説明

新規なホスホニウムチオシアネート化合物およびエポキシ樹脂用硬化促進剤

【課題】エポキシ樹脂組成物の硬化反応時、低粘度時間の長期化および一定温度に加熱後は急速に硬化するといった粘度変化を示すエポキシ組成物を提供すること。
【解決手段】硬化性エポキシ樹脂と、該エポキシ樹脂用硬化剤と、下記の式(1)で表される(4−メチルフェニル)トリフェニルホスホニウムチオシアネートとを含有することを特徴とするエポキシ樹脂組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エポキシ樹脂用硬化促進剤およびエポキシ樹脂組成物に関し、さらに詳しくは、初期硬化時の低粘度時間の長期化と一定温度に加熱後は急速硬化するエポキシ樹脂用硬化促進剤およびこのような硬化促進剤を含有するエポキシ樹脂組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、エポキシ樹脂組成物を用いると、優れた機械的、化学的および電気的性質を有する成形品などが得られるため、エポキシ樹脂組成物は、接着剤、塗料、注型材料の形態でコイル、コンデンサー、プリント基板などの各種の電気部品、あるいは半導体素子や集積回路の絶縁封止などの用途に広く使用されている。
【0003】
上記した用途の中で、半導体素子の絶縁封止の分野では、半導体素子の高集積化への要求が高いため、半導体パッケージの構造も進歩し続けている。
【0004】
このため、封止材料としてのエポキシ樹脂組成物の性能も、より優れたものが要求されている。
そのような状況下にあってエポキシ樹脂用の硬化促進剤には、エポキシ樹脂組成物の初期硬化時、低粘度時間の長期化および一定温度に加熱後は急速に硬化する(以下、「鍋底型粘度曲線」と呼ぶ)といった性質が求められている。
【0005】
これまでに知られている硬化促進剤としては、ホスフィン系、あるいはアミン系が知られているが、硬化力が高く、電気的信頼性の高い硬化物を得ることが出来る硬化促進剤として一般的にホスホニウム塩が知られている。
【0006】
それらのうち、ホスホニウム塩としては、次式(2)で示されるテトラフェニルホスホニウムチオシアネートが挙げられる。
【化2】

しかし、この化合物は、特定の樹脂系においてはエポキシ樹脂組成物の硬化反応時、低粘度時間の長期化および一定温度に加熱後は急速に硬化させるといった性質を示すものの、鍋底型粘度曲線という視点からは十分ではなく、硬化促進能力に改良の余地があった。
【0007】
このような状況に鑑み、本発明者らは鋭意研究した。その結果、(4−メチルフェニル)トリフェニルホスホニウムチオシアネートをエポキシ樹脂用硬化剤として使用すると、初期硬化時に鍋底型粘度曲線を示すエポキシ樹脂用硬化促進剤が得られることなどを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
なお、この(4−メチルフェニル)トリフェニルホスホニウムチオシアネートを広範な一般式中に、形式的に包含するものは、これまでにも提案されている(特許文献1および2参照。)
これらの特許文献1および2には、(4−メチルフェニル)トリフェニルホスホニウムチオシアネートを、広範な一般式中に形式的にエポキシ樹脂用硬化促進剤として包含する。
しかしながら、特許文献1、2のいずれにおいても、エポキシ樹脂用硬化促進剤を用いたエポキシ樹脂硬化物の初期硬化時の粘度変化についての記載は何らなく、また具体的な本発明化合物の記載もない。
【特許文献1】特公昭47−47120号公報
【特許文献2】特開2001−98049号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、エポキシ樹脂組成物の硬化反応時、低粘度時間の長期化および一定温度に加熱後は急速に硬化するといった粘度変化を示すエポキシ樹脂組成物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
このような状況に鑑み、本発明者らは上記の目的を達成するために鋭意検討した結果、ある特定のホスホニウム化合物を硬化促進剤として配合した場合に、エポキシ樹脂組成物の硬化反応時、低粘度時間の長期化および一定温度に加熱後は急速に硬化するといった粘度変化を示すエポキシ組成物が得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち本発明は、新規化合物である下記式(1)を硬化促進剤として用い、
【化3】

