりに、それらは細胞内に生成され、それら自体に対して有毒である。この新しい分野における最近の発展は、細菌生理学、多剤耐性の持続、病原性、バイオフィルム形成および発生におけるこれらの毒素の役割中に、多くの興味をそそる見識をもたらしている。これらの毒素の研究が、感染症および医学に非常に重要な関連があることが今では明らかである。これらの毒素のほとんどがオペロン中のそれらの同族抗毒素と同時転写され(したがって毒素−抗毒素またはTAオペロンと呼ばれる)、それらは正常な成長条件下において細胞中で安定な複合体を形成し、これらの毒素の毒作用は、通常働かない(Bayles、2003;Engelberg−Kulkaら、2004;Hayes、2003;RiceおよびBaytes、2003)。しかし、抗毒素の安定性は、それらの同族毒素のものよりもはるかに少ないので、細胞損傷または成長阻害を引き起こすどんなストレスも、細胞中の毒素と抗毒素の間のバランスに影響し、細胞中への毒素の放出をもたらす。多くの議論があったが、TAオペロンからコードされたこれらの毒素は、ストレスの性質に応じて2つの異なる方法で機能すると考えることが最も理にかなっている。1つは、DNA複製およびタンパク質合成などの特定の細胞機能を阻害することによって成長速度を調節することである。毒素の量が抗毒素を超える多大なストレスの下では、細胞増殖は、完全に阻止されることがある。成長調節におけるTA毒素のこの役割は、それらの主要な機能の可能性が高い。しかし、それらの2つ目の役割は、自殺行為、すなわちそれら自体の宿主細胞を殺すことである。いくつかの条件下では、TA毒素は、健康な集団を維持するために、ひどく損傷(例えば、DNA損傷またはファージ感染)した細胞を除去するように機能することがある。TAオペロンは、プラスミド中にもよく見られ、細胞分裂後にプラスミドが消失した細胞を殺す役割を果たす;分離後細胞死として知られている現象である。したがって、TA毒素は、主に静菌性であるが、殺菌性ではなく(Gerdesら、2005)、ただしいくつかの条件下では、細胞は、復帰不能点に達することがあり、細胞死をもたらす(Amitaiら、2004)。近年、Engelberg−Kulkaは、大腸菌毒素のMazFが細胞死の実行因子ではなく、むしろ下流の系を活性化させる媒介因子であることを提唱した(Engelberg−Kulkaら、2005)。
【0006】
毒素の過剰発現は、細胞増殖に対して非常に有毒であることが知られているので、毒素精製のためにそれらの抗毒素を共発現することが不可欠である。毒素タンパク質をそれらのTA複合体から精製するための従来のプロトコルは、His−tag親和性カラムクロマトグラフィーを使用し、続いて変性および再生手順で抗毒素を除去する;これらの手順はかなり単調で退屈である。
【0007】
したがって、かかる変性および再生手順を必要としない毒素タンパク質を精製する効率的な方法の必要性が存在する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】米国仮出願第60/959,399号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
これまでの従来の方法の変性および再生手順を回避する、毒素タンパク質をそのTA複合体から精製するための方法を提供することが本発明のいくつかの実施形態の目的である。
【課題を解決するための手段】
【0010】
いくつかの実施形態では、本発明は、毒素−抗毒素複合体中の抗毒素タンパク質から毒素タンパク質を分離するための方法であって、毒素−抗毒素複合体中に不安定化配列を挿入することと、毒素および抗毒素の共発現を刺激する条件に毒素−抗毒素複合体を曝露し、その不安定化配列が共発現中に毒素から抗毒素を分離させることとを含む方法を対象とする。
【0011】
別の実施形態では、本発明は、毒素−抗毒素複合体中の抗毒素タンパク質から毒素タンパク質を分離するための方法であって、毒素−抗毒素複合体の抗毒素タンパク質中に不安定化配列を挿入することと、毒素および抗毒素の共発現を刺激する条件に毒素−抗毒素複合体を曝露し、その不安定化配列が共発現中に毒素から抗毒素を分離させることとを含む方法を対象とする。
【0012】
別の実施形態では、本発明は、毒素−抗毒素複合体中の毒素タンパク質を精製するための方法であって、毒素−抗毒素複合体の抗毒素タンパク質中に不安定化配列を挿入することと、毒素および抗毒素の共発現を刺激する条件に毒素−抗毒素複合体を曝露し、その不安定化配列が共発現中に毒素から抗毒素を分離させることと、分離した抗毒素を適当なプロテアーゼと接触させ、そのプロテアーゼが分離した抗毒素を消化し、それによって毒素が精製されることとを含む方法を対象とする。
【0013】
他の実施形態では、本発明は、毒素−抗毒素複合体を不安定化させる方法であって、毒素−抗毒素複合体中に不安定化配列を挿入することを含む方法を対象とする。
【0014】
別の実施形態では、本発明は、トロンビン認識配列(配列番号3)を含む毒素−抗毒素複合体をコードする遺伝物質を含む、毒素−抗毒素共発現系を対象とする。
【0015】
好ましい実施形態では、不安定化配列は、第Xa因子、TEVプロテアーゼまたはトロンビンによって切断され得る配列である。特に好ましい実施形態では、不安定化配列は、配列番号3に基づくトロンビン認識配列である。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】MazE抗毒素へのトロンビン認識配列の導入を示す図である。
