説明

摺動状態判定部材及び摺動状態判定方法

【課題】摺動部材のスティックスリップ現象等を含む摺動状態を正確に判定することができる摺動状態判定部材を提供する。
【解決手段】摺動部材の摺動状態を判定するための部材1であって、該部材は、前記摺動部材の摺動面と接触する面に、粒子3aの集合体3が形成されてなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、好適に摺動部材の摺動状態を判定することができる摺動状態判定部材及び摺動状態判定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、乗用車に対するユーザの要求性能は厳しさを増しており、特に車両に快適性を求める傾向が高まってきている。そこで、衝突事故等による乗員の安全確保・走行時の車体に加わる曲げ、ねじり力を緩和するために、例えば、ステアリング部のインタミシャフトや、プロペラシャフト部に中間スライド部を設け、そこにスプライン形状のスライド機構を形成することが行われる。
【0003】
この種のスライド機構は、車両が停止状態から発進したとき、又は走行状態から停止したときにのみ、作動する。よって、前記スライド機構の摺動部材は、車両の運転時に常時連続しては摺動せず、不規則なタイミングで摺動することになる。この種のスライド機構の摺動部材は、給油時に供給される潤滑油により油膜を形成することができるが、一度摺動部材の摺動が停止すると、停止時間の経過に伴い油膜切れを起す場合がある。
【0004】
油膜切れが顕著になると、摺動時に摺動面の凝着とすべりが繰り返すいわゆるスティックスリップ現象が発生するおそれがある。該現象により、スライド機構に異音、振動が発生し、これらが不快音、ショック感として車両の室内に伝播し、ドライバの運転時における快適性を阻害することがある。
【0005】
ところでスティックスリップ現象は、グリースまたは潤滑油の特性に依存する傾向が高い。よって、スティックスリップ現象を抑制するためには、予めグリースまたは潤滑油の基本特性を把握しておくことが重要である。一般的に、スティックスリップ現象を含む摺動部材の摺動状態を判定しようとした場合、摺動時間の変化に伴う摺動部材の摩擦係数又は摩擦力を測定する方法が取られている。
【0006】
その一例として、摺動部材の摺動面に潤滑油を介在させて、摺動部材を摺動させ、その一方の摺動面に作用する摩擦力を測定し、該摩擦力に基づいて、スティックスリップ現象を含む摺動部材の摺動状態の判定を行う方法が提案されている(特許文献1参照)。
【0007】
【特許文献1】特開平11−14621号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、上述した方法では、測定した摩擦力を評価パラメータとして、スティックスリップ現象を含む摺動状態の判定を行っているが、精度良く摺動部材の摺動状態を判定することは難しい。すなわち、摺動部材の摩擦力の測定は、ロードセルなどを用いて、摺動部材の摩擦力を電気的信号に変換することにより行われているが、この方法では、摩擦力を電気的信号に変換し出力するため、摩擦力の微小変化を精度良く出力することが難しい。さらには、摩擦力に対応する電気的信号にはノイズが混入しやすく、フィルタリング処理を行った場合には、摩擦力の微少な変化までもフィルタ処理されてしまうおそれがある。よって、摺動部材の摺動時における摩擦力や摩擦係数を測定したとしても、これらの測定したデータから、摺動部材の摺動状態として、スティックスリップ特有の周波数の高い摩擦振動を摩擦力の微小変化として測定し、該測定結果からスティックスリップ現象を簡単かつ正確に判定することは至難の業である。
【0009】
さらに、スティックスリップ現象と摩擦力(または摩擦係数)との関係は、一対一対応の関係であるとは必ずしも言えず、仮に摩擦力を精度良く測定した場合であっても、正確にスティックスリップ現象を捉えることは容易ではない。
【0010】
本発明は、このような課題に鑑みてなされたものであって、その目的とするところは、摺動部材のスティックスリップ現象等を含む摺動状態を簡単かつ正確に判定することができる摺動状態判定部材及び摺動状態判定方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前記課題を解決すべく発明に係る摺動状態判定部材は、摺動部材の摺動面に接触させて、該摺動部材の摺動状態を判定するための部材であって、該部材は、前記摺動部材の摺動面と接触する面に、粒子の集合体が形成されていることを特徴とする。
