説明

放熱用グリース組成物

【課題】電子機器で使用される集積回路の高集積化に伴い、増大する熱エネルギーから集積回路を保護するため、安価で、かつ効率的に熱抵抗を軽減することのできる熱伝導性の高いグリース組成物を提供する。
【解決手段】グリース組成物に吸湿性物質を所定量添加することにより、グリース組成物中に大気中から水分が取り込まれ、その水分が再び蒸発する際に気化熱によって、グリース組成物の温度を低減する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、吸湿性物質を含有する放熱用グリース組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
電子機器で使用される集積回路(IC)の高集積化に伴い、使用時の発熱量の増大が問題になっている。発生する熱から集積回路等を保護し、その機能を維持させるために、通常は、発生した熱を放熱フィン若しくはヒートシンク等の放熱器又は放熱システムに伝導し、系外に放出している。したがって、増大する熱量に対応するためには、放熱器等の熱抵抗を軽減させ、放熱効果をより高める必要がある。
【0003】
熱抵抗を軽減させるには、熱伝導及び熱放出の経路を設置若しくは増設して又はインシュレーターを設置して通気性を高め、放熱器等の熱負荷耐久性を向上させる方法がある。しかし、この方法は、コストの増大という問題を伴う。
【0004】
他の解決策として、従来の放熱用グリースの熱伝導率を向上させる方法がある。特許文献1〜4には、基油中に熱伝導性の良好な金属酸化物(例えば、酸化亜鉛粉末、アルミナ粒子)や金属窒化物(例えば、窒化アルミニウム粉末)のような無機粉末充填剤を配合し、熱伝導率を向上させたグリースが開示されている。一般に、放熱性(熱伝導率)は、グリース中の金属種及びその粒子量によって決定される。したがって、放熱性をより向上させるには、従来使用されている無機粉末充填剤よりも熱伝導率の高い材料を用い、かつその配合量を高めればよいことになる。しかし、上記文献では、熱伝導率の高いアルミニウム酸化物や窒化物等の無機粉末充填剤を既に80重量%以上配合しており、材料変更による熱伝導率の向上は、もはや期待できず、また、これ以上の配合比にするとグリースの性状及び性能を確保できないという問題が生じる。したがって、従来の添加剤で熱伝導率をこれ以上向上させることは困難であった。
【0005】
一方、特許文献5又は6には、炭酸塩等の吸湿性物質を含有するグリース添加剤が、また、特許文献5には、そのようなグリース添加剤を含有するグリース組成物が開示されている。しかし、これらのグリース添加剤は、摺動面における磨耗低減を目的とするものである。それ故、その添加剤を含むグリース組成物は、磨耗低減用グリースであって、放熱用グリースとしての使用は知られていない。また、これらの文献において吸湿性物質は、グリースに増ちょう作用を付与する成分として記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平02−212556
【特許文献2】特開平03−162493
【特許文献3】特開2003−301189
【特許文献4】特開2009−46639
【特許文献5】特開2006−328148
【特許文献6】特開2006−265450
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、安価に、かつ効率的に熱抵抗を軽減することのできる熱伝導性の高いグリース組成物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、グリース組成物の基油に吸湿性物質を添加することによって、該組成物の温度を効果的に低減できることを見出した。すなわち、吸湿性物質は、従来知られていた増ちょう作用以外に、放熱作用を有することが明らかとなった。本発明は、当該知見に基づくものであり、すなわち、以下を提供する。
【0009】
(1)基油及び吸湿性物質を含有する放熱用グリース組成物。
(2)吸湿性物質がナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩及びゼオライトから選ばれる少なくとも一種である、(1)に記載の組成物。
