説明

放電表面処理方法及び基材

【課題】基材の露出した放電痕部の表面硬度が本来の基材のもつ表面硬度より低下することを抑制することができ、あるいは放電痕部の表面硬度を本来の基材のもつ表面硬度より向上させることができる放電表面処理方法を得る。
【解決手段】IV〜VI族の遷移金属の炭化物粉末及びVIII族の遷移金属の金属粉末から構成された超硬電極1Aで放電表面処理する工程と、その後、亜鉛のような低融点・低硬度な材料の電極1Bで放電表面処理する工程とを含み、軟質な材料を電極として放電表面処理で被膜形成する場合においても、露出した基材2の表面近傍の硬度を低下させることなく、軟質な材料の被膜を処理することが可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、超硬電極で放電表面処理した後、亜鉛電極で放電表面処理する放電表面処理方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来の放電表面処理により基材の表面に亜鉛被膜を形成する方法においては、平均粒径1μmの亜鉛粉末からなる圧縮成形された電極と基材との間にパルス状の放電を発生させて基材の表面にまばらに存在する亜鉛被膜を形成していた(例えば、特許文献1及び特許文献2参照)。また、放電表面処理を行なう基材の表面の下地処理として、浸炭処理を行うことが提案されていた(例えば、特許文献3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2006−124742号公報
【特許文献2】国際公開第2007/043102号パンフレット
【特許文献3】特許第4104570号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、基材の表面にまばらに存在する亜鉛被膜を形成する方法では、亜鉛被膜は円形状の放電痕部の周囲に亜鉛が存在する状態であり、十分な表面硬度が得られないという問題点があった。
【0005】
また、下地処理として基材の表面を浸炭処理した場合でも十分な表面硬度が得られないという問題点があった。
【0006】
このような十分な表面硬度が得られない原因として、基材の露出した放電痕部の表面硬度が本来の基材のもつ表面硬度より低下するという問題点があった。
【0007】
本発明は、前記のような課題を解決するためになされたものであり、基材の表面にまばらに存在する亜鉛被膜を形成しても、基材の露出した放電痕部の表面硬度が本来の基材のもつ表面硬度より低下することを抑制することができ、あるいは放電痕部の表面硬度を本来の基材のもつ表面硬度より向上させることができる放電表面処理方法を得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る放電表面処理方法は、IV〜VI族の遷移金属の炭化物及びVIII族の遷移金属の金属から構成された第1の電極と基材との間で放電パルスを繰り返し発生させて前記基材の表面に第1の被膜を形成する第1の放電表面処理工程と、低融点金属から構成された第2の電極と前記基材との間で放電パルスを繰り返し発生させて前記基材の表面に第2の被膜を形成する第2の放電表面処理工程とを含むものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明に係る放電表面処理方法によれば、基材の露出した放電痕部の表面硬度が本来の基材のもつ表面硬度より低下することを抑制することができ、あるいは放電痕部の表面硬度を本来の基材のもつ表面硬度より向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】この発明の実施の形態1に係る放電表面処理システムの構成を示す図である。
【図2】この発明の実施の形態1に係る放電表面処理システムにおける電圧波形及び電流波形を示す図である。
【図3】この発明の実施の形態1に係る放電表面処理方法による断面硬さ分布を示す図である。
【図4】この発明の実施の形態1に係る放電表面処理方法の超硬電極による放電表面処理時の放電パルスエネルギー、亜鉛被膜の硬度及び亜鉛被覆量のばらつきを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の放電表面処理方法の好適な実施の形態につき図面を用いて説明する。
【0012】
実施の形態1.
