説明

抗Eセレクチン抗体による認知症予防効果

【課題】虚血により誘導される大脳白質損傷および記憶障害を予防するのに有用な組成物、予防方法などを提供すること
【解決手段】本発明は、虚血により誘導される大脳白質損傷および記憶機能の低下を予防するための、抗Eセレクチン抗体を含む組成物を提供する。1つの実施形態において、本発明の組成物は、虚血が生じる前、虚血の間または虚血が生じた後、約2時間以内に投与されることを特徴とする。本発明はまた、虚血により誘導される大脳白質損傷および記憶機能の低下を予防する方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血管性認知症、特に、虚血により誘導される大脳白質損傷および記憶障害の予防の技術に関する。本発明は、特に、抗Eセレクチン抗体を含む組成物を用いて、虚血により誘導される大脳白質損傷および記憶障害を予防することに関する。
【背景技術】
【0002】
現在、認知症の患者数は160〜180万人、有病率は65歳以上の8%程度といわれている。年齢別にみると、60歳代で1%、70歳代で5%、80歳代で20%の有病率である。急速な高齢化で2030年頃の患者数は300万人を超えると予想されている。原因疾患はアルツハイマー病が最も多く、次いで脳血管障害が原因で発病する血管性認知症の患者が多い。血管性認知症の中で虚血性大脳性白質病変を特徴とする皮質下の血管性認知症の患者数は血管性認知症患者の半数以上を占めており、人口の高齢化に伴い増加傾向にあり、血管性認知症の予防・治療戦略上、最も重要な対象疾患となっている。
【0003】
さらに、皮質下の血管性認知症の症状は緩徐進行性であり、血管性危険因子の管理、抗血小板などの治療を行っても進行の抑制が困難なため、その新規治療法の開発が急務である。
【0004】
近年、血管性認知症モデル動物を用いて脳虚血処置後に薬物を投与し、その薬物が脳に与える影響が報告されている(非特許文献1〜3、6および7)。また、脳虚血処置の前に薬物を投与した場合の効果が報告されている(非特許文献4および5)。しかし、非特許文献1〜7の方法では、薬物を繰り返し投与する必要があり、薬効の持続性は低いものであった。非特許文献1〜7には、1回の静脈内投与により、ほぼ100%に近い有効性が1か月間も持続するという効果は記載されていない。
【0005】
非特許文献6には、閉塞後の薬物(シロスタゾール:cilostazol)投与が大脳低灌流により誘導された白質損傷および認知障害に対して保護効果を示したことが記載されている。しかし、非特許文献6では、神経線維脱落という白質損傷の程度自体の病理学的検討はされていない。また、非特許文献6では、シロスタゾールの投与により脳低灌流により誘導された障害の程度が軽減されることが報告されているだけであり、それらを完全に防ぐことはできていない。
【0006】
非特許文献8には、一過性大脳虚血マウスにおいて、抗Eセレクチン抗体を投与すると神経系の欠損、死亡率、梗塞サイズ等が用量依存的に減少することが記載されている。非特許文献9には、一過性虚血ヒヒにおいて、EセレクチンおよびPセレクチンに対する抗体を投与すると、プラセボと比べて皮質への多形核白血球浸潤の減少、梗塞サイズの減少、神経学的スコアの改善等が認められると記載されている。しかし、非特許文献8および9では、急性期の病変しか検討されていない。また、神経学的スコアによる急性期の運動麻痺が観察されているだけであり、慢性期に生じる記憶機能障害については何ら記載されていない。
【0007】
特許文献1には、血管性認知症を処置、予防することが記載されている。特許文献2には、Eセレクチンにより脳卒中に関連した組織損傷を軽減することが記載されている。しかし、特許文献1および2には、抗Eセレクチン抗体を用いて虚血による大脳皮質損傷および記憶機能の低下を完全に予防することは記載されていない。また、1回の静脈内投与により、ほぼ100%に近い有効性が1か月間も持続するという効果も記載されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】国際公開第2007/028133号パンフレット
【特許文献2】特表2004−503471号(国際公開第2001/89557号パンフレット)
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】NeuroReport 10(1999)1461−1465
【非特許文献2】Brain Research 980(2003)156−160
【非特許文献3】Brain Research 992(2003)53−59
【非特許文献4】Pharmacology,Biochemistry and behavior 75(2003)635−643
【非特許文献5】Immunosuppressant Analogs in Neuroprotection(2003)
【非特許文献6】Stroke 37(2006)1539−1545
【非特許文献7】Journal of Clinical Neuroscience 15(2008)174−178
【非特許文献8】Stroke 31(2000)3047−3053
【非特許文献9】Circ.Res.91(2002)907−914
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の課題は、虚血により誘導される大脳白質損傷および記憶障害を予防するのに有用な組成物、予防方法などを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために、本発明者らは鋭意研究の結果、抗Eセレクチン抗体を含む組成物が、血管性認知症(特に、虚血により誘導される大脳白質損傷および記憶障害)において予想外に治療効果を上げることを見出し、本発明を完成させるに至ったものである。
【0012】
上記目的を達成するために、本発明は、例えば、以下の手段を提供する。
(項目1)
虚血により誘導される大脳白質損傷および記憶機能の低下を予防するための組成物であって、該組成物は抗Eセレクチン抗体を含む、組成物。
(項目2)
前記組成物は、虚血が生じる前、虚血の間または虚血が生じた後、約2時間以内に投与されることを特徴とする、上記項目に記載の組成物。
(項目3)
前記組成物は、虚血が生じた約2時間後に投与されることを特徴とする、上記項目に記載の組成物。
(項目4)
前記大脳白質損傷が脳梁の神経線維脱落である、上記項目に記載の組成物。
(項目5)
前記大脳白質損傷が脳梁の神経線維脱落であり、前記組成物が、虚血が生じる前、虚血の間または虚血が生じた後、約2時間以内に投与されることを特徴とする、上記項目に記載の組成物。
(項目6)
前記組成物は、被験体に対して約0.1〜約5mg/体重の抗Eセレクチン抗体の量で投与されることを特徴とする、上記項目に記載の組成物。
(項目7)
前記組成物は、投与1日後の血清中抗体濃度が、約50μg/ml〜約130μg/mlとなるように投与されることを特徴とする、上記項目に記載の組成物。
(項目8)
前記組成物は、投与1週間後の血清中抗体濃度が、約30μg/ml〜約70μg/mlとなるように投与されることを特徴とする、上記項目に記載の組成物。
(項目9)
前記組成物は、投与2週間後の血清中抗体濃度が、約20μg/ml〜約40μg/mlとなるように投与されることを特徴とする、上記項目に記載の組成物。
(項目10)
前記組成物は、投与4週間後の血清中抗体濃度が、約4μg/ml〜約10μg/mlとなるように投与されることを特徴とする、上記項目に記載の組成物。
(項目11)
前記組成物は、虚血が生じる前、虚血の間または虚血が生じた後、約2時間以内に約0.87〜約1.5mg/体重の抗Eセレクチン抗体の量で静脈投与されることを特徴とする、上記項目に記載の組成物。
(項目12)
前記大脳白質損傷が脳梁の神経線維脱落であり、前記組成物は、虚血が生じた約2時間後に約0.87〜約1.5mg/体重の抗Eセレクチン抗体の量で静脈投与されることを特徴とする、上記項目に記載の組成物。
(項目13)
虚血により誘導される大脳白質損傷および記憶機能の低下を予防する方法であって、抗Eセレクチン抗体を含む組成物を投与する工程を包含する、方法。
(項目14)
虚血により誘導される大脳白質損傷および記憶機能の低下を予防するための医薬の製造における抗Eセレクチン抗体の使用。
【発明の効果】
【0013】
本発明によって、抗Eセレクチン抗体を含む組成物が、それ自体で血管性認知症を効果的に治療できることが初めて見出された。このような組成物は、本発明によって初めて提供されるものである。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】図1は、本実施例1において調製した抗Eセレクチン抗体が、白血球と血管内皮細胞との接着阻止効果を有することを示す。縦軸は、内皮細胞と接着したTHP−1細胞の数を示す。横軸上段の「−」はTNF−αを添加しなかったことを示し、「+」はTNF−αを10ng/mlの濃度で添加したことを示す。Y軸下段の「−」は抗Eセレクチン抗体を添加しなかったことを示し、各数字は添加した抗Eセレクチン抗体の濃度(3、10、30μg/ウェル)を示す。シャープ(#)はp<0.01 vs コントロール(TNF−α(-)、抗Eセレクチン抗体(-))を示し、アスタリスク(*)はp<0.01 vs (TNF−α(+)、抗Eセレクチン抗体(-))を示す。値は平均値±標準偏差である。
【図2】図2は、血清中の抗Eセレクチン阻止抗体濃度を示す。縦軸は血清中の抗Eセレクチン阻止抗体濃度(μg/ml)であり、横軸は抗体濃度を測定した時間を示す。1d:投与1日後、1w:投与1週間後、2w:投与2週間後、4w:投与4週間後。値は平均値±標準偏差である。
【図3】図3は、抗Eセレクチン阻止抗体または正常マウス免疫グロブリンを投与したラットにおける、記憶機能検査(物品認識検査)の結果である。縦軸はdiscrimination indexである。discrimination indexは横軸は記憶機能検査を行った時期を示す(A:虚血手術前、B:術後2週間、C:術後4週間)。菱形:抗Eセレクチン阻止抗体投与群、四角:正常マウス免疫グロブリン投与群、*:p<0.05、**:p<0.01(統計処理は、repeated measure analysis of variance (ANOVA)と、post hoc testとして Bonferroni法により行った)。値は平均値±標準偏差である。