(3)吸湿性物質を基油に対して5重量%〜50重量%の範囲で含有する、(1)又は(2)に記載の組成物。
(4)前記基油がシリコーンオイルである、(1)〜(3)のいずれかに記載の組成物。
【発明の効果】
【0010】
本発明の放熱用グリース組成物によれば、安価で、熱伝導性の高い放熱用のグリース組成物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】吸湿性物質による吸湿及び水分蒸発メカニズムを示す。本発明のグリース組成物(15)は、本発明の吸湿性物質(11)による吸湿(水分の取り込み)(16)及び蒸発(17)のサイクルを繰り返す。蒸発の過程で、気化熱(19)によってグリース組成物から熱エネルギーが奪われ、その結果、グリース組成物が冷却される。
【図2】実施例において、本発明の効果を検証する際に使用したグリース熱伝導性評価試験機の構造の概念図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下で、本発明の実施形態について詳細な説明をする。
本発明は、放熱用グリース組成物に関する。本発明において「放熱用グリース組成物」とは、熱源で発生した熱エネルギーを効率的に系外に伝導して放出するために使用するグリース組成物である。本発明の「放熱用グリース組成物」は、後述するように、それ自身に冷却作用があることから、保熱性が低く、高い熱伝導率を有している。
【0013】
本発明の放熱用グリース組成物は、基油及び一以上の吸湿性物質を含有する。
本発明において「基油」とは、本発明のグリース組成物の媒体となる成分であって、前記吸湿性物質のような他の成分を包含する液体成分をいう。本発明の基油には、一般的なグリースに用いられるものを使用することができる。例えば、シリコーンオイル系基油、鉱油系基油、合成炭化水素系基油、エステル系基油、エーテル系基油及びグリコール系基油又はそれらの組合せが挙げられる。
【0014】
シリコーンオイル系基油は、ジメチルシリコーンオイル及びメチルフェニルシリコーンオイルのようなストレートシリコーンオイル、並びにネオペンチルポリエーテルシリコーンオイル、高級脂肪酸エステルシリコーンオイル及びフルオロアルキルシリコーンオイルのような変性シリコーンオイルを含む。鉱油系基油は、例えば、ナフテン系鉱油、パラフィン系鉱油、芳香族系鉱油及び高度生成鉱油を含む。合成炭化水素系基油は、例えば、ポリα−オレフィン及びポリブテン合成スクワランを含む。エステル系基油は、アルキルフォスフェートエステル及びアリルフォスフェートエステルのようなリン酸エステル、アジピン酸ジエステル、アゼライン酸ジエステル及びセバシン酸ジエステルのような二塩基酸ジエステル、ネオペンチルグリコール、トリメチロールプロパン及びペンタエリスリトール等のエステルのようなポリオールエステルを含む。エーテル系基油は、例えば、ポリグリコールエーテル及びポリフェニルエーテルを含む。グリコール系基油は、例えば、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコールを含む。本発明の放熱用グリース組成物の基油としては、シリコーンオイル系基油が好ましい。
【0015】
本発明において「吸湿性物質」とは、気体(例えば、大気)中に含まれる水分、すなわち、水蒸気及び/又は微小な水滴を吸収する性質を有する物質をいう。後述するように、本発明の吸湿性物質は、放熱用グリース組成物の放熱作用において熱抵抗軽減能を付与する中心的な機能を果たす成分である。
【0016】
吸湿性物質には、一般に、水蒸気等を吸着する吸着性物質と水蒸気等を取り込んで水溶液化する潮解性物質とが知られている。本発明においては、吸湿性物質に吸着された又は取り込まれた水分がその後再び蒸発できれば、いずれの物質であっても構わない。無水状態で吸湿性が高く、水和物状態で風解性が高い性質を有する物質は、特に好ましい。このような性質を有する物質としては、例えば、後述の炭酸ナトリウムが該当する。
【0017】
