説明

新規な固体電解質ナノポア材料及びその製法

【課題】イオン伝導度の高い固体電解質ナノポア材料を提供する。
【解決手段】YSZに、平均粒径150nmのポリメタクリル酸メチル微粒子を10wt%添加して、溶媒を水として遊星ポットミルにて3分間混合した。混合物を乾燥後、一軸プレス成形およびCIPにより圧粉体とし、その圧粉体を1400℃にて窒素雰囲気下で焼成し、ナノ閉気孔を有するYSZの焼結体を得た。この焼結体の気孔率をアルキメデス法で測定したところ、気孔率は10wt%であった。また、焼結体の断面の微構造観察を行ったところ、気孔径100〜200nmの閉気孔が観察された。この焼結体のイオン伝導度は、気孔のないYSZの焼結体に比べて約1.5倍であった。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な固体電解質ナノポア材料及びその製法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ナノ材料すなわちナノサイズの閉気孔が多数存在するバルク体の研究開発が行われつつある。例えば、非特許文献1には、EB−PVD法により成膜されるセラミックスコーティング層は柱状粒子により構成され、その内部にナノポアが形成されることが開示されている。こうしたナノポアは、セラミックス膜の低熱伝導特性に大きく影響するといわれている。また、非特許文献1には、ナノポアが形成されたセラミックス膜の断面観察及び平面観察を透過型電子顕微鏡(TEM)により行った例なども開示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】“電子ビーム(EB−PVD)法により形成されたジルコニア膜の微細構造”、[online]、JFCC(財団法人ファインセラミックスセンター)、[平成20年11月12日検索]、インターネット<URL:http://www.jfcc.or.jp/23_develop_2/09res_04a.html>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、本発明者の知るかぎり、これまで研究開発されてきたナノポア材料の中には、固体電解質として好適なものは報告されていない。
【0005】
本発明は、このような課題に鑑みなされたものであり、イオン伝導度の高い固体電解質ナノポア材料を提供することを主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上述した目的を達成するために、本発明者らは、イットリア安定化ジルコニア(YSZ)にナノサイズの有機物微粒子を添加して混合し、成形してから不活性雰囲気下、又は空気雰囲気下で焼成することにより得られたナノポア材料が、高いイオン伝導度を持つことを見いだし、本発明を完成するに至った。
【0007】
即ち、本発明の固体電解質ナノポア材料は、固体電解質に気孔径1μm以下の閉気孔が多数導入された構造を持つものである。
【0008】
また、本発明の固体電解質ナノポア材料の製法は、固体電解質の粉末に平均粒径1μm以下の有機物微粒子を添加して混合し、成形してから不活性雰囲気下、又は空気雰囲気下で焼成することによりナノポア材料を得るものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明の固体電解質ナノポア材料は、閉気孔を有さない同成分の固体電解質の焼結体に比べて、イオン伝導度が高い。その理由は定かではないが、以下のように推察される。すなわち、東大・山口らは、ナノイオニクスの研究において、ヘテロ界面を利用した高速イオン移動現象を報告している。また、そのような高速イオン移動現象がみられる理由として、ヘテロ界面の空間電荷層でキャリア数が増加することや界面歪みによって格子が変形してキャリア移動度が向上することを挙げている。一方、山梨大・和田らは、チタン酸バリウムのナノ粒子の表面が正方晶から立方晶に変化すると報告している。そのような理由として、固体表面では長距離クーロン力が固体内部側からしか期待できないため、固体表面の構造が変化したことを報告している。また、本発明の固体電解質ナノポア材料の閉気孔の内周面をTEM観察すると、閉気孔の表面には結晶格子の歪んだ層が存在した。以上のような報告や実験結果を踏まえて考えると、今回の固体電解質ナノポア材料の閉気孔の内周表面付近でも、構造が変化した層が現れ、その層と内部の層との界面歪みによって格子が変形してキャリア移動度が向上している可能性がある。そして、その結果、イオン伝導度が向上したと推察される。構造が変化した層は、閉気孔の気孔径が小さく気孔率が大きいほど増えると推察されるため、気孔径を200nmより更に小さくすることにより更にイオン伝導度を増大できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】気孔径と気孔率−粒内イオン伝導度のグラフを示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の固体電解質ナノポア材料は、固体電解質に気孔径1μm以下の閉気孔が多数導入された構造を持つものである。