この発明の実施の形態1に係る放電表面処理方法について図1から図4までを参照しながら説明する。図1は、この発明の実施の形態1に係る放電表面処理システムの構成を示す図である。
【0013】
図1において、超硬電極1Aもしくは亜鉛電極1Bである放電表面処理用電極1と、処理対象で、例えばSCM420H、SKS95などの鉄基の合金である基材2と、油などの加工液3と、直流電源4と、直流電源4の電圧を放電表面処理用電極1と基材2との間に印加(あるいは停止)するためのスイッチング素子5と、電流値を制限するための電流制限抵抗6と、スイッチング素子5のオンオフを制御するための制御回路7と、放電表面処理用電極1と基材2の間の電圧を検出し放電が発生したことを検出するための放電検出回路8とが設けられている。
【0014】
なお、図1では、スイッチング素子5をトランジスタとして描画しているが、電圧の印加を制御できる素子であれば他のものでも良い。また、電流値の制御を電流制限抵抗6で行っているように描画しているが、電流値が制御できれば他の方法でも良いことはいうまでない。
【0015】
ここで、超硬電極1Aについて説明する。W、Mo、Cr、Ti、Zr、Hf、V、Nb、TaといったIV〜VI族の遷移金属の炭化物を、Fe、Co、NiなどのVIII族の遷移金属で結合した合金を、超硬合金と定義し、超硬電極1Aとはこれらの炭化物粉末と金属粉末を圧縮成型して作製したものである。
【0016】
つぎに、この実施の形態1に係る放電表面処理方法の動作について図面を参照しながら説明する。
【0017】
図1に示すように、放電表面処理用電極1と基材2との間にパルス状の放電を発生させ、基材2表面に高硬度な亜鉛被膜を形成する。
【0018】
図2は、この発明の実施の形態1に係る放電表面処理システムにおける電圧波形及び電流波形を示す図である。
【0019】
制御回路7によりスイッチング素子5をオンすることで、放電表面処理用電極1と基材2との間に電圧が印加される。図示しない電極送り機構により、放電表面処理用電極1と基材2との間の極間距離は適切な距離(放電が発生する距離)に制御されており、しばらくすると放電表面処理用電極1と基材2との間に放電が発生する。予め電流パルスの電流値ie、パルス幅te(放電持続時間)や、放電休止時間t0(電圧を印加しない時間)は、設定しておき、制御回路7及び電流制限抵抗6により決定される。
【0020】
放電が発生すると、放電検出回路8により、放電表面処理用電極1と基材2との間の電圧の低下とタイミングから放電の発生を検出し、放電発生と検出された時から所定の時間(パルス幅te)後に制御回路7によりスイッチング素子5をオフする。スイッチング素子5をオフした時から所定の時間(休止時間t0)後に、再び制御回路7によりスイッチング素子5をオンする。以上の動作を繰り返し行うことで連続して設定した電流波形の放電を発生させることができる。
【0021】
なお、図2(a)では、見やすくするために、マイナスの放電電圧を反転した電圧波形を描画している。また、図2(b)では、電流波形(パルス)を矩形波としているが、他の波形でももちろん良い。電流パルスの形により電極をより多く消耗させて放電表面処理に用いる電極材料を多く供給したり、電極の消耗を減らしたりすることで材料を有効に使用するなどのことができるが、本明細書の中では詳細は論じない。
【0022】
以上のように連続して放電表面処理用電極1と基材2との間に放電を発生させることで、基材2の表面に放電表面処理用電極成分を含んだ層あるいは被膜を形成することができる。以降の実施については、上述の方法で処理することを前提とする。
【0023】
図3は、この発明の実施の形態1に係る放電表面処理方法による断面硬さ分布を示す図である。
【0024】
図3において、横軸は表面からの深さ(μm)、縦軸は硬度(Hv)である。DAは、WC−Co系合金の超硬電極1Aによる放電表面処理の後、亜鉛電極1Bにより放電表面処理した被膜の断面硬さ分布、DBは、亜鉛電極1Bにより放電表面処理した被膜の断面硬さ分布、DCは、WC−Co系合金の超硬電極1Aによる放電表面処理した被膜の断面硬さ分布、DDは、処理に使用した基材2の断面硬さ分布である。
【0025】
加工液3である油中において、所定の条件を満たした場合の、WC−Co系合金の超硬電極1Aによる放電表面処理後に亜鉛電極1Bにより放電表面処理を行った被膜の断面硬さの分布DAを図3に示す。所定の条件については後述する。
【0026】