吸湿性物質には、例えば、ナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩又はゼオライトが挙げられる。ナトリウム塩の具体例としては、炭酸ナトリウム、硝酸ナトリウム、チオ硫酸ナトリウム、硫化ナトリウム及び乳酸ナトリウムが挙げられる。カリウム塩の具体例としては、炭酸カリウム及び硫酸カリウムが挙げられる。またカルシウム塩の具体例としては、硫酸カルシウム及び酸化カルシウムが挙げられる。その他、硝酸ストロンチウム、酸化マグネシウム、硫酸マグネシウム、硫酸アルミニウム、活性炭、シリカゲル又は過塩基性ナトリウム添加剤(例えば、スルフォネート、フェネート、サリシネート)であってもよい。本発明の放熱用グリース組成物は、上記吸湿性物質を一種又は二種以上含有することができる。このような吸湿性物質は、一般に安価であるため、グリース組成物に吸湿性物質を添加しても、コストの増大にはほとんど影響を与えることがないという利点を有する。
【0018】
吸湿性物質が吸着性物質の場合、その表面を適当な官能基で置換することもできる。例えば、活性炭は、水分子を吸着しにくい非極性表面を有するため、吸湿性を高めるため、その表面をヒドロキシル基等の極性を有する官能基で置換してもよい。
【0019】
吸湿性物質の粒径は、0.1μm〜50μmの範囲内にあることが好ましい。好適な平均粒径は、1μm〜50μmである。
【0020】
本発明の放熱用グリース組成物における吸湿性物質の配合比は、基油重量に対して吸湿性物質の総量が5重量%以上50重量%以下の範囲内にあることが望ましい。これは、5重量%以上であれば、充分な放熱効果が期待でき、また50重量%以下であれば、発錆やグリースの安定性の問題(例えば、基油成分がグリース組成物から流出するブリードアウト現象)も生じ難いからである。
【0021】
また、本発明の放熱用グリース組成物に対しては、吸湿性物質の総量が2重量%以上30重量%以下の範囲内にあることが望ましい。
【0022】
本発明の放熱用グリース組成物における放熱作用は、図1に示す機序が考えられる。まず、本発明の放熱用グリース組成物(15)中の吸湿性物質(11)が大気中より水分を取り込む(吸湿)(16)。この吸湿は、母材(14)から伝達された熱エネルギー(18)による放熱用グリース組成物(15)の温度増加と共に著しく増加する。取り込まれた水分は、その後、大気中に蒸発する(17)。このとき、グリース組成物(15)から熱エネルギー(18)が気化熱(19)として奪われる。その結果、グリース組成物(15)が冷却され、母材(14)から伝達された熱エネルギー(18)は、効率的に系外に放出されることとなる。なお、水分が蒸発(17)した吸湿性物質(11)は、再び大気中から水分を取り込み(16)、前記吸湿(16)と蒸発(17)のサイクルが繰り返されることで、本発明の放熱用グリース組成物は、放熱効果を持続することができる。
【0023】
本発明の放熱用グリース組成物は、通常のグリース組成物においてグリースとしての保持、形成に使用する増ちょう剤又は増粘剤、並びに必要に応じて酸化防止剤、防錆剤及び極圧剤等の添加剤を加えることができる。特に、本発明の放熱用グリース組成物は、その性質上、組成物中に多量の水分を取り込むことになるため、防錆剤は添加しておくことが好ましい。さらに、従来のグリース組成物に使用される公知の無機粉末、例えば、金属酸化物や金属窒化物の粉末を添加して、熱伝導性を一層向上させることもできる。本発明の放熱用グリース組成物において、これらの添加剤は、その総量がグリース組成物に対して0.2重量%以上79重量%以下の範囲内にあることが好ましい。
【実施例】
【0024】
以下で本発明の例を挙げて、具体的に説明をするが、ここで記載する実施例は、単なる具体例であって、本発明はこの実施例の範囲になんら限定されるものではない。
【0025】
<実施例1>
基油としての市販ジメチルシリコーンオイル(KF-96-300cs、信越化学工業)に対して、アルミナ粉末(A32、日本軽金属)を70重量%、及び吸湿性物質として炭酸ナトリウム粉末(高杉製薬)を5重量%添加して、ホモジナイザーで均一に拡散した。
【0026】
<実施例2>
基油としての市販ジメチルシリコーンオイル(KF-96-300cs、信越化学工業)に対して、アルミナ粉末(A32、日本軽金属)を70重量%、及び吸湿性物質として炭酸ナトリウム粉末(高杉製薬)を30重量%添加して、ホモジナイザーで均一に拡散させた。
