説明

新規な固定化耐熱性酵素

【課題】本発明の目的は、耐熱性酵素のみが活性を維持した状態で固定化された固定化耐熱性酵素を、簡便な手法で製造する技術を提供することである。
【解決手段】耐熱性酵素をコードしている遺伝子を用いて抗酸菌を形質転換することにより得られた形質転換体を加熱処理することによって、(i)該耐熱性酵素以外のタンパク質が失活して、該耐熱性酵素のみに対して活性を保持させることができ、(ii)該耐熱性酵素が形質転換体の死滅菌体内に固定化され、及び(iii)該死滅菌体において耐熱性酵素の基質が透過可能になる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗酸菌の死滅菌体内に耐熱性酵素が固定化されたり、且つ該死滅菌体において耐熱性酵素の基質が透過可能になっている固定化耐熱性酵素に関する。また、本発明は、該固定化耐熱性酵素の製造方法、及び該固定化耐熱性酵素を利用した酵素反応方法に関する。
【背景技術】
【0002】
酵素には、基質特異性や合成物の立体選択性があり、有機合成では製造が困難な物質を合成できたり、有機合成よりも穏和な条件で効率的に反応を行うことができる。従来、酵素は、医薬品や食品の分野では広く利用されており、今後、化成品の分野でも、利用拡大が期待されている。
【0003】
酵素の中でも、耐熱性酵素は、物理的及び化学的に安定性が優れており、工業的利用に適していると考えられている。更に、耐熱性酵素は、高温条件下で酵素反応を行うことができるため、基質の溶解度の増加、反応速度の向上、反応系への細菌混入のリスクの低下等の利点もあり、通常の酵素に比してその利便性は極めて高い。
【0004】
一般的に、酵素は、大腸菌等を宿主とした形質転換体を利用して製造されている。しかしながら、形質転換体を利用する従来法では、目的物である酵素以外にも、宿主由来のタンパク質等の副産物が生成されるため、純度の高い酵素を得るには、精製工程が別途必要とされている。
【0005】
また、工業的に酵素を有効に利用するには、酵素の回収及び反復利用が肝要である。従来、磁気ビーズや高分子素材等の担体に酵素を固定化する技術が開発されており(例えば特許文献1参照)、酵素の回収が容易で、反復利用が可能になっている。しかしながら、従来の酵素の固定化方法では、酵素の製造とは別に酵素の固定化を行う必要がある、酵素の固定化によって酵素の活性が低下する、高温条件では固定化された酵素が外れ易くなる、等の問題点がある。
【0006】
そこで、目的物である耐熱性酵素のみが活性を維持した状態で固定化された固定化耐熱性酵素について、精製工程を行わずに極めて簡便な方法で製造できれば、製造工程の簡略化、製造コストの低減等が図られ、益々、酵素の工業的利用を拡大させるものと考えられている。しかしながら、従来技術では、このような技術を具現化できておらず、その技術の確立が強く望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
特開2009-254322号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、目的物である耐熱性酵素のみが活性を維持した状態で固定化された固定化耐熱性酵素を、簡便な手法で製造する技術を提供することを目的とする。更に、本発明の他の目的は、目的物である耐熱性酵素のみが活性を維持した状態で固定化された固定化耐熱性酵素、及び該固定化耐熱性酵素を利用した酵素反応方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者等は、上記課題を解決すべく鋭意検討を行ったところ、驚くべきことに、耐熱性酵素をコードしている遺伝子を用いて抗酸菌を形質転換することにより得られた形質転換体を加熱処理することによって、(i)該耐熱性酵素以外のタンパク質が失活して、該耐熱性酵素のみに対して活性を保持させることができる、(ii)該耐熱性酵素が形質転換体の死滅菌体内に固定化される、及び(iii) 該死滅菌体において耐熱性酵素の基質が透過可能になっていることを見出し、特段の精製工程や固定化工程を各々行わなくとも、固定化耐熱性酵素を製造できることを確認した。本発明は、かかる知見に基づいて、更に検討を重ねることにより完成したものである。
【0010】
即ち、本発明は、下記に掲げる態様の発明を提供する。
項1. 下記工程を含む、固定化耐熱性酵素の製造方法:
耐熱性酵素をコードしている遺伝子を用いて抗酸菌を形質転換することにより、形質転換体を得る第1工程、及び