【0012】
本発明によれば、摺動部材の摺動面と接触する面に粒子の集合体を形成することにより、摺動部材の摺動状態を簡単かつ正確に判定することができる。すなわち、本発明に係る摺動状態判定部材の粒子の集合体が形成された表面を前記摺動部材の摺動面に接触させ、前記摺動面が接触した摺動部材と摺動状態判定部材とのいずれか一方又は双方を摺動させることにより、粒子の集合体が崩壊し、粒子の集合体の粒子が摺動状態判定部材の表面から脱落する。この脱落状態(粒子の残存状態)を確認することにより、摺動部材の摺動状態を判定することができる。
【0013】
特に、スティックスリップ現象は、摺動面に衝撃加重を作用させることがあるので、該衝撃荷重により粒子の集合体は崩壊しやすく、粒子の集合体の粒子が脱落しやすい。このように、従来の摩擦力又は摩擦係数に基づいて摺動状態を判定する場合に比べ、本発明に係る摺動状態判定部材は衝撃荷重により集合体が崩壊するので、スティックスリップ現象に対しても感度が高い。また、このような現象の結果(摺動状態)を目視観察により判定することができるので、より簡単かつ正確に摺動状態を判定することができる。また、摺動部材と摺動状態判定部材とが接触する面に、評価すべきグリース又は潤滑油を供給することにより、スティックスリップ現象等に優れたグリース又は潤滑油の評価し選定をすることが容易にできる。
【0014】
なお、本発明にいう「摺動部材の摺動状態を判定する」こととは、摺動部材がどのような摺動状態で摺動しているかを判定することをいい、例えば、流体潤滑状態の摺動状態、境界潤滑状態の摺動状態、さらにはスティックスリップ現象が発生した摺動状態などの摺動部材の摺動状態を判定することをいう。
【0015】
また、本発明にいう「粒子の集合体」とは、無数の粒子を摺動部材の摺動面と接触する面に凝集させたものをいう。このような粒子の集合体は、粉末の集合体の粒子となる粉末に潤滑油又は粘性のある流体を混合した混合物を、摺動状態判定部材の表面に塗布し、該潤滑油を蒸発させることにより焼成処理された粒子の集合体であることがより好ましい。このような粒子の集合体は、摺動状態判定部材に摺動部材を相対的に摺動させるまでは集合体の粒子は脱落せず、摺動状態判定部材に摺動部材を摺動させたときに、粒子の集合体に作用するせん断力及び衝撃荷重により、粒子の集合体が崩壊し、前記粒子が脱落し易い状態となる。なお、混合物に含有させる粉末の割合は、10〜50重量%がより好ましい。
【0016】
前記粒子の集合体を形成することができる粒子としては、炭素粒子、金属粒子、樹脂からなる粒子等が挙げられ、摺動部材の摺動特性を含む摺動状態の判定に影響を与えることが少ない粒子であれば特に限定されるものではないが、より好ましくは、本発明に係る摺動状態判定部材は、前記粒子が炭素系材料からなる。本発明によれば、炭素系材料からなる粒子を用いることにより、摺動時に前記粒子が固体潤滑剤として作用する。このため、集合体から脱落した粒子は、摺動部材の摺動状態に影響を与え難いので、より正確に摺動部材の摺動状態を判定することができる。また、このような炭素系材料としては、工業用カーボンとして知られる黒鉛の粉末や、グラファイトからなる粉末、などが挙げられる。
【0017】
本発明に係る摺動状態判定部材は、前記粒子の平均粒径が0.5〜2μmの範囲にあることがより好ましい。前記平均粒径の範囲の粒子を用いることにより、粉末の焼結性が高まり、粒子が集合体として、まとまって摺動状態判定部材から脱離しやすく(粒子の集合体が崩壊し易く)、スティックスリップ現象のような摺動状態を判定するには好適である。すなわち、平均粒径が0.5μm未満である場合には、このような平均粒径の範囲となる粒子は、凝集し易いので製造し難く、経済的ではなく、さらに、発火性の危険もある。また、平均粒径が2μmを超えた場合には、粒子が大きいため、摺動部材の摺動に影響を与えてしまい、さらには粒子の焼結性も低下するので、正確な摺動状態を判定することができないと考えられる。
【0018】
さらに、上述した摺動状態判定部材を用いて、摺動部材の摺動状態を判定する方法であって、前記方法は、前記摺動状態判定部材の前記粒子の集合体が形成された表面を前記摺動部材の摺動面に接触させるステップと、前記摺動面が接触した前記摺動部材と前記摺動状態判定部材とのいずれか一方又は双方を摺動させるステップと、摺動後の前記摺動状態判定部材の前記粒子の脱離状態から前記摺動部材の摺動状態を判定するステップと、を少なくとも含む。
