説明

持続型心房細動モデル、その持続型心房細動誘発方法及び製造方法

【課題】小動物において持続型心房細動を誘発することができ、心房細動抑制剤のスクリーニング、持続性心房細動の研究などに好適に利用できる持続型心房細動モデル、その持続型心房細動誘発方法及び製造方法の提供。
【解決手段】ラットに動静脈瘻を作製し、該ラットを4週間以上飼育して心房を肥大拡大、且つリモデリングさせた持続型心房細動モデルである。動静脈瘻が腹部大動脈と下大静脈とが連通した動静脈瘻である態様、7週間以上飼育して心房を肥大拡大、且つリモデリングさせた態様などが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、持続型心房細動モデル、その持続型心房細動誘発方法及び製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
心房細動は、心房の筋肉が1分間に300回〜500回と正常の5倍以上の速さで不規則に細かく震え、洞結節と呼ばれる心臓のペースメーカが機能障害に陥り、正常な心房の電気興奮が開始されず、心房の補助ポンプとしての収縮や拡張がなくなる不整脈の一つである。
心房細動は、臨床上最も遭遇しやすい不整脈であり、加齢に伴って発生しやすく、日本においては、60歳代では2%〜4%、70歳代では5%〜6%、80歳代では8%〜10%が発症しているといわれている。
【0003】
心房細動が生じると、心房収縮がなくなり拡張期に心室が十分血液で満たされないために心臓の働きは低下し、心臓から出る血液量が減少する。また、心房は、心室が収縮して小さくなる際に逆に大きくなり血液を一時的に蓄え、次の心室充満のときに役立てるリザーバー機能を有するが、心房細動ではこの働きが低下する。
更に、心房細動は、心房内鬱血により血液凝集塊(血栓)が生成しやすく、この血栓が心臓から流れ出し、脳梗塞をはじめとする全身臓器の血栓や塞栓症を引き起こす。
したがって、心房細動は、致死性の不整脈ではないものの、その合併症が問題である。
【0004】
心房細動の種類としては、何らかの原因で心房細動が生じても原因を除去するとそれ以上は心房細動を生じない一過性心房細動や、心房細動の自然停止が得られるが反復して心房細動が生じる発作性心房細動等の突発性心房細動と、心房細動が持続するが、薬物や電気的な刺激により除細動でき洞調律に復帰する持続性心房細動や、心房細動が持続し、薬物や電気的な刺激によっても除細動できない永続性心房細動等の慢性心房細動とに分類される。
一般に、心房細動は、一過性心房細動、発作性心房細動、持続性心房細動、永続性心房細動の順に進行する。慢性化の促進因子のひとつとして、心房の拡大が挙げられる(非特許文献1参照)。即ち、心房の質量の増加は、心房細動の慢性化に寄与する。永続性心房細動になると、現在のところその治療方法がないため、持続性心房細動の段階でその進行を止めることが望まれている。
【0005】
心房細動の治療方法としては、電気的治療法、薬物治療法などが挙げられる。
前記電気的治療法は、迅速で効果が高いものであるが、全身麻酔下で電気ショックをかけるものであり、患者に対する負担が大きく、また、特別な設備を必要とし、専門家によらなければ治療を施すことができない点で問題である。
【0006】
電気的治療法と比較して、薬物治療法は、患者自身の投薬により治療でき、簡便である点で有利である。
現在、心房細動に対する予防薬乃至治療薬として、Vaugahan Williamsの分類のIa群薬(ジソピラミド、シベンゾリンなど)及びIc群薬(フレニカイニド、ピルジカイニドなど)が主に使用され、肥大型心筋症に伴う心房細動にはIII群薬(アミオダロン、ソタロール、ニフェカラントなど)が使用されている。
しかし、これらの薬物には副作用がある点で問題である。例えば、Ia群薬であるジソピラミドには、陰性変力作用があり、心不全や左室機能障害の患者への使用には不向きであり、また、QRS及びQTの延長、催不整脈作用などが生じることがある点で問題である。Ic群薬であるフレニカイニドやピルジカイニドなどは、循環系への副作用が多い点で問題である。III群薬であるアミオダロンは、肺、甲状腺、眼などの心臓以外への副作用がある点で問題である。