【図4】図4は、抗Eセレクチン阻止抗体投与群および正常マウス免疫グロブリン投与群における脳梁の病理像を示す。図4A:正常マウス免疫グロブリン投与群、図4B:抗Eセレクチン阻止抗体投与群。
【図5】図5は、抗Eセレクチン阻止抗体または生理食塩水を投与したマウスにおける、記憶機能検査(物品認識検査)の結果である。縦軸は識別指数である。横軸の「A」は、虚血手術前に記憶機能検査を行った結果を示し、横軸「B」は、虚血手術4週間後に記憶機能検査を行った結果を示す。白:偽手術(生理食塩水投与)群(n=4)、斜線:偽手術(抗Eセレクチン阻止抗体投与)群(n=3)、黒:虚血(生理食塩水投与)群(n=6)、格子:虚血(抗Eセレクチン阻止抗体投与)群(n=7)。*:p<0.05(統計処理は、*:非等分散の2標本を対象とするt検定、**:対をなすデータのt検定を行った)。値は平均値±標準偏差である。
【図6】図6は、抗Eセレクチン阻止抗体投与群および生理食塩水投与群における脳梁の神経線維の脱落を線維蜜度により評価した結果を示す。縦軸は相対的線維密度(pixel)である。横軸の「A」は、偽手術群の結果を示し、横軸「B」は、虚血群の結果を示す。白:生理食塩水投与群、グレー:抗Eセレクチン阻止抗体投与群。各群4匹を検討した。*:p<0.05、**:p<0.01。(統計処理は、*:非等分散の2標本を対象とするt検定、**:対をなすデータのt検定を行った)。値は平均値±標準偏差である。
【図7】図7は、血管性認知症モデルにおける血管閉塞後の脳梁におけるTNF−α陽性の血管を検索した結果である。縦軸は、1切片あたりの脳梁内のTNF−α陽性血管の数である。横軸は検索した時期を示す。1day:手術1日後、3days:手術3日後、7days:手術7日後、14days:手術14日後、30days:手術30日後。「n」は実験に用いたラット数。値は平均値±標準偏差である。
【図8】図8は、血管性認知症モデルの脳梁におけるTNF−αの発現を検討した結果を示す。A:虚血手術1日後、B:虚血手術14日後、C:虚血手術30日後。バーは50μmを示す。
【図9】図9は、血管性認知症モデルにおける血管閉塞後の脳梁におけるEセレクチン陽性の血管を検索した結果である。縦軸は、1切片あたりのEセレクチン陽性血管の数である。横軸は検索した時期を示す。1day:手術1日後、3days:手術3日後、7days:手術7日後、14days:手術14日後、30days:手術30日後。「n」は実験に用いたラット数。値は平均値±標準偏差である。
【図10】図10は、血管性認知症モデルの脳梁におけるEセレクチンの発現を検討した結果を示す。A:虚血手術1日後、B:虚血手術14日後、C:虚血手術30日後。バーは50μmを示す。
【図11】図11は、血管性認知症モデルにおける血管閉塞後の脳梁における活性化したミクログリアを検索した結果である。縦軸は、1切片あたりの活性化したミクログリアの数である。横軸は検索した時期を示す。1day:手術1日後、3days:手術3日後、7days:手術7日後、14days:手術14日後、30days:手術30日後。「n」は実験に用いたラット数。値は平均値±標準偏差である。
【図12】図12は、血管性認知症モデルの脳梁における活性化したミクログリアを検討した結果を示す。A:虚血手術1日後、B:虚血手術14日後、C:虚血手術30日後。バーは50μmを示す。
【図13】図13は、血管性認知症モデルにおける血管閉塞後の脳梁におけるCD4+ Tリンパ球浸潤を検索した結果である。縦軸は、1切片あたりの、浸潤したCD4+ Tリンパ球の数である。横軸は検索した時期を示す。1day:手術1日後、3days:手術3日後、7days:手術7日後、14days:手術14日後、30days:手術30日後。「n」は実験に用いたラット数。値は平均値±標準偏差である。
【図14】図14は、血管性認知症モデルの脳梁におけるCD8+ リンパ球浸潤を検討した結果を示す。A:虚血手術1日後、C:虚血手術14日後、D:虚血手術30日後。バーは50μmを示す。
【図15】図15は、血管性認知症モデルにおける血管閉塞後の脳梁におけるCD8+ リンパ球浸潤を検索した結果である。縦軸は、1切片あたりの、浸潤したCD8+ リンパ球の数である。横軸は検索した時期を示す。1day:手術1日後、3days:手術3日後、7days:手術7日後、14days:手術14日後、30days:手術30日後。「n」は実験に用いたラット数。値は平均値±標準偏差である。
【図16】図16は、血管性認知症モデルの脳梁におけるCD8+ リンパ球浸潤を検討した結果を示す。A:虚血手術1日後、B:虚血手術14日後、C:虚血手術30日後。バーは50μmを示す。
【図17】図17は、抗Eセレクチン阻止抗体投与群および正常マウス免疫グロブリン投与群における脳梁の繊維密度を示す棒グラフである(統計処理は、対をなさないデータのt検定を行った)。値は平均値±標準誤差である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を最良の形態を示しながら説明する。本明細書の全体にわたり、単数形の表現は、特に言及しない限り、その複数形の概念をも含むことが理解されるべきである。従って、単数形の冠詞(例えば、英語の場合は「a」、「an」、「the」など)は、特に言及しない限り、その複数形の概念をも含むことが理解されるべきである。また、本明細書において使用される用語は、特に言及しない限り、当上記分野で通常用いられる意味で用いられることが理解されるべきである。したがって、他に定義されない限り、本明細書中で使用される全ての専門用語および科学技術用語は、本発明の属する分野の当業者によって一般的に理解されるのと同じ意味を有する。矛盾する場合、本明細書(定義を含めて)が優先する。
【0016】
以下に本明細書において特に使用される用語の定義を適宜説明する。
【0017】
本明細書において「虚血」とは、当該分野において通常用いられるものと同様の意味で使用され、主に動脈の狭窄または中断による、血液供給の器質的障害により引き起こされる局所性貧血をいう。虚血としては、例えば、例示的に、脳虚血などが挙げられる。
【0018】
本明細書において「脳虚血」とは、脳への血液供給が低下または遮断されることにより引き起こされる局所性貧血をいう。
【0019】
本明細書において「虚血により誘導される」とは、虚血が直接的または間接的な原因となって何らかの事象が発生することをいう。
【0020】
本明細書において「大脳白質損傷」とは、大脳白質が損なわれ傷つくことをいう。大脳白質損傷としては、例えば、脳梁の神経線維脱落、線条体の神経線維脱落、内包の神経線維脱落、前交連の神経線維脱落などが挙げられる。
【0021】
虚血により誘導される大脳白質損傷を「予防」するとは、大脳白質損傷が発生する前に、何らかの手段により、その大脳白質損傷を生じさせないかまたは少なくとも遅延させること、あるいは虚血自体が生じたとしてもそれが原因の障害が生じないような状態にすることをいう。
【0022】
また、本明細書において、血管性認知症を「治療」するとは、既に発症している病気の進行を食い止めるか、または完全または部分的に拘わらず、認知症の症状が改善することをいう。血管性認知症は長期間にわたる慢性疾患であることから、血管性認知症の患者に抗Eセレクチン抗体を含む組成物を投与することによって、既に発症している病気の進行を食い止めることにも意義があるというべきである。
【0023】
本明細書において「記憶機能」とは、過去に体験したこと、覚えたことなどを忘れずに心にとめておくための機能をいう。記憶機能は、例えば、物品認識検査、水迷路検査、T字型迷路検査、Y字型迷路検査、放射状迷路検査などにより判定することができる。物品認識検査は、物品を認識する場合、以前から記憶している対象より、被験体が新しい対象により多くの興味を持つことを利用した記憶検査である。
【0024】
虚血により誘導される記憶機能の低下を「予防」するとは、記憶機能の低下が発生する前に、何らかの手段により、その記憶機能の低下を生じさせないかまたは少なくとも遅延させること、あるいは虚血自体が生じたとしてもそれが原因の記憶機能の低下が生じないような状態にすることをいう。
【0025】
本明細書において「抗Eセレクチン阻止抗体」とは、Eセレクチンによって惹起された特異的なアミノ酸配列を有する免疫グロブリン分子をいう。本明細書において「抗Eセレクチン阻止抗体」と「抗Eセレクチン抗体」とは交換可能に使用され得る。
【0026】
本明細書において「被験体」とは、虚血により誘導される大脳白質損傷または記憶機能を低下の予防の対象とされる動物をいう。本発明が対象とする動物は、例えば、鳥類、哺乳動物などであってもよい。好ましくは、そのような動物は、哺乳動物(例えば、単孔類、有袋類、貧歯類、皮翼類、翼手類、食肉類、食虫類、長鼻類、奇蹄類、偶蹄類、管歯類、有鱗類、海牛類、クジラ目、霊長類、齧歯類、ウサギ目など)であり得る。例示的な被験体としては、例えば、ウシ、ブタ、ウマ、ニワトリ、ネコ、イヌなどの動物が挙げられるがそれらに限定されない。さらに好ましくは、マウス、ラット、ウサギ、ハムスター、モルモットなどの小動物が用いられ得る。
【0027】
(好ましい実施形態の説明)
以下に本発明の好ましい実施形態を説明する。以下に提供される実施形態は、本発明のよりよい理解のために提供されるものであり、本発明の範囲は以下の記載に限定されるべきでない。従って、当業者は、本明細書中の記載を参酌して、本発明の範囲内で適宜改変を行うことができることは明らかである。
【0028】
(組成物)
1つの局面において、本発明は、虚血により誘導される大脳白質損傷および記憶機能の低下を予防するための組成物を提供する。本発明の組成物は抗Eセレクチン抗体を含み得る。
【0029】
本発明の組成物は、長期にわたって虚血により誘導される大脳白質損傷および記憶障害を完全に予防するという顕著な効果を発揮し、このような顕著な効果は本発明の組成物により初めて達成されたものである。
【0030】
1つの実施形態において、本発明の組成物に含まれる抗Eセレクチン抗体は、アメリカンタイプカルチャーコレクション(ATCC)に受託番号ATCC番号CRL−2515として寄託されたハイブリドーマまたはその子孫により生産された抗体であり得るが、これらに限定されない。
【0031】
上記のようなモノクローナル抗体は、当該分野で周知の方法を用いて容易に産生可能であるが、この抗体は、例えば、以下のようにして産生することが可能である。
【0032】