(a)エポキシ樹脂、
(b)エポキシ樹脂用硬化剤、
(c)式(1)で表される硬化促進剤
とを含むエポキシ樹脂組成物である。
【発明の効果】
【0012】
本発明のエポキシ樹脂組成物は、速硬化性と低粘度時間の長期化および一定温度に加熱後は急速に硬化するといった粘度変化を両立しており、極めて有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明について詳細に説明する。
本発明のエポキシ樹脂組成物は、エポキシ樹脂と、エポキシ樹脂用硬化剤と、上記式(1)で表される化合物とを含む組成物である。
【0014】
<エポキシ樹脂>
エポキシ樹脂としては、エポキシ基を分子中に2個以上含有するエポキシ樹脂を制限なく使用することができる。例えば、クレゾールノボラック型エポキシ樹脂、フェノールノボラック型エポキシ樹脂、ビフェニル型エポキシ樹脂、ビスフェノールA型エポキシ樹脂、および脂環式エポキシ樹脂などが挙げられる。
エポキシ樹脂は単独で、又は2種類以上を混合して使用することができる。
【0015】
<エポキシ樹脂用硬化剤>
エポキシ樹脂用硬化剤としては、例えば、フェノールノボラック樹脂、クレゾールノボラック樹脂、フェノールアラルキル樹脂などが挙げられる。
エポキシ樹脂とこの硬化剤との配合比は、エポキシ樹脂1モルに対して硬化剤が0.1モル〜1.5モル、特に0.8〜1.2モルの範囲にすることが好ましい。上記範囲であれば硬化反応が十分に進行する。
【0016】
<硬化促進剤>
下記式(1)
【化4】