これらの現在臨床で用いられている心房細動の予防薬又は治療薬は、経験則に基づいて投薬されているものであり、心房細動に関する何らかの評価試験に基づいて選択されたものではなく、また、その評価試験系もない点で問題である。
【0007】
既存の抗不整脈薬の心房細動に対する有効性の再評価に用いられる評価試験や、新たな心房細動抑制剤のスクリーニングには、臨床における心房細動に近い試験系を用いることが望ましく、そのような試験系としては、臨床における心房細動を反映した心房細動モデルを用いる方法が挙げられ、動物への負荷が少なく確実な評価を行うことができるモデルは非常に有用性が高い。
【0008】
心房細動モデルとしては、例えば、アコニチンを心耳に局所投与することによって局所起源の心房細動を起こしたアコニチンモデルが提案されている(非特許文献2参照)。
しかし、アコニチンモデルは、臨床における心房細動とは直接関係がないため、心房細動抑制剤のスクリーニングへの使用には不向きであるという問題がある。
また、心房筋表面にタルクパウダを無菌的に散布し、心膜炎を起こすことによって心房性不整脈を誘発し易くした無菌性心膜炎モデルが提案されており(非特許文献3参照)、心房細動の発生機序を検討するために用いられている。
しかし、無菌性心膜炎モデルは、心膜炎による心房細動であるため、心臓手術後に発生する臨床におけるごく限られた心房細動を反映した方法に過ぎず、慢性心房細動に対する心房細動抑制剤のスクリーニングへの使用には不向きであるという問題がある。
【0009】
ヤギの心房細動の頻回刺激を加えて心房細動を誘発した頻回刺激誘発モデルが提案されている(非特許文献4参照)。
しかし、ヤギは、実験動物としてサイズが大きく、世界的にも使用できる施設が限られることや、ヤギを扱うことができる研究者も少ないことから、心房細動抑制剤のスクリーニングへの使用には不向きであるという問題がある。
また、イヌの房室伝導をブロックすることにより心房細動モデルを作製する方法が提案されている(特許文献1参照)。更に、同文献において、ラットの心臓に電気刺激することにより心房細動を誘発する方法が提案されている。
しかし、特許文献1のラット心臓に電気刺激を与える方法は、正常なラットの食道内に留置したカテーテル型の電極を用いるものであり、ラットの心房が何らかの組織的な変性を伴うものではなく、また、食道内から心房に的確且つ高い再現性で電気刺激を与えることが必要で、研究者がその技術を活用するには熟練を要するものである。そのため、心房細動が生じ易い心房を有し、且つ高い再現性で心房細動を生じ得る、心房細動モデルを提供するものではなかった。
【0010】
持続性の心房細動の発生メカニズムとして、解剖学的に複雑な構造を有する心房において、構造物を旋回する渦巻状の電気経路が多数生じることにより不整脈が安定化し、持続性の心房細動が発生することが提唱されている。心房の面積が大きい大動物ではこの現象が安定して生じやすいが、一方、心房の面積が小さい小動物では渦巻状の電気経路が形成される面積が限られるため、不整脈が維持されにくい。そのため、これまでラットなどの小動物で、臨床上問題となる持続した心房細動の誘発は困難とされてきた。
【0011】
したがって、小動物において、心房細動抑制剤のスクリーニング、持続型心房細動の研究などに好適に利用できる持続型心房細動モデル及びその製造方法を提供することが求められているが、そのような持続型心房細動モデル及びその製造方法は、未だ提供されていないのが現状である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2006−67950号公報
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】Circulation Journal Vol. 72, Suppl. IV, 2008, 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2006−2007年度合同研究班報告), 「心房細動治療(薬物)ガイドライン(2008年改定版)」、p.1581−1638