マウスBalb/c(雌性6週齢)に、プリスタン0.5mL/マウスを投与する。ハイブリドーマを、定法に従って、RPMI(10%FBS,ペニシリン(Pc)+ストレプトマイシン(St)含有)培地で、5%CO、37℃で培養する。PBSに細胞を懸濁して、5×10細胞/マウスでマウスの腹腔内に投与する。約2週間後に腹水を採取する。採取した腹水を硫酸アンモニウム沈殿し、沈殿物をPBSに溶解させ、PBS緩衝液で透析を行う。得られた透析後の抗体含有溶液を、プロテインGカラムに通す。カラムをPBS緩衝液で洗浄後、0.1M グリシン緩衝液(pH2.7)をカラムに通して、プロテインGに結合したモノクローナル抗体を溶出し、得られた溶出液を1M Tris溶液(pH9.0)で中和する。その後、PBS緩衝液で再び透析を行い、実質的に精製されたモノクローナル抗体を得る。このようにして得られたモノクローナル抗体の濃度は、当該分野で周知のタンパク質濃度測定法(例えば、Bio−RadのProtein Assay Reagentを使用する方法)により測定可能である。
【0033】
他の実施形態において、本発明の組成物に含まれ得る抗Eセレクチン抗体としては、例えば、抗Eセレクチン抗体(R&Dsystems、Catalog Number:BBA2、BBA16、BBA26)、抗Eセレクチン抗体(abcam、Catalog Number:ab8165)、抗Eセレクチン抗体(MONOSAN、Catalog Number:MON6011)、抗Eセレクチン抗体(Acris Antibodies GmbH、Catalog Number:BM2307)が挙げられるが、これらに限定されない。なぜなら、Eセレクチンの持つ白血球と血管内皮細胞との接着等の炎症機構を阻止すれば、同様の効果が得られると考えられるからである。
【0034】
虚血により誘導される記憶機能の低下は、例えば、物品認識検査、水迷路検査、T字型迷路検査、Y字型迷路検査、放射状迷路検査などにより判定することができる
【0035】
物品認識検査は、物品を認識する場合、以前から記憶している対象より、被験体が新しい対象により多くの興味を持つことを利用した記憶検査である。ラットまたはマウスでは物品認識試験は、以下のように実施される。部屋の明かりを消し、ガラス水槽の床から70cmの高さに100Wの蛍光灯を点ける。試験前日に10分間、被験体を縦30cm横45cm高さ30cmのガラス水槽に入れ、環境に慣れさせる。試験当日は1時間間隔で2つの探索行動を行わせる。3種類の対象(プラスチック製の玩具各2個;それぞれ高さ6cmの青色の円柱、赤色の立方体、緑色の三角錐)から任意に1種類(同じもの2個)の対象を選び、ガラス水槽の中に壁から5cm離した位置に置く。その中に被験体を1回目は6分間探索させる。1時間後、1個の対象を別の種類に変え、6分間探索させる。各対象の探索時間を計測し、以前に1度探索した対象を2度目に探索した時間の合計をTFとし、変更した後の対象の探索時間の合計をTNとする。探索の定義は被験体が髭や鼻で対象に触るか2cm以内に鼻を近づけた場合とする。TN−TF/TN+TFをdiscrimination indexとし、記憶機能をこの指標を基に評価することができる。指標の数値が大きい程、1回目の探索対象を記憶していると考えられ、記憶機能が高いと考えられる。
【0036】
他の実施形態において、本発明の組成物は、虚血が生じる前、虚血の間または虚血が生じた後、約2時間以内に投与され得る。なぜなら、Eセレクチンが虚血により脳内の血管内皮細胞に誘導されている時間を通じて有効血中濃度が維持されると考えられるからである。好ましくは、本発明の組成物は、虚血が生じた約2時間後に投与され得る。
【0037】
他の実施形態において、本発明の組成物により予防され得る大脳白質損傷は、例えば、脳梁の神経線維脱落、線条体の神経線維脱落などであり得る。この大脳白質損傷は、組織学的検索(例えば、Kluver−Barrera染色、エオシン−ヘマトキシリン染色など)、神経線維の構成成分に対する免疫染色(neurofilamentやmyelin basic proteinに対する抗体を用いた免疫染色)、神経線維に対する染色法(Bielschowsky染色および当該分野で周知のその改変法)により評価することができる。
【0038】
他の実施形態において、本発明の組成物により予防され得る大脳白質損傷は、脳梁の神経線維脱落であり、この組成物は、虚血が生じる前、虚血の間または虚血が生じた後、約2時間以内に投与され得る。
【0039】
他の実施形態において、本発明の組成物は、被験体に対して約0.1〜約5mg/体重kgの抗Eセレクチン抗体の量で投与され得る。本発明の組成物は、例えば、約0.1〜約5mg/体重、好ましくは約0.5〜約3mg/体重、より好ましくは約0.75〜約2mg/体重、最も好ましくは約0.87〜約1.5mg/体重で投与され得るが、これらに限定されない。
【0040】
他の実施形態において、本発明の組成物は、投与1日後の血清中抗体濃度が、約50μg/ml〜約130μg/mlとなるように投与され得るが、これらに限定されない。投与1日後の血中抗体濃度の上限は、約130μg/ml、またはそれより大きくてもよく、あるいは、約129μg/ml、約128μg/ml、約127μg/ml、約126μg/ml、約125μg/ml、約120μg/ml、約115μg/ml、約110μg/ml、約105μg/ml、約100μg/ml、約105μg/ml、約100μg/ml、約90μg/ml、約80μg/ml、約75μg/ml、約70μg/ml、約65μg/ml、約60μg/ml、約59μg/ml、約58μg/ml、約57μg/ml、約56μg/ml、約55μg/ml、約54μg/ml、約53μg/ml、約52μg/ml、約51μg/ml、約50μg/mlであり得る。投与1日後の血中抗体濃度の下限は、約50μg/ml、またはそれより小さくてもよく、あるいは、約51μg/ml、約52μg/ml、約53μg/ml、約54μg/ml、約55μg/ml、約60μg/ml、約65μg/ml、約60μg/ml、約65μg/ml、約70μg/ml、約75μg/ml、約80μg/ml、約85μg/ml、約90μg/ml、約95μg/ml、約100μg/ml、約105μg/ml、約110μg/ml、約115μg/ml、約120μg/ml、約121μg/ml、約122μg/ml、約123μg/ml、約124μg/ml、約125μg/ml、約126μg/ml、約127μg/ml、約128μg/ml、約129μg/ml、約130μg/mlであり得る。投与1日後の血中抗体濃度は、例えば、上記の上限および下限を結ぶ範囲にわたる、約50μg/ml〜約130μg/mlの範囲内に入る任意の数値範囲であり得る。
【0041】
他の実施形態において、本発明の組成物は、投与1週間後の血清中抗体濃度が、約30μg/ml〜約70μg/mlとなるように投与され得るが、これらに限定されない。投与1日後の血中抗体濃度の上限は、約70μg/ml、またはそれより大きくてもよく、あるいは、約69μg/ml、約68μg/ml、約67μg/ml、約66μg/ml、約65μg/ml、約64μg/ml、約63μg/ml、約62μg/ml、約61μg/ml、約60μg/ml、約55μg/ml、約50μg/ml、約55μg/ml、約50μg/ml、約45μg/ml、約40μg/ml、約39μg/ml、約38μg/ml、約37μg/ml、約36μg/ml、約35μg/ml、約34μg/ml、約33μg/ml、約32μg/ml、約31μg/ml、約30μg/mlであり得る。投与1週間後の血中抗体濃度の下限は、約30μg/ml、またはそれより小さくてもよく、あるいは、約31μg/ml、約32μg/ml、約43μg/ml、約34μg/ml、約35μg/ml、約36μg/ml、約37μg/ml、約38μg/ml、約39μg/ml、約40μg/ml、約45μgml、約50μg/ml、約55μg/ml、約60μg/ml、約61μg/ml、約62μg/ml、約63μg/ml、約64μg/ml、約65μg/ml、約66μg/ml、約67μgml、約68μg/ml、約69μg/ml、約70μg/mlであり得る。投与1日後の血中抗体濃度は、例えば、上記の上限および下限を結ぶ範囲にわたる、約30μg/ml〜約70μg/mlの範囲内に入る任意の数値範囲であり得る。
【0042】
他の実施形態において、本発明の組成物は、投与2週間後の血清中抗体濃度が、約20μg/ml〜約40μg/mlとなるように投与され得るが、これらに限定されない。投与1日後の血中抗体濃度の上限は、約40μg/ml、またはそれより大きくてもよく、あるいは、約39μg/ml、約38μg/ml、約37μg/ml、約36μg/ml、約35μg/ml、約30μg/ml、約25μg/ml、約24μg/ml、約23μg/ml、約22μg/ml、約21μg/ml、約20μg/mlであり得る。投与2週間後の血中抗体濃度の下限は、約20μg/ml、またはそれより小さくてもよく、あるいは、約21μg/ml、約22μg/ml、約23μg/ml、約24μg/ml、約25μg/ml、約30μg/ml、約35μg/ml、約36μg/ml、約37μg/ml、約38μg/ml、約39μg/ml、約40μg/mlであり得る。投与1日後の血中抗体濃度は、例えば、上記の上限および下限を結ぶ範囲にわたる、約20μg/ml〜約40μg/mlの範囲内に入る任意の数値範囲であり得る。
【0043】
他の実施形態において、本発明の組成物は、投与4週間後の血清中抗体濃度が、約4μg/ml〜約10μg/mlとなるように投与され得るが、これらに限定されない。投与1日後の血中抗体濃度の上限は、約10μg/ml、またはそれより大きくてもよく、あるいは、約9.9μg/ml、9.8μg/ml、約9.7μg/ml、約9.6μg/ml、約9.5μg/ml、約9μg/ml、約8.5μg/ml、約8μg/ml、約7.5μg/ml、約7μg/ml、約6.5μg/ml、約6μg/ml、約5.5μg/ml、約5μg/ml、約4.5μg/ml、約4.4μg/ml、約4.3μg/ml、約4.2μg/ml、約4.1μg/ml、約4μg/mlであり得る。投与2週間後の血中抗体濃度の下限は、約4μg/ml、またはそれより小さくてもよく、あるいは、約4.1μg/ml、約4.2μg/ml、約4.3μg/ml、約4.4μg/ml、約4.5μg/ml、約5μg/ml、約5.5μg/ml、約6μg/ml、約6.5μg/ml、約7μg/ml、約7.5μg/ml、約8μg/ml、約8.5μg/ml、約9μg/ml、約9.5μg/ml、約9.6μg/ml、約9.7μg/ml、約9.8μg/ml、約9.9μg/ml、約10μg/mlであり得る。投与1日後の血中抗体濃度は、例えば、上記の上限および下限を結ぶ範囲にわたる