なお、比較例として、前処理としての超硬電極1Aによる放電表面処理を施さず亜鉛電極1Bにより放電表面処理を施して形成された被膜の断面硬さ分布DB、超硬電極1Aにより放電表面処理を行って形成された被膜の断面硬さ分布DC、そして使用した基材2である浸炭処理済みのSCM420Hの断面硬さの分布DDを合わせて掲載する。ここで、上述の加工液3としての油とは、例えば、パラフィン系などの炭化水素系加工液などである。
【0027】
断面硬さの分布を評価するための方法について説明する。硬度を測定する箇所は、放電により形成された放電痕の凸部とした。以下、硬度といえば、特に断らない限り、この箇所の硬度を指すこととする。硬度はマイクロビッカース硬度計により測定し、仰角144°の四角錐型のダイヤモンド圧子を使用した。負荷荷重保持時間を5秒とし、10、25、50、100、200、300、500、1000gの各負荷荷重での圧痕の対角線長さから圧子押し込み深さを算出し、この値をその深さの硬度とした。硬度は800Hvの標準硬度片で校正した値とする。各荷重の値とも5回測定の平均値である。
【0028】
図3より、分布DAの被膜は、表面より深さ4μm程度まで、分布DBの被膜よりも硬度が高くなっている。分布DCの被膜は表面から2μmの領域で基材2の硬度より低下していた。この硬度低下の原因は、放電による急熱急冷作用により浸炭層が失われたためや後述する考察によるものと考えられる。
【0029】
次に、分布DAの被膜の硬度が、分布DBの被膜の硬度よりも向上する適切な条件を見出すための実験を行った。
【0030】
図4は、この発明の実施の形態1に係る放電表面処理方法の超硬電極による放電表面処理時の放電パルスエネルギー、亜鉛被膜の硬度及び亜鉛被覆量のばらつきを示す図である。
【0031】
図4において、(1)は超硬電極1Aによる放電表面処理条件の放電パルスエネルギーに相当する値である放電パルスの電流値の時間積分の値(A・μsec)(矩形波であれば、電流値ie×パルス幅te)、(2)はその処理条件での処理面に対して亜鉛電極1Bにより放電表面処理したときの被膜の硬度、(3)は亜鉛被覆量のばらつき((最大値と最小値の差)/平均亜鉛被覆量)を示している。
【0032】
ここで、亜鉛被覆量の測定方法について説明する。亜鉛被覆量は、電子プローブマイクロアナライザ(EPMA)の波長分散型X線分光分析法(WDS)により評価され、加速電圧15kV、照射電流100nA、電子線直径300μmの条件でFe(鉄)とZn(亜鉛)の重量計を100%とした時のZn量(重量%)とした。ばらつきは、10測定点の結果で評価した。
【0033】
また、図4で掲載した硬度は、図3の分布DAの被膜の硬度が最大となった負荷荷重25gの時の値とした。亜鉛電極1Bにより放電表面処理する際の処理条件は、ピーク電流ieが6A、パルス幅teが0.1μsec、オープン電圧が200Vである。図4より、亜鉛被覆量のばらつき(3)は、放電パルスの電流値の時間積分値(1)が128A・μsec以上のとき、被膜の凹凸が大きくなり窪みにZn成分が入り込み難くなるため、亜鉛被覆量のばらつき(3)が10wt%以上と大きく、被膜にむらができるため好ましくなくなる。
【0034】
一方、放電パルスの電流値の時間積分値(1)が2A・μsec以下となると、硬度が図3の分布DBの被膜よりも低下した。これは、投入エネルギがあまりに小さいため超硬電極1Aの成分が基材2側に十分にいきわたらなかったためと考えられる。したがって、前処理としての超硬電極1Aによる放電表面処理を施さなかった被膜よりも硬度の高い被膜を得るための超硬電極1Aによる前処理条件(放電パルスの電流値の時間積分値)は、2〜128A・μsecである。しかし、図4では掲載していないが、この範囲の放電パルスエネルギでも32A・μsec以上では、基材2を除去しながらの加工の傾向が強くなるため、望ましくは2〜32A・μsecである。
【0035】
次に、使用できる超硬電極1Aの仕様について説明する。超硬粉末の平均粒径は0.1〜5μmのものが適している。超硬電極1Aはこの粉末をプレス成形、焼結して作製するが、焼結体の密度としては5000〜8000kg/mが良い。焼結の具合については電気抵抗により評価した。本実施の形態1では、60mm×60mm×15mmの成形体を作製したが、この場合、60mm×60mmの面に対して四端子法により測定した抵抗値が0.05〜10mΩであれば、放電表面処理を健全に行うことができた。説明が後になったが、平均粒径の測定にはレーザー回折・散乱式粒子径・粒度分布測定装置を用いた。