【0027】
<実施例3>
基油としての市販ジメチルシリコーンオイル(KF-96-300cs、信越化学工業)に対して、アルミナ粉末(A32、日本軽金属)を70重量%、酸化ケイ素(FS-3SDC、電気化学工業)を5重量%、及び吸湿性物質として炭酸ナトリウム粉末(高杉製薬)を50重量%添加して、ホモジナイザーで均一に拡散させた。
【0028】
<比較例1>
基油としての市販ジメチルシリコーンオイル(KF-96-300cs、信越化学工業)に対して、アルミナ粉末(A32、日本軽金属)を80重量%添加して、ホモジナイザーで均一に拡散させた。この組成は、従来の代表的なグリース組成物と同じで、本発明の吸湿性物質を含まない。
【0029】
<比較例2>
負の対照実験として、グリース組成物を塗布しない場合を検証した。
【0030】
(試験方法)
図2に示すグリース熱伝導性評価試験機を用いて、上記各実施例及び比較例について放熱性の効果を確認した。具体的な作業手順を下記に示す。
(1)冷却器(24)に冷却水(60±5℃)を流した。
(2)冷却器と熱源である加熱器(ヒーター)(21)間に実施例1〜3又は比較例1のグリース組成物(23)を0.3mmの膜厚で一様に塗布し、組付けた。比較例2では、グリース組成物を塗布せずにそのまま組み付けた。加熱器は直接グリース組成物と接触させるのではなく、ポッティング材(充填剤)(22)等を介している。
(3)加熱器を200Vで加熱させ、定常状態になった際のポッティング材及びグリース組成物中の温度を、それぞれ熱電対電極センサ(日本電測株式会社)A(25)及びB(26)を用いて測定した。
【0031】
(試験結果)
表1に試験結果を示す。
【0032】
【表1】

【0033】
各実施例及び比較例における熱電対センサAでの測定温度から、実施例1〜3のいずれも、従来技術である比較例1と比較すると温度低減効果が見られた。したがって、本発明の吸湿性物質(ここでは炭酸ナトリウム)を5重量%〜50重量%包含する本発明のグリース組成物は、良好な放熱効果を有することが実証された。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明の放熱用グリース組成物を、集積回路、ECU(エンジンコントロールユニット)又はインバータ等に使用することで、使用時におけるそれらの温度を低減させ、耐久性を高めることができる。
【符号の説明】
【0035】
(11)吸湿性物質
(12)増ちょう剤
(13)基油
(14)母材
(15)グリース組成物
(16)吸湿(水分の取り込み)
(17)水分蒸発
(18)熱エネルギー
(19)気化熱
(21)加熱器(ヒーター)
(22)ポッティング材(充填材)
(23)グリース組成物
(24)冷却器
(25)熱電対センサA
(26)熱電対センサB

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基油及び吸湿性物質を含有する放熱用グリース組成物。
【請求項2】
吸湿性物質がナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩及びゼオライトから選ばれる少なくとも一種である、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
吸湿性物質を基油に対して5重量%〜50重量%の範囲で含有する、請求項1又は2に記載の組成物。
【請求項4】
前記基油がシリコーンオイルである、請求項1〜3のいずれか一項に記載の組成物。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−116890(P2011−116890A)
【公開日】平成23年6月16日(2011.6.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−276685(P2009−276685)
【出願日】平成21年12月4日(2009.12.4)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】