【図2】トロンビン処理による精製したMazF試料からの残留MazE抗毒素の除去を示す図である。
【図3】本発明の一実施形態の概略モデルを示す図である。
【図4】精製したMazFのエンドリボヌクレアーゼ活性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
上記で論じたように、ヒト病原菌を含めたほとんど全ての細菌は、細胞中でそれらの同族抗毒素と安定な複合体(TA複合体)を形成する毒素を含有している。このようにして、正常な成長条件下では、毒素は、細胞中でそれらの毒作用を及ぼすことができない。毒素の過剰発現は、細胞増殖に対して非常に有毒であることが知られているので、毒素精製のためにそれらの抗毒素を共発現することが不可欠である。本発明の発明者らは、変性および再生手順を回避する、毒素タンパク質を精製するための非常に効率的で簡単な方法を開発した。
【0018】
いくつかの実施形態では、新しいアミノ酸配列(「不安定化配列」)を抗毒素タンパク質に導入して、細胞中のTA複合体内の抗毒素を不安定化させることによって、毒素タンパク質を精製することができる。不安定化配列は、第Xa因子、TEVプロテアーゼおよびトロンビンなどの特定のプロテアーゼによって切断できる既知の配列であってよい。第Xa因子は、アミノ酸認識配列IEGR(配列番号1)で切断し、TEVプロテアーゼは、アミノ酸認識配列ENLYFQG(配列番号2)で切断し、トロンビンは、アミノ酸認識配列LVPRGS(配列番号3)で切断する。
【0019】
抗毒素タンパク質の三次元構造が分かっている場合、不安定化配列を、例えば、ループ領域に挿入することができる。外来ペプチドの導入の結果として、抗毒素は不安定になり、それによって細胞内の毒素および抗毒素の共発現中にTA複合体から抗毒素が分離される。多くの抗毒素がLonおよびClpAPなどの内在性プロテアーゼによって消化されることが知られているので、分離した抗毒素は、in vivoでこのようなプロテアーゼによって容易に除去することになる。この方法によって、毒素タンパク質は、抗毒素を除去しないで精製することができる。
【0020】
いくつかの実施形態では、1ステップHis−tagクロマトグラフィーを用いて残留抗毒素を毒素と一緒に同時溶出する場合、溶出した毒素試料は、抗毒素中に導入した特定の配列を認識する特定のプロテアーゼで処理することができる。
【0021】
本発明の方法は、任意の細菌由来の任意のTA複合体系に広く適用でき、毒素の大規模単離を可能にする。得られた精製した毒素は、基礎科学のためだけでなく、ヒトの癌および他の疾患の治療のための治療ツールとしても使用でき、例えば、非従来的な抗生物質として使用することができる。それらは、種々の工業目的に使用することもできる。
【実施例】
【0022】
本発明の方法を、後述のように、モデルとしてMazE−MazF系を用いて例示する。
【0023】
位置38〜41(配列番号4)(図1)に位置するVDGKアミノ酸配列の代わりにトロンビン認識配列LVPRGS(配列番号3)をβ鎖S3およびS4の間のMazE上のループ領域に導入した、IPTG誘導mazE−mazF共発現系を構築した。このプラスミドを含む細胞をIPTGの存在下でインキュベートして、MazEとMazFをどちらも過剰発現させた。His−tagクロマトグラフィーで精製したMazF試料を、なし(レーン1)、0.01単位(レーン2)、0.02単位(レーン3)、0.04単位(レーン4)、および0.08単位(レーン5)のビオチン化トロンビン(Novagen)の存在下に室温で終夜インキュベートした(図2参照)。試料を15%SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動(「SDS−PAGE」)にかけ、続いてクーマシー・ブリリアント・ブルー染色を行った。MazEは、SDS−PAGEとそれに続く染色で検出できなかった。抗毒素MazEは、in vivoで内因性プロテアーゼによって消化されたと推測される。His標識したMazFタンパク質を、His−tagクロマトグラフィーを用いて精製し、続いて100mMリン酸ナトリウム(pH7.6)−300mM NaCl−20%グリセリン−5mMβ−メルカプトエタノールに対して透析した。図2に示すとおり、非常に純粋なMazFタンパク質が得られた。SDS−PAGEゲル(レーン1)上のMazFバンドのすぐ下に非常に薄いMazEバンドが検出されたものの、残留MazEタンパク質をトロンビン処理によって精製したMazF試料から除去することに成功した(レーン2〜5)。大腸菌細胞から抽出した全RNAを消化することによって精製したMazFのエンドリボヌクレアーゼ活性を確認した。熱フェノール法によって大腸菌細胞から抽出した全RNAを、なし(レーン1)、0.375ug(レーン2)、0.75ug(レーン3)、1.5ug(レーン4)、3ug(レーン5)および6ug(レーン6)の精製したMazFタンパク質の存在下に37℃で10分間インキュベートした(図4参照)。試料を3.5%アクリルアミドゲル電気泳動にかけ、続いて臭化エチジウム染色を行った。本発明のこの実施形態の概略モデルを図3に示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