【非特許文献2】Moe et al., 1959, Am.Heart.J. 58, 59−70
【非特許文献3】Page et al., 1986, J.Am Coll Cardiol., 8, 872−879
【非特許文献4】Maurits C.E.F. Wijffels et al., 1995, Circulation, 92, 1954−1968
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は、従来における前記諸問題を解決し、以下の目的を達成することを課題とする。即ち、本発明は、小動物において持続型心房細動を誘発することができ、心房細動抑制剤のスクリーニング、持続性心房細動の研究などに好適に利用できる持続型心房細動モデル、その持続型心房細動誘発方法及び製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
前記課題を解決するため、本発明者らは鋭意検討した結果、以下のような知見を得た。
即ち、ラットに動静脈瘻を作製し、該ラットを4週間以上飼育して心房を肥大拡大させることにより持続型心房細動モデルを製造することができ、該持続型心房細動モデルによれば、小動物において持続型心房細動を誘発することができ、心房細動抑制剤のスクリーニング、持続性心房細動の研究などに好適に利用できることを知見し、本発明の完成に至った。
【0016】
本発明は、本発明者らによる前記知見に基づくものであり、前記課題を解決するための手段としては、以下の通りである。即ち、
<1> ラットに動静脈瘻を作製し、該ラットを4週間以上飼育して心房を肥大拡大、且つリモデリングさせたことを特徴とする持続型心房細動モデルである。
<2> 動静脈瘻が、腹部大動脈と下大静脈とが連通した動静脈瘻である前記<1>に記載の持続型心房細動モデルである。
<3> 7週間以上飼育して心房を肥大拡大、且つリモデリングさせた前記<1>から<2>のいずれかに記載の持続型心房細動モデルである。
<4> 12週間以上飼育して心房を肥大拡大、且つリモデリングさせた前記<1>から<2>のいずれかに記載の持続型心房細動モデルである。
<5> 前記<1>から<4>のいずれかに記載の持続型心房細動モデルの心房に刺激を付与する誘発工程を含むことを特徴とする持続型心房細動モデルの持続性心房細動誘発方法である。
<6> 刺激が、電気刺激である前記<5>に記載の持続型心房細動モデルの持続性心房細動誘発方法である。
<7> ラットに動静脈瘻を作製する動静脈瘻作製工程と、
該ラットを4週間以上飼育して心房を肥大拡大、且つリモデリングさせるリモデリング工程と、
を含むことを特徴とする持続型心房細動モデルの製造方法である。
<8> 動静脈瘻が、腹部大動脈と下大静脈とが連通した動静脈瘻である前記<7>に記載の持続型心房細動モデルの製造方法である。
<9> リモデリング工程が、ラットを7週間以上飼育して心房を肥大拡大、且つリモデリングさせる工程である前記<7>から<8>のいずれかに記載の持続型心房細動モデルの製造方法である。
<10> リモデリング工程が、ラットを12週間以上飼育して心房を肥大拡大、且つリモデリングさせる工程である前記<7>から<8>のいずれかに記載の持続型心房細動モデルの製造方法である。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、従来における前記諸問題を解決し、前記目的を達成することができ、小動物において持続型心房細動を誘発することができ、心房細動抑制剤のスクリーニング、持続性心房細動の研究などに好適に利用できる持続型心房細動モデル、その持続型心房細動誘発方法及び製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】図1は、実施例1の持続型心房細動モデル(動静脈瘻作製工程後12週間以上経過)の心房細動誘発前及び後の心電図を示す図である。
