説明

整数次高次光を低減することができるアンジュレータ及び放射光発生装置

【課題】簡便、確実に、整数次の高次光を低減する。
【解決手段】磁石配列12は、電子通路5内の位置Zn(n=1、2、・・・)近傍を蛇行しながら進む電子10が、他の位置を通過する時に比べて大回りするように設置されている。位置Znは、格子点間隔aに対する格子点間隔bの比率がr=b/a(r>1)である2次元長方形格子が形成された平面に含まれ、2次元長方形格子の短辺方向に対して無理数である勾配αで傾斜し、かつ、a・cosα<b・cos(90°−α)の関係を満たす直線LをZ軸方向に規定したときに、その直線を基準とする所定幅のウインドウ内にある2次元長方形格子の格子点の直線への投影点である準周期格子点のうち、準周期格子点の点列の標準間隔よりも長い間隔で配置された準周期格子点の位置である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高輝度の放射光を発生させるアンジュレータ及び放射光発生装置に係り、特に、整数次高次光を低減することができるアンジュレータ及び放射光発生装置に関する。
【背景技術】
【0002】
この種のアンジュレータでは、電子が進む直線状の電子通路に沿って配列された磁石配列を有している。電子通路を進行する電子は、磁石配列により、その進行方向に直交する向きのローレンツ力を受ける。
【0003】
磁石配列は、電子の進行方向に直交する方向の磁場が、電子の進行方向に沿って周期的に変動するように配列されているのが一般的である。これにより、電子通路を進行する電子は、磁石の配列が形成する磁場の周期に従って蛇行する。
【0004】
この電子の蛇行により、放射光が発生する。放射光は、電子の向きが大きく変わるときに、その電子の移動カーブの接線方向に向かって出射される。電子の向きが変わる度に発せられる放射光は、互いに干渉して強め合い、最終的に、強力な放射光となって出射される。
【0005】
磁石配列による磁場の変動が周期的であるアンジュレータから発せられる放射光には、整数次の高次光が含まれている。放射光を利用した各種研究にとって、整数次の高次光はノイズであり、除去すべきものである。しかしながら、整数次の高次光は、モノクロメータを用いたとしても除去するのは困難である。
【0006】
そこで、整数次の高次光の発生が抑制されたアンジュレータが開示されている(例えば、特許文献1、非特許文献1参照)。このアンジュレータは、磁石配列中に設置される各磁石が周期的ではなく、準周期的に配列されているため、準周期アンジュレータと呼ばれている。この準周期アンジュレータによれば、整数次の高次光の成分を、それよりも波長の長い方向(エネルギの低い方向)にシフトさせ、無理数次の高次光とすることができる。
【0007】
上記特許文献では、準周期的な磁石配列における各磁石の設置位置を決定する方法も提案されている。この方法では、例えば、2次元正方格子が形成された平面において、その正方格子軸に対して無理数となる勾配で傾斜した直線を規定する。そして、その直線を基準とする所定幅のウインドウを想定し、そのウインドウ内にある2次元正方格子の格子点からの直線への投影点(各格子点から直線に降ろした垂線とその直線との交点)を、磁石を設置する位置(準周期格子点)として決定している。
【0008】
また、磁石が周期的に配列された周期アンジュレータにおいて、上記準周期に特徴的な格子点(あるいは、準周期格子点中で間隔が他とは異なる格子点)に位置する磁石を除去したり、磁力を弱めたりして、上記準周期アンジュレータと同じような効果を生じせしめるアンジュレータも開示されている(例えば、非特許文献2〜4参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平8−31599号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Rev. Sci. Instrum. 66(1995)1953, Shigemi Sasaki, et al. "Conceptual design of quasiperiodic undulator"
【非特許文献2】Proceedings of 1998 European Particle Accelerator Conference, p2213, J.Chavanne, et al., "Development of quasiperiodic undulators at the ESRF."
【非特許文献3】Proceedings of 1998 European Particle Accelerator Conference, p2237, S.sasaki, et al., "Brainstorming on new permanent magnet undulator designs."
【非特許文献4】Nucl. Instrum. Methods A 467-468 (2001)130, J. Bahrdt, W. Frentrup, A. Gaupp, M. Scheer, W. Gudat, G. Ingold, S. Sasaki, "A quasi-periodic hybrid undulator at BESSY II."