【0036】
亜鉛電極1Bについては、平均粒径0.5〜3μmの亜鉛粉末が適しており、成形体密度は4900〜5200kg/mが良い。電気抵抗は成形体の形状が60mm×16mm×2mmの場合、60mm×16mmの面に対して、四端子法で測定した値が0.05〜50mΩであれば、超硬電極1Aによる放電表面処理の後の放電表面処理を健全に行うことができる。
【0037】
上述の条件で処理することにより、超硬電極1Aによる処理で放電痕部の凸部に深さ数μmの深さにW、Co、Cを主成分とした硬質な被膜を形成することができる。この時、C成分は十分に含ませることができず、炭化物の生成量が少ない。その後、亜鉛電極1Bによる処理を施すことで、放電痕部周囲に亜鉛を被覆させながら、さらにC成分を放電痕部に含ませることができるため、硬質な炭化物を形成させることができ、表層の硬度を向上させることができる。亜鉛は低融点金属なので、放電痕部に発生していた放電の熱により気化してしまうため、放電痕部には亜鉛成分はほとんど入ることはない。
【0038】
亜鉛電極1Bによる処理でC成分をさらに放電痕部に含ませることができる理由は明確ではないが、次のように考えている。上述の超硬電極1Aの処理のように、比較的大きな処理条件(放電エネルギ)の場合、極間に存在していた加工液3としての油のC成分は一瞬にして気化してしまい、放電痕部にC成分が入りにくい状況になる。さらに、放電エネルギが大きいことで、C成分が入り込んでも放電痕部は非常に高温になるため一部気化してなくなってしまい、炭化物の生成量が少なくなってしまう。一方、上述のような亜鉛電極1Bによる処理の場合、油は放電により気化はするが、放電エネルギが小さいので、気化量が少なく、放電痕部にC成分が入り込みやすくなる。さらに、放電痕部も気化する程度までほとんど温度があがらないため、C成分が入り込んだ放電痕部が健全に残る。このように考えている。
【0039】
本実施の形態1では、WC−Co系合金の超硬電極1Aを用いたが、この超硬電極1Aは、上述の通り、W、Mo、Cr、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Taといった炭化物とFe、Co、Ni金属の組み合わせることにより作製されたものであれば良いのは言うまでもない。また、超硬電極1Aによる処理の後の処理に用いる電極として亜鉛電極1Bを用いたが、その他の低融点金属材料、例えばアルミニウムでも同様の効果が得られる。これは、低融点金属の場合、放電痕部にはほとんどその材料の成分が入り込まないためである。
【符号の説明】
【0040】
1 放電表面処理用電極、1A 超硬電極、1B 亜鉛電極、2 基材、3 加工液、4 直流電源、5 スイッチング素子、6 電流制限抵抗、7 制御回路、8 放電検出回路。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
IV〜VI族の遷移金属の炭化物及びVIII族の遷移金属の金属から構成された第1の電極と基材との間で放電パルスを繰り返し発生させて前記基材の表面に第1の被膜を形成する第1の放電表面処理工程と、
低融点金属から構成された第2の電極と前記基材との間で放電パルスを繰り返し発生させて前記基材の表面に第2の被膜を形成する第2の放電表面処理工程と
を含むことを特徴とする放電表面処理方法。
【請求項2】
前記第1の電極は、W、Mo、Cr、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Taの少なくとも1つと、Fe、Co、Niの少なくとも1つとが組み合わされた超硬電極である
ことを特徴とする請求項1記載の放電表面処理方法。
【請求項3】
前記第2の電極を構成する低融点金属は、亜鉛、アルミニウムのいずれか1つである
ことを特徴とする請求項1記載の放電表面処理方法。
【請求項4】
前記第1の放電表面処理工程において、電流値の時間積分値が2〜128A・μsecの範囲の放電パルスを繰り返し発生させる
ことを特徴とする請求項1記載の放電表面処理方法。
【請求項5】
請求項1から請求項4までのいずれかの放電表面処理方法により、
表面の放電痕部に炭化物が形成され、
前記放電痕部の周囲に亜鉛被膜が形成されている
ことを特徴とする基材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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