説明

摺動式等速自在継手

【課題】内部にトルク伝達軸を付勢するためのコイルばねを収納した摺動式等速自在継手において、コンパクトなばね受け部材を使用しながら、作動角が高角度になった場合でも、ばね受け部材がローラ幅面の段差部に落ち込むことを防止することである。
【解決手段】外側継手部材11、摺動可能な内側継手部材12、内側継手部材12の中心に嵌合されたトルク伝達軸13及びばね受け部材15及びばね受け部材15と外側継手部材11の内底面との間に介在されたコイルばね14とからなる摺動式等速自在継手において、ばね受け部材15を皿形に形成することによりコンパクト化を図る一方、コイルばね14のピッチの大きさを当該コイルばね14がローラ28と干渉した場合においてもローラ28がピッチ間のすき間に入り込み難い大きさに設定した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、自動車や各種産業機械等の動力伝達装置に使用される等速自在継手に関し、特に摺動式等速自在継手に関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車のデファレンシャルギヤと左右の車輪との間の各駆動軸にそれぞれ中間軸を挟んで一対の摺動式等速自在継手を介在した駆動力伝達構造が知られている。この場合の摺動式等速自在継手においては、中間軸が軸方向へ自由に変位しその位置が定まらないため、中間軸の一端部が一方の等速自在継手の外側継手部材の内端面に当たって異音や振動を発生する可能性がある。
【0003】
その異音や振動の発生を防止するために、他方の等速自在継手の外輪継手部材の内端と当該中間軸の他端部との間にコイルばねを圧縮状態に介在し、中間軸を前記一方の等速自在継手側に付勢し、その中間軸の一端部を外側継手部材の内端面に設けた受け部材に押し当てる構成が採られる(特許文献1、同2)。
【0004】
前掲の特許文献1に開示されたトリポード型の摺動式等速自在継手について、図4に基づいて説明する。この等速自在継手は、外側継手部材111、内側継手部材112、トルク伝達軸(前記の中間軸)113、コイルばね114及びばね受け部材115の組合せによって構成される。
【0005】
外側継手部材111は、その一端が開放されたカップ状のマウス部116が形成され、マウス部116の反対面にステム部117が設けられる。マウス部116の内周面の周方向の3等分位置に軸方向の案内溝118が設けられ、また、内底面中央部にばね受け凹部119が設けられる。
【0006】
内側継手部材112は、ボス123の周りの3等分位置に径方向に突き出したジャーナル軸、いわゆるトラニオン軸124が設けられる。トラニオン軸124に内輪125と外輪126の間に針状ころ127を介在して構成されたローラ128が径方向の余裕をもって首振り自在に嵌合される。ローラ128が前記の案内溝118にスライド自在に嵌合される。
【0007】
トルク伝達軸113は、その先端部にスプライン軸部130が形成され、そのスプライン軸部130の先端面は凸球面131となっている。前記のスプライン軸部130が前記内側継手部材112のスプライン穴122に嵌合され、止め輪132によって抜け止めが図られている。前記の凸球面131がスプライン穴122からマウス部116の内方に突き出す。
【0008】
ばね受け部材115は、前記凸球面131に接触する凹球面に形成された底板133と、その底板133の周縁部から前記ばね受け凹部119側に立ち上がった円筒部134とからなるカップ状のものである。円筒部134の立ち上がり高さは、トルク伝達軸113が大きな作動角θをとった場合に、円筒部134が外輪126に接触し得る高さに形成される。前記のコイルばね114は前記ばね受け凹部119とばね受け部材115との間に圧縮状態に介在される。
【0009】
図5及び図6に示した特許文献2の場合も、実質的に特許文献1と同様の構成であるが、ばね受け部材115は、円筒部134の高さが特許文献1の場合に比べて低く形成された皿形である点が異なっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】米国公開US2010/0022314A1明細書及び図面
【特許文献2】実公平6−12258号公報(第2図)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
図4に示した特許文献1の等速自在継手においては、作動角θがある程度の高角度になると、ばね受け部材115がトルク伝達軸113の先端の凸球面131からずれて傾きが大きくなり、その円筒部134がローラ128の外輪126に干渉する。この場合、円筒部134の端縁137がローラ128の幅面段差部138に落ち込む不具合を避けるため、円筒部134の立ち上がり高さは、ローラ128の大きさに合わせ干渉時のローラとの接触位置を考慮した大きさに設定する必要がある。