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上記特許文献1に開示された準周期アンジュレータ等を用いれば、整数次の高次光を低減することができる。しかしながら、上記特許文献1に開示された磁石配列における各磁石の設置位置(準周期格子点)を決定する方法では、磁石配列が複雑になってしまうので、このような磁石配列を有するアンジュレータを製造するのは、容易ではない。
【0012】
また、上記特許文献1に開示された方法を用いて、準周期格子点を決定する場合には、整数次の高次光が混入しないような直線の勾配を見つけ出す必要がある。しかしながら、2次元正方格子中の平面では、設定することができる直線の傾きの自由度が大きいとは言えず、整数次の高次光を十分に低減できない場合がある。
【0013】
本発明は、上記実情に鑑みてなされたものであり、より簡便に、かつ、より確実に、整数次の高次光を低減することができるアンジュレータ及び放射光発生装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記目的を達成するため、本発明の第1の観点に係るアンジュレータは、
所定方向に延びる電子通路を進む電子を蛇行させることにより、放射光を発生させるアンジュレータであって、
前記所定方向に直交する方向の強さが周期的に変動する磁場が、前記電子通路内に発生するように前記電子通路に沿って配列された第1の磁石配列と、
前記電子通路内の所定の位置近傍を蛇行しながら進む前記電子が、他の位置を通過する時に比べて大回りするように設置された第2の磁石配列と、
を備え、
格子点間隔aに対する格子点間隔bの比率がr=b/a(rは1より大きい)である2次元長方形格子が形成された平面に含まれ、前記2次元長方形格子の短辺方向に対して無理数である勾配tanαで傾斜し、かつ、a・cosα<b・cos(90°−α)の関係を満たす直線を、前記所定方向に延びる直線として規定したときに、
前記直線を基準とする所定幅のウインドウ内にある前記2次元長方形格子の格子点の前記直線への投影点である準周期格子点のうち、前記準周期格子点の点列の標準間隔よりも長い間隔で配置された準周期格子点の位置を、前記所定の位置とする、
ことを特徴とする。
【0015】
この場合、前記第2の磁石配列は、
前記所定の位置近傍における、前記電子通路に沿って前記所定方向に直交する方向の磁場の強さを、正弦波1周期分変動させる、
こととしてもよい。
【0016】
また、前記第1、第2の磁石配列は、
それぞれの磁場の方向が互いに交差するように配置されている、
こととしてもよい。
【0017】
この場合、前記第1の磁石配列は、
前記所定方向に直交する第1の方向に、前記電子通路を挟んだ一対の磁石の配列であり、
前記第2の磁石配列は、
前記所定方向及び前記第1の方向に直交する第2の方向に前記電子通路を挟んだ一対の磁石の配列である、
こととしてもよい。
【0018】
また、前記第1の磁石配列は、
前記所定方向に直交する第1の方向に、前記電子通路を挟んだ一対の磁石の配列であり、
前記第2の磁石配列は、
前記所定方向及び前記第1の方向に直交する第2の方向に対して傾斜する方向に前記電子通路を挟んだ一対の磁石の配列である、
こととしてもよい。
【0019】
また、前記第2の磁石配列は、
前記所定の位置に位置する前記第1の磁石配列の一部に代えて挿入されている、
こととしてもよい。
【0020】
また、前記第1、第2の磁石配列は、
それぞれの磁場の方向が同じになるように配置されている、
こととしてもよい。
【0021】
この場合、前記第2の磁石配列は、
前記所定の位置に位置する前記第1の磁石配列の一部に置換して挿入されており、
前記第2の磁石配列が前記電子通路内に発生させる磁場が、前記第1の磁石配列が前記電子通路内に発生させる磁場よりも強くなるように設定されている、
こととしてもよい。
【0022】
また、本発明の第2の観点に係る放射光発生装置は、本発明のアンジュレータを備える。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、2次元格子が形成された平面に、無理数の勾配の直線を引き、その直線を基準とする所定幅のウインドウ内の格子点からの直線への投影点(準周期格子点)に基づいて、第2の磁石配列の位置を設定する。
【0024】
2次元格子が長方形格子となっているので、ウインドウ内への各格子から直線への投影点の間隔はほとんど同じとなるが、何点かに1点の割合で、間隔が他とは異なる投影点が出現するようになる。第2の磁石配列は、この標準間隔とは異なる間隔となっている投影点(準周期格子点)の位置に設置される。