【図2】図2は、実施例2の持続型心房細動モデル(動静脈瘻作製工程後12週間以上経過)の心房細動誘発前及び後の心電図を示す図である。
【図3】図3は、実施例3の持続型心房細動モデル(動静脈瘻作製工程後12週間以上経過)の心房細動誘発前及び後の心電図を示す図である。
【図4】図4は、実施例4の持続型心房細動モデル(動静脈瘻作製工程後12週間以上経過)の心房細動誘発前及び後の心電図を示す図である。
【図5】図5は、実施例5の持続型心房細動モデル(動静脈瘻作製工程後7週間〜8週間経過)の心房細動誘発前及び後の心電図を示す図である。
【図6】図6は、実施例6の持続型心房細動モデル(動静脈瘻作製工程後7週間〜8週間経過)の心房細動誘発前及び後の心電図を示す図である。
【図7】図7は、実施例7の持続型心房細動モデル(動静脈瘻作製工程後7週間〜8週間経過)の心房細動誘発前及び後の心電図を示す図である。
【図8】図8は、実施例8の持続型心房細動モデル(動静脈瘻作製工程後7週間〜8週間経過)の心房細動誘発前及び後の心電図を示す図である。
【図9】図9は、実施例9の持続型心房細動モデル(動静脈瘻作製工程後4週間経過)の心房細動誘発前及び後の心電図を示す図である。
【図10】図10は、比較例3の対照動物の心房細動誘発前及び後の心電図を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
(持続型心房細動モデル及びその製造方法)
本発明の持続型心房細動モデルは、ラットに動静脈瘻を作製し、該ラットを4週間以上飼育して心房を肥大拡大、且つリモデリングさせたモデルである。
本発明の持続型心房細動モデルの製造方法は、動静脈瘻作製工程と、リモデリング工程と、を少なくとも含み、必要に応じて、更にその他の工程を含む。
ここで、「持続型」心房細動モデルとは、臨床においてヒトで生じる持続性心房細動(即ち、7日間以上自然停止しない心房細動)のモデルとなり得る心房の組織的な変性を伴うモデル、即ち、心房細動が生じ易い心房を有し、且つ高い再現性で心房細動を生じ得るモデルをいう。また、「持続型」心房細動とは、心房細動持続時間が、正常な動物で誘発した心房細動の持続時間よりも長いものを意味する。そのような心房細動時間としては、6秒間以上であり、15秒間以上が好ましく、1分間以上がより好ましい。
以下、持続型心房細動モデルの製造方法の説明と併せて、持続型心房細動モデルについても詳細に説明する。
【0020】
<動静脈瘻作製工程>
前記動静脈瘻作製工程は、ラットに動静脈瘻を作製する工程である。
ここで、「動静脈瘻」とは、動脈と静脈との間にできた異常な連絡通路を意味し、例えば、Garcia and Diebold, Cardiovascular Res.1990,24,430−432;Mercadier et al., Circ.Res.1981,49,525−532などに記載の公知の動静脈瘻作製方法により作製することができる。そのような方法としては、具体的には、動脈露出下で針などを動脈腔内に挿入し、動脈と静脈とが平行している箇所でその針を用いて動脈と静脈とを連結する穴を開ける方法などが挙げられる。
前記動静脈瘻としては、心臓への血液還流量を増加できるものであれば、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、腹部大動脈と下大静脈とが連通した動静脈瘻、腎動脈と腎静脈とが連通した動静脈瘻、大腿動脈と大腿静脈とが連通した動静脈瘻などが好ましい。
【0021】
前記ラットを用いて動静脈瘻作製工程を行う際は、ラットに麻酔をかけて行うことが好ましい。
麻酔薬の種類としては、特に制限はなく、公知のものの中から目的に応じて適宜選択することができ、例えば、ペントバルビタール、ハロセンなどが挙げられる。これらは、1種単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
前記麻酔薬を投与する量としては、特に制限はなく、対象であるラットの種類、大きさ、年齢、性別などに応じて適宜選択することができる。
【0022】