約4μg/ml〜約10mμg/mlの範囲内に入る任意の数値範囲であり得る。。
【0044】
本発明の組成物の血清中抗体濃度を測定する方法としては、例えば、ELISA法、ブロット法などが挙げられるが、これらに限定されない。一般には、ELISA法が使用される。ELISA法は、例えば、以下のように実施され得る。定法に従って、プラスチックプレートのウェルに抗原物質を吸着させ、一次抗体として血清等の濃度未知の抗体を含む溶液を添加して、抗原抗体複合物を形成させる。ウェル中の抗原抗体複合物に、酵素を標識した既知の二次抗体を反応させた後、二次抗体に結合した酵素に特異的な基質をウェルに添加する。一定時間反応させた後、プレートリーダー等により吸光度を測定して、抗体濃度を評価する。
【0045】
好ましい実施形態において、本発明の組成物は、虚血が生じる前、虚血の間または虚血が生じた後、約2時間以内に約0.87〜約1.5mg/体重の抗Eセレクチン抗体の量で投与され得る。好ましくは、本発明の組成物は、血管を介する投与法(例えば、静脈内投与、動脈内投与)により投与され得るが、これらに限定されない。
【0046】
より好ましい実施形態において、本発明の組成物により予防され得る大脳白質損傷は、脳梁の神経線維脱落、線条体の神経線維脱落であり、本発明の組成物は、虚血が生じた約2時間後に約0.87〜約1.5mg/体重の抗Eセレクチン抗体の量で静脈内投与され得る。
【0047】
本発明の組成物は、必要に応じて、適切な処方材料または薬学的に受容可能なキャリアを含み得る。適切な処方材料または薬学的に受容可能なキャリアとしては、抗酸化剤、保存剤、着色料、蛍光色素、風味料、希釈剤、乳化剤、懸濁化剤、溶媒、フィラー、増量剤、緩衝剤、送達ビヒクルおよび/または薬学的アジュバントが挙げられるがそれらに限定されない。代表的には、本発明の組成物は、抗Eセレクチン抗体、および必要に応じて他の有効成分を、少なくとも1つの生理的に受容可能なキャリア、賦形剤または希釈剤とともに含む組成物の形態で投与される。例えば、適切なビヒクルは、ミセル、注射溶液、生理的溶液、または人工脳脊髄液であり得、これらには、非経口送達のための組成物に一般的に使用される他の物質を補充することが可能である。
【0048】
本明細書で使用される受容可能なキャリア、賦形剤または安定化剤は、好ましくは、レシピエントに対して非毒性であり、そして好ましくは、使用される投薬量および濃度において不活性であり、好ましくは、例えば、リン酸塩、クエン酸塩、または他の有機酸;アスコルビン酸、α−トコフェロール;低分子量ポリペプチド;タンパク質(例えば、血清アルブミン、ゼラチンまたは免疫グロブリン);親水性ポリマー(例えば、ポリビニルピロリドン);アミノ酸(例えば、グリシン、グルタミン、アスパラギン、アルギニンまたはリジン);モノサッカリド、ジサッカリドおよび他の炭水化物(グルコース、マンノース、またはデキストリン);キレート剤(例えば、EDTA);糖アルコール(例えば、マンニトールまたはソルビトール);塩形成対イオン(例えば、ナトリウム);ならびに/あるいは非イオン性表面活性化剤(例えば、Tween、プルロニック(pluronic)またはポリエチレングリコール(PEG))などが挙げられる。
【0049】
例示の適切なキャリアとしては、中性緩衝化生理食塩水、または血清アルブミンと混合された生理食塩水が挙げられる。好ましくは、その生成物は、適切な賦形剤(例えば、スクロース)を用いて凍結乾燥剤として処方される。他の標準的なキャリア、希釈剤および賦形剤は所望に応じて含まれ得る。他の例示的な組成物は、pH約7.0−8.5のTris緩衝剤またはpH約4.0−5.5の酢酸緩衝剤を含み、これらは、さらに、ソルビトールまたはその適切な代替物を含み得る。
【0050】
以下に本発明の組成物の一般的な調製法を示す。なお、動物薬組成物、医薬部外品および水産薬組成物等についても公知の調製法により製造することができることに注意されたい。
【0051】
本発明の組成物などは、薬学的に受容可能なキャリアと必要に応じて配合し、例えば、注射剤、懸濁剤、溶液剤、スプレー剤等の液状製剤として非経口的に投与することができる。薬学的に受容可能なキャリアの例としては、賦形剤、潤滑剤、結合剤、崩壊剤、崩壊阻害剤、吸収促進剤、吸収剤、湿潤剤、溶剤、溶解補助剤、懸濁化剤、等張化剤、緩衝剤、無痛化剤等が挙げられる。また、必要に応じて、防腐剤、抗酸化剤、着色剤、甘味剤等の製剤添加物を用いることができる。また、本発明の組成物には、抗Eセレクチン抗体以外の物質を配合することも可能である。非経口の投与経路としては、静脈内、筋肉内、皮下投与、皮内投与、粘膜投与、直腸内投与、膣内投与、局所投与、皮膚投与など等が挙げられるがそれらに限定されない。全身投与されるとき、本発明において使用される医薬は、発熱物質を含まない、薬学的に受容可能な水溶液の形態であり得る。そのような薬学的に受容可能な組成物の調製について、pH、等張性、安定性などを考慮することは、当業者の技術範囲内である。
【0052】
液状製剤における溶剤の好適な例としては、注射溶液、アルコール、プロピレングリコール、マクロゴール、ゴマ油およびトウモロコシ油等が挙げられる。
【0053】
液状製剤における溶解補助剤の好適な例としては、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、D−マンニトール、安息香酸ベンジル、エタノール、トリスアミノメタン、コレステロール、トリエタノールアミン、炭酸ナトリウムおよびクエン酸ナトリウム等が挙げられるがそれらに限定されない。
【0054】
液状製剤における懸濁化剤の好適な例としては、例えば、ステアリルトリエタノールアミン、ラウリル硫酸ナトリウム、ラウリルアミノプロピオン酸、レシチン、塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウム、モノステアリン酸グリセリン等の界面活性剤、例えば、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、カルボキシメチルセルロースナトリウム、メチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース等の親水性高分子等が挙げられる。
【0055】
液状製剤における等張化剤の好適な例としては、塩化ナトリウム、グリセリン、D−マンニトール等が挙げられるがそれらに限定されない。
【0056】
液状製剤における緩衝剤の好適な例としては、リン酸塩、酢酸塩、炭酸塩およびクエン酸塩等が挙げられるがそれらに限定されない。
【0057】
液状製剤における無痛化剤の好適な例としては、ベンジルアルコール、塩化ベンザルコニウムおよび塩酸プロカイン等が挙げられるがそれらに限定されない。
【0058】
液状製剤における防腐剤の好適な例としては、パラオキシ安息香酸エステル類、クロロブタノール、ベンジルアルコール、2−フェニルエチルアルコール、デヒドロ酢酸、ソルビン酸等が挙げられるがそれらに限定されない。
【0059】
液状製剤における抗酸化剤の好適な例としては、亜硫酸塩、アスコルビン酸、α−トコフェロールおよびシステイン等が挙げられるがそれらに限定されない。
【0060】
注射剤として調製する際には、液剤および懸濁剤は殺菌され、かつ血液または他の目的のための注射部位における溶媒と等張であることが好ましい。通常、これらは、細菌保留フィルター等を用いるろ過、殺菌剤の配合または照射などによって無菌化する。さらにこれらの処理後、凍結乾燥等の方法により固形物とし、使用直前に無菌水または無菌の注射用希釈剤(塩酸リドカイン水溶液、生理食塩水、ブドウ糖水溶液、エタノールまたはこれらの混合溶液等)を添加してもよい。
【0061】
さらに、本発明の組成物は、着色料、保存剤、香料、矯味矯臭剤、甘味料等、ならびに他の薬剤を含んでいてもよい。
【0062】
本発明において使用される物質、組成物等の量は、使用目的、対象疾患(種類、重篤度など)、被験体の年齢、体重、性別、既往歴、細胞の形態または種類などを考慮して、当業者が容易に決定することができる。本発明の方法を被験体に対して施す頻度もまた、使用目的、対象疾患(種類、重篤度など)、被験体の年齢、体重、性別、既往歴、および治療経過などを考慮して、当業者が容易に決定することができる。頻度としては、例えば、毎日−数ヶ月に1回(例えば、1週間に1回−1ヶ月に1回)の投与が挙げられる。1週間−1ヶ月に1回の投与を、経過を見ながら施すことが好ましい。投与する量は、処置されるべき部位が必要とする量を見積もることによって確定することができる。
【0063】
(予防方法)
別の局面において、本発明は、虚血により誘導される大脳白質損傷および記憶機能の低下を予防する方法を提供する。この方法は、抗Eセレクチン抗体を含む組成物を投与する工程を包含し得る。ここで抗Eセレクチン抗体を含む組成物は、上述の(組成物)に記載される任意の形態が使用され得る。
【0064】
(使用)
他の局面において、本発明は、虚血により誘導される大脳白質損傷および記憶機能の低下を予防するための医薬の製造における抗Eセレクチン抗体の使用を提供する。ここで抗Eセレクチン抗体を含む組成物は、上述の(組成物)に記載される任意の形態が使用され得る。
【0065】
本明細書において引用された、科学文献、特許、特許出願などの参考文献は、その全体が、各々具体的に記載されたのと同じ程度に本明細書において参考として援用される。
【0066】
以下、実施例により、本発明の構成をより詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。以下において使用した試薬類は、特に言及した場合を除いて、市販されているものを使用した。
【実施例】
【0067】
(実施例1.ラットにおける抗Eセレクチン阻止抗体の予防効果)
(抗Eセレクチン抗体の調製)
抗E−セレクチン抗体は、抗E−セレクチン抗体産生ハイブリドーマ(CL−3)ATCC No.CRL−2515から精製した。
【0068】
マウスBalb/c(雌性6週齢)に、プリスタン0.5mL/マウスを投与した。ハイブリドーマをRPMI(10%FBS,ペニシリン(Pc)+ストレプトマイシン(St)含有)培地で、5%CO、37℃で培養した。PBSに細胞を懸濁して、5×10細胞/マウスでマウスの腹腔内に投与した。約2週間後に腹水を採取した。硫酸アンモニウム沈殿し、沈殿物をPBSに溶解させ、PBS緩衝液で透析を行った。プロテインGカラム(HiTrap ProteinG column 1mL)カラムに透析後の溶液を通した。カラムを洗浄後、プロテインGに結合したモノクローナル抗体を、0.1M グリシン緩衝液(pH2.7)にて溶出し、溶出液を1M Tris溶液(pH9.0)で中和した。その後、PBS緩衝液で透析を行って、定法により、透析後溶液に含まれる抗体濃度を測定した。