で表される化合物は新規物質であり、硬化促進剤として含まれる。
【0017】
式(1)で表される化合物の合成法は、トリフェニルホスフィンを4−ブロモトルエンで4級化した後、アニオン部をチオシアネートに変換することで得られるが、何らこれに限られるものではない。
【0018】
式(1)で表される化合物の含有量は、エポキシ樹脂100重量部に対して、0.5〜5重量部程度が好ましく、1〜3重量部程度がより好ましい。上記範囲であれば、樹脂組成物としての硬化性に優れる。
【0019】
<その他の成分>
本発明においては、膨張係数を小さくするために、公知の各種無機充填剤を使用することができる。例えば、溶融シリカ、結晶シリカ、アルミナ、窒化アルミニウムなどを挙げることができる。またそれらは、シランカップリング剤などのカップリング剤で表面処理してもよい。その他、エポキシ樹脂系組成物に添加される公知の添加剤が含まれていてよい。添加剤としては、イオントラップ剤、離型剤、カーボンブラックなどの顔料などが挙げられる。
【0020】
<エポキシ樹脂組成物>
本発明に係る上記エポキシ樹脂組成物を調製するには、まずエポキシ樹脂用硬化剤と硬化促進剤とを温度100〜180℃の加熱下に攪拌・混合し、得られた均質な混合物に対してエポキシ樹脂を加えて真空ニーダー中で温度100〜150℃にて均一に攪拌、混合することにより行なうのが望ましい。
【0021】
なお、これらのエポキシ樹脂、エポキシ樹脂用硬化剤、硬化促進剤の各成分は1度に添加してもよく、また複数回に分けて少しずつ添加してもよい。
シリカや離型剤などのその他の成分も、任意の時期に添加して混合することができる。
【0022】
本発明の式(1)の化合物についての製造方法の合成例を示す。また、これを用いた樹脂組成物の実施例を示し、本発明の有用性について具体的に説明する。ただし、本発明の範囲はこれらの合成例、実施例により限定されるものではない。
【0023】
<評価方法>
1.ゲルタイム測定
エポキシ樹脂組成物のゲルタイムを175℃で熱板法により測定した。
なお、ゲル化試験器は日新科学社製GT−Dを使用した。
2.レオメーター測定
エポキシ樹脂組成物の140℃での、レオメーターによる粘度測定を実施した。レオメーターはレオテック社製コーンプレート型レオメーターRC20−CPSを使用し、樹脂組成物を140℃熱板上で測定した。
【0024】
[合成例1]
(4−メチルフェニル)トリフェニルホスホニウムブロマイドの合成
攪拌装置、還流冷却管および温度計を装備した3Lの四つ口フラスコに、トリフェニルホスフィン524.6g(2.0モル)と4−ブロモトルエン376.3g(2.2モル)と塩化ニッケル51.8g(0.4モル)と1−ヘキサノール1000mlを仕込み、反応液を加熱還流させながら8時間攪拌し、反応を進行させた。反応終了後、溶媒を濃縮除去し、残渣をトルエンで洗浄後、水で2回再結晶を行った。そして得られた白色粉末を乾燥させると、目的とする(4−メチルフェニル)トリフェニルホスホニウムブロマイドの白色粉末が754.0g(収率87%)得られた。
【0025】
[合成例2]
(4−メチルフェニル)トリフェニルホスホニウムチオシアネートの合成
攪拌装置、還流冷却管および温度計を装備した3Lの四つ口フラスコに、(4−メチルフェニル)トリフェニルホスホニウムブロマイド736.7g(1.7モル)を仕込み、メタノール730ml/水365mlに溶解させた。これに水365mlに溶解させたチオシアン酸カリウム165.2g(1.7モル)を仕込み、室温で1時間攪拌し、反応を進行させた。反応終了後、析出した結晶を濾取し、水で2回洗浄し、メタノール450ml+水900mlで再結晶を行い、更に水で2回洗浄した。そして得られた白色粉末を乾燥させると、目的とする(4−メチルフェニル)トリフェニルホスホニウムチオシアネートの白色粉末が622.6g(収率89%)得られた。得られた粉末の融点は177〜179℃であった。また元素分析の結果は、計算値C:75.89%、H:5.39%、測定値C:75.98%、H:5.35%であった。
得られた粉末をH−NMR及び31P−NMR、IRスペクトルによって同定し、(4−メチルフェニル)トリフェニルホスホニウムチオシアネートであることを確認した。H−NMR及び31P−NMR、IRスペクトルを図1〜3に示す。
なお、各測定条件は以下の通りである。
(1)H−NMR
結晶10mgを約0.5mlの重クロロホルムに溶かし、φ5mmの試料管に入れ、日本電子データム(株)社製JNM−Lambda300で測定した。シフト値は、テトラメチルシランを基準とした。得られた化合物のH−NMRスペクトルを添付図面の図1に示す。
(2)31P−NMR
結晶30mgを約0.5mlの重クロロホルムに溶かし、φ5mmの試料管に入れ、日本電子データム(株)社製JNM−Lambda300で測定した。シフト値は、リン酸を基準とした。得られた化合物の31P−NMRスペクトルを添付図面の図2に示す。
(3)IR
(株)島津製作所社製FTIR−8300を用い、拡散反射法で測定した。得られた化合物のIRスペクトルを添付図面の図3に示す。
【実施例1】
【0026】
エポキシ樹脂用硬化剤のMEH−7800S(水酸基当量175、明和化成社製)23.3重量部(エポキシ樹脂中のエポキシ当量に対して硬化剤中の水酸基当量の当量比を1.0とする)に、硬化促進剤の(4−メチルフェニル)トリフェニルホスホニウムチオシアネート0.7重量部を加え、150℃で5分加熱下に攪拌・混合した後、室温まで冷却した。これにエポキシ樹脂のYX−4000H(エポキシ当量190、ジャパンエポキシレジン社製)26.0重量部を加え、130℃で90秒加熱下に攪拌・混合した後、室温まで冷却しエポキシ樹脂組成物を得た。
【実施例2】
【0027】
エポキシ樹脂用硬化剤のMEH−7851M(水酸基当量214、明和化成社製)21.8重量部(エポキシ樹脂中のエポキシ当量に対して硬化剤中の水酸基当量の当量比を1.0とする)に、硬化促進剤の(4−メチルフェニル)トリフェニルホスホニウムチオシアネート0.3重量部を加え、150℃で5分加熱下に攪拌・混合した後、室温まで冷却した。これにエポキシ樹脂のNC−3000(エポキシ当量274、日本化薬社製)28.0重量部を加え、130℃で90秒加熱下に攪拌・混合した後、室温まで冷却しエポキシ樹脂組成物を得た。
【0028】
[比較例1]
硬化促進剤の(4−メチルフェニル)トリフェニルホスホニウムチオシアネートに代えて、テトラフェニルホスホニウムチオシアネート0.8重量部とした以外は、実施例1と同様にしてエポキシ樹脂組成物を得た。
【0029】
[比較例2]
硬化促進剤の(4−メチルフェニル)トリフェニルホスホニウムチオシアネートに代えて、トリフェニルホスフィン0.8重量部とした以外は、実施例1と同様にしてエポキシ樹脂組成物を得た。
【0030】
[比較例3]
硬化促進剤の(4−メチルフェニル)トリフェニルホスホニウムチオシアネートに代えて、テトラフェニルホスホニウムチオシアネート0.3重量部とした以外は、実施例2と同様にしてエポキシ樹脂組成物を得た。
【0031】
[比較例4]
硬化促進剤の(4−メチルフェニル)トリフェニルホスホニウムチオシアネートに代えて、トリフェニルホスフィン0.3重量部とした以外は、実施例2と同様にしてエポキシ樹脂組成物を得た。
【0032】
実施例1,2、比較例1〜4の液状エポキシ樹脂組成物について、ゲル化時間測定を行った。結果を表1に示す。
実施例1、比較例1,2の液状エポキシ樹脂組成物について、レオメーター測定を行った。結果を表2に示す。
実施例2、比較例3,4の液状エポキシ樹脂組成物について、レオメーター測定を行った。結果を表3に示す。
なお、表2、表3中、「TPP」は、トリフェニルホスフィンを示し、「TPP−SCN」は、テトラフェニルホスホニウムチオシアネートを示し、「TPTP−SCN」は、(4−メチルフェニル)トリフェニルホスホニウムチオシアネートを示す。
【0033】
【表1】

