説明

拡散性水素量の測定装置及び測定方法

【課題】実構造物の溶接継手から、その拡散性水素量を高精度で測定することができる拡散性水素量の測定装置及び測定方法を提供する。
【解決手段】溶接継手部を容器12内に収納し、この容器12の開口部をサンプラーの蓋部10で気密的に閉塞する。この場合に、溶接継手部の内部及び容器内面と溶接継手部との間の空間を、ガラスビーズ30で充填する。そして、容器12を45℃に加温して溶接継手部から拡散性水素を放出させ、これをArガスにキャリアさせてガスクロマトグラフ装置に供給し、H分析する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶接継手等に含まれる拡散性水素の測定装置及び測定方法に関し、特に、溶接継手のように形状が大きい被測定物から、拡散性水素量を高精度でかつ迅速に測定するための水素量の測定装置及び測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼材の溶接時に、一定量以上の水素が溶接部に侵入すると、溶接後の鋼材を常温付近に冷却したときに、又は冷却後しばらく経過した後に、鋼材の溶接継手部に低温割れが発生することがある。この低温割れは、溶接継手部の拡散性水素の量に依存するので、溶接構造物の安全性評価において、溶接継手部の拡散性水素量を測定することは、極めて重要である。
【0003】
この鋼溶接部の水素量測定方法がJIS Z 3118に規定されている。この方法によると、水素捕集容器内に被測定試料を装入し、前記試料を気密的に前記容器内に封入する。そして、前記容器内の試料を前記容器内にキャリアガスを流すと共に、前記容器から排出されたキャリアガスに対し、ガスクロマトグラフ法により水素量を測定する。
【0004】
図9はこのJIS Z 3118の規格に則った従来の拡散性水素量の測定方法を示す図である。1個の大きさが、例えば、幅25mm、長さ40mm、厚さ12mmである試料片1を長手方向に溶接し、氷水中に浸漬冷却した後、水を拭い、中央の試料片1を捕集容器2内に装入し、捕集容器2の上端開口をサンプラー3で気密的に閉塞する。そして、この捕集容器2内をArガスで置換した後、捕集容器2を45℃の恒温槽に72時間保持した後、試料片1から排出された拡散性水素をArガスにキャリアさせて、サンプラー3からガスクロマトグラフ装置に送り、このガスクロマトグラフ装置において、水素量を測定する。
【0005】
なお、特許文献1及び2には、溶接金属及びその熱影響部における拡散性水素の定量装置が開示されており、この公知技術は、ガスクロマトグラフ装置を改良したものである。
【0006】
【特許文献1】特開昭54−123097号公報
【特許文献2】特開昭53−44084号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、JIS Z 3118で規格化された方法では、あくまで、実構造物とは異なる試料片について溶接試験を実施し、その試料片を捕集容器内に装入して、その拡散性水素量を測定することにより、その鋼種、溶接材料及び溶接条件における溶接金属部の拡散性水素量を評価試験しているに過ぎない。これは、ガスクロマトグラフにより、Arキャリアガス中に排出されてきた水素ガスの量を分析して、試料片内の水素量を定量しているので、実構造物の溶接継手のような大きく、しかも複雑な形状をしているものを、分析対象とすることができないことによる。
【0008】
しかしながら、試料片を作成するための溶接試験は、あくまで試験であって、溶接の現場において、実際の溶接条件の基に実際の雰囲気で溶接されたものではない。従って、溶接現場においては、遅れ破壊の原因である拡散性水素量を、実際の溶接継手で測定することができる方法の確立が強く要望されている。
