説明

新規なチオフェンポリマー及びその製造方法

【課題】
優れた電荷輸送能を有するチオフェンポリマー、及びその効率的な製造方法を提供する。
【解決手段】
下記一般式(1)で表わされるチオフェンポリマー。このチオフェンポリマーは、二種類の異なるハロゲン置換様式のチオフェン化合物から導かれるグリニャール反応試剤を用いる簡便なNi触媒重合プロセスにより製造される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、優れた電荷輸送能を有し、有機半導体として有用である新規なチオフェンポリマーおよびその効率的な製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の半導体は、主に無機材料の蒸着により製造され、高価な製造設備を必要とした。これに対し、有機材料を用いる半導体(有機半導体)は、塗布や印刷のような簡易な方法で製造できることから、加工が容易で、多様な形状やデバイスの大型化に容易に対応でき、また量産における材料効率や生産手段の観点から、工業的に大きな経済性を有すると言われている(非特許文献1参照)。このような有機半導体に使用可能な材料として、塗布可能な高分子材料が注目されており、トランジスター、EL、太陽電池、IC−タグ、レーザー発振、センサー等と広範囲の研究開発が行われている(非特許文献2参照)。
【0003】
従来、有機半導体として、チオフェンポリマーが多く検討されており、特に、チオフェン環の3位にアルキル鎖を有し、自己組織化能や結晶性を有するポリ(3−アルキルチオフェン)(P3RT)が優れた電荷輸送能(半導体特性や光電変換特性)を示すことが見出されている(非特許文献2、3参照)。従来、P3RTの効率的な製造方法として、反応式1に示されるようなNi触媒重合技術が多く検討されている(非特許文献4、5、6、特許文献1、2、3参照)。しかし、この方法により得られるポリマー構造は、一方の末端はHであるが、他方の末端にハロゲンが残存している。
(反応式1)

(式中、Rはアルキル基を表す。)
【0004】
このP3RTの他方の末端ハロゲンをHに変換して両末端がHのチオフェンポリマー(P3RT−H)にすると、電荷輸送能はさらに向上することが知られている(非特許文献7参照)。しかしながら、P3RT−Hの製造には、Ni触媒重合によりP3RTを製造し、次いで末端置換基のハロゲンをHに変換するという2段階的なプロセスを必要とし、効率的でない(特許文献4参照)。
【0005】
また、2−ブロモ−3−アルキルチオフェンに特殊なPd触媒とCsCOを適用する構造規則性チオフェンポリマーの合成法が報告されている(非特許文献8参照)。しかし、この方法により生成するポリマーも、末端に原料由来のBrが残存する。さらに、単座配位型Ni錯体触媒を用いた両末端H型のチオフェンポリマーの重合法が報告されている(非特許文献9参照)。しかし、この方法により生成するポリマーは、分子量(Mw換算値)が9,000未満と小さく、この方法では、有機電子デバイス材料として好ましい高分子量の重合物を製造することができない。
従って、電荷輸送能に優れた両末端H型のチオフェンポリマーを効率的に製造する方法は、未だ提供されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2000−230040公報
【特許文献2】特表2004−115695公報
【特許文献3】特表2008−537559公報
【特許文献4】特表2007−501300公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】応用物理,76(5),522〜526(2007)
【非特許文献2】Organic Electronics;Materials,Manufacturing,and Applications;Wiley−VCH(2007)
【非特許文献3】Adv.Funct.Mat.,2005,15,1617
【非特許文献4】Macromol.,2001,34,4324
【非特許文献5】Macromol.,2005,38,8649
【非特許文献6】J.Am.Chem.Soc.,2005,127,17542
【非特許文献7】J.Phys.Chem.C,2007,111,8137
【非特許文献8】J.Am.Chem.Soc.,2010,132,11420
【非特許文献9】Macromol.,2009,42,7670
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、かかる従来技術の現状に鑑みて創案されたものであり、その目的は、優れた電荷輸送能を有するチオフェンポリマー、及びその効率的な製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、かかる目的を達成するために、両末端がHで優れた電荷輸送能を有し且つチオフェン環の置換基Rが位置規則的に配列した新規なチオフェンポリマー構造、およびその効率的な製造方法について鋭意検討した結果、両末端の置換基がチエニル基とHのチオフェンポリマーが、2座配位型Ni錯体化合物とグリニャール反応試剤を用いる重合反応により1段階的に効率良く製造できることを見出した。さらに、本発明者らは、かかる構造のチオフェンポリマーは、従来の両末端置換基がHのチオフェンポリマー(P3RT−H)と実質的に同等の物性を有することを見出した。これらの知見に基づき、本発明者らは、本発明を完成させた。
【0010】
即ち、本発明によれば、
一般式(1)