【0012】
ここで、固体電解質のうち酸素イオン固体電解質としては、例えば、イットリア安定化ジルコニア電解質(YSZ)、スカンジア安定化ジルコニア電解質(ScSZ)、セリア系電解質(SDC、GDC)、ランタンガレート系電解質(LSGM)などが挙げられるが、このうちYSZが好ましい。
【0013】
YSZのイットリア添加量としては、3〜10mol%がより好ましい。イットリア添加量が3mol%未満もしくは10mol%以上ではイオン伝導度が低くなるため好ましくない。
【0014】
閉気孔の気孔径は1μm以下であることが好ましく、200nm以下であることがより好ましい。気孔径が小さいほど構造の変化した層が増え、イオン伝導度が高くなるからである。なお、気孔径は100nm以上であることが閉気孔を安定に形成できるため好ましい。
【0015】
閉気孔の気孔率は30〜60%であることが好ましい。こうした固体電解質ナノポア材料のイオン伝導度は閉気孔の気孔率にも依存して変化するが、気孔率が増えると構造が変化した層が増え、イオン伝導度が高くなるが、イオン伝導に寄与しない空孔部分も増えるために、気孔率が30〜60%で、イオン伝導度は最大値に近い値をとるためである。
【0016】
本発明の固体電解質ナノポア材料の製法は、固体電解質の粉末に平均粒径1μm以下の有機物微粒子を添加して混合し、成形してから不活性雰囲気下、又は空気雰囲気下で焼成することによりナノポア材料を得るものである。
【0017】
この製法によれば、固体電解質に気孔径1μm以下の閉気孔が多数導入された構造を持つ固体電解質ナノポア材料を容易に製造することができる。
【0018】
ここで、有機物微粒子としては、ポリメタクリル酸エステル微粒子、ポリアクリル酸エステル微粒子、メラミン微粒子などが挙げられる。有機物微粒子の添加量は、全体に対して5〜15wt%が好ましい。固体電解質に有機物微粒子を添加して混合する場合、溶媒(例えば水)中で湿式混合してもよい。湿式混合を行う際は、ポットミル、トロンメル、アトリッションミルなどの混合粉砕機を使用してもよい。また、湿式混合の代わりに乾式混合してもよい。混合粉末をペレット化するには、加圧成形を採用するのが一般的であり、特に一軸プレス成形を採用するのが好ましい。成形圧力は、100MPa以上とすることが好ましいが、保型が可能であれば、特に限定されない。ペレットを焼成するときの雰囲気は特に限定されないが、例えば不活性雰囲気や空気雰囲気などが挙げられる。不活性雰囲気としては、例えば、窒素雰囲気やアルゴン雰囲気、ヘリウム雰囲気などが挙げられる。焼成温度は、固体電解質の組成に応じて適宜設定すればよく、例えばYSZであれば1350〜1450℃に設定すればよい。
【実施例】
【0019】
[実施例1]
8YSZ(8%Y23,92%ZrO2、東ソー製、TZ−8Y)に、平均粒径150nmのポリメタクリル酸メチル微粒子(綜研化学製,MP)を10wt%添加して、溶媒を水として遊星ポットミルにて3分間混合した。混合物を乾燥後、一軸プレス成形(100MPa)およびCIP(5t/cm2)により圧粉体とし、その圧粉体を1400℃にて窒素雰囲気下で焼成し、ナノ閉気孔を有する8YSZの焼結体を得た。この実施例1の焼結体の気孔率をアルキメデス法(JIS R 1634準拠)で測定したところ、気孔率は10wt%であった。また、実施例1の焼結体の断面の微構造観察を電界放射型走査型電子顕微鏡(ZEIS製,ULTRA55)にて行ったところ、気孔径100〜200nm(平均気孔径150nm)の閉気孔が観察された。
【0020】
[比較例1]
ポリメタクリル酸メチル微粒子を入れず、他は実施例1と同じ条件で、8YSZの焼結体を得た。
【0021】
[イオン伝導度の比較]