また、前記ラットを用いて動静脈瘻作製工程を行う際は、麻酔をかけた後、呼吸を安定させる目的で挿管して人工呼吸器等の酸素乃至大気供給手段から一定量の酸素乃至大気を供給することが好ましい。
前記酸素乃至大気の供給量としては、特に制限はなく、対象個体の体重などに応じて適宜選択することができるが、5mL/kg〜15mL/kgが好ましい。
【0023】
<リモデリング工程>
前記リモデリング工程は、動静脈瘻を作製したラットを4週間以上飼育して心房を肥大拡大、且つリモデリングさせる工程である。
また、前記飼育する期間としては、7週間以上が好ましく、12週間以上がより好ましい。
本発明において、心房の「肥大」とは、心房壁の厚みが厚くなることをいい、心房の「拡大」とは、心房壁で囲まれた内部の体積が大きくなることをいう。したがって、前記リモデリング工程を経たラットは、心房壁の厚みが厚くなり、且つ心房の内部の体積が大きくなった状態となる。ここで、心房が肥大拡大されていることは、例えば、MRI(核磁気共鳴画像)、心エコー、X線写真、圧負荷や容量負荷の測定などにより確認することができる。また、測定などに用いた後のラットを解剖して心臓を摘出し、心房の質量及び体積を測定し、正常ラットと比較することにより確認することができる。
また、心房の「リモデリング」とは、心房の肥大拡大、及び心房筋への血行動態学的負荷により、組織学的な変化が生じる組織学的リモデリング、並びに心房筋のイオンチャネル機能が変化する電気的リモデリングをいい、このことは、心房細動の発生や維持に寄与する。ここで、心房がリモデリングされていることは、心房細動の誘発により、持続時間6秒間以上(好ましくは15秒間以上、より好ましくは1分間以上)の持続型心房細動が持続することにより確認することができる。
【0024】
前記持続型心房細動モデルの製造方法の対象であるラットの種類、大きさ、年齢、性別などとしては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
【0025】
<持続型心房細動モデル>
本発明の前記持続型心房細動モデルは、心房が肥大拡大化、且つリモデリングされており、小動物において持続型心房細動を誘発することができ、これにより血栓も生じ得るモデルである。したがって、臨床においてヒトで生じる持続性心房細動に非常に近い状態にあり、心房細動抑制剤のスクリーニング、持続性心房細動の研究などに好適に利用できるモデルである点で有利である。
ここで、「小動物」とは、イヌよりも小さい動物を指し、ラット以外にも、例えば、マウス、モルモット、ウサギ、カニクイザルなどが挙げられる。
【0026】
<用途>
本発明の持続型心房細動モデル及びその製造方法は、臨床における持続性心房細動に近いモデルであり、心房細動を持続することができ、更に薬物等で心房細動を抑制又は除細動できるため、心房細動抑制剤のスクリーニングや、既存の抗不整脈薬の有効性の再評価などに好適に利用可能である。また、前記持続型心房細動モデルは、心房細動の発生機序等の病態の検討にも好適に利用可能である。
【0027】
(持続型心房細動モデルの持続型心房細動誘発方法)
本発明の持続型心房細動モデルの持続型心房細動誘発方法は、誘発工程を含み、更に必要に応じてその他の工程を含む。
【0028】
<誘発工程>
前記誘発工程は、前記持続型心房細動モデルの心房に刺激を付与する工程である。
前記刺激としては、持続型心房細動を誘発できるものであれば、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、電気刺激、交感神経刺激、副交感神経刺激などが挙げられる。
前記電気刺激としては、特に制限はなく、目的に応じて刺激電圧、刺激間隔、刺激付与時間などを適宜選択することができ、例えば、刺激電圧:1V〜10V、刺激間隔:10m秒間隔〜100m秒間隔、且つ刺激付与時間:5秒間〜60秒間の条件などが挙げられる。これらの中でも、刺激電圧:4V〜6V、刺激間隔:12m秒間隔〜20m秒間隔、且つ刺激付与時間:15秒間〜25秒間の条件などが好ましい。
【0029】