【0012】
特に、トラニオン軸124上で首振り自在に作動するローラ128は、その幅面に段差があって複雑な構造であるため、円筒部134の立ち上がり高さは、等速自在継手のサイズや機種に合わせて設定しなければならない煩わしさがある。また、円筒部134の立ち上がり高さが大きくなるので、部品としてのばね受け部材115が大型化する問題もある。
【0013】
これに対し、図5及び図6に示した特許文献2の場合のばね受け部材115は、円筒部134が比較的低く形成された皿形であるため、前記の場合と比べコンパクトであり、プレス加工によって容易に製作できるメリットがある。しかし、作動角θが大きくなると、コイルばね114が屈曲・傾斜して直接ローラ128に干渉し、コイルばね114のピッチ間のすき間にローラ128の一部が入り込むことがある(図6参照)。
【0014】
ローラ128がピッチ間のすき間に入り込むと、コイルばね114及びばね受け部材115の傾斜角が一層大きくなり、ばね受け部材115の端縁137がローラ128の幅面の段差部138に落ち込み、等速自在継手の作動性に影響を与える不具合が発生する。
【0015】
そこで、この発明は、摺動式等速自在継手において、ばね受け部材のコンパクト化を図る一方、ばね受け部材の端縁がローラ幅面の段差部に落ち込むことを防止し、等速自在継手の作動性の向上を図ることを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
前記の課題を解決するために、この発明は、外側継手部材、前記外側継手部材に対して摺動可能な内側継手部材、内側継手部材に設けられた径方向のトラニオン軸、そのトラニオン軸に首振り自在に嵌合されたローラ、前記内側継手部材の中心に嵌合されたトルク伝達軸及び前記トルク伝達軸の先端の凸球面に接触する凹球面を有するばね受け部材及び前記ばね受け部材と前記外側継手部材の内底面との間に介在されたコイルばねとからなり、前記外側継手部材に設けられたステム部と前記トルク伝達軸との間でトルクの伝達を行う摺動式等速自在継手において、前記ばね受け部材が相対的に低い円筒部を有する皿形に形成され、前記コイルばねのピッチの大きさが、当該コイルばねが前記ローラと干渉した場合においてもローラの一部がピッチ間のすき間に入り込み難い大きさに設定された構成とした。
【0017】
コイルばねのピッチを前記のように設定しておくことにより、当該継手が大きな作動角をとり、コイルばねの部分が屈曲・傾斜してローラと干渉することがあったとしても、そのコイルばねのピッチ間のすき間にローラの一部が入り込むことが防止される。その結果、コイルばねの傾きがそれ以上大きくなることがなく、ばね受け部材の傾きもそれ以上に大きくなることがないため、ばね受け部材がローラ幅面の段差部分に落ち込む不具合を防止することができる。
【0018】
前記ばね受け部材の円筒部の具体的な高さは、前記コイルばね端部の2周程度を受け入れる高さをいう。また、コイルばねのピッチの大きさは、具体的には、当該コイルばね線材の線径以上、かつ線径の2倍以下に設定される。コイルばねのピッチの大きさがコイルばね線材の線径に等しい場合とは、ピッチ間のすき間がゼロである場合(接触状態)を意味する。また、そのピッチの大きさが線径の2倍の大きさである場合とは、ピッチ間のすき間が線材の直径に等しい場合を意味する。
【0019】
前記ピッチは、コイルばねの全長に渡って一定の大きさに設定する必要は必ずしもなく、コイルばねのばね受け部材側の端部から、ローラと干渉する部分に至る範囲において前記の大きさに設定されるが、それ以外の範囲は相対的に大きいピッチに形成する構成を採るのが一般的である。この場合コイルばねは、相対的に小さいピッチの範囲、即ち小ピッチの範囲と、相対的に大きいピッチの範囲、即ち大ピッチの範囲とを有することになる。
【発明の効果】
【0020】
以上のように、この発明の摺動式等速自在継手においては、外側継手部材の内底面とトルク伝達軸との間に介在されたコイルばねは、そのピッチの大きさが、当該コイルばねが前記ローラと干渉した場合においてもローラの一部がピッチ間のすき間に入り込み難いピッチに設定されているため、作動角が大きくなってローラと干渉することがあっても、そのローラの一部がピッチ間のすき間に入り込むことが防止される。その結果、コイルばね及びコイルばねを支持するばね受け部材の傾きも制限されるので、ばね受け部材がローラの段差部に落ち込む不具合が防止され、等速自在継手の作動性を向上させる効果がある。