第1工程で得られた形質転換体を加熱処理することにより、固定化耐熱性酵素を得る第2工程。
項2. 第1工程で使用する抗酸菌がロドコッカス属に属する微生物である、項1に記載の製造方法。
項3. 第1工程で使用する抗酸菌がロドコッカス・オパカスである、項1又は2に記載の製造方法。
項4. 第2工程で行われる加熱処理の温度条件が、50℃以上である、項1乃至3のいずれかに記載の製造方法。
項5. 項1乃至5のいずれかの製造方法で得られる固定化耐熱性酵素を用いて酵素反応を行う、酵素反応方法。
項6. 下記の工程を含む、酵素反応方法:
耐熱性酵素をコードしている遺伝子を用いて抗酸菌を形質転換することにより、形質転換体を得る第I工程、及び
第I工程で得られた形質転換体と該耐熱性酵素の基質との共存下で加熱処理することにより、該耐熱性酵素による酵素反応を行う第II工程。
項7. 項1乃至5のいずれかの製造方法で得られる、固定化耐熱性酵素。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、特段の精製工程や固定化工程を各々行わなくとも、耐熱性酵素をコードしている遺伝子で組み換えた抗酸菌を加熱処理するという簡便な方法で、固定化耐熱性酵素を製造することができる。
【0012】
また、本発明によって提供される固定化耐熱性酵素は、耐熱性酵素以外の宿主(抗酸菌)由来タンパク質が失活し、耐熱性酵素のみが活性を保持した状態で固定化されているので、副反応を完全に除去することが可能になる。更に、本発明によって提供される固定化耐熱性酵素は、抗酸菌の形質転換体の死菌体をそのまま利用するものの、基質と耐熱性酵素が接触できるように、基質透過性も高められているので、耐熱性酵素による酵素反応を有効に行うことができる。
【0013】
なお、限定的な解釈を望むものではないが、耐熱性酵素をコードしている遺伝子を導入した抗酸菌の形質転換体を加熱処理することによって、耐熱性酵素以外のタンパク質が失活し、変成したタンパク質や核酸により耐熱性酵素が加熱処理後の死滅菌体内に固定されると共に、加熱処理後の死滅菌体表層に無数の小孔が形成されて基質透過性が高まっているものと考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】実施例1において、アルコールデヒドロゲナーゼで形質転換したロドコッカス・オパカスを40〜80℃で加熱処理して得られた死滅菌体(固定化アルコールデヒドロゲナーゼ)を用いて、トリフルオロアセトフェノン還元反応を行った結果を示す図である。
【図2】実施例2において、アルコールデヒドロゲナーゼで形質転換したロドコッカス・オパカスを70℃で0、30、60、又は180分間加熱処理した後に、上清と死菌体(固定化アルコールデヒドロゲナーゼ)とを分離し、それぞれについてアルコールデヒドロゲナーゼ活性を測定した結果を示す図である。
【図3】実施例2において、アルコールデヒドロゲナーゼで形質転換したロドコッカス・オパカスを70℃での加熱処理に供した死滅菌体(固定化アルコールデヒドロゲナーゼ)として、トリフルオロアセトフェノン還元反応を行った結果を示す図である。
【図4】比較例1において、アルコールデヒドロゲナーゼで形質転換した大腸菌を70℃で0、30、60、又は180分間加熱処理した後に、上清と死菌体(固定化アルコールデヒドロゲナーゼ)とを分離し、それぞれについてアルコールデヒドロゲナーゼ活性を測定した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
1.固定化耐熱性酵素の製造方法
本発明の固定化耐熱性酵素の製造方法は、特定の形質転換体を得る第1工程、及び該形質転換体を加熱処理する第2工程を含むことを特徴とする。以下に、本発明を工程毎に詳述する。
【0016】
第1工程
第1工程では、耐熱性酵素をコードしている遺伝子を用いて抗酸菌を形質転換することにより、形質転換体を調製する。
【0017】