【0025】
すなわち、本発明によれば、すべての準周期格子点ではなく、間隔が他とは異なる準周期格子点にのみ、第2の磁石配列を設置する。これにより、周期的でない位置に配置される磁石の数を少なくすることができるので、より簡便に、整数次の高次光を低減することができる。
【0026】
なお、本発明では、直線が、a・cosα<b・cos(90°−α)の関係を満たすように、長方形の縦横の比率rや、直線の傾きαや、ウインドウ幅が決定される。これにより、第2の磁石配列が設置される準周期格子点と隣接する準周期格子点の間隔は、標準の準周期格子点の点同士の間隔よりも長くなる。
【0027】
標準の準周期格子点よりも間隔の長い準周期格子点において、放射光に対する電子の位相差を遅らせるようにすると、整数次の高次光の周波数を高い方にシフトさせ、無理数次の高次光とすることができる。そこで、この準周期格子点に、第2の磁石配列を設置して、その位置の磁場を強め、電子の軌道を他の場所よりも大きくさせている。
【0028】
また、本発明によれば、準周期格子点を決定するための格子を、長方形格子としたので、直線の勾配の自由度を拡げることができる。これにより、整数次の高次光を、より確実に低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】本発明の第1の実施形態に係るアンジュレータの概略構成を示す斜視図である。
【図2】周期的な磁場によって電子が受けるローレンツ力を示す模式図である。
【図3】放射光が発生する様子を示す模式図である。
【図4】準周期格子点付近における電子の軌道を説明するための図である。
【図5】準周期格子点を決定するための2次元長方形格子が形成された平面の一例を示す図である。
【図6】図5の詳細図である。
【図7】磁石配列の設置位置を説明するための図である。
【図8】各磁石配列によって形成される磁場のグラフである。
【図9】図1のアンジュレータから出射される放射光のスペクトルの一例である。
【図10】図5の2次元長方形格子の平面に対する逆格子面を説明するための図である。
【図11】図1のアンジュレータの磁石配列の設置位置の算出処理を示すフローチャートである。
【図12】図1のアンジュレータを備える放射光発生装置の構成の一部を示す模式図である。
【図13】アンジュレータから出射された放射光のスペクトルの一例である。
【図14】モノクロメータから出射された放射光のスペクトルの一例である。
【図15】本発明の第2の実施形態に係るアンジュレータの概略構成を示す斜視図である。
【図16】付加した磁石配列によって形成される磁場及びローレンツ力を示す模式図である。
【図17】本発明の第3の実施形態に係るアンジュレータの概略構成を示す斜視図である。
【図18】図17のアンジュレータにおいて、磁石配列から受けるローレンツ力を説明するための図(その1)である。
【図19】図17のアンジュレータにおいて、磁石配列から受けるローレンツ力を説明するための図(その2)である。
【図20】本発明の第4の実施形態に係るアンジュレータの概略構成を示す斜視図である。
【図21】準周期格子点を決定するための2次元長方形格子が形成された平面の他の例を示す図である。
【図22】図1のアンジュレータから出射される放射光のスペクトルの一例である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
次に、本発明の実施形態について、図面を参照して詳細に説明する。
【0031】
(第1の実施形態)
まず、本発明の第1の実施形態について説明する。まず、図1乃至図4を参照して、本実施形態に係るアンジュレータの基本構成について説明する。
【0032】
図1に示すように、電子10は、アンジュレータ1の−Z側の入力端から入力し、Z軸方向に延びる電子通路5を+Z方向に進む。アンジュレータ1は、+Z方向に進行する電子10を蛇行させる。
【0033】
この電子10の蛇行により、例えば、図3に示すように、+Z方向に進む放射光20が発生する。放射光20は、電子10の向きが大きく変わる度に出射される。出射された放射光20は、電子の蛇行が1周期進んだときの位相差が2πとなっている。各放射光20は、互いに干渉して強め合い、アンジュレータ1の+Z方向の出射端から、強力な放射光20が出射される。
【0034】
図1に戻り、アンジュレータ1は、第1の磁石配列としての磁石配列11と、第2の磁石配列としての磁石配列12と、を備える。
【0035】