【0019】
本発明によれば、粒子の集合体が形成された面を摺動部材の表面に接触させて、摺動部材と前記摺動状態判定部材とのいずれか一方又は双方を摺動させる。このとき、例えばスティックスリップ現象が生じた場合には、摺動状態判定部材の表面に形成された粒子の集合体に衝撃荷重が作用して、粒子の集合体が崩壊し、粒子の集合体が摺動状態判定部材の表面から脱離する。該脱離した状態(粒子が残存している場合には粒子の残存状態)から、迅速に、容易かつ正確に摺動部材の摺動状態を判定することが可能である。この結果、最適なグリースまたは潤滑油を評価し選定することができる。また、摺動部材に最適な材質または表面粗さを評価し選定することができる。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、摺動部材のスティックスリップ現象等を含む摺動状態を正確に判定することができる。
【実施例】
【0021】
以下に本発明を実施例に基づいて説明する。
(実施例)
<摺動状態判定部材>
本実施例の摺動状態判定部材として、以下に示すようにプレート試験片を製作した。まず、摺動状態判定部材1の基材2として長さ58mm×幅38mm×厚さ2.5mm、十点平均粗さRz5μm(中心線平均粗さRa0.8〜1.5μm相当)、表面硬さ650〜750Hvの範囲にある機械構造用炭素鋼(JIS規格S30C相当)を準備した。次に、平均粒径が0.5μm〜2μmの範囲の炭素系材料からなる粉末と、少なくとも300℃で揮発する潤滑油と、を粉末と潤滑油との重量比が10:90の割合となるように混合し、スラリー状の混合物を製作した。そして、該混合物を、後述する摺動部材と接触させる基材2の長さ58mm×幅38mmの表面に塗布し、塗布後のプレート試験片を炉内に投入し、加熱温度を300℃〜350℃の温度範囲に10時間保持して潤滑油を蒸発させた。この結果、図1に示すように、摺動部材の摺動面と接触する基材の面に、層状の粒子3aの集合体が形成されたプレート試験片(摺動状態判定部材)1を製作した。
【0022】
<摺動部材>
前記プレート試験片に摺動する摺動部材として、直径12mm×高さ4.0mm、十点平均粗さRz0.8μm(中心線平均粗さRa0.1〜0.2μm相当)、表面硬さHv650〜750の範囲となるクロム鋼(JIS規格SCr440相当)からなるディスク試験片を製作した。
【0023】
<顕微鏡観察>
実施例に係るプレート試験片の表面を顕微鏡で観察した。この観察した被膜表面の拡大写真図を図2に示す。
【0024】
<摩擦試験>
実施例に係るプレート試験片とディスク試験片とを用いて摩擦試験を行った。具体的には、図3に示すように、プレート試験片(金属部材)1の上にディスク試験片40を配置すると共に、異なる特性の2つのグリースA(摩擦調整剤(有機Mo系:MoDTC)入り、極圧剤(S−P系:ZnDTP)及びグリースB(グリースAに対して極圧剤なし)を準備した。また、グリースA及びBの他の性状は同じにした。具体的には、基油の粘度を、40℃で180〜200mm2/sec、100℃で10〜20mm2/secとし、グリースのちょう度を25℃で300とした。そして、それぞれのグリースを別個に用いて、プレート試験片1とディスク試験片40との摺動面に供給した。
【0025】
次に、ディスク試験片40に100N荷重(面圧で0.9MPa)を加え、振幅が5mm、すべり速度10〜25mm/secの条件で、まず10分間、周波数1Hzで馴染み運転を行い、次に、10分間ごとに、周波数の増加量を0.5Hz刻みで、最終的な周波数が2.5Hzになるまで、ディスク試験片40を摺動させた。
【0026】
<評価方法(判定方法)>
グリースA,Bを用いた場合における、プレート試験片1の表面の炭素粒子の集合体3の粒子の脱離状態を観察した。この結果を図4に示す。尚、図4(a)は、グリースAを用いた場合におけるプレート試験片の表面の拡大写真図であり、図4(b)は、グリースBを用いた場合におけるプレート試験片の表面の拡大写真図である。
【0027】
(比較例)
実施例と同じようにして、プレート試験片、ディスク試験片、グリースA,及びグリースBを製作した。実施例と相違する点は、図3に示すように、ディスク試験片40の押付け圧と摺動抵抗を測定し、該測定値から摩擦係数を計測する機器80を設置して、実施例と同じ条件の摩擦試験を行い、時間経過に伴う摩擦係数の経時的変化を測定した点である。この結果を図5に示す。尚、図5(a)は、グリースAを用いた場合における摩擦係数を示しており、図5(b)は、グリースBを用いた場合における摩擦係数を示している。