【0009】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、実構造物の溶接継手から、その拡散性水素量を高精度で測定することができる拡散性水素量の測定装置及び測定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明に係る拡散性水素量の測定装置は、測定対象物を収納する容器と、この容器の開口部を気密的に閉塞する蓋と、前記容器又は蓋に設けられキャリアガス供給源に接続されて前記容器内の空間にキャリアガスを導入する導入部と、前記容器又は蓋に設けられ前記容器内からキャリアガスを導出してガス分析装置へ供給する導出部と、前記測定対象物の周囲の空間を満たすように前記容器内に充填された複数個の粒状物と、を有することを特徴とする。
【0011】
この測定装置において、前記粒状物は、例えば、ガラスビーズである。そして、前記ガス分析装置は、例えば、ガスクロマトグラフ装置である。
【0012】
本発明に係る拡散性水素量の測定方法は、測定対象物を容器内に装入し、前記容器内の前記測定対象物の周囲の空間を満たすように複数個の粒状物を前記容器内に充填し、前記容器の開口部を蓋で気密的に閉塞した後、前記蓋及び/又は容器に設けた導入部及び導出部を介してキャリアガスを前記容器内に流すと共に、前記容器内の前記測定対象物を所定温度に加熱し、前記導出部を介して排出されてきたガスを分析して、前記ガス中の水素量を測定することを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
測定対象物が実構造物の大型及び複雑な形状の溶接継手の場合には、それを収納する容器が大型化し、容器内の空間も大きくなるが、本発明においては、容器内の前記溶接継手(測定対象物)が存在しない空間には、粒状物が充填されているので、容器内をキャリアガスが流れる空間は、前記容器が大きい割には、極めて小さい。このため、キャリアガスにキャリアされて排出されてくる水素ガスの量は、キャリアガス中で比較的高濃度である。即ち、測定対象物から排出された拡散性水素は、比較的少量のキャリアガスによりガスクロマトグラフ等のガス分析装置に送給されてくるので、このキャリアガスのガス分析装置への供給速度(単位時間当たりの供給量)が一定であるとすると、キャリアガスの量が多い場合に比して、短時間で水素に起因するピークが減少し、分析が終了する。つまり、水素の測定ピークが急峻であり、測定時間が短いので、成分分離が容易であり、高精度の測定が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明の実施形態について添付の図面を参照して具体的に説明する。図1は本発明の実施形態に係る拡散性水素量の測定装置におけるサンプラーの蓋部10を示す斜視図、図2は測定対象物の収納容器(サンプラーの容器12)を示す斜視図、図3は本実施形態の測定装置の全体を示す斜視図、図4は収納容器内に収納されたパイプ溶接部(測定対象物)を示す斜視図、図5は切断前のパイプ溶接部を示す斜視図、図6はガラスビードで充填された容器内部を示す斜視図である。なお、サンプラーは、蓋部10と容器12とから構成される。
【0015】
図1及び図2に示すように、測定対象物であるパイプ溶接部を収納する収納容器12(12a、12b、12c)は、直径が同一で、従来のJIS Z 3118で規格化された測定装置の試験材収納容器よりも、極めて大きな開口部を有する円筒状の容器である。これらの収納容器12(12a、12b、12c)は、高さが異なり、容器12aは内容積が最も小さく、容器12cは内容積が最も大きい。この容器12の大きさの一例としては、容器内径(開口部直径)が100mm、容器深さが容器12aは50mm、容器12bは100mm、容器12cは150mmである。
【0016】
円板状をなすサンプラーの蓋部10はこれらの容器12の上端開口部内に嵌入されて容器12内を気密的に密封する蓋である。このサンプラーの蓋部10の周面には、2本のOリング14が配置されていて、容器12の内周面との間にOリング14が介在して、容器12内を気密的に封止するようになっている。また、容器12の上端縁の3等配の位置には、逆T型の切欠13が形成されており、蓋部10の周面の3等配の位置には突起15が形成されている。そして、この突起15を切欠13に嵌入して蓋部10を若干回転させることにより、蓋部10が容器12の上端部に固定される。