磁石配列11は、電子通路5に沿って配列されている。より具体的には、磁石配列11では、磁場の方向がそれぞれ異なる4つの磁石11A、11B、11C、11Dの配列が、直列に連結されている。磁石11A、11B、11C、11Dは、電子通路5のY軸方向両側に1つずつ配置されている。すなわち、磁石配列11は、Y軸方向に電子通路5を挟んだ、一対の磁石の配列である。
【0036】
図2に示すように、磁石配列11により、Z軸方向に沿って、Y軸方向に正弦波状に変化する磁場Bが形成される。この磁場により、電子10は、ローレンツ力Fを受け、XZ平面内で正弦カーブを描きながら+Z方向に進むようになる。
【0037】
図1に戻り、磁石配列12は、位置Zn(n=1、2、…)を基準にして設置されている。この位置Znについては後述する。
【0038】
磁石配列12は、電子通路5に沿って配列されている。より具体的には、磁石配列12では、磁場の方向がそれぞれ異なる3つの磁石12A、12B、12Cの配列が、直列に連結されている。磁石12A、12B、12Cは、電子通路5のX軸方向両側に1つずつ配置されている。すなわち、磁石配列12は、X軸方向に電子通路5を挟んだ一対の磁石の配列である。
【0039】
磁石配列12は、X軸方向の強さが周期的に変動する磁場が、電子通路5内に発生するように配列された磁石配列である。磁石配列12により、電子通路5の位置Znの近傍のX軸方向に関する磁場の強さが、正弦波1周期分変動している。
【0040】
この磁場の変動により、電子10は、位置Znの近傍を通過する際に、ローレンツ力を受ける。磁石配列12による磁場がX軸方向に正弦波状に変動しているので、ローレンツ力の強さも、Y軸方向に正弦波状に変動している。
【0041】
磁石配列11から受けるローレンツ力と、磁石配列12から受けるローレンツ力との合成力を受け、電子10は、位置Znの近傍において、図4に示すような軌道を通る。この軌道は、他の位置を通過する電子10の軌道よりも長くなっている。
【0042】
以上のことから、磁石配列12は、電子10の蛇行軌道が、他の部分を通過する際の電子10の蛇行軌道に対して長くなるように、配列された磁石配列であるといえる。
【0043】
ところで、図1では、磁石配列12は1つしか示されていないが、実際には、Z軸方向に沿って、Zn(n=1、2、3、…)に、複数設置されている。このZnは、準周期にのみ現れる特徴的な格子点である。ここで、Znを、準周期磁石配列設置点と呼ぶ。以下、この準周期磁石配列設置点Znの決定方法について説明する。
【0044】
この方法では、図5に示すように、まず、2次元長方形格子が形成された平面を想定する。2次元長方形格子の各格子点をR(p,q)とする。
【0045】
各格子点R(p,q)は、例えば、結晶内の原子、分子等に対応する散乱要素又は挿入デバイス上の時間領域における電子10に対する散乱中心を表している。白丸で表された散乱要素は、正の散乱要素であり、黒丸で表された散乱要素は、負の散乱要素である。この空間では、正の散乱要素と、負の散乱要素とが、交互に並んで配列されている。
【0046】
R(p,q)のP軸方向の間隔をaとし、Q軸方向の間隔をbとする。さらに、2次元長方形格子の縦横比をrとする。すなわち、r=b/aである。rは1より大きいものとする。図5では、r=3となっている。
【0047】
この平面の長方形格子軸Pに対して無理数の勾配tanαで傾斜した直線Lを規定する。この直線Lの延びる方向が、図1に示すZ軸に相当する。図5では、tanα=1/√5となっている。
【0048】
さらに、その直線Lを基準とする所定幅wのウインドウを想定し、そのウインドウ内にある2次元長方形格子の格子点R(p,q)からの直線Lへの投影点(各格子点から直線に降ろした垂線とその直線Lとの交点)を、磁石を設置する準周期格子点Lmとして決定している。準周期格子点Lmは、以下の式(1)で規定される。
【0049】
【数1】


ここで、mは、原点を基準にして付された準周期格子点の番号である。また、右辺の2番目の括弧である、特殊な括弧は、括弧内の数値より小さい最大整数を意味する。
【0050】
図6に示すように、位置L1〜L7は、直線Lに沿って一定の周期dで配置されている。これに対し、位置L7と位置L8との間の間隔d’は、周期dより長くなっている。この間隔d’となった位置L8を準周期磁石配列設置点Znとして、磁石配列12が設置される。
【0051】
d’>dとなる条件は、a・cosθ2<b・cosθ1である。θ2=α、θ1=90−αであるから、a・cosα<b・cos(90°−α)が、本実施形態に係る条件式として採用される。
【0052】
図7に示すように、間隔d’となる位置は、Z1、Z2、Z3、…というように、断続的に出現する。各準周期磁石配列設置点Zn(n=1、2、3、…)に、それぞれ磁石配列12が置かれる。