本発明において、耐熱性酵素とは、高温(具体的には、70℃以上、特に70〜110℃)において、変成することなく、活性を保持できる酵素である。耐熱性酵素をコードしている遺伝子は、超好熱菌又は好熱菌から単離することができる。該遺伝子の単離源となる超好熱菌又は好熱菌としては、例えば、パイロコッカス・ホリコシ(Pyrococcus horikoshii)、パイロコッカス・アビッシ(Pyrococcus abyssi)、パイロコッカス・グリコボランス(Pyrococcus glycovorans)、パイロコッカス・フリオサス(Pyrococcus furiosus)、パイロコッカス・ウォセイ(Pyrococcus wosei)等のパイロコッカス属;メタノパイラス・カンドラリ(Methanopyrus kandleri)等のメタノパイラス属;パイロロバス・フマリ(Pyrolobus fumarii)等のパイロロバス属;スルフォロバス・アシドカルダリウス(Sulfolobus acidocaldarius)、スルフォロバス・アイランディカス(Sulfolobus islandicus)、スルフォロバス・ソルファタリカス(Sulfolobus solfataricus)、スルフォロバス・トウコウダイ(Sulfolobus tokodaii)等のスルフォロバス属;パイロディクティム・アキュルタム(Pyrodictium occultum)、パイロディクティム・アビッシ(Pyrodictium abyssi)、パイロディクティム・ブロッキ(Pyrodictium brockii)等のパイロディクティム属;ハイパーサーマス・ブチリカス(Hyperthermus butylicus)等のハイパーサーマス属;パイロバキュラム・アエロフィラム(Pyrobaculum aerophilum)、パイロバキュラム・アルセナティカム(Pyrobaculum arsenaticum)、パイロバキュラム・オルガノトロファム(Pyrobaculum organotrophum)等のパイロバキュラム属;アエロパイラム・ペルニックス(Aeropyrum pernix)等のアエロパイラム属;サーモコッカス・プロファンダス(Thermococcus profundus)、サーモコッカス・コダカラエンシス(Thermococcus kodakaraensis)、サーモコッカス・ガンマトレランス(Thermococcus gammatolerans)等のサーモコッカス属;アクイフェックス・パイロフィラス(Aquifex pyrophilus)等のアクイフェックス属;サーモトーガ・マリティマ(Thermotoga maritima)、サーモトーガ・ナフトフィラ(Thermotoga naphthophila)、サーモトーガ・レティンガエ(Thermotoga lettingae)、サーモトーガ・ネアポリタナ(Thermotoga neapolitana)、サーモトーガ・ペトロフィラ(Thermotoga petrophila)等のサーモトーガ属;サーモデスルフォバクテリウム・コムネ(Thermodesulfobacterium commune)等のサーモデスルフォバクテリウム属;サーマス・サーモフィラス(Thermus thermophilus)、サーマス・アクアティカス(Thermus aquaticus)等のサーマス属、等に属する微生物が例示される。これらの中でも、サーマス属に属する微生物、とりわけサーマス・サーモフィラスは、本発明において好適に使用される。
【0018】
また、本発明で使用される耐熱性酵素の種類については、特に制限されず、固定化耐熱性酵素の使用目的、即ち固定化耐熱性酵素を利用する反応の種類に応じて適宜設定される。具体的には、アルコールデヒドロゲナーゼ、ラッカーゼ等の酸化還元酵素;シトクロムP450モノオキシゲナーゼ等の酸素添加酵素;トランスケトラーゼ、トランスアルドラーゼ等の転移酵素;キチナーゼ、β1、3−グルカナーゼ、プルラナーゼ、セルラーゼ、βグルコシダーゼ、キシラナーゼ、セロビオヒドロラーゼ、エステラーゼ等の加水分解酵素;ピルビン酸デカルボキシラーゼ、フルクトースビスリン酸アルドラーゼ、スレオニンアルドラーゼ、2−デオキシリボース−5−リン酸アルドラーゼ、2−ケト−3−デオキシグルコン酸アルドラーゼ等の付加脱離酵素;アコニターゼ、トリオースリン酸イソメラーゼ等の異性化酵素;ピルビン酸カルボキシラーゼ、スクシニルCoA合成酵素等の合成酵素、等が例示される。
【0019】
本発明において、形質転換体の宿主(抗酸菌)としてロドコッカス属に属する微生物(特に、ロドコッカス・オパカス)を使用する場合であれば、固定化耐熱性酵素を有機溶媒中で均一分散が可能になる。そのため、形質転換体の宿主としてロドコッカス属に属する微生物を使用する場合、水に難溶性を示す基質であっても、効率的に酵素反応を進行させることが可能になる。かかる観点から、本発明に使用される耐熱性酵素の好適な一例として、有機溶媒に溶解できる化合物や親油性の化合物を基質とする耐熱性酵素が例示される。このような耐熱性酵素の具体例としては、ベンゼン環;ナフタレン環、アントラセン環、ピレン環等の縮合ベンゼン環;ピリジン環、フラン環、ピロール環、ベンゾフラン環、インドール環、カルバゾール環、キノリン環、ベンズイミダゾール環、キノキサリン環等の複素芳香族環等の芳香環を含む化合物を基質として利用できる耐熱性酵素が例示される。より具体的には、上記特性を示す耐熱性酵素としては、アルコールデヒドロゲナーゼ、シトクロムP450モノオキシゲナーゼ、ラッカーゼ、エステラーゼ、2―ケト−3−デオキシグルコン酸アルドラーゼ等が挙げられる。