前記持続型心房細動モデルの持続型心房細動誘発時における心房細動の持続時間としては、正常な動物で誘発した心房細動の持続時間よりも長いもの、即ち、6秒間以上であれば、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、15秒間以上が好ましく、1分間以上がより好ましく、5分間以上が更に好ましく、30分間以上が特に好ましい。
なお、心房細動が抑制又は除細動された後の前記持続型心房細動モデルに対して、再び前記誘発工程を行うことで、再度、持続型心房細動を誘発することができる。
【実施例】
【0030】
以下に本発明の実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【0031】
(実施例1〜4)
−持続型心房細動モデルの作製−
−−動静脈瘻作製工程−−
ラット(品種:Wistar、8週齢、雄、体重:180g〜220g、n=4;三協ラボサービス株式会社より購入)を用い、以下の手順で動静脈瘻を作製した。
動静脈瘻を作製する方法としては、Garcia and Diebold, Cardiovascular Res.1990,24,430−432に記載の方法を用いた。具体的には、まず、ラットにペントバルビタール(東京化成工業株式会社製)30mg/kgを腹腔内注射で投与して麻酔し、正中切開にて開腹し、腹部大動脈と下大静脈とを露出させた。次いで、腹部大動脈の上流をクレンメで止血した後、腹部大動脈の表面から腹部大動脈と下大静脈とが平行している箇所に対してプラスチックシリンジ(テルモ株式会社製)に挿した18Gのシリンジ針(テルモ株式会社製)を刺し、さらに腹部大動脈と下大静脈とに連通する穴を開け、シリンジ針を抜いた。腹部大動脈表面の穴から出血しないように該穴をシアノアクリレート接着剤(アロンアルファ、東亜合成株式会社製)により塞いだ後にクランプを外した。そして、正中線を閉じて消毒し、麻酔が覚めるまで静置した。開腹から閉腹までの時間は、いずれも10分間以内であった。
【0032】
−−リモデリング工程−−
上述の手順により、動静脈瘻を作製したラット(n=4)を12週間以上(実施例1:17週間、実施例2:12週間、実施例3:13週間、実施例4:16週間)飼育して心房を肥大拡大、且つリモデリングさせ、実施例1〜4の持続型心房細動モデルを作製した。
【0033】
−持続型心房細動の誘発−
次いで、得られた実施例1〜4の持続型心房細動モデルにペントバルビタール(東京化成工業株式会社製)30mg/kgを腹腔内注射で投与して麻酔し、体表面心電図を記録した。また、外頸静脈より、4極の電極カテーテル(サイズ:3Fr、株式会社フィジオテック製;4極のうち、1対が心房心電図記録用電極であり、もう1対が電気刺激用電極である)を心房内に留置し、心房心電図の記録と電気刺激に用いた。体表面心電図及び心房心電図を記録しながら、下記誘発工程を行うことにより、心房細動を誘発し、心房細動の発生と持続時間を観察した。
【0034】
−−誘発工程−−
心房に電気刺激(刺激電圧:5V、刺激間隔:15m秒間隔、刺激付与時間:20秒間)を付与した。
【0035】
実施例1〜4の持続型心房細動モデル(動静脈瘻作製工程後12週間以上経過)の心房細動誘発前及び後の心電図(体表面心電図及び心房心電図)の測定結果をそれぞれ図1〜4に示す。
その結果、誘発工程により、心房心電図では心房筋の高頻度な興奮が観察され、体表面心電図では心電図基線がゆれ、且つRR間隔が不整となったことから、心房細動が発生したことが分かった。心房細動の持続時間は、実施例1が5分間(5分間後に除細動を実施)、実施例2が3分24秒間、実施例3が1分33秒間、実施例4が30分間(30分間後に除細動を実施)であった。
なお、実施例1及び実施例4において、除細動は、電気刺激(刺激電圧:5V、刺激間隔:15m秒間隔)を、心房細動が止まったことを確認できるまで付与することにより行った。
【0036】
(実施例5〜8)
実施例1〜4において、リモデリング工程を12週間以上飼育から7週間〜8週間(実施例5:7週間、実施例6:7週間、実施例7:8週間、実施例8:8週間)飼育に代えた以外は、実施例1〜4と同様にして、ラット(n=4)から実施例5〜8の持続型心房細動モデルを作製し、これらの評価を実施した。