【0053】
図8には、磁石配列11によって形成される磁場Byと、磁石配列12によって形成される磁場BxとのZ軸方向の変動が示されている。図8に示すように、磁場Byは、Z軸方向に関して周期的に変動しているのに対し、磁場Bxは、準周期磁石配列設置点Zn(n=1、2、3、4、…)において1周期分の正弦波カーブを描いている。
【0054】
このように、磁石配列12による磁場Bxが+Zに進む電子10に付与される。これにより、準周期磁石配列設置点Zn付近において、電子10の軌道は、図4に示すように、他の部分に比べ長くなる。したがって、準周期磁石配列設置点Znを通過する電子10の位相は、放射光20の位相に対して遅れる。この結果、例えば、図9に示すように、アンジュレータ1から出射される放射光(周波数ν=c/λ)の整数次の高次光(例えば、周波数3ν)の成分が、周波数3νよりも上にシフトし、無理数次の高次光となる。
【0055】
図10には、図5の2次元長方形格子の構造にフーリエ変換を施すことにより形成される逆格子面の一部が示されている。図10に示す逆格子面の断面A−A’が、図9に示すスペクトルに対応する。
【0056】
逆格子面では、逆格子点30からストリーク31が延びている。このストリーク31は、図5に示す2次元長方形格子の平面をウインドウで制限したことにより生じるものである。このストリーク31の中には、直線Lに対応するA−A’断面まで延びているものがある。このストリーク31により、図9に示すようなスペクトルが形成される。
【0057】
したがって、各逆格子点30からのストリーク31によるピークが、整数次の高次光とならないように、傾きαやウインドウwの幅、縦横比rなどを調整する必要がある。
【0058】
図11には、コンピュータシミュレーションにより、磁石配列12の設置位置である準周期磁石配列設置点Znを算出する算出処理のフローチャートが示されている。図11に示すように、まず、2次元長方形格子R(p,q)の比率r、直線Lの傾きα及びウインドウの幅w等の各種パラメータの調整により各パラメータが仮決めされる(ステップS1)。続いて、仮決めされたパラメータにより、ウインドウ内の2次元長方形格子の格子点R(p,q)からの直線Lへの投影点Lmが算出される(ステップS2)。
【0059】
次に、決められたパラメータを用いて、フーリエ変換が行われ、図10に示す逆格子面の断面A−A’まで延びるストリーク31の位置が求められる(ステップS3)。続いて、断面A−A’上の各ストリーク31の位置に基づいて、整数次の高次光が含まれていないか否かを判定する(ステップS4)。
【0060】
整数次の高次光が含まれていれば(ステップS4;No)、パラメータ調整(ステップS1)、投影点Lmの算出(ステップS2)、フーリエ変換(ステップS3)、高次光の判定(ステップS4)が繰り返される。
【0061】
一方、整数次の高次光が含まれていなければ(ステップS4;Yes)、投影点Lmのうち、間隔が他とは異なる投影点(例えばL8)の位置が、準周期磁石配列設置点Znとして決定され(ステップS5)、処理が終了する。
【0062】
本実施形態では、準周期磁石配列設置点Znを決定するための2次元格子を、長方形としたので、各種パラメータ(特に直線Lの傾きα)の設定範囲を拡げることができる。これにより、整数次の高次光を含まないパラメータの設定値を見つけやすくなる。
【0063】
図12には、上記各実施形態に係るアンジュレータ1を備える放射光発生装置100の一部の構成が示されている。図12に示すように、放射光発生装置100は、アンジュレータ1と、モノクロメータ40と、を備える。
【0064】
モノクロメータ40は、シリコン、ダイヤモンド等といった単結晶ブロック又は回折格子を備える。モノクロメータ40は、単結晶ブロックに放射光を入射させ、2回のブラッグ反射により、1つの波長の放射光を選択的に反射する。しかしながら、モノクロメータ40は、整数次の高次光も同じ方向に反射してしまうため、それらの高次光を除去することができない。
【0065】
アンジュレータ1は、上述のようにして、図13に示すように、無理数次の高次光の成分を含むが、整数次の高次光の成分が低減された放射光を出射する。モノクロメータ40は、図14に示すように、入射した放射光から、無理数次の高次光の成分を除去して、さらに+Z方向に出力する。
【0066】
以上詳細に説明しように、本実施形態によれば、2次元長方形格子が形成された平面に、無理数の勾配tanαの直線Lを引き、その直線Lを基準とする所定幅wのウインドウ内の格子点R(p,q)からの直線Lへの投影点(準周期格子点)Lmに基づいて、磁石配列12の位置を設定する。