【0069】
(抗体の接着阻止効果の確認)
ヒト動脈由来血管内皮細胞(HAEC、Cambrex,カタログ番号CC−2535)を6ウェル培養プレート中、TNF−α(R&D system、カタログ番号210−TA−010)存在下で培養し(1.5x10細胞/ウェル)、Eセレクチンを内皮細胞表面に誘導した。TNF−α添加の12時間後、各ウェルあたり3μg、10μg、または30μgの抗Eセレクチン抗体を加えた。抗Eセレクチン抗体添加の1時間後、calcein AM(Dojindo,カタログ番号341−07901、1μM)で蛍光標識した白血球系細胞のTHP−1細胞(ATCC,カタログ番号TIB−202、1.0x10×5細胞)を加え、1.0dyne/cmのsheer stress下で10分間培養した。蛍光顕微鏡にて内皮細胞と接着したTHP−1細胞の数を計測することで、抗体の接着阻止効果を評価した。1回あたり10ウェルで実施し、1ウェルあたりの平均値を測定した。また、独立した実験を3回行った。
【0070】
コントロールとして、TNF−αおよび抗Eセレクチン抗体を添加しない群、ならびに、TNF−αの存在下で抗Eセレクチン抗体を添加しない群を作製し、蛍光顕微鏡にて内皮細胞と接着したTHP−1細胞の数を計測した。1回あたり10ウェルで実施し、1ウェルあたりの平均値を測定した。また、独立した実験を3回行った。
【0071】
その結果、TNF−αおよび抗Eセレクチン抗体を添加しなかった群では、内皮細胞とTHP−1細胞とはほとんど接着しなかった。TNF−α存在下で抗Eセレクチン抗体を添加しなかった群では、内皮細胞に接着したTHP−1細胞は、約5.3±0.9であり、TNF−α存在下で抗Eセレクチン抗体を3μg投与した群では、約2.5±0.6であり、TNF−α存在下で抗Eセレクチン抗体を10μg投与した群では、約2.4±0.3であり、TNF−α存在下で抗Eセレクチン抗体を30μg投与した群では、約1.5±0.3であった。この結果より、抗Eセレクチン抗体が濃度依存性に接着阻止効果を持つことが明らかとなった(図1)。
【0072】
(ラット血管性認知症モデルの作製)
10〜12週齢の雄性Wistarラットを日本チャールズ・リバー株式会社から購入し実験に使用した。両側総頚動脈を永久閉塞する血管性認知症モデル動物を8匹作製した。ラットの手術は小動物全身麻酔装置(新鋭工業株式会社製、ソフトランダー、承認番号17浦安第4588号)により吸入麻酔薬のイソフルラン(アボットジャパン、製品名フォーレン、日本標準商品分類番号871114)を5%濃度で混和した酸素30%、笑気70%の混合ガスで麻酔を導入し、1.5%イソフルランを混和した酸素30%、笑気70%の混合ガスで麻酔を維持し実体顕微鏡(オリンパス社製、SZX12)を用いて行った。
【0073】
具体的な手順は、以下のとおりである。頚部(腹側)を正中切開し両側総頚動脈を周りの組織から露出させた。外頚動脈と内頚動脈との分岐部直下の総頚動脈の遠位部を6号絹糸(株式会社夏目製作所製カタログ番号C−23)にて2重に結紮した。
【0074】
(抗Eセレクチン阻止抗体の投与)
本実施例にて作製したラット血管性認知症モデルのうち4匹に対し、0.5ミリグラム(1.5mg/kg)の抗Eセレクチン阻止抗体を閉塞2時間後に大腿静脈から投与した。
【0075】
投与の1日後、1週間後、2週間後、4週間後に血液を採取し、血清中の抗Eセレクチン阻止抗体濃度をELISA法で測定した。
【0076】
(ELISA法)
ELISA法は以下の手順でおこなった。
【0077】
4μg/ml の濃度で55mM NaHCO(pH9.0)に溶解したE−selectin(R&D,Recombinant Human E Selectin,ADP1)を、96穴のプラスチックプレート(NUNC,NUNC−IMMUNO PLATE F96 MAXISORP)に100μlづつ添加し、4℃で16時間インキュベーションした。液を捨て、ウェルを洗浄液(PBS中0.5%Tween)で4回洗浄した。ブロッキングバッファー(Thermo scientific,Starting Block T20(TBS),Thermo37543)を300μlずつ各ウェルに添加し、1時間インキュベーションした。液を捨て、ブロッキングバッファーで200−400倍希釈したマウス血清を100μlずつウェルに添加し、2時間室温でインキュベーションした。液を捨て、洗浄液で4回洗浄した。ブロッキングバッファーで10000倍希釈した抗マウス−HRP抗体(American Qualex Antibodies,Goat anti mouse IgG Horse radish peroxidase,A106PU)を100μlずつウェルに添加し、1時間室温でインキュベーションした。液を捨て、洗浄液で4回洗浄した。TMB液(KPL,TMB 1 Component Microwell Peroxidase Substrate SureBlue Reserve,KPL53−00−01)を100μlずつ添加し、遮光して30分間室温でインキュベーションした。TMB Stop Solution (KPL50−85−04)を100μlずつ加え、30分以内にプレートリーダー(BIO−RAD,Model 550,MICROPLATE READER)で吸光度(OD450)を測定した。
【0078】
その結果、血清中の抗Eセレクチン阻止抗体濃度は、投与1日後では89.62±41.597μg/mlであり、1週間後では47.27±20.484μg/mlであり、2週間後では28.28±11.515μg/mlであり、4週間後では6.84±3.239μg/mlであった。血清中の抗Eセレクチン阻止抗体濃度は緩やかに減少し、半減期は1週間であった(図2)。
【0079】
以上の結果をまとめると、本発明の組成物では、抗Eセレクチン阻止抗体の半減期は約1週間であり、2週間後でも約30%の血中濃度が維持されていた。この点、従来の報告(非特許文献1〜7)には、このような長期にわたって虚血により誘導される大脳白質損傷および記憶障害に対して予防効果を発揮するようなものはなく、このような顕著な効果は本発明の組成物により初めて達成されたものである。
【0080】
(記憶機能検査(物品認識検査))
抗Eセレクチン阻止抗体を投与したラット(4匹)に対し、虚血手術前、術後2週間、術後4週間に記憶機能検査(物品認識検査)を行った。物品認識試験はラットが物品を認識する場合、以前から記憶している対象より、新しい対象により興味を持つことを利用した記憶検査である(Sarti C. et al. Behav. Brain Res. 2002)。
【0081】
物品認識試験は、具体的には以下のとおり実施した。部屋の明かりを消し、ガラス水槽の床から70cmの高さに100Wの蛍光灯を点けた。試験前日に10分間、ラットを縦30cm横45cm高さ30cmのガラス水槽に入れ、環境に慣れさせた。試験当日は1時間間隔で2つの探索行動を行わせた。3種類の対象(プラスチック製の玩具各2個;それぞれ高さ6cmの青色の円柱、赤色の立方体、緑色の三角錐)から任意に1種類(同じもの2個)の対象を選び、ガラス水槽の中に壁から5cm離した位置に置いた。その中にラットを1回目は6分間探索させた。1時間後、1個の対象を別の種類に変え、6分間探索させた。各対象の探索時間を計測し、以前に1度探索した対象を2度目に探索した時間の合計をTFとした。変更した後の対象の探索時間の合計をTNとした。探索の定義はラットが髭や鼻で対象に触るか2cm以内に鼻を近づけた場合とした。TN−TF/TN+TFをdiscrimination indexとし、記憶機能をこの指標を基に評価した。指標の数値が大きい程、1回目の探索対象を記憶していると考えられ、記憶機能が高いと考えられる。
【0082】
物品認識試験の結果、抗Eセレクチン阻止抗体投与群において、手術前では0.33±0.117、術後2週間では0.328±0.115、術後4週間では0.371±0.178のdiscrimination indexであった(図3、菱形)。ラット血管性認知症モデルでは、抗Eセレクチン阻止抗体を投与すると、記憶機能の低下が予防された。
【0083】
(組織学的検索)
記憶機能検査を行ったラットに対し、術後の4週間後に動物脳に灌流固定を行い、パラフィンブロックを作製した。具体的には、0.01Mのリン酸緩衝食塩水(pH7.4)100mlで灌流後、4%パラホルムアルデヒド(Wako、162−16065)を含む0.1Mのリン酸緩衝水(pH7.4)300mlで灌流した後、脳を取り出し、パラッフィンブロックを作製した。ミクロトーム(Leica、SM2000R)で2μm厚の切片を作製し、Kluver−Barrera法を行って、ミエリンおよび神経細胞を染色した。具体的には、脱パラフィンしたスライドグラスを、95%エタノール中で水和した。このスライドグラスを、ルクソールファーストブルー(ICN Biomedicals Inc., SOLUVENT BLUE 38)中、60℃で12時間染色し、室温にもどした後、95%エタノール中で余分な色素を落とし、蒸留水になじませた。その後、0.05%炭酸リチウムに数秒浸け、70%エタノールに2回浸ける操作を、皮質の部位の色素が除けるまで繰り返した。その後、スライドグラスを一度鏡検し、灰白質と白質との境界が明瞭になっていない場合、0.05%炭酸リチウム浸漬および70%エタノール浸漬(×2)の操作を繰り返した。その後、スライドを蒸留水の中に入れた。染色の直前にクレシールバイオレット液(武藤化学株式会社、カタログ番号4102)を、製造業者の推奨に従って調製した。スライドグラスを、37℃でクレシールバイオレット液で2時間対比染色した。蒸留水で余分な色素を除いた後、スライドグラスを95%エタノールで2回すすぎ、無水アルコールに2回浸けて、脱水し、キシレンに2回浸して透徹し封入した。ブレグマから後方0.4mmの位置の脳梁を、顕微鏡(オリンパス社製BX51)およびデジタルカメラ(オリンパス社製DP71)を用いて、対物レンズ40倍でカラー写真を撮影し、グレースケール、PICTファイルに変換し、NIH imageソフトウエアーを用いて線維密度を解析することで、神経線維の脱落を評価した。
【0084】
線維密度は撮影画像の総面積の中の線維の占める面積を百分率で示した。
【0085】
抗Eセレクチン阻止抗体を投与すると、脳梁の神経線維はほとんど脱落しなかった(図4B)。神経繊維の脱落は、有意に予防された(図17)。