【0017】
そして、この蓋部10の表面には、接続パイプの取付口11が設けられており、この取付口11は容器12内部と連通していて、キャリアガスの供給及び排出が可能になっている。図3に示すように、駆動装置23に接続されたキャリアガスの導入管21と導出管22が、蓋部10の取付口11に接続されており、更に、駆動装置23はキャリアガスとしてのArガスの供給源(図示せず)と、ガス分析装置としてのガスクロマトグラフ装置(図示せず)とに接続されている。そして、この駆動装置23を介して、キャリアガス(Arガス)が導入管21を介して容器12内に供給され、導出管22を介して、容器12内を通流してきたキャリアガスが、ガスクロマトグラフ装置に一定の流量で送給される。なお、この場合に、導入管21は、従来の図9に示す場合と同様に、容器12の底部近傍まで挿入されており、Arガスが容器12の底部に供給され、容器12内を上昇して、導出管22から排出されるようになっている。なお、この導入管21及び導出管22は、蓋部10に設けた取付口11に接続されているが、これらの導入管21及び導出管22を、容器に接続することも可能である。
【0018】
本実施形態においては、図6に示すように、容器12内が多数の粒状物30で充填される。この粒状物30としては、ガラスビーズ(以下、粒状物30をガラスビーズ30という)があり、例えば、直径が5mmのものを使用することができる。なお、このガラスビーズ30は、直径が1mmであると、砂と同程度の大きさになるので、容器内から出て、装置配管内に入り込むため、使用することができない。ガラスビーズ30の直径が10mmであると、大きすぎて、後述する本発明の作用効果を奏しにくい。よって、ガラスビーズ30としては、直径が5mm程度のものを使用することが好ましい。
【0019】
次に、上述の如く構成された本実施形態の拡散性水素量の測定装置の動作について説明する。拡散性水素量の測定対象は、例えば、図5に示すようなパイプ溶接部40である。このパイプ溶接部40から1個の溶接部41を切り出し、図4に示すように、容器12(図示例は、容器12c)内に装入する。そして、図6に示すように、この容器12内に多数のガラスビーズ30を入れて、パイプ溶接部41の内部空間及び容器内面と溶接部41との間の空間を、ガラスビーズ30で充填する。その後、サンプラーの蓋部10を容器12の上端開口部に取付け、駆動装置23に接続された導入管21及び導出管22をサンプラーの蓋部10の取付口11に接続する。
【0020】
その後、駆動装置23により、導入管21から容器12内にパージのためにArガスを供給し、導出管22からこのパージガスを排出して容器12内をArガスで置換する。そして、Arガスを容器12内に封入し、容器12内を密封状態とした後、容器12を45℃の電気炉中に例えば72時間保持する。その後、ガスクロマトグラフ装置に接続し、導入管21を介してArガスを容器12内に再供給するとともに、容器12内のガスを導出管22からガスクロマトグラフ装置へ供給する。これにより、45℃に加温されて溶接部41から出てきた拡散性水素は、Arガスにキャリアされてガスクロマトグラフ装置に供給され、水素分析がなされる。
【0021】
このときに、ガスクロマトグラフ装置にて検出されたHガスの強度の経時変化を図7に示す。本実施形態においては、容器12は、複雑な形状を有する実構造物から切り出した大型のパイプ溶接部41を容器12内に装入するために、大型になっており、容器12内には容器12とパイプ溶接部41との間及びパイプ溶接部41内に大容積の空間が形成されているが、この空間は、ガラスビーズ30により充填されていて、内部に封入又は供給できるガスの量は極めて少なくなっている。このため、72時間加温後に、容器12内のガスをArガスにキャリアさせてガスクロマトグラフ装置に所定の流速で供給すると、図7に示すように、比較的少量のArガスの通流で、Hに起因する強度ピークが減衰し、測定が終了する。この図7から、測定開始後、2分程度で、Hガスのピークが生じるが、このHガスの強度は22分経過すれば、強度は0になる。これに対し、図8は、容器12内にガラスビーズ30を充填しなかった場合の測定結果を示す。この図8に示すように、Hの強度ピークは同様に測定開始後2分程度で生じるが、ガラスビーズがないために、容器12内に大容積の空間が形成されているため、48分を経過して始めてHに起因する強度が0になっている。つまり、本実施形態の場合は、短時間で水素に起因するピークが減少し、水素の測定ピークが急峻であり、測定時間が短いが、ガラスビーズ30を装入しない場合は、図8に示すように、Hに起因する強度が広い範囲で分布する。このため、ガラスビーズを使用しない場合は、分析時間が長くなる。