【0067】
本実施形態によれば、2次元格子が長方形となっているので、ウインドウ内への各格子点R(p,q)から直線Lへの投影点Lmの間隔は、ほとんど同じとなるが、何点かに1点の割合で、間隔が他とは異なる投影点(例えばL8)が出現するようになる。磁石配列12は、この標準間隔dとは異なる間隔d’となっている投影点(準周期格子点)の位置Znに設置される。
【0068】
すなわち、本実施形態によれば、すべての準周期格子点Lmではなく、間隔d’が他の間隔dとは異なる準周期格子点(準周期磁石配列設置点)Znにのみ、磁石配列12を設置する。これにより、周期的でない位置に配置される磁石の数を少なくすることができるので、より簡便に、整数次の高次光を低減することができる。
【0069】
本実施形態では、周期的な磁場を形成する磁石配列11に、磁石配列12を付加するだけで、準周期アンジュレータ1が形成される。磁石配列12を付加すれば、その場所では、電子10の軌道が大きくなり、放射光20に対して電子10の位相が遅れるようになる。
【0070】
このため、本実施形態では、直線Lが、a・cosα<b・cos(90°−α)の関係を満たすように、長方形の縦横の比率rや、直線の傾きαや、ウインドウ幅wが決定される。これにより、磁石配列12が設置される準周期格子点と隣接する準周期格子点(準周期磁石配列設置点)Znの間隔d’は、標準の準周期格子点Lmの間隔dよりも長くなる。
【0071】
放射光20に対して電子10の位相差を遅らせるようにする磁石配列12を、準周期格子点(準周期磁石配列設置点)Znに設ければ、整数次の高次光を、周波数の高い方(波長の短い(エネルギの高い)方)にシフトさせ、無理数次の高次光とすることができる。無理数次の高次光であれば、モノクロメータ40で除去することができる。
【0072】
また、本実施形態によれば、準周期磁石配列設置点Znを決定するための格子を、長方形格子としたので、直線Lの勾配tanα等の各パラメータの設定の自由度を拡げることができる。これにより、整数次の高次光を、より確実に低減することができる。
【0073】
また、本実施形態では、磁石配列12は、X軸方向の磁場を、正弦波1周期分だけ変動させる。このようにすれば、電子10のY軸方向からの角度ずれをなくすことができるので、放射光20を確実に出射することができる。また、各放射光20の電界面を揃えることもできる。
【0074】
また、本実施形態では、磁石配列11を、電子通路5をY軸方向に挟む一対の磁石の配列とし、磁石配列12を、X軸方向に電子通路5を挟む一対の磁石の配列とした。このようにすれば、磁石配列12を、磁石配列11と同じ程度に、電子通路5内に近づけることができる。これにより、磁石配列12の各磁石の強さを必要最低限とした状態で、電子10を効果的に蛇行させることができる。また、アンジュレータ1の装置構成を簡単にすることができる。
【0075】
(第2の実施形態)
次に、本発明の第2の実施形態について説明する。
【0076】
図15には、本実施形態に係るアンジュレータ2の構成が示されている。図15に示すように、本実施形態に係るアンジュレータ2は、第1の磁石配列としての磁石配列11と、第2の磁石配列としての磁石配列13と、を備える。
【0077】
磁石配列11は、Y軸方向に挟んだ一対の磁石の配列である。磁石配列11は、上記第1の実施形態のものと同じである。
【0078】
磁石配列13は、磁石13A、13B、13Cを備える磁石配列を4組備えている。磁石配列13は、X軸方向に対して直角(90度)またはY軸方向から電子通路5の方向に傾いた磁化方向を持つ磁石あるいは磁極を持つ配列である。
【0079】
4組の磁石配列13A〜13Cは、電子通路5を囲むように配置されている。例えば、図16に示すように、4組の磁石配列13A〜13Cにより、XZ平面内において、正弦波1周期分の合成された磁場Bが形成される。この合成された磁場Bにより、+Z方向に進む電子10には、YZ平面内で正弦波状に変化するローレンツ力Fが発生する。
【0080】
結果的に、電子10は、磁石配列11から受けるローレンツ力と、磁石配列13から受けるローレンツ力との合成力を受け、図4に示すような軌道と同様に、準周期磁石配列設置点Znの近傍において、大回りとなるような軌道を通る。
【0081】
したがって、本実施形態でも、準周期磁石配列設置点Znの近傍を通過する電子10の位相は、放射光20の位相に対して遅れる。この結果、アンジュレータ2から出射される波長λの放射光20に含まれる整数次の高次光(例えば周波数3ν)の成分が、周波数3νよりも上へシフトし、無理数次の高次光の成分となる。