【0020】
耐熱性酵素をコードしている遺伝子は、超好熱菌又は好熱菌から単離する方法は、当該技術分野で公知の方法に従って行うことができる。具体的には、先ず、超好熱菌又は好熱菌のゲノムDNAを作製した後に、ゲノムDNAを適当な制限酵素で切断し、同一の制限酵素又は共通の切断末端を与える制限酵素で切断したプラスミド又はファージにリガーゼ等を用いて連結することによりゲノムDNAライブラリーを作製する。次いで、取得目的の耐熱性酵素の塩基配列に基づき設計したプライマーセットを用いて、これらのゲノムDNAライブラリーを鋳型としたPCRを行うことにより目的の耐熱性酵素をコードしている遺伝子を得ることができる。或いは、上記塩基配列に基づき設計したプローブを用いて、これらのゲノムDNAライブラリーをスクリーニングすることによっても、目的の耐熱性酵素をコードしている遺伝子を得ることができる。
【0021】
本発明において、耐熱性酵素をコードしている遺伝子を形質転換する宿主は、抗酸菌である。抗酸菌とは、細胞表層にミコール酸層を持ち、グラム染色で染まったり、染まらなかったり(グラム不定性)する細菌として公知である。本発明に使用される抗酸菌としては、宿主として使用可能であることを限度として特に制限されるものではないが、好ましくは、アクチノバクテリア亜綱(Actinobacteridae)のコリネバクテリウム亜目(Corynebacterineae)に属する抗酸菌が挙げられる。更に好ましくは、ノカルディア科(Nocardiaceae)又はマイコバクテリウム科(Mycobacterineae)に属する抗酸菌、より好ましくは、ロドコッカス属(Rhodococcus)、ノカルディア属(Nocardia)、ゴードニア属(Gordonia)、マイコバクテリウム属(Mycobacterium)等の属に属する抗酸菌が例示される。これらの中でも、ロドコッカス属に属する抗酸菌、とりわけロドコッカス・オパカス(Rhodococcus opacus)は、耐熱性酵素の固定化を効率的に行うことができると共に、その死滅菌体は有機溶媒中で均一分散が可能であり、耐熱性酵素による反応の汎用性を拡げることができるため、本発明において特に好適である。
【0022】
耐熱性酵素をコードしている遺伝子を抗酸菌に導入して形質転換体を得るには、公知の方法に従えばよい。具体的には、耐熱性酵素をコードしている遺伝子を適当なベクターに連結することによって、該遺伝子を含有する組換えベクターを得、該組換えベクターを用いて、抗酸菌を形質転換すればよい。
【0023】
耐熱性酵素をコードしている遺伝子の導入に使用されるベクターとしては、形質転換する抗酸菌において耐熱性酵素を発現させ得るものであれば、特に制限されない。例えば、プラスミド、ファージ等のベクターを用いることができる。具体的には、pNit-QT2、pNit-RC2、pTip-QT2、pTip-RC2、pREIT19等が例示される。また、上記組換えベクターには、宿主で上記遺伝子の発現を可能にするためのプロモーターやその他の制御配列(例えば、エンハンサー配列、ターミネーター配列)が含まれていることが好ましい。当該プロモーターとして、具体的にはPnit、PnitA、PtipA、tac等のプロモーターを例示できる。
【0024】
また、上記組換えベクターには、形質転換された抗酸菌の選択を可能とするために、マーカー遺伝子が含まれていてもよい。該マーカー遺伝子としては、例えば、宿主の栄養要求性を相補する遺伝子、薬剤に対する抵抗遺伝子等が挙げられる。
【0025】
上記組換えベクターによる抗酸菌の形質転換は、公知の方法に従って行うことができる。例えば、塩化カルシウム法、エレクトロポレーション法を用いることができる。
【0026】
斯くして得られた形質転換体は、後述する第2工程に供される。なお、斯くして得られた形質転換体は、必要に応じて、適当な培地で増殖させた後に、後述する第2工程に供してもよい。
【0027】
第2工程