(式中、nは、60以上の整数を表わし、Rは、直鎖、分枝もしくは環式のC1〜C20のアルキル基またはアルコキシ基、直鎖、分枝もしくは環式のC2〜C20のアルコキシアルキル基またはエステル基のいずれかを表わす。)で表わされるチオフェンポリマーが提供される。
【0011】
また、本発明によれば、2座配位子を有するNi錯体化合物に、
一般式(2)

(式中、Xは、ハロゲンを表わす。)で表わされるハロチオフェン化合物から調製されるグリニャール反応試剤を反応させ、次いで
一般式(3)

(式中、Rは、直鎖、分枝もしくは環式のC1〜C20のアルキル基またはアルコキシ基、直鎖、分枝もしくは環式のC2〜C20のアルコキシアルキル基またはエステル基のいずれかを表わし、Xは、ハロゲンを表わし、各Xは、同じであっても異なっていても良い。)で表わされるジハロチオフェン化合物から調製されるグリニャール反応試剤を反応させることを特徴とする、上記チオフェンポリマーの製造方法が提供される。
【発明の効果】
【0012】
本発明のチオフェンポリマー(P3RT−TH)は、チオフェン環の3位置換基が位置規則的に配列しているのみならず、ポリマーの末端の置換基が2−チオフェン基とHであることから実質的に両末端はHである。この特徴から本発明のチオフェンポリマーは、従来のポリマー(P3RT)の末端に残存するハロゲン原子を還元して得られる両末端がHのチオフェンポリマー(P3RT−H)と同様に優れた電荷輸送能を有し、様々な形態の電子デバイスの作製に利用することができる。
また、本発明のチオフェンポリマーの製造方法では、Ni触媒量を調節することにより生成するポリマーの分子量を容易に制御することができる。さらに、両末端がHのチオフェンポリマーを、従来技術のように還元操作を行うこと無く、簡易なNi触媒重合反応により1段階で製造することができるため、簡便であり、効率的である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明のチオフェンポリマーについて詳細に説明する。
本発明のチオフェンポリマーは、下記一般式(1)で表されるものであり、末端に位置するチオフェン環の1つが置換基を有しない点で、P3RT−Hと構造的に大きく異なる。P3RT−Hの場合、末端に位置するチオフェン環の1つは、他のチオフェン環の置換基と異なる配向となるため、これらのチオフェン環の間で置換基の位置規則性に乱れが必然的に生じてしまうが、本発明のチオフェンポリマーの場合、末端に位置するチオフェン環の1つは、置換基を有さず、残りのチオフェン環は全ての置換基の配向がそろうため、チオフェン環置換基の位置規則性の乱れは反応機構的に生じない。
一般式(1)

(式中、nは、60以上の整数を表わし、Rは、直鎖、分枝もしくは環式のC1〜C20のアルキル基またはアルコキシ基、直鎖、分枝もしくは環式のC2〜C20のアルコキシアルキル基またはエステル基のいずれかを表わす。)
【0014】
一般式(1)のRの具体例としては、プロピル、n−ブチル、i−ブチル、i−アミル、シクロプロピルエチル、ペンチル、ヘキシル、ヘプチル、オクチル、ノニル、デシル、ウンデシル、ドデシル、トリデシル、テトラデシル、ペンタデシル等のアルキル基、プロポキシ、ブトキシ、ヘキシルオキシ、オクチルオキシ、メトキシエトキシ等のアルコキシ基、メトキシブチル、メトキシヘキシル、ブトキシメチル、ヘキシルオキシメチル、ブトキシエチル等のアルコキシアルキル基、プロポキシカルボニル、ブトキシカルボニル、シクロヘキシルオキシカルボニル等のエステル基を挙げることができる。また、Rは、アルキル基、アルコキシ基、アルコキシアルキル基、エステル基を構成する炭素原子にフッ素原子やパーフルオロアルキルが置換していても良い。具体的には、CF、CFCH、C、C、CCH、C、C13、C15、C17などを挙げることができる。
【0015】
本発明のチオフェンポリマーは、具体的には、以下に示すようなものであることができる。