【0082】
本実施形態では、磁石配列13は、X軸方向に対して傾斜もしくは直交(Y軸)する方向に電子通路5を挟むように設置されている。このようにすれば、電子通路5を真空化するための排気口など、アンジュレータ2の設備として他に必要なものを設置するスペースを、電子通路5のX軸方向に確保することができる。
【0083】
(第3の実施形態)
次に、本発明の第3の実施形態について説明する。
【0084】
図17には、本実施形態に係るアンジュレータ3の構成が示されている。図17に示すように、本実施形態に係るアンジュレータ3は、第1の磁石配列としての磁石配列11と、第2の磁石配列としての磁石配列14と、を備える。磁石配列14は、準周期磁石配列設置点Znの近傍に配置された磁石配列11の一部に代えて挿入されている。
【0085】
磁石配列14は、磁石14A、14Cを備える磁石配列を2つ備えている。図18に示すように、磁石配列14Aは、電子10に対して、−Z側から見て、例えば11時方向の磁場を付与する。これにより、電子10には、8時方向のローレンツ力Fが生じる。
【0086】
また、図19に示すように、磁石配列14Cは、電子10に対して、−Z側から見て、5時の方向の磁場を付与する。これにより、電子10には、2時方向のローレンツ力Fが生じる。
【0087】
このように、本実施形態では、磁石配列14によって、上記第1、第2の実施形態に対して、電子10に与えるローレンツ力Fの方向が、Y軸方向ではなくZ軸周りに傾斜している。しかしながら、このアンジュレータ3でも、上記第1、第2の実施形態と同様に、準周期磁石配列設置点Znの近傍の、電子10の軌道を、他の部分に比べ大きくして、電子10の位相を放射光20のそれに対して遅らせることができるので、上記第1、第2の実施形態と同様な効果を期待することができる。
【0088】
(第4の実施形態)
次に、本発明の第4の実施形態について説明する。
【0089】
上記第1〜第3の実施形態に係るアンジュレータ1〜3では、磁石配列11と、磁石配列12、13、14とを、それぞれの磁場の方向が互いに交差するように配置した。このようにすれば、周期的な磁石配列に、磁石配列を準周期的に付加するだけで、整数時の高次光を低減することができるからである。
【0090】
これらに対し、本実施形態に係るアンジュレータ4では、準周期アンジュレータを形成するために挿入される磁石配列15の磁場の方向が、磁石配列11の磁場の方向と同じとなっている点が、上記第1〜第3の実施形態と異なる。
【0091】
図20に示すように、磁石配列15は、準周期磁石配列設置点Znに位置する磁石配列11の一部に置換して挿入されている。磁石配列15が電子通路5内に発生させる磁場の方向は、磁石配列11と同じY軸方向である。磁石配列15は、磁石配列11が電子通路5に与える磁場よりも(磁石配列11が配列されていた場合よりも)強くなるように設定されている。
【0092】
このようにしても、準周期磁石配列設置点Zn付近における電子10の軌道を、他の部分に比べ大きくして、電子10の位相を放射光20のそれに対して遅らせることができるので、上記第1〜第3の実施形態と同様な効果を期待することができる。
【0093】
以上述べたように、上記各実施形態に係るアンジュレータ1〜4を用いれば、電子10の曲がりを大きくすることができる。これにより、放射光の強度を例えば2割程度強くすることができる。また、従来の周期アンジュレータに、磁石配列を付加するだけで、準周期アンジュレータを構築できるので、低コストでの製造が可能となる。
【0094】
なお、上記各実施形態に係るアンジュレータ1〜4のパラメータは、a・cosα<b・cos(90°−α)の条件が満たされるようになっていた。これは、d<d’(図6参照)を満たすための条件である。
【0095】
ところで、図21には、2次元長方形格子の縦横比r=1.5で、tanα=1/√15の場合の平面が示されている。この場合には、a・cosα<b・cos(90°−α)の条件が満たされておらず、d>d’となる。
【0096】
この場合には、準周期磁石配列設置点Znにおける磁場を、上記各実施形態のように強めて、電子10の軌道を遠回りにするのではなく、磁場を弱めて、電子10の軌道を小さくし、電子の位相を放射光のそれに対して進める必要がある。このようにすれば、図22に示すように、整数次の高次光を、その周波数が低く(波長が長く(エネルギが小さく))なる方向にシフトさせることができる。
【0097】