【0021】
また、コイルばねのばね受け部材の円筒部の立ち上がり高さを大きく設定する必要はなく、その高さはコイルばねを安定よく着座させるだけの低い皿形のものでよい。これにより、ばね受け部材のコンパクト化を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】図1(a)は、実施形態1の摺動式等速自在継手の作動角0°の場合の断面図、図1(b)は、同上のばね受け部材の拡大断面図、図1(c)は、同上のコイルばねの拡大断面図である。
【図2】図2は、同上の一定の作動角をとった場合の断面図である。
【図3】図3は、図2の一部拡大断面図である。
【図4】図4は、従来例の摺動式等速自在継手の作動角をとった状態の断面図である。
【図5】図5は、他の従来例の摺動式等速自在継手の作動角をとった状態の断面図である。
【図6】図6は、図5の一部拡大断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、この発明の実施形態を添付図面に基づいて説明する。
[実施形態1]
図1から図3に示した実施形態1に係るトリポード型の摺動式等速自在継手は、外側継手部材11、内側継手部材12、トルク伝達軸13、コイルばね14及びばね受け部材15の組合せによって構成される。
【0024】
外側継手部材11は、一端が開放されたカップ状のマウス部16と、その閉塞端外面の中心部にマウス部16と同軸反対向きに突き出したステム部17とにより構成される。マウス部16の内周面の周方向の3等分位置に軸方向の案内溝18が設けられ、また、内底面中央部にばね受け凹部19が設けられる。前記ステム部17にはスプライン(セレーションを含む。)21が施される。
【0025】
内側継手部材12は、ボス23の周りの3等分位置に径方向に突き出したジャーナル軸、いわゆるトラニオン軸24が設けられる。ボス23のセンターにスプライン穴22が設けられる。前記のトラニオン軸24は断面形状が円筒状、又は楕円筒状に形成され、そのトラニオン軸24に、ローラ28が径方向の余裕をもって首振り自在に嵌合される。ローラ28は、内輪25と外輪26の間に針状ころ27を介在して構成されている。
なお、トラニオン軸24は球面形状に形成される場合もある。
【0026】
前記の内輪25及び針状ころ27は、外輪26の内外両端面間に介在された止め輪29a、29bによって外輪26と一体化されている。前記のローラ28の外輪26が案内溝18にスライド自在に嵌合される。外輪26のボス部23側の幅面と、止め輪29aの間に段差部38(図3参照)が存在する。
【0027】
トルク伝達軸13は、その先端部にスプライン軸部30が形成され、そのスプライン軸部30の先端面は凸球面31となっている。前記のスプライン軸部30が前記内側継手部材12のスプライン穴22に嵌合され、止め輪32によって抜け止めが図られている。前記の凸球面31がスプライン穴22からマウス部16の内方に突き出す。
【0028】
ばね受け部材15は、図1(b)に示したように、前記凸球面31に接触する凹球面に形成された底板33と、その底板33の周縁部から前記ばね受け凹部19側に立ち上がった低い円筒部34とからなる皿状のものである。底板33の内底面の周縁部と円筒部34の内周面立ち上がり部とのコーナ部分がコイルばね14の着座部35となる。
【0029】
円筒部34の立ち上がり高さは、コイルばね14の端部を着座部35において安定よく着座させるに足りる高さに設定される。具体的には、後述の小ピッチの範囲C(図1(c)参照)のコイルばね14の部分の2周程度の高さに設定される。
【0030】
前記のばね受け部材15は、皿形であるため金属板をプレス加工することにより容易に製作される。そのほか、焼結体によって形成することもできる。
【0031】
前記のコイルばね14は前記ばね受け凹部19とばね受け部材15との間に圧縮状態に介在される。圧縮状態に介在された場合において、コイルばね14のピッチP(図1(c)参照)は、ばね受け凹部19側は比較的大きいピッチの範囲、即ち大ピッチ範囲Sとなっているが、ばね受け部材15側の端部から数回巻きの範囲は比較的ピッチの小さい範囲、即ち小ピッチ範囲Cとなっている。
【0032】
小ピッチ範囲Cの長さは、ばね受け部材15側の端部から、コイルばね14がローラ28と干渉する部分までの長さに設定される。この実施形態1の場合は、端部から4周の範囲が小ピッチ範囲Cとなっている。小ピッチ範囲CにおけるピッチPの大きさは、d〜2d(dは線材の直径)の範囲、即ち、d≦P≦2dのように設定される。
【0033】
ピッチPがdであるとは、ピッチ間のすき間がゼロ、即ち、線材相互が接触する状態をいう。いずれの場合も、大ピッチ範囲SのピッチPは、小ピッチ範囲Cの各場合より大きく設定される。