【0016】
本発明のチオフェンポリマーにおいて、モノマー分子の重合繰り返し数を示すnは、60〜2,000であることが好ましく、より好ましくは65〜1,800であり、特に好ましくは70〜1,600である。また、本発明のチオフェンポリマーの分子量(Mw換算値)は、9,000〜400,000であることが好ましく、より好ましくは9,500〜350,000であり、特により好ましくは10,000〜300,000である。n及び分子量(Mw換算値)が上記上限を越えると、ポリマーの溶解性が著しく減少し、取り扱いが困難となるおそれがあり、上記下限未満では溶解性が大きすぎ、製膜が困難となるおそれがある。
【0017】
本発明のチオフェンポリマーは、置換基のないチオフェン環と置換基Rの結合したチオフェン環からなる。後述の製造工程で一般式(3)のジハロチオフェン化合物からグリニャール反応試剤を調製する際のMgの反応位置選択性は、主に立体障害の少ない5位であるが、その選択性は完全ではなく、2位を選択する副反応が僅かながら含まれることが知られている(非特許文献4、5参照)。このグリニャール反応試剤の位置選択性は、ポリマーの構造に反映され、この意味でチオフェン環の3位に配列する置換基Rの割合は、70%以上であることが好ましく、より好ましくは80%以上である。
【0018】
次に、本発明のチオフェンポリマーの製造方法について説明する。
本発明の製造方法の特徴は、2座配位型Ni触媒と2種類の異なるハロゲン置換様式のチオフェン化合物から導かれるグリニャール反応試剤とを用いて、下記の反応式2に示される1段階的なプロセスにより、両末端にHを有するチオフェンポリマーを製造することにある。チオフェンポリマーは、一般に分子量が大きくなると溶解性が低下する傾向にあることから、本発明の1段階プロセスは、末端がH及びハロゲンのチオフェンポリマーをまず製造し、次にこのチオフェンポリマーの末端ハロゲンを還元反応操作によりHに変換するという従来の2段階プロセス(下記の反応式3)よりも効率的に両末端にHを有するチオフェンポリマーを製造することができる。
本発明プロセス
(反応式2)

従来プロセス
(反応式3)

【0019】
本発明のチオフェンポリマーに類するオリゴマー構造についても従来、報告例が少なく、わずかに特許文献5に、近似のオリゴマーが本発明と異なる鈴木カップリング反応により製造できることが報告されているに過ぎない。また、非特許文献10には、チオフェンオリゴマーが報告されているが、その合成は熊田−玉尾カップリング反応による多段階的な手法によるものであり、一段階的な重合による本発明とは合成手法および置換基の位置規則性の点で異なる。
【特許文献5】米国特許出願公開公報2009−20732
【非特許文献10】J.Mater.Chem.,1999,9,865
【0020】
本発明の製造方法はジハロチオフェン化合物(3)の重合反応に作用するNi錯体化合物の構造が従来の製造方法と異なり、反応機構は、下記の反応式4のようなものであると考えられる。まず2座配位子を有するNi錯体化合物に一般式(2)のハロチオフェン化合物から導かれるグリニャール反応試剤を反応させ、一般式(4)のNi錯体化合物を調製する。次に一般式(3)のジハロチオフェン化合物から導かれるグリニャール反応試剤と先に調製したNi錯体化合物(4)を反応させて重合反応を行い、その後の後処理によりポリマー末端からNi錯体化合物が遊離してチオフェンポリマー(1)が生成するものと推定される。
(反応式4)

【0021】
本発明の製造方法による操作では、まず2座配位子を有するNi錯体化合物と、
一般式(2)

(式中、Xは、ハロゲンを表わす。)で表わされるハロチオフェン化合物から調製されるグリニャール反応試剤を反応させて
一般式(4)

(式中、Xは、ハロゲンを表わす。L−Lは2座型配位子を表わす。)で示されるNi錯体化合物を調製する。次に、これを
一般式(3)