第2工程では、上記第1工程で得られた形質転換体を加熱処理することにより、固定化耐熱性酵素を調製する。このように加熱処理を行い、形質転換体を死滅させることによって、(i)耐熱性酵素以外のタンパク質が失活して、該耐熱性酵素のみに対して活性を保持させる、(ii)該耐熱性酵素が形質転換体の死滅菌体内に固定化される、及び(iii)該死滅菌体において耐熱性酵素の基質が透過可能にする、ことが可能になる。
【0028】
上記第1工程で得られた形質転換体の加熱処理については、該形質転換体を加熱雰囲気に晒すことができる限り、その方法については、特に制限されないが、水溶液や有機溶媒等の液体に形質転換体を分散させた状態で行うことが望ましい。
【0029】
本第2工程における加熱処理の温度条件としては、耐熱性酵素を変性させずに、宿主として使用した抗酸菌由来のタンパク質を変成させ、形質転換体を死菌体の状態にできる範囲であればよく、具体的には、50℃以上、好ましくは50〜90℃、更に好ましくは60〜80℃が例示される。また、加熱処理の時間についても、採用する加熱温度に応じて適宜設定されるが、例えば、5分以上、好ましくは15〜300分、更に好ましくは20〜40分が挙げられる。
【0030】
斯くして加熱処理を行うことによって、耐熱性酵素を宿主(抗酸菌)の死菌体に固定化した固定化耐熱性酵素を得ることができる。加熱処理することによって得られた固定化耐熱性酵素は、加熱処理後のそのままの状態で提供されてもよいが、必要に応じて遠心分離等により回収し、固形状態、又は液体に再分散させた状態で提供してもよい。
【0031】
2.固定化耐熱性酵素による酵素反応方法(第1法)
上記で得られた固定化耐熱性酵素は、固定化されている耐熱性酵素の種類に応じて、様々な酵素反応に使用することができる。具体的には、上記で得られた固定化耐熱性酵素と、該耐熱性酵素の基質と、必要に応じて該耐熱性酵素が要求する補酵素とを共存させることにより、酵素反応を行うことができる。該酵素反応において、基質濃度、固定化耐熱性酵素濃度、補酵素の添加の有無やその濃度、溶媒の種類、温度条件、反応時間等については、使用する耐熱性酵素の種類や酵素反応の種類等に応じて、適宜設定される。
【0032】
また、本固定化耐熱性酵素が、形質転換体の宿主(抗酸菌)としてロドコッカス・オパカスを使用して製造されている場合には、水溶液及び有機溶媒のいずれでも、均一に分散することができるので、溶媒の種類を問わず、様々な溶媒で酵素反応を行うことが可能である。例えば、前述する芳香環を含む化合物を基質として使用する酵素反応に利用する場合、シクロヘキサン等の親油性有機溶媒中で酵素反応を行うことが可能になる。より具体的には、耐熱性酵素としてアルコールデヒドロゲナーゼを使用する場合であれば、シクロヘキサン等の親油性有機溶媒中で、トリフルオロアセトフェノンを(R)-α-(トリフルオロメチル)ベンジルアルコールに変換する反応、1-インダノールを1-インダノンに変換する反応、又はこれらの逆反応を効率的に行うことが可能になる。
【0033】
斯くして固定化耐熱性酵素による酵素反応が行われる。酵素反応後、生成した酵素反応生成物は、必要に応じて精製処理に供して、回収される。また、酵素反応後に、必要に応じて、遠心分離等によって固定化耐熱性酵素を回収して再利用することもできる。
【0034】
3.固定化耐熱性酵素による酵素反応(第2法)
本発明は、更に、下記の第I工程及び第II工程を含む、酵素反応方法(第2法)を提供する:
耐熱性酵素をコードしている遺伝子を用いて抗酸菌を形質転換することにより、形質転換体を得る第I工程、及び
第1工程で得られた形質転換体と該耐熱性酵素の基質との共存下で加熱処理することにより、該耐熱性酵素による酵素反応を行う第II工程。
【0035】
本酵素反応方法では、第I工程は、前述する固定化耐熱性酵素の製造方法の第1工程と同様であるが、第II工程において、前述する固定化耐熱性酵素の製造方法の第2工程における形質転換体の加熱処理(即ち、固定化耐熱性酵素の調製)と、固定化耐熱性酵素による酵素反応が共に、同一系内で実施されることが特徴となっている。以下、本酵素反応方法について、工程毎に詳述する。
【0036】
第I工程
第I工程では、耐熱性酵素をコードしている遺伝子を用いて抗酸菌を形質転換することにより、形質転換体を調製する。
【0037】
本酵素反応における第I工程は、前述する固定化耐熱性酵素の製造方法の第1工程と同様である。
【0038】
第II工程
第II工程では、第I工程で得られた形質転換体と該耐熱性酵素の基質との共存下で加熱処理することにより、該耐熱性酵素による酵素反応を行う。このように加熱処理に供することによって、第I工程で得られた形質転換体が、固定化耐熱性酵素に変換されると共に、該固定化耐熱性酵素を利用した酵素反応を進行させることが可能になる。