【0034】
なお、小ピッチ範囲Cの自由端部の1〜2周部分は、コイルばね14の安定を図るため、ばね受け部材15の着座部35に所要の締め代をもって嵌合させることが望ましい。
【0035】
図2及び図3は一定の作動角θ(図示の場合、15°)をとった作動状態を示す。この状態においては、ばね受け部材15がトルク伝達軸13の傾き方向と反対方向にずれて傾くことがある。その傾きとともに、コイルばね14のばね受け側端部も移動し、大ピッチ範囲Sと小ピッチ範囲Cの境界部分でくの字状に屈曲・傾斜する。
【0036】
この変形によって、コイルばね14の小ピッチ範囲Cの一部がローラ28の外輪26の幅面に干渉する(図2、図3参照)。しかし、ピッチPが相対的に小さく設定されているので、そのすき間にローラ28の外輪26の一部が入り込むことができない。このため、コイルばね14及びばね受け部材15の傾斜角はそれ以上大きくなることがないので、ばね受け部材15の円筒部34の端縁37が段差部38に落ち込むことが防止される(図3参照)。
【符号の説明】
【0037】
P ピッチ
C 小ピッチ範囲
S 大ピッチ範囲
d 線径
11 外側継手部材
12 内側継手部材
13 トルク伝達軸
14 コイルばね
15 ばね受け部材
16 マウス部
17 ステム部
18 案内溝
19 ばね受け凹部
21 スプライン
22 スプライン穴
23 ボス
24 トラニオン軸
25 内輪
26 外輪
27 針状ころ
28 ローラ
29a、29b 止め輪
30 スプライン軸部
31 凸球面
32 止め輪
33 底板
34 円筒部
35 着座部
37 端縁
38 段差部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
外側継手部材、前記外側継手部材に対して摺動可能な内側継手部材、内側継手部材に設けられた径方向のトラニオン軸、そのトラニオン軸に首振り自在に嵌合されたローラ、前記内側継手部材の中心に嵌合されたトルク伝達軸及び前記トルク伝達軸の先端の凸球面に接触する凹球面を有するばね受け部材及び前記ばね受け部材と前記外側継手部材の内底面との間に介在されたコイルばねとからなり、前記外側継手部材に設けられたステム部と前記トルク伝達軸との間でトルクの伝達を行う摺動式等速自在継手において、前記ばね受け部材が相対的に低い円筒部を有する皿形に形成され、前記コイルばねのピッチの大きさが、当該コイルばねが前記ローラと干渉した場合においてもローラの一部がピッチ間のすき間に入り込み難い大きさに設定されたことを特徴とする摺動式等速自在継手。
【請求項2】
前記ばね受け部材の円筒部の高さが、前記コイルばね端部の2周程度の高さであることを特徴とする請求項1に記載の摺動式等速自在継手。
【請求項3】
前記のピッチの大きさが、当該コイルばねの線材の線径以上、かつ線径の2倍以下であることを特徴とする請求項1又は2に記載の摺動式等速自在継手。
【請求項4】
前記ピッチの範囲が、当該コイルばねのばね受け部材側の端部から、ローラと干渉する部分に渡る範囲に設定され、それ以外の範囲は相対的に大きいピッチに形成されることにより、小ピッチ範囲と大ピッチ範囲が形成されたことを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の摺動式等速自在継手。
【請求項5】
前記ばね受け部材が、前記コイルばねの端部を受け入れる着座部を有することを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載の摺動式等速自在継手。
【請求項6】
前記コイルばねの端部が、前記ばね受け部材の円筒部内径面に対し、所定の締め代をもって嵌合されたことを特徴とする請求項1から5のいずれかに記載の摺動式等速自在継手。
【請求項7】
前記トラニオン軸の軸断面形状が円形又は楕円形のいずれかであることを特徴とする請求項1から6のいずれかに記載の摺動式等速自在継手。
【請求項8】
前記トラニオン軸が球面形状に形成されたことを特徴とする請求項1から6のいずれかに記載の摺動式等速自在継手。
【請求項9】
前記ばね受け部材がプレス加工によって製作されたことを特徴とする請求項1から8のいずれかに記載の摺動式等速自在継手。
【請求項10】
前記ばね受け部材が焼成体によって形成されたことを特徴とする請求項1から8のいずれかに記載の摺動式等速自在継手。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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