【0086】
(比較例1)
本実施例にて作製したラット血管性認知症モデルのうち4匹に、上記(抗Eセレクチン阻止抗体の投与)と同様の方法により、0.5ミリグラムの正常マウス免疫グロブリン(株式会社免疫生物研究所、コード番号17314)を閉塞2時間後に大腿静脈から投与した。
【0087】
(記憶機能検査(物品認識検査))
正常マウス免疫グロブリンを投与したラット(4匹)に対し、実施例1と同様の方法を用いて、虚血手術前、術後2週間、術後4週間に記憶機能検査(物品認識検査)を行った。
【0088】
その結果、正常マウス免疫グロブリン投与群において、手術前では0.315±0.124、術後2週間では−0.11±0.171、術後4週間では−0.08±0.016のdiscrimination indexであった(図3、四角)。正常マウス免疫グロブリンを投与したラットでは、記憶機能は低下した。
【0089】
(組織学的検索)
記憶機能検査を行ったラットに対し、術後の4週間後に動物脳に灌流固定を行い、パラフィンブロックを作製した。実施例1と同様の方法を用いて、Kluver−Barrera染色を行い、顕微鏡(オリンパス社製BX51)およびデジタルカメラ(オリンパス社製DP71)を用いて、神経線維の脱落を評価した。
【0090】
その結果、正常マウス免疫グロブリン投与群では、脳梁の神経線維の脱落が認められた(図4A)。
【0091】
(実施例1および比較例1のまとめ)
ラット血管性認知症モデルでは、記憶機能検査により、抗Eセレクチン阻止抗体投与群(図3、菱形)が、正常マウス免疫グロブリン投与群(図3、四角)に比べて、記憶機能の低下を有意に抑制することが確認された。
【0092】
虚血による脳梁の神経線維脱落もまた、抗Eセレクチン阻止抗体投与群は、正常マウス免疫グロブリン投与群に比べて有意に抑制された。
【0093】
以上から、虚血により誘発される記憶障害および神経線維脱落は、抗Eセレクチン阻止抗体を投与することにより予防することが可能と考えられる。
【0094】
(実施例2.マウスにおける抗Eセレクチン阻止抗体の効果)
本実施例では、実施例1と同様の方法により調製した抗Eセレクチン阻止抗体を用いた。
【0095】
(マウス血管性認知症モデルの作製)
9−10週齢の雄性C57BL/6Jマウスを日本エスエルシー株式会社から購入し実験に使用した。右側総頚動脈を永久閉塞したマウス血管性認知症モデルを13匹作製した。マウスの手術は、小動物全身麻酔装置(新鋭工業株式会社製、ソフトランダー、承認番号17浦安第4588号)により吸入麻酔薬のイソフルラン(アボットジャパン、製品名フォーレン、日本標準商品分類番号871114)を5%濃度で混和した酸素30%、笑気70%の混合ガスでマウスに麻酔を導入し、次いで、1.5%イソフルランを混和した酸素30%、笑気70%の混合ガスで麻酔を維持し実体顕微鏡(オリンパス社製、SZX12)を用いて行った。手順は、以下のとおりである。
【0096】
頚部(腹側)を正中切開し右側総頚動脈を周りの組織から露出させた。外頚動脈と内頚動脈との分岐部直下の総頚動脈の遠位部を6号絹糸(株式会社夏目製作所製カタログ番号C−23)にて2重に結紮した。
【0097】
(抗Eセレクチン阻止抗体の投与)
マウス血管性認知症モデル群のうち、7匹を抗Eセレクチン阻止抗体投与群とした。残り6匹を生理食塩水投与群とした。この抗Eセレクチン阻止抗体投与群には、0.87mg/kgの濃度で100μlの抗Eセレクチン抗体を、閉塞直前に大腿静脈から投与した。生理食塩水投与群には、100μlの生理食塩水を閉塞直前に大腿静脈から投与した。
【0098】
(記憶機能検査(物品認識検査))
虚血手術前および虚血手術4週間後に、物品認識検査を行った。具体的には、四面に白紙を貼ったガラス水槽(縦30cm横45cm高さ30cmの床から70cm)を用い照明をつけた部屋で行った。試験前日に10分間、マウスをガラス水槽に入れ、環境に慣れさせた。試験当日は1時間間隔で2つの探索行動を行わせた。3種類の対象(プラスチック製の玩具各2個;それぞれ高さ6cmの青色の円柱、赤色の立方体、緑色の三角錐)から任意に1種類(同じもの2個)の対象を選び、ガラス水槽の中に壁から5cm離した位置に置いた。その中にマウスを1回目は10分間探索させた。1時間後、1個の対象を別の種類に変え、5分間探索させた。各対象の探索時間を計測し、以前に1度探索した対象を2度目に探索した時間の合計をTFとした。変更した後の対象の探索時間の合計をTNとした。探索の定義はマウスが髭や鼻で対象に触るか1cm以内に鼻を近づけた場合とした。TN−TF/TN+TFを識別指数とし、記憶機能をこの数値を基に評価した。識別指数の数値が大きい程、1回目の探索対象を記憶していると考えられ、記憶機能が高いと考えられる。虚血手術前の試験で識別指数が0.1に満たない個体はあらかじめ除外した。その結果を以下の表1に示す。
【0099】
【表1】

【0100】
(+):抗Eセレクチン阻止抗体投与群、「n」は実験に用いたマウス数。
【0101】
抗Eセレクチン阻止抗体を投与すると、記憶機能はほとんど低下しなかった(図5)。
【0102】
(組織学的検索)
虚血手術から4週間後に動物脳に灌流固定を行い、パラフィンブロックを作製した。ミクロトームで1μm厚の切片を作製し、脱パラフィンしたスライドグラスを95%エタノールでに5分浸してなじませてから、95%エタノールに溶解したルクソールファーストブルー(ICN Biomedicals Inc., SOLUVENT BLUE 38)中で60℃で16時間インキュベーションした。室温にもどした後、95%エタノール中で余分な色素を落とし、蒸留水になじませた。その後、0.05%炭酸リチウムに数秒浸け、70%エタノールに2回浸ける操作を、皮質の部位の色素が除けるまで繰り返した。スライドグラスを95%エタノールで2回すすぎ、100%エタノールに5分間2回浸して脱水し、キシロールに15分づつ2回浸して透徹し封入した。顕微鏡(オリンパス社製BX51)、デジタルカメラ(オリンパス社製DP71)で脳梁を撮影した。
【0103】
神経線維の脱落は脳梁の顕微鏡像をソフトウェアー、WinRoof(三谷商事株式会社)で線維蜜度を測定することにより評価した。神経線維の脱落は、ブレグマから後方1.9mmの位置のルクソールファーストブルー染色切片の顕微鏡像を、ソフトウェアー、WinRoof(三谷商事株式会社)を用い、正中線を含む位置の脳梁の0.005mmを選択し、グレースケールに変換した後、濃度測定ツールを用いて相対的濃度を計測し線維蜜度を測定することにより評価した。各群4匹を検討した。その結果を、以下の表2に示す。
【0104】
【表2】

【0105】
(+):抗Eセレクチン阻止抗体投与群。
【0106】
(比較例2)
偽手術群7匹を作製した。偽手術群は総頚動脈を絹糸での閉塞を行わないこと以外は、実施例2の虚血群と同じ手順で手術を行った。
【0107】
(抗Eセレクチン阻止抗体の投与)
実施例2において作製したマウス血管性認知症モデル群のうち6匹を、コントロールとしての生理食塩水投与群とした。また、偽手術群の各動物を、抗Eセレクチン阻止抗体投与群(3匹)と生理食塩水投与群(4匹)とに分けた。
【0108】
抗Eセレクチン投与群には、0.87mg/kgの濃度で100μlの抗Eセレクチン抗体を、閉塞直前に大腿静脈から投与した。生理食塩水投与群には、100μlの生理食塩水を閉塞直前に大腿静脈から投与した。記憶機能検査の結果を以下の表3に示す。
【0109】
【表3】

【0110】
(−):生理食塩水投与群、(+):抗Eセレクチン阻止抗体投与群、「n」は実験に用いたマウス数。
【0111】
偽虚血群では、手術前後において記憶機能検査の結果に大きな差異はなかった。虚血手術後に生理食塩水を投与した群では、手術後に記憶機能が顕著に低下した(図5)。
【0112】
(組織学的検索)
実施例2と同様の方法を用いて、虚血手術から4週間後に動物脳に灌流固定を行い、パラフィンブロックを作製した。ミクロトームで1μm厚の切片を作製し、Luxol−fast blue染色を行い、顕微鏡(オリンパス社製BX51)、デジタルカメラ(オリンパス社製DP71)で脳梁を撮影した。結果を以下の表4に示す。
【0113】
【表4】

【0114】
(実施例2および比較例2のまとめ)
抗Eセレクチン阻止抗体を投与すると、記憶機能の低下が有意に抑制されることが確認された(図5)。
【0115】
(実施例2および比較例2のまとめ)
マウス血管性認知症モデルでは、記憶機能検査により、抗Eセレクチン阻止抗体投与群(図5、格子)が、生理食塩水投与群(図5、グレー)に比べて、記憶機能の低下を有意に抑制することが確認された。
【0116】
虚血による線条体の神経線維脱落もまた、抗Eセレクチン阻止抗体投与群は、生理食塩水投与群に比べて有意に抑制された(図6)。
【0117】
以上から、虚血により誘発される記憶障害および神経線維脱落は、抗Eセレクチン阻止抗体を投与することにより、有意に予防することが可能と考えられる。
【0118】
(比較例3)
(血管性認知症モデルおよび偽手術モデルの作製)
血管性認知症モデル及び偽手術モデルを、以下の方法に従って作製する。血管認知症モデルを、実施例1と同様の方法により24匹作製した。偽手術モデルの作製法は、以下に示すとおりである。
【0119】
偽手術群は総頚動脈を絹糸での閉塞を行わないこと以外は、実施例1の虚血群と同じ手順で手術を行う。
【0120】
(標本作製)
虚血手術から1日後、3日後、7日後、14日後および30日後に、上記で作製した血管認知症モデル動物を灌流固定し、脳を取り出して、凍結切片用の標本を作製した。具体的には、0.01Mのリン酸緩衝食塩水(pH7.4)100mlで灌流後、4%パラホルムアルデヒド(Wako、162−16065)を含む0.1Mのリン酸緩衝水(pH7.4)300mlで灌流した後、脳を取り出し、4%パラホルムアルデヒドを含む0.1Mのリン酸緩衝水(pH7.4)で12時間後固定した。その後20%蔗糖を含む0.1Mのリン酸緩衝水(pH7.4)に脳を入れ、凍結切片作製まで4℃で保存した。用いた動物数は、虚血手術から1日後4匹、3日後4匹、7日後5匹、14日後6匹および30日後5匹であった。なお、偽手術群は、手術直後に屠殺し、虚血手術群と同様の方法を用いて標本を作製する。
【0121】
(TNF−αの発現)