【0039】
本第II工程で使用される耐熱性酵素の基質は、耐熱性酵素の種類、酵素反応の種類に応じて適宜設定される。
【0040】
また、本第II工程では、上記第I工程で得られた形質転換体及び基質の他に、必要に応じて酵素反応に要求される補酵素等を添加してもよい。
【0041】
本第II工程における加熱処理は、耐熱性酵素の反応が可能な溶媒中で行われる。ここで、使用される溶媒は、水溶液及び有機溶媒の別を問わず、使用する基質や酵素反応の種類に応じて適宜設定される。例えば、親水性の基質を用いて酵素反応を行う場合には、水、生理食塩水、各種緩衝液等の水溶液が使用される。また、親油性の基質を用いて酵素反応を行う場合には、シクロヘキサン等の親油性有機溶媒を使用してもよく、また基質が反応温度下で液体であれば、特段、溶媒を使用しなくてもよい。
【0042】
本第II工程における加熱処理は、第I工程で得られた形質転換体、該耐熱性酵素の基質、及び必要に応じて酵素反応に要求される補酵素等を適当な濃度で溶媒に添加して行われる。具体的には、第I工程で得られた形質転換体の添加濃度としては、湿菌体重量で30〜700mg/ml程度、好ましくは100〜700mg/ml程度、更に好ましくは400〜600mg/ml程度;基質の添加濃度としては、10〜500mg/ml程度、好ましくは20〜100mg/ml程度、更に好ましくは30〜70mg/ml程度が例示される。
【0043】
本第II工程における加熱処理条件としては、耐熱性酵素が活性を発揮し得る範囲であり、且つ宿主として使用した抗酸菌由来のタンパク質を変成させて形質転換体を死菌体の状態にできる範囲である限り、特に制限されない。加熱処理の温度条件として、具体的には、50℃以上、好ましくは50〜90℃、更に好ましくは60〜80℃が例示される。また、加熱処理の時間については、採用する酵素反応の種類や酵素反応の反応速度等に応じて適宜設定されるが、具体的には、5分以上、好ましくは15〜300分、更に好ましくは20〜40分が挙げられる。
【0044】
斯くして第II工程による加熱処理を行うことによって、耐熱性酵素による酵素反応が行われる。本第II工程により生成した酵素反応生成物は、必要に応じて精製処理に供して、回収される。また、本第II工程における加熱処理後、必要に応じて、遠心分離によって、本第II工程において生成した固定化耐熱性酵素を回収することにより、該固定化耐熱性酵素は、別途、酵素反応に再利用することもできる。
【実施例】
【0045】
以下に、実施例等に基づいて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらによって限定されるものではない。
【0046】
実施例1
<実験方法>
1.ロドコッカス・アパカスの形質転換体の構築
サーマス・サーモフィラス(Thermus thermophilus)HB27株(大阪大学大学院工学研究科生命先端工学専攻生物化学工学領域において保存)からゲノムDNAを調製し、A. Pennacchio et al. (2008) Appl. Environ. Microbiol. 74; 3949に記されるアルコールデヒドロゲナーゼ(以下、ADTTtと略記)遺伝子をPCRにより増幅した。ADTTtのアミノ酸全配列については、配列番号1に示す。PCRに用いたプライマーは、sense primer:5’-ttcatatgggccttttcgctggcaa-3’(配列番号2)、及びantisense primer:5’-ttgaattcctacaccggccgccccgccatcatg-3’(配列番号3)である。得られたPCR産物を制限酵素(NdeI、EcoRI)で消化し、同じ制限酵素で処理したE. coli-RhodococcusシャトルベクターpTip-QT2(N. Nakashima & T. Tamura (2004) Appl. Environ. Microbiol. 70; 5557)に連結し、ADTTt発現用ベクターpTip-QT-ADHを得た。なお、該ベクターには、テトラサイクリン耐性遺伝子、プロモーター(チオストレプトンで転写誘導が可能なもの)、及びチオストレプトン耐性を付与する遺伝子が保持されている。このベクターをK.-S. Na et al. (2005) J. Biosci. Bioeng. 99;408に記された方法に従って、エレクトロポレーション法にてロドコッカス・オパカス(Rhodococcus opacus)B-4株(大阪大学大学院工学研究科生命先端工学専攻生物化学工学領域において保存)に形質転換し、ロドコッカス・オパカスの形質転換体を得た。