【0028】
(結果)
実施例では、図2に示すように、プレート試験片の表面には、炭素粒子の集合体が形成されていた。また、実施例では、図4(a)に示すように、グリースAを用いた場合には、プレート試験片の表面に炭素粒子(集合体の一部)が残存していたが、図4(b)に示すように、グリースBを用いた場合には、プレート試験片の表面には炭素粒子はなく、炭素粒子はすべて脱離していた。比較例では、また、図5(a)(b)を比較しても、摩擦係数の値は若干相違しているが、波形形状にそれほど大きな相違は見られなかった。
【0029】
(評価)
上記結果から、実施例の場合には、グリースBを用いた場合には、スティックスリップ現象等により、炭素粒子の集合体に衝撃荷重が作用し、炭素粒子の集合体が崩壊し、炭素粒子すべて脱落したと考えられる。また、プレート試験片の炭素粒子の残存状態(脱離状態)から、グリースAを用いた方が、炭素粒子が残存しているので、グリースBを用いた場合に比べて、スティックスリップが抑制された摺動状態となることを、明確に判定することができる。しかし、比較例の場合には、どのような摺動状態となっているか明確に判定することが難しいと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明に係る摺動状態判定部材は、摺動部材の摺動状態を判定することができることから、例えばスティックスリップ現象などの摺動状態を判定・評価し、スティックスリップ特性等に優れたグリース及び潤滑油の選定を行うことができる。また、所望の摺動状態となる摺動部材の摺動面の組成、表面粗さ等を決定することができ、グリースまたは潤滑油が摺動状態に与える影響を容易に把握するに好適である。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】実施例に係るプレート試験片(摺動状態判定部材)を説明するための図。
【図2】実施例のプレート試験片の表面を顕微鏡で観察した拡大写真図。
【図3】実施例及び比較例における摩擦試験を説明するための図。
【図4】実施例に係るプレート試験片の表面の写真図であり、(a)は、グリースAを用いた場合におけるプレート試験片の表面の写真図であり、(b)は、グリースBを用いた場合におけるプレート試験片の表面の写真図。
【図5】比較例に係る摺動時間の経過に伴う摩擦係数を示した図であり、(a)は、グリースAを用いた場合における摩擦係数を示した図であり、(b)は、グリースBを用いた場合における摩擦係数を示した図。
【符号の説明】
【0032】
2:基材,3:炭素粒子の集合体,3a:炭素粒子,10:摺動状態判定部材(プレート試験片),40:プレート試験片

【特許請求の範囲】
【請求項1】
摺動部材の摺動面に接触させて、該摺動部材の摺動状態を判定するための部材であって、
該部材は、前記摺動部材の摺動面に接触する面に、粒子の集合体が形成されていることを特徴とする摺動状態判定部材。
【請求項2】
前記粒子は、炭素系材料からなることを特徴とする請求項1に記載の摺動状態判定部材。
【請求項3】
前記粒子の平均粒径が0.5〜2μmの範囲にあることを特徴とする請求項1又は2に記載の摺動状態判定部材。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の摺動状態判定部材を用いて、摺動部材の摺動状態を判定する方法であって、前記方法は、前記摺動状態判定部材の前記粒子の集合体が形成された表面を前記摺動部材の摺動面に接触させるステップと、前記摺動面が接触した前記摺動部材と前記摺動状態判定部材とのいずれか一方又は双方を摺動させるステップと、摺動後の前記摺動状態判定部材の前記粒子の脱離状態から前記摺動部材の摺動状態を判定するステップと、を少なくとも含むことを特徴とする摺動状態判定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−224291(P2008−224291A)
【公開日】平成20年9月25日(2008.9.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−60065(P2007−60065)
【出願日】平成19年3月9日(2007.3.9)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)