【0037】
実施例5〜8の持続型心房細動モデル(動静脈瘻作製工程後7週間〜8週間経過)の心房細動誘発前及び後の心電図(体表面心電図及び心房心電図)の測定結果を図5〜8に示す。その結果、心房細動の持続時間は、実施例5が8.1秒間、実施例6が9.6秒間、実施例7が8.1秒間、実施例8が13.8秒間であった。
【0038】
(実施例9)
実施例1〜4において、リモデリング工程を12週間以上飼育から4週間飼育に代えた以外は、実施例1〜4と同様にして、ラット(n=1)から実施例9の持続型心房細動モデル作製し、これらの評価を実施した。
【0039】
実施例9の持続型心房細動モデル(動静脈瘻作製工程後4週間経過)の心房細動誘発前及び後の心電図(体表面心電図及び心房心電図)の測定結果を図9に示す。その結果、心房細動の持続時間は、9.1秒間であった。
【0040】
(比較例1〜5)
実施例1〜4の持続型心房細動モデルに代えて、対照動物(正常ラット、n=5、比較例1〜5)を用いた以外は、実施例1〜4と同様にして、持続型心房細動の誘発を行い、これらの評価を実施した。
【0041】
一例として、比較例3の対照動物の心房細動誘発前及び後の心電図(体表面心電図及び心房心電図)の測定結果を図10に示す。その結果、比較例1〜5の対照動物における心房細動の持続時間は、それぞれ2.0秒間、1.7秒間、2.0秒間、5.1秒間、及び2.6秒間であり、いずれも6秒間より短いものであり、持続型心房細動は観察されなかった。
【0042】
〔試験例1:心房の肥大拡大の測定〕
(実施例10〜23)
実施例1〜4において、リモデリング工程を12週間以上飼育から4週間飼育に代えた以外は、実施例1〜4と同様にして、ラット(n=14)から実施例10〜23の持続型心房細動モデルを作製し、これらの心房の質量を測定し、比較例6〜17の対照動物と比較した。
【0043】
(比較例6〜17)
実施例10〜23の持続型心房細動モデルに代えて、対照動物(正常ラット、n=12、比較例6〜17)を用い、これらの心房の質量を測定した。
【0044】
その結果、心房の質量(平均値±標準誤差)は、それぞれ136.1±8.8mg(実施例10〜23)、及び47.3±2.0mg(比較例6〜17)であった。したがって、動静脈瘻作製工程後の4週間飼育により、心房が肥大拡大することが確認でき、その程度は、対照動物のおよそ3倍であることが分かった。
【0045】
(実施例1〜4)
実施例1〜4の持続型心房細動モデルの心房が肥大拡大したことは、持続型心房細動誘発実験を行った後に、ラットを解剖して心臓を摘出し、心房の質量を測定し、対照動物と比較することにより確認した。その結果、実施例1〜4の持続型心房細動モデルの心房質量は、実施例1が281mg、実施例2が197mg、実施例3が190mg、実施例4が191mgであり、対照動物と比較しておよそ4倍又はそれ以上、肥大拡大したことが分かった。
【0046】
(実施例5〜8)
実施例5〜8の持続型心房細動モデルの心房質量は、実施例5が207mgであり、実施例6が116mgであり、実施例7が168mgであり、実施例8が234mgであり、対照動物と比較しておよそ2.5倍〜4倍又はそれ以上肥大拡大したことが分かった。
【0047】
〔試験例2:刺激の条件検討〕
(2−1)刺激間隔の検討
(2−1−1)対照動物を用いた検討
比較例3の対照動物を用い、前記誘発工程において、電気刺激(刺激電圧:5V、刺激間隔:15m秒間隔、刺激付与時間:20秒間)のうち、刺激間隔のみを下記表1の通りに変えた以外は、前述した持続型心房細動誘発方法と同様に、心房細動を誘発し、心房細動の発生と持続時間を観察し、心房細動の持続時間を測定した。結果を表1に示す。
【0048】
【表1】

【0049】
(2−1−2)持続型心房細動モデルを用いた検討
実施例2の持続型心房細動モデルを用い、前記誘発工程において、電気刺激(刺激電圧:5V、刺激間隔:15m秒間隔、刺激付与時間:20秒間)のうち、刺激間隔のみを下記表2の通りに変えた以外は、前述した持続型心房細動誘発方法と同様に、心房細動を誘発し、心房細動の発生と持続時間を観察し、心房細動の持続時間を測定した。結果を表2に示す。