【0022】
ガスクロマトグラフ分析は、H等のガス成分の定量分析を行う方法であるが、測定の終了点を完全にガス検知量が零になるまで行うこととすると、無限の時間がかかってしまうため、実際にはガス検知量が零近傍になった時点で測定終了とする。その時点までの図7又は図8に示す強度パターンの積分値(面積)がH等のガス成分の定量値となる。よって、サンプラー内の空間が大きいと、測定時間がかかるだけではなく、測定終了後の面積が無視されてしまうので、測定誤差が大きくなるという問題点が生じる。
【0023】
これに対し、本発明の実施形態のように、大型の容器を使用しても、ガラスビーズ等の充填物で余剰空間を小さくすることにより、図7に示すように、迅速にガスキャリアが行われれば、十分な強度のHガス検知強度が得られて、測定誤差が小さく、正確なH等のガス成分の定量測定が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明の実施形態に係る拡散性水素量の測定装置におけるサンプラーの蓋部10を示す斜視図である。
【図2】測定対象物を収納するサンプラーの容器を示す斜視図である。
【図3】本実施形態の測定装置の全体を示す斜視図である。
【図4】収納容器内に収納されたパイプ溶接部(測定対象物)を示す斜視図である。
【図5】切断前のパイプ溶接部全体を示す斜視図である。
【図6】ガラスビードで充填された容器内部を示す斜視図である。
【図7】本実施形態のH強度分布を示すグラフ図である。
【図8】比較例のH強度分布を示すグラフ図である。
【図9】従来の拡散性水素の測定装置を示す斜視図である。
【符号の説明】
【0025】
1 試料片
2 収納容器
3 サンプラー
10 サンプラーの蓋部
11 取付口
12 収納容器
12a 容器
12b 容器
12c 容器
13 切欠
14 Oリング
15 突起
21 導入管
22 導出管
23 装置
30 ガラスビーズ
30 粒状物
40 パイプ溶接部
41 溶接部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
測定対象物を収納する容器と、この容器の開口部を気密的に閉塞する蓋と、前記容器又は蓋に設けられキャリアガス供給源に接続されて前記容器内の空間にキャリアガスを導入する導入部と、前記容器又は蓋に設けられ前記容器内からキャリアガスを導出してガス分析装置へ供給する導出部と、前記測定対象物の周囲の空間を満たすように前記容器内に充填された複数個の粒状物と、を有することを特徴とする拡散性水素量の測定装置。
【請求項2】
前記粒状物は、ガラスビーズであることを特徴とする請求項1に記載の拡散性水素量の測定装置。
【請求項3】
前記ガス分析装置はガスクロマトグラフ装置であることを特徴とする請求項1又は2に記載の拡散性水素量の測定装置。
【請求項4】
測定対象物を容器内に装入し、前記容器内の前記測定対象物の周囲の空間を満たすように複数個の粒状物を前記容器内に充填し、前記容器の開口部を蓋で気密的に閉塞した後、前記蓋及び/又は容器に設けた導入部及び導出部を介してキャリアガスを前記容器内に流すと共に、前記容器内の前記測定対象物を所定温度に加熱し、前記導出部を介して排出されてきたガスを分析して、前記ガス中の水素量を測定することを特徴とする拡散性水素量の測定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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