(式中、Rは、直鎖、分枝もしくは環式のC1〜C20のアルキル基またはアルコキシ基、直鎖、分枝もしくは環式のC2〜C20のアルコキシアルキル基またはエステル基のいずれかを表わし、2位と5位のXは、任意のハロゲンを表わし、各Xは、同じであっても異なっていても良い。)で表わされるジハロチオフェン化合物から調製されるグリニャール反応試剤に添加して重合反応を行う。添加順序はこの逆でも良く、グリニャール反応試剤(3)をNi錯体化合物(4)に添加しても良い。
【0022】
重合反応が停止した状態では、ポリマーの末端に触媒が残るため、重合反応後、後処理として、ポリマー末端の触媒活性種を分解して、目的の一般式(1)のチオフェンポリマーを取得する。
【0023】
本発明の製造方法の特徴は、2座配位型Ni錯体化合物(4)の使用にある。一般に2座配位子は単座配位子よりも金属錯体構造の安定性に大きく寄与すること、Ni錯体化合物は平面の4配位構造を取ることが知られている。本発明の製造方法における重合反応の触媒本体は、前記のNi錯体化合物であると推定されており、2座配位子が配位する場合は、Ni錯体の反応に関与する位置は、残る2配位の箇所に限定される。このことが重合反応の円滑な進行に有利に作用し、単座配位型Ni錯体化合物の使用の場合よりも高分子量のポリマーを生成することができるものと考えられる。
【0024】
本発明の製造方法に用いるNi触媒および原料のハロチオフェン及びジハロチオフェン化合物は、市販品を利用するか、もしくは非特許文献4〜6および11〜13に記載の合成方法を参考として容易に合成することができる。
【非特許文献11】Inorg.Chem.,5,1968(1966)
【非特許文献12】Adv.Mater.,1999,11(3),250
【非特許文献13】Chem.Mater.,2005,17(13),3317
【0025】
本発明の製造方法に使用できる原料の2座配位型Ni錯体化合物としては、Ni(dppp)Cl(1,3−ビス(ジフェニルホスフィノ)プロパン塩化ニッケル(II))、Ni(dppe)Cl(1,2−ビス(ジフェニルホスフィノ)エタン塩化ニッケル(II))、もしくはCuCl、CuBr、LiCuClなどの銅化合物と1,3−ビス(ジフェニルホスフィノ)プロパン、1,2−ビス(ジフェニルホスフィノ)エタンなどのホスフィン系2座配位子から調製されるNi錯体化合物を挙げることができる。
【0026】
一般式(2)のハロチオフェン化合物において、Xは、塩素、臭素、ヨウ素などの任意のハロゲンであり、経済性から臭素が特に好ましい。
【0027】
一般式(3)のジハロチオフェン化合物において、Xは塩素、臭素、ヨウ素から選ばれる任意のハロゲンであり、2位と5位のXは同じであっても異なっていても良い。Xは反応性から臭素、ヨウ素であることが好ましく、経済性から2位と5位のXは、同じであることが好ましい。Rは、一般式(1)のチオフェンポリマーの説明で記載したように、直鎖、分枝もしくは環式のC1〜C20のアルキル基またはアルコキシ基、直鎖、分枝もしくは環式のC2〜C20のアルコキシアルキル基またはエステル基のいずれかを表わす。Rの具体例としては、プロピル、n−ブチル、i−ブチル、i−アミル、シクロプロピルエチル、ペンチル、ヘキシル、ヘプチル、オクチル、ノニル、デシル、ウンデシル、ドデシル、トリデシル、テトラデシル、ペンタデシル等のアルキル基、プロポキシ、ブトキシ、ヘキシルオキシ、オクチルオキシ、メトキシエトキシ等のアルコキシ基、メトキシブチル、メトキシヘキシル、ブトキシメチル、ヘキシルオキシメチル、ブトキシエチル等のアルコキシアルキル基、プロポキシカルボニル、ブトキシカルボニル、シクロヘキシルオキシカルボニル等のエステル基を挙げることができる。また、Rは、アルキル基、アルコキシ基、アルコキシアルキル基、エステル基を構成する炭素原子にフッ素原子やパーフルオロアルキルが置換していても良い。具体的には、CF、CFCH、C、C、CCH、C、C13、C15、C17などを挙げることができる。
【0028】