【0050】
【表2】

【0051】
刺激間隔検討の結果、刺激間隔が12m秒間隔〜20m秒間隔において、持続型心房細動モデルでは10秒間以上(対照動物では1.5秒間以上)の心房細動の持続時間が観察され、よって、これらの条件は、心房細動の誘発に適した条件であることが分かった。中でも、15m秒間隔では、持続型心房細動モデルで200秒間以上もの心房細動の持続時間が観察されたことから、刺激間隔15m秒間隔が最適な条件であることが分かった。
【0052】
(2−2)刺激持続時間の検討
比較例3の対照動物を用い、前記誘発工程において、電気刺激(刺激電圧:5V、刺激間隔:15m秒間隔、刺激付与時間:20秒間)のうち、刺激付与時間のみを下記表3の通りに変えた以外は、前述した持続型心房細動誘発方法と同様に、心房細動を誘発し、心房細動の発生と持続時間を観察し、心房細動の持続時間を測定した。結果を表3に示す。
その結果、これらの条件は、心房細動の誘発に適した条件であることが分かった。
【0053】
【表3】

【0054】
(2−3)刺激電圧の検討
比較例3の対照動物を用い、前記誘発工程において、電気刺激(刺激電圧:5V、刺激間隔:15m秒間隔、刺激付与時間:20秒間)のうち、刺激電圧のみを下記表4の通りに変えた以外は、前述した持続型心房細動誘発方法と同様に、心房細動を誘発し、心房細動の発生と持続時間を観察し、心房細動の持続時間を測定した。結果を表4に示す。
その結果、これらの条件は、心房細動の誘発に適した条件であることが分かった。
【0055】
【表4】

【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明の持続型心房細動モデル、その持続型心房細動誘発方法及び製造方法は、小動物において持続型心房細動を誘発することができ、臨床における持続性心房細動に近いモデルであり、更に該心房細動を薬物等で抑制又は除細動できるため、心房細動抑制剤のスクリーニング、持続性心房細動の研究などに好適に利用可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ラットに動静脈瘻を作製し、該ラットを4週間以上飼育して心房を肥大拡大、且つリモデリングさせたことを特徴とする持続型心房細動モデル。
【請求項2】
動静脈瘻が、腹部大動脈と下大静脈とが連通した動静脈瘻である請求項1に記載の持続型心房細動モデル。
【請求項3】
7週間以上飼育して心房を肥大拡大、且つリモデリングさせた請求項1から2のいずれかに記載の持続型心房細動モデル。
【請求項4】
12週間以上飼育して心房を肥大拡大、且つリモデリングさせた請求項1から2のいずれかに記載の持続型心房細動モデル。
【請求項5】
請求項1から4のいずれかに記載の持続型心房細動モデルの心房に刺激を付与する誘発工程を含むことを特徴とする持続型心房細動モデルの持続型心房細動誘発方法。
【請求項6】
刺激が、電気刺激である請求項5に記載の持続型心房細動モデルの持続型心房細動誘発方法。
【請求項7】
ラットに動静脈瘻を作製する動静脈瘻作製工程と、
該ラットを4週間以上飼育して心房を肥大拡大、且つリモデリングさせるリモデリング工程と、
を含むことを特徴とする持続型心房細動モデルの製造方法。
【請求項8】
動静脈瘻が、腹部大動脈と下大静脈とが連通した動静脈瘻である請求項7に記載の持続型心房細動モデルの製造方法。
【請求項9】
リモデリング工程が、ラットを7週間以上飼育して心房を肥大拡大、且つリモデリングさせる工程である請求項7から8のいずれかに記載の持続型心房細動モデルの製造方法。
【請求項10】
リモデリング工程が、ラットを12週間以上飼育して心房を肥大拡大、且つリモデリングさせる工程である請求項7から8のいずれかに記載の持続型心房細動モデルの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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