【0047】
2.形質転換体の培養
ADTTt発現用ベクターを有するロドコッカス・オパカスB-4株の形質転換体の培養は、15 mg/Lのテトラサイクリン塩酸塩を含むTryptic Soy Broth培地にて好気的に行った。十分に生育させた(波長600 nmで測定した濁度が8-10程度)前培養液を1%(v/v) 植菌した培養液に対して、30℃、200 rpmで10時間程度培養(濁度1.0程度)した。その後、培養液に誘導剤としてチオストレプトンを20 μg/mLとなるように添加し、更に24時間培養を行った。
【0048】
3.形質転換体の加熱処理
湿菌体重量で100 mgの形質転換体を1.0mlのリン酸緩衝液(pH7.5)に懸濁し、これを1.5-ml容の遠心チューブに移し、40℃、50℃、60℃、70℃、又は80℃の温度で30 分間インキュベートした。次いで、遠心分離により、加熱処理後の形質転換体と上清を分離した。
【0049】
4.トリフルオロアセトフェノン水酸化反応
上記で回収した形質転換体を湿菌体重量100mgを、2,2,2-トリフルオロアセトフェノン64.9 mg、1-インダノール50 mgを含む反応液に懸濁し、1.5-ml容のマイクロチューブ内にて70℃で30分間インキュベートして、トリフルオロアセトフェノン水酸化反応を行った。反応後、生産物((R)-α-2,2,2-(トリフルオロメチル)ベンジルアルコール)及び副産物として生じる1-インダノンをガスクロマトグラフィーにて定量し、反応効率(%)を算出した。なお、反応効率(%)は、基質(2,2,2-トリフルオロアセトフェノン)の全量が生成物((R)-α-2,2,2-(トリフルオロメチル)ベンジルアルコール)に変換された場合を100%として算出した。
【0050】
<結果>
得られた結果を図1に示す。この結果から、ADTTtで形質転換したロドコッカス・オパカスを50℃以上で加熱処理することによって、形質転換体の死滅菌体内にADTTtを固定化でき、しかも該死滅菌体はADTTtの基質を透過可能になっており、形質転換体の死滅菌体を固定化ADTTtとして使用できることが明らかとなった。一方、未加熱の形質転換体、及び40℃で形質転換体を加熱処理した場合には、ADTTtの活性が認められなかった。これらの結果は、40℃以下での加熱処理では、形質転換体の膜構造が維持され、ADTTtの基質が形質転換体の膜内透過できなかったことに起因していると考えられる。
【0051】
実施例2
<実験方法>
実施例1の「1.ロドコッカス・オパカスの形質転換体の構築」及び「2.形質転換体の培養」の方法で得られたロドコッカス・オパカスの形質転換体の湿菌体重量500 mgを1.0mlのリン酸緩衝液(pH7.5)に懸濁し、これを1.5-ml容の遠心チューブに移し、70℃の温度で0分間、30分間、60分間、又は180分間インキュベートした。
【0052】
次いで、遠心分離により、加熱処理後の形質転換体(死滅菌体)と上清を分離した。
【0053】
得られた熱処理後の形質転換体(死滅菌体)と上清のそれぞれについて、ADTTt活性を評価した。ADTTt活性の評価は2 mMの2,2,2-トリフルオロアセトフェノンを基質とし、A. Pennacchio et al. (2008) Appl. Environ. Microbiol. 74; 3949に記載の方法に従って、反応により消費されるNADHの減少を340 nmにおける吸光度を測定することで行った。なお、加熱処理後の形質転換体(死滅菌体)のADTTt活性の測定に際しては、回収された加熱処理後の形質転換体(死滅菌体)を再度1.0 mlのリン酸緩衝液(pH7.5)に懸濁して超音波破砕にて菌体を破砕した後、遠心分離により残渣を取り除いた上清をADTTt活性測定に供した。
【0054】
具体的には、100 mM Tris-HCl (pH8.0)、100 mM KCl、0.2 mM NADH、2 mM トリフルオロアセトフェノン、及び上記のとおり調製された酵素液(熱処理後の上清、及び熱処理後の形質転換体(死滅菌体)の超音波処理後の上清)(0.05-0.5 ml)からなる総体積を2.5 mlとした反応液においてNADHの消費に伴う340 nmでの吸収の減少を吸光度計にて測定することで活性を測定した。酵素液を除く反応液を70℃にて5分間保温した後、酵素を添加し、引き続き70℃での反応を実施した。消費NADH量の算出にはNADHの340 nmにおけるモル吸光度計数6.2 ABS/mM/cmを用いた。