Ni触媒の使用量は、一般式(2)のハロチオフェン化合物から導かれるグリニャール反応試剤の使用モル数を基準にして0.9〜1.1倍量であることが好ましく、より好ましくは0.95〜1.05倍量である。
【0029】
本発明によるチオフェンポリマー(1)の製造には、グリニャール反応試剤とNi錯体化合物が使用される。グリニャール反応試剤は、ハロチオフェン化合物(2)及びジハロチオフェン化合物(3)を相当するグリニャール反応試剤に変換するという操作(Mg化)により調製される。
一般式(2)のハロチオフェン化合物から導かれるグリニャール反応試剤の使用モル数は、使用する一般式(2)のハロチオフェン化合物の量により実質的に管理することができ、0.90〜1.00倍量に設定することができる。また、一般式(2)のハロチオフェン化合物の使用量は、製造のスケールにより任意に設定することができる。
【0030】
一般式(3)のジハロチオフェン化合物から導かれるグリニャール反応試剤の使用モル数は、一般式(2)のハロチオフェン化合物から導かれるグリニャール反応試剤の使用モル数を基準にして1〜3000倍量であることが好ましく、より好ましくは5〜2000倍量であり、特に好ましくは10〜1000倍量である。一般式(3)のジハロチオフェン化合物から導かれるグリニャール反応試剤の使用モル数は、使用する一般式(3)のジハロチオフェン化合物の量により実質的に管理することができ、0.90〜1.00倍量に設定することができる。
【0031】
本発明の製造方法の反応は、適当な溶媒中で行われる。使用する溶媒としては、例えば、ジエチルエーテル、ジ−n−ブチルエーテル、ジ−n−プロピルエーテル、ジ−イソプロピルエーテル、tert−ブチルメチルエーテル、シクロプロピルメチルエーテル、1,2−ジメトキシエタン、テトラヒドロフラン、2−メチルテトラヒドロフラン、ジオキサン、トルエン、キシレン、メシチレン、エチルベンゼン、プロピルベンゼン、i−プロピルベンゼン、アニソール、もしくはこれらの混合溶媒を挙げることができる。一般式(2)のハロチオフェン化合物及び一般式(3)のジハロチオフェン化合物のMg化には、極性溶媒中の使用が好ましく、反応の内容に応じて前記のエーテル系溶媒もしくはその混合溶媒の使用比率を変えることができる。
【0032】
溶媒の使用量は、反応工程に応じて設定され、一般式(2)のハロチオフェン化合物及び一般式(3)のジハロチオフェン化合物を相当するグリニャール反応試剤に変換するMg化においては、各々のチオフェン化合物の重量を基準に5〜100倍量であることができる。Ni錯体化合物と一般式(2)のハロチオフェン化合物及び一般式(3)のジハロチオフェン化合物から導かれるグリニャール反応試剤との反応工程においては、Mg化に使用した溶媒をそのまま使用し、もしくは洗浄、希釈の必要に応じて追加使用することができる。Ni錯体化合物を使用する反応工程における溶媒の使用量は、原料のNi錯体化合物の重量を基準に100〜20000倍量の範囲において任意に設定されることができ、一般式(2)のハロチオフェン化合物及び一般式(3)のジハロチオフェン化合物のMg化に使用した溶媒をそのまま使用することもできる。
【0033】
本発明の製造方法では、一般式(2)のハロチオフェン化合物及び一般式(3)のジハロチオフェン化合物を相当するグリニャール反応試剤に変換して使用する。このMg化は、MeMgCl、MeMgBr、EtMgCl、i−PrMgCl、i−PrMgBrのような低級アルキルグリニャール反応試剤を用いるグリニャール交換反応、少量の促進剤の共存下に金属Mgを反応させる直接的な方法、もしくは両者の併用により行うことができる。金属Mgを反応させる直接的な方法における促進剤としては、Br、I、水素化アルミニウムジイソブチル、前述の低級アルキルグリニャール反応試剤、もしくは一般式(2)のハロチオフェン化合物及び一般式(3)のジハロチオフェン化合物の各々から導かれるグリニャール反応試剤を使用することができる。また、KBr、KI、CuBr、CuIなどの金属塩を併用することもできる。
【0034】