毒素−抗毒素複合体中の抗毒素タンパク質から毒素タンパク質を分離するための方法であって、
a.前記毒素−抗毒素複合体中に不安定化配列を挿入することと、
b.毒素および抗毒素の共発現を刺激する条件に前記毒素−抗毒素複合体を曝露し、前記不安定化配列が共発現中に前記毒素から前記抗毒素を分離させることと
を含む方法。
【請求項2】
前記不安定化配列を、前記毒素−抗毒素複合体の前記抗毒素タンパク質中に挿入する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記不安定化配列が、第Xa因子、TEVプロテアーゼまたはトロンビンによって切断され得る配列である、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記不安定化配列が、配列番号1に示される第Xa因子認識配列である、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記不安定化配列が、配列番号2に示されるTEVプロテアーゼ認識配列である、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記不安定化配列が、配列番号3に示されるトロンビン認識配列である、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記不安定化配列を、前記抗毒素タンパク質のループ領域中に挿入する、請求項2に記載の方法。
【請求項8】
毒素−抗毒素複合体中の毒素タンパク質を精製するための方法であって、
a.前記毒素−抗毒素複合体の抗毒素タンパク質中に不安定化配列を挿入することと、
b.毒素および抗毒素の共発現を刺激する条件に前記毒素−抗毒素複合体を曝露し、前記不安定化配列が共発現中に前記毒素から前記抗毒素を分離させることと、
c.前記分離した抗毒素を適当なプロテアーゼと接触させ、前記プロテアーゼが前記分離した抗毒素を消化し、それによって前記毒素が精製されることと
を含む方法。
【請求項9】
前記不安定化配列が、第Xa因子、TEVまたはトロンビンによって切断され得る配列である、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記不安定化配列が、配列番号1に示される第Xa因子認識配列である、請求項8に記載の方法。
【請求項11】
前記不安定化配列が、配列番号2に示されるTEVプロテアーゼ認識配列である、請求項8に記載の方法。
【請求項12】
前記不安定化配列が、配列番号3に示されるトロンビン認識配列である、請求項8に記載の方法。
【請求項13】
前記不安定化配列を、前記抗毒素タンパク質のループ領域中に挿入する、請求項8に記載の方法。
【請求項14】
前記プロテアーゼを、in vivoで前記抗毒素と接触させる、請求項8に記載の方法。
【請求項15】
1ステップHis−tagクロマトグラフィーを用いて前記毒素と一緒に同時溶出した後に、前記プロテアーゼを前記抗毒素と接触させる、請求項8に記載の方法。
【請求項16】
毒素−抗毒素複合体を不安定化させる方法であって、不安定化配列を前記毒素−抗毒素複合体中に挿入することを含む方法。
【請求項17】
前記不安定化配列を、前記毒素−抗毒素複合体の前記抗毒素タンパク質中に挿入する、請求項16に記載の方法。
【請求項18】
前記不安定化配列が、配列番号1に示される第Xa因子認識配列である、請求項16に記載の方法。
【請求項19】
前記不安定化配列が、配列番号2に示されるTEVプロテアーゼ認識配列である、請求項16に記載の方法。
【請求項20】
前記不安定化配列が、配列番号3に示されるトロンビン認識配列である、請求項16に記載の方法。
【請求項21】
配列番号3を含む毒素−抗毒素複合体をコードする遺伝物質を含む、毒素−抗毒素共発現系。
【請求項22】
前記毒素−抗毒素複合体が、MazFおよびMazEを含む、請求項21に記載の毒素−抗毒素共発現系。
【請求項23】
配列番号3が、β鎖S3およびS4の間のMazEのループ領域に位置する、請求項22に記載の毒素−抗毒素共発現系。
【請求項24】
前記遺伝物質がプラスミドである、請求項21に記載の毒素−抗毒素共発現系。
【請求項25】
毒素−抗毒素複合体中の抗毒素タンパク質から毒素タンパク質を分離するための方法であって、
a.前記毒素−抗毒素複合体の前記抗毒素タンパク質中に不安定化配列を挿入することと、
b.毒素および抗毒素の共発現を刺激する条件に前記毒素−抗毒素複合体を曝露し、前記不安定化配列が共発現中に前記毒素から前記抗毒素を分離させることとを含む方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公表番号】特表2010−533000(P2010−533000A)
【公表日】平成22年10月21日(2010.10.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−516303(P2010−516303)
【出願日】平成20年7月14日(2008.7.14)
【国際出願番号】PCT/US2008/070001
【国際公開番号】WO2009/009800
【国際公開日】平成21年1月15日(2009.1.15)
【出願人】(510011293)ユニヴァーシティ オブ メディシン アンド デンティストリ オブ ニュージャーシィ (3)
【Fターム(参考)】