【0034】
【表2】

【0035】
【表3】

【0036】
(考察)
表1〜表3に示すように、本発明のエポキシ樹脂組成物は、ゲルタイムを一致させても、その後の硬化挙動はまったく異なることが分かる。つまり、トリフェニルホスフィンを用いると、エポキシ樹脂組成物の硬化反応時、低粘度時間の長期化および一定温度に加熱後は急速に硬化する粘度曲線は優れているとは言えない。しかしチオシアネート化合物を用いるとその鍋底型粘度曲線を示し、(4−メチルフェニル)トリフェニルホスホニウムチオシアネートを用いた場合、NC−3000/MEH−7851M樹脂系ではそれが特に顕著に表れる。
【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明のエポキシ樹脂組成物は、硬化性のバランスに優れていることが明らかであり、各種の小型の電気・電子部品や半導体部品の微妙な樹脂封止において有用である。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】合成例2で得た本発明による化合物のH−NMRスペクトルである。
【図2】合成例2で得た本発明による化合物の31P−NMRスペクトルである。
【図3】合成例2で得た本発明による化合物のIRスペクトルである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
次式(1)で表される(4−メチルフェニル)トリフェニルホスホニウムチオシアネート。
【化1】

【請求項2】
請求項1に記載の式(1)で表される(4−メチルフェニル)トリフェニルホスホニウムチオシアネートを有効成分とするエポキシ樹脂用硬化促進剤。
【請求項3】
硬化性エポキシ樹脂と、該エポキシ樹脂用硬化剤と、請求項1に記載の式(1)で表される(4−メチルフェニル)トリフェニルホスホニウムチオシアネートとを含有することを特徴とする、エポキシ樹脂組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−298960(P2009−298960A)
【公開日】平成21年12月24日(2009.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−156716(P2008−156716)
【出願日】平成20年6月16日(2008.6.16)
【出願人】(000242002)北興化学工業株式会社 (182)
【Fターム(参考)】