一般式(2)のハロチオフェン化合物及び一般式(3)のジハロチオフェン化合物のMg化に使用される反応試薬の使用量は、低級アルキルグリニャール反応試剤を使用する場合、一般式(2)のハロチオフェン化合物及び一般式(3)のジハロチオフェン化合物の各々の使用モル数を基準にして0.95〜1.05倍量であることが好ましく、金属Mgを使用する場合、一般式(2)のハロチオフェン化合物及び一般式(3)のジハロチオフェン化合物の各々の使用モル数を基準にして1.0〜1.5倍量であることが好ましく、より好ましくは1.0〜1.20倍量である。また、低級アルキルグリニャール反応試剤と金属Mgの併用も可能であり、その場合の使用量は、一般式(2)のハロチオフェン化合物もしくは一般式(3)のジハロチオフェン化合物の使用モル数を基準として、低級アルキルグリニャール反応試剤と金属Mgの使用モル数の合計が0.95〜1.05倍量であり、かつ低級アルキルグリニャール反応試剤の使用モル数が0.05〜1.0倍量であり、かつ金属Mgの使用モル数が1.00〜0.05倍量であることが好ましい。
【0035】
一般式(2)のハロチオフェン化合物及び一般式(3)のジハロチオフェン化合物のMg化は、10℃から使用溶媒の還流温度までの範囲で実施することが好ましく、より好ましくは10〜80℃の温度範囲で実施する。また、反応時間は、通常、0.1〜20時間、好ましくは0.5〜10時間である。また、金属Mgを使用する場合、Mg化により生成するグリニャール反応試剤を続く反応に使用する際に、未反応のマグネシウムが混入しないようにすることが好ましい。
【0036】
Ni触媒と一般式(2)のハロチオフェン化合物から導かれるグリニャール反応試剤との反応は、−20〜100℃の温度範囲で行われることが好ましく、より好ましくは0〜80℃の温度範囲で行われる。反応時間は、0.1〜12時間であることが好ましく、より好ましくは0.5〜6時間である。
【0037】
原料のNi錯体化合物と一般式(2)のハロチオフェン化合物から導かれるグリニャール反応試剤を混合してNi錯体化合物(4)を調製し、これに一般式(3)のジハロチオフェン化合物から導かれるグリニャール反応試剤を反応させると、重合反応が進行する。この重合反応は、0℃から使用溶媒の還流温度までの温度範囲で行われることが好ましく、より好ましくは0〜80℃の温度範囲で行われる。反応を速やかに行うために反応温度を段階的に上げる操作を実施することが好ましい。重合反応の時間は、1〜60時間であることが好ましく、より好ましくは2〜40時間である。重合反応により得られるポリマーの末端には触媒が残っている。このため、重合反応後にポリマー末端の触媒活性種を分解し、目的の一般式(1)のチオフェンポリマーを遊離させる。分解には通常、水、アルコール等のプロトン性溶媒を添加する。また、分解は酸の共存により促進される。この酸としては、無機酸、有機酸のいずれも使用可能であるが、安価な無機酸、特に塩酸が好ましい。
【0038】
本発明の製造方法で使用する反応試薬は、湿気により反応活性を損なう。このため、本発明の製造方法にかかる反応工程は全て、不活性ガス雰囲気下で行ない、湿気の影響を可能な限り排除することが望ましい。
【0039】
上述の反応操作により生成するチオフェンポリマーは、有機溶媒で抽出することにより、もしくはアルコール、水等の溶解性に乏しい溶剤を添加してポリマーを固体として析出沈殿させることにより容易に分離、単離することができる。さらに、精製操作として、溶解しやすい低分子量のポリマーの場合は、高分子ゲルを分離剤とするカラムクロマトグラフを行うことができる。また、溶解し難い高分子量のポリマーの場合は、溶解・再沈殿による精製を行うことができる。
【実施例】
【0040】
以下、本発明を実施例により具体的に示すが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