血管性認知症モデルにおいて、ブレグマから後方2.3mmの位置の脳梁におけるTNF−αの発現を検索した。具体的には、抗TNF−α抗体として、YANAIHARA INSTITUTE INC、カタログ番号YC032を用いた。クリオスタット(Leica、CM1850)で凍結切片を作製し、浮遊切片として染色した。手順は以下のとおりである。切片を、0.3%の過酸化水素(過酸化水素水(30%)和光純薬工業株式会社カタログ番号081−04215より調整)、10%のメタノール(和光純薬工業株式会社カタログ番号137−01823より調整)を含むリン酸緩衝食塩水(pH7.4)に30分浸漬した後、15分間、0.3% Triton−Xを含むリン酸緩衝食塩水で洗浄した。その後、5%の濃度の正常ウマ血清(Vector Laboratories、カタログ番号S−2000)を入れた0.3%Triton−X(SIGMA−ALDRICH社製、カタログ番号T9284−500ML)を含むリン酸緩衝食塩水(pH7.4)に60分浸漬した。抗TNF−α抗体を、5%の濃度の正常ウマ血清を入れた0.3%Triton−Xを含むリン酸緩衝食塩水(pH7.4)にて800倍に希釈し、標本をその溶液で4℃で12時間浸漬した。その後15分間、0.3% Triton−Xを含むリン酸緩衝食塩水(pH7.4)で洗浄した。次いで、この切片を、0.3% Triton−Xを含むリン酸緩衝食塩水(pH7.4)にて70倍に希釈したビオチン化抗マウスIgG抗体(Vector Laboratories、カタログ番号BA−2001)に、60分間浸漬した。0.3%Triton−Xを含むリン酸緩衝食塩水で15分間洗浄した後、ABC kit(Vector Laboratories、カタログ番号PK−6100)を用いて切片を1時間反応させた。その後、DAB kit(Vector Laboratories、カタログ番号SK−4100)で発色させた。
【0122】
その結果を以下の表5、図7および図8に示す。
【0123】
【表5】

【0124】
「n」は実験に用いたラット数
虚血手術群では、虚血手術から1日後、14日後および30日後にTNF−αの発現が認められた(図8A〜C)。
【0125】
参考文献(Journal of Cerebral Blood Flow and Metabolism 28:341−353,2008)では、偽手術群(4匹)における1切片あたりの脳梁内TNF−α陽性血管数は、1.00±0.082である(値は、平均値±標準偏差)。上記で作製した血管性認知症モデルは、偽手術群と比較すると、TNF−α陽性血管数が増加している。
【0126】
(Eセレクチンの発現)
血管性認知症モデルにおいて、ブレグマから後方2.3mmの位置の脳梁におけるEセレクチンの発現を検索した。具体的には、抗E−セレクチン抗体として、R&D Systems、カタログ番号AF977を用いた。クリオスタット(Leica、CM1850)で凍結切片を作製し、浮遊切片として染色した。手順は以下のとおりである。切片を、0.3%の過酸化水素(過酸化水素水(30%)和光純薬工業株式会社カタログ番号081−04215より調整)、10%のメタノール(和光純薬工業株式会社カタログ番号137−01823より調整)を含むリン酸緩衝食塩水(pH7.4)に30分浸漬した後、15分間、0.3% Triton−Xを含むリン酸緩衝食塩水で洗浄した。その後、5%の濃度の正常ウマ血清(Vector Laboratories、カタログ番号S−2000)を入れた0.3%Triton−X(SIGMA−ALDRICH社製、カタログ番号T9284−500ML)を含むリン酸緩衝食塩水(pH7.4)に60分浸漬した。さらに、5μg/mlの濃度の抗E−セレクチン阻止抗体と5%の濃度の正常ウマ血清を入れた0.3%Triton−Xを含むリン酸緩衝食塩水(pH7.4)にて4℃で12時間浸漬した。その後15分間、0.3% Triton−Xを含むリン酸緩衝食塩水(pH7.4)で洗浄した。次いで、この切片を、0.3% Triton−Xを含むリン酸緩衝食塩水(pH7.4)にて200倍に希釈したビオチン化抗ヤギIgG抗体(Vector Laboratories、カタログ番号BA−9500)に60分間浸漬した。0.3%Triton−Xを含むリン酸緩衝食塩水で15分間洗浄した後、ABC kit(Vector Laboratories、カタログ番号PK−6100)を用いて切片を1時間反応させた。その後、DAB kit(Vector Laboratories、カタログ番号SK−4100)で発色させた。その結果を以下の表6、図9および図10に示す。
【0127】
【表6】

【0128】
「n」は実験に用いたラット数。
【0129】
虚血手術群では、虚血手術から1日後、14日後および30日後にEセレクチンの発現が認められた(それぞれ、図10A〜C)。
【0130】
参考文献(Journal of Cerebral Blood Flow and Metabolism 28:341−353,2008)では、偽手術群(4匹)における1切片あたりの脳梁内Eセレクチン陽性血管数は極めて少数(平均で1未満)であった。上記で作製した血管性認知症モデルは、偽手術群と比較すると、Eセレクチン陽性血管数が増加している。
【0131】
(ミクログリアの活性化)
血管性認知症モデルにおいて、ブレグマから後方2.3mmの位置の脳梁におけるミクログリアの活性化を検索した。具体的には、血管性認知症モデルおよび偽手術モデルにおいて、ブレグマから後方2.3mmの位置の脳梁におけるMHC class IIの発現を検索した。具体的には、抗MHC class II抗体としてSerotec Ltd、カタログ番号 MCA46Rを用いた。クリオスタット(Leica、CM1850)で凍結切片を作製し、浮遊切片として染色した。手順は以下のとおりである。切片を、0.3%の過酸化水素(過酸化水素水(30%)和光純薬工業株式会社カタログ番号081−04215より調整)、10%のメタノール(和光純薬工業株式会社カタログ番号137−01823より調整)を含むリン酸緩衝食塩水(pH7.4)に30分浸漬した後、15分間、0.3% Triton−Xを含むリン酸緩衝食塩水で洗浄した。その後、5%の濃度の正常ウマ血清(Vector Laboratories、カタログ番号S−2000)を入れた0.3%Triton−X(SIGMA−ALDRICH社製、カタログ番号T9284−500ML)を含むリン酸緩衝食塩水(pH7.4)に60分浸漬した。抗MHC class II抗体を5%の濃度の正常ウマ血清を入れた0.3%Triton−Xを含むリン酸緩衝食塩水(pH7.4)にて100倍に希釈し、標本をその溶液で4℃で12時間浸漬した。その後15分間、0.3% Triton−Xを含むリン酸緩衝食塩水(pH7.4)で洗浄した。次いで、この切片を、0.3% Triton−Xを含むリン酸緩衝食塩水(pH7.4)にて70倍に希釈したビオチン化抗マウスIgG抗体(Vector Laboratories、カタログ番号BA−2001)に、60分間浸漬した。0.3%Triton−Xを含むリン酸緩衝食塩水で15分間洗浄した後、ABC kit(Vector Laboratories、カタログ番号PK−6100)を用いて切片を1時間反応させた。その後、DAB kit(Vector Laboratories、カタログ番号SK−4100)で発色させた。その結果を、以下の表7、図11および図12に示す。
【0132】
【表7】

【0133】
「n」は実験に用いたラット数。
【0134】
虚血手術群では、虚血手術から3日後、14日後および30日後に活性化したミクログリアが認められた(図12A〜C)。
【0135】
参考文献(Acta Neuropathologica 87:484−492,1994)では、偽手術群(5匹)における1切片あたりの活性化ミクログリア数は極めて少数であった。上記で作製した血管性認知症モデルは、偽手術群と比較すると、活性化ミクログリア数が増加している。
【0136】
(CD4+ T細胞およびCD8+ リンパ球の浸潤)
血管認知症モデルにおいて、ブレグマから後方2.3mmの位置の脳梁におけるCD4+ T細胞およびCD8+ リンパ球の浸潤を観察した。具体的には、抗CD4抗体としてSerotec Ltd、カタログ番号 MCA55R、および抗CD8抗体としてSerotec Ltd、カタログ番号 MCA48R、を用いた。クリオスタット(Leica、CM1850)で凍結切片を作製し、浮遊切片として染色した。手順は以下のとおりである。切片を、0.3%の過酸化水素(過酸化水素水(30%)和光純薬工業株式会社カタログ番号081−04215より調整)、10%のメタノール(和光純薬工業株式会社カタログ番号137−01823より調整)を含むリン酸緩衝食塩水(pH7.4)に30分浸漬した後、15分間、0.3% Triton−Xを含むリン酸緩衝食塩水で洗浄した。その後、5%の濃度の正常ウマ血清(Vector Laboratories、カタログ番号S−2000)を入れた0.3%Triton−X(SIGMA−ALDRICH社製、カタログ番号T9284−500ML)を含むリン酸緩衝食塩水(pH7.4)に60分浸漬した。抗CD4抗体および抗CD8抗体を、5%の濃度の正常ウマ血清を入れた0.3%Triton−Xを含むリン酸緩衝食塩水(pH7.4)にてそれぞれ、400倍および200倍に希釈し、標本をその溶液で4℃で12時間浸漬した。その後15分間、0.3% Triton−Xを含むリン酸緩衝食塩水(pH7.4)で洗浄した。次いで、この切片を、0.3% Triton−Xを含むリン酸緩衝食塩水(pH7.4)にて70倍に希釈したビオチン化抗マウスIgG抗体(Vector Laboratories、カタログ番号BA−2001)に、60分間浸漬した。0.3%Triton−Xを含むリン酸緩衝食塩水で15分間洗浄した後、ABC kit(Vector Laboratories、カタログ番号PK−6100)を用いて切片を1時間反応させた。その後、DAB kit(Vector Laboratories、カタログ番号SK−4100)で発色させた。
【0137】
CD4+ Tリンパ球浸潤の結果を以下の表8、図13および図14に示す。
【0138】
【表8】

【0139】
「n」は実験に用いたラット数。
【0140】
虚血手術群では、虚血手術から1日後、14日後および30日後においてCD4+ Tリンパ球浸潤が認められた(図14A〜C)。
【0141】
参考文献(Acta Neuropathologica 87: 484−492,1994)では、偽手術群(5匹)における1切片あたりのCD4+ Tリンパ球の脳実質への浸潤は認めなかった。上記で作製した血管性認知症モデルは、偽手術群と比較すると、CD4+ Tリンパ球数が有意に増加している。
【0142】