【0055】
また、得られた加熱処理(70℃、30分間の加熱処理)後の形質転換体(死滅菌体)を用いて、上記実施例1の「4.ADTTt活性の評価」に記載の方法に従って、トリフルオロアセトフェノン水酸化反応を行った。
【0056】
<実験結果>
形質転換体(死滅菌体)と上清のADTTt活性を測定した結果を図2に示す。この結果から、70℃で180分間、形質転換体を加熱処理しても、ADTTtの殆どは、死滅菌体外に放出されることなく、死滅菌体内に固定化されて保持されることが確認できた。
【0057】
また、形質転換体(死滅菌体)を用いて、トリフルオロアセトフェノン水酸化反応を行った結果を図2に示す。この結果から、ADTTtで形質転換したロドコッカス・オパカスを加熱処理することによって得られた死滅菌体は、上記実施例1と同様に、ADTTtを固定化できており、しかも該死滅菌体はADTTtの基質を透過可能にで、固定化ADTTtとして利用可能であることが明らかとなった。
【0058】
比較例1
<実験方法>
上記実施例1の「1.ロドコッカス・オパカスの形質転換体の構築」に記載の方法において、ロドコッカス・オパカスの代わりに、大腸菌(Escherichia coli)pLysS Rossetta2 (DE3)(Novagen社製)、及び発現用ベクターとしてpET21a(+)(Novagen社製)を用いて、ADTTtで形質転換した大腸菌の形質転換体を得た。
【0059】
得られた大腸菌の形質転換体の湿菌体重量500 mgを1.0mlの緩衝液に懸濁し、これを1.5-ml容の遠心チューブに移し、70℃の温度で0分間、30分間、60分間、又は180分間インキュベートした。
【0060】
次いで、遠心分離により、加熱処理後の形質転換体(死滅菌体)と上清を分離した。
【0061】
得られた熱処理後の形質転換体(死滅菌体)と上清のそれぞれについて、上記実施例2と同様の方法で、ADTTt活性を評価した。
【0062】
<結果>
得られた結果を図4に示す。この結果から、大腸菌を宿主として使用した場合には、形質転換体を70℃で加熱処理すると、ADTTtは菌体内に固定化されず、菌体外に溶出してしまうことが明らかとなった。即ち、本結果から、耐熱性酵素を死滅菌体内に固定化するには、形質転換体の宿主として、ロドコッカス・オパカス等を初めとする抗酸菌を採用することが重要であることが確認された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記工程を含む、固定化耐熱性酵素の製造方法:
耐熱性酵素をコードしている遺伝子を用いて抗酸菌を形質転換することにより、形質転換体を得る第1工程、及び
第1工程で得られた形質転換体を加熱処理することにより、固定化耐熱性酵素を得る第2工程。
【請求項2】
第1工程で使用する抗酸菌がロドコッカス属に属する微生物である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
第1工程で使用する抗酸菌がロドコッカス・オパカスである、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
第2工程で行われる加熱処理の温度条件が、50℃以上である、請求項1乃至3のいずれかに記載の製造方法。
【請求項5】
請求項1乃至5のいずれかの製造方法で得られる固定化耐熱性酵素を用いて酵素反応を行う、酵素反応方法。
【請求項6】
下記の工程を含む、酵素反応方法:
耐熱性酵素をコードしている遺伝子を用いて抗酸菌を形質転換することにより、形質転換体を得る第I工程、及び
第I工程で得られた形質転換体と該耐熱性酵素の基質との共存下で加熱処理することにより、該耐熱性酵素による酵素反応を行う第II工程。
【請求項7】
請求項1乃至5のいずれかの製造方法で得られる、固定化耐熱性酵素。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2011−160778(P2011−160778A)
【公開日】平成23年8月25日(2011.8.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−30564(P2010−30564)
【出願日】平成22年2月15日(2010.2.15)
【出願人】(505057738)株式会社耐熱性酵素研究所 (10)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】