実施例1の焼結体と、比較例1の焼結体のコールコールプロットを、開閉式管状炉(いすゞ製作所製,EPKPO−14)、インピーダンスアナライザ(AUTOLAB製,PGSTAT30)を用いて測定した。測定したコールコールプロット結果より、粒内抵抗と粒界抵抗を分離し、粒内抵抗より粒内のイオン伝導度を算出した。その結果、大気雰囲気下1000℃における比較例1の焼結体の粒内イオン伝導度は0.16Scm-1であったのに対して、同条件における実施例1の焼結体の粒内イオン伝導度は、0.24Scm-1であった。よって、実施例1の方が比較例1に比べ約1.5倍イオン伝導度が高かった。なお、実施例1で窒素雰囲気の代わりに空気雰囲気やアルゴン雰囲気で焼成を行ったところ、実施例1と同等の結果が得られた。
【0022】
[実施例2]
実施例1の実験を、ポリメタクリル酸メチル微粒子の粒径及び添加量を変えて実施した。具体的には、ポリメタクリル酸メチル微粒子として、平均粒径が100nm,200nm,1μmのものを用いた。ここでいう平均粒径とは、微粒子をSEM観察し、ランダムに選択した10個の微粒子の直径の総和を10で除した算術平均値である。また、各平均粒径ごとに、添加量を10wt%,30wt%,50wt%,70wt%に設定して実験を行った。その結果、ポリメタクリル酸メチル微粒子の平均粒径が大きいほど、焼結体に形成される閉気孔は大きくなった。具体的には、平均粒径が100nm,200nm,1μmの場合、実施例1と同様にして求めた平均気孔径はそれぞれ100nm,200nm,1μmであった。また、ポリメタクリル酸メチル微粒子の添加量が増えるほど、焼結体の気孔率は高くなった。具体的には、添加量を10wt%,30wt%,50wt%,70wt%とした場合、実施例1と同様にして求めた気孔率はそれぞれ10%,30%,50%,70%であった。但し、平均粒径100nmの場合には、添加量50wt%のときの気孔率は40%となった。
【0023】
[気孔径,気孔率−粒内イオン伝導度特性]
実施例1と実施例2の焼結体について、気孔径と気孔率に対する粒内イオン伝導度との関係を図1に示した。図1から明らかなように、同じ気孔率の場合、気孔径が小さいほど粒内イオン伝導度は高かった。また、気孔径が1μmの焼結体では、気孔率が増加するにつれて粒内イオン伝導度は減少した。一方、気孔径が200nm以下の焼結体では、気孔率が高くなるのに伴い粒内イオン伝導度は増加し、気孔率約40〜50%で粒内イオン伝導度は最大となった。しかしながら、気孔率を50%以上とすると粒内イオン伝導度は減少した。図1から、気孔径が200nm以下の焼結体では、気孔率30〜60%で粒内イオン伝導度は非常に大きな値になることがわかる。気孔径約100nm,気孔率約40%の時に粒内イオン伝導度は最大で0.55Scm-1であり、比較例1の焼結体の粒内イオン伝導度に比べ約3倍粒内イオン伝導度が高かった。
【0024】
実施例1の焼結体の閉気孔の内周面をTEM(透過型電子顕微鏡)にて観察したところ、YSZの結晶格子が歪んだ層が存在した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
固体電解質に気孔径1μm以下の閉気孔が多数導入された構造を持つ、
固体電解質ナノポア材料。
【請求項2】
前記固体電解質は、イットリア安定化ジルコニア(YSZ)である、
請求項1に記載の固体電解質ナノポア材料。
【請求項3】
前記YSZは、イットリア添加量が3〜10mol%である、
請求項1又は2に記載の固体電解質ナノポア材料。
【請求項4】
前記閉気孔の内周面に、結晶格子の歪んだ層が存在する、
請求項1〜3のいずれか1項に記載の固体電解質ナノポア材料。
【請求項5】
前記閉気孔の気孔径が200nm以下、気孔率が30〜60%である、
請求項1〜4のいずれか1項に記載の固体電解質ナノポア材料。
【請求項6】
固体電解質の粉末に平均粒径1μm以下の有機物微粒子を添加して混合し、成形してから不活性雰囲気下、又は空気雰囲気下で焼成することによりナノポア材料を得る、
固体電解質ナノポア材料の製法。
【請求項7】
前記固体電解質は、イットリア安定化ジルコニア(YSZ)である、
請求項6に記載の固体電解質ナノポア材料の製法。
【請求項8】
前記YSZは、イットリア添加量が3〜10mol%である、
請求項6又は7に記載の固体電解質ナノポア材料の製法。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2010−157496(P2010−157496A)
【公開日】平成22年7月15日(2010.7.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−272378(P2009−272378)
【出願日】平成21年11月30日(2009.11.30)
【出願人】(000004064)日本碍子株式会社 (2,325)
【Fターム(参考)】