CD8+ リンパ球浸潤の結果を以下の表9、図15および図16に示す。
【0143】
【表9】

【0144】
「n」は実験に用いたラット数。
【0145】
虚血手術群では、虚血手術から1日後、7日後および30日後においてCD8+ リンパ球浸潤が認められた(図16A〜C)。
【0146】
参考文献(Acta Neuropathologica 87: 484−492,1994)では、偽手術群(5匹)における1切片あたりのCD8+ Tリンパ球の脳実質への浸潤は認めなかった。上記で作製した血管性認知症モデルは、偽手術群と比較すると、CD8+ Tリンパ球数が有意に増加している。
【0147】
(実施例3.ラットにおける抗Eセレクチン阻止抗体の治療効果)
(ラットにおける抗Eセレクチン阻止抗体の投与)
実施例1と同様に、ラット血管性認知症モデルを6匹作製した(閉塞した日を0日目とする)。閉塞2週間後に6匹全てに対して、実施例1に記載される物品認識検査(1回目)を行う。物品認識検査を行った直後に、ラットを2群に分け(3匹/群)、1つめの群をコントロール群として、生理食塩水のみを大腿静脈から投与する。2つめの群を実験群として、0.5ミリグラム(1.5mg/kg)の抗Eセレクチン阻止抗体を大腿静脈から投与する。
【0148】
投与の1日後、1週間後、2週間後、4週間後に血液を採取し、血清中の抗Eセレクチン阻止抗体濃度をELISA法で測定する。
【0149】
(ELISA法)
ELISA法を実施例1に記載される手順でおこなう。
【0150】
実施例1の実験では、抗Eセレクチン阻止抗体の半減期は約1週間であり、2週間後でも約30%の血中濃度が維持されていたので、この点、血管性認知症を発症したラットにおいても、同様の血中濃度が検出されると考えられる。
【0151】
(記憶機能検査(物品認識検査))
上記で作製した生理食塩水を投与したコントロール群および抗Eセレクチン阻止抗体を投与した実験群のラットに対して、ラット(3匹)に対し、1回目の物品認識検査から2週間目および4週間目に、2回目および3回目の記憶機能検査(物品認識検査)を行う。
【0152】
物品認識試験の結果、3回目の記憶機能検査におけるdiscrimination indexは、2回目のdiscrimination indexと比較してほとんど変化がないことが予想される。コントロール群は、3回目の記憶機能検査におけるdiscrimination indexは、2回目のdiscrimination indexと比較して、徐々に低下することが予想される。よって、ラット血管性認知症モデルでは、抗Eセレクチン阻止抗体を投与すると、血管性認知症を発生した場合にも、記憶機能が低下の進行防止が認められる。
【0153】
(組織学的検索)
記憶機能検査を行ったラットに対し、術後の4週間後に動物脳に灌流固定を行い、パラフィンブロックを作製した。ミクロトームで2μm厚の切片を作製し、実施例1と同様に、Kluver−Barrera染色を行った。顕微鏡(オリンパス社製BX51)およびデジタルカメラ(オリンパス社製DP71)を用いて、対物レンズ40倍でカラー写真を撮影し、グレースケール、PICTファイルに変換し、NIH imageソフトウエアーを用いて線維密度を解析することで、神経線維の脱落を評価する。抗Eセレクチン阻止抗体を投与した実験群では、脳梁の神経線維脱落はコントロール群と比較して有意に軽減される。
【0154】
(実施例4.ヒトにおける抗Eセレクチン阻止抗体の効果)
上記実施例の結果に鑑みると、ヒトにおいては血管性認知症の患者や血管性認知症を発症するリスクのある患者(動脈硬化のある患者、脳卒中の既往者、高血圧や糖尿病等の血管性危険因子を持つ軽度認知障害患者等)に対して、抗Eセレクチン阻止抗体を1か月に1回静脈注射または点滴(例えば、用量0.1〜5mg/kg体重)をする事で、既に血管性認知症の発症した患者に対しては血管性認知症の進行が予防でき、血管性認知症を発症するリスクのある患者に対しては、発症が予防できる。
【0155】
(実施例5.抗Eセレクチン抗体を含む製剤の調製)
例えば、ATCC番号 CRL-2515のハイブリドーマの遺伝子操作により、抗Eセレクチン阻止抗体のヒト化バージョンを作製する。このようにして得られたヒト化バージョンのモノクローナル抗体を、基本的には、実施例1に記載されるモノクローナル抗体の生成に従って商業規模で調製し、実質的に精製された抗体を凍結乾燥することによって、静脈注射用の抗体粉末を得る。1回使用の使い捨てバイアルに詰め、0.1〜5mg/kg体重の用量で要時調製する。
【0156】
(実施例6.抗Eセレクチン抗体を含む製剤の投与)
血管性認知症の発症予防または進行予防のために、血管性認知症の患者や血管性認知症を発症するリスクのある患者は、1ヶ月に1回定期的に通院することで、認知能力の変化をチェックし、抗Eセレクチン阻止抗体(用量0.1〜5mg/kg体重)を静脈注射または点滴をする。
【0157】
以上のように、本発明の好ましい実施形態を用いて本発明を例示してきたが、本発明は、この実施形態に限定して解釈されるべきものではない。本発明は、特許請求の範囲によってのみその範囲が解釈されるべきであることが理解される。当業者は、本発明の具体的な好ましい実施形態の記載から、本発明の記載および技術常識に基づいて等価な範囲を実施することができることが理解される。本明細書において引用した特許、特許出願および文献は、その内容自体が具体的に本明細書に記載されているのと同様にその内容が本明細書に対する参考として援用されるべきであることが理解される。
【産業上の利用可能性】
【0158】
本発明の抗Eセレクチン抗体を含む組成物は、虚血により誘導される大脳白質損傷および記憶機能を低下を抑える効果を有する。本発明の組成物は、虚血による障害が発生する前に投与することにより、その発生を完全に防ぐ予防薬として利用され得る。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
虚血により誘導される大脳白質損傷および記憶機能の低下を予防するための組成物であって、該組成物は抗Eセレクチン抗体を含む、組成物。
【請求項2】
前記組成物は、虚血が生じる前、虚血の間または虚血が生じた後、約2時間以内に投与されることを特徴とする、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
前記組成物は、虚血が生じた約2時間後に投与されることを特徴とする、請求項2に記載の組成物。
【請求項4】
前記大脳白質損傷が脳梁の神経線維脱落である、請求項1に記載の組成物。
【請求項5】
前記大脳白質損傷が脳梁の神経線維脱落であり、前記組成物が、虚血が生じる前、虚血の間または虚血が生じた後、約2時間以内に投与されることを特徴とする、請求項1に記載の組成物。
【請求項6】
前記組成物は、被験体に対して約0.1〜約5mg/体重の抗Eセレクチン抗体の量で投与されることを特徴とする、請求項1に記載の組成物。
【請求項7】
前記組成物は、投与1日後の血清中抗体濃度が、約50μg/ml〜約130μg/mlとなるように投与されることを特徴とする、請求項1に記載の組成物。
【請求項8】
前記組成物は、投与1週間後の血清中抗体濃度が、約30μg/ml〜約70μg/mlとなるように投与されることを特徴とする、請求項1に記載の組成物。
【請求項9】
前記組成物は、投与2週間後の血清中抗体濃度が、約20μg/ml〜約40μg/mlとなるように投与されることを特徴とする、請求項1に記載の組成物。
【請求項10】
前記組成物は、投与4週間後の血清中抗体濃度が、約4μg/ml〜約10μg/mlとなるように投与されることを特徴とする、請求項1に記載の組成物。
【請求項11】
前記組成物は、虚血が生じる前、虚血の間または虚血が生じた後、約2時間以内に約0.87〜約1.5mg/体重の抗Eセレクチン抗体の量で静脈投与されることを特徴とする、請求項1に記載の組成物。
【請求項12】
前記大脳白質損傷が脳梁の神経線維脱落であり、前記組成物は、虚血が生じた約2時間後に約0.87〜約1.5mg/体重の抗Eセレクチン抗体の量で静脈投与されることを特徴とする、請求項1に記載の組成物。
【請求項13】
虚血により誘導される大脳白質損傷および記憶機能の低下を予防する方法であって、抗Eセレクチン抗体を含む組成物を投与する工程を包含する、方法。
【請求項14】
虚血により誘導される大脳白質損傷および記憶機能の低下を予防するための医薬の製造における抗Eセレクチン抗体の使用。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図9】
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【図11】
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【図13】
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【図15】
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【図17】
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【図4】
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【図8】
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【図10】
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【図12】
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【図14】
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【図16】
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【公開番号】特開2010−184884(P2010−184884A)
【公開日】平成22年8月26日(2010.8.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−29179(P2009−29179)
【出願日】平成21年2月10日(2009.2.10)
【出願人】(390016377)片山化学工業株式会社 (9)
【出願人】(501304319)国立長寿医療センター総長 (9)
【Fターム(参考)】