なお、以下の実施例において、得られたチオフェンポリマーの分子量(Mw換算値)は、東ソー製GPC(商品名:HLC−8220GPC)により、ポリスチレン換算の分子量として求めた。具体的にはチオフェンポリマーを約0.5重量%の濃度となるようにクロロホルムに溶解させ、GPCに10μL注入した。GPCの移動相には、クロロホルムを使用し、測定温度40℃、0.6mL/分の流速で流した。カラムには、LF−G(Shodex製)とLF−604(Shodex製)を直列に繋げたものを使用した。検出器には、示差屈折率検出器を使用した。得られたポリマー中のnの値は、チオフェンポリマーの分子量および原料モノマーの分子量に基づいて推定することができる。また、H−NMR測定にはVarian NMRシステム(300MHz)を用いた。UV測定(極大吸収波長:λmax)は、分光光度計(日本分光:UV−I)を用い、サンプルをクロロホルムに溶解して行った。
【0041】
2−ブロモチオフェンからのグリニャール反応試剤(1)の調製
窒素気流下、100mlフラスコに、2−ブロモチオフェン1.63g(10.0mmol)および脱水THF90mlを仕込み、これにi−PrMgClのTHF溶液10.0ml(10.0mmol)を加えた。その後、55〜60℃で2時間反応させてグリニャール反応試剤(1)を調製した。
【0042】
2,5−ジブロモ−3−ヘキシルチオフェンからのグリニャール反応試剤(2)の調製:窒素気流下、2Lフラスコに、2,5−ジブロモ−3−ヘキシルチオフェン52.18g(160.0mmol)および脱水THF840mlを仕込み、これにi−PrMgClのTHF溶液160ml(160.0mmol)を加えた。その後、55〜60℃で2時間反応させてグリニャール反応試剤(2)を調製した。
【0043】
2,5−ジブロモ−3−ヘキシルチオフェンからのグリニャール反応試剤(3)の調製:窒素気流下、500mlフラスコに、2,5−ジブロモ−3−ヘキシルチオフェン13.04g(40.0mmol)および脱水THF250mlを仕込み、これにi−PrMgClのTHF溶液4ml(4.0mmol)および金属Mg972mg(40.0mmol)を加えた。その後、加熱還流し、金属Mgが消費されるまで反応させた。次いで室温まで冷却し、不溶物を除いてグリニャール反応試剤(3)を調製した。
【0044】
実施例1:チオフェンポリマーの合成
窒素気流下、500mlフラスコに、NiCl(dppp)542mmg(1.00mmol)および脱水THF200mlを仕込み、溶解させた。これを10℃以下に冷却し、2−ブロモチオフェンから調製した前記のグリニャール反応試剤(1)を分割したTHF溶液(10重量%;1.00mmol相当)を滴下し、10分間冷却下に撹拌して、重合触媒として使用するNi錯体化合物(4)を調製した。次いで2,5−ジブロモ−3−ヘキシルチオフェンから調製した前記のグリニャール反応試剤(2)(50重量%;80.0mmol相当)を滴下し、室温に昇温してから、さらに12時間反応した。反応後、希塩酸100mlおよび過剰量のメタノールを加えると、黒色固体が析出した。これを水およびメタノールで洗浄し、乾燥した。さらにアセトンを用いて精製し、再乾燥すると、7.30g(収率55%)のチオフェンポリマーが得られた。得られたチオフェンポリマーのNMRデータ及びGPCデータを以下に示す。
H−NMR](CDCl:δ)0.92(t,3H),1.2〜1.6(br,6H),1.6〜1.8(br,2H),2.81(t,2H),6.98(s,H)(註)積分値はポリマーの構造単位(3−ヘキシルチオフェンモノマー)当たりの数値を示す。
[GPC]分子量(Mw換算値)11,000(推定n:約70)
【0045】
実施例1で得られたチオフェンポリマーのヘキシル置換チオフェン環の水素原子のH−NMRデータを、参考化合物としてのP3RT(ポリ(3−アルキルチオフェン))及びP3RT−Hのデータと共に表1に示す。同様に、実施例1で得られたチオフェンポリマーのUV測定データを、参考化合物としての二種類の分子量のP3RT及びP3RT−Hのデータと共に表2に示す。なお、P3RT及びP3RT−Hの構造は、以下に示す通りであり、式中、RはC13である。