なお、上記各実施形態に係るアンジュレータ1、2、3、4に用いられる磁石は、永久磁石であったが、電磁石を用いるようにしてもよい。また、永久磁石と、電磁石を組み合わせてもよい。例えば、磁石配列11を永久磁石とし、磁石配列12〜15を電磁石とするようにしてもよい。
【産業上の利用可能性】
【0098】
本発明は、放射光施設や自由電子レーザ施設において、整数次の高次光による汚染のない準単色放射光を得るのに好適である。
【符号の説明】
【0099】
1、2、3、4 アンジュレータ
5 電子通路
10 電子
11、12、13、14、15 磁石配列
11A、11B、11C、11D 磁石
12A、12B、12C 磁石
13A、13B、13C 磁石
14A、14C 磁石
20 放射光
30 逆格子点
31 ストリーク
40 モノクロメータ
100 放射光発生装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定方向に延びる電子通路を進む電子を蛇行させることにより、放射光を発生させるアンジュレータであって、
前記所定方向に直交する方向の強さが周期的に変動する磁場が、前記電子通路内に発生するように前記電子通路に沿って配列された第1の磁石配列と、
前記電子通路内の所定の位置近傍を蛇行しながら進む前記電子が、他の位置を通過する時に比べて大回りするように設置された第2の磁石配列と、
を備え、
格子点間隔aに対する格子点間隔bの比率がr=b/a(rは1より大きい)である2次元長方形格子が形成された平面に含まれ、前記2次元長方形格子の短辺方向に対して無理数である勾配tanαで傾斜し、かつ、a・cosα<b・cos(90°−α)の関係を満たす直線を、前記所定方向に延びる直線として規定したときに、
前記直線を基準とする所定幅のウインドウ内にある前記2次元長方形格子の格子点の前記直線への投影点である準周期格子点のうち、前記準周期格子点の点列の標準間隔よりも長い間隔で配置された準周期格子点の位置を、前記所定の位置とする、
ことを特徴とするアンジュレータ。
【請求項2】
前記第2の磁石配列は、
前記所定の位置近傍における、前記電子通路に沿って前記所定方向に直交する方向の磁場の強さを、正弦波1周期分変動させる、
ことを特徴とする請求項1に記載のアンジュレータ。
【請求項3】
前記第1、第2の磁石配列は、
それぞれの磁場の方向が互いに交差するように配置されている、
ことを特徴とする請求項1又は2に記載のアンジュレータ。
【請求項4】
前記第1の磁石配列は、
前記所定方向に直交する第1の方向に、前記電子通路を挟んだ一対の磁石の配列であり、
前記第2の磁石配列は、
前記所定方向及び前記第1の方向に直交する第2の方向に前記電子通路を挟んだ一対の磁石の配列である、
ことを特徴とする請求項3に記載のアンジュレータ。
【請求項5】
前記第1の磁石配列は、
前記所定方向に直交する第1の方向に、前記電子通路を挟んだ一対の磁石の配列であり、
前記第2の磁石配列は、
前記所定方向及び前記第1の方向に直交する第2の方向に対して傾斜する方向に前記電子通路を挟んだ一対の磁石の配列である、
ことを特徴とする請求項3に記載のアンジュレータ。
【請求項6】
前記第2の磁石配列は、
前記所定の位置に位置する前記第1の磁石配列の一部に代えて挿入されている、
ことを特徴とする請求項3に記載のアンジュレータ。
【請求項7】
前記第1、第2の磁石配列は、
それぞれの磁場の方向が同じになるように配置されている、
ことを特徴とする請求項1又は2に記載のアンジュレータ。
【請求項8】
前記第2の磁石配列は、
前記所定の位置に位置する前記第1の磁石配列の一部に置換して挿入されており、
前記第2の磁石配列が前記電子通路内に発生させる磁場が、前記第1の磁石配列が前記電子通路内に発生させる磁場よりも強くなるように設定されている、
ことを特徴とする請求項7に記載のアンジュレータ。
【請求項9】
請求項1乃至8のいずれか一項に記載のアンジュレータを備える放射光発生装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【公開番号】特開2011−108400(P2011−108400A)
【公開日】平成23年6月2日(2011.6.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−259860(P2009−259860)
【出願日】平成21年11月13日(2009.11.13)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 第6回 日本加速器学会年会、日本加速器学会、平成21年8月5日(水)−7日(金)
【出願人】(504136568)国立大学法人広島大学 (924)
【Fターム(参考)】