【0046】
【表1】

【0047】
【表2】

【0048】
表1は、ヘキシル置換に隣接する位置にあるチオフェン環の水素原子のδ値が、実施例1のチオフェンポリマーと参考化合物のP3RT−Hで同じであり、参考化合物のP3RTとは異なることを示している。このことから、実施例1のチオフェンポリマーは、参考化合物のP3RT−Hと同等の物理化学的性質を有し、末端構造も類似することが示唆される。
【0049】
表2は、電荷輸送能や光電機能性に関連する光吸収特性であるλmaxを示しており、近似のMwを有するポリマーの比較から、実施例1のチオフェンポリマーは、参考化合物のP3RT−Hと同等の電荷輸送能を有することが示唆される。このことから、本発明のチオフェンポリマーは、末端置換基にハロゲンが残存している従来のチオフェンポリマーよりも優れた電荷輸送能を有することが示唆される。
【0050】
実施例2:チオフェンポリマーの合成
窒素気流下、100mlフラスコにNiCl(dppp)108mmg(0.20mmol)および脱水THF40mlを仕込み、溶解させた。これをこれに2−ブロモチオフェンから調製したグリニャール反応試剤(1)を分割したTHF溶液(16.0重量%;0.16mmol相当)を滴下し、15分間冷却下に撹拌して、重合触媒として使用するNi錯体化合物(4)を調製した。次いで別途2,5−ジブロモ−3−ヘキシルチオフェンから調製した前記のグリニャール反応試剤(2)(100重量%;160mmol相当)を5℃以下に冷却し、これに先に調製したNi錯体化合物のTHF溶液を滴下した。室温に昇温してから、さらに20〜30℃で30時間反応した。反応後、希塩酸200mlおよび過剰量のメタノールを加えると、黒色固体が析出した。これを水およびメタノールで洗浄し、乾燥した。さらにアセトンを用いて精製し、再乾燥すると、15.80g(収率59%)のチオフェンポリマーが得られた。得られたチオフェンポリマーのGPCデータを以下に示す。
[GPC]分子量(Mw換算値)63,000(推定n:約380)
【0051】
実施例3:チオフェンポリマーの合成
窒素気流下、1Lフラスコに、NiCl(dppp)271mmg(0.50mmol)および脱水THF100mlを仕込み、溶解させた。これに2−ブロモチオフェンから調製したグリニャール反応試剤(1)を分割したTHF溶液(5.0重量%;0.50mmol相当)を滴下し、20分間冷却下に撹拌して、重合触媒として使用するNi錯体化合物(4)を調製した。次いで2,5−ジブロモ−3−ヘキシルチオフェンから調製した前記のグリニャール反応試剤(3)(80mmol相当)を滴下し、室温に昇温してから、さらに20〜30℃で30時間反応した。反応後、希塩酸100mlおよび過剰量のメタノールを加えると、黒色固体が析出した。これを水およびメタノールで洗浄し、乾燥した。さらにアセトンを用いて精製し、再乾燥すると、8.01g(収率60%)のチオフェンポリマーが得られた。得られたチオフェンポリマーのGPCデータを以下に示す。
[GPC]分子量(Mw換算値)23,000(推定n:約140)
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明のチオフェンポリマーは、優れた電荷輸送能を有し、しかも効率的に製造することができるため、有機半導体材料として広く有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(1)

(式中、nは、60以上の整数を表わし、Rは、直鎖、分枝もしくは環式のC1〜C20のアルキル基またはアルコキシ基、直鎖、分枝もしくは環式のC2〜C20のアルコキシアルキル基またはエステル基のいずれかを表わす。)で表わされるチオフェンポリマー。
【請求項2】
2座配位子を有するNi錯体化合物に、
一般式(2)

(式中、Xは、ハロゲンを表わす。)で表わされるハロチオフェン化合物から調製されるグリニャール反応試剤を反応させ、次いで
一般式(3)

(式中、Rは、直鎖、分枝もしくは環式のC1〜C20のアルキル基またはアルコキシ基、直鎖、分枝もしくは環式のC2〜C20のアルコキシアルキル基またはエステル基のいずれかを表わし、Xは、ハロゲンを表わし、各Xは、同じであっても異なっていても良い。)で表わされるジハロチオフェン化合物から調製されるグリニャール反応試剤を反応させることを特徴とする、請求項1に記載のチオフェンポリマーの製造方法。
【請求項3】
2座配位子を有するNi錯体化合物が、
一般式(4)

(式中、Xは、ハロゲンを表わす。L−Lは2座型配位子を表す。)で表わされるNi錯体化合物であることを特徴とする、請求項2に記載の製造方法。

【公開番号】特開2012−77106(P2012−77106A)
【公開日】平成24年4月19日(2012.4.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−220555(P2010−220555)
【出願日】平成22年9月30日(2010.9.30)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度独立行政法人中小企業基盤整備機構 戦略的基盤技術高度化支援事業「機能性材料に対応した高機能化学合成技術の開発」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(394004860)ダイトーケミックス株式会社 (14)
【Fターム(参考)】